第4話 博多大仏について《管理票2159-Vo:H81200XX-TR》

 【ボイスレコードタグ】


 取材対象者 久木ひさぎ重造じゅうぞう 男性 82歳 

 取材者   当事務所アルバイト 雫石しきせきともる 男性 19歳

 蒐集地   福岡県福岡市博多区大博町X-XX-XX


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雫石「――はい、録音はじめました」


久木「このマイクに喋ればいいの?」


雫石「はい。音声拾うので、いつものお話し会のように話されてOKです」


久木「そうか。うんなら、そうするかね。


   えーと、どこまで話したかね。


   ああ、そうそう。博多大仏についての話やったね。


   それにしてもようしっとるねえ。博多大仏なんて。


   東長寺の福岡大仏なら知っとてもおかしくなかろうけど。

  

   ありゃ、おれが赤ちゃんのときに、のうなったもんよ?


   称名寺さんに行ったとね。ちがう? 小泉八雲の小説?


   ああー、はいはい。『博多にて』を読んで。


   若いのに、ヨー勉強ばしとるねえ。すばらしかあ。


   それならおれも話すことは殆どなかよ。


   

   そ、称名寺さんは昔、おおきな青銅の大仏ば建てとったっちゃん。


   でもくさ、戦争があって、兵士の弾つくらないかんやろが。


   やけん、ぜーんぶ溶かしたとよ。


   高さが5.5メートルあったっていうけんね。


   二階建ての家のアンテナぐらいあるんやないとね。


   よかったら称名寺にいかねん。台座はのこっとるけん。


   あれだけみても壮観たい。よかぞー。うん。


   

   ああ。それじゃなか。うん。鏡の話ね。


   そうよ。博多大仏さんはね、鏡でつくられたそうよ。


   おれもばあちゃんにきいたばってん、そげんよく覚えとらんけどさ。


   称名寺の境内に、青銅の野瓦のごとく、ばーと一面に。


   銅が足らんってことでね。信心深い女衆が鏡をさ、寄進したとよ。


   5.5メートルの大仏さんやけん、こりゃ一杯あつまったちゃろ。


   本にも買いとったろ。異人さんには異様やったろうねえ。


   

   で、くさ。ここからが笑い話よ。


   明治のことはみーんな信心ぶかかったけんね。鏡をぜーんぶやって。


   それで博多に生まれて来た子どもがくさ、鏡をしらんくなった。


   そりゃあそうよな。みーんな寄進してしまったから。 

  

   たぶん当時の女性もひとつやふたつはもっとたと思うばってん。

   

   一応、みんな寄進しましたって態やけんさ。隠しとったい。


   で、鏡をしらんこどもがよ、称名寺の境内で見つけるわけさ。


   そして皆びっくり仰天して。うちのばあちゃんもそうやったてさ。


   で、子どもとはいえ、鏡がどういうものかは分かるとさ。


   自分がくっきり映るものがあるって、家に持って帰るとよ。


   で、親に折檻される。でも子どもやろ。


   まして女の子は欲しいとよ。鏡がさ。


   だから、こどもがみーんな持ち帰ってね。


   親も称名寺の坊主も頭を抱えたわけたい。


   だけど、これはよかとよ。この程度ならね。


   

   ただやっぱり中には察しが悪い子がおる。


   『鏡』ってもんがよう分からん子もおるとよ。


   自分が映っとると、ぴんとこない子どもが。


   で、鏡をみて、ギョッとする。なんか知らんヤツがこっちを見とう。

  

   まるで円い穴から、逆さの世界の住人が、こっちを覗くようなもんたい。


   で、「おまえ、だれか」「おまえ、なんしよるとか」って質問する。


   もちろん鏡やけん、相手も同じ事いう。


   するとな。・・・・・・わかるやろう。


   頭がパーになってしまう。


   多分くさ。その子どもらも、うっすら『鏡』の性質は知っとたい。


   でも察しが悪いけん、自分にむけて質問をなげてしまう。


   そうして鏡が自分に問い返して、だんだんと、自分がわからんようになる。


   そして頭がおかしくなる。パーになってしまう。


   あのころ、頭がパーになったら、大変よ。


   精神病院にいれられて、ずーと死ぬまで監禁。あるいは座敷牢たい。


   やけん、大人たちが、慌てて、こげん噂ば、流したとよ。


   称名寺の鏡は『天竺鏡』。仏さまに寄進したコワい鏡。


   もし勝手にもっていったら、あの世につれていかれるぞ。


   もし勝手にのぞいたら、魂をもっていかれるぞ。


   これやろ。それがお兄ちゃんの知りたかった話は。


   そうたい。『天竺鏡』も『河童』と同じよ。


   河で遊ぶと危ないけん、『河童』ば信じ込ませた。


   鏡をのぞくと危ないけん、『天竺鏡』をつくった。


   博多の『天竺鏡』のいわれ。ようわかったか?」 

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