第9話 核の眼前で決死

 たったひとつ、なくしたくないものがある。


 道は広く、そして変わらず植物の見た目で植物とは言えない不気味な色の通路が続いていた。よく見れば地面、と呼ぶべきか床と表すべきか、オレの足元にまであの気味の悪い色の植物の茎か蔓が伸びていて、壁と床全てがあの植物らしきもので覆われ、まるで木のうろの様だ。

 だとしたら、やはりオレが今いるのは、その『存在』の中でほぼ決まりだろう。オレと同様に存在の姿を視認出来るヤツも植物の木に見えていたわけだし。

 とっくの昔に覚悟をして入ったこの場所、流れる空気の様なものが、外から流れる空気と混ざって何か違うものを肌に感じた。ソレは肺の奥から込み上げて来る気持ち悪いもの、息をしているだけで吐き気と頭痛がしてくる様な不快感がして、この場からサッサと立ち去ってしまいたい気持ちがして来る。コレは『存在』とやらが過去に、ヒトの負の感情に影響を与えた事と関係しているのだろう。

 とにかく今は奥に進む事が優先だ。奥からあの不快感が一層強く感じる。進みたくない自分の意思と、進ませたくないという『別』の意思を感じるが、どれも無視して足を進めた。


 そして、恐らく奥地の手前来たのだろう。あの不快感は更に増して感じたが、ソレよりも目で見て分かる、不気味な壁や床とは違う、あの木を見て思った事の一部だ。

 不気味だが同時に感じた、だからこそ一層異様で不気味に思えたあの金色の葉っぱの美しさ。ソレと同じものが今眼前に広がっていた。


 あの美しい葉が、溜め池に落ちた葉の様に、どこかの平原に広がる花畑の様に、床一面を覆い隠す様にに広がり茂った部屋の様な開けた空間。ソレは更に奥の方から漏れる光に照らされ、まるでソレを養分にしてここまで葉を多く茂らせたかの様だった。

 そして、葉が養分にしているであろう光源は、例の核と同様に光輝いていた。その輝きは色んな色に揺らめき、虹色と呼ぶには自然のものとはかけ離れた、腐敗して出て来る異臭を嗅いだ気分にさせる異質さを感じる。だが、同時に抗いがたい力も感じた。まるで、使う事を強要された強力な武器や薬を前にした様な、どこか魅力的にも思えるそんな雰囲気を纏っている。

 どっちにしろ、これを撃つのがオレの目的だ。しかし、これだけのものを撃ったら、確かに反動でどうなるか計り知れない。そもそもどうすれば、『浄化』とやらは成功と言えるのか、そこを詳しく聞かなかったのを悔やみつつ、早く済ませようとオレはその部屋と言うか空間に、足を一歩踏み入れた。


 最初は気づかなかったが、覆い茂る葉や奥で輝く核以外にも、そこには在った。

 核の数歩前、核とオレの間にソレは立ちはだかっていた。ソレはよくよう見れば、ヒトの形をしていた。頭と呼べる部位からは髪であろう長く赤いものが伸びて、一見したら赤毛の長髪が無造作に伸びた姿をしている。体の部分は、よく見えず服を着ているのかは判断出来ないが、それよりも目を引くのは下半身。正確に下半身と呼べるのか、その部位はまるで地面に半分めり込んでいる様で、床や壁を覆い尽くす蔓か何かに覆われて下の方まで隠された様に伸びている。

 どこかで、体の半分が植物の樹木人という種族がおり、遠い昔の戦争時代に数が激減して絶滅危惧種族となったと聞くが、その姿がまるきり今見ているソレと同じだった。なら、アレは樹木人だろうか?

 考えている内に、突如地響きがした。激しいものではなく、地面の深い場所から響いた様で、そこまで体も揺れなかったが、それと同時に、目の前の核の不気味な輝きが増した気がした。コレはまずい、セヴァティアが無理やり力で抑え込んでいるという異変が再発する兆しだとしたら、早く核を撃たねばならない。そう思い、核へと急いで駆け寄った。その瞬間、目の前に立つ『ヒト型』が動いた。

 生きているのか?こんな場所で?そう思考する瞬間の隙を突いて、突如既視感のある影がオレの視界の端に映り、咄嗟に後ろに下がった。

 ソレはオレが立っていた場所に刺さり、地面に穴を開けた。刺したソレが、外で相手した木の根と同じ見た目をしていたが、伸びる根元は壁や床、この部屋を形作る不気味な植物が動いたものだった。

 一体何が攻撃してきたのか、というのは一目で分かる、あの『ヒト型』だ。アレが動き出して攻撃されたのだから当然だ。しかし、アレが一体何なのか分からない。

 更によく見たら死角になっていて見えなかったが、『ヒト型』の腹部を貫くき刺さった剣の様な物が見えた。錆びついているのか茶色くなっており、『ヒト型』の背中から深く突き刺さっていて、あんな状態のまま動いているので、それが異常性を引き立たせた。

 ヤツの見た目がどうあれ、正体がさっき考えた樹木人であったとしても、結界に張られて入られるヤツが限定されるというこの場所にいる事が異常だ。何よりオレを明らかに『敵』と認識している。見ず知らずの他人から恨まれる事は、覚えている限りやっていないハズだ。オレが放浪していた時となったら少し考えるが、少なくとも見覚えの無い種族から初手から確実に命を奪いに来られる程の事はしていない。

