第127話 ケネディの帰国
=アメリカ・ニューヨーク港=
とある米海軍士官が本国の大地を久しぶりに踏みしめた。
「私の父であるジョセフが手を回している。さっさと政界入りさせるつもりか。しかし、日本との付き合い方は改めなければならない。日本は戦う相手でなく協調すべき友であると学ばされた」
その兵士の名前はジョン・F・ケネディという。
彼はケネディ家のジョセフ・P・ケネディの次男だった。父ジョセフの意向から将来は政界入りが約束されている。1940年に父の口添えにより海軍士官の道を歩むことになるが、海軍軍人の生活もジョセフの意向が反映され、1942年にソロモン諸島の小島に配属された。本来は1943年になるところ、想像以上に戦局は芳しくない。さらに、彼の恋愛からスパイの嫌疑をかけられそうになった。1年早くに魚雷艇のPT-109の艇長に収まる。
「日本海軍の強さを見せつけられた上に日本人はプロパガンダと全く異なった。この戦争がどのような終わりを迎えようとも」
彼が最前線から帰国を果たしたこと。
それは決して穏やかな海でなかった。
=半年前のニュージョージア海峡=
ケネディのPT-109を含めたPTボート13隻は日本艦隊迎撃に出撃した。ソロモン諸島にPTボート基地が整備される。ケネディも最前線の過酷な環境の中で日本軍を待ち構えた。
「レーダーは使い物にならない。こんだけ魚雷を撒いて1本も当たらないなんて」
「それにレーダーは1隻だけなのがおかしい話じゃないか」
「そのぐらいにしておけ。レーダーが捉えた影が突っ込んでくるぞ」
レーダーが捉えた反応に13隻から30本の魚雷が発射された。しかし、敵艦に直撃した際の耳をつんざく轟音は聞こえない。PTボートは原則として一撃離脱攻撃を行うため速やかに退避した。
この作戦は出撃時点から無茶が多い。闇夜と魚雷艇の隠密性を組み合わせることで敵艦隊を奇襲する。PTボート13隻による飽和雷撃を行う手筈が組まれた。しかし、肝心のレーダーは全体を統制する1隻のみしか装備されていない。その1隻から情報を受け取って雷撃する。1隻のみでは確実性に欠ける上に部隊同士の連携も取れていない。これは30本の魚雷の投射量で補うつもりだろうが、やたらめったに撃てばよいこともなく、レーダーの反応へ向かった魚雷は全て自爆した。
全体を統制する1隻は魚雷発射後直ぐに退避している。12隻に詳細な動きは告げないで急に消えた。これに追従できたPTボートは少ない。ケネディのPT-109も含めた多くが味方艇を見失った。
「なんだ? 味方艦なら助かるが」
「おぉ、それなら回収してもらえそうだ」
「待て。あれは日本海軍の船だ!」
左方から急接近する艦影を認める。友軍艦という希望を抱いた。これが味方艦ならば誘導か回収をお願いできる。ケネディを除いた乗組員はホッと胸を撫で下ろした。PT-109艇長のケネディだけは急接近する影が味方艦でないことに気付いた。
「ぶ、ぶつかる!」
敵機や敵艦に勘付かれないように3基の内1基のみを動かす。減速運転を行っていた故に速度が乗っていない。この状態で急加速は難しかった。敵艦と衝突することを回避する余裕は皆無である。焦りに焦って37mm対戦車砲に砲弾を装填する者が現れる程だ。
船体が全木製のPTボートは鋼鉄の艦により真っ二つに割られる。魚雷は4発全てを発射済みで誘爆しなかった。敵艦と衝突した際に乗組員2名が即死している。海に放り投げられた者はPT-109の残骸に掴まった。衝突した敵艦とその他が去るまで耐える。
しかし、数名は重傷を負っていた。長時間も海に浮かんでいると体力を消耗する。特にケネディは背中の古傷がズキズキと痛んだ。日頃から背中の痛みに苦しめられている。PT-109と日本海軍の駆逐艦が衝突する事故から痛みが増した。これでは長くは持たないだろう。
