第5話 橋で攻防

 オレの運が悪いのは、前から知っていた。


 森や山、川などの自然を守る土地守は各々、拠点とする場所が離れており、それ故最低限の魔法を会得している。それはもちろん交信魔法で連携をとり、互いの安否を確認するためだ。

 そもそも戦闘能力が高く実力を持つ土地守ばかりだから、そこまでして心配する事は無いかもしれないのだが、それでももしもの時を考えての処置だった。

 そして現に、そのもしもは起こった。


 西の大陸の北に位置する山を拠点とする土地守のセヴァティアとの連絡が途絶え、同じ土地で土地守であるカナイは当然、この事態を重く見ている。

 一応カナイの方からセヴァティアに対して交信魔法を使ってはみたものの、反応がまったく無く、魔法の力が途中で切られる様にして反応が返ってこないとか。なんだそれは。


「しかし、アイツが不慣れな魔法を使ってまで瞑想の場を封印する様な真似をするなんて、何があったんだ?」


 山での事を大まかに伝え、これからどうするかをオレはカナイに聞いた。カナイは随分と悩み、何よりセヴァティアが張ったであろう結界が何を目的として使われているのかが気になる様子だ。


「…『コレ』、クーディには言ってないんだけどよ。」


 うん?とカナイはオレの言葉に反応し聞く姿勢になった。

 あの時あの場でクーディにも言わなかった事、ソレは結界に関してだ。確かにあの結界はセヴァティアの力によるものだ。妖精の目で何度も確認したから間違いない。そして、オレが気になったのは『力の働く向き』だ。

 妖精の目で結界を見ると、川の水が流れる時の動く方向や火が燃えて煙が上に向かって昇る様に、力が働く時決められた方向に向かう。

 結界から感じる魔法の力もまた動いていた。その動きはオレとクーディがいる方に向かっていた。つまり、あの結界の守る力は山の外へと向かっている事になる。それだけなら結界の力の働きとして不思議ではない。だが問題は張られた結界の内側、そこからも魔法の力の動きを感じた事だ。あの結界は『内側にも』向かって働いているのだ。


「つまり、その結界は『中のものを閉じ込める役割がある』と?」


 オレが勝手に解釈した仮定をカナイが代わりに口にした。あくまでオレの経験からきた解釈でもあるが、オレの妖精の目に対して信用しているカナイは、話を聞いてからうーんと唸り考え込む。

 ちなみにクーディに言わなかった理由は、単にアイツには魔法云々の話は通じないしとオレが判断したからだ。ソレに聞いたとして、物臭のアイツがどうこうしようとしようと思わないだろうし。《


「…あいつの事だから、また修行に明け暮れて連絡をし忘れているのかと思ったが、私は随分と慢心していた様だ。」


 長く唸っていたカナイがやっと口を開くと、ヒドく沈んだ表情をした。この表情はシュロも滅多には見ない、深刻な雰囲気が出ていた。そんな雰囲気にシュロも気圧され、自分の顔が固くなるのがわかった。

 普段からカナイの頓痴気とんちきな言動を見ていて、ソレが当たり前だと思っていたシュロは急かす事もせず大人しくカナイの返答を待った。

 土地守の一人が消息不明、しかも山の方にも謎の結界が張られて近づけないときた。文章にしたら確かにコレは異常事態だ。アサガオはこの事態の意味をわかっていないものの、シュロの隣に立ち、共にカナイが何をどうするのかを待っており、ソワソワと体を小刻みに揺らし落ち着かずにいた。アサガオなりに何かを感じとっているんだろう。


「しかし、アイツが不慣れな魔法を使ってまで山に閉じこもるとは、今度はどんな修行を思いついたのか。」

「いや、その発想に至るのはわかるが今度のは絶対違う。」


 オレも同じ事を考えていたにも関わらず、思わずツッコミを入れてしまった。何故かはわからんが、オレの勘というか本能の様なものが訴えてきたというか、よくわからん。

 話を戻して、今は結界を解く事に関してカナイから意見が聞きたい。同じ土地守としてソレをどうするか。セヴァティアが慣れない魔法を使ってまで、更にあの結界を張って何かを閉じ込めたとなれば、セヴァティア自身にそれ相応の異変が起きての事なのだろう。そんな状態で、果たして結界を解くのは最適かどうか考えている。


「いや、解く。」


 そんなオレの悩みを一蹴りするかの様に、カナイは矢を放つ様に言い放った。カナイには自信というか確信があるらしく、オレに向けて口角を上げて何やら腕組をしてだした。見ていてちょっとムカついてきた。


「確かに土地守が姿を消した事は異常ではあるが、アイツがピンチに陥る事はまず無いだろう。まぁお前は修行中にしかアイツを見ていないから、そんな面を見る機会は無かったろうがな。」


 何やら自慢でもするかの様に語り出した。カナイ曰く、セヴァティアが結界を張ったのは危機的状況などではなく、別の意図があっての事だと考えていると言う。


「仮にセヴァティアが何者かに襲われて、その襲って来た相手にどうしても勝てなかったとする。だとしてもアイツが結界を張って閉じ込めて終わり、なんて事アイツがすると思えんだろう?」


 確かに、ヤバくなっても別の戦い方を考えはすれど、逃げるとか一時退却なんて、セヴァティアからなら消極的な行動をとるとはオレも思えない。相手が強敵だとして、その強敵をその場に残して自分は姿を消すなんて、セヴァティアからすれば負けを認め敵前逃亡したと当人は思うだろうし絶対にしないハズ。

 思い出すのも疲れてイヤだったが、防御よりも攻撃を優先、というよりも攻撃一辺倒な戦法しかしないのを何度と見てきたのを思い出してきた。

 結果の中にいるのがセヴァティアが相手にする程の脅威ではないとすると、結界は戦略の一部か?なんらかの策を講じた過程で結界が必要だから使ったと、カナイは予想してると言いたいのだろう。


