第7話 瞑想の場で奮闘

 オレは自分が出来る事は可能の限り取り組む。


 山の結界をどうにかすべく、オレとアサガオ、カナイの二人と一匹はクロッカスの下に訪れた。その最中に会ったレンは、洞窟の件が片付いたという事を報告するため本部の方に戻ると、オレらと別れた。自分の元上司だったクロッカスを散々殴る蹴るの暴行を行った後で、少しばかり表情が晴れやかになっていた気がした。


「じゃあな、アサガオは元気でやれよ?後シュロも。」


 アサガオとオレとの対応の差は相変わらずだし、レンの方はもう気にする必要は無いな。オレらも報告の為に領主のカダフスの下へと訪れた。本当はそれらはカナイに全て任せたかったが、結局無理やり連れて来させられた。


「そうか、洞窟の小鬼も大人しくなり、クロッカス殿も無事…うーん無事?だったのだな。」


 カダフスもクロッカスの悪癖は知っているし、レンとの関係性も理解しているから、複雑な心境が表情に出ていたが、こうしてオレらが戻って来た事から、大丈夫と判断したのだろう。洞窟の方も結界をクロッカスが張り直し強化したという事で一応無事として処理する事にした様だ。


「解決してすぐ、色々と事後処理がある中で悪いが、こちらはクロッカスを連れてすぐに戻らねばならない。」

「あぁ、後の事は私が責任を持とう。カナイ、そしてシュロも、セヴァティア殿の事は頼んだぞ。」


 アサガオも達者でな、とオレらと挨拶を交わし、どこにいるかも分からないセヴァティアの事を任され、カダフスともここで別れ、屋敷を後にした。クロッカスの方は既にカダフスとの対面は済ませており、外で準備して待っていた。あちこち傷を治療した跡が見られるが、大丈夫そうだ。


「さて、ここにいるって事は、このまま出立して良いんだな?」

「あぁ、良いぞ!しかし、西の方に行くのも久しぶりだな。校長さんはお元気そうか?」


 なんでそこで校長に話を、っと思ったがクロッカス相手なら当然か。なのでその話題はカナイは無視し、さぁ行くぞと声を出して進みだした。オレも後に続き、アサガオもオレの後を一生懸命に着いて歩き出した。

 クロッカスは話題を無視されたのはお構いなしに、道中ずっとベラベラと話を続け、それをカナイが受け流しつつ関所を目指した。


 関所を超え、村に一度より英気を養い、山へと向かった。その道中、イヌやらウマ、シカが襲い掛かるトラブルが遭ったが、土地守が一人、一匹といれば、そんな事は簡単にいなされ何事も無かったの様に進んだ。

 とは言え、無害であるはずの動物がヒトを襲うという事は当然無視出来ない事態だ。まさか、巨体動物や洞窟小鬼に起きた異変が他の動物にまで影響しだしたのだろうか。


「うん…レンが言ってたっていう説は合ってるとして、その元凶もどうやら相手を選ばなくなってきたのかもね。」

「それは力を奪う過程を誰かに妨害されたと、相手が認知しだしたって事か?」


 今まで見た中で一番深刻そうな表情をした土地守に一人と一匹は歩きながら今までの事を話し合い、考えをまとめていた。一方の表情は面で見えないが、そういう表情をしていると感じさせられた。そしてその話し合いは悪い方向に進んでいるという結果に至った。

 元凶は力を得るために、力を持った者にとりつき、力を蓄えていた。だが、その行為が突然自分の意思とは関係なく中断される。それも何度もだ。そうなれば、相手が意識を持って行っていたとなれば、当然妨害されていると気づく。そして、まだ十分に力を蓄えてないのであれば、事を急いて得当たり次第に力を狙う、というものだ。

 確かに、そうなればさっきの様に無害な動物まで変貌し、その被害は周囲に及ぶ。それが広がれば世間は混乱に陥るのは間違いない。もう時間を掛ける余裕は無い。

 そう考えた土地守達は速足となり、山の中腹にある瞑想の場へと急いだ。当然オレも後に続き、遅れぬ様駆けた。アサガオも負けじと走り、オレらの後にしっかりと着いて来た。


 山道に差し掛かると、道中は以前の時と比べて危険さは増した。以前襲い掛かってきた石小僧は再び群れを成して襲い掛かり、山に棲む動物や鳥もオレらは通りかかるだけでこちらに向かって来る。準備をしておいたとはいえ、コレには結構苦戦した。

 場所が場所なだけに、足場が狭く、下手に動けばこっちが崖から落ちかねない。なのだが、そこはやはり土地守だ。オレが苦戦した鳥相手もなんのその。

 クロッカスは魔法使いだが、魔法を使わずとも一応は戦えるらしく、向かって来た相手を受け流す、掴んで勢いを利用し投げ伏せるなど、体術を駆使して対抗した。これだけ見せて、自分は接近戦は弱いと言うんだから、これはレンの心境も複雑だろうな。現に言動にあれだけ切れていたし。

 カナイの方も跳んで跳ねたり、時に蹴ったり噛んだりし動物共を牽制しその場を治めていった。やっぱり最初からオレら守仕ではなく、土地守が事態を治めれば良いのでは?という疑問の声はやはりいつも通り流されるのだろう、腑に落ちない気持ちだが、今は仕舞って先を土地守達と共に先を進んだ。


 そんなこんなで、やっと瞑想の場の前まで来た。以前来た時と同様、結界の魔法が張られ、先には進めそうにない。妖精の目で見ても、以前と変わらず滅茶苦茶な術識が折り重なり、解除の魔法を使っても簡単には解けそうにない。そもそもオレの知る解除の魔法が効くかも怪しい。

 その結界魔法にクロッカスは近づき、撫でる様に結界の表面に手を付け、凝視している。面のせいで顔は見れないが、雰囲気は張り詰めており、とても悪癖を持っただらしない土地守と同一人物とは思えない。レンもこの姿を見れば少しは感心…しないと思った。何故か確信出来た。


「うん、間違いなくセヴァティアが張ったものだね。しかし、相変わらず無茶な術式の組み方をするなぁ。下手したら周囲の魔法の力を引っ張って、強い反動を起こしかねないよ。」


 オレが既に分かっている事を、クロッカスが態々口にし感想を言った。魔法を分析し、どこか感心した様な、呆れたような声色をして結界の方を向き直した。セヴァティアの事は土地守全てが承知でいる事で、どんな事にも無茶をし、ソレを押し通すという癖をもっているのももちろん誰もが知っている。オレもだ。

 心境を口に出しつつ、手は結界魔法の方に向き、何か絡まったものを解く様に手をあちこちに動かし、時折魔法の力を込めているのが妖精の目で見て分かった。その最中、カナイは黙って見ていた。アサガオはヒマそうにオレの周囲を歩き回ったり、土を蹴ったりして遊んでいた。

 少しすると、突如結界魔法が光り、ヒビは入る音がどこからか聞こえた。そしてそのヒビ割れる音が少しの間続くと、次に大きく弾ける音が響いた。ヒビ割れる音はもうしないし、どこを見ても物理的に何かが壊れた様子は無い。ならばともう一度妖精の目で結界の方を見ると、張ってあった結界は影の形も無くなり、何の障害物の無い道が続いていた。

 先ほどまであった結界魔法と向き合っていたクロッカスは、長い溜息を吐いた後、体をパキパキと鳴らしつつオレらの方に振り返った。


「終わったよ。結界が解けた反動でこの辺りで魔法は暫く使えないけど、体を動かす分は何ともないはずだよ。」


 洞窟で対面した時は薄汚れていた赤毛は、汚れを落とし日に当たって橙色に輝いていた。本当にこうして見ると、レンと対面していた、見るからにダメなヤツだとわかる人相のヒトとは思えない。それだけクロッカスの魔法の腕は評価を覆す代物だなのだろう。

