第9話 昔から怯者

 ただ、私は認めてほしかった。私が産まれて来た事に意味があるんだと。

 私が生きていても良いんだという証が、言葉が欲しかった。

 でも、もうそれも叶わなくってしまった。

 だからせめて貴方だけは、貴方がいるこの世界だけは守りたかった。

 私に言葉をくれたヒト、私の事を見てくれたヒト、私の想いを受け止めてくれたヒト。

 貴方と貴方が生きるこの世界を、私の手で救いたかった。



 故郷を捨て、辿り着いた地で何故か剣の指南をする事になった。そうして過ごす内に、周りに人が集まってきた。

 最初はカナイ。訓練相手であるアルの幼馴染だと言い、お節介な性格か、何かとアルの世話を焼き、俺に対してもあれこれ言って来て煩い奴だ。

 やれもう少し話せだの、今日のアルを見て何を思ったかだの、手をつないだかだのと、途中明らかに妙なお節介が混じっていて居心地悪い気分になる。どこかこいつから噂好きな連中の集まりの空気を感じた。


 それからまた日にちが経ち、アルらが来るのを待っていると誰か別の奴が近づいて来た。どうやら迷子だと言うが、俺が剣を腰に差しているのを見ると、いきなり自分と撃ち合いをしてくれなんて言って来た。

 頭には見覚えのある黒い一対の角を生やしており、髪もぬれいろで着ている服も黒く、少し汚れてはいるものの非常に動きやすそうな服装から、こいつも俺と同様に旅をしていたのが分かる。

 とは言え、見ず知らずのヒトなのは変わらないから、断ろうと思ったがアルが来るのにまだ時間がありそうだから、暇つぶしにと了承した。

 その結果は散々だった。負けた訳ではない。どころかまた勝負がついていない。互いに装備している剣を撃ち合ってかれこれ何時間と過ぎたか。気付けばアル達は既に着ていて俺と謎の人物の撃ち合いを眺めていた。

 俺に向かって何かを聞いて来るが、今意識をそちらに向けている場合ではない。少しでも集中を切らすと隙を突かれたやられる。

 視界に端にカナイもいるのが分かる。俺らの様子を見て呆れているのが分かる。奴はそういう奴だと知った。

 結局撃ち合いは終わらず、カナイが仲裁に入って強制的に終わらせられた。正直助かった。戦うのは好きだし楽しいが、相手が全く倒れないし疲れる気配が無くて、こっちが別の意味で倒れる所だった。

 そして話を聞くと、剣の撃ち合いを言って来た人物はセヴァティアと名乗った。これはまた長い名前の奴だ。そう考えているのが感づかれたのか、相手の方からセティーと呼んで良い!と元気良く言い放たれた。何か調子の狂う奴が来た。

 それからどういう訳か、セティーまで訓練をする場所に訪れる様になった。なんでも俺の実力を認めたが故に、これからは俺の目標に自身も訓練をしたいのだと言う。セティーも強くなる為に旅に出たと言っていたが、俺と同じ様で違うのは明らかだ。そもそも当人の性格や雰囲気がそうだった。

 セティーは現状を常に楽しみ、他者との交流も率先してやっている所など、俺では想像出来ない。

 そういう人物故に俺に目を着けるのは良いが、こっちの訓練の邪魔はしないでほしい。俺とアルが撃ち合い、その後休憩に入った直後に次は自分と即座に俺との撃ち合いを始めようとするし実際本当にやらされる。戦い好きでも限度があるわ馬鹿者。


 そんなお騒がせな人物が訓練に加入したかと思うと、またヒトが増えた。今度はカナイの奴が連れて来た。なんでも暇そうにしている所を無理矢理引っ張って連れて来たとか。なんともそいつにとって迷惑な話だ。

 と言っても、どうやら以前から知り合っていたらしい二人、再会したら様子が変わった相手の事が気になり、心配してこうしてヒトが今多く集まっているであろうこの場所まで連れて来たと。

 いや、何故ヒトが集まる場所に連れて来るんだ。これはあれか?自分だけじゃどうしようもないから他の奴にも頼ったって事なのか?他力本願って事か。

 そして問題となるその人物。人間にしては明るい髪の色をしていた。柿色の短い癖毛で目の色も飴色と目立つ色をしていた。人間の髪色と言えば黒や赤、茶髪位しか見ないが、偶にこうして派手な髪色を持つ者を見かける。

