第8話 昔から豪胆

 誰に認められなかった。誰にも見られなかったし、誰にも気に留められなかった。

 自分が今生きている事さえ実感出来ていれば、後はどうでも良かった。

 いつしかそれが、どうでも良くないと思う様に成っていった。

 だが、それさえも無駄なのだと分かってしまった。

 俺を見つけたヒト、俺に声を掛けたヒト、俺の存在を認めたヒト。

 お前がいれば、この世界がどう成ってしまっても良かった。



 祭りが無事終わり、まちと森の頭領との一歩的ないざこざも終わり、周りの空気が落ち着いてきた頃に報せが来た。


 ベリー・ストロ殿へ。アナタ様にお伝えしたい事があり、こうして手紙をしたためました。


 挨拶やら森での様子などが書き記され、こちらに宛てた事を要約すると、用があるから屋敷に来いと言う内容だった。ベリーには用事の内容が見当つかず首を傾げる。

 一方の俺はと言うと、見当がついていた。いや、見当というよりも希望と言うべきか。

 屋敷での出来事、そして祭り当日で起きた出来事から行き着いた考えだ。何より、樹花族には希少な魔法種族である事と虚弱体質であるの他に有名な伝説がある。

 ともかく、呼ばれたならば行かなければいけない。これが喧嘩であれば楽しみだし、それ以外の用件なら無視をしても良かったが、今回は特例だ。


「森の屋敷へ行くのならば、何か手みやげを持っていかなくてはいけませんね!」


 ベリーの方は屋敷の訪問に関して真剣に悩んでいた。俺は何時もの通りベリーの様子を見ているだけだ。意識しか存在しない俺は、文字通り手出し出来ないからな。

 俺にまだ自分の身体が健在であれば、色々と出来た事があるだろうに。


 こうして用意を済まし、指定の時間十分前に屋敷前まで来た。早く来てしまったのではと思ったが、ベリー曰く相手を待たせないのは当然の礼儀だとの事。そうかい。

 屋敷の前で待っていると、案内役であろう妖精が現れ、中に入れなら頭領の下まで案内された。廊下を歩いている最中に視線を感じたからそちらに意識を向けると、廊下に角などから屋敷で働く妖精共が覗き見る様こちらを見ていた。

 そりゃあ以前は侵入者としてこの屋敷の中を暴れ回った奴がこうしてまた屋敷に訪れているから、気にはなるだろう。何より妖精は元来好奇心が旺盛で悪戯好きであるから、仕事を放り出して屋敷の客を観察しに来ている奴が大半だろう。あの妖精の頭領が怒りはしないか?

 そんな妖精への余計な心配をしている間に、件の頭領が待つ部屋に着いた。本当は樹花族の頭領の方が呼んだ訳だが、そちらに会う為にまずはこちらの頭領に会って許可を取らなくてはいけないとか。面倒くさいし手間だな。

 ノックを数回、中から声を聞こえてから部屋に入った。以前とは違い、部屋の奥に置かれた机付きの椅子に座りこちらを持っていた、妖精の頭領が顔を見せた。

 そちらと挨拶を済ませ、ようやく樹花族の頭領が待つ庭へと行く。そこまでの道中、やはり会話らしい会話は無かったが、依然と比べれば随分と雰囲気が柔らかくなった。おかげで道中以前ほど気疲れしなかった。俺からすればすごい変わり様だ。

 そうして、ようやっと樹花族の待つ庭に辿り着いた。以前来た時よりも庭が整えられている様に見える。過去の事から他の妖精だけでなく、頭領自身も庭には近づかなくなっていたらしく、花が少なかったり地味に見えたのはそういった出来事からだと改めて実感した。

 過去のわだかまりが無くなり、心に余裕が出来こうして庭の手入れをする様になってか、妖精の頭領が穏やか表情で庭を見ていた。

 そんな出来事に思いをふけながら歩いて庭の奥へと進むと、ようやく呼び出しに張本人である樹花族が姿を見せた。庭の開け場所に小さめの卓と椅子が置かれ、日の下で茶会でも始めそうな用意がされていた。

 樹花族の頭領に促され椅子に座らされ、空いているもう一つの椅子に樹花族の頭領は座って向かい合った。


「ようこそ、祭り以来だね。まだ未完成ではあるが、庭の景色を楽しんでくれ。」


 そう言って、ベリーが座る席の前、卓の上に茶が置かれた。置いたのはあの猫獣人ケットシィの従者だ。何時の間にそこにいたのかとベリーは驚いていた。俺は気付いていたから驚かず、相変わらず気配を消して来る、出来た従者だと感心しつつ警戒した。

