終話 森で悦ぶ

 朝から嫌な予感はしていた。その事でオレは恐怖を感じたが、それでもオレにはやりたい事がある。

 ヒト付き合いは苦手だし、ソレはよく自覚している。オレの運が悪いのも、前から知っていた。

 何よりオレは好きよりも嫌いの方が多いと思う。それでもオレは、自分が出来る事は可能の限り取り組む。

 たった一つ、大事でなくしたくないものを守る為に。


 生き物らしい気配の感じられない空間。そして異様としか形容し難い植物の天井や壁に床。そんな空間で、オレが突き立てた剣は『ヒト型』の左胸に深々と刺さり、セヴァティアから伝授された技を自分なりに完遂出来たと思う。

 本来なら、ここは相手の首を刈り取るのがこの技の正式な技の結果なのだが、アサガオが見ている前で、ヒトの形をしたものにソレは出来ず、オレは『ヒト型』の左胸に剣を深々と突き刺した。ソイツがヒトの形をしているのなら、心臓の位置が急所になっていないかと思った結果だった。

 結果は見て分かった。左胸を刺され、『ヒト型』は動きをピタリと止めた。そして自分の手に持った剣を落とし、完全に力尽きた事が見て分かった。

 ヒトの姿をした者に手を掛けた、と思うとやはり心に重いものが残る。だが、ソレを感じて動きを止める場合じゃない。今すべきはちゃんと覚えているし、分かっている。

 戦いに関しては、案外アッサリと終わった気がする。それはこっちとしても助かるが、正直もう少し戦いが長引くと思った。不思議と今オレはそこまで疲労を感じない。さっき一休みしてはいたが、それ以前よりも疲れが貯まっていない様だ。

 まぁ良い。これでやっと核に近づける。後やる事といったらそれだけだ。


 戦いが終わった事を後ろにいるアサガオに伝えると、アサガオは笑ってオレの方へと走り寄った。オレの足にしがみ付き、顔を上げてオレの方を見て良かったね、などと言う。

 思えば、アサガオが来てからオレは長期で仕事が出来ている気がする。いつも疲れた疲れたと言っているが、オレは妖精種という特性上疲れやすい。

 守仕としての仕事は、アサガオが来る前からやっているが、それまではすぐに疲れて途中で休憩をする事がほとんどだったが、今はそういった事が無い。そもそも山に登ったり洞窟を歩いたりなど、休憩無しで動き回れる事が奇跡とも言えた。なんだかんだ言って、結局最後まで歩き続けオレはカナイらに言われた事をやり遂げてきた。そのどれもでオレはアサガオをつれていたが、まさかそれでなのか?

 人間という種族は、突き出た能力を持たず、特徴と言える特徴がほとんど無い種族と言われる。だが、時折突飛な発想や行動をして、他種族では見られない能力を発揮する事があるという。アサガオのもソレか?

 だがその事も、確実な情報は無く確認しようが無い。何より、オレにはソレはもうどうでも良い事だ。

 今一番驚いているのは、アサガオもまさか『素質』を持っているとは思いもしなかった事だ。だからこそ、こうしてオレは一人にならず、戦い抜いた。

 案外、声援のおかげと言うのも間違いではないのだろう。アサガオ相手なら、尚の事だろう。


 さて、残るはあの核を撃つだけだ。オレはしがみ付いてるアサガオを一旦離し、核に近寄って手をかざし詠唱を唱えた。コレを唱えない事には核に触れられない。


「我が声よ届け、地深く在るものよ、天高く広がり仰ぐものよ。

 これは『ひと』が『ひと』として願うものだ。

 『一』を重ね、届かぬ一天へと展開を望む。

 見えない大地の深き在処ありかへと到達せよ。

 断たれた『人』と『人』のわだちと円環を繋ぎとめよ。

 我らの為、我が『とも』の為、世界と、永久に『とも』に在る為に。」


 詠唱を全て唱え終えると、近寄りがたい雰囲気が漂う何かが消え失せた。恐らくコレで核に直接攻撃を叩き込む事が可能だろう。もちろん、攻撃時に魔法の力を宿す事は忘れない。

