第7話 目から随喜

-家族を失った事で、赤毛の人間は仇を討つため、マモノを生み出すマオウと戦う事を決意します。

 仲間の知恵と、トモであるカナオニの助力を借り、遂に人間はマオウの下へと辿り着きます。

 そして、自らの全力を持ってマオウを討ち、そしてマオウを倒したのです。

 *******、*************。

 こうしてマオウを倒した赤毛の人間は『ユウシャ』と讃えられ、多くにヒトに感謝されました。

 そして平和になった世界、皆幸せに、永く暮らしたのでした。-


 本当に?



 妖精の頭領の他に存在した、樹花族の頭領との決闘する事となった。決闘自体は、ベリーと頭領の戦いが結果として有耶無耶のままだった事から、予想出来る展開ではあった。

 そうして審判役を承った妖精の頭領からの合図と共に、俺は詠唱を唱え魔法の炎を纏った剣を出現させ、突撃をした。

 相手が正確こそ積極的ではあっても、身体能力はとても接近戦向けとは言えない。だからこそ相手に不向きであろう接近戦に持ち込むのは定石だろう。


「草花よ、障害を受けよ。」


 片手剣を握りしめ、翼を広げ飛び、あっという間に剣を届く範囲に着いた。透かさず剣を振るうが、何かが身体の腕掴み動かせない。

 目だけを動かして見ると、腕に蔓草が絡みついていた。今樹花族が唱えた詠唱はこれか。その蔓草を見た瞬間に理解し、剣の炎を大きくして蔓草を燃やして斬った。

 直ぐに二度目の攻撃を仕掛けたが、蔓草に掴まれた事で体勢を崩されて、本当に後少しの距離で躱された。その動きは戦闘による回避行動とは思えない、緩やかで風に吹かれた小枝の葉の様に見えた。

 続けて剣を振るうが、再び出て来た蔓草で剣をいなされ軌道を逸らされる。その度に蔓草も焦げているが、そんな事に造作も無いといった振る舞いで次々に蔓草を出現させ、操り武器か盾の様にして防壁が出来上がっていた。

 魔法で操っているとは言え、もの自体は植物のはずだ。しかし、火に触れたはずの蔓草に焦げた跡は無く、魔法で瞬時に修復されていると気付くのに少し時間が掛かった。

 言葉、意思を持たないもの程ちゃんと操れるか魔法の力量が試される。樹花族が操る植物は完全に手足でも動かしているか、それ以上に速い。

 修復機能のある機敏で自動で追尾する武器か。こっちが火属性魔法を使うと聞いて余裕の態度をとったのは、単に火属性の耐性をとっているだけでは無かった様だ。

 魔法の力が強いと、接近戦まで出来てしまうとは、これまで俺は偏見を持っていた事を痛感させられた。もう相手の事を植物では無く、火に耐性を持つ動物を相手にしていると考えた方が良いだろう。


「草木よ。」


 短い詠唱でまた植物を操り、俺の周囲を檻の様にして草が覆い茂る。このまま突っ立ったままでいれば草が密集し、窒息していまうと重い、俺も詠唱を唱えた。


「炎の鎧、たかぶれ!」


 瞬間、俺の周囲を囲む草の更に内側、俺の身体を覆う様にして炎が出現し、それが囲う草を燃やした。


「おや、このまま拘束してやろうと思ったが、そういう魔法も覚えていたか。」

「戦いに使える奴は大体覚えてる。だからそう簡単に捕まえられると思うな、見た目詐欺師。」


 俺の即興の呼び名を聞いて、樹花族の頭領は笑う。本当に見た目の雰囲気に合わない笑い方だ。まるでやんちゃで悪戯好きな小僧が見下し笑っているかの様だ。

 こんな呑気に会話している最中も、剣と鞭代わりの蔓草が打ち合っている。植物の鞭攻撃の合間に鋭い刃物の様な棘や葉が飛んできた。どれも魔法の力を宿している。確かに打ち合う中でか細く詠唱を唱えているのが聞こえる。