 ベリーも挨拶をしつつ、持参した土産である茶の詰め合わせを樹花族の頭領へと差出す。そんなものが土産になるのか俺に刃分からないが、樹花族の方は嬉しそうにしているから良いのか。《


「それで、私に用事とは一体何があったのでしょう?」


 今回屋敷を訪れた用件をベリーが呼んだ頭領本人に直球で質問した。まどろっこしい会話の回り道をする必要も無いしな。頭領の方も早速と話題を出してくれたことに感謝しつつ口を開いた。


「あぁ、実は自分から君に渡したいものがあってな。…っとその前に、用があるのは君の方ではない。君の『中』に今いる方の人物に替わってもらえないだろうか?」


 樹花族の頭領の言葉に目を見開き驚きつつも、言われた事を理解し、ベリーは目を閉じて直ぐに意識が反転。俺自身話をベリーの中で聞いたいたから、ベリーが目を閉じた瞬間に意識を浮上させ、表へと出た。


「…やっぱり俺がベリーとは『別』だと気付いていたか。」

「自分も妖精種の一人だからね。ある程度今の君とさっきの子との気配の違いは判るよ。」


 妖精種は耳や目に特別な力を持つと聞くが、俺とベリーの違いまで見分けられるのは正直羨ましい力だ。

 因みに現状、こちらの頭領を樹花族と呼び、もう一方の頭領と妖精と呼称しているが、実際はどちらも妖精種だ。実はあちらの妖精の頭領の方の正式な種族名は妖精種の『狩人族』だ。

 『狩人族』は元来森に住み、長身と身軽な身のこなしから狩りを生業としている事の多い妖精種なのだが、どう見てもあちらの頭領の見た目が『狩人』という雰囲気ではないから、あえて妖精と呼称させてもらっている。かん休題きゅうだい

 話題はベリーを通して俺宛てに用件があると言う内容だ。

 樹花族の頭領が俺の事を知ったのは、妖精の頭領と戦っている最中に猫獣人の家政婦から報告を受けたからだと言う。そこで、俺の実力を確かめる為に決闘を申し出たのだとか。そして見事頭領の御眼鏡に叶い、こうして呼びつけた言う。


「君は、自分ら樹花族の花に関して知っているかい?」


 突如、自身の樹花族の頭上に咲く花に関して聞いてきた。やはり花に関しての事かと、俺は来る前から予感していた事が当たったと少し気分が高揚した気がした。

 俺は知っている、と答えた。

 樹花族は魔法の力は強い種族なのは知っての通り、そんな種族の一部である花は、自然に咲く普通の花とは異なる。樹花族の魔法の力が溢れ出た結晶と言われ、その花には樹花族本人よりもさらに強力な力が秘められているのだとか。

 そもそも花自体を見るのが初めてではあるが、それでもその花から強い力が発せられているのが分かる。もしこの花を持った状態で魔法を使えば、どれだけの影響が出るか想像出来ない。《

 そして肝心の内容、さっき言った様に渡したい物があるのだと言うが、一体何はベリーは分かっていない様子だ。そんな中俺はただ事の成り行きを待った。そうしていると、樹花族の頭領は突如自分の頭上に咲く花に手を掛け、なんとその花を自分の頭から摘み取った。

 その行動に当然ベリーは驚き、一瞬俺から無理矢理替わり止めようとしたが、俺が止めた。あの樹花族が無用な行動を起こす筈がない。何かを思って行動をするだろうと俺が思ったからだ。

 そして樹花族が自分で摘み取ったその花を俺の方へと差し出した。


「この花を君に差し上げよう。」


 摘み取ったその花を差し向けた先にいる俺に差し出すと言って来た。最初何を言ったか理解するのに数秒掛かった。そして理解した瞬間、何とも言えない感覚が胸から込み上げて来た。

 樹花族の花は希少中の更に希少な存在。咲く条件すら分からないそんな貴重なものを、他人である俺に差し出すなんて、一体どういう了見りょうけん何だろうか。そこだけが理解出来ない。


