第11話 北極海航路は秘密の道
【1939年8月】
ソ連の中華民国侵攻は意外とアッサリと終わる。中華民国軍の徹底抗戦と日本軍の樺太全島制圧により、ソ連軍は当初の早期占領は瓦解したどころか、自国領を奪われた。怒り狂って全面戦争に至ろうかのギリギリにドイツの仲介が挟まる。
日中は従来からドイツとパイプが結ばれた。ソ連はドイツとの不可侵条約を模索する。お互いにドイツを挟んでいるため、仲介役になることは自然の成り行きだった。ドイツを仲介して中華民国とソ連の国境は原状回復される。日本とソ連の南北樺太は全島が日本領に組み込まれた。
この時点でソ連は損ばかりだが、独ソ不可侵条約により、ポーランドや北欧の制圧を認められる。つまり、極東は中華民国と大日本帝国の主張が通った。欧州はソ連の代替が認められる。
来月には『独ソ不可侵条約』が結ばれることを知り、日本と中華民国は独自に『日中ソ中立条約』の締結を進めた。両条約は同時期に結ばれるため、実質的に日中独ソの四ヶ国の不可侵になる。
ソ連との関係が正常化すると、日独は予てより温めていた計画を始動した。
=北海道・釧路=
北海道の釧路は北方海域防衛強化により、失業者救済政策を含め、海軍都市の大建設が始まる。釧路は北方でも不凍港で知られた。海軍都市に丁度良くてベーリング海方面の調査の拠点が置かれる。
日本海軍は北方海域の調査と称し、砕氷船と軍艦を絶えず派遣した。ソ連には情報提供を行い、砕氷船の活動を黙認される。なぜ、北方海域を重視するのか疑問に思う国は多く、アメリカはアリューシャン列島を介した本土攻撃を警戒した。しかし、日本海軍はアリューシャン列島を尻目にベーリング海の氷を砕いている。下手に妨害すると全面衝突に至った。特に気にすることなく、ヨーロッパのドイツに注目する。
釧路軍港ではベーリング海調査から戻った砕氷船と護衛艦隊、見知らぬ軍艦で溢れかえった。軍港の許容できる容量を超える。よって、重要度の低い艦は根室と網走に移動した。見知らぬ軍艦は警戒艇の誘導に従い、慎重に次ぐ慎重を積んで接岸を試みる。
「ドイツ海軍ドイッチュラント級装甲艦です。我々の基準では重巡洋艦と言うべきですね」
「重巡洋艦にしては28cm砲が6門の火力だが、当時のドイツ海軍の苦境が見てとれる」
「はい。それにしても、足りない重巡洋艦を補うため、ドイツ艦を引っ張ってくるとは…」
数十年ぶりの新造砕氷船『オホーツク』は驚天動地に包まれた。彼らはベーリング海の氷を粉砕する任務で駆り出される。アメリカの臨検など不測の事態に備えて過剰と思われる護衛艦隊に守られた。ベーリング海の薄い氷を砕いて道を開けたが、驚くべきことに、ドイツ海軍の艦が「待ってました」と通過する。砕氷船オホーツクが仰天していると、護衛艦隊から真なる任務を告げられた。ドイツ海軍とのバーター取引で得たドイッチュラント級装甲艦を迎える。
日本海軍は軽巡洋艦と汎用駆逐艦の増備を進めた。重巡洋艦については不足が否めない。旧世代の条約型が残っている程であり、新造重巡洋艦は利根型で完了した。一見して足りているように見えても、海軍が活動する海は西はインド洋から東は太平洋である。日本海軍の活動する海の大きさを考えると足りなかった。新しく作るには数年を要し間に合わない。
そこで、友邦国のドイツのドイッチュラント級装甲艦譲渡を打診した。ドイツ海軍はシャルンホルスト級戦艦とアドミラルヒッパー級重巡洋艦、ビスマルク級戦艦と拡充を完了している。旧世代型のドイッチュラント級は使い辛かった。
建造時の困窮からやむを得ないが、旧世代艦の烙印が押される。
ドイッチュラント級の代価は中華民国から輸出する農作物、日本海軍が提供した軍艦の諸技術で充填した。ドイツ政府は陸軍と空軍に回す予算をドイッチュラント級の譲渡で確保できると快諾する。しかし、イギリスとアメリカの睨む大西洋とインド洋を通るのは怖かった。
