第3話 学校で奔走

 オレにもやりたい事はある。


 ある日、背中ら翼を生やした種族である有翼人の配達員が、家に来て手紙を置いて行った。内容は魔法学校の校長からのちょっとした報せ。校長相手からに手紙といっても、別に重要なやり取りをしているワケでは無い。むしろ手紙のやり取りをする位には親しい関係だと言える。

 そして肝心の手紙での報せというのも、学校の図書室に新しい本を入荷したので読みに来ないか、というものだ。本に関心が無いヤツには大した事では無い事だが、オレのとっては結構大事だ。


 本は一般家庭で置かれる事は無い。理由は本という品物の量産方法がまだ確立して無いからだ。今でこそ紙自体は雑貨屋で並んでいるが、ソレを束ね文字が書かれた書物というものは珍しく、特に辺境であるこの村では触れるどころか目にする事だって貴重な事だ。大きなまちの方でも買うと結構な値段をすると聞く。考えればよく図書室を造れるだけの量の本が集められたものだ。《

 そんな現状の本事情だが、オレは本の読むのが趣味だ。ヒマがあれば直ぐにページを開き集中して食事を疎かにする位には熱中してしまう。日が落ちても読み続けた事もあるから、ソコはよくカナイに叱られた。

 面白いから読む、とかでは無く読む事自体が好きだ。だから本の内容自体はなんでも良い。本を読んで内容を覚え、知恵を増やすのは得な事だ。なので家に本を置けないのが不満だ。早く本を自由に外に持ち出せる時代になって欲しいものだ。

 そんな個人的な希望よりも、新しく入荷した本だ。どんな物か早く読めるなら読んでみたい。早速出かける準備したら案の定アサガオも一緒に行くと言い出した。わかっていた事だし、学校の中なら警戒する事も無いだろう。アサガオにも支度をさせ、出掛ける事にした。


 行き先である魔法学校は今いる西の大陸の北西の土地、畑以外には目立つものも無い一言で言えば田舎だ。しかも大陸の中で大きい街は2つ位しかなかったハズ。そんな現状だから、学校という施設があるのはこの大陸の中じゃ珍しい事だ。

 魔法学校と銘打っているが、魔法を教える以外にも児童に文字の読み書きを教えたりと、教育に関した事は大体やっている。手紙に書いてあった学校の図書室も一般向けに常時開放している。だからアサガオを学校に連れて行っても問題は無い。

 さっき説明したが、本を置ける環境は増えつつあるが、それでも貴重品には変わりない。そんな本を一冊や二冊どころか大量に置ける図書室を良く作れたとオレは感心する。

 ただ1つ不満があるとするなら、学校が建っている場所が家がある場所から村を超えた先の郊外にあるという事だ。オレが住んでいる家から大分距離が離れていて、移動が億劫だが本が置いてある場所がそこだけなら行くしかない。

 そうしてジャリジャリと音を立てながら村に着き、次に村の向こうを目指して歩いた。アサガオは変わらずオレの後ろをオレよりも歩幅は狭く、足をオレよりも速く動かし着いて来ていた。アサガオの片手がオレの服の裾を掴んでいて離れる事は無いが、少し引っ張られて気になる。

 オレが通りすがりの村人と軽く挨拶をすると、つられてアサガオも手を振って返した。そんな事を村の中を進みながら続け、ようやっと村の反対側に出る事が出来た。途中村人から挨拶以外にもお節介と言う足止めを喰らったが、予測は出来たしある意味予定通りではあった。アサガオはまだ幼く年を2桁も生きておらず、オレ自身人間から見たらまだ14・15才に見えるらしいから世話を焼きたがると聞いたがそこだけが不本意だ。

 学校へと続く道は家から村へ続く道よりは整えらているが、林の中にそのまま道を引いているため開けた場所に出るまで目に入るのは木ばかりだ。動物の姿はほとんど無く、鳥が近くを飛んで鳴いているのが耳に入った。長閑のどかな空気で少し息を吐いた。

 そんなオレにアサガオが学校に着いたら何をするか聞いてきた。子どもってやたら質問してきたりするんだよな。慣れてるから良いけどな。

 質問にオレは本を読むと簡潔に答えた。次にアサガオはどんな本を読むか、と続けて質問をぶつけてきた。答えても答えても次々に質問し、時折自分はこうする、あぁしたいと話し当人は楽しそうにしていた。オレは一言返すだけにして基本的にアサガオの話を聞く側になる事が多い。まぁ自分から話す事も独り言を言う癖も無いが。

アサガオはお喋りだが、不思議とうるさくは感じない。鳥共のお喋りを聞くよりはマシに思っている。いつも一緒に過ごすためか、二人でいる時は本当に長閑に感じる。

 だからだろう、二人から突如三人に増えて喧しくなる。

 アサガオの話を聞いていると遠くから爆発音が聞こえた。学校に近づいているからそのせいだろうと軽く流していたが、爆発音が聞こえてからほんの少ししてから何かがオレの方目掛けて飛んできた。正確にはぶっ飛んできたんだろうソレを、オレはアサガオの話をする方に集中していたが為に避ける判断が遅れ、結果ほぼ顔面で受ける羽目になった。

 飛んできたソレの勢いが凄まじく、ぶつかってからソレと一緒に後ろに転がるように倒されて立っていた木にぶつかった。木がそれ以上転がるのを止めてくれたのは良いが、当然だがスゴく痛い。

 アサガオは何が起きたか理解出来ず呆けていたが、直ぐに驚いた表情になってオレの方に駆け寄った。オレに痛いかと心配そうに尋ねてくるが当然だし、出来ればぶつかった所を撫でるのは止めてくれ。そうして痛みと同時にぶつかってきたソレに怒りを覚え、オレは勢いよく起き上がりアサガオを軽く押し除けてソレを睨みつけ怒鳴った。


「起きろ!今度は何をした!?」

「うわっ!びっくりしたし痛い!」


 オレが怒鳴るのと同時にソレは起き上がり、状況が読めてない様な表情をしてからオレの方を見た。

 ソイツの肩まで伸びた木橡きつるばみ色の髪は、外に跳ねた髪質がオレにぶつかった衝撃かその前の衝撃のせいか更にヒドい跳ね方をしており、気付くとソレは手櫛で早く直した。全然直せてないが。アサガオは先ほどまでの心配そうな表情からソレを見て嬉しそうな表情に変えて挨拶をした。


「あっよく見たらシュロじゃん、ひさしぶりぃ!アサガオちゃんも!」


 呑気な面で言ってきたソイツに、とりあえず挨拶代わりに拳骨を一発入れといた。痛い!と文句を言ってくるが、痛くしたのだから当然だと返事してやった。


       ◇    2    ◇


 突如飛んできてオレにぶつかったソレ、ファイパはこれから向かっている学校の制服の緑色のスカートを手で数回叩き付いた土を落とすと、オレに向き直り軽く謝罪をした。謝罪する前にオレが一個ファイパの頭にタンコブを生成した事をファイパは気にしてない。そりゃ会う度にオレに何かしらの被害を被らせてオレの説教や拳骨を喰らってきたヤツだから、日常茶飯事に一々目くじらを立てるヤツでは無かった。オレは毎回立てているが、ファイパはソレさえも気にしてない様子。


「で、結局何していきなり飛んで来る事態になったんだ?」

「うぅん…正直に言って怒らない?」

「事によってはお前のタンコブが二段になる。」

「えぇん。」


 結局原因は、魔法の実験を勝手に行った事による事故だ。この時点で拳骨確定になった。

 発端は魔法学校の生徒の誰かとファイパが出された課題である、『置いてある物二つの場所を魔法で交換する』というものをしようと試行錯誤していたハズが途中からヒトを魔法で動かそうとしだしたのだ。

 何やってんだ。結果は知っての通り、暴発してソレにファイパは巻き込まれ外までぶっ飛ばされオレに衝突したと。やっぱりろくでも無い事だった。って言うかよく生きてたな。オレもだけど。

 とりあえずファイパには拳骨はしないでおいたが、詫びは後でしっかりもらう事を約束した。オレとの話を終えてファイパはアサガオと手遊びし出した。ふと視線を落とすと松葉色をした膨らんだような見た目の『キャスケット』とか言う帽子が落ちていた。


「コレ、確かお前のだよな?」

「あっ!そうだそうだ、どうりで頭すずしいと思ったぁ!」


 ありがとーと軽い口調で言いながら、オレから帽子を受け取り被り直した。やっとファイパが見慣れた姿に戻ったところで、当初の目的である学校へと再出発する事にした。ファイパも当然学校に向かうため一緒に歩いて行く事した。


