第12話 霊感少年の独白2/2

「ああ、要するにアイツは幽霊なんて、てんで信じてなかったし、除霊師なんて嘘だったんだよ。オレはそれをきいて、むしろスッキリしたね。ほかにも数人の除霊師ってなのる胡散臭い奴等に儀式めいたことをされたけれど、結局、効果の定かじゃないことを、上手いように口車にのせて、直った気にさせるだけ。あるいは霊感商法ってのは、罪悪感の移譲なんだよ。子どもの障害がある、妻に精神疾患が生じた、祖父が奇声を発する――それらは現代医療では病名で判別されて、薬を処方されるけれど、こころのすり減った疾患者やその介護者が真に汲々しているのは、かならずしも、病気の治癒や症状の寛解などではなくて、摩耗した心の治癒なんだよ。


「だからどれだけ胡散臭い霊感商法だって流行る。砂漠をさまよう旅人がほしいのは、緑化した野原じゃなくて、一杯の水なんだよ。それを与えてくれるのは、仰々しく医療用語で着飾った権威ある医師の眼差しではなくて、どれだけ仄暗いものを腹蔵しているとしても、こちらに親身に話し掛けてくれる詐欺師の微笑みなんだ。


「まあつまり、和尚っていのは、それらを十分に理解して、さらに、その心理を理解出来る相手には、ぬけぬけと善人の仮面をとって、詐欺師として共犯者に仕立てようとする野太い感性の持ち主だったんだよ。


「・・・・・・ああ。あいつは除霊会で、オレが除霊されたと言う風に振る舞うことを求めた。具体的にいえば、除霊会をすることになっている一階の食堂の扉に鎖をまいて密室にするから、そこで怨霊が現れたような演技をして、ちょっと荒々しい立ち回りをしたあと、皆の前で揺すり起こされたところで、ぱっちり悪い夢から覚めたように微笑んでくれ、というものだった。むろん、彼はそれ相応の心ヅケを約束した。――五百万円。良い額だとおもった。少なくとも不愉快な同居人の慰謝料としては悪くない。


「・・・・・・そうだ。オレはそれを呑んだ。前金として一束。百万円も貰った。すごいな、あれは。100枚の紙片とは思えない重量があった。よくあるじゃないか。一キロの綿と一キロの鉄。どっちが重いか? って引っかけクイズ。答えはもちろん、どちらも同じ重さっていう、糞面白くない解答だけど、もしここに一キロの紙幣っていう選択肢もあったなら、オレはこれから間違えなく一キロの紙幣って答えるね。それほどまでに一束の紙幣ってやつは、文化財や古い祭具のような、とらえようのない重みというやつがあった。


「まあ、あとは演技の細かい設定をつめて、それから近くの駅に降ろして貰って解散になったよ。そして翌日、なにもしらない他の五人をひきつれて、オレたちは除霊会をすべく、貴賓館にむかった。


「他のメンバーの参加理由。・・・・・・・そう考えれば、傍から見れば、妙なメンバーにも思えるよな。ただまあ、あのひとたちが集まった理由ってのは、そう込み入ったものじゃないんだよ。まず母親は当然として、叔父はまあ、死んだ親父のかわりってことで付き添いに来て貰った。麹町先生は、ああ言えて、オカルトにも造形が深くてさ。それに儀式や祭事における人間心理と、その治癒の関係性について研究しているって話で、以前にも一度、除霊会に参加してもらったことがあった。正直、あの人に来て貰ったのは有り難い。なにせ何が起こるか分からない、精神的に緊迫するような状況下に、幻覚がみえるオレが晒されるんだから、医師が一人居るのは心強いだろう?


「あとのふたりは、まあ変わり種だよなあ。小説家の綿辺さんは、叔父の仕事関係の知り合いらしくて、いわばこういう除霊会っていう、オカルトめいたことを、今のご時世で大上段にふりかるぶるようにやってしまうオレらが物珍しく、また作品の取材にもなるといんで、急遽駆けつけた人だった。


「朝霧女史も叔父経由で参加した人なんだけど、目的はどちらかといえば、麹町先生に近いかな。精神疾患をわずらった児童に対するコミュニケーションの真因をさぐるなんていう、オレにとってはよく分からないものだけど、むかしNPO法人で、そういう仕事をされてたらしいから、その延長上なのかもしれない。


「・・・・・・それでみんなで貴賓館に。・・・・・・・え? ああ、貴賓館に鍵がかかっていなかったかって? いいや。多分、叔父が事前に開けてたんだろう。じつのところ、オレも臨時閉館しているってのは知ってたし、どうやって開けるのか、あるいは公務員である朝霧さんが鍵をもっていると思ってたけど、扉の前までさしかかったら、叔父が『開いてます』って、そう言ってたな。げんに扉は開いてたし、一階の事務室や休憩室は明かりがすでに点いてた。