「簡単な事さ。事件での事、祭りの件でのお礼、ただそれだけさ。」


 実にアッサリと答えた。当人は了承している様子だが、俺はまだ受け取れずにいる。理由とその結果が似合っていないと思っているからだ。いくらあの時の件で感謝の念を抱いているとしても、それだけでこの貴重な花を差し出せるのかほとほと同調出来ない。


「あの時、自分らは互いに自分の気持ちを整理出来ず、互いに迷惑を掛けた。それが自分達だけなら良い。だが、他者であり無関係である君らやまちの住民達まで巻き込んでしまったのはダメだ。

 そんな中でも君らはカロンビーヌの事、そして自分の事まで解決へと導いてくれた。それに、この花をこのままにしておけないし、そんな中君らなら正しくこの花を使ってくれると自分が判断した。

 どうか、そんな自分の判断を信じてほしい。」


 信じてほしい、何て言葉は樹花族本人にこそ向けられる言葉だろうに、俺に対してそう言うなんて、食えない奴だ。

 そもそも、もう摘み取ってしまった後だが、咲いた花を摘み取って本人の身体は大丈夫なのだろうか?俺もそこまで種族の生態に詳しくないからどうにもやりづらい。


「あぁ平気さ。花は咲いた後自然と頭から取れる様になっていてな。取れるとまた次の花を咲かすための芽が出て来るんだぞ。」


 ほら、と言って俺にその芽を見せて来た。確かに小さい緑色の芽が出ている。一体どういう生態なのか、皆目分からん。不思議過ぎる種族だ。

 ともあれ、結局俺は花を受け取る事にした。そうでないといつまでもこちらに花を差し出そうと、しがみ付いてでも食い下がってきて、どこか頑固な状態になったベリーを彷彿ほうふつとさせた。


 こうして樹花族の花を手にした訳だが、ベリーはこの花をどうにかしたいかと聞いてみた。

 いえ、私にはその花でどうにかしようという気持ちも、用件もありませんので、スパインが使ってください!だと言った。本当に良いのかと念を押して聞くと。

 大丈夫です!それに、スパインの方こそ、その花を使いたい事があるのではないですか?

 言われて黙った。

 ある。どうしても使いたい事。正直に言えば、今回の用件が花の事であれば、どうにかして花を譲ってもらえないかと試案する程だ。

 ベリーには話していないが、さとい奴だからなんとなくても何かを察したんだろう。

 もしかしたら、この花があれば、出来なかった事が出来るかもしれない。そんな期待を胸手にした花をじっと見た。


 白く大きな6枚の花弁の花、そういえば『あいつ』はこんな花が好きだと言っていたな。


     2


 俺がベリーの身体にいる前、自分自身の身体を持ち、かっしていた大昔の事。俺が住んでいた村は山奥の、頭に一対の角を生やし優れた身体能力を持つ『頭角人』と呼ばれる種族の里だ。

 頭角人自体は閉鎖的な種族ではないが、里の外では他種族同士の戦争が激しくなったとかで、争いから避けようと里の外に出ようとする者も外の事を話題にする奴もいなかった。

 どうやら俺が住んでいた村は特別に臆病共が揃った村らしく、誰も彼も小さな喧嘩から大きな争い事を避けて生きていた。

 そんな中、特別他の頭角人よりも身体能力が優れた者が産まれた。白状すると俺の事だ。俺は自他共に認める程に能力が高く、特に戦闘に関した事柄が得意だった。所謂いわゆるてんの才能というものだろう。

 そんな俺だが、さっき供述した通り喧嘩事を嫌う奴らが集まった村だった為に、俺の様な存在は正に目の上のたん瘤だ。近所の奴らどころか、実の両親さえ俺の事を疎ましく思っていたのが見て分かった。

 そんな日常での俺の能力が発揮される機会と言えば、もっぱら狩りか近くに出没した盗賊を追っ払う時位だ。当然そんな相手では実力の半分も出せる訳が無く、俺は自分の力を持て余していた。要するに退屈だった。

 そんな日常を繰り返していた中で村の奴らに対して俺は、どうとも思っていなかった。むしろ俺の方が無視して暮らしていた位だ。自分より弱い奴が俺に対してそう思おうが、関係無かった。ただ俺は気兼ねなく喧嘩出来る環境が欲しかった。

 結果、俺は村を出る事を決めた。誰も止める奴はいない。むしろ俺の様な奴が村を出るとなれば、村の連中も大手を振って喜ぶに決まっている。そんな事も俺にはどうでも良いが。