 後の不安要素は、やはり核を撃った後の反動と呼ばれるものだろうか。カナイ達の友人らしい人物は失敗に終わったと聞いた。そして、今戦ったあの姿になったらしいが、どういう経緯であんな事になったのか、詳細が分からない。

 だが、明らかにヒトとしての自我は無く、明らかな殺意を持って襲い掛かって来た。果たして、あの殺意はあのヒト型のものか、それともただ操られて出たものだったのか、もう知る術は無い。

 ともかく、ここまで来たからやる以外に選択は無い。自分で選んで来たのだから、当然だ。だが、アサガオはどうするか。アイツは明らかに巻き込まれただけだ。本来なら引き返させてカナイ達といさせるのが良いが、アサガオの表情を見て、とても引き返す事は無理に思った。そして、オレ自身ももうアサガオを引き離そうとは思わない。

 気付くと、アサガオはオレの剣を持っている手とは逆の、ぶら下げた状態だった方の手を握ってきた。何かと思い、アサガオの方を見たが、アサガオもオレの方を見て、ほほ笑むばかりだった。

 なんとなく、アサガオの前髪で隠れた額を見た。その場所に、オレが以前付けてしまった傷跡が残っているのだが、いつも通りの呑気な顔に、溜息を吐きつつもオレはそんないつも通りの姿に安堵した。

 

 アサガオが『素質』持ちだった事にも驚いたが、何よりもこうしてオレの下へと来た事に驚き、色んな感情が湧いた。

 オレと最初に会った時も、オレと過ごして平穏であった事も、オレに傷付けられてもオレから離れなかった時も、そして今ここにこうして立っている事も、オレにとっての『幸福』の形なのかもしれない。

 そんな考えにアサガオ自身はどう思うだろうか。…きっと変わりはしないし、何も気にする必要も無い。

 今核を撃ってオレ達二人がどうなるのかなど、最早不安のカケラだって無い。きっと何とかなる。誰かが言った、最初は信じもしなかったそんな言葉が、今オレの言葉として声に出る。


「ったく…お前は最初から最後までオレが世話しっぱなしだったな。おかげでこんな所でもお前の面倒を見る羽目になったし、結局オレが一人になれた時間も、ココに来てから無くなったよ。

 愚痴言っててしょうがねぇか。ホラ、来たんなら最後までちゃんとついて来いよ。」


 そう言って、オレはアサガオの手が握られた自分の左手にほんの少し力を込めて、ゆっくり引いてアサガオと一緒に前へと歩き出した。核は目の前だ。反動がどんなものかは知らないが、不思議と恐怖は感じない。

 本当は感じていた、ココに来る前、アサガオが来る前までは。


「…アサ。」


 歩きながら呼びかけて、アサガオはオレの方を見ながら見上げ、オレの言葉を黙って聞いた。


「…ありがとう。」


 その時、多分初めてオレは自分でも自覚出来る程に、笑っていたのだろう。

 そして、返事をする様にアサガオも微笑んでいた。


     2


 陽射しが緩やかで、昼寝をする動物や枝にとまる鳥、どこかで一休みする村人にとってはとても良い一日となるだろう日和。草を踏みしめる音をたてながら、キツネの姿をした者がどこからともなく歩いて来て、誰に話し掛けるワケでも無く口を開き、話し出した。


「『あの子』が『浄化』に失敗したのは、私達が『あの子』を『ひとり』にしてしまったから、なのだろうな。」


 ちょうど雲が流れて来て、日が流れてきた雲に隠され、明るい場所は陰り辺りは暗くなるが、それほど暗さは無い。ただ不安な気持ちを誇張させるだけだ。

 キツネは話の続きを話した。


「『あれ』はヒトや動物、あらゆる生き物の負の感情を集め、更に助長する働きがある。そして、負の感情を持つ者を操る事が出来る。

 『あの子』は優しく、ヒトの為に強くなれる子だった。だが、それ故にひとりになった時の寂しさといった負の感情も一入だっただろう。そして、核を撃たれ一時的に行き場を失った、貯まりに貯まった負の感情が『あの子』に集まり…まさかヒトを受け皿の様にして『存在』の負の感情を貯める力を代替わりするなんぞ、私達もそこまで考えが至らなかった。

