第3話 ミサイル戦艦扶桑型・伊勢型

1936年


「お~飛んでいった。こりゃ子どもの玩具に見えるが、これが新時代の兵器なんだから驚きだ」


「フィーゼラー社曰く、最大射程距離は200kmで戦艦の主砲の数倍です。航空機には敵いませんが、無人飛行機と考えると、一転して面白くなります」


「扶桑型と伊勢型を無くすのは、些か勿体無い気もしました。しかし、金も資材も無い中では、よくやった方と自画自賛させてください」


 関係者が見守る先では、大日本帝国海軍の扶桑型戦艦一番艦『扶桑』が新兵器の試験をしている。扶桑型戦艦は1932年から二度目の大規模改修に入った。内容は多岐に渡り、低速問題解決の主機関の換装、副砲全廃に伴い高角砲への換装、など約4年を費やした。


 もっとも、誰もが視線を奪われる先は、艦の中央部から後部にかけてだろう。扶桑型戦艦は35.6cm連装砲を6基12門装備した。しかし、第二次近代化改修で中央部の三番と四番、後部の五番と六番の計4基を廃止する。一挙に主砲は前部2基4門に減ってしまったが、前部に集中して装甲を施す集中防御で防御力は高められた。


 平たくなった中央部と後部には長大なレールらしき、謎の物体が多数並べられている。巨大な水上機母艦になったのかと錯覚した。遠目から見れば水上機を射出するカタパルトに見える。残念ながら、カタパルトですらなかった。


「飛行爆弾1号とはよく言う。航空兵装の一つに括ることで、改修後の扶桑型と伊勢型は航空戦艦と主張した。なるほど、これは考えられている」


「パルス・ジェットエンジンの噴射で1t爆弾相当を飛ばします。爆弾が独りでに飛んでいくので、飛行爆弾と名付けられました。艦砲射撃に比べ、精度は劣ります。しかし、艦砲射撃より量で勝ります。航空爆撃に比べ、正確性は欠けます。しかし、兵士の損耗を気にせず投入できます。金も資材もかかっていません。我が国にピッタリの兵器と、この場で断言させていただきます」


「特に飛行場への攻撃に使えました。精度の悪さは逆に滑走路から倉庫まで、満遍なく叩くことが可能です。下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると言いますから、せっかくの安さなので、惜しみなく投入するべきと」


 頭上を通過するは飛行爆弾1号である。パルス・ジェットエンジンによる噴射で勝手に飛んだ。そう、これはドイツのV1飛行爆弾でしかない。飛行爆弾を考案したのはドイツ・フィーゼラー社である。同社は1933年時点でドイツ空軍に売り込んだ。空軍には相手にされずに終わるが、なぜか日本軍が興味を示してくる。日本は官民が中華民国を介し、ドイツから工作機械、技術、兵器を積極的に導入した。


 日本軍からの興味を絶好のチャンスに捉える。フィーゼラー社は直ちにチームを派遣した。彼らは飛行爆弾は安価ながら強力と主張する。パルス・ジェットエンジンの構造は簡単であり、使用する燃料も低オクタン価のガソリンで構わなかった。簡易的な姿勢制御装置を与えれば、あっという間に飛行爆弾の完成と締めくくるプレゼンを行う。その射程距離は200km以上と艦砲を凌駕した。日本の誇る高性能炸薬ならば1t爆弾並みに仕上がる。何よりも無人で勝手に飛んでいくため、兵士の損耗は気にならなかった。


 なるほど、これは日本に最適の新兵器と言える。


「そうだなぁ。敵飛行場へ投入する空母を他に振り分けられるんだ。敵艦隊と敵基地の二正面を回避できるのは嬉しいね」


 軍は安価で兵士の損耗が気にならない点を重視し、低速である点と精度が悪い点には目を瞑った。世の中に完全無欠の兵器は存在しない。日本軍はフィーゼラー社の紹介を活用し、同じドイツからアルグス社とジーメンス社を招致した。


