第2話 畑で憂惧

 オレにも恐怖を感じる事がある。


 オレが通う村は農村で、村人のほとんどが農業で生計を立てている。村の敷地内だけでなく外にまで畑が広がっている。この土地は自然が豊かで作物の育つも良く、村の外から来たヤツは皆村の作物を目当てに訪れる。村人も相応の対価をもらい、時には土地の領主への年貢として納めたり。様々な形で村人の作った作物は外へと流れる。

 農家にとって自分が育てた作物は財産と同等の価値を持つ物だが、外のヒトから見れば作物は極端に見て『金』その物だ。売れば金になるしもちろん食えるから、持っていて困る事が無い。だからこそ自分の物にしようと盗みを働くヤツが現れる。

 農家はもちろん盗みを許さない。それこそ、作物に手をつけたヒトを地に果てまで追いかけまわす勢いで。血で血を洗う聖戦の如く覇気を見せる様に。

 数百年の時を掛けて、ヒトはヒト同時の戦争停止のルールを結んだが、農家と泥棒の戦争は未だ続いている。誰にも止められない。止めようが無い。オレもイヤだ、手を出したくない。むしろ泥棒好い加減にしろ来んな。そんな気持ちだ。


 そんなオレの気持ちを無碍にしヤツらは懲りずにやってくる。守仕であるオレは当然、上司であり土地の守護者である土地守のカナイに命として呼び出され、泥棒退治に駆り出される。帰りたい。事情をわかってないアサガオは朗らかな顔でオレと散歩でもしてるかの様に歩き着いて来ていた。平和なヤツだ。


 カナイに呼ぶ出される数分前、今日は天気が良い、洗濯物がよく乾くだろう。なのでオレは家の外に出て早速洗濯物を干している。アサガオも手伝うと言ってきたので、籠に入れた洗濯物をオレの手元に渡す仕事を任せた。ソレで良いのかとオレは思ったが、アサガオは満足気にオレに洗濯物を次々に渡してきた。良いらしい。

 一通り干し終わり、一息つこうと家に入るためにドアノブに手を掛けたその時、カナイからの交信魔法が来た。来やがった。

こんな晴れた日、こんな日に限って呼び出される時は本当にヤバい事を起こる前触れだとオレは学んだ。学んだだけで活かされてはいないが、嫌々ながら交信魔法に答えた。


「おぉシュロ!緊急だ今すぐ村に来い。」

「体調が優れないから休んでるわ。」

「良いから早く来い。」


 遠慮も容赦も無いカナイには仮病も通じない。仕方なくオレは渋々行く事にした。一仕事終えてお気に入りの植木鉢の芽に水をやってたアサガオは、オレが出かけるとわかると自分も行くと主張する様にオレは見上げた。こっちも仕方なく連れて行く事にした。

 先に語った通り、農家は泥棒を許さない。当然畑を荒らす者も同罪である。今回ほど森の小鬼の方がマシだったのではと考える事は無いだろう。恐らく、きっと。


     2


 家を出て少し歩き、川に架かる橋を渡ってすぐに村がある。村の広場が目に入りオレは又もや家に帰りたい衝動に駆られた。

 普段の村は穏やかな空気が流れ、道行く村人はオレらの姿を見ると挨拶を交わし、ちゃんと食べているか、アサガオは体調を崩していないかと聞いて来て、相変わらずお節介なヒト達だと呆れるのが日常だ。

 ソレが今やココはオレが知る村の雰囲気では無い。オレには数百年も前の戦争時代がどんな物かは知らないが、もしかしたら戦争の空気とはこんな物なのだろうか。

 ピリピリと肌に伝わる緊張感、今にも何かが首を刈り取ろうとして来そうなその空気は、正に戦いが今始まる瞬間であろうと感じさせた。この農村で何があったのか、確認しなくても手に取るようにわかった。


「シュロ、来たか。」

「出たな。」

「出たとは何だ。とにかくこっち来い。」


 カナイに案内されて着いた場所は村人が共有して使っている村で一番広い規模の畑だ。確か根野菜を育てている所のはずだが、ここに連れて来てどうするのか。っと聞こうとしたが、畑をよく見て納得した。

 村人によって耕され、綺麗に整えられた畑は今や見るも無残な姿をしている。地面は盛り上がりあちこち穴ぼこだらけで普段から畑の世話を欠かさない農家がいるとは思えない惨状だ。


 畑に忍び込むのはヒトだけじゃない。むしろヒトだと作物に関して素人なヤツが多く、食える作物と食えない肥料用の作物の区別が出来ず失敗する事例が多い。何よりヒト相手なら犯罪に関するルールが適応されるからまだマシかもしれない。だが、そんなヒトのルールも適応しないどころか無視して盗みを働くヤツらがいる。それが野生動物共だ。

 動物と言ってもカナイが守護する森にいるヤツらとは関係無い。むしろソイツらは村で泥棒を働いた後の報復を知っているから盗みを働こうとは絶対しない。絶対に。

 収穫前の時期を察して森とは違う外から来た動物がやって来ては、丁度良く熟したのを見計らってヤツらは遠慮なく貪って行く。食べごろだと狙っていた物が一晩の内に消失するなどザラだ。そういうヤツらなのだ。

 正直オレは農家では無いし、あくまで農業をしてるヤツに管轄内だからオレが手を出すとか口を挟むの筋違いだ。しかしオレは守仕だ。カナイに言われた以上手伝う他無い。結局オレには自由は無かった。腹が立つ。そして何と言っても今のこの村の雰囲気である。恐らくさっき言ったオレが守仕だとか、カナイが土地守だとかは今の村人の前では無職に等しい。言い過ぎなのではない。


