第126話 1943年は嵐の前の静けさか
=米海軍真珠湾基地=
「大統領はマッカーサーとキングの板挟みに遭った。当面はドイツとイタリアを打ち倒すことを優先する。太平洋はハワイを堅持することで落ち着いた。日本に対する反攻作戦は半年から1年は行われない」
ニミッツ太平洋艦隊司令官は本国からの通達をスプルーアンス経由でハルゼーに共有した。ハルゼー艦隊は輸送船団の間接護衛と行動し、キンケイド艦隊やリー艦隊と異なり、めぼしい被害は受けていない。しかし、南太平洋の司令部を置いたニューヘブリディーズ諸島とニューカレドニアが壊滅した。キンケイド艦隊はワスプを喪失してリー艦隊は戦艦も駆逐艦が沈み、ハルゼー艦隊は無念を抱いてハワイに退避せざるを得ない。
「その間に奴らがハワイに来ることは」
「0%と言い切れない」
「まぁ、いいさ。来れるもんなら来るんだな。ハワイは島が丸ごと要塞になっている。空母はホーネットが健在だ。エセックス級とインディペンデンス級は1隻も多くと1日も早くもらえるんだろうな」
「キング長官がマッカーサーを抑え付けてくれた。大西洋に回す分を削ってまで太平洋に回すらしい。護衛空母はボーグ級、サンガモン級、カサブランカ級が投入される。どれもこれも低速空母だがエセックス級とインディペンデンス級の支援なら十分だ」
ニューギニアとソロモン諸島を巡る戦いに決着がついた。米軍は来年(1943年)は欧州戦線(対枢軸国)に注力することを決定する。まずはドイツとイタリアの枢軸国を打倒して、欧州戦線の状況を見ながら、太平洋戦線は小規模な攻撃に抑えた。大規模で積極的な攻勢は1944年以降が予定される。
欧州戦線に注力している間に日本軍の大攻撃を被る恐れは0%にならない。表舞台に立つことのない情報戦は苛烈を極めた。日本軍暗号の解読と自軍暗号の強化に必死である。日本軍はブラフを撒くことが多くて解読に成功しても嘘偽りに塗れた。正しい情報を掴もうにも、特異な暗号は解読に期間を要し、秘密外交は日本の地方言語が使用された。
何が何やら、サッパリ理解できない。
このような状況から投入する戦力の比率は当初の「欧州7:太平洋3」から「欧州5:太平洋5」の均衡に落とし込んだ。この時ばかりは陸軍のマッカーサーは海軍のキングに同調している。ルーズベルト大統領を懸命に説得した。
「レイに悪いな。俺らの不手際で面倒をかけている」
「なに、気にするな。今からは俺とお前の仲じゃないか」
「あぁ、太平洋艦隊のスプルーアンス司令長官は堅くて堪らないぞ」
「勘弁してくれ。大砲屋が機動部隊の指揮を執ったかと思えば、今度は一転して、太平洋艦隊司令官の椅子に座る」
「俺が見込んだ。レイは大物なんだからな」
米海軍は太平洋と大西洋に挟まれている。海軍の重要度が高い方は太平洋であるが、大西洋の枢軸国海軍は侮れず、戦力増強は未だに完了しなかった。特に両洋艦隊法に基づくエセックス級正規空母は総数32隻の発注を受け、全てが円滑に進んだ場合のスケジュールは、夏までに5隻が就役を迎えるだろう。エセックス級の不足を埋めるクリーブランド級軽巡を流用したインディペンデンス級も建造された。秋までに7隻が就役を迎える予定である。
エセックス級もインディペンデンス級も就役を迎えるに過ぎなかった。実戦に参加する空母は減ることに留意が求められる。1943年は積極的な攻勢を謹んで一撃離脱攻撃の機動空襲が精々だ。
米海軍に空母が大量に集中することは当然と思われる。しかし、太平洋戦線の陸軍を代表するマッカーサーは不満を抱いた。マッカーサーは海軍のニミッツらに空母運用を集中させない。我々の陸軍にも割くことを強硬に主張して譲らなかった。これをニミッツは頑なに拒んでいる。
両者は明確に対立した。
太平洋戦線の反攻作戦に連携を欠きかねない。
「奴らは抜け目ない。この1年間の準備は1秒も無駄にできんぞ」