 打ち合いつつ、植物のあれやこれやを飛ばして来たり、それだけで集中力の高さが分かる。余裕ぶっている様に見えて、常に魔法の力を行使する事に集中している。全くそう見えないのが恐ろしい。


「荒ぶる針山の足枷、つぶてと成りぜよ!」

「灼熱の幕!」


 詠唱を唱え出したのは同時、唱え終えたのは詠唱の長さから俺が先。樹花族の頭領の詠唱で俺の足元の地面から茨が生え、茨の針が放たれた矢の様に弾けて飛んだ。

 先に詠唱を唱え終えていたおかげでこちらの魔法が先に発動し、空を薙ぐ腕から炎が上がり、その炎が大きくなり俺の前に壁の様になって飛んできた針を防いだ。危うくベリーの身体を穴だらけにするところだった。

 やはり魔法の属性はこちらが有利だ。しかし魔法の力自体に差があり、こちらの魔法の攻撃にあまり損傷が受けていない様子だ。分かっているが腹が立つ。


「おや、最初属性に関してそちらは心配していた様だが、こちらには心配される程の事が起きていないな。」

「あぁそうだなぁ。そこまで心配する必要も無かったなぁ。」


 本気で腹が立つ。しかし、俺が魔法を使っているとは言え身体がベリ―である以上、このままではじり貧だ。けりを着けるなら速いに越した事は無い。

 しかしどうしようか。今まで使って来た魔法よりも強力なものを俺は知っているが、ベリーの身体が魔法を使った際に発生する魔法そのものの衝撃、反動に耐えられるか分からない。

 魔法を使えば対象はもちろん、使用者にも魔法の力の影響を少なからず受ける。今だって使った魔法の衝撃が身体にひりついてくる。

 相手も虚弱体質とは聞いているが、見た感じ平気そうにしている様見えるが、互いに極限状態であるはずだ。魔法での植物の鞭攻撃と魔法の剣との打ち合いに、その合間に強い魔法で互いに唱えぶつけ合う。

 体力に自信のあるベリーも、強がった譲ってはくれたがさすがにここまで来れば疲れを感じてきている。決めるなら次だ。今のベリーの身体でぎりぎり出せる強力な魔法、それを使って駄目ならそれまでだ。


「…そちら『も』もう限界の様だな?なら、次で最後なのも一緒だな。お互い、全力で終わらせようではないか。」


 最初からこうなる事を見越したかの様に、楽しげにこちらに語りかけた。

 あちらが現状どんな魔法を使うか判らない。しかし、最後と言うなら俺が覚えている中で強力な魔法を使うしかない。

 ベリーからは既に了承を得ている。曰く、思う存分やれ、私に遠慮しなくて良い。悔いなく決着との事だ。その時点で使う魔法は決まった。ベリー本人からも遠慮するなと言われたから、少しの間だけ反動に耐えてもらう。


もうと鋼鉄の得物を振りかざし、対者を灰塵かいじんせ!」

「大樹支える担い手よ、我に仇成す者をことごとく平伏せよ!」


 俺が高らかに詠唱するとほぼ同時に樹花族の頭領の詠唱を唱える。

 俺が詠唱を唱えた事で、上へと翳した手に炎が集まる。魔法で片手剣を生成した時とは違い更に大きく、熱が凝縮していく。徐々に成したその形は長い柄の先に刃を付いた槍の形状へと変化した。それもベリーの両の腕で持てそうにも無い程大きな大槍と成った。

 一方樹花族の頭領の詠唱で出現したのは、こちらも巨大な物体だ。それは木の性質をしているが、明らかに既存の植物としての木ではない。上部分の避けて出来た様な穴。そこはがらんどうで、どこか歪な造形の砲台に見える。まさかその穴から本当に大砲の弾が出るのか!?っとベリーは考えているみたいだが、そんな訳ない。

 あの魔法は、地中深くから汲み上げる地熱の力を凝縮させ、それを撃ち出す魔法だ。知識で走ってはいたが、実際の魔法を見るのは初めてだ。こんな形でこの魔法を見る事になるとは。