 そんな中で俺はねん点があった。それは俺の種族の特徴であり象徴である角だ。これは正直言って目立つ。この角があるせいで隠れ切れず、奇襲相手に気付かれる事が度々あった。言ってしまえば邪魔だった。だから村を出る時に角を自分で切った。結構痛かったが、頭が軽くなった事もあり、むしろすっきりした気分になった。

 頭角人にとって角は大事だと言うが、今の俺にとってはもうどうでも良い。自分の都合の悪いものは取り払い、自分の過ごしやすい様に自分で変える。ただそうしただけだ。

 こうして俺は文字通り、心機一転して旅に出た。しかし里の外は俺が思っていたよりも味気ないものに見えた。確かにどこにでも行ける様にはなったがそれだけで、戦争によって荒らされ、ヒトが少なくなり廃れたむらやまち。項垂れて佇む大勢のヒト。見ていて良い気分になるものではない。

 道中貧しさから強盗を働き襲い掛かって来る奴らもいたが、何日も食わずにいたから力が出せず簡単に倒せてしまう。他人がどんな環境で育っているかなど関係無い事だが、ここまで貧困が続くと俺まで気分が沈んでくる。

 故郷のむらを襲って来た盗賊や襲い掛かって来る強盗共から逆にかっぱらってきたおかげで俺自身はそこまで苦しい旅路にはならず、なんとか大きなまちまで着いた。やはりどこの奴らも顔に生気が感じられない。

 戦争なんて関わらなければ俺には関係無いと思っていたが、大きなまちまで戦争の影響を受けているのを見ると、戦争と言うものの悲惨さが分かって来る。何故わざわざ自分らの手でヒトやまちを貧しくしてしまうのか、理解出来ない。

 宿は取れたが、部屋で休める気がしなかったから近くの森の中の木の下に座って休む事にした。ものがごちゃごちゃ置いてあるまちの中よりも、自然に囲まれた場所の方が静かで休める気がしたから。

 崖際の木陰に座り込み、溜息を吐く。暫くの間まともに休める場所も無く歩き続けたおかげで足が棒になる。

 結局むらを出ても外は退屈で仕方なかった。かと言ってむらに戻るつもりなど毛頭無い。退屈だからとむらに戻った所で退屈なのは変わらない。つまり、どこへ行く事も無いという事だ。

 そうなったらどこへ行こうか。もうこの大陸は粗方歩き尽くした気がする。いっそ海を渡ってしまおうか。確か東の方に特殊な風習のある島があると聞いた。しかし、そこへ行こうにも金が足りないだろう。どうにかして金を稼がねば。また近場で盗賊でも狩ろうか。

 そんな風に先の事をあれこれ思索していると、渇いた草の音が背後から聞こえた。誰かが来た。何かが近くまで来ているのは感づいていたが、まさか俺の方まで近づいて来るとは思わなかった。

 とは言え、盗賊だったなら返り討ちにすれば良いし、丁度良いと思い振り返った。しかし、そこにいたのは俺の期待する奴ではなかった。

 俺の視線から逃れる為か、こちらの様子を覗き見る様にして木の陰に隠れて立つのは人間か。紅梅色こうばいいろに見える赤毛は頭に上で二つに結い上げ、花色と紺色が混じる青い目は潤んで見えた。

 服装からしてどこかの裕福な家の生まれなのだろう。俺の様に泥や草で汚れていない所を見るに、俺が宿を取ったまちから来たんだろう。一体何の用があってこんな所に来たのか。俺には関係ない事だろうが、謙遜けんそんしているのか向こうは動く気配が無い。


「…何か用か?」


 関係無いにしても、何もして来る気配もなくただ見られていると気になってしまう。こちらから声を掛けたが、俺の声に驚いたのか、肩を跳ね上げて赤毛の人間はしどろもどろに声を出し始めた。


「えっう…あ、ご…ごめんあさい!」


 上手く喋れず台詞の途中を噛んだ挙句、そいつは何故か謝罪して走り去って行った。一体なんだったのか、結局わからず仕舞いだった。後何故いきなり謝って来たのか?

