第73話 帝都は不可侵2『三号爆弾と三十粍機銃』

「横須賀に向かっているなら、ここで捕捉できるはず」


「敵機高度は低空と聞いていますが、まだ見えません」


 東京の調布飛行場を発進した陸軍帝都防空隊のキ64こと『剱』は、あっという間に敵機の飛行する高度まで上昇している。本日は緊急発進故にRATOを使用した。ロケットによる凄まじい加速を糧に駆け上がる。ロケットの高度に左右されずに最大出力を発揮できる利点が活かされた。


 調布飛行場から飛び立った第一陣の剱は、特に調子の良かった4機だけで構成される。帝都で最上級品が供給されると雖も、串型エンジンや翼面蒸気冷却のご機嫌は、日によって大変動した。彼らは横須賀方面へ向かう7機の反応に差し向けられた。4機で7機の爆撃機を迎撃できるかは微妙と言える。黒潮部隊は沈む間際に爆撃機をB-25と正確な情報を提供した。B-25は双発爆撃機の中でも重武装で堅牢を両立し、陸海軍共に迎撃に大変苦慮する面倒な敵機だ。


 神の視点からすると、ドゥーリットル隊は全16機である。帝都方面に向かった機数は同じ7機だ。確認された機数は合計で14機と2機が不足している。この2機は機体の不調から燃料消費量が著しく、ホーネット発艦が早められたことが加わり、爆撃は不可能と判断した。海に爆弾を投棄してからソ連領へ向かう。やはり、空母の甲板上に長期間放置されると調子が狂った。


「見つけました! 誘導します!」


「よ~し。B-25隊に突っ込む覚悟を築けよぉ」


 4機の中で最も視力の優れた者がB-25らしき機影を発見する。現在飛行中の輸送機や爆撃機は退避済みだった。よって、味方機を誤認することはあり得ない。最高速は700km/hに迫る剱は、低高度ながら600km/hの大台を超えて一目散に向かった。B-25らしき爆撃機の影を確認する。手元にアメリカ軍爆撃機の早見表を用意しているが、本土防衛を担う精鋭は脳内に叩き込んだ。早見表を取り出さずとも識別できる。


「この距離で撃ってこない。相手も腕利きらしい。だが、俺達には新兵器があるぞ。三号爆弾を全弾発射した後は、降下から急上昇して機銃を叩き込む。30mmと20mmの感覚を誤るなよ」


 4機の剱はB-25の群れに対して高度優位を得た。B-25は胴体上部に銃座を構えたが、彼我の距離を目測して遠いと考える。いかにブローニングが優秀でも、目測を誤ると、さっぱり当たらなかった。しかし、ドゥーリットル隊は新鋭機の剱の凄まじい速度性能を知らないだろう。


「いまさら撃ち始めても遅いんだよぉ!」


「たんと食らえやぁ!」


 日本軍主力戦闘機の比でない突っ込みに驚いた。上部銃座が射撃を開始する。12.7mmブローニングに絶対の信頼を置いている。あいにく、弾は剱の後方を流れていった。なんて高速性能だと悪態を吐きたくなる前に飛翔体へ注意が逸れる。その飛翔体はロケット弾らしい。突如として、B-25隊の周囲一帯で自爆した。


「これがタコ弾だよ。ボロボロになりやがれ。上昇し直すまで耐えられるかな」


 剱隊が放ったのは空対空ロケット弾の『三号爆弾』である。三号爆弾は対地用焼夷榴散弾と開発された。敵飛行場に並ぶ航空機を効率的に破壊するため、テルミットと黄燐の焼夷弾を親爆弾に詰め込んだ。これにロケットを付与して自走能力を追加した物が空対空仕様となる。重量は60kg陸用爆弾と大差ないため、戦闘機は問題なく使用した。


 しかし、近接信管ではなく、時限信管式のため、空対空の命中率は劣悪を極める。照準器も簡易版で敵機に直撃させることは、標的が大型爆撃機でさえ、至極困難と評価された。兵士からの評判も芳しくない。とはいえ、炸裂時のタコ足に広がる焼夷弾は圧巻に尽きた。自機からは微妙に見えようが、敵機からは恐怖を抱くに足りる。敵機の編隊を崩して迎撃し易くしたり、爆弾を投棄させて爆撃を諦めさせたり、などと撃墜に囚われなければ、十分に有効と結論を出した。後に捕虜となった米兵は「タコ爆弾(三号爆弾)ほど恐ろしい対空兵器はなかった」と語る。