 さて、今はクロッカスの再評価をしている場合ではにと散々言っている。先に進めれる様になったのなら、早く行かなくてはいけない。何より、今までの事をセヴァティア本人にぶつけなくてはいけない。

 結界が解けて、見た目は然程変化は無い様に見えるが、明らかに雰囲気がさっきと違う。今まで蓋をして塞いでいたものが外に漏れ出てきた様な、イヤな感じだ。

 カナイとクロッカスもオレの感じたイヤなものを同様に感じたらしく、うわぁと声に出したり、苦そうな表情をして先を見つめた。行きたくないという気持ちが湧いてきたが、行かなくてはオレが決めた目標は達成出来ない。少し躊躇したが足を先に向けて歩き出した。アサガオも変わらずオレの後を着いて来た。アサガオの方は悪いものを感じた様子は無く、むしろ先が気になって仕方ないといった。様子だ。洞窟の時とは違い、恐怖よりも好奇心が勝っているのだろう。オレが進んだのを見て、カナイらも負けじと足を進めた。

 この辺りは木が生えて、日陰になって先が良く見えない。何かがいきなり出て来ても可笑しくない、そんな不穏な空気が辺りを漂う。少し進んで音が聞こえた、渇いた物が擦れる様な、葉が沢山ざわめく音。何かが木々の間を動いているのだろうか?目を凝らしても暗くて見えない。カナイも気配は察しているから辺りを見渡し警戒している。クロッカスも同様だが接近戦はしない方針か、後ろに下がったままだ。

 セヴァティアが結界を張っていたのは、ここにいる何かを閉じ込めるためか?まだ確証が持てない。一体何がいるのか、この目で確かめなくてはいけない。危険を承知でオレは気配のする方に近づいた。カナイはそんなオレの行動を見て当然制止をかけたが、今は無視した。が、オレが近づく前にあちらがこっちに近づいて来た。

 見えたのは、木だ。そりゃあ最初に気が生えた場所だから見えるだろ、と思うがそうじゃない。何せその見えたという木が異常だった。

 まず周りの木はどれも見た目が同じで、枝が細く小さな葉っぱが覆い茂った、地上の木と比べると背の低い木なのだが、今見つけた木は周りの木と比べて幹や枝は太く色が黒い黒橡くろつるばみ色で、何より葉が一枚も生えておらずまるで枯れ木の様だ。だからか一目見て他の木と明らかに違うのがわかる。コレで分からなかったらソイツは視力が弱いヤツだと思う。

 そして更に異様なのが、その木の枝が動いたいるという事だ。最初は木の姿に擬態でもしているのかと思ったが、雰囲気が擬態とかそういった別の生き物という感じではない。確かに木が動物の様に動いている。正直自分の目を疑った。

 そしてその木が少しして動きを止めたのを目にした瞬間、ヤバい気がした。だからカナイらがいる方へと戻るように飛び退いた。すると、オレがさっきまで立っていた場所から勢いよく何かが出てきた。

 ソレは間違いなく木の根だ。今見た異様な木の質感そのままだから分かった。あの異様な木が根を地面から生やし、オレに襲い掛かった。そして直感した。この木は今までオレらを襲ってきた動物共を操ったであろう元凶と関係がある。もしかしたら元凶その物かもしれないと。今まで見たあの枯れた木の根が、この木と質感がよく見たら似ていたからだ。カナイらも気付き、戦闘する体勢になりアサガオを後ろに隠した。


「シュロ、下手に動いたり近づいたりするなよ。もしかしたらお前が『あれ』にとりつかれ、操られるという可能性だってあるんだからな。」


 動くな、近づくなとは、カナイは無茶な要求をしてくる。今動かなければ戦闘どころか対処も出来ないし、近づかなければ攻撃が通らない。弓矢や魔法を使って離れて攻撃、という手段があるが、そもそも今相手にしているヤツに攻撃したとして、ヤツに行動限界が訪れるのか?ダメだ、わからない事が圧倒的に多い。だから今は動かない、動けない状態だ。

 そうして考えている内に動く木は本格的に動き出した。ヘビの様にうねらせた枝を勢いよくこちらに伸ばしてきた。先が尖って槍でも向かって来たみたいだ。もちろんそんな危ないものは避けて、横から剣で伸びた枝を叩き切った。切れて地面に落ちた枝は動く事無く見たままの斬られた木の枝の状態になったが、本体の方は斬られた事で危機感を察した動物の様に退け、再び枝をこちらに伸ばしてきた。それも今度は一本だけではなく三本同時。さすがのオレでも三本同時はキツかったが、なんとか伸びた枝をいなしつつ、躱してていき全て剣で切っていった。

 いくら枝を切っても本体が無事なら切りがない。だがその本体も伸びる枝にジャマされ近づけない。どうするかと枝を躱しつつ悩んでいると、背後からカナイの声がした。


「そのまま『そいつ』の相手をしていろ!」


 言った意味を理解した時には、カナイは既にオレの背後からすぐ横に、それもすり抜けて枝と枝の間を潜り抜け本体へと接近した。直ぐ傍までキツネが近づいた事に、木も気付いたのか、オレに抜けていた一本を操りカナイの方へと向け直したが、それにカナイは言い放った。


「遅い。」


 長い山吹茶色の髪がなびき、どこからか取り出した片手剣を木の本体へと突き立て、何か詠唱らしい言葉を囁くと、その囁いた言葉に木が反応する様に気は徐々に生気を失い枯れて動かなくなった。

 木が完全に動かなくなった事を確認すると、剣を突き立てたソイツは片手剣を木から抜き、剣を持った腕を下ろしてオレの方に向き直った。いつの間にか着ていた革製の上着を羽織り、随分と動きやすそうな狩人の装束を着ていた。草色の目をしたその姿を見て、クロッカスとアサガオは揃って歓声を上げた。


「すまんな遅れて。久々の『この姿』だから、ちょっと時間が掛かってしまった。」


 そう言いつつ、その表情には申し訳なさがまったく無い。どこか手慣れたイタズラをするヒトの顔だ。


「だったら、山に登るまえにでも変化すれば良かっただろ。」


 そう指摘すれば、またいつも通り全く気にする素振りも見せず、ヒトの姿のカナイは口笛を吹くフリをしつつ辺りの警戒をしていた。

 久々に見たが、カナイは元からヒトだ。普段は動物であるキツネの姿を成しているが、理由があってヒトではなく動物の姿に変化しているとか。その理由は当人はまったく口にしないためオレが知らないが、恐らくそこまで深刻な理由ではないだろう。


「さすがにキツネの姿のままじゃ、対処が難しいな。…やはり『侵行しんこう』は進んでいたか。」


 潜めたカナイの声で聞き慣れない言葉が聞こえた。この場で言ったいう事もあり何なのか聞いたが、カナイに聞こえなかったのか、無視されたか何も言わなかった。今は状況が良くないから再度聞く事は諦めるが、心に留めておいた。


     2


 異様な木は姿を消したが、異質な雰囲気は変わらない。むしろ、奥からその気配が強く感じられた。もちろん奥へと進む事は当然だが、さっきから異様な気配と共に、ソレとは別の気配も感じる。それもオレがよく知るものだ。今まで気づかなかったが、さっきまでここへと進む道を妨げていた結界と同じものが妖精の目で奥から感じ取れたのだからな。


「セティー、奥にいる?」


 オレの発した台詞にカナイとクロッカスは目を見開き同時にこちらに素早く振り返った。見られたオレは思わず怖っと声を出してしまった。


「…結界の感じからして、いやな予感はしたが!」

「急いで行くぞ!」


 何かを察したカナイとクロッカスは、オレを置き去りにでもするかの様に奥へと走り出した。二人の様子の変わり様に意表を突かれたが、気づき直ぐ後に続いた。アサガオも負けじとオレの後ろを走った。

 一体カナイとクロッカスが何をそんなに焦っているのか、今のオレにはまったく理由が頭に浮かばないが、セヴァティアがこの奥にいるという状況に、何かしら土地守らにとっても深刻な事が起きているのだろう。