「結界の中に何があるにしても、きっとアイツも私達が山に来て結界を見つける事は見越しているだろう。だから本来なら私達が手を出す事では無いだろうが、ならこちらから結界を解いて行っても問題無いだろう。」


 確かにセヴァティア相手なら、例えこちらが勝手に結界を解いたとして、持ち前の前向き思考でオレらの行動を良しとするだろうし。むしろ誰が何かを成し遂げてもアイツは喜んでソレを受け入れるだろう。元々今回の事はアイツが連絡を怠ったのも騒ぎの原因なんだし。

 それにカナイはセヴァティアが危険に陥っても平気だという根拠がまだあるという。それは、セヴァティアの本気はそこらの手練れだって相手にならない程の実力であるという事だ。

 以前、修行の一環としてセヴァティアとの手合わせをした事が何度かあるが、セヴァティアが剣を抜くところは結局見た事は無い。

 曰く、相手の実力を一目で見抜き、相手の実力に合わせて力を加減しているとか。ムカつく話だが、実際剣を使わずともセヴァティアは強かった。同時に、修行時代から続いて今のオレには、剣を抜かせるほどの実力をまだ身に着けていないという事だ。本当に悔しい。


「手加減は修行のためだと当人は言うが、剣を抜かしたらアイツは正に無敵だ。今回の事だって相手がアイツにとっての強敵であるなら、今頃修行のためだとか言って剣を抜かず危険な状況を楽しんでいる可能性だってある。」


 そんなもんかねぇ、と理解はしても納得までは出来ず、一人首を傾げている最中、剣と聞いてある事を思い出した。ソレはクーディに会った時に預かった荷物の中身だ。


「そういや、山でクーディに会った時に預かった荷物、中身剣だったなぁ。」

「うん?あぁ、ラサに預けたのか…あいつ、預けたままいなくなったのか。しょうがない奴め。」


 預かったセヴァティアの剣を受け取り、呆れた様子でセヴァティアを思い浮かべて神妙な面持ちをした。

 しかし、ここにセヴァティアの剣があるって事は、今セヴァティアは丸腰という事になるが、大丈夫なのだろうか?まぁ相手がセヴァティアなら、そこらの枝でも武器に使いそうだが。


「まぁ武器を預かってそのまま、という事は無いだろう。代わりの武器を持たせるのは常識だし、相手が土地守である前にれっきとした鍛冶師なのだからな。」


 それもそうか、と納得した。武器は身を守る命綱なワケだし、ヒトの物を預かるのであれば、それ相応の責任があるワケだから、そのまま帰すはず無いか。


「まぁ、セヴァティアの奴が代わりの武器をうっかりもらい忘れている可能性はあるがな。」


 前言撤回、不安が残ったままになった。まぁセヴァティアであれば、そこいらの石でも武器代わりに使うだろうし、大丈夫だろう。

 どっちにしろ、これでセヴァティアはヤバい場面に直面しても本気を出せないという事が発覚した。結局は剣術がセヴァティアの得意分野なワケだし、荷物を受け取った時点で、そこに気付くことも考える事もしなかったのはオレのミスだな。

 この事に関して話しそびれた事は詫びるが、オレに責任があるワケではない。そもそも責任云々の話じゃない。結局結界は解かないという事で良いのか?


「いや!…うん、大丈夫だ!ちょっと狂ったが予定通り結界は解く!…うん、問題は無い…無いよな?」


 あぁは言っても、セヴァティアに関して不安材料があるだけに、先ほどと比べると自信が薄れている気がする。言葉尻がだんだん弱くなりつつ、結局結界は予定通り解くらしい。まぁ、詳細が分からない以上、オレも結界を解くことはとっくに賛成していた。

 結局カナイであっても、あのセヴァティアの行方と結界を張った理由は分からない事がわかった。行き先に関してもまったく検討がつかないが、セヴァティアならきっと大丈夫だと今は保留にするとオレとカナイは決めた。結界の目的を判断する材料はやはり直接自分から動いて探す他無いらしい。そのために結界を解くと決めたのだ。何より、結界を解いた先にセヴァティアの行き先の手掛かりがありかもしれない。あくまで仮定だが。

 そうと決まれば、どうやって結界を解くのか、ソレはオレもカナイもとっくに検討がついている。魔法には魔法。専門家に聞くのが手っ取り早い。そしてその専門家は、カナイと同じ土地守だ。

 魔法学校の校長かその教師というあるが、あのセヴァティアの魔法だから、何があっても対処が出来そうな同業者に頼る他ない。


「んで、その土地守とは今話せる状態なのか?」

「今交信してみるから、ちょっと待ってろ。」


 カナイが連絡をとろうとしている相手、そして今回助けを乞う相手は川の土地守、川守のクロッカスだろう。オレの知る中でもかなり魔法の使い手で、常に魔法の力を体に貯める体質だと聞いている。性格は誰に対しても友好的で、それ故近隣の村やまちの人々から親しまれている人格者と、他の土地守からも好感を得ている。ある『悪癖』を除いでだが。

 その悪癖を除けば、確かに魔法関係の異変や事件解決に助力してくれる人物だろう。今回も恐らく断られる恐れは考えなくても良いハズ。なので、実質カナイの連絡待ちである。

 少し経って、クロッカスとの交信はどうなったかと思いカナイの方を見たら、明らかにカナイの表情がかんばしくない。まさか話を断られてのかと思ったが、交信を切ってこちらを見たカナイが、どこか晴れやかな表情に変わるのを見て断られたのとは違う展開になったのを察した。何故そんな表情に変化するかまったく予想できなくて不安が増す。


「何があったんだよ。断られたとかか?」

「いや、断られなかった。その代わり迎えに来て欲しいと言われた。」


 カナイの言葉を最後まで聞いて、一瞬だけ何が聞こえたのかわからなかった。すぐに理解し、またかと思う気持ちと何故そうなったのかという思考に変わって頭が痛くなった。明らかにセヴァティアだけでなく、クロッカスの方でも何かがあったという証じゃねぇか。


