第15話 糺川探偵の降霊 2/3

「それでシミュレートできた?」


 筑肥線の線路に最終電車がとおる。ひろい駐車場の裏手から満艦飾のひかりがほとばしって、三人の影を松林に刻んでいく。


 探偵はベンツに寄りかかりながら、走り去っていくJRの列車の、その闇にひいた光芒を名残惜しむように見つめていた。


「和尚は――千眼寺冬彦はオレにインチキの片棒を担がせようとしていた」


 オレはちらりと天春をみやった。兄弟子の不正。それは彼にとって驚きに値するものだろうと、少なからず気まずい思いだったが、予想に反して、天春は眉ひとつ動かさなかった。むしろ、当然予測していたかのように、かるく頷いたほどだった。


「こういうと負け惜しみのように聞こえるかも知れねえがな、坊主」天春はイグニッションキーに垂れ下げた皮のホルダーに指をいれて、くるくると廻しながらいう。「兄弟子は正真正銘の除霊師だ。あの人はホンモノの霊能力者だった。数え切れないほど、憑き物おとしってやつをやったし、呪詛返しなんてお手の物だ」


「でも、あのひとは――」


 すると、天春は手で声を制するように手を突き出して、勘違いを正すかのように、立てた人差し指をふってみせる。


「ブラックジャックなんだよ。つまり」


「は?」


「本当に心霊に悩まされている人にはビタ一文とらねえ。かわりに嘘八百のべる奴等には莫迦のように金をふんだくる。つまりは、お前の除霊も、その一環だったってことだ」


「嘘?」


 オレはたまらず探偵をみた。彼女はならんでいる列に横入りした横着者をみとめたように、じろりと睨んで、天春をたしなめると、こちらにふりかえって「いまは気にしないでいいよ」という。


 それからオレたちは車にのって、市内にもどっていく。街灯のとぼしい海岸線は、とおく海をへだてた向こう岸の街明かりが、水平線を漁り火のようにかざる。




「君が考えるべきはね、つまり、和尚が除霊など、根っから考えていなかったということだよ」


 行きとは異なり、助手席にのった探偵は思索を促すようにいう。――たしかに彼はオレに除霊が完了したフリをもとめた。オレもまた、それを了承して、彼の求める演技を行おうとしていた。だが、それは奇妙な意識の昏倒とともに消えて――。


「しかし、狂言の片棒をかつぐ筈だった君は、なぜか、昏倒した。十中八九、睡眠薬か鎮静剤によって、短時間のあいだに意識が失われたのだろうね」


「盛られたのは、食堂で呑んだ紅茶?」


「だろうねえ。あの時点で、君と和尚の思惑とは別の、悪意ある思惑が進行していたと考えるべきだ。そしてそれに、和尚も気づいた」


「なるほどな」天春がステアリングを叩きながらいう。「記事に書かれていたあの叫びは、そういう意味か」


 あの叫び。それは和尚が談話室で不意にあげた『どういうことだ!』という驚きの一声のことだろう。かれはなにも怨霊による悍ましいサインを受け取ったのではなく、共犯者が何者かによって入眠させられたことに驚いたのだ。


 かれの驚愕は、おそらくすぐに不安と動揺に変わったのではないか。なにせ、彼は御眼畫教という新興宗教者によって、前日、命を脅迫されている。そのうえ、自分と除霊のでっち上げをおこなう筈だった少年は、自分たちしかいない貴賓館で、一服もられて昏睡している。


 一笑に伏していた殺意が、そのとき、冷たい刃となって実感されたのではないか。


「だから彼は外に出た?」


 オレの推測を、しかし、運転手の沙弥は否定する。


「そいつはどうかな? 少なくとも兄弟子に、談話室を出る理由はない」


「え?」


「考えてみろよ、坊主。貴賓館に自分の命を脅かす人物が居たとして、なぜわざわざ談話室をでて、正体のわからない人狼のいる広間に行かないといけない? 談話室に居る間は誰にも手出しはできないんだぞ」


「それに」と、探偵は付け加える。「貴賓館で行われていたのは千眼寺冬彦が主導していた除霊会だ。除霊は成功した! とうそぶいて、他のメンバーにまともに取り合わず、そのまますぐに館から去ることもできる。なんたって除霊された君も協力者なんだ。眠りから覚めた後、除霊できたと口裏あわせもできている。――にもかかわらず、彼は外に出た。出てしまったんだよ、和尚はね」


「堂々巡りだ」オレは唸った。「つまりなんで彼は外に出たんだよ」


「ああ、簡単だよ。彼は本業に戻ったんだ」


「本業?」


「何を惚けたこと言ってるんだよ。千眼寺冬彦は除霊師だよ? そして天春がいうように、ホンモノの霊能力者だった。だからすることはひとつ」


 彼女はそれから自らの屈託のない笑みに、謎めいた笑窪をつくる。


「彼は、談話室の外に出たんだ」

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