逆神篇

第1話 逆神 1/3《管理票RED0021:H81900XX-ST》


 以下は小説投稿サイト『カクヨム』に投稿された創作小説。

 投稿発見時の文章を転載。現在、当該アカウントは退会済み。

 当初、支部員により管理票3013として蒐集。

 糺川翠、および雫石巴両名の推挙によりREDに移管。

 当該鬼物回収済。管理区U-289に収監。収監番号は――


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《管理票3013:H81900XX-ST》



 逆神/沖墓ヲネマ


 「逆さに願えば、なんでも叶えてくえる神様なんだよ」。慰めのかわりに、僕は彼女にとある神様を紹介した。荒れ果てた雑木林の中にひっそりと佇む小さな社に安置された逆さまな神様。さかさおに。それは願いを叶えてくれる神様で・・・・・・


 ★56 ・ホラー ・完結済1話 ・9802文字 ・2021年8月24日 22:01 更新

 怪談/ご当地/福岡/博多/怪異/神様/御利益/大願成就



 第1話 逆神――――――――2021年8月24日


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 第1話 逆神


 これは、ぼくが体験したとある神様についてのはなしです。


 その神様は福岡市の西区と早良区をへだてる室見川という河川の、その中流あたりにある人の絶えた雑木林の中に棲んでいました。

 

 もともとが小さな社殿だったためか、樟などの大樹に囲われるように、まんなかがぽっかりと開いて、灌木がそこらに生い茂って、季節をとわず鬱蒼としているのですが、そこに心ない人が、冷蔵庫やレンジ、はては廃液のドラム缶などを不法投棄しているので、その小さな社も、一見すると投棄された石灯のひとつにみえるでしょう。


 実際、そのやしろは、石灯籠に、切妻屋根としてトタン屋根を被せたような、じつに粗末なものです。そこにぼくらの神様はいました。


 さかさかみ。


 廃材置き場の神様は、そんな名前でした。


 ぼくとねえさんは、ある日、その神社にむかいました。


 零落した境内の入口は、両脇にあるふたつの楠木が△をつくるように傾いでおり、奥も日当たりが悪く、洞のように仄暗い居心地のわるさをたたえているので、まるで岩窟の亀裂から鍾乳洞にはいるような心地がしました。


 入口には、境内をしめす注連縄のかわりに、進入禁止のプラカードをちからなく垂れているプラスチックのチェーンが張ってありました。ぼくらはそれをまたいで、残暑をのこした秋口の、いまだくさいきれがする廃材置き場に足をふみいれたのです。 


「逆さに願えば、なんでも叶えてくえる神様なんだよ」


 ぼくはあらためて、廃材置き場の神様への参拝の仕方を、彼女につたえました。


「お金がほしいなら、収入がまったく入りませんように。健康になりたいなら、不健康になりますように、って心の中で拝むんだよ」


 ねえさんはこくりと頷いてくれました。


 ねえさんはなまっちろい肌をした、やせぽっちの女性で、セイラー服をきせた案山子のような体型でした。彼女は中学生のころから、ひんぱんに体調をくずすようになったらしく、高校生になっても、学校より病院を行き来することのほうが多いと聴きます。


「ありがとうね、しょうくん」


 ねえさんがほほえむと、ぼくの顔はぽっとあかくなって、湯たんぽのように赤くなります。ですが、すぐに思い直して、きわめて重々しく、仰々しい儀式をつかさどる宮司のように、まゆをひきしめてみせました。


 さかさおには、雑木林の奥にありました。そこは大きな樟の枝葉がこうもり傘のような大きな円状の影をおとす、境内のなかでも一層暗然としたところにあって、ここだけは不法投棄をする不心得者もおそれるのか、家電や廃材はとりはらわれたように、ぽっかりと空間をつくっていました。 


 石燈のような石の社に、雨粒をいとうトタンの屋根。


 そのおくに、かみさまは居ます。


「これが、さかさかみ?」


 ねえさんは神様にむける視線としては不躾なほど、まじまじと眺めました。


 ですがそれも無理はありません。


 そこに坐するのは――いえ、そこに倒立するのは鬼なのです。


 頭頂部から額の方に向けて、つぶてのような二つの突起がのびて、腰蓑一枚をみにつけた半裸の鬼神の偶像。


 その鬼は逆さになりながら、まるで床と天上におしつぶされているかのような苦悶の表情をして、ちからづよく四股をふんでいるように腰をおとした脚と、地面をおしかえそうとする太い両腕で、めいいっぱい迫り来る重みから絶えようとしているのです。


 牙の尖った歯をくいしばって不自由な体勢に耐えている神様が、はたして人様の願いを叶えてくれるのか、はなはだ疑問ではありましたが、それでも随分と御利益があるという話を聞くので、ぼくはねえさんとならんで、平素の作法通り、二礼二拍手一礼のあと、しずかに口に出さず、ねがいごとを念じました。


 ねえさんは『これからも』。


 そしてぼくは、ちらりと祈るねえさんの、綺麗な琺瑯のような肌とながい睫毛を横目にながめたあと、こころから願うように、こころの奥で唱えます。


 『ねえさんの義父が、ずうっと元気で、一生怪我をせず、


 さかさに、せつに願ったのです。


 ねえさんの義父が、すぐに死にますように、と。



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