第13話 セピア色の愛宕山道


「この犯罪はね、少年」


 と、奇妙な探偵は見よがしに言う。


 時刻は暮れ方のこと。オレたちは地下鉄室見駅から橋をわたり、環状線をくぐった先にある小さな小山の登り口をみあげていた。褪色した選挙ポスターに、あかい売り切れ表示がならぶマイナーな自販機。じいじいと鳴る電灯が円い光を灯らせる、夜光虫が狂い舞う閑散とした坂道を、ふたりして迷いこむように登っていく。


「そもそも犯行を解いたところで、なんら意味を為さないんだよ」


 探偵は、からり、からりと赤緒の下駄を鳴らす。変装が肝要なのだと豪語して、学校の制服をまとってやってきたこの自称探偵は、しかしながら、ローファーを履き替えることは念頭になかったのか、コンクリートの校舎にも、この古怪なる打音を鳴らしてやってきた。


 鬼太郎が好きなんだよ。そういって「げげげ」とわらったこの人物は、胡散臭いと言う点では、禿あたまの黒衣をまとった千眼寺冬彦にも劣らない風貌だったが、それにまして、その舌でかたる警句は脳髄をかきすぐる魔力があった。


 曰わく、除霊会に謎はない、と。


 トリックもなければ、密室もなく、馬鹿馬鹿しい信仰もない、と。



「あるのは、怨霊だけだ」


 と。



 坂道は蛇がはうように左に右にと蛇行していきながら、しばらくして、樹冠がおおう林道にはいった。さわさわと青い烟りを広げたような暗闇が迫り、のびあがる樟やヒノキが梢をならして怪しげな歓迎をおこなう。


 そこをでると、小さな車寄せのような広場に、数件の軒がならび、さらに社殿にいざなう鳥居が立つ。坂は苔むした階段にかわり、木々は巨樹の樟から細竹やあばた肌の櫻の冬木にかわる。


 階段が右に折れて、柳のように垂れた櫻の枝木の奥に、昂然とたつ神社の御門を仰いだとき、オレは幽鬼のごとく、錆びた階段の手摺りをなでて、しずしずとあがっていく探偵を呼んだ。


「なあ」


「ん?」


 探偵は振り向かず、御門の奥にかすかにみえる切妻屋根の荘厳な拝殿を仰いでいた。まるで親しい友人同士が顔をむけず立ち話をする、そんな気安さが、紺色に暮れ泥む世界にひたる、その小さな背中にはあった。


「名前を、訊いてない」


「はは。そうだったね。たしかに君を誘拐した不審美少女の名前を、或いは突如として見ず知らずの同年代の男性を夕暮れデートにさそった、意味深長のようで軽佻浮薄な、典型的な消費型ラノベヒロインみたいな振る舞いをするボクの名前を、きみは知ってしかるべきだね」


 探偵は振り返った。たばねた濡れ烏色の長髪をふりながら、オレの同じ碧色の制服をきた、下駄をはいたその女性は、つつっと吊り上げた片えくぼに、悪戯っぽい凹みを刻みながら言った。


「ボクの名前は糺川ただすがわみどり。ただのお節介焼きの名探偵だ」

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