「『今度』はどこで何をすれば良いんだ?」


 何かが起こったのであれば仕方ないと諦めた様にカナイに問えば、カナイもオレの心情を察して、まぁまあと宥める様に言いつつオレに今度の仕事内容を説明し始めた。


 まず『迎えが欲しい』というクロッカスからの願いだが、どういった経緯で土地守が迎えを欲するのか。土地守の中にはラサの様に土地守以外の仕事を受け持っているため、安易に他の土地やまちに移動出来ない事があるが、クロッカスは別に別の仕事を受け持っているワケではなく、むしろ川の流れに沿う様に旅をしつつ巡視している。

 つまり、クロッカス自身は自由に移動出来るにも関わらず、誰かの迎えを欲しているという事になる。という事はクロッカスはセヴァティア同様に異変が起きたか巻き込まれたか。とにかく動けない状態になっている状態だという事だ。


「何があったのか、聞けたのか?」

「いや、とにかく来てほしいと催促されて、その後すぐに交信が切れた。」


なんじゃそりゃ。理由を言わず、自分から交信を切ったのか?それとも切らざる状況になったか?それを知るにも結局クロッカスの要望通りに、会いに行かなければいけない様だ。


「場所は『洞窟』で良いんだな?」

「あぁ、正確にはクロッカスの奴が定めた瞑想の場の奥、洞窟小鬼ケイブゴブリンのナワバリがある階層だそうだ。」


 一体どこにいるかと思ったら、とんでもない場所にいやがった。洞窟小鬼はカナイの森でナワバリを張ってる小鬼とは違い、攻撃性が高い上に、他種族の言葉が通じず目に入る同族以外の生物全てを獲物に定め襲う残虐性を持つ。言葉が通じるってだけで森に棲む小鬼共がカワイく見えてくるんだから、その差は歴然だ。

 なんでそんな洞窟小鬼の棲む洞窟内に瞑想の場を作ったか、理由は逆でソイツらのナワバリがあるからだ。要は洞窟小鬼共の牽制けんせいであり、見張りとして瞑想の場を洞窟の入り口、ナワバリの前に置いたって事だ。

 あくまでここまでの説明はカナイ伝いで聞いた事だが、理にかなっているし、実際そのおかげで人里に洞窟小鬼が出没したという話は聞かない。あんだかんだ、クロッカスは正しく土地守として働いているというワケだ。そういう所だけ見たら、カナイよりは土地守『らしい』よな。


「今失礼な事言われた気がしたが、まぁ良い。とにかく早くクロッカスと合流して結界を解かなくてはな。」


 カナイの台詞を一部素知らぬ顔をしつつ、後半の部分には同意して早速洞窟のある東のまちを目指す事になった。

 アサガオはオレらが難しい話をしている間、ヒマだったのか辺りに生える草やら花を摘んだりしていて、話が終わったのに気づくと、積んだ草花を持ったまま一目散にオレの元に走り寄った。よく見たらエプロンに付いたポケット周りに土汚れがありポケットも若干膨らんでいる。またポケット中に石やら何やらを入れたな。後で言って出させないと。《


     2


 オレらが今いるのは西の大陸の北方、そこから東には目的の洞窟の他に川辺に大きなまちがあり、更に東に進めば港がある。

だがそれらへ行くには、まず関所を超えなければならない。

 こんな片田舎に何故関所?とは思われるだろうが、これは大事なものだ。以前説明した泥棒の件、これから守るために設けられたといっても過言でがない。

前にも言ったが、農家が育てた作物は大事な食糧だし、資源だ。ソレを盗もうとする輩がいるワケだから、農家の方も畑や作物を守るために試行錯誤し、領主に頼んで兵士を雇う事にした。

 だがしかし、それらの他にモグラとの対決でも見せた村の農家達のあの姿、あれを見ても泥棒共は盗みを止めない。最初は見張りの兵士と塀だけだったのが、いつしかデカい城門の様な門構えの壁になるまでに至ったのだから、ある意味その根性はスゴイとホメたいが、それよりも他の事にその根性を出せと言いたい。


 その話はさて置いて、いつも通りアサガオを連れて今、カナイとその関所前に来ていた。ここをこちらとあちらから、どっちから抜けるにしても身分の証明が必要だ。村の者達は当然農家であるという証明がある。領主さまとやらが発行し配布したとされる物だ。

 他にも職業に応じた身分証をそれぞれ用意しているが、我らの土地守は顔が利く。なのでほぼ素通りだ。オレら守仕も同様の扱いだ。身分証の確認だけでも、場合によっては大分時間をとられるからな。そこは土地守に感謝だ。

 関所自体は、丈夫に造られているとは言え、物は石レンガ製で本家の城と比べたら家と物置小屋位に違うだろうが、オレから見たら立派な建物だ。少なくともオレとアサガオの住み家よりはデカい。

 関所の大きな両開き扉は解放状態となっており、今日は少ないが列が出来ていた。カナイはその横を通り過ぎて中に入り、オレもその後ろへと続いた。アサガオも懸命に後に着いて行く。


「オイ、いくらアンタが土地守だからって、他の通行人無視するってのは非常識じゃねぇか?」

「大丈夫だ。そこは私の土地守としての人望だ。ほら?他のヒト達は許してくれてるし、兵士だって―」


何やら自信満々で関所を歩いて過ぎようとしたが、結局見張りの兵士の一人に呼び止められ、横入りはダメだとか通行証は持ってますか?って確認をとられた。


「お前らそこ…!融通を利かすとかないのか!」

「いくら土地守さまであっても、こちらも仕事なので。」


 これだから王立勤めってヤツらは!っとか文句を言ってるが、関係無いんじゃないか?あと仕事のジャマになるから大人しく並べよ、屁理屈ばっか並べる頑固な住民とか思われるのめっちゃ恥ずかしいんだけど。顔が知られてるだけマシが、念の為他人のフリをしておいた。