 さっきまでの俺の行動を鑑みても全く見当がつかない。謎のまま、俺は宿に戻る事にした。余り寝心地の良くない寝台で、今夜はまともに眠れる事は無いだろう。


 それから俺は資金集めの為に近くの盗賊を倒したり、狩りをして手に入れた毛皮や肉を売って生計を立てる事にした。ものすごい大金、とまではいかないし地道だがこうするしか今の所金を稼ぐ方法は無い。

 俺自身が盗賊となって旅人から物を奪う、何て事も一瞬だけ考えたが、むらの外に出てまでしてまたむらにいた時の様な扱いを受けるのもしゃくだった。

 しかし、おおきなまちの近くでも盗賊の数は多い。やはりどこも不景気だからだろう。まちを守る警備兵もあまり見ない。それもそうか。若く健康な奴らは戦争では立派な人材だ。戦争に人手を取られては守る奴の少なるなるか。

 まぁどうでも良いか。戦争に言って戦いたい奴は勝手に戦いに行けば良い。俺が戦争に参加するのだけは御免だ。


 結局、盗賊の数はあれど金はあまり集められなかった。そりゃあ、金が無いから盗賊なんぞしているんだろうな。何も持ってない方が自然か。

 動物も数が少なく、そもそもこの辺りでは余所者は狩りが禁止になっていた。これでは明日の飯代も稼げない。どうしたものかと考えながら、昨日休憩した森の方まで歩いていた。

 歩いた先、昨日休憩していた場所に着いたが先客がいた。何気に気に入っていた場所なだけにヒトが居た事に少しだけ腹が立つ。自分で決めた場所を先に取られたからだと自問自答した。見えるのは後姿だ。一体誰が休憩場所を陣取っているのか見てやろうと近づいた。そうして近づき覗き込む様にして相手の顔を見た。

 そいつの正体は人間だった。それどころか見覚えがあった。それもそうだ。その人間は以前休憩していた時に現れた赤毛の人間だった。

 どうやら昨日人間が来たのも俺がいた場所がそもそもの目的だった様だ。俺と同じに休憩したくて来たという訳ではないだろう。推測当たっていれば近くに家があるのだから、休むなら家に帰れば良いのだからな。

 何をしているのか、途端に気になってきたからもう少し近づいた拍子に草音を立ててしまった。以前の時と逆の立場となった。しかし気にせず赤毛の人間に話し掛けた。

 俺が話し掛けた事に驚き、勢いよく顔を上げて俺を見た。その目には雫が溜まり、その表情には憂いが浮かんでいた。どうやら隠れて泣いていたらしい。何故こんな所に隠れて泣くのか、何も知らない俺は訳が分からず問いかける言葉に悩んだ。人間も泣いていたが為に咄嗟に声が出ず、俺に声を掛けられて初めて俺の存在に気付いた様で驚き呻き声の様な喘ぎ声の様な言葉にならない事を口から洩らした。


「あっあの、すみません。直ぐ…ここ退きますので、待ってくださ…い。」


 俺が退けと言った訳ではないのに、まるで俺が退く様に言ったかのように俺に声を掛けてから涙を手で拭い始めた。どういう考えに至った経緯は謎だが、本人は既に退く気でいるらしい。しかし、その為に涙を拭っている様だが、一向に拭い終わらない。どうも涙が次々に流れ出てきてしまうらしい。

 何があって涙を流すほどの心情になっているかは知らないし、関係無いがこのままでは埒が明かない。

 声を掛けるのではなく、思わず涙を拭う手を俺は掴んだ。俺もまさか自分がこんな行動をとる事とは自覚していなかったし、何よりも相手が驚いている。そりゃあ見ず知らずの奴が現れて、自分の手を掴んでくれば当然だ。


「無理に拭うな。目赤くなってるじゃねぇか。」


 今言える事はそれだけだった。他に言葉をかけようが無かった。人間も何故自分の手を掴まれたのか少しだけ時間を掛けて理解し、涙を拭う事を止めた。止めたのを見て俺は掴んだ手を離し、人間も手を下ろした。

 異様な空気が二人を包む。俯瞰ふかんして見ようと見まいが、初対面同士で互いに次に何をどうするのかなど分かる訳が無い。そんな雰囲気が続き、それだけで疲れた気がした俺は、どかりと音を立てて赤毛の人間の隣に座り込んだ。また突然の事で人間は驚くが俺は構わなかった。とにかく今日の事もあり、俺は休みたかった。

