第161話 パウナル艦隊逃避行
【投稿後前書き追加】
無事に手術と入院から復活しました。今は下書きの貯金を崩しています。術後経過は貯金で対応しますので普段通りに投稿できるかもしれません。これは私の身体次第なのでお約束できないのです。ご了承ください。
【本編】
=パウナル艦隊=
「正気ですか! 南鳥島を背にして逃げると!」
「何を怒っている。二週間前から言っていたぞ」
パウナル少将は日本軍の高速偵察機に捕捉された。戦闘機乗りが「通り魔」と恐れる高速偵察機はヘルキャットの迎撃から逃げ回る。自軍でない通信を傍受したが、正確な位置と陣容を暴露されたことを理解し、直ちに対空警戒の輪形陣を組んだ。しかし、パウナル少将は即座に「南鳥島から離れる。とにかく、逃げるんだ」と命じる。
まだ攻撃隊を回収し切っていない。それにもかかわらず、南鳥島から離れるという決断は猛反発を呼び、艦橋内はパウナル少将と艦長が真っ向から対立した。クラーク艦長は根っからの航空屋の叩き上げである。攻撃隊のクルーが母艦を含めた艦隊が事実上の逃亡を図ることに何を思うだろうか。パウナル少将の決断は許せなかった。
「艦長たちの気持ちは痛い程わかる。私も航空屋だ」
(馬鹿にしているのか。艦長を務めただけのアマチュアが)
「日本を叩き潰すためには空母の数が必要だ。いかに航空機とクルーが揃っても、太平洋を超えるため、空母が必要なのである。これは分かるな」
(ふん。当たり前のことをヌケヌケと言う)
「太平洋に送られる空母は多い。しかし、1隻でも欠けると大変なことになる。南鳥島への攻撃は演習の延長に過ぎない」
「南鳥島は攻撃隊が抑えています。我らが空襲を受けるとしても、数時間後か翌日でしょう。南鳥島の機能を奪ってパーフェクトゲームにすれば…」
「君たちはわかっていない。日本海軍は絶対に罠を仕掛けている。敵艦隊が控えているぞ」
「そんなことはあり得ません」
パウナル少将は艦長以下から信頼をゴッソリと失う。高速空母艦隊を率いる器でないかもしれない。ただし、危機を察する能力は意外と高かった。彼は南鳥島の防備が薄い情報に不信感を覚えている。この情報は日本軍の撒いた罠なんだ。敵機動部隊が待ち構えているのではないか。まるでミッドウェー海戦の逆ではないだろうか。
「いいか? 南鳥島なんて小さな島を無力化する代償に空母を払うことは実にくだらない。あんな島はいつだって孤立化させられる」
(ちくしょう。これじゃクルーは無駄死にじゃねぇか)
パウナル少将の評判は悪評の一辺倒でなかった。スプルーアンス中将は人事の相談をすっ飛ばされたが、パウナル少将の引き抜きに不満は無く、戦闘機の扱い方が上手いと高評価を与える。やっと前線復帰を果たした大砲屋のリー少将もパウナル少将を信頼した。
もっとも、この場では内輪揉めを生じさせる。第15任務部隊の士気は低下した。南鳥島に向かった攻撃隊を見捨てるような指示はいただけない。高速空母艦隊は日本軍を叩き潰すために誕生した。日本軍の撃滅よりも艦隊保全を重視する。彼が艦長以下から大不興を買うことは当然のことだ。
「わかったなら。東方へ逃げる」
第15任務部隊は対空警戒を維持して東方へ退避を試みる。
その瞬間にパウナル少将の決断が正しいことが証明された。
「CICから報告! 敵攻撃隊接近中!」
「全力で退避! ヘルキャットをカタパルトで出せるだけ出すんだ!」
~同時期~
天山艦偵の機内にけたたましい警報音が鳴り響いた。
「逆探警報!」
「天山は誘導から離脱して母艦へ帰投する。第二次か第三次の誘導に移る」
「戦果確認は艦攻隊に任せる。なんで行っちゃいけないんです。こいつの7.7mmは飾りじゃありません」
「天山は温存する方針なんだ。それに艦攻隊と軽々しく口にするな。今も雷撃の超低高度で迫っている」
天山艦偵は空母1隻あたりの搭載機数が少ない。新鋭機の配備に伴う玉突きで捻出された一式艦爆と一式艦攻と事情が異なる。隼鷹と飛鷹に少数を搭載した。天山の数は少ないが単発機用に開発されたN-3電探を装備する。敵艦や敵機のレーダーを逆探知するF型逆探も装備した。N-3電探とF型逆探を用いて敵艦隊を捜索するところ、南鳥島所属の百式司偵が発見してくれ、敵艦隊捜索から攻撃隊誘導に切り替わった。