 しかも使用者が樹花族となれば、あの魔法が発動すればどんな威力になるか想像出来ない。

 そんな不安がよぎっている中でも、もう互いに魔法を発動する寸前の状態だ。最早悠長にはしていられない。

 動き出したのは同時だったが、どちらの魔法も規模の大きいものだから動きが緩慢になる。腕を伸ばし掌を前へと向け、顕現した魔法の大槍が樹花族の頭領に向かって飛んだ。

 樹花族の頭領の魔法は凄い勢いで光が収縮したと思うと、一瞬だけ光が消え、その次の瞬間には光が膨張し此方に向かって交戦が放たれた。

 いや、集められた地熱を一気に放つ魔法とは聞いていたが、これは今言った規模の物を越えている。まるで巨大生物の口から放たれた怪光線だ。魔法とは違うものに思えた。

 しかし、此方が使ったのは火属性の魔法で、相手が熱を放つ魔法を使ってもあくまで地属性の魔法だ。熱量であればこちらの方が強いはず。後は持続して魔法を発動し続けていられるかに掛かっている。

 光線と大槍がぶち当たる。どちらも魔法の射線が互いの魔法によって遮られ、動きを止めた。伸ばした腕の先、掌に重いものを感じ、後ずさる。分厚い壁を押している様な重さだ。自分の意思とは関係なく足がずれ、地面を削る。

 重たい、重たくて全く前に進めない。掌が熱くなる。痛くて重く腕を伸ばしているのが辛い。相手の方を見る余裕も無い。魔法の力に押し潰されるのを耐える為に力み、目を瞑ってしまう。

 相手と自分の魔法の反動で、ベリーの身体が悲鳴を上げる。本当に一瞬だけだが、魔法を中断してしまおうかと思ってしまったが、中断したところで相手の魔法が直ぐに向かって来ている中では危険だし、何より、意識を引っ込めているベリーの声が俺の中で響いて聞こえた。

 がんばって下さい!いけますいけます!そのまま踏ん張って、絶対に手をそらさず、意識は前に向けたままで思い切り大声を出すいきおいで!

 そう言って来て、正直言って凄い煩い。普段から声を張っているから、ベリーが表に出ている時でも中にいる俺の方まで声の大きさが伝わり、その時は無いはずの耳が痛む気がする程だ。

 本当に応援しているつもりだろうが、逆に集中が切れてしまいそうな程耳元で大声を張り上げている様な状態で、むしろ溜息が出てしまいそうだ。だが、止めて欲しいとは思わない。

 今まで、誰かに助けられる事も支えてもらう事もわずらわしいと思っていた。自他共に自分が強い事も分かっていたし、そんな自分が自分よりも弱い奴と一緒にいても邪魔になるのだと、生きている中でそう思わなかった日が無かった。

 だが、今はもうどうでも良い。助ける助けられるとか、誰といるとかそんな事はもう関係無い。今俺はベリーの身体を借りて、ベリーの身体を痛みつけながら戦っていて、それも自分の為ではなく他人の都合で戦っている。

 上等だと思った。今俺が何かをするのに他人の力が必要だと言うなら、もう俺は形振り構わない。今自分がすべきだと思った事を、全力で最後までやる。その道理に付き合ってやる。

 少し深呼吸をして瞑っていた目を開く。再び意識を集中させ、痛みはまだ感じるが気にしなくなった。少なくとも立って息をしているならまだ万全だ。

 ほんの少し態勢を整え、前を見据えていると少しずつだが俺が放った魔法が樹花族の頭領の魔法を押していくのを感じた。優勢になった訳ではない、ただ少しだけ魔法に力を込めやすくなり、力む必要が無くなっただけだ。だからやっと対等に打ち合えている。だが、そこで止まっていては変わらないのも分かっている。後少し力を足す必要がある。

 突如、魔法の力の根源は魔法の使用者の想像力だ。だから、良い事を思えばそれが力になると、ベリーが昔言ったのを思い出す。その時はそれか、と軽く聞き流して終わったが、今思うと的を射た事だと思い直す。だから、今までの事を思う出す事にした。

