終話 軌跡が宿存
四方の土地にある精霊晶から力を集約し、全てを戻す儀式は、ヒトの物語であれば佳境に入った。
場所は西の大陸の南に聳え立つ山。そこへ私達は土地守であるカナイの案内の元、私がカナイの後ろを歩き、そのさらに後ろを騎士団であるカルミアとクレソン、隊長とタイムが着いて歩いていた。
「本来
カナイが愚痴を言いながら歩く中、後ろを着いて来ているカルミアが聞いてきた。
「ねぇ、この先にナニがあるの?」
「…この先にはな、私ら土地守が『存在』と呼ぶものがあるんだが、肉眼では見る事が出来ないんだ。ただ、見える奴にはあれが『木』に見えるらしいがな。」
「見えない?木?一体何なんだ?」
当然疑問に思うだろう事にクレソンから続けて出された質問に、カナイは渋い表情をした。
「私には説明し辛い。スズランとやら、言ってやってくれないか?」
カナイは説明を放棄し、私に手番を回した。
「…儀式の場所、始まりの場所であり、精霊の生まれ出でる場所。だから精霊同様見る事は出来ない。見るには条件が必要。」
カルミアとクレソンの二人は、私が『存在』なるものを見る条件を聞く為に耳を傾ける。
「…求める心。ただ一途に、一つのものを求め、願う気持ちを持つヒトだけが見れる。
昔は多くいたけど、今は雑念が増えて、見えるヒトは限られる。だから…いえ。きっと、二人には見えない。」
聞いた二人は若干顔を歪ませた。何か不快にさせてしまったらしい。しかし、私の言った事は恐らく当たる。
そうして歩いて行き、山の中腹辺りまで辿り着くと脇道を逸れて断崖絶壁へと向かう。そこで私一人が崖際に立ち止まった。
私の目の前には、断崖絶壁の先に歪み光り放つ空間が広がっていた。足元にまで光る歪みが続き、そこに足を置けば落ちる事無く、宙に立つ事が出来た。
その私の姿にカルミアとクレソンは驚きつつも私の向き先にある光景を見ていた。でも、きっと二人には何も見えていないだろう。ただ断崖絶壁の先に海は広がって見えるだけだろう。
「…スズちゃん、その先行ったら、もう会えないの?」
カルミアの口が開く。その口調は重く、聞きつつも答えを聞きたくない様だった。
「…会えなくなる、とは?」
私はカルミアの方へと振り返り聞き返した。カルミアが何を思って今先の事を聞いたのか知りたかった。
「今みたいに、目を合わせて話したりデキなくなるの?」
「…全て終われば、今の姿でいる必要がなくなるから、そう通り。」
「…そのとおり、じゃないよ!」
カルミアが声を荒げた。こんなカルミアは初めて見たかもしれない。クレソンの方を見れば。
「ずっと…じゃなくても、さ。今まで一緒だったじゃん。まだ一緒にいたいよ。スズちゃんの役目が大事なのもワかるけど、でも…このままおワカれもイヤだよ。」
顔が歪み、今にも目から液が流れ出そうな表情になり、私に
昨晩説明したはずだが、それでも二人は実際には納得しておらず、私を先に進ませたくないらしく、それを知った私は不思議と自分の顔が
そんな私の顔を見て、二人は更に悲痛に歪ませていく。そんな二人に渡しは伝える。
「消えない。姿は見えなくなるけど、ちゃんといるよ。」
「でも、こうしておシャベりデキなくなるよ?」
「声が聞こえなくとも、分かるよ。」
「…アタシ達の事ワスれて、ワかんなくなるんだよ。」
「分からなくても、ちゃんと分かるし、伝わるよ。」
私の言葉を聞く度に言葉を返していくが、遂にカルミアは何も答えなくなった。クレソンはもう既に何も喋る事を諦めており、カルミアと同様に口を噛みしめて更に顔を俯かせた。