「今日はやっぱり図書室に用事で?」

「校長直々に報せが来たからな。最近動いてばかりで字に触れる機会が無かったし。」


 ファイパはオレの目的がわかっているから答えを予測出来ていた。だから深く追求もして来ない。コイツはこういう拝領を出来るのに普段の行動があんなだから、アイツが起こした事故やらイタズラを許せないでいる。とんだ爆弾だコイツは。


 そうこう話している内に目的の学校に着いた。ここらでは大きな建物だが、やはり大きな街にある施設と比べたら小さい方だろう。2階建ての大き目の屋敷といった印象を受ける赤レンガの建築だ。

 木造の重い両開きの扉に片手を掛けて、片方を開けて中に入った。軋んだ木の音を立てて中に入ると、一気に中の騒音が耳に入って来た。制服だから当然だが、ファイパと同じ服を着たヤツらが廊下を歩き目的の教室へと向かっている最中だったり、二人以上のヒトが廊下に立って雑談を雑談を交し合っていたりと自由に過ごしていた。

 この学校は従来の教育施設と比べると大分開けた印象を受ける。以前オレは魔法の基礎を学ぶためにこの学校で授業を受けたが、基礎を覚えた時点で学校自体からは卒業した身だが今も図書室目当てに通うのを許されている。

 今日は午後から授業が開始で、今学校内にいるヤツらはオレと同じく図書室で自習にし来たり、自発的に魔法の実験を行ったりする者がほとんどだろう。そうくるとファイパは後者か。おかげでヒドい目に遭った。


「あっファイパ帰って来た。おかえりー。」

「ただいまぁ。部屋今どうなってる?」


 たまたま目に入った生徒とファイパが話し出し、オレとの同行はここで終わりの様だ。オレは目的の図書室に行こうと向き直したが、いきなりファイパに腕を掴まれ引っ張られた。何事かと聞こうとしたがソレさえも許さない勢いで引きずられ出した。

そうして引きずられた先は、明らかに火気による現象で部屋全体が焦げた様子が見られる。


「うわー思ってたより派手にやってたなぁ。」


 そう言うファイパの声を聞いて、部屋から中の片付けをしていた生徒が数名出てきた。


「あっファイパ戻ってきた!」

「ホラ、お前も掃除手伝えよ!これマジで時間掛かっちまうって!」


 そう言ってファイパに掃除と片付けを要求してきた。この惨状はこの場にいるヤツらとファイパが作り出したもので合っているらしい。ファイパもやる気を出して腕まくりをしている。そもそも半そでだから腕まくりの必要が無いのだが。


「うん、これは早くしないとだめだね。よし…シュロ、椅子とかの片付けおねがい!」

「待て。」


 いきなり掃除の指示を受けて、オレはすぐさま抗議の姿勢になった。いつからファイパらの不始末の手伝いをする事になったのか、まったく納得がいかない、当然だ。


「おねがい!午後の授業はじまる前にここ片しとかないとまじで怒られる!

「俺からも頼む!今回はマジでやばいから!」


 他生徒からも手伝いを要求され、後の事を考えつつ仕方なしに手伝う事にした。アサガオはオレが言う前からとっくに手伝う気が満々といった状態でオレの横で待機していた。目じりを上げて顔が如何にもやる気が見られた。そんなアサガオの様子を見てファイパら他生徒が良い子!と感激してた。拝むまでしなくて良いから早く掃除やれ。


 そんなこんなで部屋の中を大体片す事が出来た。修復魔法覚えてからやたら修理を頼まれて、村でもよく日用品の修理を任される事があって慣れてはいるが、決してこんな共犯紛いに巻き込まれる為に覚えたものでは無い。


「ありがとーシュロ!さすがにあの状態は片付けるのしんどいから、ほんとたすかった!」

「…お前らの手伝いさせられたの、納得してないんだからな?」


 不満を言っても渇いた笑いだけされて流された。コイツら本当にヒトを巻き込んでいく事に関して熟練者だよ。ファイパと一緒に部屋を散らかしたヤツらは片付けが終わると礼を言い、ファイパに別れの挨拶を済ましてどこかに行った。説教されるのを察して逃げたな。こっちは逃走に関して熟練度高いな。

 オレもサッサとここから離れたいし、軽く挨拶を済まして図書室のある方へ廊下を歩いた。その後をアサガオが着いて来て、更にその後をファイパが着いて来て…なんで来るんだコイツ。


「いやぁ、ちょっと気分てんかんって言うかさ?別に課題が残ってる事を思い出してそれから逃げたいと思っての事でもなんでもないって言うかさぁ。」

「まんま答えを自白すんな。」


どっちにしろコイツ、あれこれ言ってオレの後着いて来る気だ。アサガオの我が儘がカワイく見えてくる勝手さだな。いつもの事だが。仕方なく着いて来ることを許可してやった。ソレで後に怒られても知らないし、その時は徹底的に他人の振りしてやる。


 そうして図書館に向かう中、すれ違うヤツら皆オレに挨拶するか、ファイパに話し掛けてソレにファイパが短く返事を返していくのが道中続いた。ファイパ曰く、出会うヤツ皆の名前を覚えるし話も皆聞いていって把握しているとか。アイツが言うと本当の事でも理解がし兼ねない事がほとんどで時々恐ろしく感じる。そういう所もどこかアサガオに似てる。でもその恐ろしさと同時に目を離せない気持ちになる。不思議なヤツだよ、アサガオ共々。


 やっとこ図書室に着いた。片付けされたれた部屋が2階の部屋で図書室が1階、とんだ遠回りをされられたが、中に入り書物特有の臭いがして少し安堵した。アサガオも図書室に入るや否や中を駆けてはしゃいでいる。走るなと一言注意するとピタリと足を止めて走らず歩く様にした。素直な時があれば頑固な時がある、変なヤツだ。

 ファイパはあの本はあるか、とか言って同じようにはしゃぎながら図書室の中を散策し出した。こっちにも横っ腹をド突きつつ注意をした。コイツら本当似てるな。ファイパは何か抗議してきたが無視した。

 早速読む本を選ぼうとしていると、視界の端にアサガオが本を取ろうと跳ねてるのが見えた。なんでわざわざ届かない位置にある本を取ろうとしているんだか、そう思いつつ代わり取って渡した。途端喜んだ様子でイスとテーブルのある方に走っていた。だから走るなと言っているのに、後でもう一回注意しておかないといかない。

 それよりもオレも読む本を選びに行かないと時間を無駄にしてしまう。新しく入ったと言う本が並んでいる棚を見に行った。

 オレは本はいつも直感で選んでいる。面白いかどうかよりも、まだ見ていない内容か得られる知識があるかどうかを優先している。なので内容を読んで楽しいかつまらないかは関係無い。前回は確か歴史関係の書籍を読んだな。過去に起きた事件や今までの種族間のやり取り何かが、物によっては事細かに、まだ知識や経験の浅い子どもでも分かるように絵本形式で描かれていたりと多彩だった。

 中でも記憶に残ったのは千年以上前の『戦争時代』を題材にした『ユウシャとマオウ』の童話だ。大昔の事で残る記録も少ない時代の話を基にした話で、『マオウ』によって世界が危機に瀕した時、『ユウシャ』が現れて『マオウ』を打ち倒し、世界を救うという内容。以前アサガオに何度も読み聞かせた記憶は新しい。以前カナイから素となった『戦争時代』の話を聞いたせいか、記憶にもよく残っている。

 さて、今回も背表紙を見て適当に選んで取った。中身は歴史物よりは曖昧な伝承系のものだった。アサガオが座ったのと同じテーブルの席に座り、本を置いてページをめくっていった。


 大分時間が経ったのを感じた。この本の内容も、いつか読み聞かせた童話に近いものだった。罪を犯した者は罰を受けて心の底から謝罪し、罪が許されると花に生まれ変わり花として愛され一生を終え再びヒトとして生を受ける。という内容のものだった。内容に関して色々言いたい事と言うか変だなぁと感じた箇所かあるが、よくあるものだと見過ごす事にした。

 ふうと息を吐き、本を閉じる。時間を確認するため壁に掛けられた時計を見ると、後少し針が動けば昼になるところだ。通りで空腹を感じると持った。辺りを見渡すとファイパの姿があった。わかっていたが、ファイパは大机に顔を突っ伏して寝ていた。腕を組んでその上に自身の頭を乗せて、寝息を立てつつ夢を見ているのかどこか笑って見えるソイツの頭に手刀を落としてやった。痛みで起きて辺りをキョロキョロと見渡すファイパを置いて、本を元の棚に戻しアサガオと図書室を出た。《

