第182話 名もなき陸軍戦闘機

 それは陸軍の重鎮である阿南大将の鶴の一声に始まった。


「川崎のキ61は空冷発動機に換装して中島のキ84を支援する補助戦闘機とせよ」


 陸軍戦闘機は長らく中島の一式戦『隼』が主力を務めてきたが、海軍の零戦同様にマイナーチェンジでは米軍の新型に対抗できなくなり、中島は一式戦と二式局戦を足して二で割った四式戦(キ84)を投入する。これが四式戦闘機『疾風』で大東亜決戦機と呼ばれた。


 陸軍は別個と川崎に対して液冷発動機を採用した重戦闘機を求めた。ドイツ空軍のBf-109を真似た格好である。川崎は既に超局地戦闘機の剱を本土防空専門に開発した。日本の液冷発動機は1000馬力級が限界だったが、1500馬力級までパワーアップに成功すると、試製キ61は常道の1500馬力級液冷発動機が1基の重戦闘機を志す。


 しかし、液冷発動機は本土防空の超局地戦闘機に限られた。南方戦線向けの主力戦闘機には採用見送りの方針が定まる。試製キ61はあと少しで完成するところ、液冷発動機を奪われ、いわゆる「首無し」の宙ぶらりんに陥った。


 当然ながら、川崎は土井技師を中心に怒る。阿南大将は「空冷発動機に換装して補助戦闘機に変える」ことを代替に命じた。中島のキ84を主力戦闘機に選定したが、万が一に不足することを見据え、ドイツ空軍のBf-109を補うFw-190を倣う。補助戦闘機の開発にスライドした。幸いにも、ドイツ空軍のFw-190は日独連絡の封鎖突破船が持参している。これを研究用に使用した都合で貴重な情報が豊富にあった。


 かくして、先行生産型の名もなき陸軍戦闘機が飛翔する。


「こいつは物になります。疾風よりも動かし易くて運動性能を活かした格闘戦で対抗できる。速度は物足りなく思いますが、一式戦に慣れた熟練者は気にならず、若手には四式を熟練には本機を与えるべき」


 テストパイロットを務めた熟練者は輝かしいニンマリな笑顔を見せた。


「鉄脚の檜が言うことに間違いありません。早速大量生産に入らせましょう。川崎にキ61の在庫と生産設備が残っている。今の内に始めるが吉です」


「何か要望は無いかな」


「20mmよりも12.7mmが欲しいです。隼で慣れた者に20mmは使い辛く、補助戦闘機に重武装は不要であり、20mmに比べて継続的な戦闘力に勝る12,7mmが好ましい」


「わかった」


 本機のテストパイロットは檜與平少佐が務める。彼は加藤隼戦闘隊の一員とインド方面で米英軍と激闘を繰り広げた。日英休戦後はインド方面からオーストラリア方面に転進し、一式戦の隼を操ってP-51のマスタング初期型を初撃墜の戦果を収める。B-24迎撃中に被弾して重傷を負い、内地に戻り次第に右足を切断する手術を受け、恩賜の義足に置き換えた。いくらなんでも、義足では戦えない。驚異的な精神力と血の滲むリハビリが功を奏した。熟練の技量を買われて教官を経てからテストパイロットに収まる。


「現役に復帰させていただきたく存じ上げます」


「右足を義足にした兵士を再び最前線に送り込むことはな」


「本人が希望しています。本人の希望を蹴散らす方が非人道的です」


「えらく気に入ったようだ。今度の戦いは負傷では済まない。それでもかね」


「望むところです。鉄脚が疼いて堪りません」


 檜與平が大満足の先行生産機は「瓢箪から駒が出る」を具現化した。元々のキ61は液冷発動機を前提に設計を組んでいる。これに空冷発動機のハ112-Ⅱ(金星六二型・排気タービン式過給機は無し)を与えた。液冷発動機に合わせて絞り込んだ胴体に太い空冷発動機を与えることは大掛かりな設計変更を要する。


 ここでFw-190の研究が活きた。


 普通は太い機首に細い胴体は段差が生じて大きな空気抵抗を呼ぶだろう。川崎の土井技師はFw-190を参考にした。推力式単排気管と繋ぎを追加することで空気抵抗を吹き飛ばす。キ61の設計変更は機首から胴体前部に集中して必要最小限の変更で済んだ。なんと、約3ヵ月という短期間で試験に漕ぎ付ける。あまりの短期間に訝しむ声が多く聞かれた。