「…そろそろ行かなきゃ駄目なんじゃないか?」
二人の後ろの方で見守っていた隊長が私に話し掛けた。確かにそうだ。急がなければ集められた精霊がまた暴走しかねない。私はもう一度二人の表情を見てから、崖の方へと向き直し歩き出した。
そんな私の事を追いかけようとカルミアは声を出しかけたが、結局声は出て来ず、伸ばしかけた手も引っ込め、私の背を見送った。
「…クレソン。一緒にいたいのにいられないのって、なんでだろうね。」
「…きっとそういうもんなんだろうな。」
自分で言いはしたが納得していない表情のまま、二人は立ち尽くしていた。
私が進んだ先、そこは言葉にするのは難しい不思議な空間が広がっている。霧の中の様な、壁も床も天井も光っている様な何とも形容し難い場所を私は足を付けて歩いていた。
そうして進み続けていくと、次第に景色が変わっていく。何も無かった場所に壁や床が形成され、まるで木の洞の中に居る感覚になる。
しかし、木と言うには外の世界と比べて無機質で洞窟の中とも思えた。そんな場所のさらに奥へと進み、開けた場所へと出た。
そこには正しく壁や天井と呼べるものは無く、見上げれば辺り一帯に小さな光の弾が浮かんでいた。私は精霊である故に一目で精霊が魔法のより発光しているのが判る。
元々姿を持たない精霊野中でも微少の精霊は力も弱く、不安定な存在故に異変で姿を持っても形が定まらずカルミア達が『不定形の物体』と称するのは当然だろうと思った。
それらを見渡す様にして見ている最中、話し掛けるものがいた。それは昨日姿を消したものだった。
やぁ、やっと戻ってきたか。思っていたよりも遅かったね。でも、もうこれで異変は終わるんだね。こんな風におしゃべりする事も無くなると思うと、ちょっと変なものを感じるね。
シエーテがヒトの姿をしていた時の声が頭に響いた。やはり他の精霊と比べて魔法の力が強い故に、異変による生じた自我が強く残っていたらしい。
レザールの方はもう儀式をいつでも受けて良い状態になっているよ。こちらは…何て言うんだろうね…うん。寂しい、と表現するのかな?
折角こうして声を出して意思疎通が出来ると言うのに、結局ヒトとあまり話せなかったからね。でも仕方ないね。そういうものだからね、こちらも、あちらも、そしてそっちも。
何かを惜しむ様子でシエーテは話を途切れ途切れに声を出していく。
まだ何か話したいらしいが、私は先を急がなくてはいかないからここで失礼すると伝えた。
あぁそうだったね。すまないね。…またこうする事が出来るなら、小さな異変であれば歓迎なんだけどね。…なんてね。
それじゃあ宜しくね、主精霊殿?
最後に私を茶化す様にしてシエーテの声が聞こえなくなった。きっと儀式の為の配置に着いたのだろう。儀式は四方に精霊晶が鎮座していた様に、魔法陣の上に魔法の媒介を置いて置く様に、力に強い精霊が配置に付く様になっている。そして私がその精霊の元へと赴き、魔法の力を直接ぶつける習わしになっている。
きっとシエーテも、先ほど聞いたレザールは有無を口にしなくとも魔法を受け止めるだろう。しかし、暴走により攻撃をしてきたメーデンとアルロイは、きっと魔法を受け止めずに応戦してくるだろう。
だからといって、魔法を止める事も、儀式を中断する事もしない。
あの二人に見送られる前から、もう決意していた筈だ。だから、私は儀式の場へと赴く。
2
精霊の光が漂う空間を離れ、また少し歩いた先にまた別の開けた場所に出た。