 しかし、結界を張ったであろう本人がまさか結界の内側にいるとは思わなかった。結界を張ってからどこへ行ったのか、わからないがどうせ無事だろうと思っていたが、一体結界の中で何をしているのか。それも本人に直接聞くしかない。


 そうして奥に進むと開けた場所に出た。なのに暗い。確かココは木の密集地と岩壁の間にある、日の当たる広場だったはずだ。その中央に瞑想の場である台座があるはず。

 暗さが気になり上を見上げると、何かが火の光を妨げていた。ソレは長く伸び、高い位置で横へと広がり網目状の天井にでもなっている様だ。よく目を凝らして見ると、さっき見た異様な木と同じ質感の木の枝だった。よく見ると枝は生きているかの様に微かにくねらせている。アレは触りたくない気がする。

 だが、それよりも気になるのはオレよりも早くここに着いたカナイとクロッカスの見ている先だ。何かデカいものが視線の先にある。だが、オレはソレが何かをさっき遭遇にした木を見てから予想出来ていた。それでもその姿に少しばかり驚愕した。

 さっき相手した動く木は、考えてみれば木と言うには土が付き、日に当たった青々しさが感じられなかった。元から日に当たらなかっただけかもしれないが、何よりもあの枝に見えたのも違和感があった。

 つまり、さっき見たものは木ではなく、今カナイとクロッカスが見ている本体の根だったのだ。その根の本体というのが今対たいしている巨大な黒い木だ。あの禍々しい天井の代わりと成っている木の枝よりも高く、太い幹は生き物の胴体を思わせた。

 そしてこの木を異様な物に魅せているのは枝や幹だけではない。空を隠している伸びた枝には葉一枚を生えていないのに、本体から伸びた枝からは葉が覆い茂っていた。だが、その葉っぱも他では見ないものだ。幹や枝の黒々とした色彩なのにも関わらず、その葉っぱは金色輝いていた。だからか、どこか美しい葉と禍々しい本体の雰囲気や見た目が相反していて、より一層異質に見えた。


「こいつ…やはり出てきていたか。」


 黒い木を見て、カナイは思わず口にしたのか、オレの存在に気付くと驚いた様子をして咄嗟に口を塞いく様に口を噛みしめた。あの木の事と言い、以前聞きそびれた件と言い、やはりカナイは何かを知っていて、敢て黙っていたという事だ。

 何があったのか、一体アレが何なのか、聞きたい事は多い。だが、そういう場合ではなくなった。先ほどから他の木と同様ただ突っ立っているだけだった黒い木が、突如今まで襲ってきた根の同じにくねらせ、動き出した。当然ながら、標的は今この場にいるあの木以外の存在であるオレらだ。木であるハズが、何か獰猛な動物にでも睨まれた気分になった。

 すぐさま戦闘態勢をとるのだが、一緒にいたアサガオが何かを見つけたのか、オレの服の裾を引っ張り、何を一生懸命に指を刺している。アサガオが指した先には、あの巨大な黒い木。そして、その木の上に、木とは別の何かが乗っているのが見えた。

 カナイとクロッカスも、焦りがあってかアサガオが指して今気づいたらしく、黒い木に乗ったソレを凝視した。そして一体何が木の上にあるのかにオレや土地守達は気づき、唖然とするしかなかった。


 まず見えたのは、木の上に乗った『ソレ』から伸びる脚。そこから『ソレ』が生き物なのはわかり、木の上からはみ出て下にだらりと垂れて、動く気配は全く無い。脚の伸びる『ソレ』の方も脚同様に動く気配が無く、寝ているのか気絶しているのか、ここからでは状態は分からない。そして更にその乗っているものを見ると、その頭から角が生えているのが微かに見えた。その生えた二本の黒い角を見て、木に乗った生き物が誰か分かってしまった。そして信じられない気持ちになった。


「うっそだろ!?お前何してんだ!?」

「いくらなんでも、そこで横になるとか、何考えてんだ君ぃ!」


 オレの今の心境を、一足先にそのまま言葉にした土地守二人は、その木の上で横になっている人物に向かって怒鳴り声を上げた。状況が状況なだけに、ちょっと場違いな気がするが、今は仕方ない。相手が今までずっと探していた人物で、それも異変の元凶であろう存在に乗ってしまっている状況は、色々と叫びたくなる。

 土地守と守仕内で尋ね人とされているセヴァティア。それが、まさかこんな形で相見える事になると、誰か予想出来たか。どこかで会えるとは思っていたが、そもそもセヴァティアは今、何をどうしてあんな所にいるのか、全く予想つかない。

 とにかく、当人はどうやら意識が無いらしく、カナイらの叫び声に全く反応を見せない。まさか襲われてやられた、とはセヴァティア相手だと想像出来ない。なんとか近づいて様子を見ようとしたが、一歩足を進めて今まで反応しなかった別の存在が反応を見せた。

 他はくねらせ、見ていて気持ち悪い木の根共が、動いて音をたてたオレに返事でも返すかの様に一斉にこちらに向き、襲い掛かって来た。根の尖った方を槍の様にし、突き刺そうと勢いよく向かってきたソレをオレはギリギリで躱せた。アサガオはカナイが代わりに抱えて守ってくれたらしく、オレよりも余裕をもって躱し、後ろに下がったのが視界の端に見えた。


「仕方ない。何とか『あれ』の動きを止めて、セヴァティアの奴を叩き起こすぞ!助けたりして怒られるかもだが。」


 助けて怒られるって、可笑しいだろ。しかし、セヴァティア相手じゃそうなるかもしれないか。何せ戦う事が好きで、自分が狙った獲物を横取りされると怒るヒトだ。今回も、目を覚まして自分が戦う分をカナイらにとられたとなったら、どういう反応になるか、想像するだけで面倒くさい。

 だが、もうそんな配慮を気にしている心配も余裕も無い。相手は巨体な動物や小鬼を操る。レンの予想は当たっているなら、力を吸い取り、更に力を強いヤツを探させ、更に力を盗ったり操るを繰り返す危険な存在だ。

 今の所セヴァティアがその餌食になった様子は見られないが、それも時間の問題だ。そもそも本当に無事なのかも疑問だ。実際二人が呼びかけても全く反応が無いから、気絶しているか、もしくは最悪の場合という事もある。考えられないが。


「あちらから動く気配は無いな。しかし、さっきの事も考えられる。」

「だねぇ。明らかにさっきのは防波堤って事なんだろう。既にあの本体だって私達が近くまで来ている事に気付いているはずだし。今近づけば確実にあっちも何かしてくるね。」


 何をしようかとこっちでは云々と二人で唸っている最中、オレは一足先に根の本体である木に近づいた。それに気付いたカナイは怒鳴って止めたが、ソレを聞かずにオレはゆっくりと近づいた。相手がこっちの存在に気付いているのなら、先手を取る方が良い。だから止まらずに動いた。

 木の方はまだ動かない、ソレは好都合だと思い少しずつ熱く速度を速め、木の姿は視界の中でどんどんと大きくなる。あの感じていた異質な気配が木そのものから放たれているも改めて分かる。

 途端、地面から気配がした。コレは根の攻撃が来ると分かった。咄嗟に地面を蹴り横に跳んだ。瞬間オレが立っていた場所から巨大な木の根が物凄い勢いで上に向かって突き出た。あのまま跳ばずに進んでいたら、根が槍の様にオレを貫いていただろう。

 最初に根と合間見えた時は、場所が悪く周りが木ばかりで動きづらい場所だったが、今は開けた場所にいるから動きやすく、こうして躱す事が出来た。最初は素早いと思っていた根の動きだったが、こうして動いてみれば案外動けるものだ。