 耳を澄ますと、その『ヒト型』は何かを呟いていた。本当にか細い声なので、聞き取れないが。だが、よく聞こうと近づいて後悔した。再び攻撃であろう枝攻撃がきた。外でやり合った時よりも太い植物の枝が、棍棒で叩いたかのような激しい音を立てた。

 そのほんの一瞬だけ、『ヒト型』が何を言っていたのか聞こえた。正直これも聞いて後悔した。聞かなきゃ良かった。


「ころす」


 たった一つの言葉を何度も、何度も何度も変わらず呟き続けていた。そして俯いていたのと前髪らしきもので隠れていた『ヒト型』の目が見えた。

 目らしきものは間違いなくヒトの目の形をしていた。遠目だから細かくは見えないが、色は薄紅色だ。ただ、全く生気を感じられず、まるでヒトの亡骸でも見ているかの様だ。動いた、とは言ったがとても生きたヒトとは言えない、ぎこちなくまるで糸と繋がり操られる人形だ。

 その『ヒト型』が腕を上げ、オレに向かって指を指す動作をした。ソレと同時に大きな植物の根が次々出てきて、オレに向かって波の様に襲い掛かって来た。左右に転がる勢いで躱し、難を逃れたがソレは数秒の間だけ。すぐに次の攻撃が来た。

 一体何なんだ!っと困惑する中、カナイの言葉を思い出した。

 『あの子』と呼ばれていたカナイの知り合いらしき人物。ソイツは『存在』の下へと一人赴き、結局帰って来なかったという。まさか、あの『ヒト型』がその人物なのか?

 いや、だとしてももう千年以上昔の話だ。話の通り既に亡くなっているとして何故腐敗する事無く残って、今こうして襲ってくるのか。

 不死種、という見た目が屍体の不思議な種族は確かに存在するが、アレはそういうものではない気がした。妖精の目で見たが、『ヒト型』には何やらの強い力が集まっているのが見えた。ソレが何なのか判断出来ないだ、あまり良いものとは言えないのは確かだ。

 こうして考えている最中も『ヒト型』は周囲の植物を操り、襲い掛かって来る。アイツが攻撃しジャマしている限り、『ヒト型』の後ろにある核には近づけない。なら倒し、止めるしかない。

 生き物の命を奪うのは最大級のご法度。だが、今はそんな場合ではない。先に倒さねば、こちらが危ない。

 とは言え、現状あの『ヒト型』にさえ近づけない状態だ。どうやら離れて距離を置いてる間はこちらに攻撃をして来る事はないらしく、まるで植物の反応だ。植物の一種で、接触すると何かしらの反応を見せるものがあったハズ。ソレがあの『ヒト型』が見せる反応だとして、どうやって近寄るか。

 ここはもう少し策を講じる所だが、あのセヴァティアやカナイらに鍛えられた為に、こういった場所で出来る事、やる事は一つだと考えてしまう。

 やられる前にやる。あの植物が攻撃してきて、あてる前にこちらの攻撃を相手にてる。それだけだ。非常に頭の悪そうな戦法だが、今はコレが確実だ。何より、もう考えている時間が無さそうだ。

 地揺れがした。恐らく抑えられていた異変が活動しだしたのだろう。いくらあのセヴァティアの力でも、やはり時間の問題なのだろう、早く倒して核を撃たないと危険だ。

 もう考えるのは止めだ。剣を構え、オレはすぐにでも駆ける体勢をとる。そして、地面か床か敬称しにくいものを蹴り、『ヒト型』に向かった。

 オレが近寄り、『ヒト型』が反応した。すぐに植物の根共がオレに向かって伸びて来て、突き刺そうとしたり、叩いたりと様々な形容でオレを攻撃して来た。オレに向かって来ると分かれば、オレが今立つ場所から動けば良い。という考えの基、オレが左右、前後、時に斜めにと躱して行き、なんとか攻撃を耐えた。が、攻撃の中の一つがオレの頬を掠った。中ってしまったと自覚した瞬間、声が頭の中から聞こえた。


「なんで邪魔だおいお前どうしてヒドイこいつ嫌だきらいだお前がどけよ何なんだ」


 ヒドく吐き気を催す言葉の洪水だった。性別はバラバラ、年と若いのや老いたものまで様々で、最早何を言っているのか判断できない大勢の罵声、怒号などが頭の内側を響かせて中身を無理やり出そうとしている様だ。

 気持ち悪い、それしか考えられなくなり、立ち止まってしまった。その瞬間を狙い、植物がまた攻撃を仕掛けてきた。しまった!と思い動くがさっきの言葉の洪水のいんのせいで上手く方向感覚を掴めない。いくつかは躱せたが、また一度攻撃を喰らい、再びあの言葉の洪水が襲う。


「もういや気持ち悪いサッサと消えろ許さないクソなんで私のお守りが」


 一瞬、聞き覚えがある様な声が聞こえた。どこで聞いたか短い時間で思い出そうとして、そして思っていたより早く思い出した。

 学校へと赴いた時、洞窟で魔法傀儡が誤作動を起こし、そこから逃れる途中で落し物をした生徒、ソイツの声だ。なんで今ソイツの声が聞こえたんだ?そう思ったが、次の攻撃を躱すのに精一杯でそれ以上考える余裕が無い。