 見た目も気になる容姿をしているが、さっきから何も喋らないのも気になる。そりゃあいきなり知らない奴らが集まる場所に連れて来られれば驚いて口も閉じるだろうが、結構時間が経ったはずだ。

 見ると、目線もこちらに向ける事無くずっとそっぽを向いて気だるそうにしていた。気持ちは分かるが初対面の相手に何も言ってこないし、かと言ってその場を立ち去る素振りも見せない。変な奴だ。


「おいおいクロッカス!折角会ったんだから挨拶くらいしろよ、無愛想だな。」


 カナイが見かねて話し掛けるが、そもそもこの場に引き摺って連れて来た張本人が言えたことではない。だが相手も観念したかの様に溜息を吐きつつ頭を掻き、やっとこちらに目線を向けた。


「…クロッカス・アリストだ。」


 自己紹介を一言で済ました。これもよく分かる。見ず知らずの他人に自分の情報をあまりひけらかす気になれないんだろう。こうして名乗って他に言う事も無いからときびすを返そうとすると、何かに肩を掴まれた。


「お前、何が得意だ!」


 その何かはセティーだった。掴まれた肩から手を離そうとするが、全く動かせない。セティーは見た目細いのに、やたら力強く一度捕まれたらなかなか離さない奴だ。それを今クロッカスという奴は身を持って体験していた。


「まっ…魔法を、使うが。」


 セティーの勢いに気圧されて、つい口から自分の事を漏らしてしまう。本当は言うつもりがなかったのだろう。自分が口にした事に本人が驚いていた。


「成る程、魔法か!接近戦でないのは残念だがしかし、魔法を使う奴とは戦った事が無いな!よしっ折角だから一戦交えようさぁ来い!」


 そんなクロッカス相手に容赦無く話し掛け、そのまま戦いに持っていこうとしていた。いや、既に戦う姿勢になっていてどう見てもクロッカスを逃がさないという決意が溢れ出ていた。これはご愁傷様だ。あぁなってはもうセティーはクロッカスに勝つか負けるかするまで離す気は無いだろう。

 こうして、この場に新たな参加者もとい犠牲者が増えた。


 そしてこの訓練の場である森には、次から次へとヒトが増えていった。訓練に使う武器の手入れに為に訪れた武器屋にいた山小人だったり、人魚と出会ったのは驚いたが、その人魚の性格を知って拍子抜けしたりと感情の振れ幅が乱れる様なそんな出会いが続き、少々気疲れしてきた。

 そもそも、何故これ程までにヒトが増える事態になったのか。最初こそ一人で旅をして、ある程度の資金が手に入れば今いるまちからも離れるつもりだった。

 それが今では大所帯となり、賑やかどころの騒ぎではなくなった。最早一人になる時間すらなくなり、何かと近くに人がいる状態になっている。

 それもこれも、アルと出会ってから変わった。

 アルと出会って、何気なく受けた剣の指南を続けていく内に引き寄せられるようにヒトが来る様なった気がする。これがアル自身に秘められた何かだろうか。

 どこかで聞いた、ヒトを引き付ける魅力を持つ者がいるという話。ある種の才能だろうか。

 アル自身はどこか自信もなく過小評価している様に思えた。以前剣の才能があると褒めたつもりだったが、それに喜ばなかったどころか落ち込んだ経緯がある。一体何がアルをそこまで陥れているのか。

 カナイに聞いたが、カナイもその事には感づいてはいたが本人があまり話したがらないから、その話題には触れないでいるのだとか。本当にそれは本人の為になるのか?

 確かに物事のは触れないで良い事もあるだろうが、それが嫌な事であれば、自分の中でそれを溜め込むのは果たして解決に近づけるのだろうか。

 こんな風に考えている自分に驚いた。結局は今考えている事だってアル自身の問題だ。俺には関係無いし無視したって構わないはず。

 だが、一度考えたら居ても立ってもいられなくなった。


「アル、そういやお前の家って何してんだ?」


 他の奴他の事に気を取られ、実質二人きりとなった今の状態、何となくそこも気になっていたからそこから切り込んだ。津次の手入れに気を取られていたから、突然の俺の質問に驚きつつも、聞かれた質問を理解し、顔を俯かせた。やはりあまり触れられたくない話題という事はカナイの時から変わっていないらしい。