 アサガオが腹をさすってオレの服の裾を引っ張ってきたから、アサガオもお腹がすいたと言いたいらしい。早速学校内にある食堂に向かうために歩き出した。アサガオはオレの後を一生懸命に着いて来た。ファイパも後から走ってオレの所に来た。別に来なくて良いのにと言うと、そんな事言うな!っとファイパは怒ってきた。色々言いたい事はあるが、もう良いかと諦め、結局一緒に食堂に向かう事にした。

 向かう道中、色んなヒトがオレらに近寄り話し掛けてきた。っと言うよりもアサガオが目当てのヤツが大半だろうか。本当にアサガオの周りにはよく人が集まる。それだけアサガオにはヒトを寄せ付ける力があるんだろが、そんな様子のアサガオを見て、ファイパが何故か得意げなのがまったく意味が分からない。以前アサガオの事をカナイに言ったら、お前もそうだとか言われた。やっぱり理解出来ない。

 そこまで考えていると突然ヒトの騒ぎ声、っと言うよりもどよめきが外から聞こえてきた。


       ◇    3    ◇


 何事だと他のヤツも騒ぎ出し、廊下に出て行く者がいた。オレもその一人だ。アサガオもだが、ファイパも何何!?と大声で騒いでウルサいから横っ腹に再び手刀を刺して黙らせた。

 さすがに騒ぎが起これば、騒ぎの起きた様子や原因を見たくなるものだ。騒ぎの発生源であろう場所に走り出したオレの後を当然アサガオは着いて来た。遅れてファイパもオレの後に続いた。この騒ぎのせいで食事をとり損ねる事になるが、まだ動けなくなるほどではないから大丈夫だろう。たまたま近くにいた教師は騒ぎに同様する生徒をなだめつつ他の先生に知らせてくるとか、皆は外に避難しろだの言ってオレらから離れた。

 オレはそんな教師の言葉を無視して騒ぎ声がする方に向かうと、出所は外の訓練所からだというのがわかった。訓練所がある方へと出る扉から出ると、どこからか走ってきたヤツらが集まって肩で息をしていた。走って来た方を見ると洞窟が見える。確かあそこも訓練用として使われている場所だったハズだ。と言う事は息をきらしているヤツらは皆その洞窟から出てきたばかりか。


「何があったんだ?」

「ハァッハァ…わかんない。なんか…急に外に出ろって言われて、奥の方…何かいたようには見えたんだけど。」


 本当に当然過ぎて、周りは何が起きたか把握する前にここまで来てしまった状態の様だ。少し経つとまたヒトが来た。明らかに怪我をしているヤツがいる。ソイツに何があったか聞くと、憔悴した様な顔でポツリポツリと事情を話した。どうやらコイツらは課題の為に、同じ用件のヤツらと組んで洞窟で採取をしていた所、突然大きな影が視界に入ったと思ったらソイツが自分らに襲い掛かってきたとの事だ。


「あれって確か、試験なんかで使われてる大型の魔法傀儡だったハズよね。」

「あぁ今度、洞窟での実戦試験で使うからって先に洞窟には置いてあるって聞いたけど。あれって勝手に動いちゃようなやつだっけか?」

「いや、結局は魔力はを込めないと動かない仕様のはずだから、そのままにしても勝手に動くなんてないっしょ。」


 一緒に話を聞いていた他の生徒がそんな会話をしていた。魔法の道具が暴走を起こすなんてのはよき聞く話だが、今回のブツはそんな単純な話ではなさそうだ。

 そうこうしている内に教師が来て、生徒を集めて安否と状況を確認していた。


「今対処出来る先生が出払っているので、戻って来られるまで結界を張って置きます。中に残った生徒はいないのですね?」


 中から出てきたヤツが皆が首を縦に振った。それを見て教師は生徒にあれこれ言った後、洞窟に入り口に向かい立って詠唱を始めた。特にこれと言ってオレが手出しする事も無いだろうと、そんな光景をファイパと並んで見ていた。

 そんな光景を中に、女生徒二人の片方が何か慌てた様子をしているのが目に留まった。もう片方がソイツを宥めている様だが、終いには慌ててる方が洞窟の方に向かってソレを周りのヤツが止めようとし出した。一体何があったんだと思いつつ、他人事だと決めて見守る事に徹していると、何時の間にかファイパが女生徒二人の傍に立っていた。


「何があったの?」


 突然のファイパの登場に二人は意表を疲れた表情をしたが、相手がファイパだと気づくと直ぐに立ち直り事情を話した。聞いている間、ファイパの顔からいつものお調子者は無かった。オレも聞き耳を立てると、どうやら慌てた様子を見せていた方、彼女が洞窟内に落し物をしたのだと言う。隣の友人から後で先生に言って取ってきてもらおうと提案したが、とても大事な物でもしも中で遭遇したヤツに壊されていたら気が気ではないと先ほどのやり取りになっていたと。

 そりゃ友人が言った通りが良いだろうとオレの中でもそちらに同意した。それでも彼女の方はそれでは納得がいかないと言いたげな表情に出ていた。周りのヤツらもさっきの様に飛び出して行きそうで内心焦るが見られた。そんな気まずい空気の中、ソレは風船を針で刺す様な声だった。


「洞窟、どこまでもぐったの?」


 まだ二人の傍に立って話を聞いていたファイパが質問をした。彼女は少し戸惑いつつも自分が洞窟のどこまで進んだかをファイパに伝えた。

 そこまで聞いたファイパは分かったとだけ二人に言い、そのまま走り出し、振り返らずに洞窟の方に向かった。止める間もなく走り出したからオレも二人も誰もファイパに何も出来ないまま茫然と立ち尽くしていた。


「では、結界を張りましたので暫くは洞窟には近づかないよう。…ってちょっと!?」


 そりゃあ走って洞窟に向かって来るヤツが来たら戸惑うのは当然だった。教師は魔法を使った後で少し油断していた事もあり、ファイパの洞窟侵入を許す事になった。


「今入ったら駄目ですって!」

「ただの通りすがりです!お気にせずに!」

「何言ってるんですか!?」


 教師の制止にも振り返らず、結局ファイパは洞窟の奥へと進んで行ってしまった。洞窟で当然の事故なのかも詳細がわからない事態だって言うのに、ただでさえ不穏な雰囲気の中でアイツの行動に皆不安顔を徐々に表に滲み出した。

 オレはまたか、とただただ呆れてアイツが入って行った洞窟を見つめていた。フーと息を吹き、特に意味も無く頭をかいてから、助走をかけずオレも走った。


「通りすがり其の二だ。」

「えっちょっ!あなたまで何ですか!?」


 ファイパとは逆の方から教師のすぐ横を通り、ちょっと!?と声を張り上げる教師の声にオレも振り返らず洞窟に侵入した。オレの後をアサガオが着いて来てるのは承知済みだ。今はファイパに追いつくのを優先にして足を速めた。


 洞窟の中、まだ入り口からの空気の流れが近い位置にファイパは立ち止まって一休みしていた。何か独り言を言っているのがここからでも聞こえた。


「あーどうしよ…入ったら思ったりこわいなぁ。ここでつごう良くシュロ来てくんないかなぁ?」


 そんな事を呟いている人物の出会い頭と言うか挨拶代りと言うか、とりあえず背後を見せているファイパ目掛けて走り、勢いのまま横に伸ばした腕でファイパの頭を打ってやった。ソイツが地面に頭を突っ込んだ様に倒れたのを見守った。


「さて、まず言う事があるんじゃないか?」

「ものすごく痛い!」


 だろうなと表情で返事をしてやった。だが言った通り来てやったんだから、文句は流す事にした。こっちから軽く不意打ちをかました事を謝罪すると、続けてファイパの口から弱弱しく謝罪の言葉が出た。


「ったく…話を聞いて直ぐに突っ込むって、計画性の無いしそもそもお前の学生レベルの実力じゃ無理だろ。」

「だけどさぁ、困ってた感じだったから見てて気になるじゃん?だから体が動いたって言うか、気づいたら足が動いてたって言うかさぁ。」


 もごもごと言い訳にもならない事をを言うコイツに、そんなコイツの後に続いてしまった自分にも怒りとも言わない感情が湧きつつ、どう言えばコイツは引き返すかを考えながら聞いた。