「それで食堂に入って、そこで、和尚が皆に伝えたいことがあるって言い出した。黒染めの僧衣から取り出したのは、茶封筒に入れた便箋で、まるで正式な格好で読経するかのように、くろい僧頭巾をかぶって、陰陰としたひびく声で、脅迫状を読み上げた。内容は知っての通りだ。・・・・・・ゾッとしたかって? 当然だろう。和尚を殺害する予告状っていう態だったけど、あれは完全に、オレにむけたれた脅迫だった。なにせ怨霊の名前を知ってるんだ。オレはすぐに周囲を見回した。もしかしたら、あの陰気な怨霊女が、どこぞから、平然と現れるんじゃないかとおもってね。


「いや、実際、気配めいたものは感じていたんだ。おれが貴賓館のホールに脚をふみいれて、食堂のある東側に向かおうとしたとき、ふと反対側の、明かりがついた事務室に、あの女の白い、汚らしいワンピースの裾が、ふっと過ぎったように見えたんだ。だから、もしかすると、いまこうして読んでいる最中に、やつがこれ見よがしに現れるんじゃないかって、そう思ったんだ。


「だが意にはからずも、ヤツは出てこなかった。オレたちは気持ちを落ち着かせるため、食堂の向かいにある応接室にむかった。貴賓館は普段、ここを売店としていて、扉つづきの小使室で簡単な調理をしたものを、食堂で食べられる仕組みになっていた。だからコンロや茶菓子を拝借して、食堂で一服しようってことになった。


「和尚とオレをおいて、おとな達がせっせと小規模なお茶会を準備するなか、和尚は目で合図した。――気は変わっていないか? ――演技の準備は万端か? 欲目でつながった間柄でかわす目顔のサインは、熟年夫婦顔負けの以心伝心コミュニケーションさ。オレは頷いた。和尚はそれだけで満足した。


「それから紅茶をのんで、早速、除霊会かとおもいきや、和尚がこの場は風水的に悪いとかうんたらケチをつけだして、オレたちは貴賓館のひとへやひとへやを覗き、また和尚がねりあるいて、ようやく二階の隅にある談話室にきまった。


「そのときから、オレはなんだか、段々と気分が悪くなっていた。和尚と談話室に入り、椅子に着いたとき、ふうーって重苦しい息を吐いたほどだ。和尚はそれが、オレの演技として映ったらしく、しごく満足げな顔で、「ほら、みなさい。この談話室についてからというもの、彼の霊媒的な能力が、しごく高まっている」とか胡乱なことを曰っていた。


「それから鎖で縛られ、内側の扉も、和尚が入念に鎖でまいた。オレにはなんだか、和尚が段々と脅迫状の毒にやられて、怯えているような雰囲気を感じていた。彼は南京錠さえかける念の入れようで、彼はオレがその様子をみていると、まるで見咎められたような顔をして、「こいつはなくさないように、ここに置いておこう」と戯けるように、テーブルの右端に置いてみせた。そんな振る舞いを見せなければいかないほど、彼も段々と不安になっていたんだと思う。それから和尚は、密室に二人っきりになっても、不用意にオレに呼びかけるようなことはなかった。多分、扉のむこうで、皆が聞き耳を立てていると思ったんだろう。それから数珠をねって、難解なお経をぶつぶつと念じる時間がすぎていった。


「するとお経のせいなのか、段々と本当に憑き物がついたように、くらくらしてきて、そうして気づいたら、オレは意識を失っていった。漂白されていく意識の傍らで、和尚がこっちを不審げな眼差しでみつめて、急に立ち上がって、こっちを揺さぶっているのが見えた。――なにか、喋ったような気がする。『どういうことだ』とか、なんとか・・・・・・。



「それでふたたび目が覚めたとき、扉の叩く音と一緒に、伯父さんの声がした。口の中はなんだか粘ついて、ひどく気持ち悪かったけれど、なんだか外が慌ただしかったから、突っ伏した身体を起こしたら、向かいで、和尚も同じように突っ伏していた。


「最初は寝ているのかと思った。だけれど、おれはすぐに殺されたと思った。それからの一部始終は知ってのとおりだ。どうにか縛られたまま、窓まで椅子をひいて、うしろにある南側のフランス窓の鍵をあけて、みんなを招き入れた。――南京錠の鍵は、そのとき、ちゃんと以前と同じように、机の右端におかれていた。


「・・・・・・え? なんで和尚が死んでいると分かったんだって? 襟元からみえる彼の首筋に、赤黒く、うっ血した痕があったから、っていうのは駄目か? ああ、そうだな。向かいで突っ伏している人の、それも僧頭巾を被っているひとの首の痕なんて、ろくに見えるものでもないよな。・・・・・・だから扉越しに、叔父へ、和尚が死んだと言ったのは、別の理由だ。本当は和尚が死んでいるのか、どうか、そんなことを見て取ったんじゃない。ただ、はやく、あの密室に、ほかの人たちを招きたかったんだ。


「談話室に、二人っきりで居たくなかった。・・・・・・ああ、和尚のことじゃない。


「居たんだよ。和尚が死に、オレが意識を失っていた密室にもうひとり、ヤツがいたんだ。東側の窓の近く、まるでくすんだカーテンのような白いワンピースをきて・・・・・・Alphaが立っていた。満足そうな顔をして。ほかのメンバーが入ってきたときも、たえずずっと、その場で、愉快そうに」

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