第183話 龍驤の系譜よ

=雲龍=


「龍驤と再び見えようとは驚きしかない。艦攻も艦爆も持たぬ制空空母と聞いた。それも艦載機に直した雷電な上に赤鬼の赤松が率いる」


「鬼の龍驤が復活しました。それも角田提督と山口程度の下に置かれることに」


「赤松雷電隊も顔面蒼白でしょうなぁ」


 雲龍の艦橋内と甲板上の会話は図らずも軸は一致した。雲龍の乗員は甲板上に大集合している。先日に合流した待望の軽空母を「ワァワァ」と眺めていた。これが簡易空母や改造空母の場合は簡単な挨拶で済む。大歓待と言うべき盛り上がりの先に見える空母は正規にして大復活を遂げた龍驤と見えた。


「厳密には二代目の龍驤型軽空母です。その搭載機数は艦戦が32機と十分にあります。米海軍のインディペンデンス級と互角と渡り合える」


「赤松の雷電好きは有名です。まさか、雷電で最前線に参るため、空母に乗り込んでくるとは」


「彼について来る部下も馬鹿野郎ばかり」


「雷電を好き好んで乗り回す奴は馬鹿でしょうよ」


 傍から聞いている限りは悪口だが立派な褒め言葉である。それはともかく、正規の軽空母は『龍驤』の名を頂戴した。龍驤の名は古強者と暴れ回った先代を承継している。日本海軍が短期間に同名を引き継ぐことは珍しい。米海軍のエンタープライズⅡやヨークタウンⅡ、レキシントンⅡと同じでも、設計を幾らか承継したことは雲龍型に共通する。


 第一航空艦隊の第二航空戦隊に龍驤型空母の一番艦と二番艦が合流した。それぞれ『龍驤』と『龍舞』の名を得る。姉妹に龍の勇ましい姿を謄写した。TL型タンカーの簡易空母や水上機母艦や商船を改造した改造空母ではない。れっきとした正規空母も雲龍型の成功から既存の流用を採用した。


 それこそ、先代空母の龍驤なのである。


「私が大砲屋から空母屋に転進する際は龍驤の世話になった。高角砲で敵艦を砲撃する訓練をやらせたことが懐かしい」


「砲撃訓練は龍驤からでしたか。なるほど、どうりで」


「当たり前のことだ。私は空母も軍艦であり、高角砲も敵艦を撃つ大砲と認識し、空母艦隊で突撃することも厭わない」


「人殺しの多聞丸が目を丸くしましたからなぁ」


「あのふねに空母の基礎を学ばせてもらった。潜水艦の雷撃に沈められたと聞いた時は家族を失ったことのように悲しんでいる。二航戦に無理矢理でも組み入れていればと悔やんだ」


 先代の龍驤は日本海軍における空母が成熟し切っていない頃のプロトタイプの色が濃かった。ロンドン条約の制約に対応しながら打撃力を求めている。無茶と苦茶を重ねたにもかかわらず、完成後も工事を繰り返して排水量は増すばかりだった。小振りな船体に打撃力を求めることは無茶と同義である。案の定というべきか、艦の安定性が大きく損なわれた。


 龍驤は失敗作という辛辣な評価も聞かれる。まったくの誤りと断じようではないか。なぜなら、彼女は後の蒼龍/飛龍と翔鶴型に貴重な経験に基づく反省を与えている。蒼龍/飛龍は中型空母の完成形(厳密には雲龍型だが)と翔鶴型は大型空母の完成形を為した。龍驤なくして現在の世界最強の空母艦隊は生まれていない。


「龍驤の大砲はいくつある」


「10cm連装両用砲6基12門と20mm四連装機銃8基32門です」


「インディペンデンス級軽空母に比べて重武装かもしれん。しかし、対空機銃が足りん。30mmは貰えないのか」


「秋月型防空駆逐と小型防空軽巡の供給が精一杯ですから。南方で鹵獲したボフォース社の40mmを複製して量産することが最善でも決戦に間に合いません」


「20mmと対空噴進砲を満載することが現実的で最良の策になりました」


「それ故に龍驤型軽空母は艦戦30機を搭載する。制空に特化した制空空母だな」


 龍驤は一隻限りでワンオフの空母だ。次々と就役する後輩たちを眺める余生は送らない。彼女は常に最前線へ出撃して南方制圧作戦に活躍した。南方制圧作戦は専ら上陸支援や艦載機空襲に精を出す。敵国の商船から潜水艦まで艦船を片っ端から沈めた。1942年以降は小振りの割に搭載機数が30機前後と多いことから航空機輸送に従事する。航空機輸送は主に改造空母が担当したが、最速20ノットという低速が足を引っ張り、龍驤の最速29ノットは高速輸送に適していた。