 さて、今回見ての通り畑被害に遭ったのはわかるが、実質の被害は作物では無い。被害があったのは畑そのものだ。そして犯人は既にわかっているし、なんなら村人の目の前に群れでいる。被害者なのは村人側であり、動物が加害者であるのは間違いないはずだが、この場の空気が冷え互いに向き合った今ではどちらも加害者に見えてしまっていた。何せ村人も向かいにいるヤツらも皆怒号を飛ばし、とても被害にあった者には見えないからだ。そして申し訳ないが。オレはこの対峙を直視する事が今出来ない。見たら多分もう戻れないし、この戦争に巻き込まれる。いや、もう巻き込まれてうかもだが。目を少しだけ逸らした状態でオレは村人と動物共の対峙する様子を見守った。カナイも同じで、よく見ると目線が泳いで見えた。


「好い加減にせいや!おめぇら誰のヤマで好き勝手してんか、わかってんのかぁ!?」

「早うここから出ていかんと、1匹ずつ引きずり出して丁寧にこねくり回したるぞおいぁ!」


 以上が村人かつ農家の台詞である。相手が動物だから動物と対話出来ない村人はただ一方的に話している様に見えるが、対峙する相手は、地面から顔を出し人間の言葉がわかっている様にこちらも話してた。以下、オレが仕方なく通訳した相手である動物らの台詞である。


「ワカラン奴ラダノゥ貴様ラ!良イカラ出スモン出セッテンダ!」

「コットハナァ、貴様ラ人間ヲドウニカ出来ルダケノ力ヲ持ッテルンダゾアァ!?」


 そう言い、モグラ共は村人にたんを切っていた。そう、モグラだ。余所の土地から流れ着いたモグラ共が今回の村での騒動の発端である。動物の言葉を理解出来ないはずの人間である村人達は、まるで全て理解しているかの様に再び叫んでいた。…正直もう文字で見るのもキツいから、ただヤバい表記すると規制に引っ掛かるであろう事を言っているとだけオレからは言っておく。ちなみにアサガオも人間だから動物の言葉はわからんし、村人のヤバい台詞はさすがに聞かせれないと既に察して大分前から耳を塞いでいた。アサガオは文句を言いたそうにオレを睨んでるが、今回は我慢させた。


「こんな状態になって、オレは何してりゃ良いんだ?」

「そりゃ今は待つしかないだろ。こんなもの、この村じゃまだ序の口だぞ?ほれ、もうすぐ始めるみたいだぞ。用意しておけよ。」


 もうすぐ始まると聞いて、何故そんなルールになったんだと今更ながら呆れから溜息が出た。

 何せ今まさに開戦するからだ。つまり村人とモグラの戦いが始まるのだ。さっきまでの怒号の飛ばし合いが互いの意思表明としてやっていたというのが信じられない。

 そんな敵意丸出しな恐ろしい意思表明を終えた後にヤツらは何をするのかと言うと、ルールを設けた試合を行う。これは土地守であるカナイが争いの激化を抑える為に、この村の中で設けたものだと言っている。

 結果の白黒をどう着けるかは結局勝負に勝つか負けるかだが、殺生禁じられたこの世に中で勝負と言ったら遊戯に他ならない。それでも相手に勝てるならばと更にカナイが提案したのが、モグラ叩きだ。そう、モグラ叩きだ。

 安直な名付けだがわかりやすい。ルールは一定の時間内に決められた範囲内をモグラは穴を掘って頭を出す。出てきたところを玩具の槌で叩いていく。玩具の槌には着色料を付けたを付けており、叩けば色が付いてどのモグラを叩いたか一目でわかる。時間は10分位だったか。

 こうして時間内に全てのモグラに色を付けれれば村の勝ち、色を付けれなかったモグラが時間以内まで逃げ切り村人側が参ったと言えばモグラの勝ち。


 以上がこの畑荒らし騒動の決着の着け方だ。ぶっちゃけて実際の光景を見ないで説明だけ聞けば完全に子どもの遊戯だ。実際に大きな街では祭りでこういった催し物があるとか。それよりも今は村内の事だ。今村人側の代表者が前に出て、モグラの方は今からどいつが相手をするのか決めている。そう言っていたら決まった様だ。

 皆が開けた場所に出ると村人は槌を構え、モグラも土に潜り始まるのを待つ。それらを見届けたカナイは少し前へと出て少し間を開けてかた、両者へ始まりの合図として大きく声を上げた。


 戦いのために、場所は変わって畑の横の土の見える開けた場所。そこに移動する時だけ村人もモグラも大人しくしているのが更に怖い。着いたら着いたで途端にまた睨み合いは始まって、まじで切り替わり早い。

 そうして始まった村の中での戦いだが村人、特に農家に年の若い者はあまりおらずほとんどが年配だ。畑仕事の慣れているとは言え、土の中を素早く掘って移動するモグラ相手では厳しいのでは?と村の外から来たヤツなら思う。だが、今目の前で繰り広げられている光景はそれらの心配が一瞬で地の底に落とされるものだった。

 速い、とにかく速い。その槌を振るう速さは並のヒトでは出ない、例えるならいつか見た熟練の傭兵を思わせた。槌とそれを握る腕の残像が残るほどの身体能力、あれは土を耕すクワを持っている時の構えなのだろう、まさしく職人の姿が見れた。