 足に攻撃を喰らったのと、声の洪水の余韻のせいで上手く立ち回れない。もう『ヒト型』に近づく事も出来ず、距離だけが開く。また揺れが起きた。さっきより大きな長い。急がなくてはいけないと、気持ちが急いて体勢を立て直せない。

 自分でも自覚している。落着け、冷静になれ、このままじゃダメだ、ちゃんとしろ!オレの頭の内側から自発的に言葉が出て来て、逆に落着けずにいて更に焦る。

 また攻撃が来て喰らった。横っ腹に植物が槍の様に掠り、痛みでもだえるヒマも無く、あの言葉の洪水が襲い掛かって来る。


「また来た汚いあっち行け見るんじゃねぇお前なんか売って近寄るなどうせ消えたって誰も二度と来るな」


 他にも声が聞こえたのに、何故かその言葉がやたら大きく聞こえた。そしてその声が、過去にオレが実際に言われたものだと思い出すと、攻撃を受けていないのに声が聞こえた気がした。


「ひどいよ…あんなになぐって、わたしのこともそんなふうにするの?」

「こわいこわいこわいこわいこわいこわい」

「あくとうのばけもの」


 気づいたら逃げていた。痛む場所に手を当て、見えない何かから遠ざかる為に足を引きずりつつも走った。おかげで『ヒト型』から距離が離れ、攻撃が止んだ。本当に植物の反応だ。おかげで安心した。

 フと思った。全てのヒトが植物だったら良かったな、と。植物ならば手を出さない、足でヒトを蹴らない、そもそも言葉を発さないから罵られる事も無い。顔も無いから見たくない表情を見る事も、目を向けられる事も無いな、と。

 実を言うと、この考えは過去、放浪していた時も考えていた事だ。親の顔など覚えているワケも無く、まともに育てられる事もそもそも食べさせてもらう事さえ無い毎日にうんざりして、仲の良さそうな家族の姿なんて、全てウソか幻に過ぎないとさえ思っていた。

 実際、本当に幸せなヒトだっているんだろう。だが、自分自身の背景を考えたら、それらを肯定する余裕なんて無いし、夢を見るなんて、バカにしか出来ない事だと決めつけていた。

 ヒトの人生は半分が不幸で、もう半分は幸福である。だから、例え今が不幸でもいつか幸福が訪れる。何て言葉は誰が言ったか。それも誰かおめでたいヒトが考えたデタラメではないのか?

 そもそも、幸福や不幸とは、感じて分かるものなのか?実際に感じたとして、コレが幸福だ、コレが不幸だと判断出来るものなのか?

 そおそも、オレの幸福って何だ?今そんな事を考えている場合じゃないと思っていても、今まで考えなかった事ばかりが何故か頭に中を占める。

 放浪していた時やあの孤児院での出来事が不幸だとしたら、オレの幸福は何か。やっぱり無いのでは無いか?だとしたらヒドい人生だ。考えるだけで生きる気力を失う。

 …そういえば、なんで今もオレは生きているのか。オレがこんな状態に、こんな状況になるまで生きていた理由。

 思い出したのは、あの過酷な降雪の土地を帰還中、気分が沈んでいる最中のあの出会いだった。


     2


 雪景色の続く、生き物の体力を蝕む過酷な世界の中。オレはセヴァティアから言いつけられた用時を済ませ、徒歩で先に言われていたまちへと向かっていた。今思い返しても、徒歩で雪山を下りて、雪原を突き進むってただの自殺行為だな。

 道中、崩れた建物が何軒も並ぶ場所に出た。ここはセヴァティア達から教わった廃墟地帯だったか。どんなまちがあったかまでは知らさせていないが、結構な広さだ。何があって廃墟になったのやら、検討がつかない。

 そんな廃墟の中を、考え事をしながら彷徨うかの様に歩いた。


 何も変わらない。変わるとすれば、それはオレの近くにいるヒトだけ。むしろソレがオレにとっての当たり前だ。今更期待したって意味が無い。ヒトと親しくしても、逆にツラいだけ。そんなものだ。仕方ない。


 当時からオレは何事にも前向きには捉える事が出来ずにいた。カナイ達と出会い、学校で魔法を教わり、むらではあt家仕事を手伝い、放浪したいた時よりはまともに暮らしてきた。だが、それでも他のヒトへと疑心は抜けない。

 だれにも相手にされず、時には裏切られ、そしてオレ自身もヒト裏切った。今更ヒトと距離を近づける意味を見いだせなかった。

 …歩いている最中、何かの気配を感じた。明らかに生き物の気配だ。何かが近くにいる。何だろうか?土地を渡って他所のナワバリを襲う黒小鬼というのがいると聞くが、ソレか?イヤ、それにしては小さく弱々しい。

 辺りを見渡すと、廃墟と廃墟の間、その空間の隅に置かれた廃材やら木箱、その中から気配がする。確認するべきか一瞬戸惑いがあった。どうせ廃墟に棲みついた動物か何かだろう、見る必要は無いと。

 だが、何故か気になってしまう。先に進もうとするが、足が止まってしまい、隅に置かれた木箱に目がいってしまう。恐らくこのまま廃墟を離れても頭にシコリが残りそうだと思い、意を決して引き返した。

