第181話 スプルーアンス危機一髪
=メジュロ環礁=
メジュロ環礁はポンペイ島から昼夜問わず爆撃機が飛来する。1秒たりとも安心できなかった。つい先日も高高度から水平爆撃を受ける。ポートランド級重巡洋艦『インディアナポリス』を沈められた。
「旗艦をニュージャージーに移していなければ…」
「ハルゼーの言う事がわかった。これからは戦艦から指揮を執る。約束しよう」
「スプルーアンス大将を失ってはならん。ニュージャージーを払ってでも守り通す」
艦隊総旗艦のニュージャージーは空襲の被害を受けない。スプルーアンス大将も五体満足の健在だ。しかし、インディアナポリスが沈んだことに幕僚も含めて肝を冷やす。なぜなら、スプルーアンスは数か月前まで旗艦を一貫してインディアナポリスに定めていた。彼の故郷の名を冠した重巡を旗艦に選ぶことは利点と欠点が表裏一体となる。
先に欠点を述べると、指揮能力が大幅に制限された。スプルーアンスは大砲屋出身のためか最新鋭の戦艦を希望する。あいにく、当時に彼へ提供可能な新鋭戦艦はなかった。戦艦からワンランクとグレードダウンするインディアナポリスが与えられる。彼女は巡洋艦部隊の指揮能力を有し、もちろん、新鋭戦艦に比べて大幅に制限されたが、背に腹は代えられなかった。
利点は欠点の裏返しである。艦隊の指揮能力が制限される故にスプルーアンスは幕僚の無駄を省いた。彼は幕僚を盟友のハルゼーと半分に収めてスマート化を推進する。まさに少数精鋭の幕僚はカール・ムーア参謀長が引き締めた。スプルーアンス大艦隊の大進撃はインディアナポリスと少数精鋭の幕僚に依る。
「ハルゼーが心配の連絡を寄越してきた。ニュージャージーから出るなとまで言われている。ニミッツ長官も心配で護衛空母の増派を検討した。アイオワ級戦艦に低速の護衛空母は合わないはずだが」
「ハルゼー提督もニミッツ長官もレイモンド・スプルーアンスを最高の司令官と認めています。高速空母艦隊と新鋭戦艦艦隊を率いるべきは…」
「ともかく、ニュージャージーで過ごしてください。ニュージャージーは簡単に沈みませんから」
「わかった。わかった」
スプルーアンスが率いる艦隊は拡張し続けた。インディアナポリスを旗艦に設定し続けることは無謀だろう。最新鋭のアイオワ級戦艦2番艦『ニュージャージー』に移乗した。アイオワ級戦艦の充実した艦隊指揮能力に満足を覚えている。
旗艦の変更から時間が経過いない頃に前任のインディアナポリスを沈められた。誰もが「もしニュージャージーに移っていなかったら」を考えて顔色を悪くする。スプルーアンス自身も珍しく動揺した。インディアナポリス沈没を報告した途端にニミッツ長官とハルゼーが心配の連絡を寄越す。レイモンド・スプルーアンスはニュージャージーから1歩も出られないようだ。
「キャッチボール作戦の延長とポンペイ島を攻撃します。モントゴメリー艦隊の空母が艦載機を飛ばしてシャーマン艦隊の戦艦が16インチを轟かせた。ポンペイ島さえ無力化すればです。空襲を受けることは少なくなりましょう」
「空襲はな。潜水艦の雷撃は変わらないぞ」
「メジュロ環礁は敵潜水艦の巣でした。それ故に奴らは海の地形を知っている。縦横無尽に動き回った。こちらの駆逐艦は翻弄されるばかり。一刻も早くカタリナかリベレーターを送ってもらいたい」
「私も対潜機の要望を再三にわたり送っている」
「マッカーサーの妨害ですか。ニューギニアを経由してフィリピンを奪還する。そちらへ航空戦力が引っ張られた」
メジュロ環礁の安全を確保するため、目の上のたん瘤のポンペイ島無力化を図り、キャッチボール作戦の延長線上に置いた。高速空母艦隊と新鋭戦艦艦隊を贅沢に割いている。艦載機空襲と艦砲射撃で島の地形を変えてしまおう。日本軍爆撃機の足が長いと雖もポンペイ島を失っては届かない。