「…言いたくねぇなら言わなくても」


 言い終えて話を終えるつもりだったが、それをアルが止めた。どういう変化かは知らないが話す気があるらしい。


「…うち、結構裕福なんだよね。って服装とか見ればわかるか!…まぁその、だからかな。裕福な家庭だからか、あまり家族仲が良くないんだよね。偏見かもしれないけど、うちはそうなんだ。

 ううん、本当か私だけかもしれない。私だけが、家族から無い者扱いされてるのかもしれない。」


 言葉尻が弱くなっていき、話す内にアルが気落ちしていくのが分かる。


「キョウダイも多くてさ。他のヒトは何かある度に褒められてるのを見るけど、私だけ、何もないの。私自身頑張ってるつもりなの。勉強して、魔法の練習もして、両親に自分の事を話したりもしてきた。

 …でも駄目だった。両親が私に対して気にしているのは、いつも髪の色。そして、魔法の強さだった。」


 アルが剣だけでなく、魔法の訓練を行っているのは初耳だった。そういえば、クロッカスが来てからよく話をしている姿が見られた。多分クロッカスに魔法に関して色々と質問したりしていたのだろう。

 俺も魔法は齧った程度の知識しかないが、それでも何も知らない訳ではない。そう思うと、何故か胸の辺りが重く感じた。


「私の髪、家族の中で異質なんだって。親も他のキョウダイも皆綺麗な黄色なのに、私だけ赤毛で、それも他のヒトと違う赤色で、それが…見てて気持ちの良いものじゃないって。

 それにうち、魔法の力を重視している家系で、だから魔法の力が弱い私は、もしかしたら違う家系の血が混じってるんじゃないかって言われてて。」


 確かに聞いてて気持ちの良い話ではない。これは結局の所アルは家庭の中で自分の居場所が無いのだ。魔法の力も弱く家族の誰にも似つかない髪の色。それが原因で両親からも恐らく他のキョウダイからも居ない者扱いを受けて来たのだろう。

 それは自己評価が低くなる訳だ。俺にとっては居ない者扱いされるのは有り難い。しかし、アルにとっては死活問題となる。血の繋がる家族から必要とされず、努力をすれど見向きもされない。そんな環境では、自己肯定が出来る訳が無い。

 だからこそ、こうして外に出て人知れず訓練を続けている。多分どこかで姿を見せずにいれば家族の誰かが心配して探しに来ると期待して、だと俺は考えた。しかし、結局期待した結果には至っていない訳だが。

 しかし、それなら何故剣の訓練なのだろうか。魔法の力が弱くて見放されているのなら、ここでも魔法の訓練をすれば良い。現に魔法を得意だというクロッカスにも話をしている訳だし。


「…もしかしたら、他の事を極めれば、何か言ってくれるかなって…思って。」


 俺の疑問にアルが直ぐに答えた。成る程、趣向を変えて何か変化が無いか試した訳だ。しかし、その結果もかんばしくなくなかったと言う。


「やっぱり…剣術の話をしても、何も言って来なかった。魔法の訓練をしろ。とか家は代々魔法を使うのだから魔法を使え、とかも無くただ黙って、こっちを見ないで離れて行っちゃった。何も変わらなかった。」


 結局、変化を求めてすがった剣術でさえ家族の関心を得られなかった。きっと俺が出会う前に剣術以外の事を色々と試してきたのだろう。そのどれもが結果を得られず、唯一使えるヒトが近くにいなく会得していなかった剣術に目を付けたという事だったんだろうな。


「駄目だった…駄目だったけど、もう大丈夫だよ。今、剣術を教えてもらうの、楽しいし。それに…あなたといるの、すごく楽しいし、嬉しいから!」


 力を振り絞るかの様に、俺に向かって気持ちを吐き出した。その表情には、あの時涙を流した憂いを感じない。ほんのりと頬を赤らめ、瞳が潤んでいる様に見えた。

 俺自身、そんな表情を見てどこか嬉しいと言う気持ちが湧き出る。何故だが、アルの嬉しいという感情に共感出来た。

 ふと、視線を感じそちらを見た。見た先にはカナイやクロッカス、セティーらがいた。しかも皆こちらを見て楽しげにニヤついている。いつのか気味の悪いカナイの表情を彷彿とさせて腹が立って来た。

