第11話 霊感少年の独白 1/2

「最初に言っておきますが、オレから話すことはひとつもありません。そもそもアナタは誰ですか? うちの生徒じゃないですよね。若手の記者ですか。・・・・・・え? R.E.D? そんなもの聴いたこともない。


「Resident Evil Detectiveの略? 内在する邪悪を探偵する――みたいな意味ですか。正直オレとしては、そういう組織めいたもの、とくに社会的な信用を得ていない新興組織みたいなものに関わりたくないんですよ。理由はお分かりですよね。


「見てくれれば分かりますよね。まわりには人っ子一人いない。そのくせ眼窩の中におさまった目玉をギョロギョロさせて、こっちを覗いみようと必死なんです。――オレがまわりからどう言われているか、ご存じですか。【呪いの子】ですよ。は、莫迦らしい。ハリーポッターの続編かよって。


「まあいいや。アナタがどんな結社か、宗教団体か知らないですけど、おおよそ目的はふたつにひとつだ。――オレがあの日、どういう状況に於かれていたのか。あるいはそう、本当に怨霊がみえるのか、でしょう? 最初はみんな面白半分に訊いてくる。だが、見ての通り、いまや遠巻きから熊や猪を認めたように遠ざかる。そりゃそうだ。大々的にメディアで言われましたから。妄想と現実を粥みたいに脳味噌につめた変人だって。有り難いことに、学校まで映してくれて。一躍クラスの人気者になりましたよ。


「こうしてアナタと話しているのだって、いうならば、この食堂にいるやつらにエンタメを提供してやってるんですよ。――もはやオレに人格なんてない。嘲笑と嫌悪、不快さの権化みたいなものだ。それでいて、不快なものを無視ことのできない人の習癖が、こうして遠巻きに聞き耳をたてさせる。


「それで? なんでも答えてやりますよ。こんないかれた学生の妄言でもよかったら。・・・・・・は? そうじゃない。真相が知りたい? はは。みんな、最初はそう言いますよ。たしかにオレの置かれた状況はミステリの定番である【密室】でしたから、まるでフェルマーの最終定理に憑かれた数学者みたいに、オレから出題された問題をああだこうだしている奴等もいますもの。


「・・・・・・・は? あれは【密室】じゃないかった? ・・・・・・へえ。面白いことを言いますね。それとも事件の全貌がわかったとでも言うんですか?


「・・・・・・・・・・・・まじで、愉快なヤツだな。つまりこう言いたい訳か? オレの身の回りで起きた事件なんて、あまりにも下らない、ミステリですらない、笑殺すべき事柄で、ほんとうに向き合うべきなのはオレの心とでも?


「・・・・・・本当に面白いヤツだな。――言っておくが、こいつはマジで褒めてる。だから十分に注意してくれ。この面白さっていうのは、突きつけた拳銃の前で一風変わった命乞いを見せられたときのおかしみだ。一言でもつまらないことを言えば、指先ひとつで、ぶち切れるってことだよ。


「ありがとう。お互いに紳士的にいきたいものだよな。理性のない人間は犬畜生にも劣る。ましていまのオレは最高に最低な状況におかれてる。気が触れてるとも言われている。だから、数秒後に奇声をあげて、おまえをぶん殴ったって、たいしたお咎めがないかもしれない。精神的事由により不起訴ってやつだな。


「ああ、オレも自分の戯言が冗長だってことは理解してる。だからってアンタにのんびり話させるつもりもない。卑怯だよな。アンフェアだ。だが、そういうもんだろ、世の中ってのは。オレがお前に有益なものをもっている時点で。――ああ、わるいわるい。どうもおしゃべりがすぎるよな。急に同世代のやつと喋らなくなって、さして気にもとめてなかったが、どうやらコミュニケーションの欲求は、まだ燻った炭の火のように残ってたらしい。――それで、あんたは何が訊きたい?


「まあ、まずそこだよな。――つまりAlphaっていう怨霊がいるのかってこと。いないぜ。当然。いるわけない。――いるのはオレの頭の中だけだ。妄想、妄念。おそらくオレが車に轢かれたあと、脳神経の中にある電波受信のパラポラアンテナが変な方向にむいて、いかれた周波数を拾ってるんだろう。・・・・・・ああ? 妙なことを訊くんだな。・・・・・・たしかに。あいつがいるのは、大体、オレと二人のとき。あるいは家に居るときか。幻覚ってのは面白いよな。壁をすり抜けたりすればいいのに、あの怨霊は平然と鍵を使って扉をあけて、そのまま食卓の椅子に座ったりするんだぜ?


「そうそう。イメージとしては【ぬらりひょん】に近い。アニメとか漫画で、日本妖怪の総大将とか、みょうな位置づけをされているけれども、岡山とかの民話とかに出てくる海の妖怪だって話だ。それがあたまの膨れた得体の知れない妖怪の絵と、【ぬらり】とか【ひょん】とかいう擬声語から、とりとめもなく、急に立ち現れる神出鬼没の不明妖怪みたいな位置づけになったって話だ。


「・・・・・・悪かったな、昔から、親父の影響で、そういう怪異とか伝承とかに詳しいんだよ。でまあ、あれもそんな風だ。急にやってきて、何するわけじゃなく、立ってたり、モノを食べたりする。でも母親には見えない。叔父にも。・・・・・・親父か? 死んだよ。五年前の話だ。


「いや気にしなくて良い。もとから身体の弱い人だったから。・・・・・・ああ、たしかに基本的には家だ。服装もとくにこれといったものを来ているわけじゃなくて、大概はワンピースの異なる色を着回しているような。年齢は40歳から50ぐらい。蓬髪で腰まで髪がある。額は突き出てて、目元は鬱屈として、陰気で、それでいて非難するような目をしてる。・・・・・・なんていうのかな。まるでカラスに見つめられているみたいで、厭な感じがするんだよ。なんというか、底知れなさとは逆で、あまりにも身勝手で、一方的な感情を、こちらに遠慮なく突きつける頭でっかちな目線っていうかさ。自分の気持ちを押し付ける以外に感情のやり取りが出来ないヤツだって。


「そんなやつが、四六時中、急にあらわれて、じっと覗いてくる気持ち考えたことあるか? 家が自分のセーフティーゾーンにならなんだよ。だからすぐに除霊したいって、オレのほうから言い出して。それで何度か、いろんな人を試したんだけど、まったく効果はなかった。かれも、おそらくそうだと思ってたんだけどさ。


「ああ。千眼寺冬彦のとこだよ。ただ、たしかにあの和尚に頼もうということになってから、なんだか、どんどん雲行きが怪しくなってきたんだ。


「決定的だったのは、除霊日の前日。あいつ、下校途中のオレを待ち伏せしてやがったんだ。そしてすぐに攫うように黒い高級車の後部座席にのせると、運転を助手らしいサングラスの男にまかせて、いつもの黒染めの僧衣を大仰にはためかせて擦り寄ると、猫なで声で、おれにこんなことを囁いたんだ。


、ってさ。」

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