第8話 山の中腹で回顧

 それは、本当に遠い昔の事だ。


 遥か昔の事、世界には数多の種族、動物が存在した。それらは互いに支え合い、共存して生きてきた。しかし、永く時間が経ったある日、違う種族同士でいさかいが起こった。ほんの小さなその争いは、いつしか他者へと広がり、次第に争いは大きなっていき、遂には互いの命を奪い合う『戦争』にまでになった。

 戦争は争いを生んだ当人だけではない。関係の無い者や弱いヒトや動物も巻き込み、多くの生き物の命を奪っていった。

 そうした争いが何故起こったか、それはヒトの心を操る『マオウ』が『出現』したからだ。マオウは多くのヒトの心の中の『負の感情』を高ぶらせ、穏やかな性質を持つ者まで攻撃的な者に変えてしまう恐ろしい存在と言われ、マオウの『出現』に人々は絶体絶命の状況に追い込まれた。

 そんなある日、ヒトの中にマオウと相対出来る存在が『出現』した。人々はその存在を『ユウシャ』と称し、ユウシャに世界の行く末を託した。


 この話の結末は知っているな?そう、今の私たちの現状がそうだ。マオウはユウシャによって倒され、世界は平和になった、ってな。

 だが、この話の真実はそんな良いものじゃない。そもそもマオウが出現して世界は争いが起きた、とされているが、それこそが間違いだ。

 逆だ。世界に争いが起きたから、マオウは『出現』したんだ。

 世界には数多くの種族が存在し、それぞれは個々の強い意思を持っている。故に、互いの意思の齟齬そごが起き、そうした意思がぶつかり合って争いは起きてしまう。それがただ拡散して世界規模へと広がった。それだけなんだよ。


 そして『マオウ』、これは人物を指す名称でも肩書でもなんでも無い。『マオウ』とは『現象』だ。ある『存在』が人々の『想い』を汲み取り、現実の物となった災害を指す言葉だ。

 戦争が激化し、幾人もの命が散っていく中、突如『見えない何か』に人々が襲われ始めた。更に、戦いに参加していない非戦闘員が凶暴化し、命の奪い合いが始まった。これが戦争が激しくなった一連だ。

 そして、人々の『感情』や『想い』を汲み取り、現実の物へと変えたその存在こそが、今回の異変の核だ。


 それは、ヒトが生まれるまえから存在していたとされる。大地深くまで根付き、世界を支え、その根から人々の『想い』と汲み取り、叶える力を持っていた。

 最初こそ、誰かを助けたい、家族を守りたい、といったささやかな願いだったのだろう。次第にヒトが増えていき、願いは欲深いものへと変え、結果として『他者に滅び』なんて願いが生まれたしまった。それも、数多くのな。

 当然、その存在は叶えたさ。そして実現した。それが戦争中に起きた最悪の異変の真相だ。


 結局は、ヒトが争いを始めて、異変もヒトが原因で、何から何までヒトが起こした事。ヒトそのものが背負う責任とでも言うか。

 だが、それでも世界を救わねばならない。私達が生きてきた土地、環境全てを。そして、誰にも代えがたい『あの子』の為にも、救ってやらねばならない。


     2


「結局、さっきから言ってる『存在』ってのは何だ?」


 話し込んでる最中だが、疲れて眠そうに眼をこするアサガオをなだめつつ、立つ場所を変えてオレは答えを急かす様にして聞いた。今起きている異変が、過去に起きた事と酷似している事から、過去の出来事が今回の異変に関係している、もしくは原因が過去のものと同じでは?という結論を先ほどカナイ達から聞かされた。

 その過去の出来事が何かをオレは今まさに聞かされており、どうにも気になる単語がれつしており、今一番気になる事を早速質問した。


「正直に言うと、その『存在』の詳細が私達からでも説明出来ん。何せ、私達の目には『見えなかった』のだからな。」

「見えなかった?」


 カナイの口から出た言葉を反復して疑問を投げかけた。何か巨大な力を持ったものがいる、という事は感じれるが、それを視認出来ず、しかも近寄る事も出来なかったという。


「結界、だったんだろうな。それに拒まれ私達では見る事も近づく事も出来ず、詳しく調べる事が出来なかったんだ。だが、辛うじて地中の『根』は認知出来てな。その周囲を調べられて」

「待て、アンタらには見えなかったんだよな?なら何故さっきからその存在の一部?とかそういった部分の事を植物の『根』と称するんだ?」


 聞いていて気になった事を再び聞いた。話していたカナイ達はそう言えばそうだった、とでも言いたげな表情をして、オレの問いに答えた。


「それはその『存在』を唯一視認出来、近づく事が出来た『奴』がいてな、そいつの話からその『存在』は『木の姿』をしていたと聞いたんだ。」


 あくまで人伝だから、見えないものをそうだとはっきりと断言出来ないが、言った当人の事をカナイらは信頼しているらしく、だから部分的に植物として言い表しているらしい。

 よりにもよって『そう』くるか。…まぁ良いか。すっかり眠り込んだアサガオを木の陰に横たわせ、オレはその場を後退しつつ納得し話を聞いた。


「とにかく、私達は戦争中の異変をなんとか止めるため、我々はその『存在』の根の部分を徹底的に調べたんだ。」

「でも、やっぱり見えない触れないぼくらじゃあ、なかなか苦戦してねぇ。やっと見つけた打開策も、ちょっと納得はしていないんだ。」


 打開策、という言葉をクロッカスは苦そうな表情で口にした。カナイもその言葉を聞いて、うつむいてしまった。土地守らにとって、よっぽど打開策とやらは苦肉の策だったらしい。