 檜與平の飛行と評価に納得せざるを得ない。


「よろしい。この名もなき戦闘機を中心に組む予定の独立飛行隊の長に命じる」


「独立飛行隊?」


「何ですか?それは」


 陸軍のお偉いさんは檜與平少佐に現役復帰を命じた。独立飛行隊の名前に覚えがない。皆は左右どちらかに首を傾げていた。お偉いさんは満足気に頷いてから語り始める。


「陸軍は海軍の協力を得て本格的な空母の建造を果たした。従来の対潜簡易空母ではない。海軍の改造空母に匹敵する軽空母を拵えた。君が現役に復帰する部隊は陸軍軽空母の独立飛行隊である」


「陸軍の空母ですか。面白い。ぜひとも、やらせていただきたい。 加藤隊長の仇を討ちます」


「よ~し。全て決まりだ」


 陸軍の空母に関してはまたの機会に回す。


 本機は液冷発動機のハ140(予定)から空冷発動機のハ112-Ⅱ(金星六二型)に換装した。その結果は極めて良好が占める。どちらも1500馬力級で馬力に優劣は無いが、堅実な金星シリーズは信頼性に勝り、過酷な最前線で一定の稼働率を維持した。液冷発動機に特有のラジエーターが撤去されて軽量化だけでない。前線における整備の負担まで軽減された。発動機の部品も百式司偵と共通して整備性の確保に貢献する。


 四式戦の疾風と比較して速度性能は完敗を喫した。疾風が誉の2000馬力に対して本機が金星の1500馬力の差は大きい。ただし、速度性能以外は疾風と同等か凌駕する性能を叩き出した。特に運動性能が良好で動かしやすいと好評である。一式戦の隼に慣れた熟練パイロットは直ぐに慣れて重戦闘機の疾風を嫌う者に丁度良かった。経験の浅い兵士に疾風を与えて熟練の兵士に本機を与えよう。


 もっとも、頑固一徹と一式戦の隼に拘る者も多い。

 

「米陸軍の新型機を撃墜した技量を高く評価している。絶対に個で戦ってはならない。必ず集団で戦え」


「よくわかっています。栄光の加藤隼戦闘隊は不滅です」


「頼んだ」


 本機の武装はキ61を踏襲して機首20mm機関砲2門と主翼12.7mm機関砲2門を装備した。20mmと12.7mmの論争は置いておこう。檜與平は自身を含めた熟練者の慣れから12.7mmを推奨した。疾風を重戦闘機に据えて20mmを満載したことの反対である。本機を軽戦闘機に据えて12.7mmを中心にするべきと主張した。熟練者は12.7mm弾を正確に撃ち込める。バランスに優れた中口径を好んだ。一方で経験の浅い者は射撃の技術が足らない故に頑丈な部分へ撃ち込んでしまう。その際に中口径の弾は防弾に阻まれることが多かった。20mmという大口径の弾で防弾ごと粉砕した方が効率的と考える。


 要は練度に応じた使い分けだ。


 何でもかんでも一本化すればよい事はない。


「本機は何と名付けましょう。名もなき、キ100、これでは伝わりません」


「今更に三式戦と称しても」


「四式戦は疾風と存在します」


「五式戦は早すぎるか」


 一番の問題は名称だった。キ61は三式戦となる予定が崩れている。今更に三式戦と称してはおかしい。四式戦は疾風が存在して使えなかった。三と四に続いて五式戦は1944年にそぐわない。川崎はキ61に与える予定の「燕」を提案したが、本機の性質に似合わないと却下し、妙案が湧き出てこないか悶々とした。


「阿南大将に任せる。あの人が言い出したことだから」


「そうしましょうか」


 名称問題は阿南に丸投げする。


 本機は熟練者が操縦してP-51のマスタング狩りに興じた。


続く


〇川崎社・キ100

全幅:12m

全長:約9m

全高:3.7m

発動機:ハ112-Ⅱ型1500馬力

    水メタノール噴射装置付き

最高速度:600km/h

航続距離:1400km(増槽無し)

     2200km(増槽有り)

武装:機首12.7mm機関砲2門

   主翼12.7mm機関砲2門

   ※一部は当初の機首20mm機関砲2門を続投

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