第2話 特型駆逐艦から汎用駆逐艦へ

1933年


 大日本帝国海軍はロンドン海軍軍縮を踏まえ、補助艦の巡洋艦と駆逐艦を拡充する①建造計画を策定した。しかし、条約を忠実に守って欧米諸国に対抗するには、無茶を犯さなければならない。条約型巡洋艦や特型駆逐艦は、文字通りの無茶を詰め込まれた。具体的には、小型の船体に重武装を積み込まれた。この設計は重心が高くなるトップヘビーを誘発する。日本を取り囲む荒れた海では事故を起こしかねない。また、総じて余裕がなく、窮屈になる欠点も指摘された。


 したがって、トップヘビーを回避して安定性を確保する。そして、欧米諸国の補助艦に対抗可能な設計に移行した。海軍の保守派は特型駆逐艦や条約型巡洋艦を押し通す。しかし、フレッシュで有望株の若手の革新派が強行に反対した。彼らは牧野茂造船技師を擁立する。艦隊型の特型駆逐艦に理解は示したが、駆逐艦の仕事を「根本的に誤っている」と切り捨てた。


 次期主力駆逐艦はロンドン海軍軍縮を無視した大型駆逐艦で纏まる。同条約では「排水量が1,500tを超える場合は比率の16%を占める」とあった。もっとも、日本は英米に比べて不利な条件を呑まされる。律儀に守らずに破ってしまおうと強論を振りかざし、書類に記される数値を下方修正した。


 かくして、主力駆逐艦に定まったのは汎用駆逐艦の白露型である。本来は特型駆逐艦の初春型に内包されたが、若手は牧野造船技師を筆頭に欠陥を次々と指摘していった。初春型は4隻で打ち止めにされる。初春型に用意された予算と資材は白露型にスライドした。


 以下に白露型の概要・諸元を示す。


〇白露型汎用駆逐艦

【概要】

 大型の船体に新開発の両用高角砲を搭載し、対艦戦闘と対空戦闘を卒なくこなす。両用砲は初期型のため不足が否めず、順次改良型に換装していった。対空火器は旧態依然とした40mm機銃だが、将来的な換装を想定した取り外しが容易である。爆雷は36個で変わらないが、新式爆雷に変更した対潜戦闘も考えた。対艦・対空・対潜に対応可能な汎用性は高く評価され、後継艦へと受け継がれていき、特型と並ぶ日本駆逐艦の華を誇る。

【諸元】

基準排水量:2,000t

満載排水量:約2,700t

全長:118.5m

機関:艦本式タービン2基

速力:35ノット

兵装:八九式10cm連装高角砲3基6門

   40mm単装機銃2基(竣工時のみ)

   三連装魚雷発射管2基

   魚雷12発

   爆雷36個


以上


 特筆すべきは主砲の『八九式十糎連装高角砲』である。従来は英米の駆逐艦に対抗するため、『三年式十二糎七砲』を搭載した。これは対艦戦闘に特化した平射砲だが、仰角を引き上げて高角砲に仕上げられる。しかし、連射が利かず高角砲とは言い難かった。海軍は新しく12.7cmの高角砲を開発した方が早いと、新式高角砲の研究が始まる。


 従来の12.7cm砲は装填が砲弾と装薬を別々に行う分離式が採られた。連射速度は遅くならざるを得ない。さらに、日本人の力では疲労が積み重なり、長時間の戦闘では戦闘力が低下した。したがって、砲口径を10cmまで縮小して全体的な軽量化を図る。同時に機械式装填装置を実用化して疲労軽減も考えた。威力こそ12.7cm口径に劣るが、軽量な砲弾と機械式装填装置は素晴らしい。


 白露型汎用駆逐艦の建造に合わせて開発した。しかし、優秀な性能で後継艦も採用することが決まる。開発完了早々だが大量生産に移った。その初期生産型は試験艦『夕張』で実際の航空機を用いた、対空戦闘に関する評価試験を受けている。


=臨時試験・指定海域=


「発射速度、最高射程、最高高度はまずまず。40口径に縮めた割には十分だろう。これを50口径から60口径まで長砲身化できれば。高高度を飛翔するB-17も怖くないんだがなぁ」