その瞬間、何かが私目掛けて飛んで来るのが分かった。私は魔法で壁を作り防御し、飛んできたものが中るのを防いだ。そして飛んできたものが大きな鎌であり、円を描く様にして鎌が宙を回りどこかへと戻っていくのを見つめた。そして鎌が跳んできた場所を私は見た。
案の定、そこには鎌の持ち主である精霊が立っていた。メーデンは未だヒトの形のままで、手には回って飛んで戻ってきた鎌を持ちこちらを見ていた。
「…あっははは…あははっ…ねェ?どうだったァ?強かったでしョ?この攻撃もォ、あの時もォ、ねェ?スゴかったでしょうゥ?言って、言って、言ってェ?」
目がヒトのものでもとても正気には見えない。やはりメーデンも強い力を持つ精霊の一角である故に、他の精霊と比べて一番感情に流されている。
特に『ある感情』に取りつかれているかの様に、酷く混乱して見える。一刻も早く儀式をしなければならない。
「音よりも速き一撃。」
私は次の攻撃が来る前に光線魔法をメーデンに向かって放ち、それをメーデンは笑いながら躱す。ただそれを繰り返し、次第に光線はメーデンの体を掠っていき、メーデンは負った傷により立ち上がれなくなり転倒した。
その時、メーデンのヒトの足の形をしたそこが徐々に崩れて行き、別の姿へと変わっていった。
もしも精霊に見える姿がるとすれば、きっとヒト型ではなく、別の大きな生き物となるのだろう。今の様なヒトが竜と呼称する巨大で強力な存在に似た体へと変貌したメーデンは、私に向けてまた攻撃を仕掛けてきた。
これを見ろォ!認めろォ!言葉にしろォ!
まるでヒトの子どもの我が儘に様な音が頭に中に響きつつも、私は正面から襲い掛かって来るメーデンに一撃を放つ。
「星を貫く音無き矢。」
先程の光線魔法よりも細く、速く、眩い光線がメーデンだったものを貫いた。そして私に接触する寸前にメーデンは動くを止めて崩れ落ちて行った。
まるで焼け焦げて崩れていくメーデンに私は歩み寄り、メーデンの頭部の部位を手で触れて撫でた。
その仕草に、メーデンの目であろう部位から液が一筋流れて、そして完全に崩れ去った。
やはり精霊は感情を持つものではない。ここまで一つの事に執着するのは精霊としてあってはならない。精霊は平等に魔法を授ける存在でもある。余計なものを持てばこうした異変に繋がる。
改めてそう考えた私は、さらに先へと進む。
進んだ先に、また同じ様に、でも違う開けた場所に出た。その中央にアルロイがヒトの姿で立っていた。そこにいるのは最初から知っていた。
そんなアルロイへと歩み寄り、アルロイの目の前まで来ると、アルロイは手を伸ばし私の胸元を掴んだ。
「…なんで儀式を続けるんです?あれだけ散々酷い目に遭って来たのに、なんで諦めなかったんです?このまま儀式をして、異変がなくなるなんて事、ある訳無いのに。」
まるで言っている意味が矛盾している様なアルロイの発言は、私には理解出来た。でも、理解しても私は続けると決めていた。…いや、決めたのだ。
声に出さなかった私の言葉を聞いたかのように、アルロイは反応を示し、私に魔法を放った。それは大きな岩の槍だった。私の直ぐ足元から伸びる様にして聳え出たその岩は私の追う様にして次々に次々を生えてきた。更に私とアルロイの周囲に壁を作る様にして沢山の岩の槍が突き出てきた。
直後にアルロイもヒトの姿から変わり、巨大な爬虫類の様な、言い知れぬ威圧感の放つ荘厳な姿になった。
もう何にも手を出させない!壊されるくらいなら、こっちが壊してやる!