 とにかく、躱す事が出来るなら後は本体に近づいてからだ。何をやるかはその時その瞬間に決める。今はあの木をどうにかする他無い。

 こうしている間も、再び木は根を伸ばし、オレに攻撃をしてくる。槍の様に先の尖った根が、手練れの槍使いの様な動きでオレを追い、突き立てようと根を地面に刺したり、空を突いたりしている。それも一本ではなく、今は三本も相手にしている。このままだと攻撃してくる根の数が増えかねない。早く本体に辿り着いてどうにかしなくては。

 しかしどうにか、とはどうすれば良いのか。後で考えるとは思ったが、結局の所全くの無策だ。カナイが怒鳴るのは当然だろう。しかし、動かなくては結局どうにもならない。攻撃だって今の所は防げている。後々キツクなってくるだろうが、ソレだって本体をどうにか出来れば済む問題だ。

 こういう時、本体を無力化するのが前提で、どうすれば無力化出来るか、やはり弱点を突くのが良いか。根の攻撃を剣で防いだり躱しつつ、本体を視た。

 見た目は完全な木だ。さっきも述べた通りの黒々とした幹の色に、幹に反して神々しく輝く葉っぱは健在で、不気味な雰囲気の他には異変は無い。

 そこでオレは、自身の持つ妖精の目で注意深く観察した。さっきは突然の事と場所が悪く、木が密集していて見えづらかった。そうしてオレは、ある事に気付けた。ソレは、妖精の目で見ると黒い木が透けて見え、中に体中を巡る血の筋の様に光る線がある事だ。

 アレには見覚えがあった。生き物なら何者も持つ『ほうせん』だ。空気中を漂う魔法の素を体内に取り込み、ソレを魔法へと昇華し顕現させるための見えない器官と言われているものだ。動物だけでなく、未発達ではあるが子どもであるアサガオももちろん有している。

 唯一『魔法腺』を持たない生き物がいるとするなら、ソレは『植物』だ。植物は確固たる意志を持たないため、魔法を使うという行為が出来ない。水や空気と同様に少量の魔法の素を取り込みはしても、貯め込んでそのままだ。取り込んだ魔法の素が多ければ、ソレが変異し魔法祝物になるのだが、詳しい事は割愛だ。つまり、植物が待たないハズの魔法腺を持つあの木は、本当にただの木では無いという事が確定した。生態が謎過ぎる。

 よく見れば魔法腺らしきものは地中にまで伸び、その先にあったのはオレらを囲うあの木の根だ。あの木がここいらの全ての根を持ち主なのは間違いないか。木から根が伸びている様に、あの魔法腺もどきも木と根と同様に繋がっている。しかし、繋がっていたとしてあの魔法腺もどきにどういった働きがあるのか、不明で恐ろしい。

 再び根からの猛攻が襲う。手練れであるはずの土地守二人も、相手が生き物とは少し違う存在であるためか、手こずって見える。


「クロッカス!そろそろお得意の魔法が使えるようになっているはずじゃないか!?」


 持っている剣でオレとカナイは根の攻撃を凌いでいる最中、カナイは後方で武器ではなくただ動く事で根の攻撃を躱しているクロッカスに怒鳴るように問いかけた。確かに、例の結界を解く際に反動で周囲で暫く魔法が使えない、と言っていた。あれから時間が経ったからそろそろ問題無く魔法が使えるはずだが?


「いやぁ…もう使えるっちゃあ使えるけど、皆もまとめてぶっ飛んじゃうよ?」


 今サラリととんでもない事を言い放ったが、クロッカスの魔法は確かに強力だ。というのはカナイからの話を聞いただけで情報で、実際の魔法の効果や威力に関してはオレは知らない。そんな中、当の本人から皆がぶっ飛ぶ、なんて発言が出て正直驚いた。一体どれだけの効果の魔法が使えるのか、見たいと思う反面、恐怖心も出て来る。


「気にするな!シュロがお前の魔法を一度受けた位で膝を突く様に鍛えられていないさ!アサガオには私がいるし、問題は無い!」


 カナイが更にとんでもない事を言い放った。オレらならどんな破壊力のある魔法が発動しても対処出来る、なんて無茶な事を言い出した。今もこちらに目配せをして無理やり同意させようとする意志を感じた。最早こちらの意見は受け入れない様子だ。

 だが、今はあの根の攻撃を躱すか防ぐかで精一杯の身だ。いち早く倒す事が出来るのであれば、是非やってほしい所だ。クロッカスも魔法の使用を許可されて既に詠唱に取り掛かっていた。

 詠唱中のクロッカスの周囲で、魔法の力の増幅が肌にも感じたが、ソレが今まで魔法の力の流れとは違い、荒々しくオレの体まで物理的に引き寄せられそうな気分だ。更にどこからか暑苦しさまで感じてきた。そういえばクロッカスは火属性の魔法使いだったか。遠く離れているワケではないが、そんなに近いワケでもないのにこの熱さ。一体どんな光景が出来上がるのだろうか。


「幾百もの光、幾千もの輝き、滾る大熱を、猛炎を、今命じし我が掌中へと集いそらへと突貫すべし。」


 今まで聞いた詠唱よりも長く、それ故か悠長ゆうちょうしている様に見え、今のこの状況とのかみ合わなさに焦る気持ちが湧くが、同時に相手がクロッカスという土地守の一人である事から感じる信用の様な強い感情もある。しかし、唱える詠唱はまだ続いている、長い詠唱だ。つまりそれだけ強い魔法なのだろう。

 詠唱は魔法の形を言葉で可視化したもの。ソレを対象に伝え、自身が魔法の形を想像すると同時に相手にも魔法の形を想像させるのが詠唱の役割だ。長ければ長い程、言葉に込める魔法の意味も強力に、具体的で大きなものとなる。

 だが、強い魔法を使うために長い詠唱を唱えれば、当然隙が生まれる。現にこうして無防備に立っている。魔法を使わなくても体術で対応出来たとしても、詠唱を唱える間は術者は皆こうして弱点を晒す事になる。その時動くのがオレらだ。

 クロッカスが詠唱を唱えている最中にも当然襲い掛かって来る木の根の攻撃、速さもさっきよりも速くなっているから、相手もクロッカスが使おうとしている『もの』の脅威に感づいたのだろう。オレとカナイではなく、クロッカスに攻撃が集中している。だが、攻撃がどこに向かっているか分かりやすくなって、動きの先読みが出来る。クロッカスに今まさに突き刺さろうとしていた根をカナイの剣が遮り、いなしていく。オレも対抗する様にクロッカスに襲い掛かる根を剣で防いだ。やっぱりさっきよもの攻撃の重みが違う。相当強くなっている。

 しかし、その木の根の猛攻を防ぎ切り、クロッカスの詠唱もいよいよ終わりに差し掛かっている。あの長い詠唱を唱えたからか、その最中にも感じたクロッカスを取り巻く魔法の力も強く、圧し出されそうなものが全身に感じる。

 何より、今視認出来る光景で一番変化があるのは、クロッカスが唱えていた中掲げていた手には、激しく燃え上がる炎、その炎が形を変えてまるで巨大な矢か槍の様に見える。


回禄かいろくよ、その熱を持ってよこしまからだを貫け!」


 言い終える直前に魔法で生じた燃える槍を持つ腕を背の方まで逸ら様にして構え、言い終えた直後に勢いよく腕を前方に向けて振り、槍を目の前の黒い木の方に投擲し、炎を散らしながら槍が宙を飛んだ。その勢いは風圧と共に熱が顔や胸、腹を服を通して伝わり、とても目を逸らさずに槍が飛ぶ様を見る事が出来ないほどだ。正しくクロッカス自身が言った、皆が吹っ飛ぶと言っていたのが比喩ひゆの様で比喩では済まされない光景だ。

 カナイは半身でアサガオを隠し守っているのが視界の端に見えた。オレ自身、魔法の力に耐性のある性質ではあるが、ソレを軽く飛び越え、当たっていないのに力による損傷を簡単に受ける気がした。

 周りの木々はどうか?普通の植物は意思も無く茫然と魔法の力の影響を受けて、少し焦げ付いているだろう。だが、あの明らかに意思を持つ黒く異様な木はどうか。あれだけ強大な魔法の力が今自身を貫こうとしている状況に、どう応えるか。

