第16話 ドイッチュラント級大改装完了
【1940年8月】
前年の同じころにドイツ海軍ドイッチュラント級装甲艦が日本海軍にバーター取引で譲渡された。あれから丁度1年が経過すると3隻は数日の差で次々と大改装を完了する。日本兵の習熟訓練のため南洋諸島との往復が行われ決戦に備えた。
神奈川県の浦賀船渠は大仕事を終える。しかし、今度は戦時標準輸送船の建造に追われた。いやいや、忙しいことは結構である。浦賀船渠の会長を務める予備役大将の堀氏は、同じ境遇の予備役大将山梨氏と茶を啜り合った。
「ドイッチュラント級3隻は、それぞれ『武蔵野』『下総』『常陸』に変わりましたか。金剛型の代替を重巡の不足を埋める妙策でしたね。あれを考えた革新派の若手は期待できましょう」
「一時存在した若造共と一緒に括られては困ると言わんばかりに。そりゃ、山本君も困っていましたよ」
「ははは…それでよい。老人は若者を潰してはいけないです」
日本が得たドイッチュラント級は、浦賀船渠で大改装を施されたが、1年の長期間を費やした価値のある性能の底上げに成功した。まずは機関をMAN式大型艦用ディーゼル機関を艦本式タービン機関に換装する。装甲を引っぺがして中身の配管が見える工事であり、ディーゼル機関の導入による配管が脆弱性を有した。艦本式タービン機関への置き換えと同時に変更される。これによって航続距離は低下したが出力増強と軽量化を両立し、最大速力は25ノットから30ノットにまで強化された。
装甲についても日本独自の金属製に切り替えられる。ドイツは優れた冶金技術を有するが、日本も海軍強国の意地として優秀な装甲を持った。鉄に石炭、石油は中華民国で産出され、金属と石油資源問題は徐々に解決されている。資源供給を盤石に固めるため、希少金属も点在する南方地帯を制圧した。
武装は主砲を28cm三連装砲から30cm三連装砲に換装する。たった2cmの差でも大掛かりな工事が行われた。浦賀船渠に工作艦が付きっきりで休まず続けられる。全体的に取り替えられたが、長砲身28cm砲は研究用に回され、高初速で高威力の小口径砲開発に役立った。そして、30cm三連装砲は嘗て金剛型代替案と考案された大型巡洋艦の物を流用する。威力は36cm砲に劣るが長砲身によって射程距離と貫徹力は遜色なかった。
副砲についても90mm単装高角砲5門に変更される。元が88mm高射砲だが実は90mm高角砲と先祖は同じだ。日本海軍の90mm高角砲は初期型88mm高射砲(アハト・アハト)の独自改良型である。口径は90mmだが88mm砲弾を使用可能であり、高初速砲弾を高度1万まで対空砲弾を撃ち込めた。大型艦の副砲向けに半自動装填装置が備えられ、接近戦を試みる軽巡や駆逐艦に撃ち負けない。
汎用駆逐艦の10cm連装高角砲を搭載することも考えられた。残念ながら、ドイッチュラント級は制限いっぱいに設計され余裕がない。88mm高射砲と変わらない90mm高角砲が限界だ。なお、対空機銃は日本製の20mm機銃10基に換装される。最後の魚雷は全廃して雷撃戦は完全に切り捨てた。
「色々な海に送ることができる汎用性ですよ。空母を護衛しても良し、単独で敵地に艦砲射撃しても良し、上陸船団を守らせても良しときました。汎用駆逐艦が30隻以上も揃い、小振りな防空艦が多数揃っても、大型艦の威圧感には及ばない」
「空母も蒼龍、飛龍、翔鶴型が生まれました。来月には雲龍、葛城、阿蘇、天城が完成する。対英米決戦が始まる頃には10隻以上の正規空母で挑める。そうそう、ドイッチュラント級を空母にすること。これを考えなかったのか気になりまして」
「彼らが言うには小さすぎるようです。全体的にギリギリを突き詰めた設計のため、空母にするには無茶苦茶である。たとえ可能でもマトモに運用できないと」
