第6話 洞窟で鬱憤

 オレは好きよりも嫌いの方が多いと思う。


 山の土地守であるセヴァティアの消息が不明。及び西の土地の周囲で数々の異変が発生。今の所は巨大生物やらが暴走を起こし暴れるというものだ。今のところは被害が広がる前になんとかオレらで対処しているが、その手段もどれだけ持つか。

 そして異変が他の土地、他の生き物や種族にも起こっていないか、現状では傾向が見られず、正直お手上げ状態だ。その調査のために、魔法を得意とする土地守の助力を得ようと、土地守のクロッカスの洞窟へ向かっている最中だった。今オレらはその目的としている洞窟を目指す道中にある川辺のまちに来ていた。


 このまちはこの西の土地の中でも北方よりの中央に位置に、更に東に進んだ先にある港や他のまちにも道が繋がっており、あらゆる地方の物資を運ぶ者たちの休憩する場所としても知られているため、物流の拠点ともされている。だから商人が多くこのまちに滞在しているため、宿屋も多く経営している。

 今はカナイがちょっとした所用で姿は見えず、カナイが戻って来るまでまちの宿屋で休憩している。他の宿屋と比べると見劣りするが、それでも宿屋は大きく、村の宿亭と比べると失礼だが馬小屋とちょっとした富豪の屋敷に思えた。最初オレは普段寝起きする場所との違いからか、この宿に入るのに躊躇ちゅうちょしたが、カナイの知り合いが話を通して融通をきかせておいてくれたという事で支払いは心配しなくて良いとカナイに推され入った。何時の間にそんな連絡を取ったのやら。

 カナイの知り合いってところでオレはイヤな予感が過ったが、今は洞窟に挑むために体を休ませる事が優先だ。だがこの流れはダメがする。あくまでオレの勘であり、おれにとってはだが。


 部屋の一室で使った武器の手入れをしつつ、カナイが戻って来るのを待っていると、姿を見せたカナイを見てアサガオがカナイが来たと言い、はしゃぐ様子を見せた。アサガオから見たら、まちに入ったら突如カナイがどこかへと姿を消した様に見えたのだろう。まさかちょっとした所用のためにオレらから離れたとは思っていない様だ。知らないって幸せだな。

 それはさておき、戻ってきたカナイに早速洞窟へ行く事を言うと待てと言われた。


「急を要するんじゃなかったのかよ。」

「それも兼ねて、領主殿に会いに行くんだ。」


 『領主』という単語が出て、やっぱりと思った。このまちは他の土地から輸入した物資が集まるまちであると同時に、西の大陸の領主が住むまちでもある。そして土地守と領主は協力関係であり、故に基本村やまちでの悩みや異変解決を主軸に動くが、領主からの依頼を優先する事もある。カナイからすると領主とは友人としての付き合いがあるとかで、今回もその領主殿から『大事な話』があるから来てほしいとの事。

 相手が相手だし、行かなきゃならないのもわかるが、どうしても行く気が萎えて足が重い。そんなオレの心情をカナイは察してか、オレの背中に回り込むと思いっきり体当たりを喰らわしてきた。


「ったく、知らぬ仲ではないだろうに、なんだその煮え切らない態度は!久方ぶりに両親に会う子どもか!?」

「オレ親いねぇからその例えわかんねぇよ。」


 思わず言い返しはするものの、体当たりされてまで背を押され、コレ以上言い返すようならまた手痛くされるのが目に見えていたから諦めた。何より行かなければ余計に会いに来るよう催促させそうだと思った。ソレはイヤだ。

 そう決めたなら早く行こうと、さっきと打って変わって自分から進んで宿から出た。アサガオはオレとは違い、楽しげにオレの後を着いて来る。カナイは変わらずオレの様子をみて呆れ顔をした。


「お前、そんなに領主殿、カダフス殿が苦手か?」

「ニガテっつうか…あぁ、あの積極的な所が着いていけねぇだけだ。」

「それを苦手と言うんだろうが。」


 カナイから的確な言葉を刺してもらいつつ、領主に住居へと進めた。その道中、見覚えのある馬車が見えた。馬車の荷台に掲げられた印は騎士団のものだ。

 騎士団は王立の武装組織で、王城周辺の警護の他に危険生物の討伐が主な任務だと聞く。稀に地方に派遣される時は相当危険が伴うものだとも聞いた。つまり騎士団がいるという事は、このまちの周辺で何か良くない事が起きたという事か。オレが遭遇して来た暴走動物の事を考えると、他の場所で被害があってもおかしくない。もしかしたら、領主との話もそういう事に関してだろう。


 領主の屋敷前、近づいて行くと人が立っているのが見えた。それか誰かわかり、オレは溜息を吐きつつ今すぐここかた立ち去りたいと苦い顔をした。

 ソイツはさっき見た騎士団の指定の鎧を身に着け、背は人間族にしては高い方だ。深紅色のマントを背にまとい今まさに屋敷に入ろうとしている所だ。紺桔梗の様な黒髪を後ろで三つ編みした頭が振り返り、オレらにその表情を見せた。


「あぁ、誰が来たのかと思えば、懐かしの顔ぶれじゃないか。」


 飴色の目を細め、こちらを見ながら口角を上げたその表情は、笑ってはいるがどこか妖しく、見ているオレらを小バカにしている様にオレは感じた。いや実際小バカにしているんだろう。ヤツはそういうヤツだ。


「おぉレンか。騎士団が来ているから、もしやと思っていたがやはりか。」

「あぁカナイさま、お久しぶりで御座います。元気そうで何よりです。後シュロもいたか。」


 カナイに対して品行方正な挨拶をしてすぐに一変し、相手を見下す態度でオレを見た。そんな表情で見られ、腹を立てるオレの後ろに隠れる様立っていたアサガオは顔を覗かせ、オレらがレンと話しているのに気付くとレンに向かって名前を言い、元気かと尋ねた。その呼び声に答えてレンもアサガオを見た。その一瞬だけ穏やかな顔つきになり、アサガオに元気だと返事をした。その言葉を聞いて、アサガオが笑顔になるのを確認すると、再びレンは小バカにした表情でオレを見返した。なんでオレの方見る度に腹の立つ表情を見せるのか、分からない故の更に腹が立つ。


「…なんでいるんだよお前。」

「そりゃあ仕事さ。今のオレが暇そうにして見えるか?もしそうなら目の病気を気にした方が良いな。」


 最後の台詞はいらないだろ。相変わらずコイツ、レンは口を開くと憎まれ口ばかり言う。本人曰く、立場が上のヒトにはちゃんと行儀良くするとの事。つまりオレは態度の通り下に見られているワケだ。

 これで元はオレやクーディと同じ守仕だったのだが、会った時から仲は今の様な雰囲気だった。つまり中身はちっとも変っていない。

 レンの事はさて置いて、今は領主に会いに行かなくてはいけない。しかしこの様子だとレンの方も同じ様に領主に会いに来たのだろう。イヤな瞬間に立ち会ってしまった。

 それから屋敷から出てきた従者と思わしき人物に屋敷へと招き入れられた。外から見ても大きい屋敷の中は広さもだが扉や天井の高さから見ても高く広いに大きい。だが派手さは無くどこか質素感を感じた。広々とした廊下を案内されながら歩き、待合の為の部屋へ案内され中に入った。入ってすぐに、中央に置かれた長机と同じ見た目の椅子がいくつかがん目に入る。長机を挟んだその向かいに、明らかにヒトが座るにはあまりに巨大な足の短い椅子が鎮座していた。

 カナイはいくつも並んだ見た目がお揃いの椅子の一番奥の方に座り、オレはその隣に座ろうとしたが一足先にレンが座られてしまった。本当はイヤだがその隣に座ろうとしたが、今度はいつの間にかアサガオが先に座っていた。仕方ないので入り口から一番近い残りの席に座ったが、何故か不本意な気分になったが何とか全員席に着き、巨大な椅子と向かい合う形で件の領主が車で待った。

 その間、レンはオレやカナイに話し掛け、こちらの事情を聞いてきた。


「へぇ…セヴァティアが行方不明ねぇ?」

「正確には違うが、まぁある意味そうか。姿を見せず連絡もよこさんのだからな。」


 愚痴っぽくカナイが説明を切り、レンの方の詳細を聞くと、騎士団の方は討伐任務で来たのだと言う。なんでもこのまちの周辺で、出没しないハズの洞窟小鬼が出たのだと言う。それもここ数日続けてなのだと言う。確か洞窟小鬼は、川の土地守であるクロッカスの瞑想の場が結界の役割を果たし、外には出れなくしているハズだ。つまりその結界の力が弱まっていると考えて間違いない。やはりクロッカスに何かしら異常が起きているせいだろうか。

 ちなみにレン自身からは土地守を心配する台詞が出たものの、表情はまったく心配している雰囲気ではない。むしろ呆れといった別の感情を感じた。あくまでオレ視点での話だが。

そんなレンの様子を見ていたからか、それにレンガ気付き、今度はレンがオレの事を見た。


「…なんだよ。」

「いや?俺の事を随分と見るから、むしろそっちが何か言いたい事あるんじゃないのか?」


 そりゃあ、同じ守仕だった者が騎士になると言って去り、本当に騎士になって姿を見せた事に色々と考える事はある。だがそれを上手く言葉に出来ず一人で懊悩おうのうとしていた。後レンがオレを見透かしている様に見て来るのがムカついて話しづらいのもある。どうもやりにくい。

 レンの事はともかくセヴァティアの事は後で詳しく話すとして、そろそろ領主殿が来るだろうと言って大きな両開きの扉を見た。改めて見てもこの屋敷は扉を含んで間取りは大きいものばかりだ。まぁソレも仕方ない事だ。何せそうしなければ、この屋敷の主は自由に動けないのだから。

待合の部屋の扉が開き、領主が姿を見せた。


     2


「待たせてしまい、申し訳ない。久しいな、カナイよ。シュロも元気そうだな。」


 オレらと向かい合って座り、そう言ってどこかうやうやしさが感じられる空気を纏い、領主であるカダフスは挨拶をした。皆がカダフスを見ると目線を上げ、見上げる姿勢になる。それも当然で、相手は高い天井に頭をつけそうな程の竜族だからだ。頭から2本の角を生やし、体の表面はくろがね色の鱗で覆われ、見た目は2本の短い手足に3本の爪を持つ爬虫類だ。だが、鋭いハズの目つきからは穏やかさが、佇まいや口調からは気品を感じ、もしヒトであったら優美な老紳士だっただろうと思わせた。

 カナイも相手が領主であるから当然だが、いつものざっくばらんな態度を隠し、真摯な態度で挨拶をした。レンの方も騎士団の名を出し、王からの命で来たと強調して、先ほどまでのヒトを小バカにして微笑した表情は無く、どこか冷めた表情をしていたが、オレにはソレが無感情で無表情にも見えた。アイツは自分では無い別の存在を示す時、よくこうなる。


「洞窟小鬼の出没の話は私も悩んでおります。この土地自体は乏しくはありますが、ものの質は自慢です。そしてこのまちにはあらゆる土地から商品が集まるので、当然傭兵や護衛といった戦い慣れた者を雇っています。しかし、丁度行商の護衛で手が足りず、突然の襲撃でこちらも混乱状態が続いています。新たに傭兵を雇う事は考えましたが、まさか先に騎士団の方が来るとは思いませんでした。」

「こちらから輸出される物資は王都でも大変好評です。更にここに集まる商品の中には、王都からの輸出品もある。小鬼によって商人並びに商品さえも駄目にされてはこちらも、そちら側にとっても仕事に支障をきたします。」


 その土地の土地守と協力を仰げば、更に解決も早くなるだろう。というのが騎士団側の意見だとか。なるほど、オレには騎士団側が示した目的以外に思惑はあるかどうかは知らないが、一応互いに助力し合って今ある友好的な関係を確認しあおうという事だろうか。

 そこはオレの上司であるカナイに判断を任せるが、もしそれに伴って同行する相手がレンなのだろしたら、オレはそう指示した騎士団を恨む。まぁレンは元守仕だった故にカナイらと面識があるという事で選ばれたんだろうが、出来れば別のヤツに来てほしかった。

 そんなオレの心境を知らずか、アサガオはヒマそうに足を揺らしつつも時折隣に座るレンが相手し、今は大人しくしている。さすがにアサガオには難しい話が続いて苦痛だっただろう。

 カダフスもそれに気づき、アサガオを気遣ってか、菓子を持って来させた。それをアサガオの前に出し食べて良いかと聞くアサガオに良いと返事返しアサガオは嬉しそうに菓子を頬張った。

 それを見てカナイとカダフスは緩んだ表情をし、あの菓子はどこで入手したのか?など関係無い話をし出した。まだ大事な話は続いているのだから、さすがに緩くなり過ぎだ。軌道修正すべくワザとらしく咳をし、周囲の空気を一喝してやった。

肩を揺らし、カナイも一度咳を鳴らしてから話をし出した。


「それでカダフス殿、貴方からの依頼は、こちらの騎士との共同で洞窟小鬼の討伐ですか?」


確認としてカナイはカダフスに聞くと、どうやら違う様だ。正確には洞窟に赴き、調査してほしいとの事だ。


「今まで川の土地守であるクロッカスさんの結界によってまちは洞窟小鬼の脅威から守られていました。それが何故急に洞窟小鬼が洞窟から出てきたのか。何かクロッカスさんの身に遭ったのか?それを確かめてほしいのです。」


 それはオレらはこれからしようとした目的そのものでもあった。カダフスもオレらがこのまちに訪れた理由に関してもカナイから事前に交信魔法か手紙などで知っているハズだろう。

 山の土地守であるセヴァティアが行方不明の状態になっている事や、謎の暴走による動物らの襲撃自体は知られていないが、もし知られて他のまちに話が広がれば、混乱も広がりかねない。改めてカダフスからの依頼として赴いたとなれば、土地守のカナイがわざわざ関所を超えてこのまちに来た事に、他の住民が不安を感じる事は少なくとも軽減されるだろう。


「何か不足があれば此方で用意しますし、出来得る限りの助力は致します。」

「ありがとう。これから準備に取り掛かるから、必要になったらすぐに言おう。」


 そう言い、再び挨拶を交わしてカナイと一緒にレンもすぐさま立ち上がり、オレも続いて席を立った。アサガオは周りが立ったのを見てから急いで椅子から降りた。

 早々に部屋を出ようとしたところで、カダフスに声を掛けられた。正直無視したかったが、カナイに睨まれ仕方なく振り向いて返事をした。


「久しぶりだな、シュロ。最後の会ったのは、何時だったか。」

「…ひと月に一度手紙が来たから、そんなに久しぶりって気はしないが。」


 自分でも分かる位素っ気ない返事をしたと思う。そんなオレにカダフスは気にもしてない様子で、先ほどと変わらずこちらを気に掛ける言葉をオレに掛けた。カナイの紹介で一時期世話になった事があるが、会ったその日からその扱いをされて変な気分になる。


「つうか、もしかしなくても宿屋の支払い云々の話って、まさかカダフスの差し金か?」


 オレの考えを聞いて、カダフスは何故か誇らしげに笑い、強く同意の言葉を言った。オレらがこのまちに寄るとカナイからの交信魔法を受け、ならばと思って休憩場所を提供したのだとか。カナイはお礼をちゃんと言っておけよとオレに言うが、正直礼を言う気は起きないし、むしろ余計な事を、と怒りが込み上げてきた。そしてむずガユい。


「なんでもかんでも世話を焼こうとしないでくんねぇか!?何か居てもたってもいられなくて本当に会う度体が痒くなってしんどいんだが!?」

「まぁまぁ、そう言うな。しかし、あれからお前も丸くなったなぁ。」

「しんみりと言うの止めてくんね!?」


 会話を続ける度にこっちがツラい目に遭っている気がして、今すぐこの場から立ち去りたくて仕方ない。カナイはさっきからこっちを見てニヤついてムカつくし、レンも無表情を装っているが、よく見ると口角が上がっている。

全員が全員オレの方を見ていて、更に居た堪れない気持ちになる。


「あれだな。普段からシュロは世話を焼き方だから、世話を焼かれるのに慣れないんだなぁ?」


 確かに!とカナイの言った事に同意するカダフスが互いに笑い合っている中、オレは用が無いならサッサと行こうと部屋を後にした。世間話で時間を無駄には出来ない状況だと言うのに、このキツネと竜は呆けてのか?

オレの後に続きアサガオが着いて来て、更に続いてレンも部屋から出てきた。レンは変わらずオレの方を見てはニヤついた顔をしているが、興味を無くしたかの様にアサガオの相手をしだした。あまり見られるのは好きじゃないし、相手が相手だからその方が良いが、コレはコレで腹が立つな。


「そういや、騎士団では騎士同時二人組になって行動するって聞いたが、お前の相方はどうした。」


 騎士団では、互いに不足な状況に陥らないために常に二人一組で任務に挑むとどこかで聞いた。だが、コイツをこのまちで見かけてから誰かと一緒にいる所をみていない。

 コイツが一人でいるのを見た時から片隅で思っていた事を聞いてみたが、ソレにレンはワザとらしい溜息を吐いて掌を見せる仕草をしてから言った。


「オレの相棒殿は、不運な事に怪我を負って動けない状態でな。こうして単身で動かざる状況になった訳だよ。」

「いや、そんな状態でお前一人で行動なんて、騎士団側から許される事なのかよ。」


 どんな理由があるにしても、一人で行動するのはコイツの今の上司が許すのは不自然だ。今回の任務が任務だから、コイツは適材適所かもしれないが、さすがに誰か他のヤツを代わりに組ませるとかするのではないか?


「それはあれだ。俺の実力が騎士団の中でも知られていて、隊長方にも認められて単独行動を許したんだろう。」


 自画自賛、っと言いたいが、確かにコイツの戦闘能力は高いのは認める。コイツが守仕だった時一度だけ手合わせをしたが、勝つことは出来なかった。今も鍛錬を欠かしていないのであれば、その実力は変わらないだろう。

 単独行動に関しては、土地守との同行するという事で、必然的に守仕とも協力する事になるから、それで一応の二人一組になるから許されたのだろうと予想した。そうだとしたら、レンの今の上司である隊長は随分と柔軟な思考をしている事になるが、果たして真相はどうか?


 雑談を終えて、洞窟に行くという事で必要な物をまちの店で揃える事にした。本当なら来る前に村で済ませておきたかったが、カナイが現地で準備すれば、ここに来るまでの荷物が少なくて良いとか。カナイの今の容姿ではそもそも荷物を持つ事が出来ず、オレが持つ事になるからその案は良いが、持つ事になった時オレが結局荷物を全て持つ事になるから意味無いのでは?まぁ良いか、諦めた。

 騎士団であるレンとは屋敷を出た時点で別れ、集合場所はまちの入り口という事にした。まずは狭く暗い場所での戦闘は避けられないのは当然だろう。明かりは魔法で灯せす事も出来るが、使いっぱなしでは魔法を使うための活力の消費がかさんで疲労も早く貯まってしまう。嵩張るが松明を用意しておくのが良いだろう。

 他にカナイから事前に知らされていた物を購入していき、自分の使う武器も狭い洞窟内でも扱える短めの剣を用意した。ある程度道具を揃えた所でカナイから交信魔法を受けた。


「言った物は揃ったか?」

「あぁ、言われたものは揃えた。って結局オレ一人でやっちまったじゃねぇか。」


 カナイはどうやら今屋敷を出た所だとか。つまりそれまでカダフスと話をしてオレに仕事を任せたという事か。大事な話をしていたとしても、ソレを口実に準備をサボられたみたいで怒りがこみ上げる。カナイ自身はサボっていないと弁明するが、信用出来ないので聞き流して。

 準備も整ったので、レンとの待ち合わせ場所へと向かって歩いた。向かう途中あちらこちらに騎士団の者達が見回りをしていたり、これからまちの外に出るであろう商人に数名の騎士団員が付き添っていたりと、どこもかしくも洞窟小鬼を警戒しているのが目についた。それも当然だ。一般人からしたらカナイの森に棲む小鬼だって十分脅威になるし、非戦闘員ならどんな相手だって戦う事は難しい。住民らや騎士団一同が緊迫した空気を纏うのは生きていく上で当たり前と言える。しかし、そんな雰囲気をいつまでも続けさせるワケにはいかない。早く洞窟に赴いてクロッカスの元に行かねばならない。ただでさえ森の土地守であるカナイが森を離れ、自ら他の土地守の守る地に来たワケだした。

 オレは当初森に残っていた方が村のヤツらも他の所のヤツも安心するのではないか?と聞いたが、カナイ曰く土地守として、村やまちの住民はもちろん、同じ土地守の仲間を支えるのも土地守の務めと言って残る事を拒否した。無理がある言い分を思ったが、他の土地守が何か遭った時、どうにか出来るのも同じ土地守だから仕方ないと言えるか。


 待ち合わせ場所には、既にレンが腕を組んでヒマそうにして立っていた。オレらが来た事に気付くと、無表情だった表情に感情が宿り、いつものヒトを見下す笑みを浮かべた。


「おやおや?随分待たされたと思ったが、見た感じそれ程荷物を持っている様子ではないな。一体何に時間をとられていたのやら。」

「普通に買い物してただけだよ。お前がせっかちなだけだろ。」


 確かに今の手荷物は洞窟に赴くにしては少なく見えるが、あまり手荷物が多くても困ると、ある程度の荷物はオレの収納魔法に納めているからだ。オレが収納魔法を使える事は元守仕であるレンは当然知っているし、手荷物を魔法で少なく出来るという事だってレンはわかっている。つまりこのレンの語り掛けはワザとだ。

 態々オレに話し掛け、からかう為だけにワザと疑問を投げかけ、反応を見ているのだろう。


「おやっ悠長にしていられないとそっちが言っていたはずだが、聞き間違いでもしたか?」

「こっちは悠長にしているワケじゃ…ハァ、もう良い。」


 言い返してもまた何か言われ返してくるとわかっているから、この会話はここで区切る事にした。話を無理やり終えてレンつまらなさそうな顔をして肩をすくめた。レンの態度に腹を立てつつカナイとも合流し、レンの方も用意出来ているのならと、出立し歩き出した。


     3


 まちから洞窟の距離は、離れてはいうものの歩いて数分でその入り口が見えてくる程だ。凶暴と言われる洞窟小鬼が棲んでいるから、まちからもっと離れた距離にあるべきだが、そもそもこの洞窟から流れて来る水がまちのすぐ傍を流れる川と繋がっており、謂わばこの洞窟が川に水を流している注ぎ口の様なもの。つまりこの洞窟そのものもまちにとって生活する上では欠かせない場所となっている。そこに後から棲みついたのが洞窟小鬼なのだ。だから今更まちを離れる事も、洞窟を封鎖するもの難しい。

 そこに現れたのは土地守のクロッカス。洞窟を守りつつ、洞窟小鬼が洞窟を出てまちに被害が出ない様に瞑想の場を設けて結界を張ったというのが経緯だ。

 本来であれば、洞窟小鬼を討伐してしまうのが一番の解決策だが、そこには土地守として、どうしても洞窟小鬼に手出し出来ない理由があるのだが、どういった理由かの説明は今は割愛。現状は洞窟を守る事でまちを守るという形式になっていた。


洞窟の前、茂みを盾にし入り口を様子を見ている最中で今は軽く食事をしていた。カナイらは干し肉を分けて噛りいき、オレは干したイモを食っていた。妖精族は『自然の仲間』である動物の命を奪う事は出来ないし、食すことも出来ない。だからオレ一人だけ皆とは違う物を食べていた。


「さて?お前たち、戦闘前の食事は済ませたな。」

「一人まだ済ませてないヤツがいるが。」


 カナイに言われて、オレは干し肉を今も齧っている最中のアサガオを見ながら呟いた。さすがに子どもの歯では硬い干し肉は噛み切る事が出来ず、小さく分けたとは言え、未だくちゃくちゃと干し肉に噛みついている最中だった。それでもアサガオは干し肉を噛み切れない事に不満を感じていないらしく、むしろそれ自体を楽しんでいる様な笑みを浮かべてさえいた。本当に幸せそうなヤツだ。

 しかし、そんなアサガオの食事が終わるのを待っているワケにはいかない。小さいからそのまま口に入れてしまえと言って、口を大きく広げて口の中に残りの干し肉を押し込み、誤ってノドを詰まらせないか確認しつつ、カナイとついでにレンとで洞窟の方を見た。


「見張りは見えないが、警戒を怠るなよ?洞窟小鬼は、森の小鬼よりも残虐且つ狡猾こうかつだからな。」

「それくらい、散々教えられて知ってる。」

「土地守さまは相変わらずの心配性だなぁ?」


 オレは悪態を、レンは呆れた様な表情で答え、カナイに対して敬意の影も形も無い態度を見せた。それにカナイはやはり納得しないと思い、それは表情にも出てはいたが、オレとレンはそれを無視して洞窟への侵入に関して話し出した。カナイは突然自分を蚊帳の外に出されて焦ったが構わず話を進める。


「オレは殿しんがり、お前が前へ出て先導しろ。」

「そんな立派な鎧を着た騎士サマが、前じゃなくて後ろかよ。」

「そちゃあお前、物陰に隠れた小鬼が後ろから襲ってくる恐れがあるからな。オレが後ろから見守ってやるって言ってるんだよ。」


 よくもまぁいけしゃあしゃあと言いのけたな。しかし、正直前に出るのは仕方ないか。背はレンと比べるとオレの方が小さいし、動きやすいヤツが前に出て探る方がやりやすいか。理由は理解しているが、ソレをレンに指示されてやるのが気に食わない。結局はオレの好みの問題ってだけだ。だからやるしかない。


「ところで、アサガオはこのまま連れていくんだな?」

「あぁ、安全な所に置いてったってすぐ後追いかけて来るからな。言っても聞かねぇし。」


 アサガオの同行に関してレンに言われ、既に用意していたかの様に口からサラっと出た言葉をレンに聞かせた。オレらが話している最中も干し肉を齧っているアサガオを見て、レンは不思議と納得した様子だった。

 結局隊列は前から順にオレ、カナイにアサガオ、そしてレン、となった。話も終わり、それぞれ洞窟への侵入の位置についた。カナイは自分だけ話に加われなかった事に腹を立ててはいるものの、内容に不満が無いため、黙って共に位置に着く。

 そしてそのまま合図らしい合図も無いまま洞窟へと向かって駆けた。まちにまで被害が出た話を聞いていたが、洞窟の入り口付近には今の所洞窟小鬼の気配すら無い。身を隠しつつ首だけを動かし、洞窟の中を伺った。さすがに入り口からでは奥の様子はわからないが、このまま入っても問題は無さそうだ。レンの方もそう判断したのか、オレが動くよりも先に洞窟へと足を踏み入れた。


「オイ!オレが前じゃなかったのかよ。」


 声を潜めつつレンに向かって意見を言ったが、気にする素振りも無く念にためだと言い返された。


「そう思ってるなら、俺よりも速く動けよ。それと、物陰だらけだからな。気を付けてくれよ。」


 わかっていると思いつつ、オレも洞窟に入り、レンの前へと出て先を進んだ。その後にカナイがアサガオを連れて洞窟へと入り、辺りを見渡しながらレンも後に続いた。

 持っていた松明に早々に火を点け、物陰になっている場所を粗方照らして見た。レンもオレとは反対の方を確認しつつ、再び後ろに下がり後方を警戒する事に戻った。

 オレらが今通っている洞窟の通路は、そこそこ広いが歩いている場所自体の幅は狭い。すぐ隣は川になっており、この水がまちの傍を流れる川へと流れて行く水路になっている。その自然の水路は幅も深さも結構ある。足をとられて落ちないよう、足元に目線を落としつつ前方を見ながら進んだ。

 洞窟小鬼が棲む洞窟である事を抜きにすれば、水の流れる音が耳に心地よく、涼しく程よい居心地の場所だ。気を緩む事を許さない状況であるのに、オレらが進むその場所が逆に警戒心を持たせない不思議な雰囲気をしていた。それはどこか森の中の小川にも似ていた。


「気配は確かにするが、こちらに向かっては来ないみたいだな。」

「いきなり外からヒトが近づいてきて、警戒してるんだろう。まだそこまで理性は失ってはいないのかね。」


 未だ小鬼の姿が見えなく、待ち伏せでもしているのかと思っていたから拍子抜けしたが、さすがにまだ警戒を解くワケにはいかない。カナイの言う通り警戒しているのは考えられるまちを襲っておいて、こっちが近づいた途端大人しくなるとは、どうにも可笑しな動きをする。


「お前らの話から察するに、例の暴走する奴ってのは群れの中でも力が強い方、大将格の奴らだったんだろう?それじゃあ、今可笑しくなっているのは洞窟小鬼のボスの方で、他は影響を受けただけの下っ端って事になるのか。」

「あぁ。まちを襲ったってのも、その可笑しくなったボスの命令で動いたと考えられるが、問題の洞窟の中がこうも静かだと洞窟小鬼がいるのか疑っちまうな。」


 洞窟小鬼がカナイの言った通りの危険な種族というのは知ってはいるが、詳しい生態はわからない事の方が多い。群れを成す事も知ってはいるが、その群れの中でそれぞれどういった動きをするのかはオレの知識の圏外だ。洞窟小鬼の相手なんて、滅多にしないからな。

 レンと互いに意見を言いつつ、先に進むと開けた場所に出た。真ん中には森でも見た広い舞台の様な石造りの台座が鎮座しており、ここがクロッカスの瞑想の場であるとわかった。

 瞑想の場の周りには先ほどの水路へと流れる水が貯まっており、ここがどこか湖の中にある浮島の様に思えた。それによって土地守の瞑想の場という事実と合わさり、更に神秘性を増した。

 カナイは瞑想の場へと駆け寄ると、真ん中に立ち魔法陣の様な光る円状の模様が浮かび上がり、カナイがソレを手でいじり何かを視ている素振りを見せると、粗方見た後納得した様子も見せた。


「あぁ、結界の何か所かに穴が生じている。小鬼共はここから抜け出たんだろうな。」


 判明した事をカナイは口にしながら、更に魔法陣の様なものをいじる、何か手を加えている様だった。守仕のオレでも、土地守の事はあまり知らないが、カナイが何かしら張られている結界に補強を行っている事を察し、黙ってその様子を見ていた。

 フと視界に入ったレンの表情が、一瞬だけだが舌打ちでもしてそうな悔しそうな、何か忌々しげな目でどこか遠く見ている様な表情をしていたのが目に入ったが、レンの方に向き直るとレンの表情はいつもの見ている方がムカついてくる笑みに変わっていた。一体何なのかと考える暇は、どうやら無いらしい。ソレはこの洞窟に入ってから知っている事だった。

 瞑想の場の奥、洞窟の奥へと続くであろう穴があり、そこから何かがこちらに近づいて来るのが音と気配でわかった。そしてその近づいて来るものが何かもオレらは知っていた。


「おっやっとお出ましの様だぞ?シュロ。」

「言わんでもわかる。」


 言いながら腰に下げていた剣を抜き、コチラに来るソイツらに向けて構えた。構えて直ぐにソイツらの姿を視認出来た。なるほど、小鬼としての姿形や特徴は森にいるヤツらと一致するが、色は黒く、消炭色をした体は森にいるヤツらよりも鍛えられゴツい印象を受けた。手も大きく爪が鋭く伸びており、何よりも目つきがカナイの言う残虐さと狡猾さを表す様、鋭く見ていて寒気の様な恐怖を感じされされる。正しくヒトを襲う事に慣れた目だ。

 レンも構えようと動いたその時、オレらが来た道の方から洞窟小鬼が現れ、道を塞ぐよう立ちはだかった。どうやらこの小鬼共は、最初からオレらをこの空間で挟み撃ちする事を狙って、入り口に見張りを立てず洞窟の中に誘い込んだ様だ。道理で簡単に洞窟に入れたワケだ。むしろ入れられたと表現するべきか。


「オイ殿、後ろ取られてんじゃねぇよ。」


 殿を務め、後方を警戒していたハズのレンに、小鬼によって後ろをとられた怒りをぶつけるが、ちゃんとしたいたとあからさまな言い訳をされ、コレは何を言ってもまた言い返されると思いそれ以上はオレも言わなかった。むしろ、騎士であり戦い慣れたレンの目から逃れ、後ろをとった小鬼共に脅威を感じるべきだろうか。

 どちらにしろヤツらの挟み撃ちに誘い込む作戦にまんまと引っ掛かりピンチになった事に変わりない。アサガオを現時点で安全圏であろうカナイのいる瞑想の場へと押し込み、前と後ろそれぞれに向かって戦いに備えた。出て来ていきなり襲い掛かって来なかったが、小鬼共は息を荒くし口の端から泡が出ているのが離れた距離からでも見えた。


「おいおい。可笑しいのは洞窟小鬼のボスだろ?見た感じ下っ端の様子もヤバいんじゃないか?」

「知らん!そもそも元々の洞窟小鬼が普段からどういった様子なのか知らねぇからな。元からあんなじゃねぇのか?」


 それは言えると納得しているのかしていないのか、分からないがこちらの答えに返事をしてすぐにレンは詠唱をし出した。


こぼれ落ちる雫、速さによって磐をも砕くその力を顕現する。」


 レンの詠唱によって生じた水の塊がレンの翳した掌の上に集まり、球体に成った瞬間細長く変化し槍の形状に留まりソレをレンは掴み、両手で円を描く様に振り回し構えた。《


「洞窟の中だから小さめの武器を用意して来たが、これだけ広い場所で戦うとなったら、むしろこっちの方が良いだろう?」


 魔法で武器を生成し、態々オレの方を見て武器の使用の確認をしてくる意味は無いと思うが、一応返事をしてやり、お互いに戦う準備は万全となったところで、危機を察した洞窟小鬼共は一斉に武器を持つオレらに襲い掛かった。

 動きは確かに速い。見た目というか外見からも森の小鬼とはまったく違うのはわかっていたが、襲い掛かる形相は本気で命を奪いに来るケモノそのものだ。森でナワバリを張って威張っているアイツらがカワイく見えて来る程だ。だが、倒せない相手ではない。

 本来なら生物を殺傷するのはご法度だが、洞窟小鬼といった一定の生物は討伐対象であり、見たら確実に仕留める様お上からも言われている。故に跳びかかってきた一匹をオレは遠慮無く斬った。っと言っても襲ってくる小鬼全てを斬り伏せる事はしない。何匹かは蹴ったり殴ったりして気絶させたり、身を守った。自分から『危険な状態』にはしたくないし、なりたくないからな。

 レンの方も鮮やかな槍捌きで小鬼共をけ散らしていた。後ろから攻撃を仕掛けた相手には槍の柄を上げ、ソレを小鬼の腹に向けて突き出した。更に槍を再び円状に振り回し、その勢いでまとめて小鬼共を強打し、薙ぎ払い、斬り伏せた。

 粗方小鬼共を倒すと、残った小鬼が奥へと逃げようとしたが、レンは槍を小鬼に向かって投擲とうてきし、小鬼ごと貫き洞窟の岩壁に槍が突き刺さった。逃げられて仲間に告げ口をされては困るから、倒してくれて助かったが、少し血を流し過ぎたか。


「おい!もうこれ以上血でここを穢すなよ!?これ以上は私らでも浄化す切れないからな!」


カナイの怒鳴り声を聞いて、オレとレンは気の抜けた返事を同時にし、聞いたカナイは呆れつつも瞑想の場での作業を引き続き行った。


 カナイが怒鳴るのは当然と言えた。瞑想の場、特にこの洞窟の中を流れる川の水を血で穢してはいけない、というのは理由の一つで、もう一つ血を流してはいけない理由がある。

 生き物の血、特に小鬼といった攻撃性の高い種族の血は争いを呼ぶと古くから言われている。それは血を嗅ぎ付けた同族が血に引き寄せられて血を流した相手を攻撃するからだと言う。その攻撃は敵討ちと言ったものは決して無く、自分にも危害を加えるであろう敵を先んじて排除するためだと。当然血を多く流せば、その分多くの同族を呼ぶ事になる。

 そんな事を人里に近いこの洞窟で起これば、小鬼の血が他の土地にいるであろう他の小鬼共を引き寄せ、まちに危害が加えられるのは目に見えた。故に土地守として、ヒトを守る立場として小鬼を討伐する事は出来ない。本格的に討伐するとなったら、人里から遠く離れた山奥などにおびき寄せてから一気に行うとされる。騎士団や傭兵といった戦闘に特化した職業が討伐を行う。


「さて、結界の補強は出来たが、私はここを動く事が出来ない。私はここに残るから、奥に進むのはお前たちは任せた。」

「なんだ、結局オレらだけで行くのかよ。」

「仕方ないだろ。補強出来たと言っても、出来たのは穴を一時体に埋めただけ。その塞いだ穴も私が押えていないと簡単に取れてしまうものだ。だから押えておくためにここで力を維持しないと。」


 やはり他所の土地守の領地だからか、結界も張った本人でないと上手く維持し続けれないとの事だ。山に張られた結界をカナイが解けなかったのと一緒だ。だがそこは魔法の専門家であるクロッカスなら、どうにか出来るという。


「しかし、クロッカスの張った結界の力が弱まっているとは、やはり術者本人に何か魔法の弊害となる事でもされたか。あるいは…まぁそこはシュロ達が会えればわかる事か。」


 独り言を言って勝手に完結してこちらに向き直ったカナイは、改めてオレらにクロッカスに会い、事の詳細を聞く様に言い渡された。言われる前から聞こうと思ってはいたから、今更だと思いつつ返事をし、進む方向へと向いた。


「元々クロッカスに用があって来たんだから、態々言わなくても良いのによ。…レン?」


 レンに向けて言ったつもりだから、何の反応も返ってこない事に疑問を持ちレンの方を見ると、当人はさっき見た忌々しげな面持で奥を見つめていた。正確には睨みつけていたか?肩をゆすって話しかけたら、やっとキツかった表情を緩めてこっちを見て何だ?と聞いてきた。聞きたいのはこちらだが、今は見なかった事にした。


「サッサと行くぞ。そろそろ外に出て日に当たりたくなったからな。」

「なんだ、お前から話し掛けておいて…まぁ良い。それには同意だからな。」


     4


 オレとレンとで洞窟の奥へと向き直しはいたが、後ろが気になり少し見下ろす形にしてオレらの足元を見た。当然だがアサガオがそこにいた。さっき言った通り、アサガオも洞窟の奥へと同行する。本当なら、瞑想の場が安全だとわかった時点でそこに置いて行きたかったが、やはり本人は残る気など更々無い様だ。

 オレもこのまま連れて行く気でいたし、レンの方もどこか満更では無い様だし、いつも通りアサガオが一緒でも大丈夫だろう。またレンが殿を務める様だが、今度は後ろを取られない様にしてほしい。

 洞窟を進むと、次第に入り口近くでは感じなかった不快感が肌に伝わって来た。森の小鬼も良い匂いとは言えない、草木の匂いに混じった仄かに臭う泥臭さがあるが、コイツら洞窟小鬼は森のヤツらとはまったく違う。残虐性が表まで滲み出た鉄の錆臭さ、ソレが洞窟の奥の小鬼のナワバリがあるであろう場所から漂ってきたのが分かる。

 これからどういう所に足を踏み入れるのかが頭に情景が浮かび、進む事を躊躇させたが、考えている場合ではないのは分かっているから一瞬の停止の後、すぐに足を進めた。松明を掲げ、進む先方だけでなく岩の影、天井も見上げて怪しい所は無いか視た。レンもあちこちを見つつ後ろを重点的に目を向け警戒している。

 アサガオはデコボコ道に足をとられないよゆっくり慎重に、時に岩に手を付け這う様にしてオレらの後を着いて来た。やはり子どもにはこの洞窟の中は進みづらいだろう。オレはともかく、レンから見れば今通ってる洞穴は狭く、手を伸ばせば天井に手どころか肘が付きそうな程だ。ソレに比べアサガオは他の子よりも背が低い。本人はソレを気にしているから周りもあまり口にしない様にしているが、小さきという事実は変わりない。

 周りは大きな岩だらけだから、オレらにとってはカスリ傷でも、アサガオにとっては下手すれば重傷になりかねない。とは言え、今更カナイの待つ瞑想の場へ戻そうという気はしない。単にオレが気をつけて見れば良いだけだ。理由はオレも知らないが、レンもアサガオに対しては甘いというか、情に掛けてる様子だし。そこは大丈夫だろう。

 そうこうしている間に、前方から声が聞こえた。声と言うにはあまり耳触りの良くないものだが、よく聞けばオレの妖精族としての耳には言葉になって聞こえた。さっきの戦闘では問答無用である故に言葉に成り立っていなかったが、今度は少なからず相手側も意思疎通しているためか、意味のある音になって耳に届いた。


「ニオイ…すル、ソトからキタ…ニンゲん。」

「…ニンゲンじゃ…ナイヤツも、イル…アオくさイヤツらノナカマダ。」


 聞こえて来るのは森いた小鬼と変わらず、不快感が耳に残るしゃがれた声だ。だが、その言葉は森のヤツらと比べて酷く嫌悪感を催す気配を感じた。青臭いってまさかオレの事か?


「おぉおぉ、お相手様はやる気満々だな。」


 レンはどこか楽しげに小鬼共を見て槍を構え準備をしていた。槍はさっき出した物より短く狭い場所に向けて大きさを調整したらしい。器用なヤツだ。

 オレも剣を鞘から抜き、その瞬間に小鬼がこちらに跳びかかって来た。小鬼の目が血走っていて恐ろしい形相になってこちらに向かって来るからそこでビビらされる様だ。だが生憎とオレらはそういう見た目のヤツ相手は慣れているから恐怖する事もビビる事も無く、淡々と攻撃を繰り出した。

 剣で薙いだ後に剣を振るった反動を利用し蹴りをもう一匹に当てた。レンは槍を構えてから一歩も動く事無く槍を突き出し槍先を一匹の小鬼に当て、当てた小鬼が後ろに押された勢いで後方にいた小鬼にぶつかり、力を加え二匹まとめて岩壁に突き飛ばした。突き飛ばした先にオレがいたから危うくぶつかりそうになったが、視界の端に入ったおかげでギリギリで躱す事が出来た。


「っぶなぁ…お前、もうちょっと周り見ろよ。」

「お前なら躱せると思ったから遠慮無くやったんだよ。なんだ?そんなに怖がらせたか?悪かったな。」


 そのいちいち挑発してくるのを止めてほしい。思わず不意打ちをしたくなる。アサガオがいるからしないが。そうして小鬼を薙ぎ倒していき、先へと進んだ。もちろん警戒は怠らない。レンの方がどうか知らないが、チラリと見たが後方をちゃんと見ていたのが見えたから大丈夫だろう。

 奥に進むにつれて当然だが小鬼の数も増えてきた。洞窟と言う狭い場所故囲まれるほど多くはならないが、3・4匹並べられたら壁になり、倒さない限り先に進めないのが厄介だ。こちらは出来る限り血を流さず先に進みたいのに、向こうがソレを許さない体勢になってしまっている。今気絶させても後から気づき、後ろから追っかけられでもしたら正に形勢不利だ。

 こうなったら、サッサとこの場を突き抜けて行ってサッサとコイツらのボスを倒し、サッサと戻って来るしかない。しかしそうなるとアサガオにはオレらと並走させる事になるが、この岩だらけの道をアサガオに走らせるのはさすがに無理だ。アサガオは仕方ないが突っ切ってる間はオレの背にでもしがみ付いていてもらう。見た目に応じて体重も軽いからいけるだろう。そう思っていたら、レンがアサガオに話し掛け、レンの背にアサガオがしがみ付いた。


