第119話 ソロモン海戦序章『ルンガ沖夜戦』

 三角撃滅作戦が行われた日の夜からだ。ガダルカナル島を巡る海戦の火蓋が落とされる。米軍はガダルカナル島に数度に及ぶ強行輸送を敢行した。日本軍は米軍のガダルカナル島強行輸送を阻止を図った。


 潜水艦の雷撃と機雷、高速魚雷艇、駆逐隊のゲリラ戦は効果を発揮している。米海軍は遂に本腰を入れた。戦艦部隊と巡洋艦部隊など数個艦隊を派遣した。強行輸送阻止を妨害する。日本海軍は駆逐隊という小部隊や潜水艦の活動を封じられた。米海軍の本気には日本海軍の本気で応えるが礼儀である。


 ガダルカナル島を巡る海戦の序章だ


 海戦の舞台はアイアンボトムサウンドこと鉄底海峡である。


 厳密には、サボ島とガダルカナル島の海峡からルンガ湾までの海だ。


=第二水雷戦隊=


 アイアンボトムサウンドに第二水雷戦隊が突入する。


「作間大佐の駆逐隊が敵艦隊を発見しました」


「作間大佐の駆逐隊に砲雷撃戦を認める。本隊は敵艦隊に雷撃を仕掛ける。短時間で決着をつけよう」


 三角撃滅作戦が展開されている。米軍の注意がソロモン諸島から外れた隙を衝いて侵入に成功した。ソロモン諸島に代表される島々を陰にして警戒を突破する。先方の警戒隊に割いた作間大佐の駆逐隊が敵艦隊を捉えた。対艦電探と熟練見張り員を並行させたが、両者共に敵艦隊の存在を暴いてみせており、索敵能力に甲乙つけがたい。


 敵艦隊が二水戦を発見しているか不透明だった。しかし、作間駆逐隊に積極的な攻撃を許可する。二水戦本隊は酸素魚雷の飽和雷撃により短時間で決着をつけた。要は作間駆逐隊を囮にしたのである。


「逆探に反応しています。敵艦隊も対艦電探を使用していますが…」


「島の陰が邪魔になるんだ。電探は有用であるが、確実性に劣っていた」


 二水戦が接触した米艦隊はキャラハン艦隊である。キャラハン艦隊は高速魚雷艇や小部隊のゲリラ的な侵入を許さない。当初は輸送船団の直接護衛に従事したが、ルンガ湾と鉄底海峡の警戒に移行し、日本艦隊の侵入に備えていた。事前の暗号解読が上手くいかなかった。日本艦隊の動きの把握に失敗してガダルカナル島周辺海域で待ち伏せる。


 そのキャラハン艦隊は二水戦の作間駆逐隊と田中本隊を発見した。しかし、キャラハン少将の座乗する重巡サンフランシスコは慎重姿勢を崩さない。なぜなら、二水戦を発見した艦は軽巡ヘレナだった。彼女は最新のSGレーダーを搭載して索敵能力に勝る。一方のサンフランシスコは半歩程度古いSCレーダーを搭載した。艦隊旗艦が敵艦隊を発見できていない。


「なかなか撃ちませんな。」


「敵艦隊が撃つまで雷撃は待機させよ。敵艦発砲から詳細な位置を割り出す。敵輸送船団を襲撃するため、可能な限り、短時間で敵艦隊を撃滅しなければならない」


「敵艦隊の前衛駆逐隊が分離します」


「妙な動きをする。どうやら、敵さんの統制は取れていない」


「作間大佐が許可を求めています」


「後衛駆逐隊を優先的に叩いて退路を断つように伝達せよ。本隊は雷撃で仕留める」


 キャラハン少将以下はレーダーに対する不信感も拭い切れなかった。サボ島とガダルカナル島が挟む海峡はレーダーが誤探知を繰り返した。サボ島を敵艦と誤認することが多発した。よって、キャラハン少将はSCレーダーのヘレナに詳細な情報を求め続ける。


 この間に二水戦は理想的な砲雷撃戦の体勢を整えた。日本海軍の対艦電探も確実性に欠ける。その代わりに安心と信頼の熟練見張り員が仁王立ちした。闇夜を貫く肉眼は敵艦を捉える。


 なお、作間大佐の駆逐隊は二水戦本隊から分離された。自ら敵艦隊の注意を縛り付ける囮役を買って出る。敵艦隊が作間駆逐隊に釘付けになった。この隙に本隊が雷撃を仕掛ける。