「伊達に50年畑の土を耕していねぇ!このままテメェらも耕してやるぞぉ!」


 だが、そんな迫力にモグラは気迫の圧される事無く槌をかわしていた。色を付けられたモグラが多数見られるが、全てのモグラにまで色を付ける事叶わず、結局時間が経ちその戦いはモグラの勝利となった。

 勝利を収めたモグラは仲間から歓声を浴び、村人の方は1回負けた位ではまだ折れる様子を見せずモグラに睨みを利かせていた。


ルール上、村人はモグラどちらかが降参するまで戦いは続く。どちらも農家としての身体能力とモグラとしての生態によって体力はまだまだ尽きる事は無い様子だ。そんな戦いをオレは自分でもいままで何を説明していたのかわからなくなる位茫然としていた。


「所で、審判役がカナイだとして、マジでオレ何の為にいるんだ?」

「ほら、どっちもあんなだから念の為に乱闘騒ぎに対応できる奴が必要だろ?」


 オレは盾役か畜生。そんなおれのやるせない心情を無にする様に戦いは続けられている。戦っている最中も何か悪口の言い合いをしていたり、周りの戦ってる奴の応援をしていたヤツらまで悪口を叫びだし、悪い方に賑やかな事になっていた。

そんな子どもの喧嘩にも見えてきたオレは、少し耳が痛くなってきたから、もう少し距離を離れて様子を見ていると後ろから弱弱しく声を掛けられた。正確に言うと背後の足元からだ。見下ろせばそこにもモグラがいた。


「あの、貴方方が土地守サマと守仕サマでいらっしゃいますか?」


 元々この村の周辺にも森の方にもモグラは見ないが、特にコイツは今村人と戦っているモグラと同じ種類ではあるものの様子が少し違う。それに動物にしちゃあ声がハッキリ聞こえる。もしやコイツは正確には動物ではないのだろう。


「あぁそうだ。オレの方が守仕で、アンタはモグラの『獣人』か。」

「あっはい!そうです。実は今回の事で相談があるのです。」


 やっぱりコイツは獣人だった。よく見ると姿は完全に動物のものだが、従来のモグラと比べて一回り大きい。そもそもヒトとしての要素を持ち合わせているかで動物か獣人どちらかが決まる。要はヒトの言葉を話し、会話が出来ればソイツは獣人である。もちろん容姿にヒトの要素があるタイプの獣人だっているし、むしろそちらの方が多い。

 そんな事よりも、今はこのモグラ獣人からの相談だ。どうやら今啖呵を切っている最中のモグラと村の農家とが敵対してしまった現状について話がある様だ。内容によっては今回の戦いを早く終わらせられる策が練れるかもしれないので、話を聞いてやる事にした。カナイも目線は戦いを見ているが、耳をたててこちらの話も聞いているらしい。戦いか始まってからずっと耳を塞がれていたアサガオは、やっと解放されてやってきたモグラの獣人をしゃがみつつジッと見ていた。


     3


「何故我々モグラが、この村の畑を荒らしたかについでです。」


 獣人が言うモグラがこの村の畑に来た理由、何故モグラは畑を荒らしたか、ソレはモグラが何を食べているかでわかる。

モグラは肉食だ、だから野菜を食べない。なら何が目的で畑にはいるか、ソレは畑の土の中にあるミミズや虫の幼虫が狙いだからだ。

 そして農家にとってミミズは頼もしい味方だ。もちろん種類によるが、この村の畑に中にいるのは土づくりを手助けするタイプらしい。今は土を作物を育てるのに丁度良い物に仕上げるために奮闘してる最中だとか。ミミズが必ず必要というワケでは無く、いたら助かるという認識らしい。問題は土の方だ。モグラがミミズ目当てで穴を掘りまくり、畑の土は結構な広さまで荒らされてしまっていた。モグラ一匹の大きさはそこまで大きくが数が数である。ザッと見ても20か30以上いた。さすがに多くて背筋が寒くて震えた。畑の規模だって広くはあるがソレだけの数のモグラに穴だらけにされたんだ。かつ畑の中のミミズまで食わされ、下手な泥棒よりタチが悪い。で、問題は何があって村の畑に入る込むまでになったのかだ。


「実は我々モグラが棲みかとしていた場所に、大きなオオカミが襲ってきたのです。」


 大きなオオカミ、と聞いてイヤな予感がした。なにせその名は最近耳にしているに、何より姿だって見ているからオレはその件に関して当事者だ。

 獣人いわく、オオカミは棲みかに突然やってきたと思うと何も言わず暴れ出し、棲みかである穴のある地面は風の餌食で深く抉りとられ、餌となる虫などの生き物もかなりの数がやられたという。

 なんとか餌にありつくためにモグラ共は群れで南下し、そうしてたどり着いたのがこの村だった。丁度畑では土作りの最中でミミズのかなりの数が土の中にいた。そんな状態の畑に目が眩み、結果こんな惨状になってしまった、と。


 ここまで聞いて、また頭痛がしてきた。いつかのオオカミの被害がこんな形で再び村を襲うとは思わなかった。隣で聞いていたカナイもオレと同じく頭を悩ませている様子だ。アサガオは獣人の言葉を聞いて、よくわかってはいないもののとてもツラい状況に遭ったのが子どもにも見てわかったのか、目じりを下げた表情で獣人の頭を触っていた。恐らく慰めるために撫でているんだろう。