アルロイも一つの感情に囚われて暴走する。止めるにはやはりメーデンの時と同様に魔法をぶつけるしかない。アルロイは今度は大きな岩をいくつも出現させ、宙に浮く岩をこちらも放ち攻撃してきた。私は魔法で防御しつつ詠唱を唱え始める。
「凍てつく矢、
私の周囲を囲う様に氷の属性を持つ魔法の矢が大量に顕現し、私が手を前に向けて翳すと、矢は勢いよく飛んで行った。そしていくつもの矢が変化したアルロイの体に刺さっていき、アルロイを圧倒する。
しかし、アルロイは
「絶対零度。」
唱えた瞬間、岩の蛇は凍り付き、徐々に凍りつく範囲を広げ、遂に岩の蛇の繋がった先であるアルロイ本体へと到達し、アルロイの体が完全に凍りついた。
アルロイは自身の体の氷から逃れようと身体を動かしていたが、次第に動きが緩慢になっていき、そして動きが完全の止まった。
凍りついたアルロイの体にヒビが入っていき、そしてヒビが体を覆い尽くすと氷が崩れていき、アルロイの体も崩れていった。
崩れて消えていくその時、アルロイの微かに弱々しい声が聞こえた気がしたが、私はそんなアルロイの体が完全に見えるのを見届ける事無く、傷付き痛む体を引き摺りつつ通り過ぎて先に進んだ。
一瞬だけ、誰かに服の裾を引っ張られたように感じた。
アルロイが居た場所を通り過ぎた先にある空間、そこには知っていた通りにシエーテが待機してた。私が来た事に気付いたシエーテは、私の傷を負った体を見て反応した。
「うわっそれ、アルロイかぁ。やっぱあっちは加減も何もしなかったよねぇ。大丈夫?もう結構その体、限界がきてるんじゃない?ここで休んで…て行くワケないか。」
捲し立てるように話し、私が先に進みたいと思っているのを察して諦めたようにシエーテは言葉を切り、私の方へと向き直した。
「うん、そうだよね。そちらには元から進む以外の選択も何も無い。だからここにいるし、そんな怪我を負っても立つんだよね。」
私に向けたシエーテの目は、まるでヒトの親が子に向けるような憂いがあった。
「そうだ、もう気付いてるよね?こちらが皆、一つの感情によって突き動かされているの。きっとこちらの感情は、ヒトで言う『悲しみ』なんだろうね。
結構胸の辺りが重くなるものなんだね。でも、不思議とこういう感情に持つ事がそれ程拒絶したいって事にはならなかったよ。むしろこのままで良いとさえ思った。
ヒトの感情は不思議だね。感情という物に一番振り回されている存在なのに、こうして永くいるんだから。だからきっと強かったり弱かったり、
再び捲し立てて話し、思う存分声を出したのか、意を決した様な顔つきになり、次の瞬間にはシエーテのヒトの体も変化していった。
姿を変えたシエーテは、メーデンやアルロイの様に襲い掛かって来る様子は無く、逆にこちらが魔法を使う事を想定し、その場から動く事無くこちらを見つめていた。
出来るなら痛くない様に…なんて無理だろうけど、でも優しくお願いするよ。そして、出来る事なら、異変ではなく別の形でこうして話が出来る日が来ることを待つよ。
全て話し終えた、そう無言の声を聞き届けて私は魔法を放った。
「
毒を生み、霧状の魔法に触れた相手を眠る様に
望む通り、本来であれば感じる事など無い痛みも感じる事無く、シエーテは水晶が割れる様にして崩れ落ちて行った。
割れたシエーテの破片が、雪か氷の様に光り輝き、私の進む先を照らしていった。
そして最後の精霊が居るであろう場所へと到達した。そこには当然の様にしてレザールが立って私を待っていた。レザールはヒトがする挨拶の様に手を上げて私に話し掛けた。
「よっ!やっと来た。もう結構傷付いてるね。まぁアルロイが相手ならそうなるか。
それにしても、皆感情が何なのかちゃんと分かっていたのかねぇ。シエーテ辺りは多分半分は理解しているだろうけど、後のは分からないままいっちゃったんだろうねぇ。」
私に向きながらも、独り言を言う様にレザールは話し続けた。その行動も、きっとヒトならではの感情によるものなのだろうと予想した。
「あっ、そういやさ?スズランって、知ってる?この儀式をすると以前の感情も記憶も無い状態に戻るっての。あれってさ、元に戻ったとして、本当に感情も記憶も消えるのかな?そもそも本当に記憶は全て消えるの?それとも何らかの形で残ってどこかへ飛んで行っちゃうとか?」
シエーテと同じく、レザールも捲し立てて話し続けている。質問でも何でもない、ただ気になった事を口に出しているだけの意味の無い行動。これもヒト特有のものなんだろう。
「…まっその答えは知る事は無いんだろうね。どうせこっち自身は消える訳だし、後の結果は後のどちらさんかに任せるか!