 それにさっき出てきた、カナイ達には見えない『存在』を唯一視認出来る存在。勘ではあるが、その人物とその打開策とは何か関係がある様に思えた。


「んで、その打開策ってのは結局やったって事なのか?」


 聞いたら、今度は黙ってしまった。沈黙は大体肯定の意味にとられるが、やったとして余程嫌な結果になったのだろう。表情を見てすぐ察する事が出来た。


「さっき言っただろ?結末は世界が平和になっておしまいってな。やって、異変は治まったさ。おかげで戦争永久停止令が出てな、今後一切大規模な争うごとは禁止するって事も決まって、こうして戦争の影も無い世の中になったのだからな。」


 何やら皮肉でも言っている様な言い方に聞こえる。そしてそれが、言っている本人を一番傷つけているていにもなって、聞いてるこっちが悪い事をしたとでも言われている気分になる。

 だが、次の瞬間。カナイの表情がさっきと打って変わって、何か悪い事をして白状でもしたヤツみたいな、弱弱しく目を細めて遠くを見ている表情になるのを見て、オレは黙って話の続きを待った。


「…打開策と言うのはな?要は生贄さ。さっき言った、唯一『存在』を認知出来るソイツ、『あの子』が『存在』の中心へと行って『存在』の核を撃って、力の循環を一度初期化して自己再生を誘発させるというものだ。私らなりに言うと『浄化』と呼んでいたがな。

 その『存在』は、力を大きい分、何かしらの自己防衛機能が備わっている様で、それを応用したものなんだがな。それだけ力を強い『存在』核を間近で害を加えるとなれば、当然加えた本人に強い反動がくる事は分かっていた。…分かっていて、私達は向かわせた。止めろ、行かなくて良いと口で言っておきながら、私達は何もせずただ黙って行く姿を見るどころか、見て見ぬふりをしたんだ!」


 最初は絞り出すように声を出して、だんだんと声量が強く、大きくなっていった。言い終える頃は息を切らし、目には薄らと涙が貯まっていた。

 言った事は大半事実だったのだろう。カナイの中で、自分は『あの子』を敵地へと追いやった悪者であると言いたいらしい。実際のところ、その現場を見ていないオレからは何とも言えない。何より、カナイの纏う雰囲気が何も言わせないというものに感じた。

 少し口を出して、後は黙って見ていたクロッカスも、何も言わない。恐らくクロッカスもカナイと同じ心情なのだろう。

 セヴァティアは、いつの間にかどこかに行って姿が見えない。もうアイツの事は知らない。


「ユウシャがマオウを倒すって話。あれ実は私達が書いた話なんだ。少しでも『あの子』の事を誰かに少しでも伝え残したかったからね。いつの間にか話が変わって、今の『マオウが世界を悪くして、ユウシャがマオウを倒して世界は平和。』という話に書き換わってしまったのだがな。本当、世に中都合の良い方へと勝手に動くものだな。

 何より『あの子』が『ユウシャ』とはな。聞こえだけは良いお伽噺になったよ。」


 話して少し気が抜けたのか、どこか投げやりな雰囲気に変わり、そして落ち込んでいた様子からまた一変して、覚悟を決めた鋭い目つきになった。


「そういや、この異変が当時のものと似てる、と言うか同じって事は、またその『存在』が暴走し出したって事か?」

「また、と言うよりは、過去の事がそのまま続いていると言うのが正しい。実は、あぁは言ったが、『あの子』のやった打開策は、成功したとは言えぬかもしれないんだ。」


 なにやらややこしい事を言いだした。さっき『あの子』なる存在のおかげで異変は治まった、と聞いたが、実の所万事解決とは言えない事になった様だ。


「確かに『あの子』は仮定した手順を行い、異変を治める事は出来たのだろう。だが、出来たのは『浄化』ではなく中途半端な『封印』だったのだ。」


 つまり異変が治まったのは一時的なもので、今起きている異変はその時『封印』されたものが解けたもの、という事か。


「成功した、と最初は思った。だが、想定した変化とは違う状態となり、想定が間違っていたと言えばその通りだが、明らかに『浄化』したとも言えない、『存在』の力の循環が止まらず、ただ遅くなっただけに終わったんだ。だから、私達は『あの子』が失敗してしまった、と思ったのだ。」


 カナイの言い方から、『あの子』が失敗したは大層心掛りな事だろうし、信じがたい事のはずだ。それでも、カナイ達は失敗したと見て、更なる打開策を講じたらしい。


「幸い、根の部分への接触は出来そうだったのでな。根の部分に流れる力を利用させてもらってな。本体ともいえる場所も一時的とはいえ止める事が出来たから、それでこちらも強い結界を張ったり身体能力を高める事が出来たのだ。」


 カナイら土地守の力は、元はその『存在』の力を一部だけ借りていたものだという事か。なんともえらい事をしやがる。


「まぁ、力に接触してきた反動でかね。こうして年をとるも事なく生き続けてきたわけだ。」


 さっきから聞こうと思っていた事を、カナイが先に答えた。『戦争時代』はもう千年も昔に事なのに、まるで当事者の口ぶりで話していたから、もしやと思ったが、当たっていたか。