「さっき話してたヤツ、お前の友人か何かか?」

「えっちがうよ?」


 話はよくするけど友人呼びする程では無いよーと、学校前で会った時の様な笑い顔を見せて断言した。コイツって出会った瞬間からもう友人だ!と言いそうなお調子者ではあるが、意外と線引きはしっかりするタイプだ。他人に対して違う時自分は違うと断言出来る正直者である。そういうヤツが、こんな無茶な事を自分からするのは何故か。聞いたら答えた。


「知ってて何もしないってのが、いやだったから!」


 要はコイツはただのお節介ってだけだ。関係が無い事にも首を突っ込む面倒な性格だ。そんなヤツを放っておくとどうなるかは一目瞭然、コイツと関わりがあるオレにも何かしらの巻き添えを喰うに決まってる。ソレはめんこうむる。


「…言っても戻る気は無いんだな?」

「無いよ。」


 またハッキリ即答しやがって。オレは別に何かと戦っていたワケでは無いが降参の意としてファイパの進行を許す事にした。アサガオと同様に、コイツをほっておいておく方が危険だ。


「だからシュロも一緒に来てほしいな!」

「本当に正直だなお前。…ハァ、わかった。だが先走るなよ?」


 わかった!と言うファイパの声が洞窟の狭い空間に響いた。

 その時後ろにいたアサガオがいつの間にかオレらの間に立ち、指を三本立ててヤル気に満ちた表情をしていた。一瞬指を二本立てている様に見えたが、直ぐに三本に直した。コレはアレか?オレがさっき『其の二』とか言ったからソレを真似したつもりか?アサガオはしょっちゅう意図の読めない事をする。一先ずオレの後ろにいろとだけ言っといた。


「よーし!シュロやアサガオちゃんも仲間になったし、先生が追いかけて来る前にちゃちゃーっと探索しに行くぞ!」


 大分調子づいたファイパは声をや腕上げ、鼓舞して前へと勢いをつけて進んで行った。ちなみに道はうろおぼえだから!と言ってきたファイパに、前になら出過ぎるなとオレは背後から気合を込めてファイパの背中に回し蹴りを喰らわせた。


       ◇    4    ◇


 洞窟に入ってから時間は結構経ったハズだが、教師が来る気配は無い。向こうも向こうで何か対策を立てているから下手に動こけずにいるのか、それともオレが行ったから大丈夫だろうとか思われて世話を押し付けられたか…後者の可能性が高いな。

 今オレは先頭を歩いている。最初はファイパが威勢よく歩いていたが、途中でビビってオレに先頭を歩くよう言ってきたからだ。コイツ自分から教師の言いつけを破り洞窟に入るという所業をしといて、肝心な所でヘタレなんだよな。ソレは自他ともに認めてはいるが。

 洞窟の方だが、実は入る事自体はオレは初めてだから中の構造がまったくわからない。だからファイパに知っているか聞いた。知っているらしいから是非先導してほしいんだが、当人がオレの後ろで縮こまっている状態で役に立たない。一応あっちだこっちだと口で教えられている最中だ。あと服引っ張るな動きづらい。代わりにアサガオが前に出そうなのを手を前に出して抑えてる。やることが多いな。


「中思ったほどじめついてないんだな。」

「何か、出れはしないけど外につながってる空洞とかがあってそれで風通りが良いらしいよ?」


 確かに、どこからか風が吹いてて少し肌寒くはある。遠くからは水が流れてる音も聞こえるから、外に出る水の出口もあるんだろう。思いのほか密閉感を感じない。生徒らの訓練所として使われているにしては、出口があちこちにあって入り組んだ感じでちょっと迷いやすい構造をしている気がする。いや、むしろ出口が多く分散している方が非常時に何処からでも出られると考慮したなのだろうか。正確な事は知らないが。


「そういや、お前アイツからなくし物どこで落としたかって聞いたんだろ?どこなんだよ。」

「あー、ここから1回地下を降りた所、開けた場所で多分落としたって。」


 多分、か。どちらにしろ情報がそれだけならソレを頼るしかない。問題は例の暴走した大型の魔法傀儡だ。彼女が言った場所にはソイツもいる事になる。

 だから目的の場所に着いたら物を発見次第早々に立ち去らなければ危ない。さすがに魔法傀儡の相手は特殊過ぎてオレでも対処出来るかわからない。対処方法は教えられてはいるが、実戦経験が無い。


「ファイパ、お前魔法傀儡との実戦経験はあるか?」


 聞いてみたが、ファイパも実戦した事が無いと言う。ファイパはこの学校に通う出して結構経つハズだが、実戦経験はまだ数えられる程度らしい。まぁコイツの今までの素行を考えれば経験出来ていないと言うか、させてもらえていないが正しいか。ならば戦いに巻き込まれる前に早く目的の物を見つけるに越した事はない。って言うかオレは探し物その物を知らないんだった。何を探せば良いんだ。


「えっとね、こんなちっこい鈴と三つ葉の形をした宝石みたいなのがひもにくっついてるの。」


 定番のアクセサリーってカンジだな。どんな由来で大事な物かは本人よよるところだし、詮索はしないでおくか。しかし、物が小さいと探すのが面倒だな。それに傀儡の件もあるから手早く探すにはどうするか。

 そんな事を考えていると、ファイパの方から音がした。水にしては粘性のある不快感が耳に残る音が足元から聞こえた。正直目に入れたら後悔しそうな予感がして何事も無かった事にしたかったが、ファイパも驚いて立ち止まっている。アサガオもファイパの足元をジーっと見ている。そんな状態のヤツらを置いて行くワケにはいかず、仕方なく呼びかけてから目線を落とした。ファイパも一緒に目線を下に向けるのが見えた。

 足元には踏まれた衝撃で粘液のカタマリが弾けた状態になっているが、形を戻そうと近くに転がる核に集まり、徐々に形成していっている。そんな物体を見て硬直していたファイパだったが、正気に戻り変な声を上げつつファイパが飛び退いた。潰れていたソレから足が離れると、弾けて散っていた粘液の破片らしきものが元の形であろうえん形となった。一度体を震わせると、明らかにこちらに敵意が向いているのを察した。


「これ、わたしが踏んだの怒ってらっしゃる?」

「知らねぇがそうなんじゃね?」


 見た目生き物かと疑う形状だが、コイツの事は知っている。確かこの粘体生物スライムは元からこの洞窟に生息している無性生物だったか。コイツら自体の意思は微量しかないから、敵意を持って襲う事も無いハズだが、どうにも様子が可笑しく戦闘は避けられない気配がする。ソレを察してオレはアサガオを後ろの岩陰の方に誘導して隠した。


「これ、倒しちゃっていいのかな?」

「いや、粘体生物スライムっと言うか無性生物は倒しても問題無いハズだ。」


 確かコイツは中にある丸い物体『核』が本体のハズ。だから周りの粘液体をいくら攻撃しても先ほどの様に再生して、核を壊さない限りは倒す事は出来ないから、一時的に動きを止める目的で核を壊さず粘液体のみに攻撃してして再生させて時間を稼ぐ作戦をとる事にした。

 いつか教師から聞いた事を思い出しながら、オレは作戦をファイパに伝えた。生徒であるファイパは粘体生物スライムの生態だって教わっているハズだから詳しく必要無いと思うのだが、流れでしてしまった生態の説明をファイパは全然気にせずうんうんと頷き納得してる様子だ。まぁコイツの事だから、絶対授業中に居眠りしてるんだろうな。

 そんな思考をしてる最中でも粘体生物スライムには関係は無く、容赦なくこちらに跳びかかってきた。粘るけのある柔らかい物体だが、勢いをつけて突進されると当然衝撃が体を掛かり、それなりに痛い。そんなのは当然イヤなので体を横に動かし避けた。

 ファイパも変な悲鳴を上げながら転びそうな勢いで避けた。オレは避けた態勢から体を捻らせ、短い詠唱を唱えて宙から剣を取出し、握り引っ張り出す勢いのまま鞘から抜き粘体生物スライムを切りつけた。粘体生物スライムは大きな切り口を残した状態で地に伏せ、痙攣の様な動きをしてこちらに再び跳びかかって来る気配をなくした。


「よし、体を再生される前にここから―」

「おぉすげー!今の収納魔法!?詠唱速くて聞き取れなかったけど、めっちゃ使いなれてる感じだったね!」

「うるせぇ、置いてくぞ。」


 こちらに感心を向けている場合じゃないと言うのに、このお調子者は。そう呆れつつ逃走しようとしている方向を見て唖然とした。

 1匹しかいないと思った粘体生物スライムが壁や天井から大量に湧いて出て来ていた。後から出てきたというよりも既にいたのが姿を見せたといったところか、そりゃあ棲息しているんだから他にもいるだろうが、油断していて意表を突かれた事にいきどおった。