「ありがとね、人間サン。そりゃわたしにも仔どもがいて、その仔を食わしてくために無茶をする事だってあるさ。皆があぁなってはいるだってね、生きる為に、そして仲間を生かすために必死だからさ。でもね、本当は私らだって人間サンの村に迷惑をかけてまで飢えを凌ごうとは思っていないはずさ。」


 それでも、だからこそ獣人は仲間である彼らを止める事が出来なかったと哀しげに語る獣人の目には、農家との戦いで疲れる事無くすどころか激しさを増すモグラ共の姿があった。

 ところで余談だが、動物の群れの中にヒトの言葉を話す獣人が一緒にいるのは結構珍しい事だ。大抵は動物側が獣人を自分らとは別の存在と捉え、獣人が動物の群れから追い出されるのがほとんどだ。このモグラ共と獣人はそこまで悪い関係では無いらしい。今だって群れのモグラ共の事を気に掛け、オレらにソイツらに関して相談に来る位だからな。


 しかし、今回は獣人こいつがいたおかげで、モグラ共の事情を知る事が出来た。要は餌と新しい棲みかを確保出来れば、モグラ共も畑を荒らすことは無くなり今回の騒動は治まるかもしれないという事だ。横で聞いていたカナイも同じ考えに立ったのだろう、オレに目配せをしてから再び村人とモグラ共の戦いを注視した。任された、と言うより押し付けられた気がしたがオレの事を考えてるヒマは無いな。ちくしょう。

 とは言え、そんな好条件が簡単に揃うのは稀な事だ。だが知った以上どうにかするワケにはいかない。オレは審判役をカナイに任せて、その場を離れた。カナイだってモグラ共の通訳は出来るのだし、問題無いだろう。

 オレはモグラの獣人とアサガオと一緒に森の方へと向かう。


「アサ、お前にはオレの代わりに小鬼共と話をしてくれ。お前相手なら、アイツらも話すだろうし。」


 そうアサガオに言い、森の中へと入っていた。カナイもオレらが離れた事を村人から聞かれてもそれとなく話題を逸らしつつたしなめておいてくれた。

 出来る限り早く戻るとも伝えておいたし、早く解決するため、速足で森の中を歩き回った。。


 暫くして、次にモグラ叩きをする村人側は年配の女性が担っているらしい。今戦いに出ている女性も先ほどの男性と負けず劣らず力強い槌さばきを見せたとか。

 農家は皆厚着をしていて着ぶくれして見えるが、見えるだけでその肉体には実戦のための筋肉がしっかりとついているんだろう。さっき言った様に傭兵と見劣りしない機敏に動いた。しかし叩いたモグラの数が半数を超えた所で様子が変わった。腰に手を当て前もめりになっているのを見て全ての者が察した。

 腰をやった。

 残念だが彼女はもう動けない。村人らに肩に手を置かれ、慰められ彼女は交替し楽な姿勢をさせられ休まされた。この場に残るのはこの戦いを見届けたい一心でだろう。立派だが農家って何だろうとたまにオレは思う。


 そんなこんなで3戦目、4戦目と続きまだお互いやる気が削がれる兆しを見せないまま7戦目となった。この頃になってカナイは少し焦りを見せたと聞いた。結構な時間が経ったがまだオレらの姿が見えず、流石のカナイにも焦る気持ちが出てきたらしい。戦いの方はまだまだ終わりそうも無く辟易へきえきしてきた。そうして時間が過ぎるのを待っていて、オレはやっと来た所だ。


 川に架かる橋の向こうから手を振りながらアサガオが走って来て、オレはその後ろを恐らくは疲れているであろう表情で歩いた。その足元には獣人もいる。そして更にその背後、オレらの後を追う形で『ソイツ』もいた。一緒に来ているのなら、オレが言った事は出来たという事だろう。詳しい話はソイツに聞くとして、早速少し無茶をしてみる事にした。


 戦いはやはりと言うか、決着は着かぬままでいた。村人は肩で息をしており、モグラ共はまだまだ余裕だと言う態度を村人に見せつけ煽っている様だが、実はモグラ共の方も疲れてきているのをどことなく察する事が出来る。戦いを一時休止して少し剣幕した雰囲気が治まっているのもどちらも疲弊しているからだろう。コレはチャンスと、両者が戦っていた場所へと歩いて近づきモグラ共に話し掛けた。


「オイ、モグラ共。お前ら今棲む場所が無いそうだな。」

「イキナリナンダオ前!?」

「オレラノ事ナンテ聞イテ何シヨウッテンダ!」


 自分らの事情を隠そうとしているが、疲れているためかオレの言葉に意表を突かれ、動揺の声色が聞こえた。すぐに持ち直して噛みついて来るヤツらもいたが無視し、集まっているモグラ共に向けて言った。


「今さっきアンタらの新しい棲みかと餌を確保出来た。アンタらが望めばそこを無償で提供しよう。」


 オレのその言葉を耳にし、モグラ共はオレへの挑発を止めた。村人たちは何事だとオレらの様子を遠目に少し困惑した様子で見ていた。まだ疲弊しているせいでオレに直接聞きに来るヤツはいなかった。

 モグラ共もモグラ共で、突然言われて判断が出来ないでいる。嘘ではないか?何て言ってるヤツもちらほらいる。当然の反応だろうが、オレは疑うモグラは無視して獣人が指摘したヤツの方を見て言った。曰くソイツがモグラ共のリーダー格らしく、正直ソレは教えられないとわからなかったから助かる。