 つい最近起こった事、ベリーがお節介で余計な仕事が増えたり、ドジをして怪我をしたり。思い返せば毎日が小さな事件だらけな日々だった。

 最初に出会った時は、まさかこんな破天荒でお騒がせな奴になるとは思いもしなかった。だが、そんな奴と出会ってこうしてここに居る事に後悔は無い。自分が決めてここにいるのだから、それが当然だ。

 気付けば、俺の魔法から発せられる光が強くなっていた。反射でそう見えただけかもしれないが、不思議と魔法の相殺による圧力も苦ではなくなった。何ならもう少し力を出せる気がする。

 少し、また少しと樹花族の頭領の魔法を押していく。案外、ベリーの言っていた事も素っ頓狂ではなかったな。偶にだがあいつは確信めいた事を言う。今回はそれに助けられた。

 樹花族の頭領の方も、確信したという感情と、諦めがついた感情の表情をした。魔法の相殺で積極していた部位から放たれる光がまた一層強くなり、そして強く弾け飛んだ。


 魔法の力を大量に消費した為、体に力が上手く入らず立つことが難しくなった。が、俺はなんとか耐えて立つ事が出来た。一方、樹花族の頭領の方は姿が見えなかった。それが仰向けに倒れていたからだと気付いたのは、倒れた樹花族の頭領を心配して駆け寄った妖精の頭領の姿を見たからだ。


「アスター!」


 駆け寄り膝を付き、樹花族の頭領に語り掛ける。脱力した状態で横たわり、妖精の頭領の声が聞こえないかの様に起きようともしなかった。代わりに目を開けぬままただ返事を返した。


「ははっ…負けました。これでも勝つ自信あったのですが、結局は私も視野が狭かったという事ですね。」


 結構悠長に話をしている樹花族の頭領。その話を静かに聞いている妖精の頭領の表情は、俺がこの屋敷に来てから今まで見た事の無い消沈した表情をしていた。


「あの有翼人さん、途中から魔法の威力が上がったんですよね。きっと心の支えになる様なものが、あちらにはあるんでしょうね。

 自分はダメでした。自分が出せる全力はあれが限界。自分には自分の力を強力にするだけのものが自分には無かった。自分は思っているより無知だったよ。」


 己が如何に物を知らなかったかを語るその口調は、自身の自虐にもとれたが、どこか他人に言い聞かせている様にも感じた。その相手は、今正に話を聞いているその人物なのだと俺は思った。


「ロビーヌ、自分らはあまりに外の世界を見なさ過ぎた。『あの時』自分らは確かに外の人間に酷い事をされたさ。しかし逆にそういう人間をちゃんと裁くヒトだっているし、こうやって直接赴き解決しようとする者だっているんだ。もう怒りと恐怖で目を塞いだままでいる必要は無い。もう、外を拒絶して『自分』を守る必要は無いんだよ。」


 その声は相手を諭す優しさと、相手を叱る堅実さがあった。そして思った通り、それらの言葉は全て妖精の頭領に向けての言葉だった。

 過去に何か事件があり、その被害がどうやら妖精の頭領だけでなく、樹花族の頭領にも及び、その事に怒りを覚え今回の事件を起こしたと言う事か。

 二人の正しい関係を知らない俺には、二人の話に割って入る権利は無い。ただそこはベリーと言ったところか。当然俺に断るも無く入れ替わり、意識を表に出して話し込んでいる二人の間に割って入った。


「話している最中でもうしわけありませんが、盗んだ花をお返ししてもらってよろしいでしょうか!?私は急ぎまちに戻り、祭りの準備に戻らねばなりません!」


 ベリーの張り上げた声に二人揃って驚きつつも、樹花族の頭領は笑ってベリーの言った事を了承した。妖精の頭領の方は溜息を吐きつつも、もう出会って戦った時の怒りは感じられなかった。