 そして今見える全ての粘体生物スライムは明らかにこちらに攻撃を仕掛けようとしている気配があった。話に聞いた傀儡の事もあるが、どうにも洞窟内全体にも異変が生きている様に感じられる。だとすればコイツらをどうにかしてからでないと、目的を達せない気がしてきた。

 原因は何だ?例の傀儡も原因のせいで動いたのか?考えを纏めたいが、今は粘体生物スライムをどうにかしないと落着けない。


「とにかくコイツらを倒すにかねぇな。」ファイパを見た。

「えぇ!?こんなにたくさん、さすがに無理じゃない!?」


 ファイパはオレの提案に否定の意見を出す。当然か。実戦経験のほとんど無い生徒とケンカ慣れしているだけの一応の一般人がどうにか出来る相手じゃない。

 以前相手した小鬼も数はいたが、アレとは勝手が違う。意思が弱く反射的に動く粘体生物には話は通じないし怯える事も無いから結局倒す以外に止める方法が無い。しかしやるしかない。


「お前、得意な魔法の属性は『火』だったな。覚えてる限りで良いからとにかく使え。」

「おっ…おう!やる!」


 怯んだ様子だったが、ファイパもやる気になったらしい。全て倒せなくて良い。今はこの場から離れる為にこの数をどうにかして捌きたい。最初粘体生物スライムを相手に怯える事の無かったアサガオも、さすがに事態を飲み込めたのかオレにしがみつきほんの少しだけ恐怖が顔に滲み出ていた。早くここから離れないと。


「えーっと、れ?…烈々なる熱、矢の如き速さでもって…放ちて…。」


 たどたどしく詠唱を唱えるファイパに粘体生物スライムがいかない様に、オレが防御を張り時間を稼いだ。っと言うかその詠唱の魔法って初級だから詠唱自体短いし覚えやすいものだよな。明らかに唱え慣れてないカンジだが大丈夫だ?

 そう思うオレの心配を杞憂にでもするかの様に魔法は発動した。ファイパの手に大きな火がともり、徐々に球体へと変化。そしてそのまま手を前に突き出すと火の弾が勢いよく放たれ、放たれた火の弾が一体の粘体生物スライムに命中。隣接していた他二体の粘体生物スライムを巻き込む、三体の粘体生物スライムに火の魔法を当て動きを止めた。


「おっしゃあ当たった!しかも一度に減らせたんじゃない!?」


 粘体生物スライムの群れを全滅させたワケでも無いのに大げさにはしゃぐファイパに呆れつつ、確かに魔法1回の発動で数体同時に魔法を当てるのは評価出来た。オレ自身そこまで魔法が得意ではないのだが、オレから見てもファイパの実戦魔法はそこそこ威力があり申し分ないと言える。ただもう少し詠唱に自信と言うか余裕を持ってほしい。聞いてるだけで危なっかしく思える。


「とりあえず、その調子で魔法を使ってアイツらを蹴散らしとけ。」

「わかったぁ!」


 ちょっと語尾が抜けた様に聞こえたが、いつまでもヒトの後ろでびくびくされるよりは動きやすくなった。ファイパの魔法に反射的に逃げようと粘体生物スライムも動きから戦意染みた気配が薄れ、動きが緩慢になってきたところを狙いオレも粘体生物をけ散らすのに加わった。

 そうして一匹ずつ確実に粘体生物スライムを撃破していき、やっと道が開けた所でアサガオを引っ張り突っ走りこの場から脱する。ファイパにはひと声だけ掛けて、気づいたファイパは後に続いて脱出。ようやっと粘体生物スライムの群れから抜け出し戦闘を終えた。


「うひゃあーっ!抜け出せたよ!」

「あぁ…その様だな。」


 互いに息を切らしつつ現状を確認し合い、粘体生物スライムの群れから十分距離を取った事も確認した。走って来た後ろを見ても粘体生物が追って来ている気配も、他の生物の気配も無い。一先ず安全な場所まで来れたと一息ついた。

 アサガオは手を引っ張ってからはそのまま抱き上げ、オレが抱えた状態で走ってきたから疲れてもいないし当然無傷だ。疲れているオレらを見て心配そうな表情を浮かべてオレやファイパの背中をさすっている。


「ハァ…ったく、探し物しに来ただけなのに初っ端から疲労ハンパ無ぇな。」


 愚痴を零しつつ、先行きに不安を感じ正直捜すもの云々がどうでも良くなってきていたが、ファイパはそんな気が更々無くして無いらしくオレとアサガオに向かって鼓舞して来た。


「戦闘がなんとかなったんなら、探しものだって大丈夫!さっ早く行こう!」


さっきまでオレと一緒に息を切らしていた様子はどこへやら。呆れつつもコイツの根性と言うか、根の強さに感心しつつ先に進んでいくファイパを先頭にオレも歩き出した。動き出したオレらを見てアサガオも小走りしつつ後に続く。


 さっきまでの粘体生物スライムの群れの襲撃から一転、洞窟の静かな雰囲気が移動中続いた。だが異変の空気は感じた。まだ何かがある、何かが起こる、そんな予感が頭を離れない。

 そもそも本来戦意どころか意思も弱く襲ってくる事が無い粘体生物スライムが、同族が踏まれたからという理由で動くなんて考えられない。そして今も感じるこの空気には既視感がある。

 以前小鬼に家を壊されたという理由から小鬼のナワバリ赴き、そこで遭遇した巨体のオオカミと対峙した時のソレ。様子の可笑しかったその姿から一戦闘終えてから落ち着いてからの様子の変わり様。先ほどの粘体生物スライムの変貌と重なる所がある。

 しかし、あの群れからはあの巨体オオカミの様な強い力は感じない、そもそも粘体生物スライム自体が力を持たない生態であるから、もしかしたらアイツらは別の要因の影響で可笑しくなっていたのかもしれない。粘体生物スライム共とは違う、強い力を持った何か、それこそが異変を起こし周りの生物が感化され結果の襲撃かもしれない。だとしたら今の状況の原因は?そこまで考えている最中に、ファイパが到着と声を上げ、思考停止を余儀なくされた。

 件の生徒が物をなくしたとされる、天井も高く開けて空間。あちこちに展示物の様に大小様々な大きさ、形の岩が鎮座していた。障害物のある場所での実戦を想定した訓練を行う場所でもあるのだろう。洞窟の中という事も合わさって視界が悪い。火属性の初歩となる照明魔法を使い、手のひらに光る球体を出し辺りを照らしても、岩が壁となり影が出来るばかりだ。ここのどこかに生徒の探し物があるにしても探すのは一苦労だと考えつつファイパを見ると、何かブツブツと言いながら歩いては戻りを繰り返しながら下を見ていた。


「あの子は友だちと話しながら、たしかこっち側…かな?それでこう…。」


 言いながら歩き、急に立ち止まり辺りを見渡す。そんなファイパの姿を見てオレは何をしているのか聞こうとすると、突然勢いよく顔を上げ、さっきよりも機敏な動きをし出した。


「んで、話に出てた魔法のくぐつってのに驚いて、こう飛びのいてからにげようと足を出したらここに大きな石がある。」


 ファイパの言った通り、逃げるような態勢にし足を逃走経路であろう方向に足を出したすぐ先に大き目の石があった。もしそこで走り出していたら足を石にぶつけつまづく事になるであろう位置だ。ソレをファイパも視野に入れてか躓いた様な態勢をとったと思うと、転倒する事無くそのまま足を進めてまた立ち止まった。そこには先ほどの石よりも大き目な石があり、足を少し曲げれば手を付けれる位ある。その石の周りをファイパは覗き込んだ。そして声を上げた。いきなりだからちょっと引いたが、見たらファイパの手には探し物である小さな鈴と三つ葉の石を細い紐で括った装飾品があった。


「よかったー!傷は…うん、あんまついてないね。」

「…正直見つけれるとは思わなかった。よく見つけたな。」


 こうは言ったが、本音を言うとそこまで不思議には思っていない。普段のファイパの素行を見ると、周りはコイツが正確に物事を解決出来るかと問われると答えを言いよどむ事がほとんどだろう。学校前で会ってから今までのやり取りを見ればわかるハズ。とは言うもののコイツが探し物を発見した事は事実で、オレもファイパならオレよりも先に見つけていただろうと予想していた。とりあえず今は無事解決出来た事に安堵しよう。