 その感情を吐き出すかの様に俺は見て来た奴らを怒鳴りつけ追い払った。追い払った奴らはそれでも楽しげに騒ぎ立て、まだ怒りは収まらなかったが、その横でそんな光景を見てアルが笑っていた。

 アルのその表情には不思議と怒りが湧かなかったし、見ていてまた嬉しくもなった。


 周りに人が増えて困る事が多くなった分、これでも良いと思える事も増えた。むず痒い気持ちになりつつも満ち足りた気持ちにもなる自分も悪くない。そう思えて来た。


     2


 俺の周りの環境は落ち着いて見えるが、世界が平和とは言えない状況なのは変わらない。戦争は未だに続き、それどころか激化しつつあるとか、風の噂で聞く。

 多くのまちが戦火に巻き込まれ、家を失い土地を追われ、移住地を探すも力尽き果てる者も多いと聞いた。どこでは数種の種族が全滅したとも言われている。そうなっても可笑しくないのが今のこの世界の状況だ。

 今俺がいるまちは、戦場からは遠く離れた場所に在り被害は出ていない様に見えるが、店の品揃え、ヒトの少なさ、それらを見れば影響は少なからず受けているのが分かる。

 いつだったか、アルが戦いが好きなら戦争には参加しないのか?と聞かれた。俺は戦争には参加しないと即答してやった。それは何故かと再び質問を受けた。俺は戦争に参加しない理由を述べた。


「俺が戦いが好きなのは、勝利して自分の手で何かを成し遂げたと実感出来るからだ。戦争はしたところで成し遂げた実感は得られないし、むしろ失うものの方が多いし、意味が無い。」


 欲しいものを得られない。それが戦争に参加しない理由だとアルに言った。アルはそっか、とだけ言って納得した様子だった。

 直ぐ後に、後ヒトから命令されて戦うのは御免だから。とも言った。一番の理由は後者だな。アルもそこを理解し、あなたらしいねと苦笑いして言った。


 俺の周りはどちらかと言えば楽しげな毎日が続いた。戦争に関わらなければ何も変化しない。まちが大変なになっても離れればどうという事は無いと思っていた。

 そうはいかない人物がいた。アルだ。アルの家族は戦争を支援に、家族の中には戦争に参加している者もいるという。つまり戦争の結果によって多大な損害を被る事になる。

 アルの心境もただでは済まない。俺は違うがアルは家族を想っている。似た境遇である俺ら二人の決定的な違いがそこだ。家族からほとんど見放されている状態だというのに、アルは諦めていない。いつか自分の事も見てくれると信じて疑っていない。

 俺はもう家族にも故郷にも関心も何も無いと思っている。しかし、アルの事は呆れてもいないしむしろ羨ましいという感情に似たものを感じている。それが何かは分からない。

 だが結果として、俺はアルが報われて欲しいと思っている。アルは剣の指南中もけがを負いつつも泣く事も無く立ち上がり俺に訓練の続行を申し出て来る。

 内気だが努力家で諦めないその姿勢に、俺は励まされる気持ちにさえなった。そんなアルが家族から何も関心されていない事に、怒りさえ覚えた。なんでアルの事を褒めない。何も言ってやらない。一体家族は何を見ているんだ、と。

 だが、結局俺はアルとは他人同士だ。俺が何かしてやったって、根本的な所は解決しない。全てはアル次第だ。


 そんなある日、アルが訓練場所に来なくなった。時間になっても姿を見せない。カナイもその事に動揺し探しに行ったと言う。しかし、以前聞いたアルの住居に赴いたが、居る気配が無かったと言う。

 どこに行ったのかと他の奴も心配している様子だ。最初こそ無愛想だったクロッカスもすっかり丸くなったのか、表情や雰囲気も明るくなり本気でアルの事を心配して探していた。

 俺は分かった。その事を何となく他の奴には言わないでおいた。そして他に奴に気付かれぬ様にその場を離れ、森の奥へと進んだ。

 今まで訓練していた場所は、最初アルと会った場所からは離れた開けた場所で、実際アルの会った場所に行く事は他の奴が来る様になってからは最近行っていなかった。多分今、アルのそっちの方にいる。