あっお待たせ!もう良いよ。やっちゃって。」
言うとレザールの姿も変化した。炎がシエーテを包み込み、その炎が払われる様に消えるとそこには巨大な鳥の様な、爬虫類の様な燃え盛る物体が居た。
私に早く魔法を放てとでも言っているかの様に、姿の変わったレザールは翼の部位を動かし、羽ばたかせて見せた。望む通りに私は詠唱を唱え始めた。
「空を断ち、圧を持って
唱えた瞬間、レザールの姿形はその場から瞬時に消えたかの様に潰れた。秒も掛ける事無く潰れた為に、感じないものであっても痛みを感じる
ただ、消える寸前、ほんの一瞬だけ表情の分からない姿をしたレザールは笑みを浮かべて様に感じた。
四つの属性の精霊に魔法を放ち、私の魔法の力で満たし終えた。後は全てを『転生』する為の最後の手順を踏むだけ。
その為に、私は『私』と向き合う。
3
カルミアにもクレソンにも話さなかった、異変が起きた本当の根本。
昔、私はヒト共に生きてきた。ヒトと過ごした私はヒトを信用し、何時までも一緒に居たいと思えた。
でも、ヒトはそうではなかった。
ヒトは自分の都合の為に、自然を、多くの命を奪い、糧にした。
私は全てを*していた。自然に動物、そしてその全ての中にはヒトも含んまれていた。
でも、ヒトは私が*したものを壊した。
そして私は、ヒトの行いに対して悲しみを抱いた。ヒトの思いに怒りを覚えた。ヒトと言う存在に憎しみをぶつけた。
そして私は、全てを壊した。ヒトがしたように。
その時から私は、異変で変異した精霊の様に、感情に支配されて、我を失っていたのだろう。
我に返り、自分がしてきた全てを理解した私は、自分の中の奥底に『蓋』をした。
そうすればもうヒトに裏切られ、苦しい思いをしない。感情に流されて、全てを壊す事も無い。
そう思い、そして私はヒトと同じである事を捨てて、『木』になった。
物言わない、動かずただ在るだけの存在。
だから、儀式をする場所も、世界に根を張り支えているのも、全て私だ。異変が起きたのも、溜まりに溜まった負の感情が蓋した私の中に亀裂を入れて、そこから漏れ出たせいだ。
全て私のせい。だから私にしか異変を解決出来ない。
ただそれだけの事だったのに、何故だろう?何故それを二人に話す事をしなかったのか?いや、何故二人に話せなかったのか?