 そうして、『あの子』は『存在』の代用品として、何年もあの場所でただ有り続けたのだろう。」


 ただただ後悔し、懺悔でも吐き出すかの様に話をした。うつむき陰って暗くなった今のこの場所と同じ様となり、キツネ、もといカナイは誰にも聞かせる事の無い話を吐き出す。

 実際聞く気も無いのにベラベラと独り言をして、オレは仕方なくその話を聞かざる負えない状況になったワケだが、話を耳に入れたおかげで、少しだけ口を出す気になってしまった。


「本当に、あの場所に行けたのってアンタらの言う『あの子』ってヤツだけだったのか?」

「あぁ、そこは私達皆で試したさ。結局誰一人、『あの子』と一番仲の良かった奴も行けなかった。もしかしたら、私達以外の、他所の誰かなら行けたのかもしれなかったが、何分時間が無かったからな。

 …もし、誰か一人でも『あの子』と共に行けたなら、或いは。」


 そこまで言って、カナイは言いよどんだ。もしもの話をするヤツは愚かと、誰かが言ったか。カナイもそう思ったのか、それ以上その話を続ける事は無かった。

 特にオレは気にする事もなく、オレはカナイが話し終えた所で寝転がるのを止めて起き上がり、そのまま立ち上がった準備を始めた。


「あぁ、もう行くのか。」

「まぁな。…しかし、アイツ来るのが遅いな。」


 立ち上がるなり、オレは今この場にまだ来ていない人物に対して愚痴を零した。カナイはソレを聞いて呆れた様子になった。


「こらこら。こういう時は黙って待ってあるものだぞ。準備ってのは大事、と言うかお前の方はもう少し準備に気を付けろ。昔散々お前だって気にしてやったろうが。」


 カナイに言われ、オレは何度目かにない溜息を吐いた。本当にカナイ達はアイツに対して甘い。そう言うと皆してお前もだと言って来る。毎度何故そう言われるのか分からない。


「しかし、二人が揃って『素質』持ちだったにも関わらず、まさかあの『存在』の土地守に二人一緒になるとはな。」


 『浄化』を無事に済ましたオレ達は、オレとアサガオ、互いに無事である事を確認したらすぐにあの空間から脱出した。案外すんなりと出れたので拍子抜けしたが、空間の中で随分と苦労した後だから、それはそれで助かった。

 外に出て、待ち受けていたカナイからの洗礼としての抱擁は、オレの疲れて傷だらけの体には効いた。若干骨が軋む音が鳴った気がしたが、疲れた状態ではもう指摘する気も無かった。

 その後、あの空間にいた事による後遺症らしきものも無く、存外以前と同様の平穏且つ騒がしい日常に戻れた。だが、今回の異変を経験して、オレは『存在』を認知した以上今まで通り過ごすつもりはなかった。

 オレが起こした行動は、『存在』に対し土地守達がしてきた様に何かしらの対策をとる事だ。カナイの言う通り、まだ仮としての扱いではあるが、土地守となり、貯まった負の感情の『浄化』を適度に行い、空間に異常が無いかを見回っている。

 何故かアサガオまで土地守になると言い出し、止める声も聞かぬまま、カナイ達からも推されて、結局二人一組の土地守となった。つまりはいつも通りだ。

 例の『ヒト型』は、どうなったかはオレに分からない。オレらが一度出てから丁度一ヶ月経った頃にもう一度入ってみたが、そこには『ヒト型』の姿が無かったからだ。詳細は不明という事になったが、なんとなく勘ではあるが、もう『ヒト型』の事は気にしなくても大丈夫だと思う。本当になんとなくだが。

 あの空間自体も、以前感じた異質さも無くなり、今ではまさしく木の洞の中といった見た目と雰囲気になっていた。正確には戻った、と表するべきか。


「今ん所は問題無ぇが、またあんな面倒事を起こされちゃたまらねぇからな。」


 言ったものの、下手をすれば大陸全土どころか、世界規模に被害が広がっていたであろう異変を、自力で食い止めていたセヴァティアはやはり桁が違い過ぎて一人だけ怪物の領域にいて、恐ろしく感じた。ソレはカナイも一緒らしい。