 案の定いた。膝を抱え込み座った姿勢は、二度目の邂逅を思い出した。アルはこの場所でこうして隠れる様にして泣きに来ていたのだろう。

 膝を抱えてうつむけで座っているから、顔が見えず表情が分からない。だが、良い表情をしていないのは分かる。音も無く泣いているのだと察して隣に座った。

 何があったか、とは聞かない。ただ黙ってアルの様子を見守った。暫くして俺が居る事に気付いたのか気付いかずにいたのか分からないが、俺の方を見た。

 やはり目は泣いた痕で赤くなっていた。涙は止まっておらず流れ続けている。そんなアルの顔を見て、顔を上げたら何か言うつもりだったのが言葉が詰まった。そもそも何を言うつもりだった。元気を出せと言うのか?それとも他に叱りつけて無理矢理立たせようとするのか。そんな事して、本当に意味があるのか?

 悩んでいると、アルの方が口を開いた。アルの唇は酷く震えていた。


「…父が、戦場で…亡くなったって。キョウダイ…も、沢山…死んで。」


 微かな声で、酷い衝撃を受けたという気持ちをありありと伝わる声色で口から漏れ出る。家族が戦争に亡くなった。それだけならこの戦争続きの世の中では不思議な事では無かったが、アルにとってはそれ以上の事だった。


「父が…亡くなったって報せ、届いて。それを聞いた母が…酷く悲しんで、今朝…部屋で…うっ。」


 嗚咽が酷くなり、アルはまた俯せて声を上げて泣き出した。

 こうしてアルは戦争によって、家族の大半を失った。それも両親というアルが自身を見てほしいと望んだ人物を同時に亡くすという結果となった。


「私…ただ、見て…欲しく…ずっと、頑張って。なのに…結局、何も出来なかった…。全部…なくなっちゃった。」


 これを悲劇と言う言葉で片付けるには軽過ぎた。少なくとも言葉にして表す事もして良いとは思えない。アルの今の心境はきっとアル自身にしか理解出来ない。

 だから俺は何も言わずにいた。そうするしか行動の選択が無かった。ただ思い存分、気持ちのままにアルに感情を吐き出させる以外にしてやれる事が思いつかなかった。

 しかし、現状がそうはさせてくれんかった。

 突如、地面が揺れた。この辺りで地震は少ないから、突然の揺れに俺も動揺した。泣いていたアルも揺れに驚き、阿弥陀も思わず止まって小さく悲鳴を上げ俺にしがみ付いてきた。

 揺れは随分長く続いた。何故この時、地面が揺れたりしたのか分からない。地震に関する知識は持たないが、何か異様な物を感じた。

 すると、アルにも異変が起きた。崖の先、遥か地平線を見て何か怯えている様子を見せた。アルが見ている先を辿って俺も見たが何も見えない。アルだけが変わらず怯えた目をしていた。


「あっ…木、木が…怒ってる。」


 ただそれだけと言うと俺には見えない何を見つめたまま、アルは気絶し倒れてしまった。俺は何が起きたのか理解する事が出来ず、とにかく倒れたアルに呼びかける事にしか出来ずにいた。


 それから何があったのか、人伝ではあるが知る事が出来た。

 今日も続いていた戦争、その戦場で突如異変が起きたのだと言う。相手の陣地へと進軍中に突如揺れが発生し混乱。様子を見ていると見えない何かに軍が攻撃を受けた。

 一体何に攻撃されているのか、見えない為に状況を理解が分からず皆は更に混乱し、現場は混沌と化したと言う。

 結果としてその混乱で多くのヒトが亡くなり、その中にアルの父やキョウダイがいた。一体何が大勢の死者を出したのか、誰にもその姿も攻撃も見る事が出来ず、何も分からないまま休戦となったと言う事だそうだ。

 確かにそんな訳の分からない状況になっては戦争どころではない。最初こそ互いに自分の援軍かと思っていたらしいが、どこもそんな話を聞いていないし、そもそも敵味方全てが攻撃を受けて壊滅状態にされたのだ。もし戦いを続けていたら互いに全滅していただろう。生き残りがいるだけましと言うべきか。