「敵艦隊は混乱している。作間大佐のことだ。直に撃ち始めるよ」


「式波、浦波、暁、電が揃って発砲!」


「よしきた。敵艦隊の砲撃から位置を逆算して雷撃する。作間大佐を討たせるな」


 作間駆逐隊は先行して動いて敵艦隊の後衛駆逐隊に接触する。キャラハン艦隊後衛は駆逐艦4隻だ。こちらはキャラハン少将の指示に忠実に従ったが、なかなか攻撃開始の指示が出ず、通信に割り込んでまで攻撃命令を要求する。


 作間駆逐隊は距離を確実に縮めていった。10cm砲の必中距離に入り次第に砲撃を開始する。キャラハン艦隊の後衛駆逐艦は『アーロン・ワード』『バートン』『モンセン』『フレッチャー』から構成された。駆逐艦4隻は突如として急接近する艦影に驚かざるを得ない。キャラハン少将の指示を待っていられなかった。独断専行と砲撃を始める直前に猛烈な砲撃を被る。


 10cm砲は5インチ砲(12.7cm砲)に比べて威力に劣った。しかし、小口径故の速射が強みである。威力に劣ることを補って余りあり、長砲身の高初速、砲手の高練度が加わった。日米海軍駆逐艦の比較は単純にできない。もっとも、夜戦においては日本海軍の圧勝だ。


「本隊も動き始めましたな。あの閃光は8インチの20cm級です」


「照明弾が放たれました!」


「敵将は夜戦が下手かもしれません。自分達を照らしてどうするのでしょう」


 二水戦本隊は作間駆逐隊が敵後衛駆逐隊を滅多打ちにする様子を眺めた。流石に敵本隊も気づいたらしい。慌てて照明弾を発射している。直ぐに探照灯を使わないことは評価できた。探照灯はクッキリと照らすことの代償に自己主張が激しい。探照灯は集中砲火を被り易い点が指摘されていた。


 キャラハン少将の夜戦指揮は全てが未熟である。散々な評価を与えられた。彼を擁護してみよう。前衛駆逐隊が指示を誤解したり、レーダーの信頼性が欠けたり(ソロモン諸島は魔の海域である)、敵艦隊は日本海軍最強の水雷戦隊だったり、等々が言われた。


 二水戦本隊も敵艦隊本隊に突撃する。あっという間に彼我の距離が縮まった。酸素魚雷の必中距離に入る。軽巡1隻と駆逐艦4隻から一度に発射される酸素魚雷は40本の豪勢を極めた。さらに、四連装魚雷発射管は次発装填装置を備える。約1分30秒で再発射態勢を整える。


「敵艦隊は作間駆逐隊に砲撃を集中させています!」


「魚雷必中距離! 発射用意よし!」


「てぇー!」


 敵艦隊への接近と魚雷発射まで動作は洗練された。お見事の言葉が漏れ出てしまう。敵艦隊は作間駆逐隊に釘付けにされた。急速接近する艦影に気付いた頃には61cm酸素魚雷が肉迫する。アウトレンジ雷撃の場合は回避できたかもしれない。あいにく、必中距離の近距離雷撃が与えられた。


 魚雷の一斉射後は魚雷発射管を戻して予備魚雷を押し込む。二水戦の軽巡と駆逐艦は四連装魚雷発射管を2基装備した。予備魚雷を8本抱えて40本の61cm酸素魚雷が再発射される。再装填中は反撃を許さないと主砲が火を噴いた。機銃手も危険を顧みずに敵艦上部の敵兵を掃射した。


 二水戦は全てが熟練に構成される。魚雷再発射までは5分もかからなかった。作間駆逐隊は敵艦隊後衛駆逐隊を平らげている。各艦は煙幕発生装置を装備した。文字通りの煙に巻いている。魚雷発射後の本隊も煙幕を展開しながら、ひとまず、ルンガ沖から退避を試みた。


「残存艦は西村中将の艦隊に任せる。我々はここを全速力で突破して輸送船団を叩くぞ」


「輸送船狩りの本業に戻りましょうか」


「哀れだね。こんな所で沈むなんて」


 ルンガ沖を全速力で突破する。本来の敵輸送船団撃滅に戻ろう。敵輸送船団はルンガ沖の海戦を知って全速力で逃げるが、高速輸送艦でも最速は20ノットに満たず、日本海軍の軽巡と駆逐艦は最速35ノットを叩き出した。十分どころか余裕綽々に追いつける。


 二水戦は敵艦隊の被害を確認するまでも無かった。


 なぜなら、酸素魚雷の生む轟音と金属の拉げる音がルンガ沖を支配する。


続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る