 赤毛の人間は自分が邪魔になるにではないかと思ったのか、涙は既に止まっておりそのままその場を退こうと腰を浮かせたが、俺がそれを止めた。

 最初こそヒトが居るのには腹が立ったし、誰かいるのは気が休まらないとさえ思ったが、今はもう気にしている場合では無かった。なんとなくだが、泣いていると分かった相手がその場から立ち去られる事に良い気がしなかった。


「邪魔しないのであれば居て良い。話すのも無しな。」


 そう言ってから気にもたれ掛かって目を閉じた。眠る訳ではないがそうしたかった。結果として隣に座る事になった赤毛の人間も言われた通り黙ってそこに座ったままでいた。

 その後は互いに黙ったまま時間が過ぎ、気付けば日が沈む寸前で、赤毛の人間は気が済んだのか姿が見えなくなっていた。

 結局その日も互いの事を話さずに終わったが、そんなに悪い気はしなかったし、話す事は無かったが初めて誰かと一緒に長い時間一緒にいたかもしれない。


 その次の日、俺は何もする事無く森の中にいた。盗賊は倒し尽くしたのか姿を見なかった。もしかしたら俺の噂を聞いて、逃げたか避けているかしているのかもしれない。ヒトの噂は早いからな。

 まちの方も、若い俺が戦争に行かずにいる事に疑問を抱く目で見て来る奴が出始めて、正直まちに居づらくなった。とは言えまちを離れるには資金が足りない。どうしたものかと考えていると、誰かが来た。もうそれが誰かは俺には分かった。


「あっ!あなたは…昨日の。」


 今日出会って最初に声を出したのは赤毛の人間の方だった。だが暫くの間互いにまた沈黙してしまった。どうにもお互い簡単に話題を出せる様な性格では無い為に、どちらも会ったとしても話す事が難しい。俺も今まで誰かと対話する何て出来る環境では無かったから、こういう時の対処が分からない。どうしたものか悩んでいると、今度も向こうから話し出した。


「剣…あなた、剣術を使える?」


 どうやら俺の腰に差している剣を見て思ったのだろう。そりゃあ、使えなければ剣なんぞ持っていても意味が無い。

 っと言ってもこの剣も倒した盗賊からかっぱらった戦利品だ。簡単な手入れならしているが、本格的な手入れは仕方が分からず、刃が所々欠けて来ている。そろそろどこかで新しいものと取り換えなくてはいけない。

 そう自分の腰に差さった剣を見て思っていると、また赤毛の人間が口を開いた。


「あの…都合が良ければ、私に剣の使い方を教えて頂けないふぇしょうか!?」


 また噛んだ。しかも、本当に突然の申し出だった。出会ってまだ3日で、特段親しくなった訳でもない相手にまさか剣術の指南を頼み出すと誰が予想出来た事か。

 何故剣術を教わりたいのか聞いた。


「…あの、体を鍛えたい…という理由では駄目でしょうか。」


 段々と言葉尻が弱くなりながら述べた理由は単純なものだった。別に駄目とは言わないが、そんな気弱そうな態度で剣術を教わる気があるのか疑問だ。そんな俺の思考を察したのか、突如必死な形相になって俺に縋り付いて来た。


「お願いします!本当に…どうしても、やりたくて…他に頼めるヒトもいなくて!」


 あまりの必死さに少し引き気味になったが、俺の方も特にやる事も無いから引き受ける事にした。しかし無償で教えるのは少し損な気がすると口にすると赤毛の人間は答えた。


「そこはあの…私、お金持っているので、それをあなたに支払います。」


 それは訓練費という事か。それなら丁度資金をそうやって手に入れるか悩んでいたから良いな。まちの方もやはり余所者という事で怪訝に見て来る奴らもいるが、金を持っていれば文句を言って来る奴もいないだろう。


 こうして、成り行きから人間相手に剣術の指南をする事になった。指南がある程度済めばまちを離れる。そのつもりだった。そうはいかなくなる事を、当時の俺は毛先にも思わなかった。


     3


 それからというもの、俺は赤毛の人間に対して剣の指南をした。っと言っても、する事なんぞ剣に模した堅い棒を持って打ち合う事位だ。俺は口で教えるなんて器用な事は出来ない。何より剣の使い方を教えるのであれば実戦の方が手っ取り早い。 最初こそ剣の持ち方さえなっていなかったが、少し教えると一生懸命に覚えようと気に所を何度も俺に聞いてきた。教えるのは俺らしくないと思っていたが、こうして教え覚えられるのは悪い気がしなかった。