 カナイ達の言う『浄化』が失敗し、その後自ら土地守となる事で土地の安寧を守ってきたのは、『あの子』への贖罪しょくざいなのだろう。


「確かにそれはある。だが、私達が土地守として活動したのは、異変を抑える力を補助するためでもあるんだ。」


 そもそも戦時中の異変は、人々の負の感情が高まった事にある。『存在』は世界中に根を張っている。故に多くの負の感情を集める事が出来てしまい、結果として異変は大きなものとなり、解決が難航になった。

 異変が再び起こる事を防ぐ、また封印を持続させるためには、ヒトが負の感情を出す事を抑える必要がある。だが当然ヒト一人一人に負の感情を抑えてもらう、なんて無理な話だ。

 そこで、唯一接触出来る『根』の部分を利用し、負の感情を集める機能自体を抑えるという手段をとった、と言う。


「土地守が設けた瞑想の場というのはな、全て『根』が地上近くまで伸びた場所でもあってな、力を調整しやすい場所でもあるんだ。」

「字の如く土地を守るだけでなく、異変の再発防止を兼ねてるって事か。」


 むしろ、土地を守る事が異変を治める事に繋がるって事か。だが、結果として、異変は起こってしまったワケだ。

 だとしたら、今の状況は結構ヤバいのでがないか?オレから説明を求めておきながら言えたことではないが、サッサと何か行動を起こさないと異変が拡大するのではないか?


「それに関してはセヴァティアが手を打ってくれた様でな。解決法ももう考えている。」


 アッサリと言い返された。それにどうやら以前の打開策とは違う手段を考案したと言う。その前に、セヴァティアが手を打ったって何の事だ?


     3


 話の話題に上がり、その人物であるセヴァティアを再び見渡して探すと、いつの間にかオレの背後で腕を組んで立っているのを見つけた。何をしているのか聞いたら、ちょっと歩き回ってからここで待ってたぞ!と元気よく答えられた。あぁ…そうかい、と乾いた返答をしてしまった。


「さっき見て気づいたんだが、セヴァティアお前、土地守の力で異変を抑え込んでいたんだろ?」

「…何て?」


 ちょっと動いて、聞こえた言葉に意表を突かれて変な声が出た。セヴァティアが異変を抑えてたとは、どういう事だ!?セヴァティアという人物をよく知っているために名前と行動が結びつかず、まったく想像が出来ずにいた。


「こいつ、『根』に力を無理やりねじ込んで、木や根を無理やり混乱状態にしたんだよ。」


 馬車に乗って激しい揺れによって吐き気を覚える様な状態だとカナイは例えた。少量でも『存在』に意思らしきものがあって良かったな。でなければそんな力技は利かなかったぞ、とカナイはセヴァティアあいてに感心していた。

 オレは未だ話が頭に上手く入って来ず、蚊帳の外で待機している状態になっていた。


「あぁ、最初この場所に入って寝てる様に見えたのは、そのせいか?」

「あぁそうだな!少し無理してしまってな。それにどうも体の具合も良くなかったからな。『あいつら』の上だと手出しされなかったから、そこで休ませてもらったのさ。」


 どういう発想をしたら、安全地帯だからって危険な相手の上で眠りこけるなんて事態になるんだよ。まぁ、ソレもセヴァティアだから、で全て納得してしまうのだが。

 ともかく、大分無理をして異変を抑え込み、今は弱体化している状態なのだと言う。…あれだけの剣術を披露して尚弱体化しているとは、詐欺にも思えるが、今は仕方ないか。


「まだ異変は抑え込んだ状態なのらしいが、それも時間の問題か。だが、今なら『内部』に侵入して『事』を行えば。」


 異変云々の話を終えて、すぐにカナイは考え込んで顔をうつむかせた。


「そうだ、結局以前考えた打開策に代わる方法があるって言ってたな。一体何する気なんだ?」


 聞いた途端、カナイの表情が一瞬憂い帯びた表情を見せて、すぐに持ち直し真剣で真っ直ぐな目線をオレに向けた。カナイだけじゃなく、クロッカスの表情にも変化が見られたが、そこはちゃんと見えなかったから、どういった変化は分からなかった。


「異変を解決するためには、『存在』の核を撃つ。それは変わらない。しかし、その『存在』に近づくには結界をける必要がある。」


 カナイはただ淡々と事を説明し出した。その時の表情は真剣ではあるが、どこか抗いがたい威圧感を感じた。何が遭ってもここから立ち去る事を絶対に許さない、そんな声が聞こえる様だ。

 アサガオも珍しく大人しくしてオレの隣に立ってカナイの言葉を聞いている。


「結界を抜ける事が出来たのは、過去にもたった一人、『あの子』だけだ。何故貫ける事が出来たかは分からないが、私達は『あの子』には『素質』があったからだと仮定した。

 残念ながら私達にはその素質がなかったけど、何かしら強い力をぶつければ、相殺し合ってヒト一人通れるぐらいの穴を開けれると考えた。」


 『力』という単語がやたら出て来るが、今回言った『力』という部分に、不穏な気配を感じた。さっきからカナイ達が見せる表情、それに雰囲気がその不穏さを助長させる。


「土地守としての力は、本来は『存在』のものだから利用出来るかと思ったがダメだった。『素質』自体が、『存在』自体とは異なる特別なものなんだろうな。だとしたら、『存在』とは異なるものでも、強力であれば、相殺を起こせる可能があるだろう。」