「分かった。妖精達に言って花を元あった場所に戻すよう伝えよう。本当にすまなかったな。迷惑をお掛けして。」


 樹花族の頭領の言葉を聞いてから、ベリーは少し感がる素振りを見せた後に、二人の頭領の方へと向き直り言った。


「お二人もぜひ祭りに参加いたしませんか?」


 更に突如出たベリーからの申し出に再び二人の頭領は驚愕した。まちで起こった事件の首謀者である自分らを、そのまちで開かれる祭りに誘うなど、まずありえない事だ。

 俺も驚いている。だが、いつものお節介や同情で誘っている様ではなかった様子だ。


「カロンビーヌさんの言い分は聞いていて確かにと思いました。ですが、その事を含めて、ぜひまちの祭りをちゃんと見て欲しいのです!まちのヒト達には私から話しておきます!だからどうか、祭りを見てください!」


 妖精の頭領が言った事、その事にベリーはまだ思う事があり誘ったらしい。確かにあの事は真面目なベリーにとっては、心に刺さる問題だろう。

 言い訳はいくらでも言える。しかし、実際問題は完全に解決出来る事では無い。その事について、今回の祭りでベリーは答えを示すつもりなのだろう。

 妖精の頭領の表情はかんばしくないといった感じだ。その気持ちも分かる。果たして、ベリーは妖精の頭領にどういったものを見せるつもりなのか。俺には分からないが、ベリーを見ていれば分かる事だ。


     2


 そこからはあっと言う間の事だ。祭り当日までの二日間、休む間もなくベリーは動き続け、着実に祭りの準備を進めた。まちの住民らももちろん、俺までベリーが無理やり入れ替わって仕事を押し付けて来た。

 俺がやっても意味が無い、ベリーの身体なのだから最初からやる気のあるベリーがやれば良いと言っても無駄なのだと言ってから分かってします。

 曰く、身体では無くスパインの心を祭りに込める為だと言う。意味が分からないが、ベリーなりに俺を祭りに参加させたいのだろう。分からないが。

 そうして準備が進み、こうして当日に祭りを開かれる状態へと仕上げられた。


 ちなみに今回の事件の首謀者について、まちに戻りベリーが進言した通りに住民共に話をすると、住民ともはあっさりと首謀者の事を許し、祭りの参加も認めた。


「花が戻って来たのなら、それで十分だ。」

「こうして花は戻ってきたと言う事は、ベリーの事だし犯人もちゃんと反省して返してもらったんだろう?力尽くで取り戻す何て事、ベリーだったらしないだろうし。」


 住民からのベリーへの信頼と言うか、住民共がベリー同様にお人好しだったと言うか、とにかく事は案外調子良く進んでいった。

 そうして迎えた祭り当日は、去年と同様に賑やかなものだ。そこまで大きいまちでもなく、住民の数も豊かとは言えないが、こういう祭りになるとまちの外からもヒトが来て活気付く。だからこそ祭りはまちにとって大事だろう。

 因みに頭領共はまちには来ていない。それでは祭りに参加しているとは言えないと思われるが、そこは心配無いとベリーら住民は言う。

 なんでも、参加者は皆に花の形の小さな照明具ランプを渡され、それが祭りに参加するという証らしい。まちの方でも家の玄関先に照明具を吊るしておけば、その家の者は皆祭りに参加している、という事になるとか。

 祭りの前に既に頭領ら森の屋敷に花の照明具が配られているとか。それも結構な数を配ったとベリーが言う。確かに屋敷には多くの妖精共がいたが、ベリーに聞けば仲間外れはいけないからと言う。ベリーらしい発想だ。

 しかし、さすがに妖精全員分は用意出来なかったと嘆いていた。さすがにそんなには良いと俺は思う。とにかく、森の奥の屋敷に頭領らは照明具を持って待機しているという事だ。

 妖精の方はまちに入りたくないという理由は察せる。一方の樹花族の方はやはり虚弱体質だからかと思ったらそうではないらしい。

 樹花族はそもそも糧を得るには植物と同じく『根』を張る必要がある。根と言っても従来の植物の様なものではなく、肉眼では見えない魔法を使い為の器官の様なものだと聞く。

 そして根を張った土地を中心に樹花族は活動するのだと言う。つまり、根を張った場所からは実質動けないという事だ。成長すれば根はが伸び、動ける範囲も広がると言うが、今は屋敷の敷地内が限界らしい。