「なんだ堪え性が無いな」


「最低でも2機が火だるまです。妙に銃座が大人しいので、突っ込みましょう」


「二番槍は任せてください」


「こちらも二番槍を」


 勘の当てずっぽうで発射した。剱が1機あたり4発を有して4機で16発になる。子弾の数も加わって無数の焼夷弾が襲い掛かる。B-25がアメリカ製らしい頑丈な爆撃機だが、高熱の黄燐弾を全身に被ってはひとたまりもない。防弾を破壊して侵入した焼夷弾が燃料タンクに達しガソリンを引火させた。B-25の2機が火だるまになって墜落する。残りの5機は目視では分かりづらいが、大なり小なり被弾しており、弱まったところへ剱が被さった。


(30mmの反動が存外気分の良い)


 剱は主翼に20mm機銃と30mm機銃を2門ずつ装備している。20mmは言わずもがなであり、零戦後期型でも使用されると、一撃で敵機を粉砕できて評判は悪くなかった。しかし、重爆撃機が相手では物足りなさが否めない。ましてや、一機たりとも通してはならない帝都防空の迎撃機なのだ。よって、重爆撃機迎撃の切り札に二式30mm固定機銃が開発される。30mm固定機銃は初陣を鮮やかに飾った。もっとも、大威力の裏返しと言える致命的な欠点を抱えている。30mmの大口径故に射撃時の反動が強かった。並みの単発機では耐えられず、計器類の故障、部品の脱落を招きかねない。剱は川崎重工業の土井技師の組んだ異常な頑丈設計のおかげで耐え切った。


「機銃が狙っているぞ!」


「これぐらいは回避できます!」


 B-25にしては大人しい防御砲火でも油断は禁物である。剱は翼面蒸気冷却の採用により被弾してはならなかった。いかにもピーキーな機体に仕上がる。各員は脱出用の背負い式落下傘を有して生還を第一に据えた。いいや、機体を壊さないことが最善に違いない。B-25は横須賀方面に向けて飛行中だ。爆弾を投棄する素振りすら見せない。


 これがアメリカ軍の根性なのだ。


「ちくしょう! 目測をしくじった!」


「悔やむ暇はないぞ!」


 敵機が大きいと肉迫する際に目測を誤ることは、誰にでも共通することだ。航空雷撃も敵艦が大型の場合に実際の距離と目測が乖離する。爆撃機の迎撃も同様であり、特にB-17やB-24の四発機は難しかった。B-25は双発機であるが、本土防空の重圧が圧し掛かる。精鋭でさえも感覚を狂わせてしまった。30mmと20mmの弾数は少ないため、可能な限りを直撃させなければならない。


「燃料も怖い域に来たな…」


 航続距離は距離換算にして1000km弱だった。激しい空中機動戦を行うと猛烈な勢いで消費した。民間も含めた適当な飛行場に降りれば助かるだろうが、自分達が助からなくても敵機を撃墜する。決して、冗談ではなく、敵機に体当たり攻撃を仕掛けようか迷った。すると、下方から上昇する双発機の重戦闘機らしき姿を視認する。


「百式司偵がなぜ」


「武装司偵です。二式複座重戦闘機が要求を満たさなかったため、百式司令部偵察機を武装化した試みがある。こう聞いたことがあります」


「なるほどな。燃料に心許ない機体は、上がって来た味方機に譲れ!」


「まだまだ食らいつきます!」


 三号爆弾と30mm機銃の威力により、B-25を片っ端から叩いて回る。流石に4機だけでは重労働であり、燃料の心配からも時間は限られた。しかし、ちょうど良い時に味方機が到着してくれる。剱の加速力と上昇力が圧倒的過ぎる故に味方機は遅れた。その味方機は双発機でも見慣れた『百式司令部偵察機』に思われる。なぜ、偵察機が上がって来たのか疑問だが、部下の博識が光った。


 そもそも、陸軍の双発重戦闘機は、二式複座戦闘機と開発される。しかし、重爆撃機の迎撃には足りていなかった。そこで、陸軍は優秀な性能を発揮した百式司令部偵察機に注目する。高速性能と高高度性能を増した中期型から武装を追加する改造を行った。特に本体性能は変わらないことが判明して本土防空仕様機が配備される。本土防空仕様機は、海軍の夜間戦闘機の『月光』を倣い、37mm斜め機銃を装備した。


「味方が来たなら百人力だぞ!」


 息を吹き返した剱隊は燃料が切れる限界まで戦い続けた。


 帰投は滑空飛行になるだろうがお構いなし。


続く

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