 何も見えない、という言葉に俺は引っ掛かる。何せついさっきまでそういった現象に遭遇し、明らかに見えない何かを見ていた人物がいる。

 先に言うが、アルは冗談を言ったり嘘をつく様な事は今までした事が無い。何よりも家族を亡くしたばかりでそんな事をする場合ではない。

 アルが意識を取り戻したが、未だに顔色は悪く明らかに何かに怯えて震えたいた。本当なら無理して話す事はしたくないが、今は状況が状況だし気になっている。出来得る限り話せる事話してもらう。

 アルは起きはしたが顔を伏せて口をつぐんでしまっていた。それだけ目にしたものに怯えきっているのだろう。しかし時間が経つと少しずつ口を開いてきて意を決したかの様に喋り出した。


「…私が最初に、あの崖際にいたの。あそこから見える景色を見る為に。最初は、見ていてとても落ち着いたの。見守ってもらってる様な気がして、好き…だった。

 でも、最近はそうじゃなかった。なんだか怖くて…怒っている様だった。

 『あれ』は『木』だった。木がだんだん大きくなって…怒って、そしたら、直後に父や皆が戦場で死んだって…報せ来て。あれ…あれが、皆を…うぅ。」


 さすがに限界が来てまたアルを横にして休ませる事にした。そして残った全員で、アルから聞いた話について話し合った。

先に言った通り、アルは冗談や嘘、狂言を言う様な性質たちでは無い。言った事が全てだ。

 しかし、一体『木』とは何なのか。木が怒って、皆を死なせた、と言いたかったのか?見えないものの正体が木だとして、何故それがアルには見えたのか。そして結局のところ『木』が何なのか分からない。

 すると、カナイが何かを思い当り口にした。


「昔話なんだが、大昔この地全てを支えるだけの大きな根を下ろした巨木がどこかにあると。そしてその木は、選ばれたものにしか目に出来ず、特別な結界に守られているのだと。」


 その話は聞いたことがある。とは言えあくまでとぎ話であるから耳にしただけでそれ以上に興味を持たなかった。カナイが話してやっと思い出すくらいだ。しかし、何故かその話が今回のアルの話を無関係とは思えない。それどころか話がそのまま一致している気がした。偶然が出来過ぎている。


「それに、戦争で多くの者を死なせたという謎の攻撃。そいつは当然『地面』から出て来た、とも聞いている。さすがにこれも流石で出来過ぎか?」


 地面から突如として現れた巨大な何か。それが大勢を襲い、死に至らしめた。その巨大な見えないものが『見えない木』の『根』だとしたら、到底ヒトの手に負える相手ではない。


「話通りならその木って、『世界中』に根を張っているって事だよね?」


 誰かが口にした仮定。それは戦場だけではない、他所のまちに今居るこのまちにも戦場で起きた事が起きるかもしれないという恐ろしい予想だった。

 アルは言った。『木は怒っている』と。何に怒っているかはしたないが、怒りが静まらない限り『見えない木』はまたヒトを襲うという事が考えられる。

 戦争に参加していた奴らは、休戦になってからは自分らを襲った奴の正体を探っている最中だろう。だが、少なくともあちらには俺らが持っている情報が無い。あのお伽噺を知っていて、且つ信じない限りは俺らが考える事態には気付かないだろう。

 ならば、分かっている自分らでやるしかない。

 俺らだって正直信じたくはない。しかし、もし合っていて考えた事が起きでもしたら、それこそ目覚めが悪い。だからこそ、出来得る限りの事をやるしかない。


 それから俺らは、独自に動いて『見えない敵』を探った。古い資料を漁ったり、戦場近くまで自分の足で赴き調査をしたり、世間からはぐれてしまった俺らでも、だからこそ出来る事をし尽くした。

 結果として、最悪な情報が集まった。戦場に現れたのは確かに見えない巨大な木の根である事。その木の根が戦場だけでなく、ヒトが多く住むまちにも現れる可能性がある事。たったそれだけの事だが、知ってしまうともう平常ではいられなかった。


「こういう時、頭が良い自分に生まれた事を後悔してしまうよ。」


 すっかり丸くなり、最初の無愛想はどこへやら。資料あさりを担当していたクロッカスが自身の出生を憐れみつつ集まった資料を基に考えられる事を粗方調べた。

 古い資料と言っても、そのほとんどが童話や寓話といった伝説として扱われている、要は傍から見れば作り話同然のものばかりだった。しかし、今回の件でその見つかったほとんどの伝説が確証あのものとなった。