「色んな工程を考えて、色んな魔法も応用して、時折根の反応も確かめて、そうして考案した方法が確実だと行き着き、ぼくらは他の土地守とも話し合って決めたんだ。」


 覚悟を決めた、そう直接言ってはいないが、全てを物語るように二人の声は空間に響いた。


「だから、決めたのだ。『私たちの内誰かが命を差出、命が消えるその瞬間起きる衝撃で結界を抜ける』とな。」


「……何言ってるか、分かって…いるから、そんな表情なんだうな。」


 アサガオが何も分からず、キョトンとした表情でオレの服の裾を引っ張り、見上げていた。そんないつもなら気付き、何かしら声を掛けている場面だが、そんな事も構わず、オレは一歩踏み出して、カナイらに向かって口を開いた。


「まず一言言いてぇが、…バっカじゃねぇの!?」


 オレが大声を出して、アサガオは肩を跳ねて、口を開けてオレの裾を握ったまま固まってしまった。


「アンタら、過去に親しいヒトを犠牲にして、ソレを後悔して今まで生きてきたって言ってるが、全っ然反省も何もしてねぇな!変わってねぇよ!誰か犠牲にして世界を救うって、過去の『あの子』だかがやった事と変われんねぇよ!

 よくソレでヒトの心配とか親心だとか言えたもんだなぁ!そんなんで今まで土地守としてむらや森の動物や小鬼を守って来れたもんだよ!呆れ通り越して絶句するわ!」


「最初に会った時と何も変わんねぇ。誰とも知れないノラの妖精のガキ一人に世話焼いて、勝手に守仕に任命したかと思えば魔法を教えたり。かと思えば今度は無理やり剣術を厳しく指導して、おかげで何回こっちは命を落としかけたか。」


 自分の声が若干枯れて来ているのが自覚出来た。さすがに大声で長々と喋り過ぎたと思った。だが、そんな自分の失態などもうどうでも良かった。


「自分の世話は自分でって言って、かと思えばアンタらの分の飯まで作らされるわ。オレが拾ってきた赤ん坊を、拾ったオレが責任を持てっつって、あれやこれやでオレが一人で面倒見たり、そうでもなかったり。ワケの分からない状況に追い込ませては更に仕事を押し付けたりで…本当に変わんない。」


 だんだん喋ってる自分が情けなく感じてきた。何より今、自分がどんな表情をしているのか分からず、もしかしたらとてもヒドいものになっていうだろうと予想して、更に複雑な心境になった。それでも、言わずにいられなかった。


「…すまなかったな。黙ってこんな事を決めて。」

「うん、何も教えないなんて、子ども扱いよりも達が悪いね。やっぱり言うべきだったね。」


 土地守達は顔を見合わせて、少し緊張が緩んだ雰囲気になった。


「まさかお前がそこまで私達を思って怒鳴ってくれるなんて、ちょっと照れくさいと言うか、やっぱり嬉しいと」

「違ぇよ。」

「えっ。」


 何やら勘違いしている様子なので、訂正の為に強めに否定の言葉を吐いた。いきなり言われて、カナイらはちょっと表情が固くなり、動きが止まった。


「アンタらの土地守としての仕事もだが、カナイに関しては以前どっかで作った借金が残っているからな。アンタらがいなくなると、ソレが全部オレに回って来て面倒だろう。」

「あー…うん、そうか。」


 カナイの目から生気が薄れたが構わない。こっちはそんな仕事の負担を考えて、未来に不安が生じて情けなくなった。本当にこの土地守共は面倒くさい置き土産ばかり置いて行きやがる。


「あっははは!カナイ、言われちゃったなぁ!て言うか、また借金なんて負ってたの?本当に変わらないなぁ。」

「いや、借金に関してはお前には言われたくないんだが!?」


 確かに、クロッカスがいなくなれば、その負担はレンの方に回るワケだから、そうなったらレンのヤツ、どんな表情で槍を振り回して来るか分かったものじゃない。


「なんだなんだ!カナイにクロッカス、相変わらず借金だなんだ、責任ばかり作って、そんなに窮屈ではいざという時動けなくて困ると言ったではないか。本当に困ったものだ。」


 お前にはそう言われなくない!とカナイとクロッカスが笑っているセヴァティアに向かって怒鳴った。カナイはともかく、クロッカスも怒鳴る事があるんだな。まぁ、相手がセヴァティアだしな。


「それよりも、命が散る瞬間の衝撃で穴を開けるって大丈夫なのかよ。そんなんで結界を抜けれる確証なんてあんのか?」

「いやいやシュロ、ヒト…生き物の命が尽きる瞬間はな、生命の力が一番輝く瞬間でもあるんだ。少なくとも普通に魔法を使うよりは強力だと計算で出ているぞ。」


 どこか言葉の端に弱々しさが滲み出ており、やっぱり心配が拭えない。だが、『命が散る瞬間、生き物は強い生命力を発揮する』と言う話は有名な話だ。そういった話に関した逸話はいくつもある。だから、改めて考えて、確かに成功しても可笑しくないと思えた。…思えてしまった。やはりカナイらが言った方法が確実なのだろう。

 だが、オレにはカナイらが言った方法以外にも、確実な方法がある事を知っている。


「…うん、分かった。そっちが決めたって事なら、こっちも勝手にさせてもらう。」

「あぁ…ん、勝手にって何を…あっ?」


 話事に意識を向けていたカナイらを置いて、オレは瞑想の場の後ろの方、山の岩壁がある方へと歩いた。いきなりのオレの行動にカナイ達は呆気にとられたが、すぐに立ち直り、声を荒げて止めた。