 視て分かった。動かない。もうどうしようも無くて諦めた故か、それとも真正面から受けて耐えれる自身故か、言葉を持たない木の姿をしたソレの表情なんて分かるハズが無い。魔法が命中し、その結果勢いよく燃える光景を目にしながらただ立ち尽くすオレの経験不足の頭では、ソレ以上考える事は出来ない。


     3


 槍が黒い木に当たった瞬間、轟音と共にまるで火花が散るようにして槍も弾け飛び、鉄よりも硬く見えた魔法の槍は簡単に崩れ去り、そして燃える火だけを残し、辺り一面を火の貯まり場を作り出した。

 オレも魔法については散々習ってきた。オレの扱える属性は火属性ではないが、火の魔法を扱う者が多かったから、自然と火の魔法を目にすることが多かった。そんな今まで見てきた火の魔法の中でも、今見た魔法は遥かに強大で、それどころか規格外とも言える力だった。ソレは土地守が扱うものだから、では済まされない凄まじさだと感じた。


「あっつあつ!分かってたがあっつぅ!お前、妙に今回張り切ってないか!?」

「あっははっ!そうかもねぇ。魔法を使うの、結構久々だからさぁ!」


 そんな魔法の威力に圧倒されているオレを置いて、土地守の二人は聞いてて気の抜ける会話をしていた。だが二人の目は決して木がある方向から外れてはいない。オレも同様だ。他の木とは違っても、見た目が植物のソレが、これだけの火に囲まれ、自身も炎上している状態で無事だとは思えない。だが、頭の半分がまだ危険だと告げている。火が燃える中、一体あの向こうでは何が起こっているか。誰一人、セヴァティアの安否をまったく気にしていない中警戒を解く者は誰もいない。いやアサガオは気にしていた感じだったが?


「ってか、本当にセティー大丈夫か?コレ。さすがに火傷の一つは負っても可笑しくないぞ。」

「いやぁ、あいつなら大丈夫だろう。それに…『あれ』も。」


 セヴァティアに対して楽観的に答え、すぐさまに意識を別の方に向けたカナイ。その目は先ほどから変わらず強い警戒心が宿っている。

 結果はすぐに表れた。いや、現れた。ごうごうと音をたてて燃えていたその場所、その向こうに影が見える。パラパラと焦げた表面が焦げ落ちる音を微かにたてつつ、自身は無事だぞと言うかの様にそこに変わらず立っていた。ソレは見た目こそ変わらないが、最早木として見る事も認識する事が出来なかった。

 ケモノだ。黒く蠢く全身が動物の爪か牙とでも言うかの様なその刺々しさ、そもそもあれだけ強力な魔法を受けて無事なのが本当に異様で異常だ。


「…やはりか。」

「いやいや、何なんだよアレ!?」


 率直な感想を叫ぶようにカナイに言い放つ。クロッカスの魔法を受けても未だ無事な状態で、もう打つ手が無いのでは?と感じた。しかし、カナイはそうではないらしい。


「よく見ろ。見た目は大丈夫そうに繕ってはいるが、明らかに『ヤツ』の力は弱まっている。」


 カナイの口ぶりから、妖精の目で見ろと言いたいのだろう。なるほど、と納得してから妖精の目で木を視た。先ほど見た時は魔法腺もどきが微かに生き物の血の筋流れる様に見えたが、今は流れをせき止められた川の様に、光の流れが遅くなっている。クロッカスの魔法の影響があの魔法腺もどきにも出ている。見た目だけでなく性質も魔法腺そのものなのか?

 以前と先ほど説明した、強い魔法の力が頻繁に発動すると次に魔法を発動する時に支障を来すという話。その詳細は魔法腺が魔法の素から作られ、完成された魔法の力のざんという名の余波を受けて反響して魔法の生成の妨害となっている為だとされる。

 よく見ると、見た目は無傷らしいその木は、今までよりも動きが遅い。周囲に生えている根の動きからも先ほどまで迫力や勢いが感じられない、ただの置物とも思えた。

 クロッカスの放った魔法は無駄かと思ったが、そうではなかった。ちゃんと影響が出ている。確実に弱体化している。ヤツが持つ魔法腺もどきは、言ってしまえばヤツの生命線そのものだ。オレらが魔法腺に影響を与えられても魔法の使用に影響が出るのみだが、ヤツの魔法腺もどきに打撃を与えると本体にもモロに影響が出る。

 もしや、さっきカナイが根を退けたのも、魔法腺もどきへ直接何らかの方法で攻撃を与えたからか。カナイはヤツやヤツの持つ魔法腺もどきに関してよく知っているらしい。後でちゃんと話を聞かなくては。

 ともかく、弱っている今が好機だ。セヴァティアの状態はここからでは見えないが、多分無事だろう。

 まずすべきは、弱点を見つける事だ。あれだけの魔法を受けて弱体化はしても未だ撃破に至ってないとなれば、急所を撃って確実に討ち倒す所までいきたい。魔法腺もどきは見えても、ヤツの弱点らしきものまでは見えなかった。単純に見損ねただけか、他に弱点と言えるものがあるかは判断しかねる。だから、分かるであろう相手に聞いた。


「おい、カナイ。さっきどうやって根を退けた。教えろ。」

「…『かく』だ。恐らく奴のどこかに心臓にあたる場所があるはずだ。そこに一撃でも良い、強力なのを叩きこめ。」


 言ってあごで木の方を指した。カナイの方もまだ核は見つけれてはいないらしく、次の行動を決めかねているとか。オレの目でも未だ核と言われてる場所が見つからない。やはり見損ねているのか?どこかの陰にでも隠れているのか、よく目を凝らした。

 だが、その間再び根の攻撃が始まった。本体が弱体化しているため、先ほどと比べて遅く簡単に躱せそうだが、それでも攻撃の手数が多いのは変わらず、数で押されて探す事に集中出来ない。

 クロッカスの方は、魔法を使って反動で暫くは相手から離れて避難する事に専念するらしい。同様に根の攻撃を避けて、俺らから離れた場所へと移動していた。いや、十分動けている様に見えるのだが。

 さておき、本体の内部に核となる部位がなるとなれば、他にあるとすればどこか。ここから目に入らない場所、核である故に、あまり本体から離れる事はないだろうが、それでも探す範囲は広い。それも根の攻撃を躱しつつだ。難易度が高い。


「クッソ…探し物はよくすれど、その相手が思考の読めない植物もどきじゃ考察も何も無ぇ。」

「いや、植物だからこそある本能からくる特徴的な行動があるはずだ!」

「植物学なんぞ、自分が普段使う分しか覚えてねぇよ。」


 食用の山菜やキノコ位しか重点的に調べてこなかったから、他の薬草、特に樹木に関する情報何て本で読んでチラと目にする位しか知らない。今更植物の特徴と言われても、まったく知識らしき知識が湧かない。分かると言えば、日の光を得る為に葉をつける事と、土から栄養を得る為に根を伸ばす事位か。

 根を張る、その言葉を思い出してから何かが引っ掛かる感触を感じた。妖精の目で本体である木の他に見たのは本体から伸びる木の根、だがその時見えた木の根以外にも例の魔法腺もどきが伸びているのが見えていた。まだ土の中に出てきていない木の根があるのかと考えて、それ以上は出てきた時にでも対処を考えようと思っていた位だった。

 まさかと思い、妖精の目で再び見た土の中、木の根は蔓延るそんなおぞましい空間の奥深いその場所に、脈動する光のカタマリがあった。


「あった!…ってか深っ!」


 やっと見つけた目的の物が地中深い場所にあり、見つけた時の若干の喜びは一瞬で消え失せ、多大な絶望感が湧きあがる。安全地帯に自身の弱点を隠すのは生き物としての性であっても、コレは非常にやりづらい状況だ。