「ギルバート諸島の航空戦を率いた。その敵将は誰かね」
「ハワイの情報部はクサカと言っています。日本海軍の中では地味な人物ですが、見事にしてやられました」
「クサカは食えない。ヤマモトもだが自らを囮にしてくる敵将は苦手だな」
「一夜でギルバート諸島から撤収させた水雷部隊はキムラが率いていました。彼も見事な手際です。我々は同士討ちを演じてしまい」
ハワイの情報部はニミッツ長官の肝いりと情報の収集と分析に精を出した。日本軍の暗号解読から偽情報の発信など多忙な日々を送る中で敵将の検索も怠らない。敵艦隊の司令官がどのような人物か把握して相手の出方を知る。そして、敵将の対抗策を練り上げた。
「クサカにキムラか」
「神の裁きが与えられましょう。この大艦隊を以てすれば1週間で片付きます」
「ノースカロライナとワシントンは修理から復帰し、サウスダコタの仇を討つマサチューセッツとアラバマが到着し、アイオワとニュージャージーの6隻が揃い踏みです。これにミズーリとウィスコンシンが加われば、コンゴウ・クラスとナガト・クラスは鉄屑に変えられ、日本本土を徹底的に砲撃できる」
「自信満々なことは大いに結構だ」
「我らのスプルーアンス大提督は迷われている。なぜ、わからん」
ムーア参謀長が戒めた。スプルーアンスは苦渋に満ちている。トラック泊地を無力化するヘイルストーン作戦は変更に次ぐ変更を強いられた。高速空母と新鋭戦艦が一堂に会したことは喜ばしいが、使い方を誤ってはギルバート諸島の二の舞を演じかねず、マッカーサーを蹴落とすためにも失敗は許されない。
ギルバート諸島の戦いにおいて、米海軍は主に支援を担当した。日本軍の撤退より勝利を収めるに支払った犠牲は甚大も甚大である。空母部隊は正規空母と護衛空母の数隻が沈んで艦載機も多数を失った。戦艦部隊は旧式戦艦が一度に3隻も大破する。両部隊の巡洋艦と駆逐艦も無視できない被害を出した。
さらに、日本軍が撤退したことは露知らず、上陸部隊支援の爆撃と砲撃は味方をふっ飛ばす。無駄弾はともかく友軍撃ちは陸軍と海軍の関係に亀裂を入れた。マッカーサーは「これだから海軍は頼りにならない」と叫んで回る。ニューギニア経由のフィリピン奪還を声高に主張した。これにアーノルドやルメイら日本本土空襲計画の航空隊はマリアナ攻略を叩きつける。海軍のキング長官が過労で倒れないか心配になった。
「マーシャル諸島の安全が確保されない限りは動けない」
スプルーアンスの出した答えは苦しい現状維持である。
その時に早期空中警戒機のTBFが急報を発した。
「地獄の天使が来たか」
~上空に日の丸あり~
ポンペイ島所属の百式司令部五型はメジュロ環礁の強硬偵察に訪れる。
「なんて底力だ。もう航空基地の造設に入っている」
「写真に収めてくれよ。1枚でも多くな」
「わかってるさ。ライカは良い物だ」
百式司令部偵察機は1940年から運用を開始した高速偵察機だ。多くの軍用機が更新される中で百式司偵は未だに一線級の偵察機を務め上げる。二型や三型などマイナーチェンジを繰り返した末に五型に到達した。百式司偵三型の時点で完成されていたが、高高度性能の向上を志向して、三型の多くは変えないでエンジンを換装する。
そのエンジンは排気タービン過給機を装備したハ112Ⅱル(金星六四型)とされた。約1500馬力と大して変わらないが、高高度性能は飛躍的に向上して高度10,000mで最速650km/hを叩き出し、敵地強硬偵察に限らず早期空中警戒機も担当している。
「メジュロ環礁が巨大な罠だというのに飛び込んでくる。ここは袋の鼠なんだぞ」
「竜巻で消えてなくなるまで撮ってやるからな」
続く
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