 だから祭りの会場であるまちに赴く事が出来ないという事だ。妖精の頭領は自分の事よりも、樹花族の頭領が心配で行かないといった感じか。

 そんな状態ではあるが、樹花族の頭領からは祭りを楽しみにしているという言伝を聞いた。それを聞いてベリーも一安心といった表情をした。だが気は抜いていなかった。いつだってベリーは真剣だ。


 祭りは始まり、建物の外に置かれた大きな卓の上に大きな花瓶が色とりどりの花が差してあったり、大きな燭台の様な装飾が道に沿って何本も飾られていたりしている。

 上を見上げれば紙の輪だけでなく、花も一緒に括られ吊るされていたりと花がふんだんに装飾されている。だからか、少し風が吹けば飾られた花が揺れ、花の匂いが漂ってくる。

 卓には飾られた花だけでなく、祭りの食事ももちろん沢山置いてある。まちの郊外にある畑で採れた野菜を使った料理は、野菜が好きではない俺でも旨そうに見える。

 他にも各家で育てた花を観賞したり、花について話し合ったりと花に関する事柄を皆で行っている。祭りと称しつつも結構自由に過ごしていた。だがこれがこの祭りの光景だ。それぞれの形で花に感謝を示す。要は祭りを楽しむ事が感謝の伝え方だと言いたいのだとベリーら住民は言った。

 俺自身は花自体に興味無いから、単純に祭りを雰囲気と料理を楽しんでいる状態だ。結局はヒトそれぞれが祭りを過ごせば良いって事だ。

 そうして時間が過ぎ、日が沈み出し辺りが赤く、暗くなっていく。そうして照明具に火を灯す時間になり、町中が小さく淡い光が溢れて来た。ここからでは確認出来ないが、森の奥の屋敷でも花の照明具の火が灯っている事だろう。

 ところで、実はこの花の照明具にはある仕組みがある。照明具の底には彫り物があり、それは魔法の術識になっている。

 この術識は火に対して働き、火の『熱』の性質を切り離し、『明かり』としての性質を操るものだ。それがどういうものか、実行する為にベリーは沢山の花を収納魔法で収め、花の照明具を持って森の方へと飛んだ。


 場所は変わり、森の奥の屋敷内、裏庭の真ん中で頭領の二人が立っていた。それがベリーから祭りの説明を受け、祭り最後に行われる行事の為に、外で待っていて欲しいと言われたからだ。

 そこへ花と照明具を持ったベリーが翼を広げ飛んできた。森の中で明かりは照明具と晴れた空に浮かぶ月明かりだけ。そんな中で互いに照明具の火を目印に視認した。

 ベリーが二人の姿を確認した後、魔法でまちの方へと合図を送り、準備が整ったまちの方では住民共が一斉に照明具の火を祭り会場にある花全てに火を灯した。

 本来であれば火が灯れば小さな花は直ぐに燃え尽きるが、術識が施された照明具の火は特殊で、火が灯った花は燃え尽きる事無く松明の様に火を大きくしつつも花の形を保ち咲き続けていた。

 森の屋敷の方でもベリーはまちの住民同じく照明具の火を持って来た沢山の花に灯し、火が点いたのを確認してから、それを地面から高い位置まで飛んで抱えた花を放り投げる様にしてばら撒いた。

 花に火を灯す時点で統領は驚きの表情を見せたが、花が燃え尽きない事に気付き、ただベリーが花を放る姿と光景を見ていた。

 火の付いた花弁が散る光景は、傍から見れば火の粉が待っている様だったが、それが他に燃え移らない事を事前に聞いていた為二人は少し戸惑いつつも慌てる事無くただ見守り続けた。