「オイどうすんだよ?まさか今から穴掘りでもすんのか!?」

「そうしたいのは山々だがな、生憎と掘削くっさく道具は持っていないからな。ここは私なりの『力技』を使おう。」


 余裕ともとれるカナイの態度とセリフに、イヤな予感が出た。実際はどういう感情で出たセリフかは知らないが、何か地中深くにあるものを地上に出す方法があるなら、是非やってもらいたい。だが、そうなった時には必ずオレにはある仕事というか役割が課される。


「『これ』をやるには時間が掛かる。さっきクロッカスの詠唱の時間稼ぎした時の様に、お前には囮役をしてもらうぞ。」


 ハッキリと囮役をしろと言われた。だが、今この状況で相手の弱点を晒す手段をとるとなれば、相手が黙っているワケがない。妨害は当然起こる。さっきの魔法の詠唱とは状況が違う。相手がさっきとはとる行動も変わるだろう。もう一つ殺気と違うものと言えば、動けるのがオレだけという事だ。

 アサガオは非戦闘員なので不参加なのは当然だが、クロッカスの方は言っていた通り、魔法の使用による反動が残っているだろう。今は代わりにアサガオを守ってくれている。そうなればオレが必然的にカナイを守る唯一の立場なワケだ。

 自信が無いか、と聞かれれば意地を張ってそんな事はないと答えるだろう。相手が異様で不気味な植物もどきな黒い樹木となれば、その意地も揺らぐ。襲い掛かる木の根の数は相変わらず多い。だが、もう言っているヒマは無い。サッサと状況を打破するために、ありがたく囮役を担ってやる。


「よし…んじゃあサッサとアンタなりの掘削作業始めてくれ。」

「掘削…とまでは言っとらんが、まぁ良い。それに、そこまで時間も掛けん。安心しろ。」


 そう言うと、カナイは何やらしゃがみ込んで地面に手を当て、詠唱らしき言葉を小さな声で唱え出した。この詠唱はさっき木の根を退けた時に唱えたものと似たものだと感じた。

 瞬間、突如木の根が尋常ではない動きでオレら、もといカナイの方へ襲い掛かった。明らかにカナイの行動に危機感を察して狙って見えた。コレはカナイの行動に期待が持てると確信し、カナイと木の根の間に立ち壁役となった。

 弱体化はしているハズなのに、剣で受けた木の根の突き刺す攻撃の威力が、弱体化前と変わらない威力だった。攻撃を受けた反動で後ろに下がったが、注意していないと突き飛ばされてしまいそうだ。正面から攻撃を受け続けたら、剣の方がダメになってしまう。何とか受け流して攻撃力を分散しようと、剣を構え直した。

 正面から根が先をオレに向けて突き出してきた。ほとんど本能と言える動きで枝を剣で払ったが、死角からも来ていたらしく、動けはしたが先の方が腕を掠った。袖を切り裂き、腕にキズが出来、痛みが来る。だが我慢出来る痛みだ。そんな様子をみたアサガオは、自分が傷を負ったワケでもないのに、痛くて泣いている様に顔を歪めている。

 再び猛攻が来る。あちこちキズを作りつつも、何とか耐えて息を切らしつつ立ち続けた。カナイをチラリと見たが、詠唱は唱え終わっている様に見えた。だが、まだ核への攻撃が行われていないらしい。何をしているのか、と怒鳴る所だったが、表情を見て止めた。


「思ったり深いな。…まだちょっと掛かる。任せた。」


 カナイのか細い声が耳に届いた。こっちまで任されて、今回は本当にしんどい仕事だ。今度はアサガオの声が響いた。見れば根が束になって形を変えていた。それはまるで巨人の腕が地から這い出た様だ。あんなのに掴まれば全身の骨を砕かれてしまう。ソレは御免だと尻込みしかけたが、視界の端にアイツの姿が入って押しとどめた。

 正直オレの魔法の力は弱い。魔法を得意とする妖精種の話は有名だが、肝心のオレはその魔法の修練をあまりしてこなかった。というよりは剣の訓練ばかりやらされた、という方が正しい。だから使える魔法も初歩的なものといつか使った、強風を起こして相手の動きを制限するもの、ソレがオレは使える中で一番強いものだ。

 効果は言った通り、防御と相手の行動制限と妨害。まださっきクロッカスが使った魔法の力影響は出るだろうが、使えないワケではない。むしろ、使える手段を使わなければこっちが不利だ。


「…吹き荒れ、盾となり、牙を遮り断つっ!」


 詠唱を唱える時に力が入ったが、魔法に大事なのは知識と想像イメージだから、効果に悪い影響は無いはず。魔法は発動した。以前と同様に周囲に風が渦を描く様に巻き起こり、オレと木の根の間空気の壁となった。だがやはり、クロッカスの魔法の影響で以前ほどの強さは出ない。とは言え、これだけの風が吹けばオレとしては上々だ。

 この風の魔法はただ同じ方向に風を吹かすワケではない。多少は操作が出来、例えるなら大きな布を振り回す様な構図になる。当然だが難しい。だが、今のこの状況ではこの魔法が一番良いと考えた。

 ふんっ!と声を上げ、前方の文字通り束になって襲い掛かってくる木の根共に向けた手に意識を集中して、ただ渦を巻くだけだった風を操作し、前方を力いっぱい撫でる様にして分厚い風の幕を張った。こちらに向かってきた木の根は風の幕に圧され、若干動きに変化が見られたが、変わらずオレに向かった。

 が、オレにその攻撃は当たらず、オレのすぐ横の地面に当たり、地面をめり込ませた。魔法で上手く攻撃の軌道を逸らせた様だが、攻撃による風圧というか、衝撃がオレの体には届いていた。重く体が軋んで、そのまま骨を折らんばかりの圧力が掛かった。それだけだ。それだけならまだ耐えれる。


「届いた!出るぞ!」


 そう思った矢先、今度はカナイが声を張った。それはカナイからオレへの合図だ。例の核への攻撃のための謎の詠唱が核に届いた、ととれた。だが、届いたというのは分かるが、出ると言うのは何だ?核がか?ここでか!?

 何があってそんな状態になるか分からないが、カナイの声色から考えるに、必要だからそう獲物を『誘導』したと見れる。


「上手く外へと誘導出来た!今私はちょっと動けん!だからシュロ、代わりに頼むぞ!」


 またヒトに託す様な事を言って、大役を押し付けてきやがった。実際今のカナイは、大分力を消費したのかフラついている。仕方ないから木の根の攻撃に備えつつ、核の出現を待った。字にするととんでもなく忙しい状況だ。魔法でやっと攻撃を防いでる最中に敵の弱点を突きに行くというのは、あまりに重労働だ。

 地鳴りが響いた。地面が揺れて音が聞こえる。音はだんだんと大きくなり、この空間の中央の地面が盛り上がった。出てきたソレはあの木の根と変わらないが、違うのはソレには攻撃の意思が無く、何かを守る様にして伸びた根が内側に丸まり、どこか祭壇めいた綺麗さを感じた。そしてその中心、脈動する球体状の何かがその根に絡みつかれ、守られるかの様な状態で根を支えに宙に浮く様にして在る。

 言われたからには、言った相手が土地守でオレの上司であるのなら、面倒でも、イヤな気分が増しても、オレは剣を構えた。一層にも増して殺意を持ってこちらに向かってきた木の根の束を横目に、その球体の『核』に向かって駆けだした。

 根の攻撃をギリギリまで寄せて、当たる、という距離になった瞬間自分の体を強制的に地面に伏した。躱す、とは少し違う攻撃の命中から逃げるその無理やりな方法に対応出来なかったであろう、木の根の攻撃は誰もいない空間を撃って終わった。 オレもいきなりの状態で地面に倒れために、その時の転倒の衝撃を体にモロに受けて、肩やら顔半分やらが少し痛かったが、気にしない。気にせず収納魔法を使い、素早く中から剣とは別の形状の武器を取り出して、瞬時に構えた。