「ウソだと思うなら、現場を見せてやる。橋の向こうで待機してる小鬼が場所を教える。」


 先ほど見た橋の向こう、アサガオが立つすぐ傍に森の小鬼がいた。小鬼の頭に自分の影を覆い隠す程大きな葉っぱを被り、手足や顔は土で汚れている。よく見るとアサガオも小鬼と同様に手足に顔、更に服まで土の茶色に染まっていた。


「ここに小鬼がいるという事は、場所はやはり小鬼のナワバリの中か?」


 カナイが歩み寄って、オレに詳しい内容を聞きに来た。本当は小鬼共に押し付けるもとい、任せようと思ったが、仕方なくオレが事の状況を説明した。


 オレとアサガオはモグラの獣人と一緒に森へ行って、モグラ共の新しい棲みかになりそうな場所を探した。モグラが棲むのに最適な状態の土、そしてモグラのエサとなる虫などの生物が豊富にいるかを一々調べなくてはいけず、そこは森に棲む動物にも手伝わせた。

 森の中の事は把握しているのは土地守であるカナイ以外では、動物と小鬼だからだ。どちらも森に棲息する種族故、里の外育ちで森での暮らした時期が短いオレよりは、森の中を熟知しているはずだ。動物共に虫などの微生物の状態を聞き、小鬼共にはナワバリから外れた土地の境目はどこか、そして状態の良さそうな場所はないかを聞いた。何より小鬼は数が多いから人海戦術で場所を直で探す事も出来た。アサガオに仲介人をやらせたらアッサリと了承した。

  そしてモグラの獣人には棲みかとしての条件が揃っているか確認してもらうために同行させ、モグラが巣穴を掘れるだけの広さがあるか、餌となる虫などの条件が揃う場所を、森の中の隅々まで探し回った。

 正直条件が合う場所が見つかるかは賭けだった。カナイ自身も動物や小鬼の事情を考慮し、森全てを支配下とはしてはおらず、把握もしていないと聞いた。だから都合よく見つかる方が奇跡に近かった。だが、こうして見つかり、戻って来れた事に一先ずは安堵した。

 まぁそのおかげで、オレもアサガオも顔も服も手足もドロだらけになったワケだが。


 まずは本当に見つかったかの確認だ。カナイも交えて、モグラ共に魔法で風景透写したものを宙にかざして見せた。


「フン!先ニ労イノ言葉ヲ言ウンジャナイノカ?相変ワラズ不躾ナ奴ダ。」


 小鬼の頭の葉が揺れ落ち、こっちを見下す様な態度でこちらに褒美か何かを要求してきた。その通りかもしれないが、今は時間が惜しいから無視してやって説明を優先した。その事に小鬼は不満気だったが、仕方ないと言わんばかりに結果は上々だと返事が返ってきた。


「探シ出スノニ苦労シタゼ。モグラナンテ此処イラジャ見カケネェシ、十分ナ広サノ土地ナンテ条件出サレタ時ハ何度オ前ノ所行ッテ背後カラガット…」


 話を遮り、話をした。


「場所は西の端の山沿いで、穴を掘っても十分な広さのじょうだ。そこの獣人にも掘って確かめさせた。」


 腹を立てオレの足を蹴る小鬼をしりに、淡々と見つけた物の情報を提示した。見つけたその土地に今からでも棲めるかはモグラの獣人の『オスミツキ』である事も言う。獣人とはいえ元は同じモグラだ。文句は無いハズだ。

 一方、村人の方は疲れが少し抜けて状況がようやっとわかってきたのか、今はモグラへの怒りも見せなくなり動向を見守っている。モグラ共の方はオレらや小鬼の話を聞いてからずっと黙ったままだ。少ししてモグラ共は目配せをして、少ししてからオレらの方に向き直った。


「ツマリ、オレラニ餌ト巣穴ヲ提供スルカラ戦イカラ身ヲ引ケトオ前ハ言イタイノカ?」

「そうだな、このまま戦っても互いに身を削り合うだけだ。むしろ受けた方がお前らに得なんじゃないか?」


 ソレが目的だとオレは同意し、このまま話を受けて欲しいという欲を出しつつオレはモグラ共の答えを出すのを待った。またモグラ共は互いに向き合ってから話し始め、そう時間も掛からずこちらに向き直し口を開いた。


「オ前ノ言イタイ事ハワカッタ。」

「確カニ条件ハ良イ。俺ラガソレヲ受ケ入レレバ事は済ム。」


「ダガソレトコレトハ話ハ別ダ!」

「我々モグラ一同ハコノ戦イヲ放棄スル事ハ出来ン!」


 そうなるよな。そう簡単に受けはしないかと落胆し、何か他に要求があるなら聞こうかとモグラ共に向き直ると、どうやら話が続くらしく間も無くモグラはオレに言った。


「仲間ノタメ、ソシテ我ガ仔ノタメニ戦イヲ止メル事モ考エタ。」

「ダガコノ戦イ、発端ハ俺ラダ。ナラバコノ戦イヲ途中デ投ゲ出ス事コソ、戦ッタ仲間ヤ人間ニ申し訳ハ立タナイ。」

「ソコデオ前、ドウシテモ俺ラニ話を受ケテ欲シイナラ、俺ラト戦ッテモラウ!」


 何やら不穏な雰囲気を漂わせて、戦いの続行を宣言してきた。コイツらは何を言ってるんだ?意味が分からず黙っていると、モグラ共は続けた。


「モグラト戦イ、オ前ガ勝ッタラ話ヲ受ケテ村カラ出テ行コウ。」

「モチロン畑ニモ一切手ヲ出サナイト約束スル。」

「我ラガ勝ッタラ、話ハ無カッタ事ニシテ村トノ戦イヲ続行サセテモラウ!」


 何でコイツらここまでして戦いたがるんだ?それに余所から奪うわなくても自由に手に出来るのがあるのに、なんで態々面倒な方を選ぶ?