 当時のドイツは幾らか制約が弱まり、兵器の研究を少しずつ再開している。特に外国に拠点を移し、監視から逃れるのは常套手段だった。国共内戦でドイツに接近した中華民国を経由する。さらに、アルグス社は熱供給の研究と偽装し、ジーメンス社は電気機関車の開発と偽装した。ドイツの3社を招致して飛行爆弾の開発を始める。かれこれ、2年の開発期間を経て初期型の1号が完成した。


 ただし、飛行爆弾の発射には専用の射出機を要する。日本海軍は自前の火薬式射出機を有した。火薬式に改良を加えて飛行爆弾用射出機にする。しかし、火薬式は整備が面倒で連続発射に適さなかった。次に圧搾空気を活用した空気式が浮上する。空気式は長大なレールを要する上に再発射に数分を要した。こちらも連続発射に適さない。


「新型射出機が間に合わないのが、我々は口惜しい限りです。射出機があれば大型化に対応でき、航空機の発進用に転用できるので…」


「何でもかんでも、すぐに完成すると考えてはいけない。焦っては身を滅ぼす」


「はっ、失礼いたしました」


 新しい方式では蒸気式と油圧式が登場した。実際に海軍は航空機の迅速な射出に両方式の研究を進める。もっとも、開発から生産には基礎的な工業力が要求された。政府は技術導入を徹底し、無理やりだが、統一規格の採用に代表される合理化を強行する。それでも、なお蒸気式も油圧式も実現には遠かった。


 よって、中継ぎ投手に固体火薬の補助ロケットを採用して間に合わせる。


 日本でも簡単に製造できる固体火薬式ロケットを装備した。初動の数秒だけロケット噴射を行い、固体燃料を消費し尽くすと自動的に脱落する。その後はパルスジェットエンジンに推進を一任した。母艦のガイドレールに飛行爆弾を設置し、補助ロケットで母艦から射出し、パルスジェットで目標まで突き進む。


 そして、母艦に選ばれたのが扶桑型と伊勢型戦艦なのだ。


「扶桑型と伊勢型は空母にするには低速だった。戦艦の道を貫くには弱点を抱え過ぎている。この二つの良いとこ取りで航空戦艦に改造する。疑念を持つ方は多くいたが、私は正解だったと胸を張るよ」


「あらためて、少将のご尽力に感謝申し上げます」


「いんや、予備役に放り込まれてもおかしくない、唯の爺は口添えしただけに過ぎん。実現させたのは、君達のような愛国者だろう」


 1932年から扶桑型戦艦と伊勢型戦艦の近代化改修が計画された。どちらも、20ノット弱の低速を改善する。もちろん、火力の増強と防御力の強化も図った。しかし、扶桑型も伊勢型も根本的な欠陥を抱える。巡洋戦艦上がりの30ノットを発揮できる、老齢な金剛型より使い辛いとバッサリ切られた。ならば、思い切って、赤城と加賀の例から空母に改造する案も出る。それにしては低速が足を引っ張った。29ノットなら妥協するが、頑張って25ノットだと厳しい。


 このままでは中途半端な戦艦で終わる。ここで駆逐艦の時の再来だった。若手の革新派は「フィーゼラー社の飛行爆弾を発射する母艦にしては」と提案する。空母でも戦艦でもダメなら、新しい道を模索せざるを得なかった。保守派の大艦巨砲主義者は一部を除き、扶桑型と伊勢型の厳しい状況を認める。飛行爆弾の母艦にすることを承諾した。革新派は航空主兵主義者も納得させたい。そこで、彼らは「飛行爆弾は広義の航空機に含まれる」と訴え、かつ「扶桑型と伊勢型は航空戦艦となる」とも訴えた。


 どうも、暴論にしか聞こえないが、他に有効な案が出てこない。


「ただ、扶桑型と伊勢型の4隻が消えたことで、代替の戦艦を寄越せと言い始めたな。君達が辣腕を振るっていることは構わん。ただ、その代替の要求をどう捌くかを考えないといけないよ」


「理解しております。空母の拡充を急ぎたいため、代替戦艦は空母に移行させたいのですが」


「上手く行かんだろう。どうする」


「どうしようもありません。誤魔化しは効かないので、空母で貫徹するだけです。ただ、足りない戦艦を確保する手段は考えてありました」


「ほう、どうする?」


「ドイツ戦艦とフランス戦艦を奪い取ります」


続く

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