「良いか!?魔法の力を一撃に込めて、一気に叩き込むんだ!」


 カナイからの恐らくこの戦いにおいて最後の助言であろう言葉を信用し、構えた武器の『先』に魔法の力を集中して込めた。そして、その魔法を込めた一撃を、放った。


 物体としての武器に魔法の力を込めて戦う戦法は、オレも知識としては頭に入っていた。だが、入っているだけで実践した事は無い。まだ武器に込める魔法の力の調整に関して感覚が掴めずにいるため、後はとある剣術好きのせいで魔法を使った訓練がほとんど出来ずにいるためだ。

 だから、今回魔法の力を武器に宿して実戦で使うのは初めてだ。成功するかと言うよりは使えるかどうかが重要だ。しかも使う相手が生き物とは呼べない、オレにとっては未知の物体だ。反応があるとして、どんな反応になるのかまったく分からない。

 そんな中で実行された魔法武器攻撃、この離れた距離のままでも攻撃が可能である『弓矢』での攻撃は、どうやら魔法を矢に宿す事と当てる事は出来たらしい。当たったと思った瞬間、まるで脆い結晶でも砕いたかのように割れた。その次に何か狂気じみたケモノを射貫いた様な、生き物が痛みに苦しみ悶えるけたたましい雄たけびに似た大きな音を聞こえてきた。

 その叫びに似た音は暫くの間オレらが立つ空間に暫く響かせた後、最初からそこに何も無かったかの様に静寂になり、核と呼ばれた球体があった場所には、球体諸共に支えていた木の根も消滅しており、最初から何も無かったかの様な空気が一帯に流れた。


     4


 倒した?と頭に疑心を生じさせ、周囲の反応を見渡した。オレらを囲っていた大量の木の根は炭にでもなったかの様に先から徐々に崩れていき、あとにはとりとなっていた。木の幹も同様で、枝の先から崩れていた。あの異様な気配も、本体であろう核を射貫き消滅したからために感じなくなった。


「はぁ…やっと終わったか。」


 盛大な溜息を吐き、手に弓を持ったまま地面に座り込んでオレの体を支えて見上げた。何も無い空が見えた。さっきまでは木の根が天井代わりとなって見えるづらくなっていたのもあるが、根と根の隙間から見えた空はどこか薄暗く曇って見えた。

 そんな風に見えたいた空が、今ではここを訪れる前に見えた青色の空に戻っていて、その変化が今回の戦いが確かに終わったのだと確信する後押しとなった。

 そんな終わった事に安堵に一休みしているオレの下に、アサガオが駆け寄ってオレの背後から抱きついた。一波乱終えた後でアサガオも周囲の空気が緩くなったのを感じてか、戦闘中ずっと緊張した表情だったのがウソの様に消えて、元気に楽しげに笑っている。


「アサガオもすっかり安心した様だな。何はともあれ、お疲れ様だ。」


 オレと同じく、カナイも一仕事終えて溜息を吐きつつ手首を回しながらオレの方へと歩み寄って来た。今は疲れが貯まった状態でサッサと帰って寝たいところだが、それよりも今、カナイには聞きたい事があった。


「カナイ、あの木が何か…ってか、今までの異変云々もなんで起こったか、もしかして分かってたんか?」

「うわっと直球だぁ、相変わらず言い回し出来ない奴だなぁ。」


 少しふざけた態度を見せた後、観念した様に表情を整えてから、オレに向き直り口を開いた。


「あぁ、分かっていた。っと言ってもな、異変が起き始めた事に関してはお前からセヴァティアが山に結界を張ったという話を聞いてからだがな。」


 やっぱりその時には気づいていたか。知らぬふりをしてオレと話をしていたと思うといきどおってくる。そんなオレの心情はカナイには分かっているのだろう、次に出したのは、言い訳染みた言葉だった。


「すまんな、何も教えんで。事が事だけに、どこまで話して良いかと考えあぐねていたんだ。まっ私なりの親心だ。」


 何が『親心』だ?親がいないオレでも、こんな親を持ったら早い段階で反抗期を迎える事になる。


「あんま責めないでやってよ。ボクでも説明するか悩むところだからさ。」


 オレらの話を聞く姿勢だったクロッカスも、こちらに歩み寄り話し出した。同じ土地守だからか、どうやらカナイを庇う側であるらしい。


「実際、『コレ』はぼくらが『自分ら』だけで解決しなければならないからね。」

「オレが今この場にいて、トドメもオレが刺してんだが?」


 事情でオレを巻き込まない様に配慮したつもりだったのだろうが、現状からしてソレは意味が無かったのは一目瞭然だ。これでは何がしたかったのかワケが分からない。


「いやー私達だけでやるつもりだったんだが、この場所に近づくとどうにも力が出なくてな?お前が一緒じゃないと正直負けてたな!」


 胸張って言う事ではないだろう。自分らでやるという決意らしい決意が意味を無くし、土地守としての威厳も何も無くこっちが頭を痛める始末だ。頼りない。

 しかし、聞こえた情報には引っ掛かる。力が出ない、という所だ。この場所、というかあの戦った謎の存在が何かしら土地守と関係があり、しかも土地守の力に影響を与えるだけの力を持っていたのがこの時点で分かる。

 オレは土地守として戦うカナイを間近で見てこなかったから、そもそもカナイ達がどれだけの実力を知らない。だから力が出ないと言われても信用し難いが、あれだけ異様さを放つ相手では、その事情に信憑性が出る。

 そうなると、やはりあの木がどんな存在なのか気になる。好い加減話して欲しい。


「…あれは突然変異では無い。昔から存在し続けた存在だ。まぁあくまで『一部』だがな。」


 やっと答えが聞けると思い聞いたのが、突拍子もない規模の内容だった。自分が相対していた存在が、既に在り続けていた大きな何かであると、自身の上司の口から語られた。実際目にしているから否定も出来ず、仕方なく黙って話を聞いた。


「あれが生まれたのは何時かは詳しくは分からない。少なくとも戦争時代以前からも永くあると思われる。あれは地中深くに自身の一部を広げ、力を吸い上げつつ自身の力を他へと分け与える程の潜在能力を持っている。」

「…力を吸ったり分け与えるという性質なのは納得だが、アレの力はアンタらの力を上回る程強大なのは納得出来ねぇ。一体何があって、そんなのが今異変を起こすまでに至ったんだ?」

「…それは。」


 また何か言いよどむ素振りを見せて、やっと言いかけたカナイを視界に捉えていると、その視界の端に何かが動くのが見えた。一瞬アサガオがまた動き回っているのかと思ったが、オレの服の裾を引っ張る小さい存在を察知して、すぐにソレがアサガオでは無い別のものと分かって、咄嗟に話している最中のカナイを思いっきり突き飛ばした。

 少々乱暴だが、突き飛ばして正解だった。カナイが立っていた場所に突然何かが刺さった。黒く尖った何か、ソレは刺さる以前から崩れているのか、刺さって直ぐに燃え尽きる様にして崩れ去った。

 ソレが飛んできたであろう方向を見た。見て衝撃が走ったし、信じられずにウソだろ?と思わず声が出た。さっきまで自分らと相対し、そしてオレが核へと攻撃し無力化したハズの黒い木がぎこちなくも枝を震わせつつ動いて、感情が出ないハズが枝の先をオレらの方に向けるなどをしてオレらに明らかな敵意、殺意らしきものを出して、再びカナイに仕掛けた攻撃を繰り出そうとしている。


「オイ!核撃ったハズだよな!?なんでまだ動くんだ!?まだ何かし忘れてるのか!?」


 当然ながらオレは混乱したし焦った。ヒトで言えば急所に攻撃を入れてピンピンしている様なものだ。


「さすがの私も予想外だな。生き物で言う所の最後の悪あがきって所か?」


 陽気そうに振る舞って言って聞こえるが、カナイが最初に言った予想外という言葉はその通りで、少し冷や汗をかいて見える。

 しかし、襲い掛かって来る木をよく見れば、先ほど見たままで枝先はボロボロと崩れており、ほとんどの枝は崩れてなくなっていいる。幹の方もヒビが入って崩れかけた箇所が見られる。