 それに最初、体を鍛えたいと言ってはいたが、動いてみると結構動けている。軽く攻撃を誘いその隙を突いてみたら、直ぐに対応して反撃してきた。勘が良いと言うべきか、思っていたよりも剣を使えている様に感じた。

 本当に剣を持ったのは初めてか?疑問に思い聞いてみたが、本当に剣を持ったのは俺との実戦が初めてだと言う。それならきっと才能だな、と言った。

 別に才能があるか無いかなど関係は無い。こうして打ち合えるだけで俺としては満足だった。しかし、俺が才能と言う言葉を出した瞬間、何故か人間は表情を曇らせた。


「…持ってたって、結局。」


 目線を下げて、落ち込んだ様子になってしまい、見ているとどうも気が乗らなくなり今日はここまでにすると言った。人間も了解し、頭を俺に向けて下げてから立ち去った。

 一体何だったのかろうか。訓練中でもしていない間も互いの事は詮索せんさくしないとは決めているが、訓練に支障が出るとなれば、聞いておいた方が良いだろうか?

 次会った時に決めて良いだろうな。あまり考え込んでこちらまで支障をきたす訳にはいかない。何があったか知らないが一休みしてからあいつがまた来るのかはあいつ次第だ。


 翌日、こうして森へと訪れたが、あいつが来るのかまだ分からない。思い出せばあいつの事を何も知らずにいた。剣の指南をある程度済ませば別れるつもりだったから。だから何も知らなくても良いはずだったのに、何故か今になってあいつの事を気にしている。複雑な心境だ。

 待った。もう少しで約束の時間だ。果たしてあいつは来るか。来たとしても訓練を出来るかは確認すべきだろう。誰かが近づいて来る気配を感じた。ちゃんと来れたなと思っていると、近づいて来るであろう音が可笑しい。あいつが来る時は草の乾いた音がゆっくりと踏みしめて来る音なのだが、今聞こえて来る音は勢いよく草を掻き分けるような凄まじい音が、それも速くこちらに近づいて来る。

 明らかにいつものあいつではない、別の何かが来る!一体何だ!?予想していなかったから身構える位しか出来ない!とにかく音のする方を見た。すると人影らしきものが見えて来た。そう思った瞬間にはもう目の前にいて、俺に蹴りを繰り出していた。

 速い速度で蹴りを喰らったおかげで地面を抉りつつぶっ飛ばされた。一体何が俺にけりを喰らわせてきたのか見る為に直ぐに起き上がり見た。そこには見覚えの無い山吹茶色の長髪を持った人間だ。見覚えの無い人間に何故ぶっ飛ばされたのか分からず、混乱していると、山吹茶やまぶきちゃ色の人間の後ろから再び誰かが近づいて来る気配と、今度こそ聞き覚えのある声が聞こえて来た。


「まっ…待って、カナ…イ。話を…はぁ、速いよぉ。」


 速く移動して来た山吹茶色の人間を追いかける為に、こちらも走って来たのだろうがかなり息切れをしていてやっと追い着いたあいつがいた。あいつ、結構体力無かった様だな。次は走り込みでもするか、と現実逃避気味に思考していた。

 あいつが来た所で、問題となるあの蹴り飛ばし人間の正体を聞きださねばならない。さっきの口ぶりから、二人が知り合いなのは明白だ。


「はぁ…ごめんなさい。私の知り合い、カナイが失礼な事をしてしまって。」

「失礼で結構だ!お前だな!アルを苛めたというのは!」


 あからさまに態度が真逆な二人を見つつ、一体何の事を言っているのか知る為に詳細を聞いた。片方が随分ご立腹の様だが丁寧に説明してきた。突発的な事をしておきながら律儀な奴だ。


「昨日この子をまち中で見つけて、話し掛けたらこの子の目が赤く腫れていたんだ!これは間違いなく泣いた痕だと分かったぞ!聞けば最後に会ったのがお前だと聞いたから、お前が泣かしたのは間違いないだろう!」


 話を聞いて、とりあえずこの猪突猛進の人間の勘違いによって俺は蹴りを喰らったというのが分かった。俺と最後に会ったとあいつがした説明は間違いないから、説明を全部聞く前に結論に至り当日、こうなったと。理不尽極まりなかった。