 並びつつもカナイはまだ納得して無い様子だったが、落ち着いてきたのか、アサガオを見て緩んだ表情をし頭を撫でまわしていた。今回の件でちょっと騒ぎを起こし遅れさせた事を何故かアサガオに謝りつつ、また兵士への文句みたいな言葉を言ってアサガオに慰めてもらおうとしてる。何してんだこのオトナ。

 オレも呆れつつも落ち着いて順番を待とうと、静かにしていたら異様な気配を感じ、どこからかくぐもった地響きの様な音がどこからか聞こえてきた。周りにいた他の何人かがオレと同様に音に気付き、どこから聞こえて何が音を立てているのかと辺りを見渡していた。カナイも先ほどのおふざけから一変、何かを察して誰よりも早く音がする方向を的確に気付き見た。

 途端、関所の向こう側から轟音が響いた。


 短い時間だが地面が激しく揺れ、倒れたりなんとか耐えたりするヒト達がいる中、アサガオをしゃがませた後すぐにオレとカナイは一目散に音と揺れの発生源があろう関所の向こう側に出た。


 関所を出るとすぐそこは大きく深い川になっており、流れも速く岸から水辺までも少し段差が出来ているためヒトが近寄る事はまず無い。そんな川に出来た丈夫で大きな橋が架かっているはずの光景は今無くなっていた。

 石造りの橋の真ん中、そこが抉り取られたかの様に崩れて壊れていた。ちょうど橋を渡ろうとしてであろうヒトが崩れた橋のちょうど手前で尻を付き、力なくしゃがみ込んでいた。顔は文字通り真っ青になっており、とても話せる状態ではない。そりゃあもう少し早く橋を渡っていたら、この壊れた橋の崩壊に巻き込まれたか、川に落ちて流されていたかのどちらかなワケだからな。

 外の方で見張りをして立っていた兵士にカナイが話し掛け、何があったかを聞いていた。さすがは兵士というか、この惨状の中真っ先に、橋の崩壊に巻き込まれて怪我をした者はいないかの確認を取るところだったらしく、冷や汗をかきつつもギリギリ冷静を保っていた。

 その兵士の話によりと、検問が少し遅れたために橋を渡っている者はちょうどいなかったため、崩壊に巻き込まれたヒトが現状ではいないとの事。ソレは良かったが、問題は一体何が起きてこんな大きな橋が壊れるなんて事が起きたかだ。

 兵士の方も突然の事で何が起きたのかまだ理解が追いついていない状態だったが、徐々に言葉が出て来てオレらに説明をし始めた。


 聞くと川の中から何か大きな『もの』が出てきて、それが橋を壊したとの事。ソレが生き物なのかは、飛沫がジャマで見られずわからなかったとか。まぁ川から出て来るなら生き物の可能性は高いが、何者かの意図的な攻撃という線もあるか。

 それはそれとして、橋が大破していては当然向こう岸に行けない。他の通行人は壊れた橋を見て茫然とする者、途方に暮れる者、早く切り替え引き返す者などが見られた。

 少しして、向こう岸にいるという見張りの兵士と交信魔法か何かで連絡を取り合い、向こう岸側でも怪我人は今の所いないという事が判明。互いに連絡がとれ、現状を把握しつつ作業をする兵士に挨拶を済まし、関所を離れた。

 土地守であっても、今この場で出来る事は無い。川から出来たものに関しての調査は今は兵士に任せる他無い。ただ怪我人がいないという事だけでも把握出来て良かったとカナイは零す様に言った。こういう時の表情はどこか遠くを見ているみたいな、物憂いな雰囲気がして少し話し掛けづらい。


 川の流れは当然だが速いままで、まさか突如川の流れが止まるなんて事が起きるワケが無いから、船を出す事も出来ない。向こう岸に行くには別の道から行くか諦めるか、もしくは橋が直るのを待つかの三択しかない。後者二つは選ばないとしても、生憎とオレには向こう岸を進む手段をこの橋以外に知らない。他に道なんてあったか?と無意識に口にして考え込んでいると、カナイが不思議そうにオレの顔を覗き込み言った。


「んっ?あぁそっか、シュロは知らなかったか?」


 オレの声を聞いたカナイからそんな台詞が出たのを聞いて、オレは勢いよくカナイの方に首を向けた。そんなオレを見て小さく変な悲鳴を上げたカナイは思わず体を強張らせた。


「オレは知らないって、一体何の話だ。」

「あぁ、お前がここに来る前は別のの橋が使われていたという事だ。」


 オレが来たのが20年前で、来た時から以前に橋に関しての話は影も形も無かったから、使われなくなって相当経った橋なんだろう。


「そうそう。ほらこの川、ここは流れが速いが下流は流れが緩やかでな。だから以前はそこに橋を架けてそこから向こう岸を行き来していたんだ。」


 確かにこの川は上流が見た通り激しく、下流がゆるやかになっているのは知っている。下流の方であれば橋も架かやすいだろうが、港がある場所まで遠回りになってしまう。現状壊されているが、今の上流の橋が建設されて、近道になった事から下流の橋は使われなくなったのだろう。


「でもオレが知らないって事は、その橋も使われなくなって結構時間が経ったんじゃねぇか?」


 オレがこの西の大陸に来る前は東の大陸にいた。物心ついた時から東の大陸のあちこちを旅する様に移り住んでいた。そしてカナイらと出会い、西に大陸に渡ったのが今から二十年前。十年以上経てば、丈夫な橋だって、手入れされなくなったら劣化が進んでそもそも渡る事が出来ないのではないだろうか?


「そこは大丈夫だろ。劣化防止の魔法もまだ効いているはずだし、山小人の職人が造ったものだからちょっとやそっとじゃ壊れる何てことも無いハズだ。」


 山小人、大きな建造物から小さな装飾品作りまでこだわって手掛ける根っからの職人気質な種族か。あまり会う機会が無いが確か土地守のラサも山小人なんだっけか?