 新式高角砲は一先ず駆逐艦の主砲と戦艦の副砲向けの連装を製造した。これを搭載するは試験型軽巡の『夕張』である。夕張自体は排水量2,400tの小振りな船体へ、排水量5,500の軽巡並みの武装を積み込んだ。特型駆逐艦同様に小さな船体へ重武装という思想を平賀譲氏が具現化している。


 とてつもないアンバランスだが、実現させたことは称賛に値した。しかし、船体に余裕が皆無となり、水上偵察機を搭載不可など欠点は多く見られる。時代の流れに置いてけぼりが露呈した。よって、夕張は戦力に加えず兵装の試験を担う試験艦に移る。小さな船体に重武装は魅力的だが、極めてアンバランスで欠陥が多いことを知らしめた。貴重な経験を宿したことは日本海軍随一の献身だろう。


 夕張の主砲を全て取り外し、八九式十糎連装高角砲を複数基載せた。そして、砲塔の旋回速度、仰角・俯角を取る昇降の速度、砲弾の連射速度、最高射程など細かく確かめる。


「欲を言えば、もっと旋回が早ければ、敵機の高速化に対応できる。ただ、電動には限界がある。出力の増強を待つしかないか。それに、各砲塔が勝手に動くのではない。指定された空域に対し、限定的に、かつ、集中的に砲弾を撃ち込むんだ。何のための大量建造ってかな」


 ブツブツ独り言で確かめる。駆逐艦の主砲と戦艦等の副砲には十分を抱えた。砲身は40口径と短縮されるが、砲弾は軽量な10cmのため、初速は12.7cmと遜色なかった。威力自体は半減しても連射速度の速さで補っている。軽量な砲弾を機械式装填装置で運び、安定した発射速度を発揮した。即応弾の用意や兵士の練度に左右されることを前提に置く。本高角砲は分間15発の発射速度を目指している。実戦で安定を維持できるかは不確定要素が多かった。海軍は直ちに改良に取り掛かり、弾頭と装薬の一体化による発射速度の安定化を狙う。


「電動のモーターがなぁ、もっとなぁ、早くて機敏に動けるのに。高射管制装置も性能が上がれば、どうせなら、ドイツから分捕ればいいのに。簡易的な装置でもあれば、有効な対空砲火を構築可能になるぞ」


 周りに人がいないからと、彼の独り言は止まることを知らない。機械式装填装置の追加に限らず、新式管制装置も追加された。高速な航空機に追従できる性能を求める。しかし、射撃盤、方位盤、測距儀、全体を纏める仕組みと総じて付き従う。日本海軍も有志のチームを組み、民間企業や帝立大学と研究を進めた。1年ちょっとで完成するものではない。もしかしたら、10年以上を要するかもしれないのだ。


「レー…電探だけは秘匿に成功したのは僥倖かな。八木・宇田博士のアンテナは独占している」


 対空戦闘のみならず、対艦戦闘、ひいては、戦局全体に重大な影響を及ぼすはレーダーである。電波を用いた索敵能力は肉眼を凌駕した。これなら水上偵察機に頼らずに済む。レーダーの研究は熱心に行われているが、早熟にも至っていないため、殆どの者は存在を知らなかった。知っている者は「どうせ失敗するだろう」と甘く見ている。


 しかし、東北帝国大学工学部の八木博士と宇田博士が開発した、新鋭の「八木・宇田アンテナ」は速やかに確保した。愛国者は密かに両名と接触して外国で特許を出願しないことを引き出す。代わりに大日本帝国陸海軍が責任を持って、発明を保護することを約束し、両名と技術の独占的な確保に成功した。


 もちろん、八木・宇田アンテナが万能であるとは言えない。相応に弱点も抱えており、ゆっくりと確実な改善を加えていった。また、同じ工学部の教授のマグネトロンについても保護を行う。マグネトロンもレーダーにおける肝と言って差し支えなかった。


 日本は欧米よりも早くからレーダーに係る技術を開発している。これに理解を示して成熟させていくことは地道だ。道の途中で失敗も多く積み重なった。もっとも、そのような、汗を滲ませる不断の努力が勝利を手繰り寄せる。


「我ら愛国者たちは、祖国の勝利を目指し、身を粉にして働くべし」


続く

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