…もう分かっている事だ。
私は最初から感情によって狂っていた。異変でとうの昔に可笑しくなっていたのは私だ。
私は怖かった。
自分のせいで異変が起きたと、ヒトに知られるのが。二人に知られるのが。
二人なら、きっと話しても許してくれるだろう。あれこれ言って私を慰めるだろう。
でも、怖かった。自分の事を話すのが、そして自分自身と向き合うのが。
だから蓋をして、無かった事にしようとした。見ない振りをした。異変でヒトを苦しめる結果になったのは当然の結果だった。全て私の責任だから。
だから、話せなかった分何があっても異変を解決しようと決めた。
もう逃げない、目を背けない。今度こそ、自分自身と決着を着ける。
そういえば、今のこの人形の体は本来であればこの場に踏み込む前からもう必要が無い。精霊として力も戻ってきたから仮初で入った器の中で休む必要が無い、その筈なのに私は今だ人形の中に入ったまま。
何故そうしているのか、分からないまま私は歩を進める。
そして今、私の目の前には木の根で作られた部屋の様な空間が広がっている。
上は吹き抜けて、上から光が射しこんでいる。でもこれは日の光などでは無い。これは、上層にあるであろう、私の心臓と言える巨大な魔法晶が鎮座している筈だ。
この場所は二層になっており、上は心臓部である魔法晶が宙で固定して鎮座する空間。そこには異物めいたものが感じられたが、今は感じられない。
そして下のこの場所には、吹き抜けから差し込む魔法晶の光が降り注ぎ、その光はある一点に射しこまれていた。それは今私の目の前にある穴の中だ。
その穴の中は水が溜まり池の様になっている様に見えるが、見えるのは水ではない。光が穴の中で溜まり、それが反射して水が溜まって見えているだけだった。
そしてその穴に溜まった光こそが、私が遠い昔にした蓋であり、その下に私が目を背け続けた存在が在る。
その蓋を今、私は取り除き、最後の仕上げを始める。
私が手を翳せば、たちどころに溜まった光は揺らぎ、薄れていき消えた。そして穴の中の暗く陰った所から、何かがが出でる様にして姿を現した。
とても汚れていて、暗く、汚く、不気味で、恐ろしく、そして寂しそうなヒト型をしている。
大昔の私そのままの姿が、私に向けて眼光を鈍く光らせた。
怖い。とても怖い。自分なのに、自分と思えない。思いたくない。そう思わせる姿を今すぐにでも魔法を全力でぶつけて消し去りたいと思っている。
でももう分かっている。消しては意味は無いと、それはやってはいけない事なのだと。
二人を見てきて、そう思う様になった。
目の前に『私』は雄たけびめいた声を上げた。悲鳴の様なその声を聞いても、もう退くことはしない。私は既に自分の中で作り上げた言葉を口にした。
「我が声で語り掛ける、地深い奥底で眠るものよ、天の昇る事を恐れたものよ。『
今尚続く『人』と『人』の
多くの…大切な『
作ったばかりで何が起こるか分からない、魔法とも言えない言葉を唱え、私は翳した手から溢れる様にして光りを浴びる。目の前の『私』は光を恐れて悲鳴めいた声を上げるが、その声は光が強くなると同時に小さくなっていった。
きっと『私』も何かに気付き、この光を受け入れたのだろう。そう思いたい。
…やっと終わる。最初からこうしていれば異変は起きなかっただろうと後悔しつつも、元の平和だけど、騒がしい世界が戻る事を頭に浮かべ、目を閉じた。
途端に何かが落ちる音が聞こえた。とても小さく、耳を澄ましても聞こえるか分からない程の小ささで、何かを確かめる為に目を開けた。
落ちたのは、液だった。そしてその液は私の目から流れ零れていた。
これは何かを思う出そうとして、また液が溢れて零れていき、止める事が出来ない。
何故だろう。液が流れる度に、胸の辺りに熱いものを感じる。熱くて苦しくて、出す気も無いのに声も一緒に漏れ出て来る。痛い。痛くて目を開けていられない。苦しくて口から出る声を言葉にならない。
あぁそうか。これが本当の感情だ。ずっと昔に怖くて捨てたものが、今私に中に戻ってきたんだ。
こんなに痛いものだったなんて、久しく知らなかった。