「何かあれば私達が助けになろう。土地守としての先輩として助言するぞ?」

「へいへい…おっ。」


 カナイの先輩面を軽く流しつつ話を区切ろうとすると、目当ての人物がやっと来たのが見えた。

 いつも着るワンピースの上から軽めのジャケットに羽織、少しは装備を考えてきた様だが、やはり相変わらず装備は軽く見える。もう少し外で動ける服を来てほしい。


「良いじゃないか。今はもうそこまで危ない場所でもないのだろう。それに何より、お前が一緒なんだから。」


 異変の時のしおらしさはどこへやら、完全に安心しきった態度で、相手の衣装に寛容な表情で見て褒めていた。

 他の土地守や領主らも、オレに心配の言葉は無く、代わりにアサガオを守れ、と念を押された。言われなくても分かっているというのに、大人と自称するヤツらってのは、やる事が変わらない。


「あー…ほれ、早く済ますぞ。」


 言って相手に手を差し出し、相手もオレを一瞥してすぐにオレの手を取り、微笑んでおれの歩みに会わせて一緒に歩き出した。カナイはオレら二人の後姿を、巣立つ自身の子どもでも見る様に見送った。

 行く場所はこの世界の行く末に関わる大事な場所のハズ。だが、この場にいる誰もが、その場所へと赴こうとしている二人からは、そんな重要な場所へと足を踏み入れるという雰囲気が全く無い。実際、二人はそんな風にもう考えていない。

 大事だからこそ、その場所を恐怖や厳かなものとは思っていない。ただ、ヒトとヒトが見えないもので繋がり、ソレを守り支える場所と思っている。

 だからこそ二人は行く。多くのヒトが、また繰り返される日を送る為に。ソレは自身を含んだ日常である事の再確認の為に。


 思えば、産まれてから70年、正確には物心ついた時から数えてだから正確な年は分からないが、それだけ長く生きたオレは、多くのヒトや生活を見てきて、そして暮らした。

 最初はイヤなものばかりだった。だから、世界にはソレしかないのだと思っていた。だが、そうではないと気付かされた。当たり前に飯を食える日、当たり前に挨拶をする日、そしてヒトと話す日。そんなものがある事を教えられた。

 だからこそ、オレは何が良い事かを理解し、そして悪く事が何かを理解し、その悪い事そのものが自分自身なのだと思う様になった。

 バカと思われるほど単純な思考だった。でも、本当に色んなものと出会った。

 色んな事に気付いて、気づかされて、そして今のオレはいる。

 その中で一番記憶に残る出会いは、ただ一人だった。

 ソイツはただの人間で、力も弱く魔法の一文字さえもまだ使えない、本当に小さな存在だ。小さいと言えば、またソイツは怒るだろうが、そんな事も日常風景になり、安心させられる。

 そして、人間だ。いつかソイツは年をとってオレを置いて去っていく。出会って別れる、分かっていても、進んで味わいたいとは思わないあの感じは、正直ツラい。

 だが、ソイツと過ごして、オレはただ分かれて終わる事はないのだと分かった。

 ソイツはいつか寿命が尽きて命を終わらせるが、ソイツの子が、孫、そして子孫が産まれる。そうして繋がり、ソイツの血が続いていく。

 ソレはオレ自身も同じだった。誰かと出会い、ソイツがオレを覚えている事で、オレの姿が、記憶が、意思が続いてく。

 そうしてオレ達はこの世界が続く限り、この世界で生き続ける。永久とも言える時間と空間の中を在り続ける。

 そして今日も、少しでも世界とヒトが続く様にとオレ達二人は進む。この悪い事と悪いヒトだらけの世界で生きてあり続ける為に。

 『いっしょ』に在る為に。


「しかし、そのちょっと近所に出かけるって感じの服とか、どうにか出来ないか?…分かったよ。ほら、行くぞ。」

「うん!」

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