Ωの境界篇
第1話 降霊会
と、鈴が鳴る。
ある
かれらの頭上には、じりじりとエナメルを灼くような白熱灯が、数本だけ、心細げに灯り、それも
この神事における、依頼人であろう男子学生は、睫毛のながい目蓋を、じっと閉ざして、一昨日から、止むともなしに降り続ける霖雨の、その微かな雨脚を、祈るように聴いていた。
と、ふたたび神職が、段段につけられた鈴玉をゆらす。蕭然とした鈴の音色は、夜闇の上であつく垂れこめる雨雲を震わせて、しだいに穏やかな
まるで銀砂のような雨のとばりで、今夜の儀式を、衆人から遠ざけるかのように。
しかしながら、それは一方で、夜陰にまぎれて、息を潜めている穏やかならざる気配を、濃密に暴き立てる効験もあるのだろう。雑然とした世俗への意識が雨によって、眼底を払うように消え去っていくと、その仄暗い隙間を埋めるかのように、怪異の跫音が、ひたり、ひたりと、冷え冷えとした拝殿の土間に、その濡れた足跡をつけるように、近づいてくるようだった。
事実、本殿にふかぶかと頭をさげた、この若き神職の本意も、そこにあった。
奇しくも、境内の端にある、錆びた鉄柱の上に円くおかれた、古めかしい時計の長短が、砂を噛むような錆びついた音とともに、午前1時をさした。草木も眠る丑三つ時。人の塵埃が、夜のしじまに溶け出して、ありうるべからざるものたちの息づかいが、ひたひた、ぴちゃぴちゃと、呼び覚まされる刻限になる。
すると、ぴぴぴぴぴ、と、間の抜けた電子音がなった。
若き神職は、刻限をしらせる、手首のApple Watchをとめると、木沓をならして、少年に振り返った。お互いの双眸がまじわると、ふっと、依頼主の少年の脳裡に、この神職がいぜん呟いた言葉が、フラッシュバックした。
(――いいかい? ボクの見立てを言うまでもなく、君は大変なものに憑かれている。だけれども、君はどうやら、すこしばかり、思い違いをしているんだと、ボクは推察するね)
このひとも、多くの除霊師と同じことを繰り返した。何度となく聴いた、異口同音の戯れ言。だが、不思議とこの人に賭けてみたいと思わせる印象が、石鹸の匂いにも似た、一種清新な雰囲気として、絶えずその身から放散させているように思えたのだ。
(――こういうのは、ボクの知り合いである人に頼むべきかもしれないけれど、ちょっと連絡のつきにくい人であるから、それは追々するとして、君がすべきことはひとつなんだ)
「覚悟はいいかい?」
はっと我に返ると、裾丈をきりつめた、平安時代の官僚のような黒い斎服をきた、若き除霊師――本人曰わく【R.E.D】という探偵結社の支社の末端員らしいが――その捜査員が、最後の確認をとる。
おれは首を縦にふった。
「よし」
不思議とその声は、屋根を間断なく打ち鳴らす雄々しい雨脚のなかでも、凜然と透った。
「では、降霊会を始めよう」
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