その怪談には裏がある

織部泰助

天竺鏡篇

第1話 天竺鏡について 1/2《管理票2104:H81000XX-EX》


 MADOKAWAムック 『地元のコワい話Volume3』より

                    読者投稿 『天竺鏡の言い伝え』



 わたしが『天竺鏡』を知ったのは、弔問客を見送って、みんなが一息ついた晩のことでした。


 亡くなったのは祖母でした。十年前に肝臓癌で祖父を亡くし、四人姉弟を育て上げた祖母は二階建ての町屋にひとり棲んでいました。博多の古い商家ですから、階段も急で、みんなそれを危惧していましたが、非常に頑固な祖母は忠告を聴かず、結局、おそろしい予想が的中しました。


 発見されたのは葬儀の前夜。町の民生委員の巡回で発覚したそうです。それから親族郎党てんやわんやの大立ち回り。ようやくお坊さんの手配もなって、その日の夜にいたり、葬儀場は高いからと、祖母の家で供養葬儀が執り行われることになったのでした。


 葬儀はつつがなく終わり、あとは親族だけで夜通し、死者の番というなの宴会となりました。そうして宴もたけなわ、広間にならべられた寿司桶も空になって、顔もみたことのない親類縁者がわいわいと古い話に懐かしんでいるとき、不意に誰かが言い始めたのです。


「天竺鏡っておぼえとる?」


 誰もが一瞬はて、と頭をかしげて、それから小学校時代の懐かしい友人の名前を聴いたように、わっと声をあげました。


「ああ、そういやあったなあ」「聴いた聴いた。ようかあちゃんに言われとった」

「なつかしかあ。あれやろ、鏡ばお湯につけたらいかん、ってやつやろ」

「馬鹿ぁいいよりんしゃる。お水よ。風呂の残り湯をつかうんよ」

「おばちゃん、ちがうちがう、鏡ば向きが大切っちゃん」


 みんな我先に言うものですから、話がとりとめなくって。聴きわけるのも大変でしたが、どうやら話をまとめると、おおよそこのようなものでした。


《夜中、水を張った桶に鏡を入れてはならない。でないと『天竺鏡』になる》


 わたしはすぐにスマホのメモ帳に書き留めました。このような本に投稿しちゃう女子ですから――失礼だったらすいません!!――オカルト話は好物で、耳を象のように広げて聴いていました。

 

 本やネットには、いくつも怪談話や都市伝説があふれていますが、このようなナマな言い伝えというのは、それらとはまったく違うのです。質感といいましょうか。ねっとりとして、肌をひんやり粟立てる、ほんものの手触りなのです。


 親族たちはそれからまた別の話に――これを聞き逃したのは惜しいのですが、たしか長崎の島原に棲まう子ども攫いの妖怪鳥の話だったのです!! ――それも負けず劣らず面白かったので、どっちつかずになって、結局、詳細を知ることはできませんでした。

 

 夏だからでしょうか。それから色んな怪談大会になって、わたしは親たちの会話など興味なく、惰性でスマホを弄っているようにみせかけながら、いくつもメモしていました。怪談蒐集は大盛況でしたから『天竺鏡』のことも自然と忘れていました。


 ですから、もしも醤油をスカートにこぼして、洗面所に洗いにいこうとしなければ、わたしは永遠に『天竺鏡』をスマホのメモ帳のなかに閉じ込めていたでしょう。ですが、そうはならなかった。手巻き式乾燥器機がくっついた旧型洗濯機とプラスチックの下着籠の間に、わたしは古めかしい手鏡を見つけた、あの瞬間、わたしはあの怪奇現象の被害者として、恐ろしい運命に指名されたのだと思います。


 それは、古い青銅の手鏡でした。


 骨董品とよんで差し支えないものです。円い鏡面に手持ちの柄があって、つかむとひんやりとして、ぷうんとどこからか鉄錆の匂いがしました。まるい面には青銅色の竜胆が浮き出して、ところどころ縁取るように錆びている緑青が枝葉を彩っている。さながら古墳時代の銅鏡のような凹凸模様なのです。


 もうそんな古めかしい、博物館の展示品のような一品ですから、とてもこころ踊ったのを覚えています。ですが更にわたしを魅了したのは鏡面のほうなのです。


 くるりと返すと、これが溜め息をつくような立派な鏡でした。円の縁あたりが水垢のようにくすんでいるのは、この鏡が普通の鏡のようにガラスで被膜されたものではなく、金属表面を磨いてつかう、古来からの青銅鏡だからでしょう。


 他の特殊膜を隔てる紛い物ではなく、そのまま鏡面と向き合わせる古鏡は、まるでわたしと瓜二つの別人を引き合わせた窓のような、奇妙な錯覚を覚えさせるほど凄まじいものでした。(昔のひとがなんで鏡をご神体にしたか。いままで皆目見当もつきませんでしたが、本当の鏡をのぞいてみれば、まったく愚かしい疑問です)


 そして、わたしは『天竺鏡』を思い出したのです。


 今更こんなことをいうのは愚かしいことですけれど、最初は暇な葬式のあいだにおこなう、ちょっとしたお遊びのつもりでした。

 

 まさかあのようなことになろうとは・・・・・・



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