どうすればこの液は止まるだろう。考えても思い浮かぶのは、二人と一緒に立つ自分の姿だけだった。
「…もうむりなんだよ、こんなの。」
やっと言葉に成った声は、重く苦しく、悲痛なものだった。
こんな思いをする位なら、やはりヒトに出会わなければ良かっただろうか。
でも、そう思いたくない自分もいて、そんな自分を嫌いになる事が出来なかった。
あぁ、ヒトって、こんなにも面倒だったんだな。
でもわるくない。
4
異変が跡形も無く消え去り、何時もの平穏な日常が戻った世界の片隅。
俺は騎士団長としての仕事に区切りを付けて休憩している最中だった。部屋の椅子に腰かけ、一息つくと目の前にの椅子に座る人物がクスリと笑うのを目にする。
俺の前に座るそいつは、一介の護衛騎士だった俺を今代の騎士団長にと推し、騎士での面倒な仕事を押しつけた元騎士団長だった人物だ。
今は呑気に笑って茶を
そのヒトがここに居るのは、ただ茶を啜るためではなく、異変の一部始終を見てきた俺から話を聞くためだ。結局は暇つぶしだ。本当にこのヒトは変わらない。
とは言え、俺も整理の為に声に出したいと思っていた。その相手が自分から来てくれたのなら、万々歳だ。
そして俺は異変が起きた当初から話し始めた。そもそも異変で何が多くのヒトを困らせたか、それは当然魔法関係の知識な技術に長けた妖精種が病気に罹った事と、魔法が使えなくなったことだ。
魔法には今だ未知の事がある。その魔法の研究の為に、同じく道の多い種族である妖精種の知識と存在は欠かせない要素だ。
そして魔法は最早日常正確では欠かせないものとなっている。当たり前だったものがなくなるのは、やはりどんな種族、世代でも困る事だ。今や魔法はヒトが呼吸するのと同じように必要不可欠となっている。
昔は魔法のせいで戦争が起きた。魔法を全面的に禁止しろ、と言われた時代があるのが嘘の様だ。
さて、そんな魔法を不発にしてしまう異変は、今こうして解決し今では何事も無かったようにヒトは過ごしているが、その異変解決に欠かせない存在が居た事に、多くのヒトは気付く事も、知る事は無いだろう。そもそも報せる事もしない。何故なら、精霊と言う存在をまだ公にはしない為だ。
異変が解決した、原因となる精霊と呼ばれる存在だという大まかな事は公表してはいるものの、どれ程のヒトが精霊という存在を認知し、理解出来たかは分からない。少なくとも異変が解決したと聞いて多くのヒトが安堵した事は確かな事であり、疑念を抱いたものが居ても、こうして落ち着いた状況が続いている事からそこはもう大丈夫だろうと考えている。
精霊の存在は、名前だけは多少のヒトには知られている状態だが、ほとんどが全く未知の存在であり、詳細を知る者はいない。魔法や精霊の研究をしている者でさえ、異変の最中、精霊がヒトの姿を取り異変解決の妨害をした事などと知る由も無いだろう。
未知で知識が未だ足りない状況で、異変の詳細を公にすればまたヒトは混乱し、また魔法は危険だ、禁止しろなどと言い出す輩が出かねない。
十分に研究し、結果が出次第その報告は知らされる事になっているが、それはまだ先に事だろう。
ただでさえ、その精霊の魔法のせいで詰所は破壊されて、片付けに後始末、何故破壊されたかの周辺住民への説明等と言う忙しさもあり、これ以上の騒動は御免だと願った。
騎士団連中にも今回の事を説明するのに骨が折れた。タイムが居てくれたおかげでその苦労も削減されたが、いなかったら俺はどうなっていたか、想像したくない。
ってか、皆タイムにばかり信用を置き過ぎだ。俺への信用はどうした。
後、異変に関して気になる事がある。それは、魔法の力の塊でもある精霊が暴れたにも拘らず、死人が全く出なかったという事だ。
魔法に巻き込まれて怪我をしたまちの住民に、奇襲を受けた研究所でさえ怪我人は多数いたが、命を落とした者は一人もいなかったという報告が来ていた。
正直信じ難く報告が正しいか気になる事だが、恐らく精霊にとっても命を奪う行為は忌避すべきもので、生き物で言う本能の様な物で無意識に避けていたいたのかもしれない。
もしも精霊が多くのヒトや動物の命を奪っていたなら、異変は治まっても混乱は続いていただろう。それでも、異変による後始末は今も続いているから、結局は厄介な存在であったのには変わらないが。
