第2話 生臭坊主のきな臭い話(1/2)
僧侶。或いは沙弥。
もっと俗っぽく、坊主。
このように呼ばれる僧尼において、僕らが想像しうる造形をいくつか挙げた場合、おそらく最大公約数的に頻出する要素は、禿頭、数珠、袈裟などだろう。
それらの衣装を、街中で、なんの気なしに見ると、別の時代、別の世界の異なる人々のように思えてならない。
ただ宗教者というのは、敢えてそのように振る舞う側面もあって、その厳然たる宗教衣装が、彼等の宗教的権威を底上げしているのかもしれない。
・・・・・・まあ、少なくとも、だ。
店内照明にあかあかと照り返す禿頭に、紫檀の数珠を悪趣味なネックレスのように首にかけて、金糸の意匠を施した袈裟の上に、牛を串刺しにして丸焼きにしている焼肉・冷麺の大桃園本店のロゴがついた紙ナプキンをつけている僧侶に、宗教的な厳かさなど、微塵も感じ得ないということなのだ。
「考えてみれば、牛を食うというのは贅沢だよな」
メロンのようにサシの入った特選カルビ2750円税込みを、皿ごと持ち上げ、熱された鉄網に流し込むように置いていきながら、顔馴染みの僧侶はいう。
「農業が産業の中核で、納税も米や特産物が代用される、古い時代の日本において、牛は農作業の代行者であり、代行車でもあった。つまり、この牛を食べるという行為は、いまでいうところのトラクターやコンバインを食べている行為に等しいわけで。約三百万円ほどの重機を解体していることと同義なんだよな」
大桃園二階。
階段から離れた掘りごたつの半個室で、齢三十を二、三、こえた僧侶は、僧侶然とした格好ながらも、手慣れた様子でトングを扱い、肉に焼き目をつけていく。
「しかし、昨日、何の気なしに飛騨牛まるまる一頭の値段を調べていると、これもまた三百万円ほどだと判った。つまりは今も昔も、そんなに牛の価値は変わっていないんだ。そこで俺はあることを大悟したわけだよ」
「なにを?」
「牛の価値っていうのは、存外目減りしないし、また高騰もしない、とね」
「ふーん」
と、僕は脇においていた壺漬けキムチを頬張りながら聞く。
勘違いしてほしくないが、僕はそれほど、この生臭坊主であり、飯塚市にある代々のお寺をバイトにまかせ、自らは心霊研究動画ストリーマーとして、昨月登録者数100万人を突破したYouTuberで、嫌みったらしく、テーブルの上に、先日、配送されたばかりの金楯(登録者100万人突破記念に、YouTubeから贈呈されてる金鍍金の記念品)をこれみよがしに置いている千眼寺天春の話など、まったく興味ない。
ただ、ただ飯のために、必要な経費として相づちを打っているにすぎない。
「それで超有名YouTuberこと千眼寺先生が、僕に何用で?」
「つれないな、坊主。いや、肉で簡単に釣れたのだから、釣れるけれど連れないというべきか。徒然なるまま連れあるいて行くのも辛え人生には必要だぜ?」
「そういう
「お嬢を思い出すからか?」
「・・・・・・」
グラスを掲げていた手がとまる。
口に含んだ液体を、僕はゆっくりと、苦労して呑み込んだ。
「人の価値も目減りしないんだよ。譬え、この世に居なかったとしても」
「違いねえ。・・・・・・ほら、食え。わけえの」
天春はさえ箸で肉をとり、こちらの更におく。
「塩がうまいぞ。塩」
「・・・・・・それで、僕に厭味を言いに来たのか?」
「そうじゃねえ」
天春はくつくつと笑う。
「むしろ、そうなったら、こっちこそ無駄足ってやつだ。だだまあ、昔のお前のように、――つまりは貴賓館の事件のときのように、軸のぶれてる、まるっきり幼稚なお前だったら、話をやめて、ただの焼き肉パーティー兼、俺の100万登録者記念祝賀会にしようとは思っていたよ」
貴賓館の事件。
それは高校生の僕が、かかわった、或いは関わらざるを得なかった事件だ。
御眼畫教という新興宗教が起こした怪奇なる密室事件において、僕はその加害者として祭り上げられ、向かいあう天春という坊主の兄弟子が殺された。
混乱を極めたその事件は、とある可憐なる名探偵の登場によって解決し、僕らはその推理と洞察の過程に於いて、顔見知りとなったのだ。
「それで、話っていうのは怪奇事件がらみ?」
僕はそう尋ねる。
というのも、僕らは互いに連絡をとりあわないどころか、そもそも連絡先すら知らない。ただ、目の前の僧侶が、僕と所長の事務所に、――厳密にいうと、この三ヶ月間、臨時休業をしている事務所の前に、面倒くさそうに頭を掻いている天春に出逢い、「この際、お前でもいいか」と呟いたかと思うと、中洲の櫛田神社近くにある高級焼き肉店につれてこられたのである。
「うまいか? それ」
天春はたずねる。
基本、僕は誰かに肉を焼かれることは好きじゃない。焼き加減も焦げる手前ぐらいの硬いヤツが好きで、友人間で焼肉屋に向かうときも、鉄板のはしっこで、じっくり炙るように肉を育成しながら、こんがりと灼いているのだ。
ただ、こういう高級店では勝手がわからず、はたして脂ののった肉をじっくりと焼くのは、高級な脂を棄ててるのと同じではないか? これは本来の食べ方を冒涜しているのではないか? と狼狽えていると、手慣れた天春が、菜箸で、肉をひときれ、こちらに寄越した。
その肉は、ほかの肉とはわけられた一片で、まるで試供品として出された肉をおっかなびっくり焼いているかのようだった。
僕としては、大体、特選カルビ一皿分の値段の、格安食べ放題しか口にする機会もなく、高級店の、それも一片を、丹念に灼いている肉に、やや懼れをなしていたが、こんな高級店に行く機会もないから、折角なので口にすることにした。
「・・・・・・うん、まあ、なんだろう」
はっきりいうと、牛脂の味だ。口の中で溶けるだの、肉汁がじわりとこぼれるだの言おうが、結局、その内容物の大部分は、熱でとけた牛の脂であり、味わいは大して牛脂とかわらない。牛脂&赤身、そんな感じだ。
「オイシンジャナイカナ?」
「そうか。ふーん、そんな味がするんだな」
「ところで、これってどこの部位なんです?」
「え?」
と、天春は急に耳が遠くなったように眉をあげる。僕は改めて言った。
「だから、これ、どこの部位?」
「あ、ああそれ? どこと言われると困るな。俺はその部位の名前を聴いていないから」
「え?」
「ところでちゃんと嚥下したか?」
「は? はあ」
「そうか、肚が痛くなったり、毛むくじゃらになったり、スーパーパワーに目覚めたりする感じがあるか?」
なんとも胡乱なことを聴いてくる。
僕はもはや肉を食べさせられたことも忘れて、なにやら毒でも飲んだような気分になった。
「ちょ、ちょっと待って下さい。牛のどこを食べさせたんです。まさか、ぺ、ぺにす?」
「莫迦野郎」
坊主は一喝する。
「それは
僕は仰天し、今にもひっくり返るところだった。
「じゃ、じゃあ何食わせたんだ、生臭坊主!?」
「まあ、あれだ。気にするな、お前に食わせたのはただの――」
そういって、千眼寺天春は飄然と答えた。
「ただの――人魚の肉だよ」
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