「ほれシュロ、モグラが言った事をちゃんと村の者達に訳してやれ。」


 絶対イヤだ。それならカナイがやれと言いたいが、その場の雰囲気がそういうワケにもいかないの言いたげだった。何よりも村人の目が怖い。絶対に逃がさない、という圧を感じた。だから要点だけ伝えた。途端に村人達は何故か雄たけ、同意した。何故雄たけびを上げたか謎だ。

 そもそも何故オレが戦うんだ?オレが交渉したからか?解せない。カナイはオレの肩を叩き、笑顔で話し掛けて来た。


「うんうん、こうなるとは正直思…ってはいたぞ。しかしこれもお前には良い経験になるかもしれん。」

「口の端が上がってるぞ。絶対面白がってるだろ、アンタ。」

「そりゃあ…まぁともかく、よく考えろ。お前は今までこの村の者を助けただけでなく、村に助けられた事がどれだけあるか覚えているか?主に食に関して。」


 そう言われたら何も言い返せない。この村には食事に関しては本当に助けられた。

 基本オレらの暮らしは自給自足だ。山で山菜やキノコを採ったり川で魚を釣ったり。まぁ魚に関してはオレは食わない、ってか種族の生態的な問題で食えない。なので肉や魚は全てアサガオの腹に納まる。しかし、それでも足りないし手に入らないものはある。そういった物を村から分けてもらったりしている、主食にしているパンを作るための小麦は必然的に村からもらうしかない。守仕の働きとしての対価以上のものをもらっている事になる。そう考えたら確かにオレが戦いに参加するのも必然だったとも言えなくもない。


「さぁ!村の、そしてお前とアサガオのこれからの生活のためしっかり槌を振るうのだぞ!」


 気合の張りが先ほどよりも随分と上がったカナイの声につられる様に、村人やモグラ共も気合の入った雄たけびを上げた。そしてオレ手にはいつの間にかモグラ叩き用の槌が握られていた。退路は無い。

 こんな状況の中、アサガオは既に村人に混じって応援を送る側に立っていた。ついでの様に小鬼も声援をやる気無く送ってやがった。何が骨は拾ってやるだ、おのれ。


     4


 そんなこんなで、オレは村とモグラの戦いのど真ん中にいた。そんなに動いてないハズなのに疲れてきた。

 確認としてモグラからルールを提示された。時間内に一度でもモグラを槌で叩き印を付ければ村側の勝ちとなる。時間は村人がやった時よりも半分短く5分と短期決戦になる。オレは戦闘経験があるからその為のハンデだが、モグラ叩き自体はやった事が無く勝手の違いに手加減出来るか不安が残る。

 問題のオレの相手だが、何故かオレの前、モグラ陣営には先ほどオレらに相談を持ち出した張本人であるはずのモグラの獣人がいた。周りのモグラ共に促される様に前に出され、静々とオレと対面する場所に出てきた。丁寧にお辞儀らしい仕草まで見せた。


「状況から察するに、アンタがオレの対戦相手って事か?」

「…はい、そうなります。まさかあなた様とこうして対する事になるとは。」


 オレも正直思ってなかった。そもそもオレは戦う気すら無かったからその通りだが。

 相手さんは嫌々戦う事になるのかと思ったが、様子を見たらそんな雰囲気ではなかった。むしろオレを見据え構えている状態だ。


「確かにあのまま話を受け入れてくれれば私としても良かったと思います。しかし、私もモグラの仲間で、皆様もそれを認めてくれています。それに答えるため、私は仲間の皆様のために全力を出すつもりです。」


 最初はオレに対しての申し訳なさが見られたが、今はモグラの仲間の事を考えてか気合が入っているのもわかった。相手がこうではオレも本気を出さざる負えなくなった。後ろの村側の事は知らない。

 好い加減始めないとどやされそうだし、オレも槌を構えた。槌は使い方を一応教わっているが、あまり使わないため少々振り回されるかもしれない。そうして村とモグラの戦いは再開され、カナイの合図によって開始した。


 始まった途端に獣人の姿は消えた。比喩では無く本当に消えた。

 何があったのか一瞬わからなかったが、別の穴から獣人が頭を出したのが視界の端に映り、咄嗟に槌を勢いよく振り下ろした。が、当たらなかった。

 見て分かったが、あの獣人めちゃくちゃ速い!獣人であるためか図体が他のモグラより大きく、オレの相手をしている時もどこか動きに緩慢さが見られたから油断していたが、まさか穴を振り進む速さがここまでとは思わなかった。もしかしたら他のモグラ以上じゃないか?