「ハワイは意外と平穏だ。本土近海は常に潜水艦に曝されている。我慢が続くな」
=シンガポール沖=
翔鶴はシンガポールの超大型浮き船渠にて突貫の修理を終えた。彼女は第三航空艦隊の第五航空戦隊に所属する。修理が完了次第に復帰したが、シンガポールは日本海軍の大拠点であり、燃料の補給を直ぐに受けられる利点を活かした。翔鶴は新兵の訓練に明け暮れ、五航戦との合流は戦力の整理整頓を待つ。
「なんだ?あれは」
「少しお待ちください。おい、飯高」
「あれは特TL型二番艦『大滝山丸』と三番艦『大邱丸』です」
有馬少将は不思議な小型空母の姿に気付いた。小型空母は広義の改造空母が占める。大半が航空機運搬や輸送船団護衛の任務に就いた。シンガポールに立ち寄ることは珍しくない。
しかし、航空屋の有馬少将は既存の瑞鳳型と祥鳳型でないことを看破した。商船改造空母の計画は存在するが、特設巡洋艦や特設水上機母艦、特設潜水母艦に割かれる。したがって、両眼に映る小型空母は見知らぬ空母なのだ。部下に識別させると『特TL型航空母艦』とわかる。
「ヒ船団の護衛に付いているものと思われます。ヒ船団のTL型油槽船がしまね丸型空母こと特TL型空母になりました」
「TL型と特TL型の速力はほぼ同一だから護衛し易いか。水上機と陸上機の哨戒機が与えられるはず。駅伝のように複数の哨戒機が繋いで行くと聞いた」
「最近の米潜水艦は目も鼻も利きます。アリューシャン方面では新型らしき潜水艦が確認されました。実際に海防艦と駆潜艇が沈められて」
しまね丸型空母はヒ船団護衛に従事した。ヒ船団が素のTL型油槽船で構成される。特TL型はヒ船団護衛が他の空母に比べて容易だった。各地から護衛に来る哨戒機と連携もでき、搭載機は対潜警戒の九六式艦爆か九六式艦攻であり、輸送船団護衛時は整備の面倒な油圧式カタパルトを封じる。航空機輸送時は油圧式カタパルトを用いた。
「二番艦と三番艦までは特1TL型と括られます。これに次ぐ特2TL型は陸軍が運用します。特2TL型は船団護衛に特化しました。我ら海軍は米海軍の護衛空母を倣い、特3TL型空母を建造中です」
「翔鶴の修理ばかりに気を取られていた。なるほど、米海軍の真似は悪くない」
「護衛空母は船団護衛専用と捉えられがちです。しかし、護衛空母は正規空母の負担を減じました。上陸の支援や敵地の制空、友軍艦隊の直掩など、多用途に活動できる。第一航空艦隊の反省を含め入れて改善が図られます」
特TL型空母の一番艦から三番艦までは特1に括られた。特1は船団護衛や航空機運搬を前提にしながら艦隊付随も考えられる。これに次ぐ特2は陸軍が運用して簡素化が徹底された。船団護衛や航空機運搬の任務に特化すると同時に量産性を高める。特2の性能は幾らか落とされて艦隊付随を削がれた。
日本海軍は米海軍の護衛空母を倣う。特1を基に特3に着手した。航空機運用能力を高める代わりに輸送能力は削減する。最低でも航空機30機を運用可能として速力は艦隊随伴の20ノットに微増させた。既にしまね丸型が19ノットを発揮して速力は問題ない。しかし、30機の搭載機数は現行の2倍以上のため、格納庫など設計の変更は必須だ。
「有馬少将が中将に昇進して空母6隻を率いる日が…」
「どうだろう」
第一航空艦隊が三角撃滅作戦において、正規空母6隻を以てしても、多忙であることが理解できる。正規空母の担当業務の一部を特3TL型に割くべきだ。正規空母は敵艦隊や敵航空基地との戦闘に集中できる。もちろん、三角撃滅作戦は敵三個拠点を空襲したり、敵新鋭戦艦を発見して急遽行動計画を変更したり、等々の作戦自体の反省も確認されていた。
日本海軍も米海軍に負けじと戦力の増強を図る。
続く
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