第121話 ソロモン海戦第二夜戦(2)『第七戦隊サウスダコタを討て』

=最上=


「西村中将を死なせるわけにはいかない。靖国に参るのは第七戦隊が請け負った!」


 日本海軍の挺身艦隊である西村艦隊はガダルカナル島艦砲射撃に移行した。本隊と第七戦隊、水雷戦隊がアイアンボトムサウンドに突入する。この中の第七戦隊は航空巡洋艦(重巡)の最上型4姉妹だ。搭載機の瑞雲水上偵察機を発進させている。瑞雲隊は敵艦隊を発見すると、吊光弾を投下してライトアップした。瑞雲は弾着観測機も務める。本隊の先制攻撃から始まる苛烈な砲撃戦に多大な貢献を果たした。


「狙うは艦上構造部と副砲だ! 敵艦の攻撃能力を奪え!」


「健在の敵戦艦の主砲がこちらを向きます!」


「敵将は狙いに気付いたが、時すでに遅しだろうよ。魚雷発射は終わっている。それに駆逐艦2隻が突っ込んだ」


 第七戦隊は航巡4隻のために打撃力は普通の重巡部隊に劣る。最上型は紆余曲折の末に20.3cm連装砲(8インチ連装砲)を3基の計6門を有した。艦の後部は水上機運用に特化させる。よって、主砲は全て前部に備える前部集中配置方式を採用した。打撃力は犠牲にならざるを得ない。副砲も対空と対艦を兼ねて駆逐艦も装備する10cm連装高角砲4基8門の標準的だ。


 この打撃力不足を補うのが61cm魚雷の三連装発射管になる。主砲火力の低さを魚雷火力で補うが、肝心の魚雷は酸素魚雷であり、破壊力はお墨付きだ。たとえ、堅牢な米戦艦も被雷してはただでは済まない。しかし、最上型航巡は予備魚雷を持たないため、発射管に装填された分の一度限りだった。1発も外してはならないと入念に調整される。


 最上型4姉妹の『最上』『三隈』『鈴谷』『熊野』は沈黙の敵戦艦へ突撃した。理想的な射点から魚雷発射を終えた後は退避することを知らない。沈黙の敵戦艦は全ての砲塔が中途半端な位置で停止している。まったく、動く気配は感じられなかった。副砲は生きているがバラバラの射撃で脅威度は高くない。


「容赦するな! 艦上構造部は全て破壊しろ! どうせ重要区画の装甲は貫けん!」


「敵弾来る!」


「回避機動の一切を放棄する! 機関が死んでも撃ち続けろぉ!」


 最上型航巡の20.3cm主砲と10cm副砲から放たれた砲撃が敵戦艦に突き刺さる。敵戦艦はサウスダコタだった。金剛三姉妹の放った36cm徹甲弾が痛撃を与えている。第三砲塔を射撃不能に落とし込み、ヒューマンエラーを込みで主電源を喪失させ、攻撃能力を奪い去った。主砲は全て射撃不能で電探は動かない。副砲は自由射撃こそ可能だが、戦艦としては戦闘不能を意味し、第七戦隊の突撃は食い止められなかった。


(恨むなよ。これが夜戦というものだ。弱った獲物を突っつくタカでいい)


 そんなことは露知らず、敵戦艦に対する砲撃は、徹甲弾と榴弾を織り交ぜた。最上と三隈は榴弾を発射する。鈴谷と熊野は徹甲弾を発射した。20.3cm徹甲弾を近距離から撃ち込むと雖も、敵戦艦の重要区画の防御力は自分の主砲の徹甲弾に耐える。最も手っ取り早く撃沈できる主砲弾薬庫の誘爆は不可能と言えた。


 そこで、敵艦の攻撃能力を奪って巨大な鉄くずに変える。徹甲弾は依然として弾薬庫誘爆を狙うが、榴弾は艦上構造物を叩いて回り、捜索レーダーや射撃指揮装置の類を破壊した。主砲と副砲を間接的な打撃を以て無力化する。主砲と副砲を射撃不能に追いやられた敵戦艦は正しく巨大な鉄くずだった。


「敵艦の副砲は5インチだ! 駆逐艦の主砲でやられるような軟さでない!」


「あぁ!」


「み、三隈が!」


 敵戦艦は左舷の副砲が懸命に迎撃を試みている。米戦艦の副砲は昔から5インチ砲(12.7cm砲)を採用した。新鋭戦艦は対空も兼ねる両用砲である。対艦と対空を両立させた副砲は優秀と評価できた。しかし、駆逐艦の主砲級の口径に過ぎない。重巡の重要区画の装甲は貫けなかった。自由射撃しかできない状況では精度も悪化して尚更である。