 自分の相手のまさかの能力に意表を突かれたが、それだけ本気だと見せたかったのだろ。どこか命を懸けている気迫すらも感じ、コイツも他者を優先する程の激情家なのかと感服しかけた。

 オレは自分がどこかで見下し、慢心していた事を反省しつつ槌を構え直し次に出るであろう場所を探す。しかし目を凝らしても獣人が出てくる穴がどこか予測出来ない。今まではただ見ているだけだったこのモグラ叩き、ヤバい…思っていたより難しいかもしれん。

 そう悩んでいる間に刻一刻と時間が迫っている。ヤツがまた頭を出した。直ぐに土を振るったが、槌が斜めに向いていたためにギリギリで当たらなかった。

 当たりそうでなかなか当たらないギリギリの攻防が続いて少し手が痺れてきた。モグラ側からは獣人に向けた歓声が響き、オレの後ろの村側からは罵声が聞こえた。言いたい気持ちはわかるが今は黙っていて欲しい。本気で。

 だが現実はやっぱりオレに厳しい。槌を振るえど振るえどモグラにかすりもしない。獣人としてはオレが勝つ方が良いハズだが、それだけ仲間の声に応えたいのだろう。獣人である自分を受け入れ、こうして歓声を送る位だ。アイツにも考える事があるんだろう。だがしかし、相手の事を考えてる暇は無いし、もしかしたらオレの命が危ういかもしれない。

アサガオがずっとこっちを見ているのを目にして、以前アサガオがオレの剣の師匠に質問をしていたのを思い出した。


“ふむ…私が振るった剣を当てるコツか。それは簡単なことだ。それは、相手が動いたときに生じる呼吸音を聞きわけるのだよ!

ヒトも動物も生きていれば呼吸をしたり声を出したり色んな音を出すが、とりわけ呼吸の音は動きを察することだって出来るんだ。たとえ相手が100キロ離れた場所にいたって、呼吸の強弱で細かい位置や今どんな動きなのかも一目りょーぜんだ!”


 イヤ無理だろ。

 100キロも離れたら、さすがに五感の優れた獣人だって聞き分けるなんて無理だろう。だがあの師匠ならやりかねない。あのヒトはそういうヤツだ。そんな無茶な話ではあったが、多少はコツを思い出せた気がする。あの会話を思い出したのは少し遺憾ではあるが。

 だが、その前に少しやらねばならぬ事がある。そのためにまず、魔素を練る出し準備をした。


「奏でる音、その響きを、口を閉ざし、森閑しんかんとする。」


 想像をし詠唱を唱える。そしてソレをそのまま村人側に放ち、魔法を発動。結果、効果が出て村人の声が小さくなり聞こえなくなった。立派な音量操作の魔法だ。上手くいった。


「何しとんだお前!?」

「うるせぇ!時間無ぇんだちょっと静かにしてくれ!」


 村人達は自分らの声の異常に驚き困惑しているが、あくまで音を小さくしただけでルールには反して無いし、今の村人は興奮していて聞いてくれそうにないから強制的に静かにしてもらった。カナイから叱りを受けるのは当然だが、傷付ける目的の魔法ではないから今回は大目に見て欲しい。

 モグラ共の方にも魔法を掛け、なんとか小さな音を聞き分ける事が出来る様になった。モグラ共も村人同様に怒ってはいるがこちらも気にしている場合じゃない。

 本当に時間がなくなってきたから集中した。叩いて印を付けるのはたった一度で良い。その一度のために、遠くでなびいた木の葉の擦れる音、踏ん張って靴が地面を擦る音、そして微かだった何かが地面の中で動く音が近づきソレがオレの背後へ移動して止まった瞬間。

 槌を振った。


 結果を言うと無事村側の勝利となった。実は時間も結構ギリギリだったらしい。最後に頭を出したのが丁度オレの背後の地面に開いていた穴というところが、この獣人も結構小賢しい性質らしい。さすがモグラ共の仲間だ。

 だが、アイツの体が他のモグラよりも大きい事から、前のモグラが掘った穴では小さくて通れない、だから自分で掘って穴を大きくする必要があった。掘った分だけ時間が掛かるハズの時間が短いのは、やはり土堀りを得意とする動物の獣人なだけあった。

 それでも掘る時に生じる新しく土を削る音。ソレを聞き取る事が出来て良かった。そんな獣人だが、負けはしたが健闘をたたえられているらしく、モグラ共に囲まれている。本当に関係は良好なんだなと改めて感じた。

 一方村人はオレに駆け寄り小さな声で何かを訴えている。ソコでオレは村人に魔法を掛けて声の音量を変えていたのを思い出し、モグラ共の方も一緒に魔法を解いた。

 魔法が解けた村人はいきなりは止めろ、ちゃんと言えと叱りはしたが、それでもよくやったと賞賛の言葉をもらった。オレも少し焦って事を急いた自覚はあったので謝罪した。それでもあの村人の様子を見ると、話を聞くかどうか怪しいと思う。

そうして村人と話しているとモグラ共がこちらに近寄って来た。


「負ケタヨ、アンタナカナカヤルジャナイカ。」

「約束通リアンタノ言ッタ場所ニ移ル事ニスルヨ。」

「アンタニハ迷惑ヲ掛ケタナ。詫ビハ今ハ出来ナイガ新シイ棲スミデ安定シテキタラ改メテ礼ヲサセテモラウヨ。」


 村人と対峙している時とは打って変わって穏やかな口調で話し、既に移り住む準備が始まっていた。コイツら話を受ける気満々で、戦いは本当にしたくて戦っていたみたいだ。

 向こうの方で村長とリーダーらしいモグラが握手を交わしているのが見えた。村人らの様子からはもうモグラ共に対しての怒りは一切見られず、むしろあの喧騒がウソだとでも言う様に互いに先ほどまでの戦いを讃え合い、これから宴でも始めそうな陽気ささえも見えた。