「オレの方がお前より体格が大きいから、こうした方が良いだろ?」


 まるでオレの考えを読んだのか、それともレンも同様の事を考えいたからか、オレに見本を見せびらかす様にして背にしがみ付いたアサガオを指さし言った。


「なぁに、この状態になってまで後ろをとられるなんて事は絶対しないさ。」

「さっき潜んでた小鬼を見過ごして後ろをとられたのは誰だよ。」


 まぁこういった場合、体格が大きい方に背負ってもらうのが良いか。態勢を直し再び行進した。レンの方はアサガオを背負っていると思わせない、先ほどと変わらない動きを見せているからこのままで本当に良さそうだ。時折レンの方からアサガオに話し掛けているのが見えたが、今の状況では二人が何を話しているのかは聞こえなかった。


 更に先を進み、倒した小鬼はどれくらいになったか、正確に数えていないから覚えていないが、剣の刃で切った数は多くないから穢れが溜まらない程度に抑えていると思っている。レンもそこは考慮しているハズだから、今の所順調だ。

 だがまだ油断出来ない。ナワバリを突き進み、小鬼共を薙ぎ払って行き、たまにレンが後ろから来たヤツを槍の柄を使い後ろを見ず目で追い、小鬼を倒していくのを目の端に入れた。

 どれくらい進んだか、周りの空気がナワバリに入った時と比べてだんだんと異様に重く感じる。小鬼も何故か気配はするがこちらに襲い掛かって来る様子が無い。こちらをジッと見られている気がする。それもオレらが進む先に先んじて進んでいる。コレはこちらの様子を見つつ、ナワバリの方に後退しているという事か?


「誘われてる?考えが分からん。」

「そうか?オレはなんとなくだが、考えが読めてきたぞ。」


 レンは口角を上げ、オレが分かっていない事を意外そうにして言った。まるでレンの方から出題でもされている気分だ。かなりしゃくだがどういう考えかを聞いた。互いの考えを共有しておかないとこの先共闘する時支障が出かねない。


「あくまでなんとなくだぞ?あいつらは厳選しているんだと思う。」


 いきなり小鬼という種族からかけ離れた単語が出てきた。アイツらが何を厳選してソレをどうするのか、まったく想像出来ない。そもそもアイツらがわざわざ何かを選ぶほどの知能というか、理性があるのか疑わしいが、そう考えるオレの心情を無視する様にレンは話を続けた。


「考えてみろ。お前が今まで遭った暴走動物共には皆枯れた木の根が見つかっているんだろう?木の根、つまり養分を吸う役割のある植物の部位だ。」


 養分を吸う…なるほど、今までのヤツらは力の有り余った巨体の持ち主だった。傀儡に至っては力を蓄積している状態、養分の塊の様な物だ。吸い取るだけの力を持つヤツに、あの木の根は取りついていると。更に話は続いた。


「俺は目にした事が無いが、その取りついた木の根は最後には全て枯れていた。それは何故か?もちろん吸い取る養分が無くなり、果てたからだ。」


 ソレはつまり、オレとの戦闘で力を出し尽くした結果という事か。そこまではオレも読めてはいたが、まさか今回の件に繋がるとはな。


「結局は、その木の根は養分を欲している状態というワケだ。さてそこで問題なのは、どうやって力を見つけるか、もしくはその力を持つ者をおびき寄せるか、だが。」


 最後まで言われなくても、もうオレには察しがついた。つまり今オレらは小鬼をエサに、オレらという新しい養分エサを釣られた状態と言う状態なワケだ。確かに小鬼がまちの住民を襲うまでになったら、傭兵など強いヤツが討伐の為に出向く事にはなるだろうが、カナイはそこの辺り、気づいているのだろうか?

 そしてレンの考えが当たっていると暗示でもするかの様に、オレは洞窟の開けた場所に出た。そこには数えるのも億劫になる程の洞窟小鬼がオレらを囲う様にして待ち構えていた。


「つまり、今までの動物らもここのボスとやらも、木の根で『暴走している』と言うよりも木の根に『操られている』って事か?」

「ここまでは推測だがな。だが、案外当たっているのかもしれないな。オレの頭脳も悪くないな。」


 自画自賛しているレンは無視して、オレは目の前のヒドい光景をどうにかして消せないかと軽く現実逃避をしていた。これだけの数の小鬼、レンと組めば倒し事は可能かもしれないが、その場合蓄積されるだろう穢れがどれだけのものになるか。後でカナイから苦情が出るのは間違いないし、オレも穢れの浄化のために時間稼ぎにかり出される事は間違いないな。


「ふむ…ボスらしい奴の姿は見えないな。こいつら雑魚を粗方倒していって、向こうから出てくるよう誘き出さなくてはいかねいらしい。」

「結局は時間を稼げって?重労働だな。」

「嫌になったんなら、引き返しても良いぞ?今ならまだ来た道を塞がれていないし、間に合うぞ。」


 無言で断ってやった。そんなオレらの会話が終わるのを待っていられないと言うかの様に、何匹もの小鬼共が襲い掛かってきた。数なんて数えてる余裕は無い。ただ自分から一番近づいたヤツから殴ったり蹴ったりして、可能の限り血を流さず攻撃して小鬼を気絶させたり、行動不能にしていった。剣を鞘に納めたままで振るうと、使いづらいが重くなる分鈍器代わりになるし、正直普通に鈍器持ってくれば良かったが、今収納魔法を使っている余裕すら無く、とにかく現状で小鬼を倒していくしかない。

 レンは相変わらず涼しそうな顔をして槍を振るって同じように小鬼を倒していた。時に魔法を使って小鬼の動きを止めていた。

 レンの魔法属性は『冷』。水や冷気を操る部類で『鎮静』の性質を持つ。例えば高めた攻撃力を戻したり下げりといった能力を低下させる効果を持っている。活性化したものを鎮めるとなれば、今回の戦いにも向いている。次々を小鬼に魔法を放ち、小鬼を氷漬けにし周囲にも氷が広がり周りにいた小鬼にも冷気が当たり次々に小鬼を行動不能にしていった。氷漬けは大分

強引だが、無駄に暴れられるよりは被害は少なく済むな。


 それからオレとレンとでアサガオが立つ部屋の中心を基点に、周囲を取り巻く小鬼共をある程度倒していった。時折オレがレンの死角から襲う小鬼をレンの代わりに蹴ったり、レンが投げた槍がオレの方へ向かい、ソレを躱してオレのすぐ横にいた小鬼に刺さるなど、協力的とは言えない連携をとっていたが、流石に結構な数の小鬼を相手にしたから疲労が貯まってきた。レンも余裕そうにしてオレに意地悪でもしてくる様子が見られたが、その表情にも陰りが見えた事から、やはりレンもオレ同様に疲弊しているのが分かった。だが今互いの状態を観察している場合でもない。むしろこれからが本番に入るところだからだ。そして、それはやっと来た。

 遠くから響く地面が揺れる音と振動。徐々にそれは大きくなり、残っていた小鬼共もソレを感じ取ってか、今まで理性を無くしオレらに襲い掛かってきたのに、雰囲気が変わって焦りを見せた。そしてどこかへと走り、岩陰かどこかに隠れて見えなかった横穴にでも入り身を潜めたりし姿を消した。


「やれやれ…休憩時間はたったの一瞬か。手当はどれくらいもらえるかな。」

「言ってる場合かよ。やっと本命が出たんだから。」


 言われなくとも、と既に槍を構えた状態のレンを横目に、振動と共に現れた大きな影の主を見上げた。あの洞窟小鬼共を一応束ねている存在なのだろう。見た目は大きいが、存在感というか、発する雰囲気に圧される。


 小鬼は言ってしまえば子どもの見た目をしている。手足は細いが腹が膨らんで大きく、肌の色や目を見て小鬼と判断出来た位ヒトの子と変わらない。だが、今目の前にいる小鬼のボスは正しく大きなヒト型だ。他の小鬼とは違い大きく太い出足をしており、背はオレらの中で一番大きいレンを軽々追い越し、この部屋の岩の天井に頭をつけそうだ。耳は森や洞窟の小鬼同様大きく尖り、陰って見えづらいが目も爬虫類の瞳をしていて、睨まれるとヒドい悪寒が走る。肌色は洞窟小鬼特有の暗い色をしているが、どこか赤黒い色が混じって見える。洞窟小鬼のボスというだけで危険な気配がするのに、その見た目で更に危険な気配が増した。ソレが今自分らと向かい合っているという現実は脅威の他無い。

 小鬼のボスは手に持つこれまた大きな棍棒を振り上げ、間違いなくオレらの上に下ろされるだろうソレをオレらは目を離さず後ろに跳び、瞬間振り降ろされた棍棒の衝撃と振動が襲い掛かった。棍棒に当たっていないのに、攻撃を当てられた様な感触だ。