 瞬間、揺れた。ホラ、絶対こうなると思った。


       ◇    5    ◇


 地面に天井、辺りに置かれた岩に今この場に立つオレら。恐らくこの空間にあるもの全てが揺れに反応するであろう衝撃が来た。そして思い出した。ここに入る前、そしてさっきまでも話題にしていたもの。オレは揺れの衝撃が来た原因があるであろうその方向を見た。まだ照明魔法で照らされ、影が出来ているせいで見えないだろうその場所。そこで確かに何かがあり、何かが動いた。わかっていはいたが認めたくない、関わりたくないという気持ちのせいか咄嗟の動きが鈍った。だからソイツがコチラに向かって動いた事にも反応出来なかった。

 大きなヒト型、ソレは人目見てわかる。遠目から見ても判断出来る程の大きさをしているからだ。3メートルはあろうソレはこの天井の高い空間でも狭く感じる程で、無機物故に気配は無いがその大きさだけで十分存在感を出している。土を固めて作った様な大きな腕や太く短い土台型の足、胴体は岩を削って作ったかもしくは粘度から作られた巨大な柱に見える。そして頭と言える部分だろう上部は口や鼻無い代わりに目の部位に当たる大きな宝石に様な石が顔の真ん中を占拠する様にはめ込まれている。魔法傀儡は図書室に資料があり読んだ事があり、どの姿も資料の中に手描きでだが絵姿があり見た記憶がある。だが実物はいままで目にした事が無い。今が正に所見だ。大きいと言う情報も聞いてはいたが、実物の大きさに少々度肝を抜かされた。

 そして傀儡の存在が完全に頭に入って来たのを自覚した瞬間、本能的な部分が叫んだ。死の危険。ソレだけが頭を占め、今度こそ咄嗟にファイパの首根っこを引っ掴み、アサガオの腹に腕を回し込み抱きかかえて後ろに跳んだ。次の瞬間来たのはさっきよりも強い衝撃に揺れ、そして傀儡の腕がオレらが立っていた場所に叩きつけて起きた衝撃によって開いた穴。飛び散る破片が当たりそうなのを必死に躱すがいくつか辺り、少し痛いが我慢出来る。もちろんアサガオには当てていない。ファイパは知らん。多分当たって痛みに悶えてる最中だ。見てる余裕無いから予想だが。

 それにしてもあの一撃、喰らったら確実に命は無い。デカい図体にお似合いの攻撃力だ。だがそのデカい図体のおかげで狭い通路を通れず、洞窟からは出てこれなかった様だ。しかしこの場にこのままにしておくのも危ない。先ほどの怪力で暴れられてここを崩されでもしたらオレらは生き埋めだ。傀儡の仕組みをもう少し資料を読んで覚えておけば良かったか。


「ファイパ動けるな?動けるならとにかく動けよ。オレは助けれねぇかもしれねぇからな。」

「いきなりの援護事前拒否!?」


 言ったらファイパが何かわめいているが聞かないし仕方ない。相手は動きこそ大きいために遅くはあるが、当たったら瞬殺な攻撃をしてくる様な手合いだ。注意さえすれば躱せるが、あっちは生き物では無い。組み込まれた手順の元、動作をする単純な仕組みなのは話に聞いている。だからこそ今までのケンカとも小鬼との戦闘とも違う、初めての無機物との戦闘。オレ自身次にどう動くのか正直迷っているし、見たまんまの防御力の高そうな相手にオレの剣技は圧倒的に不利。恐らくこちらの行動次第であっちの行動も決まっているだろうから、まずは回避に専念して相手を視なければ動きようが無い。なのでファイパとか他人を見ているヒマが無い。アサガオは、既にオレから距離のある場所に立たせた。なるべくアサガオを視界に入れないでいたい。でなければ気が散ってしまう。

 とか思っている最中にも傀儡は攻撃を仕掛けてきた。先ほどと同じ攻撃。だからこその余波と影響。揺れて天井から石が少し降ってきたが崩れる心配は今の所無い。今の所は。まだ傀儡の行動の基準がわからない。近い距離にいるヤツには打撃系の攻撃をするのが決まりって所か?他にも確かめたいがどうだろうか。ヒトには無い反射行動が不明確過ぎてまだ迷う。なら、代わりにやってもらおう。


「ファイパ!今どこにいる!?」

「シュロから見てななめ右前ぇー!」


 ちょっと分かりづらかったが、まぁ良い。オレは次にファイパに向けて言い放った。


「ファイパお前、『アレ』使って攻撃してみろ!」

「こわいのでやだ!」


言うと思った。実際ファイパの方を少し見る事が出来たが、見たまんま腰が引けた状態になっていた。ファイパが前線に出るのを拒否するのは分かっていた事だ。だが今回はそういうワケにはいかない。再びこちらに来る傀儡の攻撃を躱しつつファイパ時抜けて声を張って言った。


「良いか!?お前オレの魔法属性知ってるか!?」

「よっく知ってます!」

「ならわかるな!?魔法関係はお前に任せた!オレが物理で何とかすっから!」


 言いたい事はとりあえず言い切ったと思うから、後は動く方に集中する事にした。さっきファイパに言った意味。勉強嫌いのアイツでもわかるハズだ。

 各々が持つとされる属性魔法に適した潜在属性というもの。以前に遭遇した巨体オオカミの肉体に直接もった術識とは違い、こちらが従来の生き物の持つ潜在能力と同等とされる。自身の潜在属性に同じ属性の魔法を使う事で、生じる反動という魔法使用者が負担も少なくなり円滑に魔法を発動出来る。

 逆にその属性の弱点となる属性には耐性が弱く反動を強く受けてしまう。ちなみに属性は5つあり、オレはその中の『空』属性だ。簡単に言うと風と雷を操る魔法属性で、補助効果に特化し攻撃の決定打としては弱い。もちろん攻撃力のある魔法もあるが、今使うにはこの密閉された狭い空間というでは発動条件として悪すぎる。

 一方のファイパの潜在属性は『火』で攻撃力のある魔法が属性の中では多い。相手が見た目通り防御特化であれば、ファイパに魔法で牽制してもらうのが今の所最適だと考えた。それにファイパには魔法以外にもこの場で最も最適であろう『武器』がある。なので文句を言わずやってもらいたい。

 ファイパはまだ怖がっていた。それもそうだ、この状況で怖がらない学生はいない。実戦経験ほぼ無しで知識も不足。危ない状況はオレ任せ。それが当然だ。

 実戦経験のあるヤツはいわば本職。そのヒトに任せるのは当然だろう。今の状況だってオレが受け持つのがが最適解となるだろう。そんな中、オレは任せたとファイパに言った。オレは一人ではこの状況を解決出来ないと半分匙を投げた状態だ。コレをファイパはどう受け止めたかオレにはわからない。それでも魔法の面では今恐らくファイパの方が有利だ。まだ詠唱など不安要素があるがそれに賭けるしかない。

 もう一度ファイパを見た、瞬間アイツは自分の両頬を両手で叩いた。音が響くほど強く叩いたのか、ファイパの頬が赤く染まった。そして最初、あの探し物の主である生徒から話を聞いていた時と同じ真剣な目つきになり前を見据えた。


「よし!当てれるだけ当てまくるから、シュロ手伝って!」


 やる気に満ちた声、聞いただけでソレが確信出来る。こういう時のファイパは今までと比べて魔法に対する集中力がけた違いだ。今度は大丈夫だろう。そう思いオレは再び目の前の傀儡の猛攻に集中すべく再び前を見据えた。

 傀儡の腕が動く出すのを見計らって跳ぶか走るかを決め、そして動く。正面から剣を当ててもあの丈夫そうな体では小さい傷を付けるのがやっと。それどころか剣が刃こぼれすてしまうかもしれない。ソレも気にしつつオレはまた動いた。

 一方ファイパは接近しているオレとは反対に傀儡から距離をとり、今までずっとベルトの後ろに下げていたものを掴み、ベルトから外し傀儡の方へとソレを向けた。片手で持ったソレは小型で筒状の機械からくり仕掛けの塊で、名前は『魔法銃器』と言ったか。ソレを両手で持って構えた。瞬間傀儡が突然向きを変え、ファイパの方を見た。

 どうやら魔法の力を察知する仕掛けらしい。急いで傀儡とファイパの間に入ろうとしたが、その前にファイパが動いた。機械仕掛けのその魔法銃器の出っ張りに指を掛けて仕掛けを動かすと大きな破裂音と共にさっき使った魔法よりも速い速度で魔法が発射された。