「艇長ぉ!」
「中尉ぃ!」
「俺は大丈夫だが、こいつが大変な傷を負った。しっかりしろ。小島まで泳げるか」
彼は背中を中心とする全身の激痛に耐えた。自分以上の重傷を負った乗組員を励ます。日本海軍の小部隊が退去するまで持ち堪えるつもりだが、急に彼らのもとへ救命浮き輪が投げられた。衝突した相手と思われる敵艦は停止しており、他の敵艦が囲むように停止している。
(捕虜となるか。この友を失うぐらいなら。甘んじて受け入れよう)
米海軍のPTボートの艇長は新米士官が務めた。艇長以外の乗組員は応召兵が充当される。ケネディ艇長は極めて特異な例外に該当したが、応召兵の命を捨てるわけにいかず、日本海軍の駆逐艦に救助されることを受け入れた。敵軍の捕虜となることは戦死以上に苦しいだろう。父のジョセフが願う政界入りの道が閉ざされた。それでも、PT-109の部下を見捨てるわけにはいかない。
PT-109に衝突したのは日本海軍の『天霧』だった。天霧はソロモン海戦の事前偵察とニュージョージア海峡の偵察に出る。ニュージョージア海峡は連合国軍の艦船が頻繁に通行し、天霧は米海軍の迎撃を探るために行動するが、謎のレーダー波と通信を感知した。警戒を強めたところに魚雷艇の姿を認める。
天霧艦長の花見少佐は咄嗟に敵魚雷艇と敢えて衝突する選択肢を採った。真正面から衝突する方が被害を抑えられる。実際に衝突した後の損害は艦首が少し歪んだ程度だ。特に航行に支障はきたさない。僚艦と連絡を取ると直ぐに救助活動を開始した。救命浮き輪を投げてカッターボートを下ろす。
花見艦長は敵魚雷艇の艇長と対面した。
「本艦は日本海軍の駆逐艦『天霧』である。私は艦長の花見少佐だ」
ケネディは敵駆逐艦の艦長が英語を話せることに驚いた。必要以上に喋らないことを意識しながら、海軍の軍人として失礼のないことも兼ねている。花見少佐は神童と呼ばれた優秀生で英語が堪能と知られた。
「私はケネディ中尉である。救助していただいたことに感謝するが、これ以上のことは喋れない」
「よく理解している。ケネディ艇長を含めた生存者は捕虜とするが、決して、手荒な真似をしない。ここに宣言しよう。重傷者は本艦で可能な限りの手当てをさせてもらう」
「重ね重ね感謝します」
花見という艦長は捕虜の扱いを心得た。戦時中はジュネーブ条約に違反しがちである。最前線は監視の目が無いことを都合よく捉え、感情のままに暴走することが多いが、花見少佐は理性を以て感情の暴走を許さない。部下に対しては普段の厳格を数段引き上げて対応した。
天霧はマーシャル諸島の拠点に戻る。ケネディら捕虜を特設の病院船に移乗させた。特設病院船は捕虜移送を担当している。同胞と共に香港へ向かった。香港に捕虜収容所がある。捕虜交換に選ばれるか戦争が終わらない限り、収容所で過ごすはずだった。
=再びのニューヨーク=
「ケネディ中尉だね。フォレスタル海軍次官から優先的に回収するように言われている」
「ご面倒をおかけします」
大本営の情報部は捕虜の中のケネディの名にピンと来た。PT-109に関して例外的な措置を講ずる。ちょうど、第二回日米交換船が近くに行われる予定が組まれた。日米交換船にケネディを含めたPT-109乗組員を充当する。彼らは元フランス貨客船の『アラミス』こと『帝亜丸』に他のアメリカ人と一緒に交換地のインド・ゴアへ送られた。ここでアメリカ側のスウェーデン船『グリップスホルム』に乗り換える。PT-109の乗組員、フィリピン拘留アメリカ人、外交関係者などとニューヨーク港を目指した。
ついに、ジョン・F・ケネディはニューヨークの懐かしき大地を踏みしめる。
「私が大統領になった暁は日米による平和を模索する」
続く
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