 その後、俺の目線の話をし、続けてあいつの話をした。そうして話の整合性を確かめて一体何があったのかをこのカナイと呼ばれた奴から話をした。


 聞けばこの二人は幼馴染らしく、まちの中で度々会っては一緒に出掛けたりして親睦を深めていたらしい。そんな友人である相手が涙を流していたという事で、翌日も会う約束をした場所へと直々に赴いたと。


「それで問答無用に蹴り飛ばすって、随分出来た挨拶する友人だなおい。」


 蹴られた箇所である腹の上部分を押さえ、あいつが友人と慕う人間を睨みつけた。事情を知り申し訳なさそうに言ってはいるが、顔が申し訳なさそうにしている様に見えず、腹を立てつつ話を聞いた。


「いやぁすまんな!あの子って普段は我慢強い子で、そんな子が泣いてるってなったら居ても立ってもいられなくなってな!

 あっ名乗り遅れたが、カナイと言う。宜しくな!」


 溌剌はつらつと挨拶をしてきたそいつ、カナイはさっきまでの敵意やら怒りを無かったかの様に振る舞いをしてきた。情緒不安定か?

 しかし、内向的だと思っていたあいつにこういった友人がいたとは驚いた。いたのは良いが、突然勘違いしてヒトをぶっ飛ばす様なヒトと仲良くなるのは如何なものか疑問だ。

 俺が怪訝な目をして見ていた事に気付いたのか、あいつは必死になって弁明していた。あくまで自分の為だとか、ちょっと突発的な行動が見られるが、悪気は無いとか言う。それはそれで厄介だと思うが、今回は許す事にした。

 その後、今度は自分らがどういう関係で会っているのかとカナイから聞かれた。それは気になるか。

 その話はあいつの方からされた。俺のその間頷いて返事する位しかしなかった。俺から話すよりよく知る奴から説明された方が良いだろうな。

 聞いたカナイと言う奴は、徐々に口角を上げてこちらをニヤついた目で見て来た。いきなり何だ。やっぱり情緒不安定化か。


「そうかそうかぁ。あの人見知りなアルがヒトに教えを乞うどころか、必死になって弁明して庇ったりすると思ったが随分そちらも仲良くしているではないか?」


 会った時には逆に楽しげに俺とあいつが一緒に訓練していた事をさもおうでもしているかの様に言って楽しげだ。またとんだ勘違いをしてきた。今度は弁明も通じそうにない。面倒くさい人物と出会ってしまった。

 山吹茶色の人間はそれからも首を縦に振って頷きつつ俺とあいつが並んで立つ姿を眺めている。変な趣味をした人間で、相手しているだけで疲れる。

 結局この山吹茶色の人間はこのまま俺とあいつの訓練に参加、もとい見学しているとの事。なんでだよ、と思ったら単純に友人が心配だから同行するとの事。それなら別に可笑しな理由ではなくむしろ妥当だ。奇妙な趣味は気にはなるが、昨日から様子が気になるあいつの為にも見学を許す事にした。

 ところで、今日会った時から気になっていた事があるから話す事にする。


「そういえばお前、アルって名前なんだな。」

「あっはい!あっ…私もあなたの名前、まだ聞いてませんでしたね。」


 そうだったかと反応していると、俺とアルとの会話を聞いていた山吹茶色の人間はまた突然眉間にしわを寄せて頭を抱えだした。


「おいおいお前ら、訓練し合う仲だというのに自己紹介も済ませてなかったのか?人見知りはアルだけかと思ったがそうじゃないみたいだなぁ。」


 言われてアルと見合い、妙な静けさが場を包んだ。そんな空気に山吹茶色の人間はまた頭を抱えた。仕方ないから今更ながら自己紹介をする事になった。


「…えっと、アルストロメリア・プランセ・ロワースです。これからも宜しくお願いします。」


 思っていたより長い名前だった訓練相手に、思わず眉をしかめてしまった。これはアルという呼び方が定着しそうだ。

 俺も名前を言い、改めて剣の指南を続ける事を口にした。こうして挨拶を交わしていると、思っていたよりも長い滞在になるな。だが、それも悪くないと思い始めた自分がいるのに気付き、更に驚いた。

 そうしてまたアルと見合い無言の空間が出来、山吹茶色の人間のお節介な溜息が漏れるのが聞こえた。


「いや…だからもう少し何か話せよ、口下手共め。」

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