 そして発射された魔法は的確に傀儡の関節部分であろう場所を射貫き、爆発が起き火花を散らすと傀儡の腕が動きを止めた。一時的ではあるが機能を停止した様だ。だが油断出来ない。決定的に弱点を突いたならまだしも、あくまで一部分の動きを止めただけだ。透かさず走ってそこらの岩を踏み台に傀儡に向かって跳び、意味があるかわからないが目の部分に剣の柄の先で強く打った。宝石部分に大きなヒビが入った。途端傀儡がフラついた様子を見せた。どうやら目の部位としての役割を持っていたのは間違いないらしい。こんな事なら鈍器系の武器でも持ってくるべきだった。

 軽く後悔しつつ後退しファイパを見た。ファイパもチャンスと見て魔法を放った。今度は魔法銃器ではなく詠唱で発動する火の魔法だ。時間をとれたから強い魔法を発動するための長い詠唱を唱え、傀儡の足元に放った。地面から上に向かって勢いよく炎の壁が発生し傀儡をそのまま火あぶりにした。さっきので感づいたが、傀儡の外装は魔法に弱いらしい。

 更に損傷を受け動きが鈍くなっている。だがまだだ。後一歩何か強い一手、弱点を突く一撃が欲しい。なにより傀儡はどうすれば完全に動きを止める事が出来る。こういう時は力の源となる場所を撃つのが良いが、未だ見つかっていない。

 傀儡も動きが鈍くなったとは言え、こちらへの攻撃は止める気配も消えていない。それどころかこちらの攻撃を止めるべく纏った塵を払うかの様に暴れ回っている。おかげで傀儡の体の至る所が周りの壁やら岩やらに当たりこの空間を崩そうかという勢いだ。コレはヤバい。早くトドメを刺さないとマジで洞窟が崩れて生き埋めになる。

 するとファイパが何かを見つけた、様に見えた。傀儡から目を離さず走りながら何かを捜している。そして目を見開き叫んだ。


「シュロ、後ろ!くぐつの頭の後ろー!」


 叫びながらファイパは飛び跳ねながら指した場所をオレも凝視した。そしてオレも気づいた。傀儡の頭部の後ろ、後頭部辺りに円形の模様が見えた。アレは詠唱の他の魔法発動の一種でもある光る円形の模様で描かれた『魔法陣』だ。ソレが怪しい光を放っている事からも正しく傀儡を操る力の源と見て間違いないだろう。

 目標が定まった。後はひたすら作業をするだけだ。とは言えあれだけ暴れる巨体相手に攻撃を当てるとなれば、接近戦は厳しい。そうなれば、やはりファイパが頼りか。ファイパもそれをわかってかまた手に持った機械仕掛けを構えて撃った。だが傀儡が動いた為に狙いが逸れて後少しの所に攻撃が当たった。傀儡には何の変化も無い。ダメだったらしい。


「うわーん!はずしたぁ!」

「落ち着けバカ!当たるまで当てろ!」


 無茶苦茶を言ったかもしれないが、正直今オレも少し焦っている。あんなに暴れられたら本当にココが崩れる。そこまで考えて、アサガオの事を思った。念の為に攻撃やその余波に当たらさそうな場所に隠れる様言ったが、今どうしてる。アサガオがいる場所に目を向けた。アサガオはしゃがみ込み、手を頭にやり目もつぶっていた。傷は負っていないらしい。少し安心してフッとアサガオを頭上に目を向けた。洞窟の天井が衝撃で少し崩れ、大きな破片がアサガオの頭上から落ちて来ていた。当たる。そう確信してしまい、オレは自分の周囲の事を考えず駆けた。

 ファイパは次の攻撃の準備を手早く済まし、再び構え放った。内心当たれと、ただそれだけを考えていたと後に言っていた。そしてその時の言葉は現実となった。破裂音がした時には傀儡の後頭部の陣に攻撃が当たり衝撃が音となってオレの耳にも届いた。その衝撃音からほんの少し経って、傀儡は何かに押さえつけられかの様にして動きを止め、全身の力を抜いた態勢となって完全に機能を止めた。その後すぐに声が聞こえた。ヒトの声に聞こえたが、ソレは傀儡から聞こえた何とも感情のこもっていないヒトの声に似た音だった。


「弱点ニ指定サレタ部位ヘノ攻撃ノ命中ヲ確認。コレヨリ、『魔法の使用による実戦試験』ヲ終了致シマス。」


 確かこの傀儡、実戦を想定した試験用に置かれていたヤツだったか?つまりオレらはその試験に合格して、動くを止めたって事か。今までの緊迫とした雰囲気が空気でいっぱいになった布袋から一気に空気を抜いたみたいな気持ちになって、思いっきり地面に座り込んで息を吐いた。

 ファイパも攻撃を当てた直後は真っ直ぐと傀儡を見据えて立っていたが、数秒して足が小刻みに震え出し、顔から血の気が抜けて何を言ってるか全くわからない奇声を上げながら膝から崩れ落ちた。よく聞いて解読出来た言語は怖かった、くらいか。


「試験ヲ終了致シマス。試験ヲ終了致シマス。」


 それにしても、ファイパの武器のおかげで今回は場を治められた。ファイパの持っている『魔法銃器』と呼ばれる機械仕掛けの発射武器は、相変わらず仕組みはわからないが威力は高い。機械仕掛けの銃器というのは本来ファイパくらいの細腕では扱えないと聞くが、魔法銃器は仕様が違うらしく、何かしらの仕組みでファイパくらいの身体能力の持ち主でも扱いやすく簡単に魔法の力がこもった弾いうものを発射するらしい。

 ファイパの方がその辺を詳しく説明出来るだろうが、今アイツは放心状態でまともに喋れないだろう。力抜け過ぎだ。


「試験ヲ終了致シマス。試験ヲ終了致シマス。」


 考えてから自分の懐の熱を感じて、今やっと自分がアサガオに岩が当たりそうなのを見て、急いで駆け出しアサガオを抱きしめて岩から回避した事を思い出した。抱きしめて直ぐに横に動いたおかげでオレにももちろんアサガオにも当たらず怪我は無い。まぁ少し破片が当たって、今は確認出来ないがオレの額にかすり傷が出来ているだろうが今は良い。

 念の為にアサガオに痛む所は無いか確認しようと覗き込んだが、アサガオはオレに力いっぱいしがみ付き離れるどころかオレの声を聞こうとしない。さすがに困ったので、もう大丈夫だと言い聞かせてもアサガオは手の力を緩めない。どうしようかと思考していると、やっとアサガオは顔を上げた。目に涙を貯めて。


「試験ヲ終了致シマス。試験ヲ終了致シマス。」


 アサガオはオレに痛くないか聞いて来た。痛くないと正直に答えた。その言葉を信じてか、アサガオは手の力は緩めたもののオレからは離れないままだった。まぁ良いかと、態勢を立て直してからファイパの元に行こうとした時、さっきから傀儡の音がずっと聞こえて来る事に思い出した。いつまで鳴るんだあの音、と呆れつつ傀儡に目をやった。


「試験ヲ終了致シマス。試験ヲしゅっ…了イ…タシ…マス。試験…試験シケンヲシュっ了…」


 途端に音の様子が可笑しく聞こえる。イヤな予感がする。目を凝らすと傀儡の関節部分で何かが動くのが見えた。影になってよく見えなかったが、ソレが傀儡に入り込んだ様に見えた。

 思い出した。そもそもこの傀儡が勝手に動き出した原因は何か。誤作動にしても、結局は傀儡は外から魔法の力を送られてソレを原動に動く仕組みだ。つまり第三者がいなくては勝手に動く事は無い。そしてさっきの傀儡に入り込んだであろう影。


「ファイパ!!立て!離れろ!」


 今度はオレがファイパに向けて力いっぱい声を張り上げた。ファイパは当然だが突然の事でオレの言葉を頭に入って来ず混乱して立ち往生してしまっている。その間、やっぱりと言うか動きを止めていたハズの傀儡の体が揺れた。動き出す兆候だ。今こちらが動かないと非常にまずい。

 そんな気だけでオレはアサガオを手だけで制止させてから直ぐに駆け出し、剣を再び構えて傀儡の体に跳び乗った。今傀儡に入ったであろう場所を頭をひねり出して思い出し、見定めてから思い切り剣を突き刺した。その時傀儡は既に動き出していて、オレを掴もうとしていた所だったのをその後に後ろを振り返って見てから気付いた。