「おい待て!そっちは―」


 瞬間、カナイの手が雷の力を受けて痺れた様な状態になり、ソレが壁に弾かれたのだと自覚するのに、然程時間を掛けずオレの方を見て再び唖然とした。


「あっやっぱり『ココ』なんだな。そりゃあ、あんな『木』が陣取ってたワケだし、さきからこの先から妙な気配にするからな。あの『木』の本当の本体も近くに在ると思った。」


 カナイ達がずっと口にしている『存在』なるもの、その口ぶりからただの植物でもなく、従来の生命体とも異なる事を分かった。だとして、その『存在』がどこにあるか。

 考えるに、『素質』とやらを持つ者でしか認知出来ず接触出来ない異質なものであるなら、そもそも普通に徒歩か、自力で行ける場所には無いと思った。そして『根』を呼ばれるものも世界中に張り巡らせているなら、本体へと続く道も、どこか一か所ではなく、どこか遠い場所でも近い場所でも無い、そんな曖昧な場所に道が出来るのではないかと。

 そして瞑想の場、特にセヴァティアが受け持つこの場所こそ、人里からも遠く、この場所に来た時から感じたあの異様な空気、なんとなく歩き回り、この場所に近づくとあの異様な空気がまた感知で来た。

 ほぼ勘だったが、それともオレも『持っている』ためか、そういうものを感じ取り近づく事が出来たからかもしれない。案の定辺り、オレはこの場所に近づけ、カナイは拒まれる様に弾かれ、オレが今立っている場所に近づけずにいる。

 カナイ達も拒まれ、弾けれてからやっと気づいた。オレはとっくに気づいていた。アレがここに来て最初にあの『木』を見て、カナイから話を聞いた時から。

 カナイはずっと、あの『木』を『木』とは呼ばず、アレやソレと漠然とした証言を指し示していた。つまり、カナイ達の目では最初からアレが『木』に見えていなかった。

 逆にオレはアレを最初から『木』に見えていたし、何より異変の度に見つけたあの『木の根』。思い出せば、アレをオレは他のヤツに見せてはいなかった。すぐに崩れ去って灰の様になってしまうから、ソレは仕方なかったかもしれないが、もしあの木の根を一緒にいたファイパやクーディに見せていたら、どんな反応が返って来たか。恐らく、皆一緒だっただろう。

 何も見えない、と。


「多分、あの木との戦闘の時、カナイ達は土地守の力か何かで『魔法腺もどき』を見て追っていたんだろうな。でなきゃ見えない相手にあれだけ機敏には動けなかっただろうし、そこは流石土地守、ってとこか。」

「…あぁ…お前もか?お前も、あれが見えてしまっているのか?」


 オレが淡々と言っている最中、カナイは悲しみ、落ち込み、焦りや色んな感情が混じった表情と目でオレを見ていた。クロッカスも同様で、こっちは目を見開き黙ったままでいた。


「まぁ、見えちまったもんはしょうがない。だが都合が良いな。この際だ。例のカナイの知り合いとやらがやった方法をもう一回やってくるわ。」

「おっ…前!何言い出すんだこのっ!」


 オレの提案に驚き、近づけないためにその場で地面を蹴るようにいきどおりをあらわにした。


「分かっているのか!?その方法をやって、『あの子』は」

「アンタらもやるつもりだったんだろ?命を犠牲にして結界を抜けていたら。」


 カナイが言い切り前にオレがカナイらがやるとしていた事を提示してやった。言われてカナイは口ごもった。最初からやる予定なら、別に誰かやっても同じだろう。それも、命を犠牲にして結界を抜けるという前提が無くなったのだから、むしろ好都合なハズだ。


「だが、言ったところで、ただ核を剣で攻撃しただけでは」

「我が声よ届け、地深く在るものよ、天高く広がり仰ぐものよ。…だっけか?」


 またカナイの声を遮って言う。言ったオレの言葉にカナイは目を見開き、オレに向かって信じられないものを見る表情をした。


「アンタが何か詠唱らしいのを唱えてたの、小さい声ではあったが、聞き取れはしたんでな。オレは名前を覚えるのは苦手だが、魔法の詠唱の暗記は得意だと自負してる。」


 最初に襲って来た根を撃つ時、そして地中深く隠れた核を誘き出す時唱えた詠唱は、恐らく核自体を覆っている結界の様なものを剥ぎ、むき出しにして攻撃を当てられる様にするためのものだろう。戦っていて分かった。

 コレを唱えない限り、核が肉眼で見えても攻撃が遮られるのだろうと、詠唱の内容を考察した。ソレは当たっているのだろう。オレが詠唱を覚え、唱えられたと分かると観念したかの様にカナイは項垂れた。


「しっ…しかし、いや…なんで、何故そんなお前、やる気なんだよ。」


 明らかに尻込みした口調になり、オレに問いかけたカナイ。さっきまで覚悟を決めたという意気込みが感じ取れたが、明らかに精神的な衝撃がヒドく、オレが『素質』を持っていると知っただけで憔悴しょうすいが見られた。


「…サッサと解決して楽したいってだけだよ。上手くいけば『存在』ってヤツを『浄化』して万事解決なんだろ?」

「それはそうだが、そもそも『あの子』が何故失敗したかも分かっていないんだ!このままではお前まで『あの子』と同じ事に!」


 確かに、最初にやった時何故失敗したかは不明だし、カナイ達にも分かってないと言う。このままではまた失敗する可能性は確かにある。だが、オレはもうやると『最初』から決めていた。