 そして光景に変化が起こる。火の付いた花弁は、次第に小さな火から光る玉へと変化し、光る玉となったそれは地に落ちる事無く宙を漂う様になった。

 緋色に光る沢山の玉はサンルームで見た妖精の光に似ており、弱弱しくも消える事無く辺りを照らし、そんな光景を見た二人の頭領の目は微かに潤んで見えた。

 後に頭領の声で確かに、綺麗だったと伝わる事になるその表情には、祭りに感じた不安も、花に対する憂いなど最早感じられない。いつかの祭りの日に見た、住民共と同じ目をしていた。


 ここからは、頭領二人きりで話した内容になる。


「…すごいな。これが全て火の点った花とは思えないな。」

「あぁ。」


 短くとも、確かに発した声には同意の感情が込められているのを感じた。祭りで花に火を灯すと聞いた時は憤慨ふんがいはしたが、直ぐに事情を聞かされ、無理矢理納得する振りをしてその場は治める事になった。しかし、話を聞いてもどこか不安と不信があり、祭りに対して楽しむ気にはなれずにいた。

 しかし今見た光景を見て、祭りに感じた悪い感情が無くなるのを互いに感じた。ただただ見惚れる程に、二人は見える緋色の光景を見続けていた。


「火の点った花が最後どうなるか聞いた。花はこのまま地面へと落ちると地面に溶け込み、そのまま土に還るのだと言う。

 花は生きている、だからいずれはヒトや動物と同じく命が尽きて枯れていく。だが、まちの住民達は花に最後の時まで美しく在れる様にこの様な仕掛けを施したのだと言う。」

「…何とも傲慢な考えだな。花に対して最後まで美しく在れと、ヒトの立場からよく言える。」


 確かにな、と樹花族の頭領は頷く。だが、言っている台詞と表情がどこか合わない様に見える。まるで本当はそうとは思っていないとでも言いたげな表情だった。


「いや、ヒトだから言えるんだ。ヒトだって、いつかは年老いてこの世を去る。その様は花と同じさ。ヒトは老いる事に恐怖する者もいる。そんな中、枯れ行く花に自身を重ね、夢を見て希望を託す。それは、いつか君が言った事と同じではないか?」


 樹花族の頭領の言葉に、ほんの少しだけ妖精の頭領のこめかみが動いた。二人が過去にどんな話をしたかまでは分からないが、花に何かしらの夢を託し、夢を見た事が妖精の頭領にも確かにあったという事だ。


「ヒトも花も変わらない。何かを糧にして生き、年を重ねていつかは朽ちる。

 変わったのはむしろ君だ。君が『あの時』の事をどれだけ悔いているか、自分は分かっているつもりだ。だから君の話を聞いてやる事が自分の役目のはずだった。だが、君を自分もあの時の事で深く傷つき、いつしか話に出す事さえも自分勝手に禁じて、お互いに話さえもしなくなってしまった。」


 火の点った花だけをただ見つめていた二人は、気付けば互いに向き合って語り掛けていた。樹花族の頭領の話を聞いて、目に雫が溜まりだしていた。


「もうあの時の事で、自分を罰して他者を拒絶しなくて良い。自分の為に、君が悪役になってまでして助けようとしなくて良い。君には十分助けられた。

 それに、変わるなら善い方へと変わると良い。悪い所ばかり見るのではなく、善い所を見て生きて行く方が君も、自分もきっと互いを救えるはずだ。」


 目に溜めた雫を一つ二つとこぼしていき、堅く冷え切った何かが確かに解けていくのを見て感じた。

 ふと、二人だけの空間に変化が起きた。樹花族の印でもある頭の花、その蕾が膨らんでいくのが見て分かった。その変化にいち早く気付いた妖精の頭領はその事を樹花族の頭領に言って知らせた。言われて樹花族の頭領も自身の変化に気付いた。

 蕾は徐々に膨らみ、遂に花開き始めた。出会った時の蕾は固く、とてもすぐに開花する様には見えなかった。だが、現に蕾だった花は開花して見せた。

 樹花族の頭上に生まれつき咲く花は樹花族本人よりも希少で、蕾まで育っても開花するのは稀で、条件が揃わない限り樹花族が命を落としても咲かす事無く散る事がほとんどだという。