 ファイパはまたも顔から血の気が引いて気絶する寸前だったし、アサガオはまたオレに力いっぱいしがみ付いて来て色々と大変だった。

 剣を突き刺した事で傀儡は今度こそ完全に沈黙。オレが突き刺した場所には見覚えのある枯れた木の根があり、剣はその根っこを貫いていた。


       ◇    6    ◇


 最も、大変だったのは後の事だ。まずは無断で洞窟に侵入した事。先んじて洞窟に入ったファイパは当然だが、後を追ったオレも先に進んだから共犯扱い。ソレも当然だ。ちなみにアサガオは巻き込まれた被害者として数えられた。良かったな。何が良いか知らないが。

そんなオレらに科せられた罰は、オレは校長直々の説教とカナイへ今回の件の通達だった。なるほど、それだけでもオレにとっては立派な罰になるな。カナイの説教はもう聞きたくないと思っていたし。他にも後日授業での教師の補佐など色々科せられる予定だったが、ソレはカナイに言われて無しとなった。理由は後日いつか。

 一方ファイパは、今回の主犯という事で大量の課題の他に掃除など色々とやらされる事になった。アイツには良い薬だ。泣いて助けを乞われても聞かなかった事にするつもりだ。

 しかし、洞窟への無断侵入にしても、どこか刑罰が軽い気がするが、ソレは例の生徒からの言伝が理由だと聞いた。あの探し物の持ち主、ファイパが洞窟を出て真っ先にその生徒と会って物を渡すと、生徒は泣いて喜んでいたとか。その礼として罰を軽くしてもらった、というのが経緯だ。無断で危険な場所に行くのは当然悪いが、入った理由が理由だからか、教師達や校長も大目にみてやる事にしたと。なんだかんだ言って、教師たちも甘い。

 そして、オレは洞窟を出てすぐに校長に呼び出され、今校長のいる部屋の前にいる。もちろんアサガオも一緒にいる。オレは早く休みたかったが、どうしても校長が話を聞きたいと言っていたとか。まぁ今回の事でオレも話をしておきたいとは思っていたから丁度良いか。オレはドアをノックに中から声が聞こえたのを合図にドアを開けて部屋に入った。アサガオもオレに続いて部屋に入る。


部屋にはいくつのも椅子と真ん中に置かれた大きなテーブル。更に奥にはヒト一人分が使うには十分な大きさの机と、その机に手を置きコチラを持っている人物がいた。

 オレと同じ種族の印である長く尖った耳を持ち、髪色は鮮やかな朱色。顔はまったくわからない。何故ならネコかキツネどちらともとれる動物の造形をした顔を面を着けているからだ。本人はオシャレだと言っていたが、オレには理解出来ない。


「こんにちは、シュロ。ソレにアサガオも。お二人とも元気ソウでなによりです。」


 お決まりの挨拶を交わし、台詞からは落ち着いた声色が伺えるが、纏う雰囲気は落ち着いている様子が見られない、どこか焦燥ともとれる空気を感じた。それもそうだ。学校の敷地内にある、生徒が訓練所として使っている洞窟でも訓練用傀儡の暴走事件。生徒には怪我人は出なかったと聞くが、一歩間違えれば大惨事となっていただろう。

 教師達は当然生徒の安全を優先し、好奇心で生徒が洞窟に入りかねないからと監視をする必要があったし、そもそも実戦魔法を扱える教師がちょうど不在だった事もあり、他の教師は下手に洞窟に入る事も出来ない。

 そこでオレの話となる。オレが偶々そこに居合わせなかったら、今回の事は解決出来たかわからない。何故か入ってはいけないとされる生徒の一人であるファイパまでくっついて行ってしまったが、ファイパの活躍をオレが話した事で、一応のあの処置となった。件の探し物の生徒の証言も合わさり、ファイパもファイパで教師や校長から色々とお褒めの言葉をもらえる事だろう。もちろん厳しい処理は続くとの事。仕方ない。

 話を戻す。今回の洞窟での出来事は、オレの勝手な行動も含めてカナイに報告される事となった。原因不明の暴走という事で学校内では広まってはいるが、実際の所はオレの証言によって、詳細は内密にするとの事だとカナイから返事がきた。


「シュロくんの言っていた、傀儡を操った原因となる謎の植物。現物が無いノデ確証は得られませんが、確かに危険なものであるのは間違いないでしょうネ。」

「あぁ、残念な事に採取が出来なくてオレも参っている。直接見せれれば話もラクだったんだがな。」


 オレが見た枯れた木の根。ほんの僅かだが何か魔法の力を感じた。終わった後よく見るために拾うと触れた途端、ソレは崩れて燃えカスの様になりそのまま消えてしまい、感じ取っていた力も完全に無くなった。この感じどこかで見たと思ったが、コレは魔法によって顕現けんげんさせた物体が力尽きて消えるのと似ていた。

 つまり、あの木の根も何かしらの魔法の力の残留物であり、以前同じ様な木の根を持っていたであろう巨体オオカミも今回の傀儡同様にその力によって暴走、時間が経ってかオレとの戦闘で消耗したかで力が尽きて消えていったという事だろう。


「大よそシュロの読みで合ってしるでしょう。ヒトを操り暴走させる謎の力、そのような物が世に中で出回っているとなれば間違いなく騒ぎになるどころではナイでしょう。」


 正直合っていてほしくないが、現場を2度も見てしまった以上ほっとくワケにはいかない。何せオレの上司は土地守と呼ばれるヒトと自然の守護者。そしてオレはソイツに仕える立場だ。確実に仕事を押しつ…任される。話がカナイに届いているならもう逃げられない。


「ソレともう一つ、シュロかカナイに確認してほしい事があるのですが。」


それは結局のところオレがやる事になる事だろう、知っている。そしてソレが何かオレには見当がついている。今回騒ぎが何度も村や森、学校で起きているのに一向に姿を見せないヤツだいる。


「この土地にいるもう一人の土地守であるセヴァティアが、ココ暫く姿を見ないのです。アノヒトは自由奔放な方ではありますが、交信魔法どころか挨拶にすら姿を見せないのは不自然です。せめて確認に行きたいですが、今回の事もありますしアノヒトのいる所にはそう簡単には行けませんし。」


 やっぱりセヴァティアか。オレは最近会わない様にしていたが、村には時々訪れていると聞く。学校でも挨拶だったり飯食いに行ったりはしてるらしいから、確かに校長ですら見てないのは可笑しい。

 セヴァティアのいる場所というのも校長の言う通り、ちょっと散歩に行く場所としても適していない。むしろ危険だから近づくなと大人が子どもに強く言い聞かせる程だ。そんな場所、実戦慣れしていたって普段通いしたくない。どんな場所をセヴァティアは普段通いどころかほぼ住んでいる状態だ。正気を疑う。


「…カナイには言っておく。日を改めて向かう事にする。」

「お手数お掛けして恐縮です。傀儡の件の処理はこちらで済ませますので、よろしくお願いします。」


 話は以上となった。話が長かったせいか、アサガオはほとんど眠っていた。まぁ聞かせる程の事でも無いし良い。だが、行くとなれば確実にアサガオも一緒だ。そこはちゃんと準備はさせるし言い聞かせておくつもりだ。留守番なんでまず無理だろうし、そこは他のヤツもわかっているハズ。


 しかし、ちょっと本を読みに来ただけなのに、とんだ目に遭ってしまった。これもファイパにせいだと思っておこう。そうすると自然にどうでもよくなる。不思議だな。

 しかし、セヴァティアか。本当は会うのはもう止めておきたいのだが、事が事だから厄介事がコレ以上起きないためにも会って生存確認だけでもしておかないとダメだろう。

 ソレに気になる事もある。セヴァティアを見なくなったという事と、暴走する動物や傀儡の出現。コレは偶然と思って良い事か。それともう一つ、あの暴走の原因とされる枯れた木の根から感じたもの。アレには既視感がある。


「ハァ…ヒマだとか退屈だと感じる日ってのは、案外無いものだな。」


 溜息を吐くオレに、居眠りを起こされ目をこすりながらもオレの後を着いてくるアサガオの気配を感じつつ、帰路についた。そういや、結局昼食をとれず仕舞いだった。起こされたアサガオも限界といったところだ。帰ったら残ってる物を適当に見つくろう事にしよう。



余談


「ちょっとー!あいさつもなしに帰るなんてやめてよー!」

「イヤ、ソレより出された課題とかどうした。」

「えっと…ちょっとつかれたから休けいしようかなって。」

「何が休憩デスか、まだ課題ほとんど進んでないでしょ。挨拶は許しますが済んだらサッサと戻りますよ?」

「あっまってください、圧が強い強いですまってその手に持ってるのぺんぺんってしないでこわいですー!」

「…やっぱアイツ、アホだ。」

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