 最期は航空機輸送の帰路に敵潜水艦の雷撃を受ける。不幸中の幸いとして甲板から格納庫、燃料庫、弾薬庫の全てが空っぽだった。浸水から安定を損ない大傾斜すると乗員は海に飛び込んでいる。護衛の二等駆逐艦に大半が救助されて人的損失は最少に収まった。とはいえ、大日本帝国海軍の空母の礎を築いた龍驤の喪失は大いなる悲哀を呼ぶ。


「雷電が龍驤と龍舞から60機も飛び立ちます。艦隊防空は早期の迎撃が肝と教わりました。米海軍空母艦隊は早期迎撃を徹底して奇襲以外に突破することは至難です。基地航空隊の陸攻隊も必殺の雷撃を封じられました」


「電波欺瞞紙も一時的な騙しに過ぎません。金属を多分に消費することが何とも」


「なにか敵空母艦隊の分厚い早期迎撃と艦隊防空を突破する策はないものか。積極攻撃を仕掛けたいが、被害を出すだけの無策にして無謀は慎む」


「音速雷撃隊が切り札かもしれません。あれは基地航空隊の運用止まりですが」


 日本海軍は米海軍の空母大拡充に対抗する策と軽空母の建造を推進した。正規の軽空母と建造するが、インディペンデンス級空母を参考にしており、約1年で建造可能な思想は日米海軍で共通する。米海軍はクリーブランド級軽巡洋艦を軽空母に変更したのに対して日本海軍は龍驤の設計を流用した。


 二代目龍驤はワンオフのプロトタイプから量産の正規品に切り替わる。現在は戦争の真っ只中なのだ。軍縮条約の制約も何も存在しない。排水量は軽空母らしい約1,1000tを確保して無茶な設計は隅から隅まで排除した。先代の龍驤らしい見た目はサッパリと消え去ったが、先代が遺した貴重な経験が活きた証拠と言え、日本海軍の成熟された技術が詰め込まれる。


 あくまでも、軽空母の搭載機数は30機前後は微妙が呈され、かつ主力の惑星艦攻は飛行甲板の短さから運用不可能と判断し、海軍は小型空母が艦戦のみ搭載した制空空母と活躍した事例を掬い上げた。二代目の龍驤型軽空母が最速32ノットを発揮して高速空母艦隊の随伴が可能である。艦隊随伴制空空母の思想を注入されると、零戦でも暴風でも烈風でもなく、雷電局戦(艦載仕様)が着艦した。


「本当に空母艦隊同士の砲撃戦へ持ち込むしか」


「私の独断で突撃を命じることは十分にあり得る。雲龍型も量産型空母だが大砲を有した。赤城と加賀が20cm砲を降ろしたことが惜しい。不要ならばもらい受けたものを」


「ご冗談を仰りますが、確かに、10cm両用砲は侮れません。米海軍の5インチこと12.7cm高角砲に比べて威力は劣りますが、発射速度と弾速、射程距離は勝りました。つまり、空母艦隊同士の砲撃戦が勃発した場合はアウトレンジから一方的に叩ける」


「こちらは小型軽巡と秋月型駆逐艦もいます。我々は正々堂々と空母同士の殴り合いを楽しめる」


「空母が空母を砲撃戦の末に沈める。なんだか、冗談で終わらない気がします」


 こんな会話を聞いて夢物語とバッサリと切り捨てても構わない。ただし、当の本人たちは大真面目に話し込んだ。空母が砲撃戦を繰り広げるなんてと切り捨てることは簡単である。空母が航空機を飛ばすだけと視野を狭くすることも簡単だ。敵軍の想定に基づく準備を超えることは意外と難しい。


「山口さんに大目玉を食らいそうだが…角田覚治に付き合ってくれるか」


続く

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