「…そうか、分かった。なら行ってこい。」

「セヴァっ…お前!何言ってんだよ!」


 今の今まで黙っていて少し不気味に思っていたセヴァティアが、くちを開いたと思ったら、オレに賛同した。意外だった。


「シュロが自分から提案し、自分から進むと決めたのなら、私は否定しない、賞賛したい。それに、こういった場面ではどれだけ止めようと聞かないのは、常識だろう?」


 これまたセヴァティアの無理やりな気もする論理が出てオレも少し混乱したが、オレが行く事に異論は無いと考えて良いのだろう。

 カナイは相変わらず渋っている。普段自分から動けと催促してきたクセにと思ったが、そこにクロッカスが口を出した。しかもこっちもオレに賛同する形でだ。


「うん、そうだね。失敗するか成功するか、結局やってみなきゃ分からないよね?ならここは出来る方に賭けて行かせるのが、オレら土地守…いや、『年長者』がやるべき事じゃないかな。」


 クロッカスまでもがオレを行かせる事に賛成して、カナイは黙ってしまった。だが、オレはカナイから賛成かまだ反対かを聞く気は無かった。行けると分かったら、サッサと行って異変解決をするべきだろう。

 フと、木の陰で寝ていたアサガオは起きた。何か周りの雰囲気を察してた、辺りを見渡し、土地守達の様子を見てから立ち上がり、オレの方へと走り寄った。


「止まれ。」


 が、そこをオレが止めた。カナイの様に弾かれてその拍子に転ぶと思ったからだ。痛い事が大の苦手なアサガオは転ぶと驚いた後泣くからな。

 オレに止められて、何故か?と首をかしげてオレを見つめるアサガオに、距離の離れた場所からオレは言った。


「悪いが、今回はいつもみたいにお前を連れては行けない。カナイと一緒にいろ。必要なら先に家に帰ってろ。」


 言われたアサガオは驚いた表情をして、オレの言葉に拒絶する様に首を大きく横に振り、再びオレの方へと近寄ろうとした。


「来るな!」


 今度は大きく、力一杯怒鳴った。肩を跳ね、足を踏み出そうとした姿勢でアサガオは止まった。オレに怒鳴られ、目を潤ませつつまたオレの方を見た。

 だが、オレが怒鳴られなければ、アサガオはそのまま進んで結界にぶつかり、さっきのカナイの様に弾かれ、転んで痛い思いをしていただろう。特にアサガオは痛いのが苦手だから、今頃大泣きしていたと思う。

 そういや、オレがアサガオに向かって大声で怒鳴るのって、今のが初めてだったか。


「…悪いな。今日で『約束』は終わりだ。まっ、オレが勝手に決めた事だったがな。お前はオレじゃなく、誰か別のヤツの所に行って、今度はソイツと一緒にいろ。…レンはさすがに止めておけ。」


 言ってから、オレは瞑想の場の奥、よく見ると裂け目の様な岩壁に挟まれる様に奥に続く狭い道があった。その奥へと足を向けた。


「お前、アサガオを置いて行くなんて、お前がそれをしてどうするんだ!アサガオは!」

「…オレじゃない方が良かったな。」


 オレがそう言うと、カナイは絶句した。その隙に道の奥へと進んだ。もう声は聞かない。サッサと行って用事を済ませよう。そう決めて、オレは後ろを振り返らずに道の奥を歩いた。


「…またか。また私は置いてかれ、そして、助けようともせず、今から力ずくにでも行けば良いのに、そんなに命が惜しいとは、本当に私は臆病で最低な生き物だ。」

「そんなの、皆一緒さ。ああいうのを知っているから、お…ぼくはなんとも言えないけどさ。多分今行かなくても隙をついて奥へと行っていたと思うよ?彼。そういう目をしていたから。」


 打ちひしがれ、か細い声で後悔を言葉にして口から零すカナイに、クロッカスはどこか遠い目で見えない誰かの姿を見つつ、カナイの肩に手を置いた。


「大丈夫だ!いつもヒトと目を合わせないアイツが、やっとヒトと目を合わせ、そして覚悟を決めて行くのなら、応援して待とうではないか!何より、あれが大事なものの為に動いているなら尚更な!」


 各々思いを口にしつつ、互いに励まい合う様にして、奥へと進んだ者をただ見送った。

 アサガオは、シュロの姿が見えなくなるまで目線を逸らさず、ジっと見つめた。


     4


 一人だ。本当に久々だ。いつもはアサガオが後をついて来たし、アサガオだけでなくカナイやむらのヒト達、森の小鬼共とケンカをしたり動物共が群れて襲い掛かってきたり、色んなヤツがオレに近づいて来る。

 魔法学校ではファイパを筆頭に色んな種族の生徒がオレの周りに集まるし、外でも色んな旅のヤツと会ったりクーディら土地守や守仕に会ったり、本当に誰にも会わないという事が無かった。

 ここ数年で、色んなヤツを見てきたが、この土地に来た時から、お人よしが多いと思った。オレがこの土地に来る前とは大きく違った。


 この西の大陸に降り立つ前、オレは東の大陸にいた。詳しくどこで生まれたかというのは覚えていない。物心ついた時からあちこち移り住んだり、歩き回ったりして暮らしてきた。

 暮らす、と言ってもまともに長居した事はほとんどなかった。オレがいたのはどこも貧しく、自分らが暮らしていくのがやっとな状況だったり、経営が立ち行かない孤児院は、オレ以外の孤児が沢山いた。