 オレらの後ろで待機していたアサガオは、衝撃によって生じた揺れで体をとられ、今にも転倒してしまいそうな程足元をフラつかせている。こんな状態では、洞窟に来る前に考えた『作戦』に支障が出る。ボスの棍棒による衝撃攻撃を封じて揺れをどうにかしたい。

 レンも衝撃や揺れを鬱陶しく思ったのか、ボスの持つ棍棒を睨みつけた後、オレの横っ腹を槍の柄で軽くついて来た。軽くだが痛い。


「お前の考え、俺はどこまで関われる。」

「…いきなりなんだよ。」


 オレが何かを企んでいるという事に気付かれた事に少し驚いた、と言うよりも読まれることは想定内で、その考えに自分も乗ろうという姿勢なのが意外と思って驚いた。今はオレと組んで戦ってはいるものの、レンは結局は自分一人、単独で動く事を優先すると思っていた。だが都合が良い。コイツにもやってもらう事にした。


「今回はさっき言った木の根でボスは暴れているだろう。だからソイツをボスから取り除く。」

「んで、取り除くために動きを止める、と。…分かった。」


 簡単且つ短く伝えた。レン相手ならこれくらいで分かるだろうと思ったが、大丈夫だろうか。まぁ良いだろう。とにかく今はボスの動きを止め、暴走の原因である木の根を見つけなくてはならない。現状そこらに置いた松明の明かりで照らされているボスの下半身が辛うじて見える位だ。上半身にまで明かりが届かず、真っ暗な中輪郭が見えるだけで、今ボスがどんな顔かわからない。まぁわかってもあまり良い感情は湧かないだろうが。

 明かりを照らす魔法はあるが、オレが出来るのは手元で火を灯すくらいのものしか使えない。それ以上の照らす範囲を広げる、高い場所を照らすなどは火属性の魔法を極めないと出来ない。レンもオレと同様火属性は得意ではない。むしろレンの得意とする冷属性と相性が悪く、使うと反動で身体に悪い影響が出る。だから明かりに関しては魔法でなく工夫が必要だ。

 思考している間、オレとレンは小鬼のボスとの攻防を繰り返していた。棍棒を振り回し、オレらに当てようとする動きをオレらが見極め躱していく。当たらない場合、別の攻撃手段でオレらを狙う。腕を伸ばす、足を上げ踏みつぶそうとしたりと、単純な動作ばかりだ。ボスと言うからどんな攻撃をするのかと思ったが、体格や破壊力ばかりが目立つが頭のつくりは他の下っ端の小鬼と変わりないらしい。

 だが、だからといって油断出来ない。何せあの巨体だ。一回でも攻撃が当たる、掴まるなどでもしたら間違いなく大怪我どころではない。

 それにさっきからずっとこちらも攻撃を繰り出す、ソレは確実に当たっているハズなのだが、一切怯む様子は見られない。防御力も攻撃力同様高いという事だ。コレは長期戦になるだろう。だからオレらは道具を使う。


     5


 今はこの部屋で派手に動いているのがオレとレン、そして小鬼もボスだ。他の小鬼も部屋にいるハズだが、どこかで身を潜めこちらの様子を伺っているのだろう、微かに視線を感じる。

 オレらが戦っている間、後ろで待機するアサガオが隙を見て小鬼に襲われないか不安はあったが、そういった事にはなっていないらしい。ボスの気配に圧されて、下っ端共も下手に動けないのだろう。なら好都合だ。後ろにいるだろうアサガオを再びみた。『アサガオの姿はなかった』。だがそれで良い。ちゃんと言った通りにしている事の証だ。

 言っておくが、アサガオを放置して危険に晒しても平気、というワケではない。アサガオは基本素直だが、たまに我が儘になり留守番して家で待つことをイヤだる事があるが、基本こちらの言う事は聞くし言う通りに動く。ソレを知っているからこそ、アイツになら任さられると先に指示しておいた。

 アサガオは隠れるのが得意で、いつか小鬼と遊んでいた時も、気配に敏感で嗅覚が優れた小鬼との隠れ遊びでも、最後まで見つからずにいた実績がある。小鬼共は大変悔しそうにしていた。そりゃあ、隠れたヒトを見つける事に自信があったのに、見つける事が出来なかったワケだし、アイツらも随分とアサガオ相手だと子どもっぽくなる。話が逸れた。

 今回も小鬼はアサガオを襲ってくる事は無さそうだが、それでも絶対ではない。もしかしたら何かの拍子に隙だらけのアサガオを襲って人質にでもするかもしれない。もちろん警戒した。だがアサガオは今、小鬼に襲われていない。それどころか小鬼もアサガオの姿無い事に気付き、辺りを見渡しているのがチラリと見えた。見つかっていないらしい。

 どこかの岩影、それも地面から随分離れた場所、岩壁をよじ登りでもしないと行けない様な場所にアサガオは立っていた。部屋の影沿いはどうやら細い通路の様になっているらしく、慎重にその通路を進み、オレの指示通りに動いていた。小鬼の姿が見えたら、姿勢を低くしゆっくりと進んでいる。アサガオがオレの指示通りに動いていると予測すれば大丈夫だろう。

 その間、変わらずレンと連携しボスを牽制していた。だからかボスもイラついてきたのだろう、攻撃をする際異様に力を込めている感じがする。鼻息がさっきよりも荒くなってるのも耳に届いて少し気持ち悪い。

 再びボスが棍棒を振り上げ、例の衝撃攻撃を繰り出そうとした。その瞬間、レンがどこからか柄の長い槍を取出し、ソレをボスの振り上げた腕を斬りつけた。良く見るとレンの持つ槍の刃の形は突く事に特化した尖ったものでは無く、斬りための形をした曲刀型をしている。

 ソレよりも、ボスの腕を斬りつけた事で攻撃は中断され、振り上げた棍棒を手から離し、大きな棍棒は地面に落ち、先ほどの攻撃程ではないが落下の衝撃で少しばかり揺れた。思わず見上げ、アサガオがいるであろう方向を見たが、落ちそうになっている子どもの姿は無さそうだ。それを確認したらすぐに視点をボスに戻し、備えた。

 ボスは斬られた事や攻撃をジャマされた事に怒り、咆哮を上げた。声にならないその大きな音は周りに響き、小鬼を怯えさせ思わず跳びだし、逃げ惑う姿を見えた。レンは手で耳を押え、苦そうな表情をしてボスを見ている。オレは耳を抑え損ねて直に咆哮を耳にしてしまい、耳の痛みと共に立ち眩みがした。ヤバい、鼓膜は破れてないだろうがちょっと立つのがキツい。またボスが攻撃を仕掛けてきたら、今度は避けるのは難しい。そう考えていると、どこからかアサガオの声が聞こえた。

 聞こえた瞬間、オレは走り決めておいた場所へと向かう。着けばアサガオがちゃんと指示通りにしたであろう、『跡』がちゃんとある。アサガオはちゃんと退避しているな?退避している事を信じ、オレはその跡に魔法で火を点けた。

 跡にに火が点くと、その火は跡を辿り、上へ上へと登り、広がって行く。跡はそのまま上の方へと続き、火もその後に続いて更に燃え広がる。火が点くと、場所が部屋の上部だからか、だんだんと部屋の中が明るくなっていき、明るくなると部屋の中で逃げ惑っていた小鬼共は、今度が部屋の明るさに怯え出し、更に慌てた様子を見せた。これはボスも同じだ。部屋が燃え広がる火によって明るく照らされ、ボスは何故火が燃え広がるのか、辺りを探るように首をキョロキョロを動き回しているが、その原因はわからず見つからない。ソコは上手くアサガオが隠れようにして置いていったのだろう、燃え広がる火はある地点で止まり、轟々と燃え続けて部屋の中を完全に影となる場所を消した。

 小鬼という種族は総じて『光』を嫌う。森にいる小鬼も森の奥、陽射しが通らない場所にナワバリを張り、洞窟小鬼は明るい昼間は外に出ず、曇った日か夜の内にしか外に出ない。

 光を目にすると、まるで自分が火に焼かれているとでも錯覚しているのか、怯え、悶える。そして力を出せなくなり、無力化する。アイツらが火を扱う時は松明くらいの大きさで、物を燃やすか獲物を探す位にしか使わない。部屋を照らすまでになるとこの様な状態になる。境目はわからないが、これだけの光は最早ヤツらにとって毒と言えるだろう。

 そして、その小鬼共よりも力の強いボスでさえも、火で照らされ、明るくなった部屋の中で怯み、オレらの事なんぞ忘れた化の様に振る舞う。そんなボスの姿をオレらは凝視した。そしてやっと見つけた。