 それに元は今の橋同様に街道として使われていた橋だから、そりゃあ劣化防止魔法も掛けられていたか。橋として使われなくなったから新しく魔法を掛けられる事も無くなり、効果も薄れてきているだろうが、山小人が手掛けた物なら信用出来るか。

 橋自体には問題は無いだろうが、後気になるのは橋の周りの環境か。人通りが無くなり、大分植物の浸食なり進んで端までの道も消えかかっているだろう。何より周辺に棲んでいるであろう動物。そして小鬼の様な亜種族が潜んでいる可能性がある。

 森を守る土地守のカナイがいるのに、そこまで浸食されるのかと疑問に思われるが、実は古い橋が架かっている下流の地域がカナイの守護の管轄外だとか。


「いくら土地守だからって一人で土地全てを守護、なんて無理なのはわかるが、あそこそこまで森から離れてないだろう。近づけない理由があるのか?」


 聞くと、何故かカナイは気まずそうな表情をし、質問をしたオレから目を逸らした。何があったと強めの再度聞くと、観念した様に小声で潜める様に口を開いたので、耳を近づけて聞いた。


「ちょっと…その近くに住む『頭領』さんとな?少しばかり折り合いが悪くてな。」


 言い淀んでいるがつまりその『頭領』ってヤツと何かいざこざがあり、ソイツの領地としている森に近づけず、結果中途半端に守護の範囲から外れた土地が出来た。という事らしい。


「アンタ、毎回何やってんだよ。」

「毎回じゃないぞ!いや、なぁ私にも責任はあるが、向こうの方で色々あってだな!?」


 言い訳を言い出すカナイを呆れの目で見つつ、一応事情は分かったという事でサッサと目的地に向かう為に橋のある外れの森へと向かう。先を進みカナイを一足置いて行く形になり、後ろからカナイが大声で怒鳴るようにオレに向かって何かを言っている。

 更にそんな一人と一頭の後をアサガオが走って追いかけるのだから光景は、周りから見たら奇妙な連れ合い同士の図となっているだろう。恥ずかしい。


     3


 大分川に沿って歩き、川を下ったと思う。そして今は周りを木に囲われた状態にいる。さっきまで川沿いを歩いていたのだが、進む先に気が密集して生えていたため、それを迂回し、遠回りをしていき、結果として川は林の奥へと隠れ、現時点で川を見つけるためにその林の中を歩いている最中だ。

 人通りが完全になくなり、辺りに生え伸びた草が歩く度に足にあたり、渇いた音が地面近くから響く。周りはカナイの森よりも暗く、影が濃く見えた。


「この辺りまで来る事も無くなったが、変わっていないな。『あの時代』では、こういった場所も貴重な資源の宝庫だったから、今目にしていると、考え深いよ。」

「…へぇ、そうかい。」


 余所見をしつつ話に反応すると、気の無い返事だなとカナイに睨まれた。カナイが言う『あの時代』とは、千年前の『戦争時代』の事を指す。カナイが昔の話をすると、いつも『戦争時代』の話になる。余程その時代に思い入れがあるのか、正直聞き手としては飽きがきて返事に困るが、ちょっとオレを睨んだ後、すぐに話を再開した。


「『あの時代』ではありとあらゆるものが武器として使われたんだ。鉄はもちろんだが、当然木材も消耗品として大量に消費された。物だけじゃなく、沢山の『ヒト』もこき使われ、その光景は酷いものだったという。」


 大抵の内容は以前話した事のある話ばかりで、カナイの事を一時期記憶が喪失したかボケてきたかと疑った。言ったら怒って来たから口に出す事は止めたが。

 アサガオは理解しているかは分からないが、聞く事は好きらしく、カナイの話にいちいち反応して見せていた。律儀なヤツだ。

 そんなやり取りをして少し経った頃、耳をよくすました。鳥の声が遠くから辛うじて聞こえるが、カナイの森で見る様な無害な動物の気配ではない、代わりに明らかにコチラに敵意を向ける生き物の気配は肌にヒシヒシと感じる。

 アサガオもソレを感じたらしく、怯えていつかの様にオレの足にしがみついている状態だ。今戦闘になったら不利な状況だが、ソイツらはカナイという土地守の存在を警戒してか、今はこちらに襲い掛かって来る様子は見られない。カナイも既に口を閉ざし、辺りを見渡して警戒している。相手が襲って来ないのであればそのままでいてくれと、オレは心の中で念じて先を進んだ。

 先に進むと先の方から水の音が聞こえてきた。やっと川辺に戻れたか。人通りが無くなって結構な時間が経ったとはいえ、ここまで緑色に覆われた環境になっているとは、本当に時間の進みは早いと言うか何と言うか。ただ向こう岸へ行くだけだというのに、おかげで結構な回り道をしてしまった。

 とにかく、川が見つかったとなれば、橋はすぐに見つかるだろう。そう思考している内に見つけた。あの速かった川の流れは確かにこの辺りでは緩やかで、なんなら子どもが川遊びでもしてそうな流れの遅さだ。ただ深さを見てソレは無理だとわかった。川の水の流れは緩やかで中も透けて見えるハズなのに、底はまったく見えない。相当の深さなんだろう。アサガオがうっかり川に近づいて、結果足を滑らせて川に落ちでもしたら大変だろう。

 そんな川に見惚れでもしていたと思われたのか、カナイに大き目の声量で話しかけられ、耳に響いてちょっと痛く感じた。


「んな大声出すな。ビビるじゃねぇか。」

「先を急いでるっつう時に川を見ているお前が悪い。」


 なんだその理不尽な言い掛かりは。そんなカナイの事は置いておいて、川を見ていて、オレは最近の騒動やら忙しさやらで今まで頭の隅追いやっていた事を、思い切って今目の前にいるこの土地守に聞く事にした。


「しかしよ、この前森に出たオオカミと言い、今回の橋を壊した川の何かと言い、どうも最近可笑しなヤツらが出て来ては暴れてる。そういうヤツらを出さないための土地守なんじゃねぇか?」


 言っていて、自分で自分の台詞に相槌でも打つかの様に考えを巡らせた。学校での魔法傀儡の暴走は学校側の不手際として片付くが、今回の事を含めて3件の暴走事故は、事故と言うには違和感を感じる。山でも土地守の所在不明の時に巨体の鳥は現れる、というのは偶然が過ぎる。


「もしかしてだが。土地守の力が弱くなってる、とかないか?」


 今までの事を考えて真っ先に思った懸念を口にした。確かに今までだって騒ぎやら異変は起きたが、それは本当に些細な事だ。オレが一人で片付いた事も多いし、どれも原因は判明したし再発する事も無かった。そして今回の原因は、オレが目にした枯れた木の根だが、それだって崩れて灰の様になり、何時何処でそれが発生したか、詳細はわからないままだ。それとなくカナイにも聞いたが、カナイがその問いに答える事は無く濁された。

 わからないから答えないならしょうがないが、だがその時のカナイの表情はわからないという雰囲気ではなかった。コレはオレの勘だが、カナイはわかっていて答えない、気がする。


「一体何が起きている?知っているならサッサと答えろよ。」


 黙っていた。顔もオレから逸らしてそっぽを向いてる。やはりどこか体調を悪くしているといて、力が弱まっているからそれを悟られないため、とかか?そう考えてはみたものの、それは考えられない。カナイにそんな気遣いは出来ないハズ。


「失礼だなお前!」


 心を読むな。土地守自体に何があって、結局この土地で何か起きているんだ?


「…今は話し込んでいる場合じゃない。ひと段落したら話す。」


 知っているらしい。守仕であるオレにも黙っているところを見ると、いつもの冗談というオチは無さそうだ。いつだったか勿体ぶっていたと思ったら結果、大したことでは無かった事柄が多々あったが、ここまで固い表情をしているのは初めてだ。新しい勿体ぶりの技術という可能性もあるが、とりあえずカナイの言う通り先を急ぐ事にする。


 そんな事をカナイと話している内に目的の橋が見つかった。辛うじて以前人が通っていた名残であろう道が草に隠れていたが見える。その地面を踏みしめてジャリっと音が鳴った。

 橋は確かに古めかしく、新しい方の石橋と比べてこちらは木製。草やらこけが生えて正直この上に乗って渡るのを躊躇ためらうが、試しに足を一歩乗せた。怪しい音が響いたが、今の所大丈夫そうだ。大丈夫でなくてはダメなんだが。

 アサガオはオレは橋に足を踏み入れたのを見て、自分もオレと同じ様に足を橋に乗せた。当然軋む音がしたが、アサガオはそれが楽しいのか、怖がる様子も無く橋に全体重を乗せて足踏みを繰り返し、遊んでいる様だ。木の軋む音が繰り返し響き、少し肝が冷えたが、アサガオ位の体重なら問題無いかと思い、止める事無くはしゃぐアサガオの姿を見ていた。

途端、関所の橋で感じた気配がした。すぐさまアサガオを抱き上げ橋から離れた。カナイも気配を感じていたらしく、オレよりも先に動き、近づいてきた直後に出てきたソイツに何か攻撃らしき光をソイツにぶつけ、弾いてソイツの動きを止めてから跳ぶ様に離れていた。


「さすがだな。アサガオを任せて正解だった。」

「任せっぱなしだろ、ソコは。いや、そうじゃねぇ。」


 カナイと変な問答をしてしまったが、今は目の前のコイツだ。水飛沫と言うか最早波と言えるソレを波立たせて、ソイツは出てきた。なんだコレは?

 ソイツはとにかくデカい。だが今まで襲ってきたヤツらのデカさと比べたら小さい方だ。それでも今まで見た魚と比べればデカく、オレには持ち上げられなさそうだ。毛は生えてなく耳らしい耳も無い。目らしきものは辛うじて見えた。体は暗い青緑色の凹凸おうとつの無い大きな岩かの様。よく見れば水に浸かっている部位に魚のヒレらしきものが見えた。

 生き物なのは見てわかるが、なんと言う生き物なのかわからない。川から出てきたのと体の構造が魚の様だから水棲生物なのだろうが、そちらの知識が足りないせいで判別出来ない。


「コイツは、川クジラか。またえらいもんだ。」


 カナイが情報を出してくれたが、川クジラなる生き物の名前を聞いても、やはり情報が乏しいから生態の検討がつかない。一体コイツは何があってこんな所に出た。気配からしてこの川クジラが橋を壊した犯人だというのは分かるが、当然の出現に頭が追いつかない。ただそんな混乱状態でもわかったのは、このままではまた橋を壊される、という可能性だった。

 何せこの川クジラという生き物、正しく今までのヤツらと同様暴走している。辛うじて見えた目は正気を失った様に目線が定まっていないし、見境無しに突っ込んできて橋を壊しかえた所だ。カナイが魔法か何かを使って防いだおかげで動きを止めたが、それも一時的だろう。また動きだしてこちたに突っ込んでくるか、橋にまた突っ込むかの状態だ。どちらにしろオレらの状況は最悪だ。一瞬だったがアイツ、泳ぐ動きは速い。水の中をあの速さで動かれたら太刀打ち出来ない。


「さすがのシュロでも、アイツ相手は無理か?」

「水中の戦闘訓練は未経験だからな。アンタならどうする。」


 目配せしつつカナイに話し掛け、次の行動を聞いた。そのオレの問いに対しての返事か、口角を上げて余裕のある笑みを浮かべてから口を開いた。


「そんなの…アイツに壊される前に橋を渡り切るぞ!」


 言いながら橋に向かって走り出した。駆けだすのを目に捉えて、オレもアサガオを抱え上げ直ぐに走り出した。


「いきなり走んな!ってか倒すとかじゃないのかよ!」

「生憎と私の力は戦闘特化ではないからな!今は向こう岸に渡る事だけ考えろ!」


確かそうだ。川クジラが体を揺らすだけで波が立ち、木製の橋に掛かるのだからいつ壊されても可笑しくない。現にさっき橋を壊したのもコイツだ。かと言って相手にして勝てるかもかわらない。ならここは場を離れると同時に無視して先に進む方が良い。

ふと、オレに抱きかかえられているアサガオが何やら声を上げて手を伸ばしている。どうやらここに来る前に拾ってポケットに入れてたものを落としたらしい。いつもなら拾ってるところだが、残念だが今はそんな場合ではないからアサガオには落ちたものを諦めてもらう他ない。

っと思っていたら、カナイがアサガオの落しものを見て、急に止まって戻りだした。オレも思わず止まってしまいカナイの方を見た。


「オイ何してんだ!クジラだか何だかが動き出しちまうぞ!」


怒鳴るオレの声をものともせず、落しものを拾ったカナイは直ぐに戻って来てオレに拾ったものを押し付ける様に渡してきた。


「シュロ!お前火魔法使えるな!?」


 いきなりの問いかけに一瞬戸惑いはしたが、使えると答えた。っと言っても小さい火を起こす程度であまり得意ではない。それでも良いとカナイが言い、拾ったものを火の魔法で燃やしつつ川クジラに向かって投げる様に言ってきた。

 そうこうしている内に、カナイの術で止められていた川クジラが徐々に動き出しそうとする。突然のカナイからの要求に困惑を隠せないが、仕方なしと言われた事をするため魔法の詠唱をする。《


「微かな火種、弾け!」


 再び走り出したカナイに合わせてオレも走り出し、詠唱と同時に親指と人差し指を擦り合わせ、合わせた所に火が点った。川クジラもこちらに向かって再び動きだした。このまま突進でもして橋を壊そうとしているのは明白だ。走る最中カナイが合図をこちらに送った。すぐさまカナイに言われた通りにものに火を点けて燃やし、熱で手に火傷を負う前にすぐ川クジラに向かって燃えるソレを投げた。

 今まさに橋を渡っているオレらと川に突撃する寸前の川クジラという光景が、一瞬止まった様に感じた。それもオレが投げた燃える何かが当たるところで現象が起きた。突如思いもよらない程激しく火花が散り、弾ける音を何回も響かせ、川クジラの眼前で見えたソレは完全に爆発そのものだった。急には止まる事の出来なかった川クジラは、突然起きたその爆発をかわす事も出来ず、巻き込まれて再び動きを止めた。

 川クジラの突進攻撃を受ける事も無く、無事橋を渡り切ったオレらは足を止め、川クジラのいる川の方を振り返った。カナイはその光景に出来上がって満足気ではあるが、オレは状況の把握が出来ず今不満が顔に出ているだろう。抱えたままだったアサガオを下ろし、カナイに説明を求めた。


「結局カナイが拾った、もといアサが落としたものは何だったんだ?」


 オレがアサガオの落しものを見たのは一瞬だったから、何を持っていたのかわかっていない。だが、カナイは一目でソレが何かわかっていた様に見えた。しかも、ソレであの大きな川の生物を退けてしまう威力があるものだったのも初めて知った。


「あぁ、あれはただの木の実さ。見た目は。」


 わかりやすく含みのある言い方をして、オレを試しているかの様に聞こえて少しイラついた。だから結局何だと声には出さず表情に出す事にした。


「あれはな、木の実の中に油が入ってるんだ。外側は簡単に燃え尽きるし、最終的にあんな風に弾けるんだ。しかもお前に持たせたのは小さいものでも5個位か。それだけあれば火花だってあんなにデカくなるし、火傷だってするさ。」


まさかあの木の実の中身がそんな危険なものだとは知らなかった。どうやらあの木の実はカナイの森でのみ見つかっており、数は少ないが聞いての通りの危険物なため、持ち出すのも禁止にしており、それは村でも周知の事だと言う。当然の事だから本にも記されていないとか。


「…オレが知らなかったのは。」

「私が伝え忘れていただけだ。」


胸張って言うな。しかもソレも見つけたはのアサガオだ。下手をしたらアサガオが怪我してたかもしれないんだぞ。


「いやいや、基本あの森の中では火気厳禁なワケだし、数も少ないと言っただろ?まさか見つけるとは思わなかったんだ。アサガオは運が良い。」


呑気に言ってるが、オレへの謝罪が軽く正直オレへの伝達忘れなど色々言いたいが、まずはカナイがしなければいけない事が一つあるだろう。


「しなければいけない事?…あっ!」


言ってからカナイも気付いた様だ。そう、あの木の実はアサガオが見つけたものだ。つまり危険物であれどあの実はアサガオの所有物だったワケだ。そしてソレをオレはカナイに指示で勝手燃やし、なくしていまった。現にアサガオがさっきからオレらを睨み、目を潤ませて睨んでいる。相当ご立腹だ。


「あぁすまんアサガオ!代わりにまちに着いたら食べたい物を食わせてやるから!」


 慌ててアサガオに謝罪をし、それでも許してもらえないらしく、アサガオはそっぽを向いてしまった。オレもカナイと一緒に謝罪した。燃やすよう指示を出したのはカナイだが、実行したのはオレなワケだからな。当然オレも許してもらえそうにない様で、頬を膨らませイヤとしか言わなくなったアサガオに、オレらは手こずらせられる事になる。

 爆発をモロに喰らって気絶している川クジラを背にし、忘れた目的を思い出すまでその状況は続いた。


     4


 結局川クジラとは何か。カナイの説明によるとここよりも広く深い河に棲んでいて、滅多に姿を現さず影だけが目撃される事多い。つまりヒトを襲う事が無い大人しい水棲生物だという事だ。つまり今回も例の謎の力によって暴走していたという事だろう。予想はしていたが、原因だろうあの枯れた木の根は水に沈んでしまっているだろう。

 ちなみに火と言うか熱が弱点らしく、オレにあの木の実を燃やし爆発を起こす提案をしたのもその情報を知っていたからだと言う。

 それと爆発と表してはいるものの実際は大きな火花程度で、大きな生き物を倒すほどの威力も無く、軽い火傷を負わせるので精いっぱいだ。それを川クジラはひどく敏感で、少しの熱でも驚いてしまう程で、木の実五個でのあの大きな火花を見たら、そりゃあ気絶もするだろう、との事だ。

 そんな風に簡単に気絶させられた川クジラとの戦闘さえ避けて、カナイが急いでこの場を離れる事を提案したのも、その川クジラに警戒してでの事だと言う。


「あのクジラ、身を守るために表面が硬くてな。恐らくだがお前の剣も通らなかっただろう。」


 聞いていて確かに危なかったと思う。収納魔法で防御力のある相手にために槌に装備を替えるという手もあったが、正直槌は未だ使い慣れていない。しかも相手は水中にいるから戦いづらかっただろうし、相手にしていたら最悪長期戦となっていたと思う。何よりその体の硬さで突進を喰らっていたら相当のダメージを負っていただろう。あの壊された石橋がその威力を物語っている。カナイが焦るのもわかる。

 オレもいくつか魔法を使えるが、ファイパの火魔法の様に攻撃力のあるものを会得していないし、カナイは魔法を使えないし、先ほど動きを止める術も連発は出来ないと言っていた。こう言ってはあれだが、アサガオがあの木の実を持っていて助かった。


 気絶していた川クジラは正気に戻るとどこかへと泳いで行ってしまった。この辺りの棲息ではないらしいし、無事巣に帰れることを祈る事にした。


 橋での騒動は治まったし、先を急ぐ事を思い出してこの林を抜けるため急ぎ歩いた。走ったらアサガオを置いて行ってしまうし、いちいち抱きかかえて行くワケにはいかない。

 アサガオはまだ怒っている様だが、さっきより治まっているらしく、表情は不機嫌そうだがカナイの言葉にポツリポツリと返事をしている。

 オレ自身も一度謝りはしたものの、どうも締りが悪いから今度何か代わりのものでもやろうかと思考していると、アサガオの方から裾を引いて呼んできた。


「なんだ?…あぁ、あの実はさっきの川にいた大きな生き物を倒すために使ったんだ。悪かったな…ん?」


 あの実を何に使ったのかとアサガオが聞いてきたから、アサガオにわかる様に要約して説明すると、次に役に立てたかと聞いてきた。実際あの実のおかげで戦闘は避けれたから、役に立ったと言うと、本当かと何度も聞いてきた。

 アサガオのこういった問いかけはよくある事だから満足するまで肯定してやったら、3回程で納得したと言うか満足したと言うか、頬を薄紅色に染めて満足気に笑った。


「おっシュロもアサガオに許されたか?」

「…むしろアンタの方はちゃんと許されてんのか?」

「うっせぇ!今度好きなもの食べさせてやるって約束したんだもん!」


 だもんじゃねぇよ。情けねぇ声出すなよ。それより、川クジラの件も今回の土地守不在が関係してるって考えて良いんだな?いくらなんでも異常が起き過ぎだ。コレ以上異変が起きる様なら説明を先延ばしするのは感心しない。


「すまん、今回は本当に待ってほしい。」

「この期に及んでまだそう言うのか?一体アンタらに何があるってんだよ。」

「…本当に…すまない。」


 さっきからうつむいて声もだんだんと小さくなっている。もしや今カナイの身に異変が起きているのか?少し焦り気味にカナイの様子を伺う。


「オイ、どうした?さすがにそんな状態で何も無いは通じねぇぞ。」


 カナイの様子が様子なだけに、今度は冗談も許さないとキツく言った。オレの言葉を聞いて俯いたカナイが更に暗めの雰囲気になり、声すら出さなくなった。《


「…もうだめだ。」

「お…オイ?」


 黙っていたと思ったら、何か深刻な表情で危なそうな台詞を吐いたカナイに並々ならぬ気配を感じ、思わず後ろに一歩下がった。まだ何か喋っている様だからあえて黙った。


「…もう…我慢出来ん!早くしないと漏れる!」

「…なんだって?」


 詳細を聞こうとしたが、言って直ぐにカナイが林の出口へと一目散に走って行ってしまった。あの様子だとオレの予想は当たっているだろう。当たってもまったく嬉しくないが、とにかく追いかけないと置いて行かれる。


「出掛ける前に済ませておけよ、ソレくらい!」

「急を要すると自分で言った手前、私用で時間をとっては申し訳ないと思ったんだ!」

「そうして今こんな状態になってんじゃ世話無ぇだろ!やっぱアンタ、アホだ!」

「何おう!…あっ本当にやばい、シュロお前私抱えて走れ!」

「アサ一人で精一杯だ!自力で走れ!」


 一人を抱え、一人と一頭が疾走しつつ漫才する異様な光景を繰り広げながら、林を抜け、その先にある川辺のまちを目指しただただ走った。

 ハッキリ言えば格好悪いが、どこかそんな光景に可笑しさや憂いを感じるよりもどこか穏やかに達観していた。そんな心境に陥るとは、オレも重症だな。



余談


一方、関所にて。


「そういえば、さっき横入りして来たきつねって、あれもしかして土地守さま?」

「あぁ、兵士さんがそう言ってたの聞こえたな。」

「ふーん…土地守さまもそういう事するのかぁ。幻滅ってよりは、俺らと同じって親近感湧くな。」

「あははっ!確かに…あれ?でもここの土地守って、髪の長いのが二人…まぁ良いか。」

「そういや橋、いつ直るって?」

「あぁ、ちょうど近くに騎士団が来てっつって、今昼過ぎだから夕方前には修理終わるだろうって。」

「早いなぁ!さすが騎士団というか、騎士団の魔法使い様々だなぁ。」

「だな。しかし、土地守さまが関所に来た事と言い、騎士団まで動いてるなんてな。」

「確かにな。何か良くない事でもあったのかねぇ。」

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