 近づいて分かったが、明らかに変だ。他の場所や物には雪が厚く積もっているが、一つだけ、雪がほとんど積もっていない木箱があった。誰かが積もった雪を払って中に何か入れた?サッサと見て先に進もうと箱に手を掛け、開けた。

 箱はあっさりと簡単に開いた。そして中を覗き込んで、オレは驚いた。まさかこんな場所で見るとは思わなかったからだ。ソレは生まれて一ヶ月経ったか定かではない赤ん坊だった。今にも泣きだしそうにぐずっている。

 気配の正体が赤ん坊だった事に驚き、数秒だけ動きを止めたオレは、すぐに正気に戻りどうするか悩んだ挙句、その赤ん坊を抱き上げていた。赤ん坊の抱き方を知らないせいで、ヒトがその姿を見たらすごくぎこちないものだっただろう。

 途端、赤ん坊はぐずるのを止めて目を開き、オレの方を見た。大きな翡翠色の目が目に留まり、この後どうしようか悩んでいると、赤ん坊は突然楽しげに声を上げ、オレの顔に向かって手を伸ばしてきた。咄嗟に手を抑えて止めろと言った。通じるワケないと思ったら、声に反応して手を伸ばすのを止めて引っ込めた。まさか言っている事が分かっているのか?まさかな。

 さて、本格的にどうしようか。一度抱き上げた以上、箱に戻すなんて出来るワケが無く、結局そのまま連れて行く事にした。赤ん坊は思っていたより重みがあり、そして暖かかった。


 戻った時、オレが赤ん坊を連れて来て非常に驚いていたカナイやセヴァティアは、すぐに持ち直して赤ん坊についての話し合いをした。

 オレとしては、赤ん坊は施設に預けるものと考えていた。オレが拾って来たとは言え、オレには剣術の修行や守仕としての仕事がある。それに、正直オレに子どもの相手は今一番出来ない事だと思っていた。

 だが、それに反してカナイ達の答えは、拾って来たオレが面倒を見ろ、との達しだった。命を見守る事も守仕の役目だと言い、たまに私達も様子を見に来るからと言って話を絞めた。なんてこった。

 オレが途方に暮れていても、赤ん坊はそんな様子のオレなどお構いなしに、楽しそうにきゃっきゃと声を出して笑っていた。コイツ…と少し呆れと怒りが込み上げたが、赤ん坊の顔を見てそんな気持ちはすぐに無くなった。よく考えれば赤ん坊には何も罪は無いし、むしろ被害者なワケだからな。

 仕方なしと、オレは修行と並行して赤ん坊の世話をする事になった。後に赤ん坊には『アサガオ』という名前が付いた。名付け親はオレだ。


 こうして、オレはアサガオとの生活が始まった。当然だが、最初の頃はものすごく大変だった。この世の中の親はどんな体力を持っているのかと疑いたくなるくらい、赤ん坊は忙しなく動き回った。這って移動できる様になると、見境なくあちこちに近づき、刃物や火に遠慮無く触ろうとした。本気で焦った。

 後よく引っ掴んで引っ張る。そんな細く小さい腕のどこにそれだけの力があるんだと思った。髪の毛を引っ張るのは勘弁してほしい。

 そして泣いて泣いて泣きまくった。孤児院にいた頃も喧嘩したり転んで泣くヤツはいたが、何もなしに泣かれるのは初めてで、何をすれば良いか混乱し、こっちも泣きそうになった。

 少し経ったら泣く事はなくなった。カナイらが言うに、アサガオは泣く期間が短く珍しい方らしい。ほんの少し大きくなってくると、オレの後をついて回る様になった。そしてオレのマネをする様になった。何が楽しいのやら分からない。

 剣術の稽古をする間はカナイ達が面倒を見ていたが、基本的にオレが近くにいる事を選び、カナイ達に嫉妬の目を向けられた。ワケ分からない。何より、剣を振るっているオレを見つめて、アサガオは何が楽しいのだろうか。


 そんな毎日が続いた。ただ一緒に起きて食事し、むらの仕事を一緒に手伝い、出掛けて一緒に帰って食事し、眠る。ただそれだけを繰り返した。

 本当になんでもない日々だった。退屈とは無縁の忙しなく休みヒマさえない日々だった。だけど何故か、そんな日が続く事にイヤな気持ちは湧かなかった。

 怖くもあった。あの事件が何度も頭に浮かび、目の前に浮かび、悪夢を見る晩が無い日が無かった。それでも、オレは生きていた。

 こんな日を送れるとは夢にも思わなかったから。だからオレは生きていく事が出来たと思う。

 拒絶が無い、怯えられない、疎まれない世界でなら、オレは生きていられた。

 だが、そんな日々はまたオレの前から消える。《


 その日は雨が連日降り続け、陰り暗い日も続いた。そんな時、土地守に緊急の仕事が来た。オオカミの群れが襲ってきたとむらのヒトがヒドく焦った様子でカナイの下へ報せに来た。怪我人も出たと言った。ずぶ濡れのままで息を切らし、急ぎ走ってきたのが分かる。

 運悪くセヴァティアは不在でオレとカナイとでオオカミの対処をする事になった。アサガオもいつも通り行くと言ってきたが、家に色と言い聞かせ、そのままオレらは外へと飛び出す様にして行った。