 ヤツの右耳の辺り、そこに動くものがあった。どれくらいか分からないが、ボスの耳の中に入り込み、生き物の触手の様にうねらせ、小鬼共の様に怯えでもしているかに様だ。

 見ていて気持ち悪かったが、急所を見つけたからには逃がすワケにはいかない。オレは駆け出し、ボスの体を跳んで登ろうとした。ボスはこのままやられるかと、オレに手を伸ばすが、力が出せず動きに先ほどのキレは無い。腕を伸ばす速さは最早速いとは無縁の遅さだ。その伸ばされた腕さえをオレは利用に、腕を伝って走り、登り、ボスの肩の所まで着き、目の前には小鬼ボスの横顔が見えた。更にもがいてオレを振り落そうとボスが動こうとしたが、途端動きが止まった。何せ今ボスの片足や体の数か所は凍り付き、上手く動く事が出来ない状態だ。


「そんだけ大きいと、さすがに完全に動きを封じるなんて出来ないが、まぁこれだけ凍れば十分か?」


 体の一部を氷漬けにされ、レンに意識が向いたのと動きが鈍ったのでオレへの対処が遅れた。オレは真っ直ぐ木の根がある耳の辺りへと走り、着いた。そのまま遠慮無く剣を耳に突き立て、木の根を攻撃した。木の根に操られた本体への攻撃は幾度としたが、木の根自体に攻撃したのは今回が初めてだ。攻撃されて木の根に何が起こるのか、それとも何も起きないのかわからないがやる価値はあると思った。

 そして変化はあった。オレの剣で木の根は切られ、痙攣けいれんの様な動きを見せて徐々に動きが小さくなり、そして動きを止めた。

 途端ボスにも変化が起きた。何か頭を打たれまいでも起こしているかの様にフラつきだし、フラつきが止まると次には傾きだした。

 倒れる、そう確信しオレは乗っていたボスの肩から跳んで、着地と同時にすぐ離れた。そして小鬼のボスは白目を向いて勢いよく転倒した。あれだけの巨体だ倒れたから、当然強い揺れと衝撃はきたが、砂埃が少し落ちたり舞ったくらいで周囲に変化はあまり起きなかった。だが、ボスが倒れたという衝撃は下っ端の小鬼共には十分に効き、獰猛とされる洞窟小鬼共は一斉にこの部屋、もといオレらから離れる様に散り、逃げ去った。あちらから離れてくれるのはありがたい。おかげで帰りは楽して出れそうだ。

 ボスの方も完全に意識を失っている。木の根を力を失い正気に戻ったのだろうが、今まで意識を奪われ体を操られた反動だろうか。他の時はすぐに意識を取り戻していたが、今回は長い時間とりつかれていたためか、身体や精神そのものに影響が出てしまているらしい。恐ろしい事だ。


「ボスの異変が解けて、下っ端の方も正気に戻ってヤバさを感じたらしいな。攻撃性は高いと聞いたが、危機的本能も高いらしいな。」

「同族がやられたら、やられる前にやりに来る性質だしな。今回は自分らのボスがやられて、さすがに反撃する気は起きないっぽいな。」


 おまけに今部屋の中は、アイツらの苦手な光である火の明るさが満ちているから、余計攻撃する気が起きなかったのだろう。


「しかし無茶をさせるなぁ、子どものアサガオに油を持たせてかせるなんて。」


 オレがアサガオに指示してやらせたのは、レンの言ったそのまんまの事だ。小鬼が光を苦手にしているには当然知っていた。伊達に森の小鬼共の相手を毎回してはいない。だから、松明を明るさでは小鬼を怯えさせるまでは出来ないのもかわっていた。ならば部屋に直接火を灯して明るくしようと、洞窟へ向かう最中思いついた。

 カナイから言われて用意した物の中に、灯り用の油壷を用意しアサガオをきつく言いつけてから持たせた。そして洞窟の部屋全体を明るく照らすために、部屋の隅の油を撒いて行って、用意が出来たら合図を送れとも言った。結果は知ってのとおりだ。

 アサガオは家でも日頃家事の手伝いをし、油を使って灯火器ランプに火を点けるやり方を教わってから率先してやっていた。アサガオがなんでもやりたがるからこそ、オレはアサガオに実際にやらせて危険を知らせたり、覚えさせたりしてきた。だから今回の作戦でもアサガオに任せる事も出来た。刃物はさすがに持たせたことはないが。

 しかし、身軽で木登りもよくするとはいえ、まさか高い所に登ってそこに油を撒くとは思わなかった。アサガオの行動は相変わらず読めない。だがおかげで、部屋をより明るく照らす事が出来たから上々だろう。

 そういえば、戦略の為とは言え、この洞窟の中であんなに火をおこして大丈夫だろうか。室内など密閉された場所で火を起こすと、悪い空気が充満してヒトに危害が及ぶと聞いたが、今もしかしてオレらもヤバいのか?


「大丈夫だ。この洞窟、地上に通じる小さい穴がいくつかあるから、その穴を通じて悪い空気も外に出てるだろ。」


 最初からわかっていたから平気だ、という態度でレンが説明をした。洞窟に関して詳細を覚えているらしい。無理も無いか。

 すると、どこからかアサガオが呼ぶ声が聞こえた。辺りを見渡すと、例の明かりに為に火を点けた高い場所にまた立っているのが見えた。時間が経ったからか、アサガオが今いる辺りの火はほとんど消えていた。

 アサガオが何かを見つけた様なので、レンと一緒に早速行って見る事にした。ちょっと高くて登るのに手間取ったが、なんとか辿り着き、アサガオに何を見つけたか聞こうと近づいたら、ソレは聞く前に判明した。オレらが捜している人物がそこにいた。っと言うか寝転がっていた。


「何してんだ?クロッカス。」

「おーっ!アサガオちゃんだけでなく、シュロも来ていたかぁ!あっレン、久しぶりだなぁ!」


 この洞窟にいると思われた、川の土地守であるクロッカスが元気に話し出した。元は明るい跳ねた赤毛と厚手の布の外套がいとうも、今は砂埃で薄汚れている。外套の中に着ている肌を一切見せない厚着の服まで汚れており、この洞窟の中をどれだけ動き回ったかを想像させる。

 表情は声の様子で明るいというのは分かるが、肝心の顔自体はどこかで見たような動物の形をした木製の面を被っていて見えない。

しかし、明るいのは確かだがどこか疲れが貯まっているのも感じられた。結局一体何が遭ったのか聞いたが、正直聞かない方が心を平常に保てたと後悔している。


「いやぁ、洞窟小鬼の様子が可笑しいってのは読めて、何とかしようと速攻で動いたまでは良いが、ほら私って金持ってなくてね。飯をまともに食えてなかったんだよね。それも忘れて洞窟進んじゃったから途中で動けなくなってねぇ。

 動けない、魔法を使えないわでヤバいと思って、なんとかここまで避難してさぁ。辛うじて交信魔法は使えたから助けを求めたって訳さ。」


 要にただのドジで、自分で危ない目に遭っただけだったという、聞いてて頭が痛くなる事情だった。だが、このヒトはこういうヒトなのは知っていた。

 良いヒトなのはそうだが、どこか抜けていて私生活がだらしなく、特に女性相手だともっとだらしなく、今回金が無いというのもどこかの不特定多数の女性相手に貢いだのが原因だろう。わかってみたら本当にヒドイ。これでカナイら他の土地守だけでなく、各地の魔法使いらも知る強力な魔法使いというのだから、世も末だ。

 そういえば、さきからレンの気配はするが声は一切聞こえない。クロッカスを見つけてから雰囲気もさっきと変わった様な気がする。何かあったのか聞こうと振り返ると、後ろに立っていたレンが、オレが振り返った方とは逆の方から歩きクロッカスの近づくと、いきなりクロッカスを殴った。


「痛ーっ!レン―!?なんでいきなり―」

「うるせぇ!いきなりで困ってんのはこっちだよ、この女誑たらしが!」


 会ってから今までのレンとは全く違う態度に豹変し、クロッカスに暴言を吐き散らし怒りをあらわにした。かなり貯まっていたのか、あれだけ言って殴りまでしたのに治まる気配が無い。


「てめぇは金が無いのは承知の上で、あちこちの店で散財してるじゃねぇか!俺があんたの守仕をしていた時だって俺を置いて一人で遊びやがって!しかも、その請求せいきゅう書を全部俺宛てにしてよう!」

「いやぁ…上手くいけばお金も一気に増えて、今までの分全て支払出来るはずなんだがなぁ?」

「はず…じゃねぇよ!性懲りも無く騎士団の方にまで送りつけやがって!しかも大量に!それを手にした俺がどんな目で周囲や騎士団の奴らに見られたか!」


 話を聞くだけで元上司であるクロッカスの悪癖に巻き込まれ、レンも散々な目に遭ってきた様のは丸わかりだった。もしかしたら、今回騎士団の任務も自分から引き受けたのかもしれない。

 貯まった怒りはとどまらず、今だ蹴ったり殴ったりとクロッカスに加え、クロッカスの悲鳴が洞窟に響いた。



余談


「…この声は、またレンがクロッカス相手に発散しているんだな?ったく、あいつはレンと会う前からも酷い散財をしまくってたからな。少しは反省してほしいもんだが。」


 しっかり悲鳴はカナイの下にまで届いていた。

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