「なるほど、それで蒼龍と飛龍の量産化に着手したんですか。それに正規空母からは外れますが、日本船とドイツ船、フランス船の改造空母が多数ある。さらに、陸軍が戦時標準設計のタンカーを簡素な空母に仕上げた。アメリカさんに負けない数が揃いそうだ」
なるほど、ドイッチュラント級を空母に転用することは一見して合理的かもしれない。真っ当に扱える巡洋艦に仕上げることは、新造に比べて安価の短期間で済んだ。とは言え、結構な資金と資材、時間を要して面倒なことは否定できない。空母に改造した方が簡単に安く終わるのは理解の余地が残された。
しかし、ドイッチュラント級自体が制限ギリギリを狙っている。随所に無茶が込められており、ドイツの未熟な海軍力から非合理的を孕んだ。歴史と実績に裏打ちされた日本海軍の技術力であるが故に大規模改装は成功している。赤城と加賀の空母改造や商船改造空母の技術は確立された。それでも、ドイッチュラント級を基に据えるのは厳しい。
また、日本海軍は蒼龍と飛龍を量産化した雲龍型を建造した。大半は蒼龍・飛龍だが無駄を削ぎ落し、両空母から得た反省を踏まえられている。搭載機数は60機と多く確保され、かつ大型機でも搭載できるよう、機体自体に主翼折り畳み機構が与えられた。他にも民間商船を徴用した改造空母が建造されるのに加えて、戦時標準設計のタンカーを基にした簡素空母が作られる。
「そんな大量の空母ですからね。最初からシンガポールとセイロン島の同時制圧ができてしまいそうに思える」
「シンガポールはやりましょう。しかし、セイロン島に行くには障害が多すぎるので厳しいでしょう。東洋艦隊を鹵獲するか撃滅した後にシンガポールを陥落させてから…」
「どうかされましたか?堀さん?」
「いや、ちょっと咳を…」
ゴホゴホと咳を挟んだ。予備役編入は早かったが、確実に年齢を重ねている。老人と呼ばれる年齢に入っては身体的な問題が生じた。艦隊勤務は難しいが本土に残って若者に知恵を授ける。
「ただ、イギリス海軍をセイロン島に送り込むのは阻止します。例の戦艦計画を没にして潜水艦拡充に回し、生まれてしまった化け物潜水艦が建造されました。また、港湾襲撃に適した特設巡洋艦と特殊潜航艇が港を破壊しますよ」
「おぉ、遂に潜水機動部隊が動き始めますか!」
「山本君の潜水艦を切り札にする思想に若手が乗っかって大変でした」
日本が英米に勝つためには正面切っての戦いは絶対に回避すべきである。敵が想定していない、奇手奇策を講じるのが唯一の勝ち筋だった。アメリカが持たないとは言わないが、あっと驚かせる武器が潜水艦である。日本が第一次世界大戦から積み上げた努力の結晶とも言えた。
「普通の潜水艦はともかく、潜水空母の航空隊は誰が率いるのです。あんな特異は常人で務まり切らんでしょうに」
「さぁ、どなたなんでしょうか。機密の塊である以上は、この堀でさえ知らぬのです」
=北海道・網走=
「へっくしっ!」
「お、誰かが噂してますぜ。隊長」
「かもしれない。網走に着任してから数年が経過している。今更慣れない身体でもあるまい」
網走はオホーツク海に面しているため、海の出入りは楽な方である。また、川が駅前まで通っているため、小舟を使った人と物の運搬が行われた。海軍の人間には生活しやすう。特に狭い空間に閉じ込められる兵士には一般兵に比べ、羽振り良く認められる外出が何よりもの楽しみになった。
「私のことを知っている者は限られたが、噂するような人物は小物ではない。おそらく、上層の上層が評価してくれている」
「自信満々ですが、自分も隊長は評価されるべきと思います」
「世辞はいらんが、ありがたく受け取っておくよ」
この軍人は後にアメリカを心底震え上がらせる亡霊なのだろう。
続く
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