 そして、オレの生活に一番の影響を与えたのは、オレ自身が『妖精種』である事だ。妖精種は生態が人間とは異なるのは当然で、他種族の世話は出来ないと追い出したり、石を投げたり泥をかけたり、中には金に換えようとしたヤツもいた。

 最悪だったのは、世話を見るのが面倒だから『処分』しようとしてきたヤツらもいた。寸前で気付いて逃げ出せたが、大体のヤツらからの扱いは、決まってそういうものだった。

 自分らには手が余る、というのは分かっていた。面倒事を嫌ったり、自分らの暮らしを守るためなのも分かっていたが、それでも、こうして無い者扱いをされたり、邪見に扱われていると、どうしても、『自分は要らないもの』だと考えてしまう。


 そんな中でも、長い旅を続けてきて一番長くいた場所はあった。そこも経営が立ち行かない孤児院ではあったが、そこの院長の計らいで、孤児院での仕事を手伝いながら他の子どもたちと同様に暮らす事を許された。多分、オレが初めて会った『お人よし』だったんだろう。

 院長の子どもも、率先してオレの世話を焼いて、ちょっとわずらわしかったけど、キライとは思わなかった。

 院の子どもとも、それなりにやっていたと思う。特にある子ども、いつもヒトの輪から外れて座り込んで、暑い日でも外套を羽織った梔子くちなし色の子。

 その子どもの事がどうしても気になり、何度か話しかけたりした。おかげかあちらから挨拶して来たり、暗くうつむいた表情から変わって、少しだが明るい表情をする様になっていった。

 そんな風に子どもと関わり、いつしか子どもも自然と集まって来る様になり、梔子色の子は相変わらずオレの後をついて来て、他の子どももオレに話し掛けたりして来て大変だったが、そこそこ遣り甲斐があった。


 ある日、孤児院に泥棒が入って来たんだ。その時は子ども達も先生も皆昼寝のために大部屋に集まっていて、その隙をついて院の金を盗もうと敷地内に入り込んだんらしいんだが、そこを偶々眠れなくて部屋を抜け出していた子に見つかったんだ。しかもその子は、オレに懐いていた梔子色の子だった。

 泥棒は口封じのためにその子を刃物で切りつけて脅し始めた。そこを一人いない事に気付いたオレが、探しに部屋を出て見つけた所だった。ちょうど泥棒が刃物を子どもに向けて振り上げた場面だったから、オレは咄嗟とっさに体当たりをしてソイツを突き飛ばし、その子の前に立ち泥棒に立ちはだかった。

 オレにジャマされた事で、短気だったのかソイツは切れて怒鳴りだした。


 どうせここの子どもは皆大人に見捨てられた奴らなんだ!一人いなくなった位で世の中何も変わりはしないさ!


 今までのオレだったら、ソイツの言う事はオレは肯定しただろう。オレが正にその見本だと思っていたワケだし。

 だが、何故かは分からなかった。額に大きな傷を負い顔を抑えて泣きじゃくるその子に言われたと思うと、何も言えなかった。何も言えず、ただ怒りが込み上げてくるのを感じた。そして、オレは無我夢中でその泥棒を殴った。殴って蹴って、ただ何も考えずに泥棒を攻撃し続けた。

 正気に戻ると、泥棒は赤く染まって床に転がっていた。オレはふいに、子どもの方を見た。すると子どもは、怯えた表情で見た。オレの事を怖がって、体を震わせていた。いつの間にか他の子が一人来ていて、その子の前に立ってオレに言った。


 こっちにくるな、あくとう!おれらの家から出てけ!


 言われてオレは、どんな表情をしたか分からなかった。ただ、今度も何も言えず、呆然と立ち尽くしていた。

 泥棒一人が悪党かと思っていたが、そうか、オレも悪党なのか。

 言われて納得し、オレは何もせず、考えないまま、先生が来るまでただ立っていた。


 結果として、泥棒にはまだ息があり、他の家から盗み出した金品を所持していた事からそのまま、まちの憲兵に引き渡された。だが、過剰防衛という事で院の先生と共に憲兵と話をしたが、何を言われて何と返事をしたか覚えていない。

 程なくして、オレは孤児院を立ち去った。何かを院のヤツに言われたからではない、自主的にここに居てはいけないと思い、オレは孤児院の誰とも会わずに出て行っただけだ。ただ、今でもどこからか、あの梔子色の子から怯えられ、他の子どもからののしられている、そんな気がしていた。


 それから、また一人の暮らしが始まった。東の大陸の一画を放浪し続けていたそんな時に、偶々東の大陸に来ていたカナイら土地守に会った。それが二十年ほど前の出来事だ。

 土地守と一緒に大陸を渡る、なんて事をしたのはほとんど人さらいの状態だった。ただ歩き疲れて休んでいた所を見られ、いきなり話しかけられたと思ったら、守仕をしないかと誘われ、そのまま引っ張られる形でカナイらと同行する事になった。何故オレが誘われたのかは、今でも分からない。ただ一言、「お前の顔見て決めた」とだけ言われた事しか分かっていない。

 魔法や剣の修行も行い、魔法に関しては土地守らの知り合いが経営している学校で、今までまともに学ぶ機会が無かったオレにとっては貴重な機会を与えられたのは感謝はしている。だが、剣の修行に関しては色々と苦言を呈したい。剣術の師範がセヴァティアだから、今はもう諦めているが。