 思えば、ちゃんと見ておくべきだった。

 オオカミは、どいつも正気を失っており、群れの統率者が毒に侵され、伝染したのが原因だという事が後に分かった。いくらヒトを傷つけた動物であっても、命を奪えば穢れが出る。それは土地守として、守仕としてはあってはならない。なるべく傷を付けぬ様、且つ毒に侵されたという統率のオオカミを倒す事を優先して動いた。

 カナイは統率のオオカミを抑えると言い、オレは逃げた数等のオオカミを追う事になった。森の中を動くのは得意だが、ソレは相手も同じだった。何より動物の身体能力は高く、しかも正気を失っていて、見境が無い。

 もしかして、巨体オオカミの相手に手こずったのは、この時の事を思い出すからだろうか。

 オレが追っていると気が付くと、オオカミ共はオレに牙を向けて襲い掛かった。すばしっこいオオカミを、しかも数体も同時に相手するのは苦戦を強いられた。

 時間が経ち、雨が降って体力の消耗が激しく、オレもだんだんと意識が朦朧もうろうとしてきた。その時、濡れた草に足をとられ、滑って転倒してしまった。その隙を突かれ、オレはオオカミに肩を噛みつかれた。痛みで悲鳴を上げ、更に意識が薄らいだ。瞬間、変な感覚になった。

 オレに魔法を指導した先生曰く、オレは常に魔法の力を微量ながら蓄える体質らしく、妖精の中でも珍しいらしい。だが、魔法の扱いを知らぬままでいた為に、興奮状態に陥ると無意識に身体能力を向上させてしまうのだという。同時に正気を保てなくなり、意識を失うか、見境なくヒトを攻撃してしまうのだとも。オレが昔、泥棒に怒り、遠慮なしに殴りつけたのも、ソレが原因だろうと言った。きっと、オオカミを相手にした時だってそうだ。

 オレが頭をぼんやりとさせ、オオカミを斬りつけていた。斬って倒す事に何も感じなかった。ただ斬る、倒す、ソレだけを考えていた。

 オオカミ全てが動かなくなったのを見ても、まだぼんやりしていた。むしろまだ何かを斬るという事ばかりが頭を占め、他に何も考えられなくなっていたのを覚えている。

 その時、すぐ近くの草むらが揺れたのに気づき、そこにいる『何か』を斬ろうとオレはゆっくり近づき、剣を振り上げた時、カナイの声が響いた。


 バカ止まれ!ソイツは!


 カナイが何かを言い切る前に意識が途切れた。気づくとオレは雨がまだ降る外で倒れており、セヴァティアがオレの顔を覗き込んでいた。その表情にいつものひょうきんさは無かった。

 一体何があったのかを思い出そうと上半身を起こし、周りを見た。オレから離れた場所にカナイがしゃがみ込んで、何かに話し掛けていた。すごく焦った様子だった。そんな様子のカナイが何に話し掛けているのか気になり、視線を動かした。すぐにオレは絶句した。

 そこにはアサガオがいた。アサガオは座り込み、そして泣いていた。頭を自分の手で押さえ、その上をカナイの手が重なって同じように抑えている。

 アサガオの頭が赤くなっていた。血が流れていたからだ。何故血が流れているのか、何故アサガオは怪我をしているのか、徐々に思い出して、オレは頭の中が真っ白になるのを感じた。

 オレだ。オレが斬ったんだ。恐らく言いつけを破り、家を勝手に出てオレの後を追ったのだろうアサガオは、オレを見つけるや否や、様子の可笑しいオレを心配して近づいたんだ。そしてソコをオレは自分で剣を。

 そこまで考え至って、オレは声を出さずに悲鳴を上げた。さっき出した痛みによる悲鳴とは比べ物にならない位大きく、本当に声が出ていたならノドを潰れていただろう程に。


     3


 思い出して、再びヒドイ人生だと思った。孤児院で暮らし、やっとまともに暮らし始めたと思った矢先にあんな失敗をした。

 そしてまた一人になって放浪し、土地守と出会って苦労をして、そんな中出会ったアサガオの存在は、オレの中の痛い場所を的確に突いた存在だった。と同時にオレの『一部』の様に思えた。

 そんな中でのあの出来事。同じ様な失敗に反省の色も感じられないオレ自身のバカさ加減に、怒りを通り越して呆れた。

 そんな風に自分の出来事や、その時の思いや感情を振り返って、オレは分かった。あの『ヒト型』の攻撃を喰らって聞こえた声、そして聞き覚えのあるあの声は、オレがあの時占めた感情と同じだった。

 誰かに対して感じた怒り、誰かに仕返しをしてやりたいという憎しみ、そういった負の感情が凝り固まったものがあの声だ。更に何かを失って胸を占める悲しみや、同情しつられて沈んだ気持ちになる事さえも、負の感情の一部なのだ。

 思えば、今まで負の感情を出さないヒトや動物を見た事が無い。濡れ衣を着せられ、いきどおり諦めを見せた小鬼。棲みかを失い、他所の土地を移らざるおえなかったモグラ共に、畑を荒らされ怒る農家達。そして大事な物を無くし、悲しむ生徒。皆何かしらに怒り、泣いて負の感情をむき出しにしてきた。