そんな愚痴を話していると、元騎士団長様は、異変解決に助力した騎士である二人の話をしろと言ってきた。正直あまり乗り気ではないが、聞かれたからには話さなくてはいけない。言わないとずっと聞いて来るだろうし。
件の二人は、今日課となった墓参り、と言うのが正しいのかわからないが、墓参りの様な事をしていた。場所は異変が解決する決定打とされる場所で、そこで買った花を置いてただ話をしていくだけのものだと聞いた。
あの日、スズランがあの断崖絶壁を歩いて行き、姿を消して暫くした時、空が不可思議な色に光り辺りを照らしたその時、海に何かが落ちるのを見た二人は急ぎその落ちた者が流れ着くであろう浜へと行った。
そして案の定流れ着いたそれは、俺が船の中で見たのと同じ人形だった。
人形は破損が激しく、ヒビが顔や体の至る所まで入っており、とてもまともに動かせない状態になっていた。二人は慎重に人形を運び、俺が手配した馬車に乗せれて人形を作ったとあれる施設へと届けられた。
最初、人形が壊れている事に作り手から苦情を言われるかと思ったが、不思議と苦情を言われるどころか無償で直すと説明された。
何があったのか、作り手から見た人形がどうなって見えたのかは作り手にしか分からない事だが、とりあえず人形は修理されるって事だけは二人には伝えた。凄く安堵していた。
後日、修理された人形は再び騎士団に送られてきた。何故騎士団にまた送ったのか聞くと、その方が良いからとだけ知らされた。やはり、作り手の考えは分からなかった。
詳しく聞くと、人形は外側を見れば破損が激しく見えるが、不思議と中身の人形が動く為に大事な
人形には力の強い精霊が宿ったのだから、中身が真っ先に駄目になっていると思っていたから本当に不思議な事だらけだった。それでも中の記録情報は綺麗さっぱり消えていたのと聞いた時は納得もしたし、少し残念だった。
こうして騎士団に送られた人形は、騎士団の詰所の一室、俺の直属の部下である二人が見守る中起動された。そして動いた人形は開口一番に口にした。
「始メマシテ。当機ハ番号A-1、個別名称ハ未ダ未設定デス。詳シイ設定ヲ行ッテ下サイ。」
それは声と言うよりもとても無機質で、とても記号的な音だった。その音を聞いた二人の
とは言え、折角もらった事だし、あの人形は試験と称してこれからあいつらと組ませて可動していく予定だから。いつまでもくよくよしているのも、させておく訳にもいかないからな。あいつらにも切り替えてもらわないとな。
…厳しいか?いや、あんたに言われなくないな。戦闘になると二重人格かって位変貌するヒトがさ。…照れるな、褒めてねぇよ。
…所でさ、魔法ってのは未知な所が多いのに、ヒトは恐れずに使い続けるよな。それはヒトにとって、魔法は今や危険なものではないという知識を持っているからだ。
知っているからこそ、ヒトは名前を付けて区別し、日常的に魔法を行使している。要は刃物と同じって事だ。
他にもさ、『奇跡』ってのがあるだろう。奇跡と言えば、滅多に起きない偶然と産物、ありえないことの代名詞みたいに言われて入るが、でもありえないって言うならそもそも名前を付けて多くのヒトに知らる事もないと思うんじゃないか。
実際に起こらないと、ヒトはそれに名前を付けないし、覚えもしない。つまりさ、『奇跡』って『起こるもの』なんだよ。…何が言いたいかって、つまり奇跡が起きても可笑しい事はないって事さ。
例えば、精霊としてのそいつの感情や記憶が消えたとしても、ヒトとして名をもらい、活動してきた期間の部分だけは精霊では無い別の存在として切り離されて残り続けるんじゃないかって事。
…まぁ結局は俺の希望だ。本当に起こり得ないかもしれない。でもさ、世界は相変わらず大変でイヤな事ばかりなんだからさ。そんな事があったって罰は当たらないだろう?
後日、騎士団団長の直属の部下の項目に新た名前が連ねる事となる。
その新しく入る人物の名前は―
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