 そんな希少な樹花族の花が開花するのを見届けた妖精の頭領は、これまでに無い程の涙を流した。それは嘆きによるものではなく、明らかな感涙だと俺でも判った。


「アスター…お前、花…花が開いて。」

「あはははっ!…まさか今開花するとは、自分も思わなかったよ。…そうか、自分でもちゃんと。」


 お互いに花が開花した事に戸惑いつつも嬉しそうな、驚いて言葉が上手く口から出て来ない様なしどろもどろな状態が続いた。

 俺も樹花族の花の開花条件を知っている訳ではないが、条件の一つに『心の状態』が関係して言うと聞いた気がする。つまり妖精の頭領だけではなく、樹花族の頭領自身も心の変化が起きたという事か。

 そんな互いの状態など関係無く、二人の頭領はただただ涙を流し、肩を抱き合い、自分らの気持ちを伝え合っていた。


 後で聞いた話によると、過去にこの森に密猟者が侵入したという。密猟者の目的はもちろん、希少な種族である頭領の一人である樹花族だった。

 樹花族は自分が根を張った土地から離れると、糧を得られなくなるだけでなく動けなくなり、最悪気絶してしまうのだという。

 密猟者共はそれを狙い、樹花族を無理矢理根を張った土地である庭から引き離し、気絶したところを連れ去ろうとしたところを、頭領になる前に当時の妖精の頭領、カロンビーヌが出くわした。

 無理矢理連れ去る為に暴行を加えられたであろう、ボロボロになった樹花族の姿を見て怒り、そして感情のまま魔法を使い、そのまま暴走を起こして密猟者共を亡き者へと変えた。

 暴走が治まり、正気に戻った時には庭から大分距離が離されていた。急いで樹花族を庭にも戻そうとするも、カロンビーヌは自分の姿を改めて見て絶句した。

 魔法を暴走させ、密猟者共に攻撃した事で、自分の体にその時の返り血が大量に付着していた事に気付いた。穢れを大量に纏ってしまった事で、自分だけでなく樹花族にも穢れをうつさぬ為に触れる事すら出来ない。

 触れられない、助けられない状況にカロンビーヌは絶望し、助けが来るまでの間カロンビーヌは気絶していたのだという。

 結果として二人は助かったが、屋敷や庭は荒らされ、屋敷に住む者も大勢亡くし、正に二人にとって忘れられない最悪の記憶となった。

 きっと本当に永い間、言葉を交わす事が無かったのだろう。それだけ二人は過去の出来事を切っ掛けに互いに心に檻を作り、閉じこもっていたのだろう。

 きっと花が咲いたのも、そんな二人のわだかまりが解けた証拠なのだろう。だがそれ以上の事は二人だけのものだろう。


「お二人が仲直りしたようで良かったですね!」


 花をばら撒いてからずっと黙って二人の様子を見ていたベリーが言った。どうやら頭領二人の関係にベリーは感付いていたらしい。そういう所は本当にさといな。


「しかし、カロンビーヌさんの言った事に関しては、私からはもう言える事も、出来る事もありません。そこが少し心残りです。」


 そこは仕方ない。ベリー一人で解決出来る問題ではない。だが、今回の事が無意味化と聞かれればそうではないと思う。

 例えば、消えてしまった蝋燭の火を灯したところで、いずれは蝋燭が溶けていきまた火が消えてしまうものだとしても、火を灯して辺りを照らす事に意味があるはずだ。

 因みに祭りが終わった後日に、頭領から正式にまちの方へ謝罪に訪れるという。本当なら祭りが始まる前に来るつもりだったらしいが、まちの方から祭りを先に執り行い、謝罪はその後で構わないと申し出たところを見るに、きっとまちの住民らの反応は花が返って来た時と同じだろう。

 一先ず祭りに関して、森での用事は済んだ。朝から巻き起こった花泥棒騒動はこうして一応の幕が降りる。


 更に後日、樹花族の頭領からベリーを通して俺宛てに呼び出しを受けた。

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