 とにかく、西の大陸に渡り、守仕として働かされてからも苦労は多かった。でも、一人でいた時と比べて、どこかが痛くなる、なんて事は減ったけど。少なくとも、石を投げられる事も無く、否定も拒絶もするヤツは見なくなった。だが、オレにとってはそれこそ一番の苦行と言えた。誰かが、オレに頼って近寄る事に、どこか恐怖していた。

 ヒトと関わる、それだけが今でも正直苦手だ。期待する目が、信頼しようとする目が見ていられず目を逸らしてきた。そんなめをするヤツの姿が、あの梔子色の子の姿が重なって見えたから。

 だから、必要以上に関わる事はしなかった。言われた事、決められた事をやったらそれっきり、それだけの関係で終えるつもりだった。

 ある日のセヴァティアの無茶な試練とやらをやらされるまでは。


 その日も変わらず、セヴァティアは朝早くから家にやって来て言った。


 ちょっと雪山にいる友人に会って来い!


 今まで降雪地帯へ赴く事は無かったが、まさか初めて訪れる切っ掛けと言うか理由がセヴァティアからのお使いと称した無茶苦茶な試練の一環だとは思わなかった。

 行きは大型の鳥による輸送便を使った、これもまた無茶な移動方法で、半ば落とされる形で降ろされて、そのまま持たされた地図一枚を頼りに目的の場所へと行け、と言われ、どこともしれない雪の降る平地に取り残された。

 セヴァティアの修行も大体こんな感じだ。いつかは危険動物が多数生息する山の中に一人放り出され、一人で下山しろ、という下手しなくて命が危うい事をやらされた。今思い出しても、生きて帰れたのが不思議だと思う。

 そんなワケで、一人で周りが白一色の景色のど真ん中に立たされたオレは、意地の様なもので、無事、と言えるかは定かではないが目的の場所に着いた。

 その目的の場所に住んでいた、セヴァティアらの友人だという人物は、占いを生業としていると聞いたが、こんな何も無い雪の積もる森の中、一人で暮らして占いなどして何の意味があるのか。近くにむらや誰か住む集落があるワケでもないし、不可解な人物だと最初は思った。

 その人物は、占いでオレが来ることを予知していたと言い、オレがここに来させられたのは、オレを占わせるためだと言った。ワケが分からなかった。

 オレは占いが本当かどうかなど、どうでも良かった。知った所で、ヒトが何か変わるとも思えない。大抵の事は思い込みなのだと思っていた。そう言ったが、そんな事も構わず、その人物はオレに占いの結果を言った。


 君はいつか、自分自身を許す時が来る。その時、君はやっと『ひとり』から解放される。と


 そんな言葉は、その時オレは半ば聞き流して、そしてそのままその場を去った。やる事は既にやり終えた。だから長居する理由も無い。何より早くこの寒い土地を離れたい、という気持ちが優先して、占い師が言った言葉も、頭の隅へと追いやられ忘れていった。

 帰る道中、歩く以外にやる事が無いから、色々と余計な事を思い出していた。これから自分はどうなるか。ただ修行に明け暮れ、守仕としても中途半端な気持ちのままで続け、何も残さぬままこの世を去る。

 昔の事も思い出した。まちの中をただ歩くだけで石をぶつけられ、冷ややかな目で見られ、異種族だからと罵られるそんな当たり前のオレの日常。

 今はそんな日常は無くなったが、本当にそうか?何かが切っ掛けでまた『あの日』の様に怖がられ、出て行けと罵倒される、そんな事がまた起こるのではないか?そう考えてオレは帰路に着いた。


 何も変わらない。変わるとすれば、それはオレの近くにいるヒトだけ。むしろソレがオレにとっての当たり前だ。今更期待したって意味が無い。ヒトと親しくしても、逆にツラいだけ。そんなものだ。仕方ない。

 そしてオレは、そんな考えを巡らせている最中に、『出会った』。


 思考と一度止めた。気づくと山の中、岩壁の間に出来た道を歩いていたハズが、周りの景色は山とも岩壁とも言えない風景に変わっていた。

 見ればソレは植物の太い茎か枝だ。ソレが隙間なく密集して伸び、まるで壁を作る様で気味の悪さを感じた。まるで、一切外を見せない、外には出さないという意思を感じ取れる。

 色だって、植物と見て思ったが瑞々しい緑や樹木の茶色というものではない。どこか毒を連想させる濃く青々とした緑色。さっき対峙した木と同様の黒色。とても自然界で自然発生したものの色とは思えない。

 コレは、カナイ達が言っていた『存在』に近づいた事で見える、結界の中という事だろうか。それとも、もう既にオレは『存在』の中にでも入ったのだろうか。境目が明白ではないこの空間では、その事を確かめる術は無い。何より、もう戻る道は無いという事だ。

 いや、道は振り返ればある。多分、来た道を戻れば簡単にカナイ達が待つ瞑想の場に戻れるだろう。だが、今更戻っても意味は無い。

 行って何もせず帰ったらカッコ悪い、とかでは無い。ただ、本当に意味が無い、というだけだ。どうせオレは、元から早々に遠くへと去るつもりでいた。

 何かをしてしまう前に、もう二度と傷つけないために、オレは何かを為したら自ら命を絶つか、この土地を離れるとここに来る前から決めていた。

 いつか会い、モグラの獣人に言った言葉。毎日命を掛ける必要は無い。そもそも命は一つなのだから当然だ。命を掛けるのは人生で一度、正しく命が尽きるだろうその瞬間だけ。その時だけで十分だ。

 そして、オレにとっては今はその時だ。

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