 『存在』は広く根を張っていると聞いた。そして負の感情が集まり、異変が起きたと。もしかしたら意識的に負の感情を集めたワケではないかもしれない。『存在』はヒトの思いをみ取る力を持ち、ただ多くのヒトが『そう願った』だけかもしれない。

 だって、常にヒトは、動物は負の感情を出している。誰かを助けた事で、他の誰かを見捨てたかもしれない。誰かが望むものを手に入れ、誰かは望むものをとられてれに入れられなかったかもしれない。誰かが嬉しいと感じる事は、逆に他の誰かにとっては悲しく、嬉しくない事かもしれない。そんな事が溢れている。

 だからこそ、『存在』は異変を起こしたのかもしれない。当たり前の事だから、例え確固たる意思を持っていたとしても、きっと同じように異変を起こしただろう。だって、多くのヒトがそう望んだのだから。

 何かが欲しい、でもアイツがジャマだ。だからアイツを消してほしい。幸せになりたい。でもアイツがいると幸せになれない。だから消してほしい。アイツがいなければ良い。

 そんな、誰かを少しでもジャマだ、見たくないと思う気持ちが集まり、固まったのが異変の全てだ。ヒトの負がヒトを傷つけた。『存在』は切っ掛けに過ぎない。

 誰もが負を持っている。負を悪とするなら、誰もが悪者だ。ヒトを助けたい善人でさえ、他人にとっては悪人になる。誰もかれも、動物でさえ悪者になる。

 この世界は、悪しか存在しない。


 ヒドい世界だ。道理で生きづらいワケだ。だって誰もは悪を憎んでいる。憎まれれば肩身の狭い思いをして、平穏に暮らしていけるワケが無い。平気だと口で言おうと、きっと誰かが動いて、ソレを切っ掛けにソイツはヒドい目に遭う。結局だれも平気ではいられない。

 そしてオレも、悪者の一人だ。存在を否定され、他人を傷つける事しか出来ない、ヒトの形をした害なんだ。だからいつもツラい思いを感じている。そういうものだから。

 今まで生きてきたのも、運が良かっただけだ。きっとそうだ。

 本当に?本当にソレだけでオレは生きてきたか?もっと他にあったハズだ。忘れてはいけないものだあるだろう。

 頭の中で自問自答して、頭の隅を追いやったものを出そうとする。でも、上手く思い出せない。まだ体の傷と声の洪水の余韻が残っているから。何より、もう疲れた。

 ここまでカナイに言われ戦い、山にも登ってまた動き回って、好い加減体力の限界だ。いくら鍛えてたって妖精種の元の生態の事もあり、体力は少ない。

 むしろよく動いたと自分で褒めてやりたい。…こんな時、何かを察してか頭を撫でてくるヤツがいたな、と思い出していると、オレの頭を何かが触る感触が伝わった。

 気づくとオレは目を閉じていて、何がオレに触れているのか確認するためにゆっくりと目を開けた。

 そこにいたのは、何時もよく見る幼い人間の子、最初に見た大きな翡翠色の目は変わらず、オレが目を開き、自分の事を見ていると分かると、不安そうな表情からすぐにパッと明るい笑顔になった。


「…アサ、お前…なんで。」


 今目の前にいるアサガオの存在を認知出来ても、理由を頭で模索しきれず言葉足らずになってしまった。何より未だ言葉の洪水がオレを蝕んでいて、本当に目の前にアサガオがいる事が信じられずに凝視した。

 そんな混乱状態のオレを置いて、相変わらず嬉しそうにオレの頭をなで、声を出して喜びを表していた。良かったねとか、元気を分けるねとか、意味の分からない言葉も言った。

 変わらないコイツの言動に、何故か呆れつつも、どこか安心さえして目元が潤み、視界が霞む。


 そういえば、結局あの後どうなったか、今思い出してきた。

 あの後、オオカミの群れは統率者が侵された毒を浄化された事で正気に戻り、怪我人は出たものの、死者は出なかったという事で騒ぎは治まっていた。

 オレが斬りつけたオオカミ共も命に別状はないらしく、怪我が治りしだい、群れと合流し、棲みかへと帰ったという。

 他のヤツはそれで良かったのだろう。だが、オレはあれから、家に籠っていた。カナイから事の顛末を聞き、アサガオの状態を聞くだけで、他に何もしなかった。


 アサガオは無事だ。傷は出来たが、ギリギリの所でお前は正気を取り戻していて、アサガオの傷も浅く済んだ。…今回の事は私達にも責任がある。まだお前は完全に魔法の力を制御しきれていないと知っていながらも、お前を前線に出した。アサガオを一人にした事だって、私達は気にも留めなかったからな。だから、お前一人が責任を背負う事は無い。大丈夫だ。


 それからカナイは、オレにあれこれ言った後、アサガオを預けたむらの方に行くと言って、オレから離れた。

 …何が大丈夫なものか!結局またオレはヒトを傷つけた。しかも今度はオレが直接手を下してしまった。アイツは泣いていた。言いつけを破り、勝手について来たアイツも悪いが、アイツはただ心配でついてきた。ソレは分かっていた。そんなアイツをオレは剣で傷付けた。本当にヒドい悪党だ。