やっこさん、倒れかけなのは変わらんままの様だな。この攻撃を耐えれば後は時間の問題だ。何としても耐えるぞ。」


 カナイは言うが、今オレはまだ焦っている。さっき弓を使うために剣を捨てたままだからだ。ソレを拾って構え直すヒマがあるか、一瞬考えてからすぐに駆ける体勢になったが、直後に木の枝の鞭が来て態勢を崩された。やっぱ向こう、多少ながら知恵がある。正確には条件反射に近い、触られた事に反応し動く植物みたいだ。

 核が健在だった時も動くオレではなく、動かないカナイを狙っていたから、分かっていたが本当に厄介だ。こうなったら早く全身崩れ去ってほしいが、まだ時間が掛かるらしい。どんな意地というか根性だか。

 カナイとクロッカスも、さっきまで軽口を叩いていたハズなのに、見ただけでも弱っているのが分かった。膝をついた姿勢のまま息を切らしている。冷や汗も焦りからではなく、疲労から出たものだったらしい。どおりで何かをした後、なかなか復帰しないと思った。

 どうやら先ほど言った『この場所に近づくと力が出なくなる』というのは真実で、今までの様子はオレに隠すための振る舞いだったらしい。ヒトには隠し事をするなとか説教をするクセに、自分らでそんな事をしているから、信用が無いというのに。

 そんな事を考えて時間を潰していても、まだ黒い木は健在だ。確かに徐々に崩れているのに、こちらに向かう攻撃は威力は変わらず、下手に受ければ骨を折られそうだ。一体いつになったらこの戦いは終わるのか、という焦りが出てきて動きづらい。

 オレ一人でこの場をしのげる気が削がれ、不安が込み上げていく中、突如ヒトがこちらに近づいて来る気配がした。


「ちょっと借りるぞ。」


 カチャリとオレが落とした剣を誰かが拾い、オレに問う声がオレの耳に届いた。突然で驚いたが、誰の声かすぐに分かり、言葉への返答として黙って『ソイツ』の動向を見守った。

 『ソイツ』は向かってきた何本もの木の枝を物ともせず、一回持った剣を振るっただけで全ての枝を滅多切りにした。いや、オレの目では一回に見えたが、もしかしたらほんの一瞬の時間で何度も剣を振るっていたのかもしれない。三回や五回などではない、何十回と瞬きの間に切りつける事など『アイツ』なら出来かねない。

 そんな異常とも言える剣術をろうした後、オレらの方へを見返りってから軽快な歩みでオレらの方へと近寄った。


「おぉ、シュロ!なんだ自分からここに来るなんて、お前もしっかりと鍛錬を積んでいる様で安心したぞ!」

「言ってる場合か!」


 緊迫した空間で手を振りながらこちらに近寄る人物。ぬれいろの長髪をなびかせ、服の色も黒く動きやすそうな作りで、如何にも健康そうなはきはきとした動きを見せた。頭には二対の檳榔びんろうぐろの角を生やし、頭角人としての特徴も健在だ。

 楽観的なセリフを言われ、思わずツッコミを入れてしまったが、こっちもそんな場合ではない。冷静になろうと頭を振っている最中に空気を切る音が聞こえた。反射的に腕を伸ばせば、先ほど『ソイツ』が拾った自身の所有物である剣が飛んできて、伸ばした腕で思わず剣を柄を掴み取っていた。

 いきなり投げるな、と注意しても聞く耳を持たない『ソイツ』はオレに向かって剣を投げて直ぐに、さび浅葱あさぎの目をカナイに向けて言った。


「カナイ!持ってる!?」

「あるよ!クーディが届けにきたの、シュロ経由で受け取っておいたよ!」


 そう言い、森から洞窟へと出かける前にカナイに渡しておいた物を、カナイは収納魔法で出して『ソイツ』がした様に物を『ソイツ』に向かって投げて渡した。難なく投げられた物を受け取り、包みをとって中から出てきた見事な装飾が付いた、それでいて長過ぎず、短くもない立派な片手剣を持って構えた。


「おーさすがラサだね!ピッカピカの新品になって戻ってきたよ。ありがとね、カナイ!」

「お礼とか後で良いから、サッサと済ませてくれよ、セヴァティア!」


 言われた『そいつ』もとい、セヴァティアはカナイに向かってほほ笑むと、目つきをキツくして木に向かって睨みつけ、構えた剣をゆっくりと下に向け、次の瞬間地面を蹴って駆けだしていた。

 あまりにも速く、駆けだしたとこちらが認識した時にはセヴァティアは既に木のすぐ近くにいた。そして下に向けた剣を振り上げた、思えばまた下に向けていた。どこをどうしたのか見て分からなかった。そう思った瞬間木の幹にいくつもの切り傷が出来上がっており、その傷によって木の動きが緩慢になった。

 本当にどう動けばあんな状態へと成す事が出来るのか、視認してもまったく検討が付かない。とオレが悩んでいると、セヴァティアが突如オレの方へと向き直った。


「シュロ!止め刺しに行くぞ!まずはお前からだ!」

「来ると思ったよ!つうか、トドメいるかぁ!?」


 突然の譲りに短い時間悩んだが、言ったら止まらないセヴァティア相手なら、言った通りにさせてもらう。とは言え、核も既に撃ち、崩れかけている相手にトドメを刺すとなったら、どこをどうすれば良いのか迷う。

 そんな中、幹から伸びた枝の一本、まだ長く残った方が伸びて、こちらに向かって来た。いや、違う。よく見たら枝はオレのすぐ後ろのアサガオを狙っている。オレはすぐに横に動き、枝の伸びた先の正面に立ち剣で受け止めた。

 やはり崩れかけという事で、速さもだが強度も落ちている。おかげで簡単に受け止める事が出来、踏み込んで刃を押し込めば刃が食い込み裂け、そのまま薪割りの要領で枝を両断していった。枝は切られた事で二つに分かれてたが、割れたまま動く事もなく硬直し、次第に崩れていき木の屑が地面に落ちていく。

 オレは枝を両断してすぐの剣を払い、アサガオを後ろに下げてから走って、セヴァティア同様に木の幹の近くへと行った。近くに来たとは言え、何をすれば良いのか。とにかく、もうボロボロの状態で残った枝を根元から剣で切っていった。根をもう既に出て来ず、攻撃手段にしていた。枝を全て切ってやり、残る幹の部分を残し、剣を両手で持って振り上げた。そんなオレの動きに続き、セヴァティアも剣を振り上げ、合図も無く一斉に剣を振りおろし、交差する様に幹をオレとセヴァティアの二人で一緒に切りつけた。

 二人分の斬撃を喰らい、もう無事と言える木の部位が無く、鈍く木が軋む音を響かせて、限界を迎えた木は遂に全体が崩れ落ち、後には砂の様に木の屑が山となって地面に残った。風が吹けばそのまま屑が飛んで行ってしまうだろう。害と思われる気配も感じないからと、オレは一瞥してすぐに視界から外してふうと息を吹いた。


「よっし!やっと討伐で来たぞ!よく来てくれたな、カナイ!シュロも、よくやったな!」


 溌剌はつらつとした態度で、セヴァティアは既に体力が尽きて今正に崩れ落ちる時だったオレらに話し掛けた。疲れてはいるが、今どうしてもこの人物に言いたい事がある。


「今まで何してたんだよ!」


 オレ一人だけでなく、カナイも一緒になって叫ぶようにセヴァティアに問いかけた。オレとカナイの声が重なり、結構な音量となってこの空間に響いた。アサガオは耳を塞いで小さな悲鳴を上げつつ、どこか楽しげな表情でオレらを見ていた。セヴァティアに限らず、当然だが元気なヤツだ。

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