「敵艦が機内の会話を傍受している。これを馬鹿馬鹿しいと思うか」
「思いません」
「だったら、軽々しく、口にするな」
「言い方はキツイがな。どうか理解してくれよ」
隼鷹と飛鷹を発した第一次攻撃隊は天山を除いて62機という大所帯である。両空母が改造空母ながら翔鶴型に匹敵する搭載機数の賜物だが、隼鷹から32機と飛鷹から30機が発進しており、隼鷹から零戦10機と一式艦爆22機、飛鷹から零戦10機と一式艦爆20機に組まれた。必殺の航空雷撃を担う一式艦攻が1機も含まれていない。艦攻隊は鮫島中将発案の奇襲戦法に隠される。
「チョーさんは艦攻から零れた末に艦偵乗りになった。艦攻隊の仲間が安全に攻撃できることを一番に望んでいる。だから、天山に乗っている時は人が変わっちまうんだ。鮫島の叔父が発案した艦攻隊による奇襲戦法を絶対に成功させるってな」
「大竹も喋り過ぎだ。黙っていろ」
「へいへい」
ちょうど、天山艦上偵察機の遥か下を一式艦攻14機が通過していった。
鮫島中将は第十一航空戦隊という改造空母艦隊が米海軍高速空母艦隊を打倒するに通常の攻撃は通用しない。もちろん、各員の練度は申し分ないが、機材は旧式化が否めず、艦爆と艦攻の数も千歳と千代田の艦戦限定から少なかった。つまり、鮫島中将は手持ちの少ない中で最大の戦果を挙げなければならない。
そして、空母艦隊の前進に呼応した艦攻隊の奇襲戦法を編み出した。
「もう間もなくだ。これで逆探が鳴っても超低空飛行は止めない。グラマンはこの高度では飛べんぞ」
「二番機が少し逸れています」
「指摘しろ。こういうのは1秒の遅れが失敗を呼ぶ」
一式艦攻7機が2個の14機は1t級航空魚雷のE魚雷を機外に吊架している。800kg級の九一式航空魚雷シリーズは爆弾倉に収納できるが、1.1倍の威力を秘めたE魚雷は吊架装置を追加して機外に吊架せざるを得ない。機外に吊架は対空砲弾の破片や小口径の機銃弾が当たると誘爆する恐れが呈された。
一式艦攻14機はE魚雷が水飛沫に被る程の超低空飛行を採る。まだまだ、敵艦隊は先であるが、雷撃体勢の構えを確認した。これこそが鮫島中将発案の奇襲戦法である。敵艦のレーダーから逃れる策だった。日本海軍は対空電探の試験から超低空を飛行する航空機の探知が難しいことを知る。超低高度の飛行は中高度から低高度の飛行に比べて遥かに近距離に入ってようやく探知できた。
この事象の詳細な説明は省略するが、特に艦攻隊に都合が良いだろう。艦攻隊は航空雷撃に超低空飛行を含んでいた。海面とスレスレの飛行を当たり前に行う。雷撃体勢に等しい超低空飛行を行うことで早期のレーダー探知を回避した。日本海軍の空母航空隊の艦攻乗りは異常な練度を有する。超低空飛行も「なんのその」と簡単にやってのけた。
「逆探反応なし」
「よし! このまま突っ込むぞぉ!」
艦攻乗りは誰もが額に汗を浮かべる。一式艦攻の機内はさして暑くない。極度の緊張から汗が噴出した。アナログの多い時代に超低空飛行はベテランの熟練者も冷や汗を浮かべる。本当に常軌を逸する飛行を敵艦隊に迫ってからではなく、数百キロメートルも前から行うため、操縦員に緊張と疲労が圧し掛かる。日本男児の根性でどうにかなる話でなかった。
鮫島中将は自身が発案したことを理由に改造空母艦隊を前進させている。彼我の距離を詰めれば詰める程に艦攻隊の超低空飛行の時間と距離は短縮できた。艦攻隊の緊張と疲労を鑑み、反撃を受ける恐れを承知の上で母艦を含めた艦隊を前線させ、単純に艦載機の運用効率を高めることに限らない。
鮫島中将の決断に一式艦攻14機の総員42名は奮起した。
さて、神の視点を共有する者に問いたい。
鮫島中将とパウナル少将のどちらが勝っている?
続く
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます