第4話 登山で消耗

 ヒト付き合いは苦手だ。ソレはよく自覚している。


 もう会わないと決めていた人物、セヴァティアに会いに行く事になった。ソレだけでやる気が削がれる。

 セヴァティアは土地守の一人であり、オレの剣の師匠でもある。まだオレがケンカ慣れしているだけの一般人と変わりない実力を持っていた時期、魔法の基礎をカナイの知り合いが経営する学校で教わる事になり、戦闘っと言うか剣の扱い方を昔馴染みだというセヴァティアから教わるという事になった。最初は何故剣術に限定していたのか疑問だったのだが。


“何?妖精族なら相性の良い弓の扱いを教わるのが良いって?そんな事は無い!妖精だって鍛えれば剣や大剣、両手剣から巨人の包丁だって使える様になる!

 謙虚になるな!わたしが一から面倒をみようお前もこれで立派な剣士の仲間入りだ!”


 イヤそういう問題では無い。

 何なんだあのヒトの剣へのこだわりは。声こそ聞こえはしなかったが、セヴァティアの台詞に抗議する声がオレ以外にいくつも聞こえた気がした。

 たまに、では無かった。セヴァティアはしょっちゅうヒトの話をちゃんと聞いていたかと疑問になる言動ばかりして、こんなのが剣術の師匠で大丈夫かと何度もカナイらに訴えた。だが何故か一斉に目を逸らされて、結局話は流れてそのまま剣の修行をする事になった。めちゃくちゃ不本意だった。

 とは言え、おかげで多少手強い相手でも一応は応戦出来る様になったワケだし、そこは感謝している。しかし、、修行期間のほとんどを剣術の修行に駆り出されて、結果魔法の方は基礎しか教わる事が出来なかったのは未だ不満だ。まぁ基本を教わっているから自己流でも魔法の応用は出来た。妖精族故だろうか。


 オレから見たセヴァティアに関しての事柄はこれくらいか。とにかく剣術の師匠であり、かつ変なヒトという事だと言いたい。他の土地守もセヴァティアとの付き合いには難儀しているらしく、そんなヤツ相手にオレが苦労するのは当然だ。それだけでも苦労していたのに、実際苦労した相手は他にもいる。オレの上司に当たるカナイだって結構我が儘な性格だし、学校内では付き合いの長いファイパもあんなだし。思い出すとオレの周り、濃い性質のヤツらばっかりだ。そういうヒトに会うという道筋でも無意識に歩いてしまっているのか。だったらイヤな筋書きだ。本当に。

 とは言え、会いに行かなくて話は進まない。行かなくても結局カナイに行かされるワケだし。本当に下っ端立場はツラい。話が逸れた。森でのオオカミの事、そして学校での傀儡。そんな騒ぎに関してセヴァティアは土地守としてどうしてたか確認しなくてはいけない。そうなればセヴァティアのいるであろう『山』に行くしかない。そこにいないと最早探すのは至難だ。なのでいてくれないと困る。そんな思惑で今、山に向けて足を進めている。後ろからアサガオも当然着いて来ていて、歩幅の違いからくる距離感を広げない様にこっちも少し歩くのを遅くしている。向かう目的が目的だから歩みが遅くなってるのもあるが。アサガオとしてはこれから向かう場所に対して楽しみがあるのか、常時笑みがこぼれている。いや、いつも笑ってるか。


 山は川を超え、村を抜けて学校へ向かう道中を少し逸れた場所に山の入り口とされる場所がある。以前行った学校の裏手まで山が広がっていて、この西の大陸の北側は山に囲まれ、壁の様になっている。そのためこの辺りの土地に山から降りる様に風が吹いて涼しい気候になっている。暑いよりは寒い方がマシだし、ここはオレにとっては住みやすい場所だ。

 さて、やる気も無く歩いて来てようやっと山の入り口が見えてきた。次は山を登る作業になるのだが、どうしてセヴァティアは坂道しかないこんな山の中に住んでいるんだか。いや、理由は聞いている。全ては修行のためだと本人が口にしていた。オレと出会う前から修行しているらしいのに、一体いつまで修行をするのか。寿命がくるまでですね、ハイ。セヴァティアと言うか、土地守らは皆何年生きているんだ?そこが謎だ。

 そんな事によりもサッサと山を登って、セヴァティアがいるであろう山の中腹に行かなくては日が暮れる。ここまで結構な距離を歩いては来たが、アサガオは一向に疲れを見せない。幼く体も標準より小さいのに底抜けの体力だな。

 入り口辺りには、入り口の目印として小屋が建てられている。以前来た時は山に着いたらそのまま登山開始して休むヒマすら無かったから、あまり覚えていないが確か小屋の中に休憩出来る部屋が用意されているハズ。ここまでずっと歩きだったから、中が少し休んで行くか。


「ホラ、アサ。お前も結構歩いたろ。ちょっとあの小屋に寄って来ぞ。」


 言ったらアッサリと言う事を聞いて、オレの後に続き小屋に向かった。アサガオは我が儘な所があるが、基本的には素直でヒトの言う事をちゃんと聞く事の方が多い。そういう所をもう少し留守番する事にも回してほしい。

 セヴァティアに会う前の休憩として、小屋のドアノブに手を掛け回した。ここはあまりヒトの来ない所だから、中はきっとホコリが貯まっているだろうから、念の為鼻と口を押えてドアを開けた。

 中を見て最初に目に入ったのは案の定と言うか、散らかっているとは言わないが整えられているとも言えない部屋だった。真ん中に置かれたテーブルにはやっぱり薄っすらとだがホコリが積もっていたし、棚の中はほとんどが空で物が置かれていた形跡だけがあった。保存食は一応見つかったが、今は手を付けず念の為に持って来ていたビスケットで食事をする事にした。アサガオは一足先に椅子に座ってテーブルに向かっていた。何故か楽しげに足を揺らしていた。

 オレも椅子に座ろうと部屋の中を進むと、隅に設置されていた寝具から何かが動く音と布の擦れる音が聞こえた。何かいるのは明白だった。油断していた。ヒトの少ない場所だからといって、危険の無い場所ではないのはわかっていたハズなのだが。とにかくアサガオの前に立ち、寝具の方に目を凝らした。そしてすぐに警戒を解いた。なんだと安堵の息を吐き寝具に所へ歩いて行き、寝具の中のソレの頭をはたいた。


「んっ…んん。…いってぇ、なんだよいきなり。」


叩かれたソイツは布団からゆっくりと頭を出し、そのまま肩、そして半身を起して出てきた。薄花色の頭髪をかき、大きく欠伸をした。顔をこちらに向けて、白藍しろあい色のメッシュがやっと見えてから先ほどと変わらず気の抜けた声を出した。


「…あぁ、シュロか。なんだよいきなりたたくなよ。こっちはねてたんだぞ?」

「寝てたじゃねぇよ、クーディ。いるんならいるってメモか何か置いとけよ。」


むちゃ言うなとクーディは愚痴を言う。長く右目が完全に隠れた前髪をどかす様に目をこすり、未だ眠気の抜けない表情のまま欠伸をしてオレに向き直った。その顔色は人間にしては色が良くないが、ソレはクーディに関しては関係無い。


「っつか、ここにいるって事は仕事か?」

「そーそ。ラサさんからセバさん宛てに届け物があってな。」


 あちこち体をかきつつ、息を吐きつつ目線を下げて言葉を吐いた。まるで喋る行為そのものさえも面倒だと聞き取れる雰囲気がダダ漏れだ。今にも再び布団の中に入り、眠りにつこうと準備している様にもとれる。

 クーディはオレと同じ土地守に仕える守仕ではあるが、同時に他の土地守などの有力者に言伝や物資を届ける任務を請け負う立場でもある。それは土地守のラサ、ライラァ・サラが鍛冶師でもあり、そちらの仕事の補助のためにあちこち動き回っているのだが、当の本人は大変な物臭で事ある毎に居眠りをしてサボる癖がある。要は問題児ってヤツだ。

 補足だが、クーディはセヴァティアの事を『セバ』と縮めて言う。長い文章や単語を発するのも面倒臭がっているのが丸わかりだ。因みに説明ではオレはセヴァティアと本名で言っているが、口では『セティー』と呼んでいる。さすがにオレもセヴァティアという名は長いと思っているし、正直誰の名前も覚えるのは苦手だ。クーディの名前だってオレが縮めた呼称だし。


「そういやお前は?シュロが山に来るなんて、何かやらかした後か?」

「何だよその前提は。こっちだって仕事みてぇなモンだ。」


 また何か勘違いされるのもイヤだから、クーディにここに来た目的の他に今まで起こった異変の事を話した。やっぱりと言うか話している途中で頭をかきながら欠伸をし出し、話を半分ほど聞き流している様子が見れた。聞け。

 オレらが話しているのを見ていたアサガオも、話に加わりたいといった様子でオレらに近寄り見上げながらオレらの様子を見てウロチョロしていた。そんなアサガオに気付いたクーディは、アサガオに話し掛け自分の近くへと誘った。


「おーちびすけ、お前も来てたか。そりゃそうか、シュロがいるんだもんなぁ。」


 アサガオに気付いた瞬間から、クーディは楽しげにアサガオに向かって口を開いた。そんな軽い調子クーディの言葉を聞いて、アサガオは頬を膨らませてクーディに文句を言った。アサガオは『小さい』と言われるのが何より気に入らず、クーディからよく自身が小さいという意味で『ちびすけ』と呼ばれる事に怒り、攻撃力のまったく無い平手打ちを繰り出して反論をしている。そんな光景はこの二人にとっては日常茶飯事で、クーディは慣れた様子でアサガオを宥めていた。そんな時も顔は楽しげにしている様子から、反省してちびすけを改めるという気は無さそうだ。

 ところでオレの話は聞いているか?


「あぁ聞いてる聞いてる、ようするにお前もおれと同じ目的で来たってことだろ?」


 ちゃんと話を理解していて何よりだ。もし聞いてもおらず理解もしていなかったらクーディの顔面に向かって拳を突きだすつもりでいた。

 するとならばとクーディが提案して来た。


「そんじゃさ、セバん所までいっしょって事でもいいよな。」


 確かに他人と同行する分には問題は無い。この山は土地守が駐在している場所でもあると同時に、あの修行漬けのセヴァティアが今現在修行の場として使っている場所だ。山登りには危険が付き物だが、そういう事情でより一層危険度の多い場所と捉えておくべきだ。だからオレは来たくないと思っているし、来るなら人手は欲しい。物臭が目立つ相手クーディではあるが、いて助かるのが正直な答えだ。何よりクーディは仕事内容に反して戦闘能力もある。そこはオレは認めている。そういう点でオレ自身クーディとの同行を願っている気持ちがある。


「んじゃあ、たたかう事になったら代わりにたのむわぁ。」

「言うと思ったわ、ちゃんと動け!」


 結局不安の多い提案に乗ってしまったが、今はあれこれ注文を言うヒマは無い。先を急ぎたいし、今山の天気が良い状態で進みたいから話はそこで終わっておいた。

 さて、危険だとわかっている場所に行くにあたって、アサガオを見た。当然の様にこうして一緒にいるのだからこのまま山を登るについて来る事になる。アサガオが山登りに耐えられるかという事に関しては先ほどの通り体力はあるし、嬉々としてオレらについて来るのは間違いない。戦闘は危険となればさすがにオレから離れる事も勝手にうろつく事は無いはず。クーディも一緒になるワケだし、オレとしては問題は無い。何よりこの場に残すなど目を離す事自体が後先が見えなくて怖い。一緒にいる方が安心する。心労的な意味でな。


     2


 少し経って十分休む事も出来たし、そろそろ出立しようと立ち上がる。クーディは相変わらず面倒くさそうな表情で文句でも言っているのか、口からボソボソと小さく声を漏らすながらゆっくりと立ち上がっている。見ていてちょっと腹が立ってきた。アサガオはオレらよりも早く立って既に入り口の前に立っている。落ち着かない様子で扉の前をウロチョロと歩き回り、たまび扉を少し開けて外を見ては閉じたりしてる。更にコチラをチラ見しつつオレらが動くのを待っている状態だ。何か急かされている気がする。クーディもそんな様子のアサガオ相手にさっきまでの気だるさを少し潜ませ、アサガオの頭を乱暴に撫でるなどをして構っている。痛いのがキライなアサガオは、ソレ程痛がっていないしむしろ楽しそうだ。

 装備を見直し、大丈夫だと判断してからクーディに目配せをした。またすぐの気だるげになるも、仕事に関してはやらない選択を選ばないヤツだから準備はオレ同様済ませてあった。ならばと扉に向かい、ドアノブに手を掛け颯爽と開いた。


 途端外のどこか遠くから、何かの生き物の鳴き声らしき甲高い音が聞こえた。ソレを耳にしてオレは開けた扉を閉じかけた。ソレはダメだと正気に戻り踏み止まったが、クーディの方はサッサと諦めた風に小屋の奥へと引き返していた。正気に戻ったオレは咄嗟にクーディの上着の後ろ襟を引っ掴み引き留めた。ぐえっと声を上げるクーディからの非難の目は無視し再び外への出立の決意を固め足を踏み出した。

 外に出て山を見れば、何かイヤな気配が漂ってくるのがわかる。妖精の目で見なくてもソレは認知出来る。クーディもそうらしい。普段から物臭故に誰が近寄っても気にせず態勢も整えずいるアイツがオレと同じように山を見てしかめっ面をしている。オレが見ているのに気づくとオレを睨んで更にしかめっ面を深めた。クーディは自分の顔を見られるのをキラっている。ソレを思い出しオレは直ぐに目を逸らし目的の方へと向けて、さて、と言った。


「セティーがいるとしたら、やっぱ中腹かな。」

「そうだろ。じゃねぇと困るのおれらじゃねぇか。」


 ソレもそうだ、とオレとクーディとで納得し合った。聞くと仕事を頼んだクーディの上司である土地守、山守のラサから頼まれた荷物を頼まれ、来る前に事前にラサの方からセヴァティアに宛てて交信魔法で荷物を届けると言う旨を伝えてあるとの事。

だがあの無類の修行好きで考えるよりも動く事を優先するセヴァティアが、荷物が届くのを知っていてジッと待機しているなんて考えにくい。それこそ奇跡だが、こちらとしてはジッとしていてくれないとオレらではセヴァティアには追いつけない。だから大人しく知っている場所で待っていてほしいというのはオレらの願望だ。

 土地守がその土地を守るために力を行使するために瞑想する場、その場所はその土地、土地守によって決まる。森を守る土地守のカナイももちろん瞑想の場を決めて森中の気配を察知したり、危険から守ったりと活用している。そしてセヴァティアも瞑想の場を決めており、その場所がこの山の中腹に位置する所にある。あのセヴァティアが果たして瞑想なんぞをするのか疑問だが、場があるのなら当人が必要としてあるのだろう。多分。

 一応の目的地も定まり、早速山道へと歩を進めた。アサガオはオレらの先頭を歩き、殿しんがりをクーディが余所見をしながらのんびり歩いている。オレとしてはもう少し速度を速めてほしいが、クーディ相手にソレは贅沢だ。もう諦めている。せめて日が暮れない内に終わる事を祈る。


 木々が密集にして生えている道を抜け、山肌の岩壁が露わになった。山道は緩やかではあり先は見えど、それが遠くに続いているのを目にして少し焦燥した。本当になんでこんな場所をセヴァティアは土地守の場にしたのか。

 いや、そもそも土地守が場を選ぶワケではない。場として適した場所がたまたまそこだった、といのが正しい。なので土地守自体は悪くはない。だが相手がセヴァティアだというだけで色々考えてしまう。

歩きながら彼是が頭を過り、ソレが山歩きの疲れによるものか、それとも以前から蓄積している疲れによるものか今のオレには判断出来ない。横目に入ったクーディは相変わらず欠伸をしたり、空かどこかを見たりして何を考えているのか思いつかない表情をして見える。アイツだって色々考えてはいるだろうに。やはり疲れのせいでいらない事ばかり考えてしまっているのか?まだそこまでの距離を歩いてはいないハズだが。どうも腑に落ちない気分だ。

 一方、先頭を歩くアサガオの様子はずっと変わらない。ほんの少しオレらから距離が離れているものの、注意を呼びかける程離れてはいない。たまに立ち止まっては振り返り、オレらの姿を確認してから再び前を見て歩きだす。時には突然しゃがみ足元に落ちてる物を拾ってポケットに入れたりをしている。そして歩くのを再開し楽しげに声を出して何かを口ずさんでいる。ここからじゃよく聞こえないが、どこかで聞いた旋律だが思い出せない。オレよりも離れていて聞こえないハズのクーディは、アサガオに向けて声を上げ、歌っている歌の題名を言った。なんで歌っているのが分かったのか知らないが、何を歌っていたかを当たったからか、アサガオは振り返り嬉しそうに手を叩いた。そんななりとりを見ていたら、先ほどまであれこれ考えてイヤな気分になっていたのが薄れた気がする。

 クーディもアサガオとのやり取りでさっきより表情が明るくなったのがわかる。こういうアサガオとのやり取りはいつもの事だ。なので気にしないし、むしろ少し安堵がある。だが山登り最中なのを思い出し、アサガオとクーディに注意を促し山登りに意識を戻した。クーディはまた面倒くさそうに頭をかき、オレに手を引く様に言って来た。絶対にイヤだ。アサガオは変わらず前を歩く。いつもの事だ。


 そんなこんな山登りは思っていたよりも順調ではあった。が、やはりと言うか危険が付き物なのはさっき言った通りだ。突如岩影の影から小さいものが飛び出してきた。一瞬飛び退いたが、ソレをよく見て拍子抜けした。

 出てきたのは生き物と呼ぶには既存の生物とも違う、無機物とも言えない不可思議な物体だ。目がある。だがとても小さく豆粒程だ。口や鼻は見た限り無い様に見える。それではどうやって呼吸しているのか、ソレはオレも知りたい。手は無い。足はあるが目と同様小さくてただの突起に見える。何よりその見た目はほぼ石だ。カボチャ程の大きな石に目と足があるソレをオレは知っている。


「あぁ、石こぞうか。」

「こんな見た目で『小僧』ってのは理解しがたいがな。」


 『石小僧』は所謂呼称で、正式名は『微元素生物プチ・エレメンタル』という以前遭遇した粘体生物スライムと似た不思議生物のたぐいだ。本来生命を持たない無機物が生物化している、ソレの今回の場合は岩型といったところか。ソレがこの山に出るのは知っていたし、見かけても可笑しくは無いワケだが、どうも奇妙な感じがする。

前にいたアサガオはオレらの異変に気づき、走り寄ってから石小僧共の存在に気付いた。そして物珍しそうに石小僧の姿をあちこち見てから一体の石小僧を指で突いた。見た目が小動物に見えたからか、警戒心がまったく無く楽しげに石小僧に触っている。そんなアサガオにオレはすぐさま走り寄り、そのまま抱き上げ石小僧から目を離さずアサガオを連れて下がった。アサガオはまだ触りたがって手を伸ばしている。呑気だな。


「はぁー?こいつらが自分から出て来るなんで珍しいなぁ。」


 さっきからクーディがオレの肩越しに出て来た石小僧を見て言った。確かに警戒はしたがコイツら微元素生物は総じてビビりと言うかさっきのオレ同様に警戒心が強く、物陰から姿を現す事はほとんど無い。特にクーディがいる目の前に。そこまで考えてイヤな予感がした。そうだ、あの洞窟で粘体生物スライムもこうだった。本来アイツらだって自分から襲い掛かって来る様な性質をしていない。っとなれば考えられる展開は一つだ。

 そう考え付いた瞬間、見たら石小僧共の数が明らかに増えている。どんどんオレらの方に集まって来ているんだ。そして地面が揺れているかのように石小僧共は自身の体を揺らし出した。ソレは怒りに身を震わるという表現そのものかの様だ。不味い。


「えっこいつらそんな危ないやつだったか?たしかころがる位しか出来ないんじゃなかったか?」

「お前、自分基準に考えるな!コイツら皆『岩』なんだぞ!」


 いまいちオレの危機感を察せていないクーディに言い聞かせた。そしてやっとクーディは理解したかの様にあぁと声を上げた。そんな腑抜けた声を合図にでもしたかの様に、石小僧共は瞬時に動きを止めてから一気に、一斉にこちらに飛んできた。

 石と名前に付くがコイツらは皆大小様々な形をした『岩』だ。そんなのが速くぶつかりでもいたら出血だけでは済まない。そんな事態を避けるためにオレはアサガオを抱えた状態のまま横にすぐに移動し、石小僧の衝突を回避した。クーディは回避では無く、飛んできた石小僧を今まで背中に背負っていた長柄の槌を片手で持って叩いて落としていった。さすがと言うか。そう感心している場合ではない。まだ石小僧共はオレらに攻撃する気があるらしい。逃げる様子を見せず再びオレら目掛けて突進して飛んできた。

 石小僧との衝突で怪我する話はよくある。だがそれらは全て石小僧が攻撃の意で行ったワケではなく転んだり何かの拍子に坂を転げ落ちた事による事故によるものだ。そして今、コイツらは明確な故意でオレらに攻撃を行っている。コレはあの洞窟の時と同じだ。つまりあの粘体生物スライム共もコイツら同様、異変によって攻撃的な性質に変わっている事になる。森に出たオオカミの時周りに変化が無かったのは、まだ出没して日が浅かったからか、それとも周囲の動物や小鬼共の精神的な対抗力が強かったからか?いや、そんな考察は後だ。今はこの落石事故ならぬ、落石事件の現行犯をどうにかしなくては。


「らく石事件か。言いえて妙だな。だがこのばあい、らく石じゃなくて突石にならねぇか?」

「言ってる場合かっての。」


 本当にアサガオ同様に呑気だな。ちなみにアサガオは、先ほどの石小僧の突撃にビビりはしたが、オレらが難なく防いだからか今では怖がる様子は無くむしろオレの速い動きが楽しくて笑っていた。だから、呑気だなコイツら。

 急いでアサガオを岩陰に避難させ、収納魔法を使って仕舞っておいた武器を取り出した。正直鈍器系の武器は扱いづらく、この場では適応なのはわかっているが使いたくない。両手持ちだから手を塞がれた状態になるのが落ち着かない。アサガオは頼むから顔を出さないでいてくれよ。


「おい、かまえがなってないぞ。肩が力んでる。」

「うっせ!わあってるよ。」


 慣れない武器故に、動く前の姿勢すらなってないのはオレでもわかる。だが今はそんな事を気にしている場面ではない。今目の前にはすぐにでもこちらに攻撃を仕掛けようと石小僧共が待ち構えている。


「かくにんだが、『微元素生物あいつら』への攻げきはご法度にはならないんだよな?」

「あぁ、アイツら生物の名を冠しているが明確には生物では無いらしいからな。その辺りの基準はオレにもわからんが。」


 生物の殺生は第一の御法度。コレはこの世界の常識だが、例外がある。その一つがさっきクーディが言ったヤツだ。微元素生物は呼称のため生物と称されているが、調べてみても生物としても機能も無く、不明な点は数多い。一つ確かなのは生殖機能が無くアイツらは自然発生で増えている事。それ故に他の生物とは異なり微元素生物への攻撃、殺生は禁止されていない事位か。まぁそんな話もとい現実逃避はもう止めだ。戦闘を開始する。

 なんの脈絡も無く石小僧の突進攻撃が繰り出された。今度は躱しつつソレを持っている鈍器、固い木製の槌で叩き落とす。木製ではあるが岩相手でも効果はあるらしい。ダメージを与える事は出来ている様だ。隣でオレ以上に石小僧共の猛攻に反し槌を振り回して次々に叩き落としているクーディの様は、先ほどまで歩く事すら面倒くさがっていた人物と同一とは思えない勇ましさだ。攻撃の合間にだらけた様子を見せて、やっとソイツがクーディだと思い出す位だ。

 しかし、結構な数の石小僧を倒していったハズだが、一向に減っている気がしない。これでは戦闘によって足止めされて先に進めない。だからオレからクーディに提案をした。


「コイツら突っ切って先行くぞ。」

「えっいやだ。」

「即答してんじゃねぇよ!」


 作戦とも言えないオレの考えは、最早群れとなった石小僧共の中を走り、もとい無視して突っ走るというものだ。内容が無い様だけに、クーディが如何にも面倒くさい表情をするのは当然。だが、もうこうなっては相手をするだけ体力を消耗するだけだ。幸い石小僧の体は岩なだけに動きは遅い。だから山道を登って高い位置に行けばアイツらも追いつけないハズ。問題は走った先にもアイツらがいるかもしれないという事だ。


「だからクーディ、盾になれ。」

「だからいやだっつってんだよ。」


 クーディは文句を言うが、最適な采配だとオレは思っている。何せアイツの丈夫さはよく知っている。ソレはその種族からくる特性であるからコレは有効活用だと言いたい。

 クーディは半分ではあるが竜人の血を引いている。竜人は強固な身体を持つヒト型種族で、その表面には竜のうろこ、そしてあらゆる攻撃にも耐えうる皮膚を持っている。クーディの場合は混血、片親が竜人とは別の種族であるから、クーディの持つ竜人としての特徴は丈夫さと後は眼位か。

 説明したが、クーディであれば岩の硬さにも耐える事は容易い。最初オレが石小僧を危険視している時にアイツだけ楽観視していたのが良い証拠だ。なのでヤツには盾役として先陣をを切ってもらいたい。っと言うか決定事項だ、してもらう。


「イヤならここに残って一人で群れの相手してろ。」

「うわ、それはそれでいやだ。」


 オレの説得にやっと納得してくれたらしく、すごすごと陣形を立て直した。オレは隠れてヒマそうにしていたアサガオを片手で脇に挟むようにして持ち上げ、走る準備をした。オレらが何をするのかわからず、それでも何かするのか楽しみにしてアサガオは笑ってた。やっぱり呑気だなホント。

 互いに準備が整ったのを目配せし、せーのの声を合図に動き出した。


     3


 細かい描写を省いて、結果を先に言えば無事あの石小僧の群れを突破出来た。途中やっぱりと言うか、他にも石小僧がいてソイツらからの落石攻撃やらは本当にヒヤっとさせられたが、クーディがちゃんと盾役をこなしてくれたおかげでオレらは傷が着く事無く済んだ。アサガオもオレらが苦労している中一人楽しそうしていたが、今回は暴れる事もなくいてくれたのオレは走る事に集中出来た。

 場所は今目的地まで半分を過ぎた所か。あれからも歩いてる最中にも石小僧がちたほらと出てきた。ソレ自体はそもそもそこまで脅威では無いし、群れで来られなければ対処も難しくない。だが、この山は当然だが石小僧以外にも障害となるモノがいる。

 道幅が狭まり、そこまでの狭さではないが用心して縦一列で歩いている道中、どこからか羽ばたく音が聞こえてきた。その時点で察して収納魔法で今まで持っていた槌を片付け、腰に下げていた剣を鞘から抜いて戦闘に備えた。クーディはまた面倒だと言って、構えもせず槌を持った腕ももう片方の腕もだらりと下げて、オレと一緒に音のする方を見上げた。案の定いたのは大型の鳥、この山で見られる『赤銅雷鳥』がコチラを睨みつつ飛んでいた。全長は2メートルは越すだろう大きさで翼開長も相当な大きさだ。アサガオなんかあっという間にワシ掴みにされて連れてかれてしまうだろう。そうならない様にアサガオは山側の岩壁に寄せてオレが鳥との間に立ち、壁になった。コイツらもあの石小僧同様に普段はヒトを襲う事など無いのだが、今の様子にオレの知る無害さは感じられない。やはり異変によって性質が変わっているのだろう。

 オレらが然う斯うする間、巨体の鳥共はオレらの上空を旋回し様子を見ていた。今までの暴走したヤツらとは違い、まだ理性が残っているのか、急に襲い掛かって来る事無い。だがそれも時間の問題だった。見えている範囲では3羽程だろうか、その内の一羽がコチラに向かって急下降し襲い掛かって来た。予想の範囲なので既に身構えていたオレらは攻撃を躱しつつオレは剣で、クーディは槌を振り下ろし反撃を与えた。オレの攻撃は掠った程度で終わり、クーディに至っては槌をもろに当てたハズが相手にダメージが入った様子が見られなかった。オレもクーディも口を揃えて堅っ!?と叫んだ。コレは本格的にマズいと感じた。クーディの攻撃を喰らってダメージが少ないのは想定外だ。アイツ、あんなに防御力高かったか?とにかくココは足場も悪く動きづらい、一旦体勢を立て直す意図でココはまた走る事にした。さすがにクーディも面食らった様子で今回は文句を言わず再びアサガオを連れて走るオレの後に続き、足を動かした。

 鳥共は当然後を着いて来る。今この状況でコレ以上戦う相手を増やしたくないと、最悪の状況が頭に浮かんだが、そういう時に限ってイヤな予感は的中するから本当にイヤになる。

 襲い掛かる鳥から逃れる為に逃走を試みたのに、走った先にも2羽の赤銅雷鳥が待ち構えていた。相手にしてられないと攻撃をなす様に剣を振るい、そのまま突っ切った。クーディも同様にもう面倒くさくて相手の横っ面に槌を適当に振るい当てたがどうかも確認せずにオレと同じく突っ切った。感触からして当たってはいたらしいと後で言っていた。

 普段はヒトを襲わず、大人しい鳥共を攻撃しているのは正直罪悪感が湧く。だがオレらにはヤツらを攻撃し強行突破してでもやらねばならぬ事がある。早く用事を済ませ、下山し休むという大事な事が。だから赤銅雷鳥にはその犠牲となってもらう。こうなったのも全て石小僧、そして鳥共並びに今まで出会った暴走生物共が凶暴化した原因が悪い。

 アサガオを見ても相変わらずだ。今頃なら昼寝でもしている時間だが、コイツのこの疲れにくさの原動力は一体何なのか。むしろオレがもう一回休みたいくらいだ。


 あれから襲い掛かって来る山の動物などは見かけなくなった。鳴き声らしきものが聞こえた時は思わず身構えたりもしたが、今の所こちらに来る気配は無い。クーディはオレの様に身構える様子も無く、最初の様にだらけて欠伸をしながら歩いている。たまにアサガオに話し掛けては、何が面白かったのか笑ったりしてアサガオをからかって見えた。コイツらの余裕は見習うべきか、ダメな見本として見るか。カナイはどちらを指すだろう。

 フと周りを見渡した。オレらも大分高いところまで登ったのだろう、地面が遠いのはもちろん木々や遠くに見える学校の校舎が装飾の施された小屋に見えた。そんな全て収縮し箱に詰め込まれた玩具や装飾品の光景の中を自分が歩き、登り体力を消費してきたのか思い知らされた。自分でも随分凝った思考を巡らせたと思う。

 目的地に近づき環境音とオレらの足音が土を踏み、ジャリジャリという音が響く。嵐の前の静けさという不穏な言葉を思いついてしまい、この山に入ってからしている警戒心を一層高めた。何より道中での石小僧や赤銅雷鳥なんかがこの山で起きている異変を象徴している。まだ何かがいる。アイツらはあくまで影響された側だ。他者に影響を反映させる何かがこの山にいるハズだ。まだソレは姿を見せていないが、きっとオレらの前に出て来る。そう確信してしまっている。


「おっ目印が見えてきたな。ちゃんとのこってて良かったぜ。」


 クーディの言う目印とは、土地守の瞑想の場を指す大きな杭と言うか、看板となる木の柱だ。セヴァティアが自力で作り立てたというソレは、岩壁同士の間に出来た道が奥まで続き、その手前に打たれて立っているのが少し離れた今のこの位置から確かに見えた。

 ソレが見えて安堵するクーディの声が聞こえた。確かにこんな状況下じゃ何かの衝撃、それこそあの暴走する動物らの攻撃か何かに巻き込まれてこんなお手製の杭などポッキリと折られるか何かで紛失していても不思議じゃない。っと言ってもまだ油断は出来ない。目的地の手前まで来たと言うオレらに反応し喜ぶアサガオはともかくとして、クーディまでもう肩の荷が下りた体でいるのはダメだろ。未だ異変の原因を見てない。そんなオレの思いに呼応でもしたのか、羽音が聞こえてきた。

 今度のは音は道中聞いた音とは比べ物にならない程重く、ゆっくりと羽ばたきオレらの上から濃い影が落ちた。上を見上げればオレが予想したよりも大きな体躯をしており、見た目は正に猛禽類が栄養を摂りすぎて巨大化でもしたかの様だ。だが羽はこの他の鳥では見られない鮮やかな色をしていた。

 胴体は橙色で嘴は白くでデカい。取り分け尾羽の色がオレの言った鮮やかさを体現している。胴体の色とは違う濃い赤や黄色、青色もありその鳥の明確な名称が分からない。仮に大鳥と呼ぶとして、大鳥の足というよりもその鉤爪の鋭さがいかにソイツが狩りを主体に動くかを物語っていた。鉤爪だけでなくクチバシもデカい。あんなのにエサ感覚でついばまれたら間違いなく命を喰われる。


「下山していいか?」

「するな。」


 クーディは既に降参の状態だ。だがしてもらわれては困る。だがそんな事を相手さんも許さないらしい。大鳥はオレらを視界に入れた瞬間にオレらを睨みつけ、甲高くも重たい鳴き声を発しながら速攻でオレら目掛けて鉤爪を向けて襲い掛かって来た。発する鳴き声は耳がつんざく勢いで、ほとんど怪物の奇声にしか聞こえず耳を塞ぎたくなる程だった。だが手で耳を塞ぐヒマは無く、そのその鳴き声の形をした音波の波に耐えて剣を構え鉤爪に掴まれそうになったのを防いだ。クーディも攻撃しようとしたが、速さが追いつかず空振りに終わる。加えて飛んできた巨体の鳥が発する風圧に押され攻撃を行う事すら出来ていなかった。長槌を片手で持てる怪力であっても、速さはオレと変わらずタイミングも合わない。その事にクーディも少し悔しげに、態勢を整えようと旋回している鳥を睨みつけた。

 一方アサガオは、大鳥が鳴き声を発した辺りからずっと今は耳を手で塞いでいたが、完全に塞ぎ切れなかったせいか目を回して体をフラつかせていた。ソレをオレが手を添えオレに寄り掛かるようにしてから、収容魔法で入れっぱなしだった弓矢を取り出した。使うのは久々だが相手が巨体であれ空を飛ぶ相手ならコレが基本だろうと矢を引き放った。さすがに狙いを定めずに速く撃ったからかすりもしなかった。だが悠長に狙いを定めている事をあの大鳥が許さず、オレが再び弓を構えようとするとあちらも再び鉤爪攻撃を繰り出してきた。跳んで躱し、鉤爪がオレを掠った所から目を狙って弓から矢を撃ち、狙いの目に矢を射る事が出来た。大鳥は目に矢を射られ、もがき滅茶苦茶に羽を大きく羽ばたかせた事で辺りの岩壁に当たり、ソレが更に大鳥への損傷を与え苦しそうにしている。その様子を待機し見ていたクーディも、表情はいつものやる気無さそうな顔だが、拳を自分の胸の前に出し、強く握って喜んでいた。オレ自身、やっと一撃が入れられたという事で少し浮かれた気分が出そうになったがあくまで一撃だ。まだ過程に過ぎない。

 一撃によって苦しむ状態がほんの少しの間続き、オレはその間に暴れて傷を負った事で正気に戻りやしないかと期待していた。しかし、そんな期待も空しく大鳥は再び冷静さを取り戻しこちらに敵意を向けたきた。まるで自分が暴れて負った傷をオレらが付けたかの様な目線がこちらに刺さる。その敵意に理不尽さを感じたが、すぐにそもそもオレが放った矢が原因だから、当たってはいるんだよな。思い直した。

 大分暴れた後だから、辺りに大鳥が暴れたせいで抜け落ちた羽根が飛び散っており、大鳥自身も結構な傷を負って消耗している事が大鳥の口から洩れる息遣いから察せた。そんな状態になっても大鳥はオレらに襲い掛かる気満々だ。無理せず去ってほしかったがまだ理性は失った状態らしい。なんとか相手さんには気絶するか退散してほしいが、どうするかと再び思考するが先に鳥は動いた。

 向かった先はアサガオだった。気づいてオレもすぐにアサガオに向かって走った。アサガオは今の状況を頭で理解しきれずワケもわからず自分の周りをキョロキョロと慌てた様子で見るだけだった。そんなアサガオに向かってオレはしゃがめ!と叫んだ。オレの叫び声にすぐにアサガオは反応し、後少しで大鳥の鉤爪に掴まれるところでしゃがみかわせた。躱した先に岩があり、ソレに鉤爪が掠り大きな音をたてた。狙った獲物にかわされ、更に鉤爪が岩に当たった事に驚いたのかわからんが、それにより大鳥はバランスを崩した。その隙にオレは岩壁の方へと蹴り跳び、反動で大鳥に向かって高く跳び上がった。ギリギリだったが大鳥の上へと跳び乗れた。

 当然相手はオレが自分に乗る事を許した覚えが無いので、存分に暴れ出した。もちろんオレもタダ乗りをしてそのまま降りるワケにはいかない。落ちない様に大鳥の羽を思いっきり引っ掴んだ。掴まるのに精いっぱいだし、足場も現在進行形でオレに対して攻撃的な相手のワケだから、悪いどころではなく、武器を振るうなんて出来ない。

 大鳥はオレの掴まられ自分の自慢であろう羽を手荒に扱われ痛みを通り越して怒りを覚えたのだろう、オレを振り降ろそうと必死に暴れる。そんな状態だからか、上昇する事無く地面から近い所を留まって飛んでいる状態になっている。

 地面から近いとはいえ、大の大人が爪先立ちしても届かない高さだ。現にクーディはもう槌を振るっても届かないと諦めて見守りの体勢で突っ立っている。そんなクーディを目にしていたら真っ先に怒りたいところだが、今のオレもそれどころではない。大鳥から振り落されぬ様、大鳥はオレを落とそうとどちらも必死だ。拮抗してはいるが疲労が貯まってきたからヤバい。


「さて…シュロの奴、そろそろやばいか?しかし、届かないんじゃどうしようも…。」


 クーディとしてもお手上げ状態でどうしようかと悩んでいた。その時、アサガオがクーディの裾を引っ張り、目尻を上げてクーディを見た。さすがのクーディもアサガオが何かを伝えたいのは察した様に、しゃがんでアサガオに話し掛けた。


「なんだ?お前のつれが今やばいんだが、おれにどうにかしてほしいってか?」


 アサガオが何かを伝える時は大抵オレの事に関してだとクーディも知っている。現在進行形でオレは大鳥と格闘中だ。それを助けてほしいというのは一目でわかる。だからこそ、クーディも困っていた。

 クーディも好い加減何かしなければいけない。ソレは物臭なクーディでも自覚している。だが、考えるのはクーディの苦手とする所だ。空を飛ぶ相手に飛ぶ事の出来ない生物である自分がどうすれば良いか、考えても集中出来ず頭が痛いと抱えていた。


 するとアサガオがクーディの心境を察してかクーディに向かい、両手を上に伸ばすと後ろから前へと腕を振り、その動作をを繰り返してクーディに見せた。何なのか最初はさっぱりと思いつかなかったクーディだったが、ジッと見ていて自分の中の記憶から引き出し、今のアサガオの動きに似たものと重ねて気づき、口にした。《


「あっ!別に持ってる必要ねぇのか。」


 やっとの事でアサガオが伝えたい事を理解し、早速とクーディは大鳥の方に向き直し、持っている長槌を振りかぶった。


「シュロー、当たってもうらむなよー!」


 どこか緊張感が感じない気の抜ける言い方でクーディが言ってきて、言ってすぐに振り上げた長槌を持った腕を振りおろし、長槌を大鳥に向かって投げた。そこまで見てオレは咄嗟に大鳥に乗せた足を力強く踏み、大鳥の羽を掴み手を思いっきり引き、大鳥を無理やり顔を上げさせ腹を見せる様にした。大鳥が腹を見せる体勢になったためにオレの姿は大鳥の背に隠れ、跳んできた長槌は無事大鳥の腹に当たった。大きなダメージが加わったでろう、翼を羽ばたかせる力は目に見えて弱くなりふらふらと揺れる様に先ほどよりも低く跳んでいる。

 大鳥の動きが大人しくなったおかげで、オレには武器を振るう余裕と機会が出来た。こう思考している間に、弱った大鳥にオレは剣を振るって斬りつけ、ヤツが気絶する機会は訪れた。

 完全に大鳥は気絶、場所が切り立った山道だからそのまま山の麓の方へと姿を消した。オレは巻き込まれる前にサッサと大鳥の上から元の山道へ跳び乗り、脱していた。跳ぶのが遅れてたら、オレも大鳥と一緒に山の麓まで戻される所だった。落ちても大鳥を下敷きにするから生存は出来そうだが、振り出しに戻るのは勘弁だ。


 大鳥は倒し、オレも大鳥から無事に降りて来てアサガオとクーディの所へ戻ると、真っ先にオレに駆け寄ったアサガオはオレに抱き着き何度も無事を確認してきた。大丈夫だと言っても本当か?と聞いて来て、しつこいと感じつつも1つ1つに返事してやった。それだけ心配させるくらいオレも無茶したんだなと実感した。反省するが後悔は無い。


「いやぁ危なかった。お前があの鳥押さえつけてくれなかったら多分当たたなかったな。」


またのんきに頭をかきながらオレに言ってきたソイツは、オレに歩いて近づきアレの無事を一応確認して安堵しているらしい。コイツにもそういう気遣い出来たんだなぁと感心していたら、オレの肩に手を置いて言った。


「後でオレのぶき、回収たのむわ。」


 そうだと思った。わかっていたハズだのに、期待したオレの方がマヌケだった。

 一方大鳥だがかなりの距離の山道を登ったと言っても、標高はそこまで離れいていない。だから下に落ちた大鳥の姿はかなり遠目だが姿は確認出来た。気絶するほどだから損傷は激しい。だがまだ生きてはいるらしく、目を回してのびている姿を視認した。

 オレとクーディで覗き込むようにして鳥を見たが、あの様子なら暫く目を覚ます事は無さそうだ。


「あんがい丈夫なのな、あの鳥。」

「あぁ、正直やり過ぎたと思ったが、無事だったのに安心したわ。」


 あくまで正気を失い暴走している相手を倒すのは気が引ける。遠慮無く目に矢を射貫いたり、羽引っ掴んだりしたのは正当防衛だ。気絶したならもうこちらから攻撃する理由は無い。


「シュロがあのでっけぇとりに乗ったおかげで、おれの投げたの届いたからそこはあんがとな。」

「あぁ、オレは乗ってたおかげでお前に指示出すヒマがなかったワケだしな。オレは代わりにお前に指示を出したアサに感謝だわ。」


 お互いに感謝の意を表しつつ、鳥の様子を更に観察した。目を凝らして見ると、気を失った大鳥から何かが落ち、徐々に消滅していく物体が見えた。ソレはオレが今まで見たあの枯れた木の根だ。やはりあの鳥にも憑いていたらしい。

 しかし洞窟の時もそうだが、他にまで影響を与えるあの物体は一体何なのか。未だに木であること以外情報が掴めていない。セヴァティアの所に行って、情報を得られれば良いが。


「んじゃあでっかい鳥たおせた事だし、かえるかぁ。」

「自分の仕事を忘れるな、運び人。」


 実際は忘れたフリをしていただけだろう。見ればオレから目を逸らしつつ舌打ちしたのが見えた。バレないと思ったのかコイツ。舌打ちはアサガオの見えない所でやれよ。


     4


 一先ず大鳥の件は片付いた。今は先を急ぎたい。態勢を整えてオレらは山道の先を進んだ。大鳥との戦闘前に見つけた目印の所まで戻り、瞑想の場の前まで来た。

 セヴァティアとは見知らぬ仲では無いはずだが、異様な緊張感が張っている気がした。アレもあんなだけど、やはり土地守だからか、その領域独特の雰囲気がオレらを見下ろす様な空気を感じる。

 クーディは平気そうな表情ではあるが、内心はオレと同じらしい。手を握ったり開いたりと落ち着きの無い様子が見れた。アサガオはワケもわからず、オレらの後をただ落ち着き無く着いて来ていた。コレはいつもの事か。

 ここまで如何に緊張しているかを説明したが、同時にやっとここまで来た、という安堵感もある。あくまで目的地は山頂ではなく山の中腹だから時間は昼前か、そこまで時間は経っていない。だが道中の石小僧や赤銅雷鳥、そして大鳥との戦闘もあってか永い間山の中を彷徨った気分だ。

 道中の殺風景とした岩だらけの山道とは異なり、瞑想の場前は木々が妙な程に生えており、緑色の動かない門番が大勢で立っている様にも見える。奥は影になっていて見えない。少し先に進めばセヴァティアが瞑想をする石の舞台があったハズだ。

 今クーディと隣り合い、その間の一歩下がった位置にアサガオが立ち、口を開けて立っている木を見上げていた。確かにココに立つ木はカナイの森の木とは少し違う。種類がとかでは無く、明確な事は説明出来ないが恐らく、元々のこの山の空気に影響しているのだろう。ここはそういう場所だ。

 先を急ぐと自分で言った矢先だ。早くセヴァティアに会おうとクーディとほぼ同時に足を一歩踏み出した。

 同時にぶつかった。

 何に、というのはその瞬間にはわからなかった。本当に突然の衝撃で、オレも数秒程無言のまま何かぶつかった拍子に背中から転倒し、空を仰いだ。クーディも同様だった。アサガオはオレらとは一歩後ろにいたために何を逃れたが、オレらが倒れたのを見て仰天したまま、また口を開けて倒れたオレらを見ていた。


「いってぇー!ハナぜってぇつぶれたー!」

「安心しろ、お前の鼻は元から高くないから形状は変わらねぇ。」


 クーディに言ってやったら、横っ腹を思いっきり殴られた。言ってはいるが、オレも鼻をぶつけてまだ痛む。クーディからの拳を合図に勢いよく半身を起こし、何処の何にぶつかったかを知るため、目の前を凝視した。

 よく見て気づいた、目の前の光景がほんの少しだが歪んで見える。色も若干薄く、向こう側が見えづらい。これは結界魔法が張られている、簡単に言えば堅くて透明な壁が張られている状態だ。


「けっかい?だれだよ、こんな所にそんなの使ってんの。」

「今見てるから待て。」


 妖精の目で観察してわかったのは、この結界はかなり雑に術識が組まれている。例えるなら形の合わないパズルのピースを無理やり合わせた様な感じだ。デタラメなのにやたら強固で、大量に魔法の力を注がれて結界を張ったのがわかる。滅茶苦茶なその魔法を見て憤りを感じたそんな状態の結界を見て、オレはかんを感じた。

 以前、ソイツに剣術は使えて魔法は使えないのかと聞いた事があった。そうしたら、魔法の力は持ってはいるが、ちゃんと使い方を習わなかったから、使ったら弱かったり強くなったりとデタラメに発動して、後始末が面倒になるから使わない様にしているという返答が返ってきて呆れたのを覚えてる。

 セヴァティアが魔法を使えるというのはその時初めて知ったし、何なら身体強化も魔法の一環なのも知った。ただ本当に出来るのは自身の強化のみ。他は発動したりしなかったり、効果の強弱がかなりデタラメで実用性が皆無だとも自他共に認めている。そんな魔法を発動したところを一度だけ、一回見て記憶するのが苦手なオレでさえその特徴をよく覚えている。だからだろう、この結界がセヴァティアによって張られた魔法だと知る事が出来た。


「セバがこれハったのかよ。んじゃあセバいねぇのか?」

「…らしいな。」


 そう言うしかない。何せ道中は一本道で人っ子一人見る事が無かったから。山自体には変化は無く、変化が見られるとしたら先ほど戦った微元素生物や鳥共、そして結界が張られて近づけない瞑想の場だけだ。

 鳥共の方はあの大鳥を倒してからは襲ってくる気配は無いし、帰りは大丈夫だろうが、目的地となる場所がこんな状態ではあまり良い気で帰れる気がしない。とは言え、ここはもう引き返す他ないだろう。


「どちらにしろ、この結界をどうにかしないと何もわかんねぇな。」

「んじゃあ、ケッカイの方はシュロにまかせるわ。」


 そう言いながら、クーディはオレに持っていた荷物を押し付ける様にして渡してきた。いきなりの事で思わず受け取ってしまったが、コイツ荷物をセヴァティアに渡す仕事を文字通りオレに押し付けやがった。


「セバがいないんじゃ、おれの仕事はまだおわらねぇが、お前がまだセバをさがすってならお前にニモツを持たせれば、そのままセバにわたせれるだろ?」


 確かにそうなるが、お前も一緒にセヴァティアを探せば良いのでは、というオレの言葉が出るまえにクーディが言う。


「ほら、おれの上司…と言うかラサさんが待ってるかもだし、他にも仕事のこってるかも?」

「語尾にかも付けてばっかだぞ、かもヤロウ。」


 クーディの口から、早々に山を下りたい気持ちが漏れ出ている。オレとしてはイラついたが、実際クーディは土地守であるラサが凄腕の鍛冶師故に仕事の依頼も多く、故に補助をしているクーディの仕事も多くなる。なのでクーディの言い方は悪いが事実なのは確か。そして現状セヴァティアを探すオレが荷物を預かるのも、合っていると言える。


「…わかった。まずはこの結界をどうするかで遅れるだろうが、荷物はオレが預かっておくよ。」


 オレの言葉が言い終わる直前に、クーディは受け渡し完了したといった雰囲気になっており、オレの背を向けサッサと下山する姿勢になっていた。普段は気だるげで動きは常に緩慢なのに、そこだけ機敏なのはさすがと言ってしまいたくなる。

 そんな中、さっき倒れて強く打った背中をずっとさすっていたアサガオは、クーディが帰ろうとしたを見た瞬間クーディ走り寄り、別れを惜しんでいた。


「おーなんだ?ちびすけ、そんなにおれとの別れがいやかぁ?」


 どこか嬉しそうにアサガオの頭をかき回す様に撫でまわし、ちびすけと呼ばれて起こるアサガオは、撫でられる事だけは許容し頬を膨らませた状態で大人しく撫でられている姿はどこか滑稽だがアサガオらしいと安心した。

 クーディもそんなアサガオを見て、歯を見せて笑った。アサガオ自身もちびすけと呼ばれるのは気に入らないが。クーディそのものには結構好きだと言ってたし、なんだかんだこの二人は仲が良い。

 オレもあれこれ言いつつも、オレもクーディを共同者として強いヤツだとわかっているし、面倒くさがってばかりいるが仕事はキチンと終わらせるヤツだとも知っている。ケンカをよくするが守仕として組む事も多く、互いに知り合っているから動きやすい。誰かが言ってた、ケンカする程の仲ってこういう事なんだろうな。


 さて、共同者との別れを惜しみつつも、優先すべき事に思考を傾ける事にする。肝心のセヴァティアが不在どころかその場所に足を踏み入れる事すら出来なかった。まずはそこをどうにかしたい。だが、現状オレにはどうする事も出来ない。なので、一旦は引き返してカナイに報告するしかない。

 交信魔法でサッサと伝える事も考えたが、直接話した方が良いを思った。詳細はまだ不明だが、土地守に異常が起こっているかもしれない事態だ。あと個人的に顔を見ないで話すのは正直好きではないし。


「さてと、ここにはもう情報は無いし、とっとと下山すっか。」


 あの結界が閉じ込めるための結界だとしたら、時間を掛ければ『どこかにいる』セヴァティアの身が危ういとされる。正直あのセヴァティアの身に危険が迫っても大丈夫な気がするが、ここは心配して急ぐ事にした。じゃねぇとオレが巻き添えを食いそうだし。


「おう、のんびりしてたら日が沈んじまうし、飯も食いっぱぐれちまう。」

「誰よりものんびりするであろうヤツが言うと、説得力無ぇなホント。」


 言っても急ぎ足にはならないクーディの背を押す様にして、オレとアサガオはクーディと並んで山道を下り麓を目指した。

 あの凶暴化した大鳥を倒したからか、敵意に溢れた山道やその周囲は今では静かになり、途中で見かけた石小僧共はすっかりよく見る臆病な挙動に戻り、オレらの気配に気づくとサッサとどこかの物陰に隠れてしまった。

アサガオが追いかけそうになるのを抑えつつ、結界が張られている場所がある方向をチラ見しつつ下へと歩いた。



余談


「んで、下山途中だっつうにコレで何回目の休憩だオイ?」

「あーあれだよな。山はのぼりよりも下りるときの方がつかれるって言うよな。」

「お前、体力オレよりも有り余ってるの知ってんだかんな!?登りの時よりも物臭出すなよ、こっちは急ぎたいんだが!?」

「アサガオー、何か食いもんもってね?」

「聞け!」


 ちなみに、気絶していた大鳥はシュロ達が下山したと同時に意識を取り戻し、ついでなので自分らが負わせた怪我の治療をしてやった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る