 むしろ本当にあの戦いは必要無く、真摯に話し合えば移住の話も出てきて問題も早く片付いたのではないのかと思えた。もし本当にそうなら、マジでオレの苦労損しただけになるが。

 そんな事を思っていると、獣人がオレに近寄り話し掛けてきた。


「守仕さま、今回は我々もぐらのためにご足労して頂きありがとうございます。」

「あぁ…だが実際の功績者は小鬼だから、礼なら小鬼の方に言ってくれ。」


 さっきまでの思考を置いておき、諦めたような口調で獣人に吐いた。


「はい!そちらの方々にも後で礼を言いに行かせてもらいます。しかし、まずはあなたさまに言わねばと思った次第です。」

「そうだな。何故か意味無く戦わされるし、戦った相手は相手で手強かったと言うか小賢しかったと言うか。」


 直球の文句ともとれる嫌味を言ってやると、獣人は困った様に笑い謝罪を言ってきた。正直さっきの戦いの様子を直接目にしたワケだから、そんな様子さえも裏にまだ何かを隠しているのではと恐ろしく感じた。こういう穏やかな印象なヤツ程油断ならないとは誰が言ったか。


「…アンタでも進んで戦いに出る事があるんだな。」

「それは本当に、自分でも無茶な事をしたと思います。自分を仲間に入れてくれた皆様にために、自分は常日頃から命を掛ける覚悟をしておりましたから、今回また1つ恩を返せて、私も誇らしく思います。」


 常日頃から、という言葉を聞いて、オレが眉をひそめた。


「…仲間のためだからっつって、毎日する必要は無い。」


 オレの言葉を聞いて、獣人は少し意表を突かれた顔と声を出した。


「仲間になった時点でアンタは十分恩を返せてるハズだ。それに毎日命を掛けるなんて、体力自慢の獣人だって、体がもたねぇぞ。」

「…はははっ、そうですね、はい。ありがとう御座います。以後気を付けます。」


 何か、らしくもなく自分がしおらしくなった気がする。このモグラの獣人に同情をしてしまったのかもしれない。それは相手に失礼な事だと反省した。


「あっそうだ。目的の場所川の向こうだけど大丈夫か?」

「あっ大丈夫ですよ。私達は水の中も入れますし、泳ぐことも出来ますし。」


 そういやモグラって土の中にいるイメージがあるせいか、泳げる印象が浮かばないが実際泳げるらしい。オレも聞いただけだが当のモグラが言ってるから、そこは心配しなくて良いのだろう。


「本当に今回は私達のために有難うございます。あなたさまとの戦いも私はとても良い経験になりました。それでは私はこれで。仔ども達も待っておりますので、では。」


 互いに軽く会釈を済ませ、村人やモグラ共の方もカナイが事後処理をし、無事今回の騒動は幕を閉じた。

 村人やモグラ共同様に、戦いの場ともなった畑も、村の雰囲気も普段の長閑のどかなものに戻っていた。そんな村の空気を深呼吸をして感じとりやっと一息ついた。腰を地べた落とし、空を仰いで溜息を吐いた。大荷物を往復で運ぶ作業よるも重労働をした気分だ。


「もう、誰も何もしないで欲しい。」


 正直な気持ちを口にし外に出すが、それでも体に貯まった疲労だけは外には出てくる事は無い。そんな風に一休みしているオレにカナイが近寄って来た。


「お疲れだなシュロ。しかしあの槌捌きはなかなか良かったぞ。」


 軽い調子で話すカナイに向かって苛立ちを見せるが、どこ吹く風と言った様子でそっぽを向かれた。そもそもコイツがモグラ叩きに参加しなかった事に不満を漏らすが、それも同様に軽く受け流された。


「私はあくまで守る立場で、お前が動く立場だ。今回も良い働きを見せる事が出来たし、村人にいきなり魔法を掛けたのはちょっと頂けないが解決に導く事も出来たし、守仕として立派な働きをしたな。」


 魔法は本当もう少し考えて使えよと念を押されたが、もう何を言われても頭に入る気がしない。村人の農家の皆々様は先ほどの戦いなんて知らないのではと思えるほどの平穏な雰囲気で、余韻も何も残ってないこの状態が更にオレの寒心を煽り立つ力も湧いてこない。そんなオレの横にアサガオがせっせと走り寄って来た。こっちもこっちで一仕事したと、まだ土汚れが付いた状態のままオレを見たままオレの頭を触った。コレはモグラの獣人を慰めていたのと同じでオレも慰めようとしているらしい。するのは良いがちょっと今はリアクションをとるのも億劫で、されるがままにオレは項垂れた。


 因みに途中で腰を痛めた女性は、次の日には何事も無く立ち上がり畑仕事に精を出していた。他の参加者も筋肉痛などの症状も無く平穏に過ごしている。腰を痛めた女性もあの戦いの後すぐに立ち上がって自分の足で帰宅して、翌日には普通に自分の畑で農作業をしていたとか。怖い。



余談


「結局アンタ、戦いを見てただけかよ。」

「まぁ狐姿じゃ動きに制限が掛かるがやれん事は無い。…ただな。」

「ただ?」

「私が畑に近づくと、農家の皆様がモグラなどの泥棒をやらかした動物共を見る時と同じ目で私を見て来てな?」

「…あぁ。」

「納得するな!私は何もしてないからな!?」

「あっちもソコはわかっているのか?」

「…わかっていても体が反応するって。」

「条件反射って厄介だな。」

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