「我々の仕事は日独の連絡線を維持することにある。将来は未定でもドイツからお客様を迎えるだけだ。本艦はひたすら氷を砕いて、友を迎える重大な責任を背負う。帝国海軍にそぐわない仕事と考えるな」
「もちろんです。日本=ドイツ連絡線は一寸たりとも断ちません。噂ではドイツで計画する艦艇を購入した、なんて聞きました」
「それは嘘だろう。あのヒトラーが新造艦を輸出するのは考えられん」
急に砕氷船を新造した目的は日独連絡線の確保が込められた。太平洋からインド洋を経て日本に至る航路は、専ら民間商船に偽装した仮装巡洋艦の連絡が行われる。本格的な軍艦が通る道は北極海航路になった。今回のドイッチュラント級の確保は序の口に過ぎない。
「ただ。あの重巡洋艦を貰って、具体的にどうするんでしょうか」
「分からない。砕氷船が知ってよい範囲を超えている。知ろうとも思わないが」
いくらなんでも、ドイッチュラント級の活用法を知る由もなかった。
=帝都・海軍省=
「ドイッチュラント級は無事に到着し、Uボートも回収できたか。ご苦労様だ」
「私は指示しただけで、実行したのは勇敢なドイツ海軍兵です。私を褒めてはなりません」
「堅いな。まぁ、その通りだろう。ドイツから戦艦を貰うと聞いた時は、君が狂ったと訝しんでしまった。ここで謝りたい」
「謝罪を受け取りました。ドイッチュラント級は正確には装甲艦ですが重巡洋艦と称します。28cm三連装砲の火力は魅力的ですが、速力が25ノットではいただけません」
ドイッチュラント級はドイツ海軍が条約に縛られ、条約内の可能な範囲で建造した装甲艦である。現在は各国が条約から外れているため、チグハグな性能が低い評価に繋がった。
「そこは大規模改装でどうにかするんだろう。我々は牧野造船大佐以下の優秀な技師がいる」
「はい。造船技師に任せます。北極海航路はドイツ海軍の傷ついた戦力の避難路になりました。ドイツ海軍が水上艦を満足に運用できるとは思いません」
「手厳しいな」
海軍省はドイッチュラント級装甲艦の回航成功に胸を撫で下ろした。日独海軍は入念な根回しを行い、欧米の監視から逃れる工夫を凝らす。北極海航路が日独連絡線に確立され、これからは多種多様な艦と人が行き来した。
「セイロン島とマダガスカル島の占領を狙うと聞いているが」
「地図を見れば遠い島であります。しかし、ハワイやミッドウェーに比べ、攻略難易度は低いものです。特にマダガスカル島は潜水艦の拠点に構え、大西洋の通商破壊作戦に投入できます」
「占領と維持には莫大な船が要るぞ」
「したがって、特輸送船の建造を陸軍と協同しました」
ドイッチュラント級をそっくりそのまま運用するのは厳しい。よって、国内のドッグにて大規模改装工事を行うが、本当に大掛かりな工事が予想され、決戦に間に合わない蓋然性を高く見積もった。
とは言え、決戦までは最低でも1年以上は残される。巧みな外交を展開してギリギリまで引き延ばした。大規模な建造や改装工事は間に合わない。しかし、戦時標準という、徹底的な合理化・簡素化が施された艦は多数登場した。
「セイロン島はインド独立政府を支援し、マダガスカル島は掣肘を加えます。しかし、本当の狙いは別にあることを…」
「分かっている。例のフランス戦艦とイギリス戦艦の奪取だろう。武士道に反するが、勝つためには手段を選ばない」
「フランス戦艦は日本海軍の接収の建前で保護出来ます。イギリス戦艦は厳しいので、潜水上陸部隊が港を占領して武装解除を引き出します。彼らは陸軍に鍛えていただきました」
「潜水機動部隊に潜水上陸部隊か。まったくもって、常軌を逸している」
「勝てば官軍負ければ賊軍でしょう。正攻法は知りません」
続く
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