第7話 とある熱心な読者による電子投書
本投書は、Web青嵐に臨時のお便りフォーム『貴賓館の殺人 -緊急特集!! あの日、貴賓館で何がおこったのか?-』に送られたとある数十件のメッセージのなかから、編集部がプリントアウトしていた数件のうちのひとつである。
やや筆が走り、論拠に乏しい点もあるが、一方で警抜なる意見として耳を傾けるべきものもあるとして、編集部内に共有されたものである。
投稿者フォーム欄
メールアドレス tatan-tot-natata@XXXXX.ne.jp
ニックネーム ジャスパー・タタン
結論から述べると、これは殺人に他なりません。
事実、警察は他殺として処理している。殺人と分かっているのに立件できていないのは、これが探偵小説のような不可能犯罪として、幻のように現出したからでしょう。密室。日本語にしてみれば、たった二文字足らずのこの言葉が、探偵小説にふれた読者をどれだけ狂わせ、また創作者を悩ませつづけたのか。厳然たる謎。黄金律の起点。甘美なる苦悩と、その解放!!
ですが、えてしてこの密室という螺鈿箱は、まるで夕闇の路地にたたずむ異性のように、こと幻惑的で魅力にあふれているようにみえて、陽の下にたつと、あらふしぎ、さしたるモノでもなかったと幻滅することが多々あります。
おそらく、これもそのひとつなのでしょう。
その証左となりえるもの、またそれに準じるものが、記事の中にもありました。勿論、あの記事だけでは、いささか、真相という枠組を埋めるパズルのピースが不足していますが【真相に至るピースが足りない】という問題提起もまた、密室という暗がりをあばく手掛かりになるかと思い、ここに【疑問】を提起しようと思います。
① なぜ貴賓館なのか?
そもそも彼等は、Alphaという幽霊に取り憑かれたT少年のために、あつまったメンバーらしいのです。その時点でいささかきな臭いですが、構成メンバーには、小説家や教育委員会のお偉方がいるらしい。この理由を本記事で明らかにしていないのは、明確なそちら側の落ち度だと思いますが、いまはそれが本題ではありません。――つまり、なぜ除霊会を、福岡市の中心部である天神と博多の境の地、それも重要文化財の旧館で行う必要があったのでしょうか?
これもまた、記事には一切の言及がありませんでしたが、もっとも重要な点ではないかと、ボクの灰色の脳細胞はささやいるところです。
② なぜ御眼畫教は除霊会を知ったのか?
被害者である千眼寺冬彦氏は、除霊会直前に脅迫状を受け取っています。そこには、T少年がみているAlphaという幻覚を明確に指摘し、さらには除霊会の日にちも知られている。――これはつまり、参加者のいずれかに、御眼畫教の信徒がいたのではないか、という限りなく黒にちかい灰色の疑いが生じます。
③ 千眼寺和尚の呻きについて
記事では、千眼寺和尚とT少年が談話室に閉じこもった後、和尚のうめきともおののきともとれる声を聴いています。かれにはまるで、T少年に取り憑いた怨霊Alphaがみえていたかのようです。――ですが、このとき、なぜ、T少年の声がしないのでしょうか? 事件後、T少年は鎖につながれた状態で発見されました。これを和尚が施したのなら、和尚は彼が除霊中に【あばれる】という認識だったと類推できます。
にもかかわらず、T少年の、ただならぬ声は、和尚が殺されたあとに一度っきり。それ以降、まったく生じていないのです。かれは談話室で、どのような意識状態だったのか。それを詳しく調査することに、この事件を解く鍵はあるのではないでしょうか?
④ 休憩室の黒い塊
これはあまりにも突拍子もなく、怪奇的で、おぞましいようで、その詳細な規模感などが読み取れない点で、ひどく曖昧模糊とした存在のように感じました。それは小さい、鞄のような大きさなのか、それとも熊のように大きかったか?
ただ、これについて、ひとついえるのは、この塊が、除霊会のメンバーが館に入り、ブレーカーが落とされる、そのあいだに出来した奇体なる塊だということです。それというもの、千眼寺和尚は最初こそ、一階の食堂にあつまりましたが、それから、脅迫状の件をもちだして、べつの除霊場をさがすべく、他のメンバーをひきつれて、貴賓館の各部屋を隅々まで検めたといいます。
つまり除霊会参加者の一同が、一度は休憩室をのぞいている。もしもそのときに黒い塊があったのなら、みな気づいている筈なのです。
周囲はプロジェクトマッピングのデモンストレーションで、随時、全方位から録画、中継されて、またそれを眺めている市民も少なくなかった。つまりはあの塊は、まるで急に除霊メンバーが部屋を検めたあと、おずおずと暗がりの死角から汚泥のように染みだしたのか、あるいは・・・・・・。
⑤どうやって密室内にいる和尚を殺したのか?
これが最後のテーマになるでしょう。事件現場となった談話室は、ホームページで貴賓館の見取図をみる限り、扉の向かいと、左に窓。右手は暖炉がありますが、それは壁として塗り込まれ、マントルピースが浮き出しただけの装飾と化している。
窓は前述のとおり、衆人環視に晒され、扉も又、貴賓室から監視され、そして内側からチェーンで縛られている。
これはまったくお手上げな訳ですが、しかし、こういう完全無欠の密室というのは、往々にして、どのようにして崩れるか、分かりきったものではあるのです。
そしてボクの脳裡にも、いくつか候補はあります。その中でも飛びっきりのものは、もはやトリックでもなんでもない、それ故に、本当に恐ろしい方法なのですが、世の中には言霊というものもありますし、ともすれば
ただ、一読者として、この事件の調査において要望が出せるとするなら、すべての関係者について、もう一度、しっかりとした調査を――興信所や、それこそ平素の探偵業務による素性調査を行う必要があるものと、提言しておきましょう。
そしてもしも、ボクのこの胡乱な推察が的中していたら・・・・・・・。
こいつは、少々厄介なことになりますぜ?
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