 今アイツはどうしているか。止血して安静にしていると聞いたが、そんな心境でいるのか。あの子と一緒だろうか。信頼していたヤツの恐ろしい姿を見て怯える、梔子色の子の姿を頭の中に浮かぶ。

 もう会えない。そう確信してしまった。何より、自分を傷つけるヤツと一緒に暮らすなんて、恐ろしくて一緒に居られるワケが無い。

 放浪していた自分に投げかけられた誰かの言葉を思い出す。


 誰もお前の事なんて気にしないし、いなくなったって何も変わりやしないさ。


 誰が言ったか覚えていないのに、言葉だけはそのまま覚えていた。誰にも相手されない、必要とされない。そんな現実を受け入れつつも、どこかで受け入れきれない自分がいて、もどかしい思っていたのは事実だ。何をしても傷つける事しか出来ない自分にも、傷つける以外でヒトを助ける力がないかと、考えた事もあった。

 だが、結局は結末は一緒だったと落胆し、オレはカナイにここを去る事を伝えた。アサガオには一言謝るつもりではいた。以前は一言も話さないまま出て行ったから、その事が心残りとなっていて、今回はちゃんと話してから去るつもりでいた。

 カナイには当然止められた。考え直せといった旨の事を言われたが、もう決めた事だった。ここにはいられない。当然の事なのだと。

 すると、扉が相手誰かがオレとカナイが話をしている部屋に入って来た。ソレはアサガオだった。頭に巻いたばかりの包帯が目に入り、心臓を締め付けられた感覚になったが、どうしたか、と聞く前にアサガオが駆け寄り、オレにしがみ付いて来た。何があったと聞こうといたが、ケガの事があり、つい尻込みして上手く声を出せず、必死にしがみ付くアサガオを見ているだけだった。

 代わりにカナイがどうしてオレにしがみ付くのかとアサガオに聞いた。すると、アサガオは涙声で謝りだした。何を言っているのか分からず、アサガオの言葉を聞いた。

 いいつけをやぶってごめんなさい、おこらせることをしてごめんなさい、だからどこにもいかないで、ずっといっしょにいて、と。

 どうやらアサガオはオレに斬りつけられたのは、自分が言いつけを破ってソレにオレが怒ったからだと思い、怒りが収まらず家を出ようとしている、と思っているらしい。

 何とも幼い子どもが考えそうな単純で、我が儘な言い分だ。

 だが、何故か、そんな子どもらしい言葉にオレは、涙が止まらなかった。

 自分なんていない方が良い、そう思っていた矢先にこんな我が儘を聞いて、『嬉しい』と感じるなんて、オレもなんて単純な生き物なんだろうか。

 必死にオレの足にしがみ付くアサガオの手を一旦解き、ゆっくりとオレはアサガオの背に腕を回して抱きしめた。どうしてもオレがそうしたかったから、出来る限り弱く、それでも出来る限り強く抱きしめた。

 アサガオも、一旦解かれた事にまた涙を増したが、オレに抱きしめられた事に気付くと、今度はアサガオの方が力一杯抱きしめ返した。耳の近くから聞こえるアサガオの声は、もう泣いておらず、逆に微かに笑っているのが聞こえた。


 アサガオは変わらない。変わらず笑い、そして怒ったり泣いたり、我が儘ばかり言う。カナイ達はアサガオを『良い子』と評するが、そんな事は無いとオレは思う。アサガオは、良い子などではない。むしろどんな子どもよりも自分勝手な人間だ。少なくともオレが出会った中で一番だ。

 だからこそ、オレはコレ以上自分勝手なヤツはいないとアサガオと比べ、そして余裕を持てるようになった。

 口ではイヤと自分で言うが、それでもオレはどこか安心した面持ちで対面出来た。あの頃と比べれば、アサガオほどヒドイヤツはいないと、そんな気持ちが持てた。

 そして今回、またコイツはヒドイ我が儘を見せた。あれだけキツく、怒鳴りまでしたのにコイツはオレの後をついてきた。あの時泣いて反省したと思ったのに、本当に我が儘で反省の出来ない人間だ。

 本当に、お前がそういう人間で、オレは助かった。


 そんな心境のオレに待ちくたびれたのか、再び地揺れが起き、オレの意識を覚醒させた。そんな中でもアサガオは相変わらず状況が分かっていないのか、周りをキョロキョロと見渡しては、首をかしげている。本当に呑気なヤツだ。

 とにかく、一休みしたおかげで傷の痛みを少しは治まり、先ほどまで頭の中を占めていた声をもう聞こえない。だが、自体が治まるどころか悪化しているという事実を再認識して、オレは目的の方へと向き直った。

 オレが離れた距離にいたから、本当にあの『ヒト型』も『植物』も無反応で襲い掛かって来る気配が無い。でなければ今頃アサガオも餌食になっていたワケだが、本当に植物しのものの反応だ。

 オレは立ち上がり、剣を持ち直して鼻で大きく息を吸って吐いた。アサガオはオレが動き出すと同時に一歩下がり、オレの姿を見て表情を引き締めた。こういう時だけ、本当にコイツは雰囲気を読んでいて、分かっているのか分かっていないのか、読めないヤツだ。