「三隈が火達磨になった…あれはダメだ」


「三隈は火達磨だが光源を提供してくれた! 魚雷が到達しても撃て撃て撃て!」


「敵討ちじゃあ!」


「機関は全速を堅持ぃ! 魚雷が外れたら、もう、突っ込むぞぉ!」


 第七戦隊の『三隈』が耳をつんざく轟音と一緒に大爆発した。主砲弾薬庫に被弾して誘爆を起こしたらしい。この戦場において最上型航巡の重要区画の装甲を食い破る。これが可能な火砲は敵戦艦の16インチ砲に絞られた。健在の戦艦は攻撃能力を削がれた僚艦を守る。本隊の金剛型戦艦を無視して第七戦隊へ主砲を向けた。


 16インチのSHSは遠距離の砲撃戦に威力を発揮する。近距離の砲撃戦も圧倒的な威力を叩き出した。大口径と大重量の徹甲弾は無理やりに装甲を破壊している。所詮は重巡程度の装甲しか纏わなかった。三隈は第一砲塔と第二砲塔が吹っ飛んで艦前部から火達磨に変わる。


 その火達磨は悲惨な最期ばかりでもなかった。この闇夜に三隈は己の命を犠牲に大規模な光源を遺す。敵戦艦は照明弾に頼らずとも、クッキリと照らされた。艦上構造物がよく見える。三隈の敵討ちと最上と鈴谷、熊野は怒りの猛砲撃を加えた。


「み、三隈から機銃弾が飛んでいる」


「脱出すら拒んで戦い続ける。すまん!」


「まもなく、魚雷到達時間です」


 予め発射していた酸素魚雷の到着時刻が訪れた。時間を刻んでいた者は冷静に告げる。この激戦でも冷静に機械時計と体内時計をすり合わせた。やはり、月月火水木金金の猛訓練は侮れない。


「どうだ」


「さらに敵弾来る!」


「西村中将。後は頼みますよ」


 最上にも16インチSHSが降り注いだ。三隈に比べて幸運なことに落下地点は艦後部の水上機の射出区画に限られる。主砲も副砲も無いため、誘爆する物がない。水上機回収用クレーンと射出機が破壊された。水上機の回収は僚艦に任せればよい。最悪は搭乗員のみ回収した。水上偵察機の機体は放棄する。


 嘗て第七戦隊の指揮を執った西村中将の本隊にだ。一秒も早く敵戦艦を討ってもらいたい。このような恨み節を吐いても責められなかった。しかし、第七戦隊の将兵は一人も恨み節を吐かない。真反対に第七戦隊を盾に西村中将の本隊を守り抜いた。


 その気概は紛れもなく武人である。


「や、やったぁ! 直撃した! 直撃したぞぉ!」


「撃ち続けるんだぁ! 西村中将を死なせるなよ!」


「さらにちょ…」


 最上の艦橋に立つ者は最期に敵戦艦の左舷に立つ数本の水柱を見届けた。敵戦艦に第七戦隊の発射した酸素魚雷が次々と直撃している。この様子を眺めることができた。


 栄光の海軍軍人として幸せな最後を迎える。


「も、最上まで」


 最上は16インチSHSの第二派を貰った。第二派の1発が艦橋に直撃している。最上の戦隊司令部は一撃で壊滅した。作戦室で待機して難を逃れた生存者が機転を利かせる。さらに、満潮の救援が間に合った。最上は自前の煙幕と満潮の煙幕を展開して戦域から離脱する。後列の鈴谷と熊野は健在だが、最上支援のために煙幕を展開しながら、急速に戦域から離脱していった。


「こちら満潮、煙幕を展開して最上を退避させる」


「こちら最上の横手中佐だ。司令部は全滅に等しい。私の独断で煙幕を展開しつつ全速で退避したい」


「満潮に任された」


 第七戦隊の奮闘の結果は敵戦艦1隻大破確実である。この戦果が三隈沈没と最上大破の損害と割に合うか微妙だった。しかし、西村中将の本隊は3対2の数的有利を確保する。金剛型戦艦とノースカロライナ級戦艦の殴り合いが提供された。


 いいや、何か忘れてはいないだろうか。第七戦隊の陣容は航空巡洋艦『最上』『三隈』『鈴谷』『熊野』に駆逐艦の『夕立』『満潮』とされた。最上と三隈は脱落して鈴谷と熊野は健在である。満潮は最上の退避支援の活動が確認された。


 駆逐艦の夕立はどこにいるのだろうか。


「最上と三隈を持っていかれた代価が戦艦1隻は払い過ぎだな。敵戦艦2隻は持っていく」


 駆逐艦『綾波』の作間英邇艦長と並ぶ駆逐艦『夕立』の艦長が牙を剥いた。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る