「アサ、そこを動かず、ただオレの背中だけ見てろ。お前は今、そうしているだけ良い。オレが助かる。」


 前を見てから振り返り、アサガオにそう言い聞かせて構えた。するとアサガオは応援しても良いかと聞いて来た。声に関しては少し不安があるが、大丈夫だろう。もし声に反応してアサガオに標的を替えても平気だ。

 そうなっても、いつも通りオレが守れば良いだけだ。

 応援しても良いと聞いて、アサガオは目を瞬かせて笑った。動くよ、という声にも返事し大きくうなづいて見せた。準備完了として、オレは核と、そして『ヒト型』へと目を向け、合図も無く駆け出した。


     4


 オレが駆けだしたのと同時にいくつもの植物が槍の様に突き立てて、オレに向かって伸びてきた。ソレをオレは難なく躱しながら駆け続ける。アサガオはオレが駆けだすと同時に大きな声でオレに声援を送っていた。

 植物の攻撃を躱すのがさっきよりも速く、より機敏に動けている様に思えた。ソレは一休みし気持ちを切り替えた為か、それともアサガオが後ろにいて応援してきてる為か、確かめる術はないし、今は気にする必要は無い。オレが今するべきは、『ヒト型』を撃ち、そして『核』を撃つ。それがけだ。

 植物の槍をギリギリで躱し、時には植物そのものを踏み台代わりにして跳び、他の多数の植物の集中攻撃を躱した。これだけ躱し、『ヒト型』との距離もあと僅かだった。

 すると、ただ体を揺らし小さく呟くだけだった『ヒト型』にも別の動きが見られた。『ヒト型』の上半身らしい部位から生えた腕らしきものが自身の背に伸び、何かを掴むと勢いよく掴んだものを前の方に出し、もうすぐ近くまで来ていたオレの眼前に突き出した。

 ソレは、『ヒト型』の背から腹を突き破る程深々と刺さっていた剣だった。見た目からして錆だらけでとても武器として使えなさそうに見えたが、『ヒト型』の腕で持ち、咄嗟に前に振ったオレの剣を交えた瞬間、錆びているとは思えない重さを感じた。

 何より『ヒト型』のあの剣の構え、一目見て素人の動きではないと分かる。明らかに剣術の指南を受けた動きで、その時点で戦いの熟練を感じ、カナイら土地守と関わり合うヒトだった可能性が高まった。むしろ話に出ていた人物と考えても可笑しくない。

 とにかくこの『ヒト型』の剣を突破しないと核には届かない。相手は地面あるいは床に根を張った姿をしているから動く事は無いだろうが、『ヒト型』が動かずとも周りの植物が代わりとでも言う様にして襲い掛かって来る。

 幸い『ヒト型』にある程度近づくと、植物は反応して攻撃してくる事が無くなったから、『ヒト型』の相手に専念出来る。それでも、『ヒト型の』剣技は強い。動かないからと、『ヒト型』の死角から斬りかかったが、オレの方を見もせずに剣でオレの剣を受け止めた。普段だったらセヴァティアから苦言を呈されそうなオレの動きだろうが、コイツ相手ではもう卑怯だなんだの言っていられない。何よりあっさりと防がれたのだから、手段を選んでいられない。

 後ろから再びアサガオの声援が聞こえた。どうやらヒトの声には植物も『ヒト型』も反応せず、アサガオが立つ場所は安全だと知れた。尚の事、オレは前を見て戦えた。

 剣の打ち合いは数秒だけだったが、伝わる剣の重さが腕に響き、こちらの方が剣として形を保っているにも関わらず、こちらの方が先に折られてしまいそうな重量を感じる。

 だが、関係無い。

 異変の状況も考え、早々に決着をつけよう。オレは、セヴァティアに教わった『技』を使う事を考えた。


 セヴァティアには剣術の基本の他に、応用としてセヴァティアが考案したという剣技がある。だが、あのセヴァティアが考えたものとあって、どれもとても人並みでは扱えないものばかりだ。なんだよ、落ちて来る枯葉や花びら『全て』を両断する技って。ヒトの限界を軽くすっ飛ばしていて、教えられても使える気が全くしない。

 他の技もそんなカンジで、使えそうなものが無い中、オレでも使えそうな技が一つだけあった。もちろんソレを習得するのにだって鍛錬が必要だ。それでもオレはその技一つを習得するためにセヴァティアとの鍛錬に耐え抜いた。

 その技は戦いの中でたった一度しか使えない、一撃必殺の技。この命を奪う事が制限とされ、一部の危険生物討伐でのみ赦された行為をする為の技だ。オレ自身、鍛錬して使えるようになったが、使った試しが無い。実質今がぶっつけ本番だ。

 オレはワザを使う為、一度後ろへと下がり、剣の刃を自分の後ろ、背へと向けて構えた。

 オレが駆けだすのを合図に、植物が再び襲い掛かって来る。そんな植物にも目もくれず、そして全てを躱してただ目の前の『ヒト型』に向かって走った。

 『ヒト型』も何かを察したのか、叫ぶかの様なケモノの咆哮の様な音を口から上げ、錆だらけを剣を振り回した。だが、大振りとなっていて躱すのは簡単になっている。オレは『ヒト型』の目の前ギリギリの所で止まり、足を曲げ姿勢を低く、頭を下げた状態のまま、自分の手の剣を『ヒト型』の胸目掛けて突き立てた。

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