 セヴァティアの行動力にカナイの情報収集、クロッカスの知識など得意な事を上手く使って出来た仮説は、ほぼ実現してしまうであろう話になった。

 しかし知っただけで、後はどうするかなど分かりはしない。出来るのは何が起こるかを知れた事だけ。それらを事前に防いだり解決する方法までは解明出来なかった。


「せめて、そのアルが言う『木』に俺達が見れたり、そもそも近づければ良いんだけど。」


 クロッカスは言うが、無理な話だ。何せ唯一問題の『木』を視認出来る人物がどうして見えるのか分かっていないからだ。生まれ持ったものなのか、後天的なものなのか、気付けば遠目で木を肉眼で見る事が出来たと言う。せめて後天的な者であれば、俺らにも見える様に出来るかもしれないが、それも難しい。何よりもあまり時間が無い。


「…また揺れたな。」


 いつかの戦場での異変の時起きたと同じく、揺れが最近多くなった。想像したくないが、例の木の根が地中は這って生じた揺れなのだろう。もし揺れが大きくなれば、それは近くかあるいはすぐ傍から根が出た暴れ出すという事だ。


「アル。その木って遠い場所にあるの?」


 あれから意識を取り戻し、俺らの調査に自ら加わったアルは、聞かれた事に思考して答えた。


「遠く、なのかな。なんだか以前から距離が近づいてる気がするんだよね。…一歩歩み寄ると直ぐ傍に立っている様な感覚がして、もしかしたらあの崖からあの木に一気に近寄れそうな気がする」


 どうも要領を得ない感じに聞こえるが、アルの話からカナイが何かを察して答えを出した。


「もしかして、その木には物理的な距離とか関係無いんじゃないのか?元々どこにあるか分からないのに見えるって言うし、そもそも最後に木が立ってたって言ってた場所、調べたらそこ島も何も無い海の上だったんだよね。」


 木どころか何かが立っているはずの無い場所に木が立って見える。確かに可笑しな話だ。カナイの仮説が合っているなら、木はアルが見てる場所には実際には立っていない。そもそも言う通り距離も関係無く、木の近くに行こうと思えば行ける可能性があるという事だ。


「だが、その木って奴は特殊な結界の中にあるんだろう?それなら近づくなんて出来ないんじゃ」

「だから、もしかしたらアルなら行けるんじゃないか?」


 言われたアルだけじゃなく、他の奴の目を見開きカナイとアルを交互に見た。アル自身も自分を名指しされそう反応すれば良いか迷っていた。


「もしもね、アルがその木に近づけたら、直接その木を止める…って出来るんじゃないだろうか。もちろん、木自体に意思があるか分からないが、もし出来たら」

「おい。」


 話しているカナイを止めたのは俺だ。熱心になって話すカナイは呼び止められ、我に返る俺を見た。多分この時、俺はカナイを睨みつけていたと思う。場の空気が凍り付いた様だったからだ。


「もしも、とか。出来たら、とか。お前がやるならまだしも、それ全部アルがやる事前提だってなら、この話は無しだ。」


 言ってから、この場に留まるのが居心地悪い気がして、速足でその場を離れた。

 何故だが、すごく嫌な感じがした。アルなら木をどうにか出来る?あれだけ大勢の命を一瞬にして奪うだけの力をもった巨大な存在。それをたった一人の人間にどうにか出来ると言うのか?出来たとして、それは一体どういう方法だ?

 考えたくない。その先を予想するのが不安で嫌になる。

 何よりもカナイの話を聞いたアルのあの目。とても自分には無理だと、何時もの様に過小評価している様なアルの目には見えなかった。

 それに何故アルだけにしか見えない。本当にアルには木が見えているのか?信じられない訳ではない。だが、信じる分だけアルの存在が透明になっていく様に感じる。

 他の奴はアルを信用していると言っても、やはり見えないものを信じるのは難しく、半信半疑なのは確かだろう。本当に木の根が大勢を襲うなんて話も、実はデマでした、というオチで終わると思いたい。でも思えなかった。


 それから数日後大きな揺れが起き、アルが姿を消すのと同時に俺は森へと向かった。


     3


 結果として、木の存在は確かなものだと確信した。

 どこかでまた巨大な何かに襲われ、ヒトが大勢亡くなったと聞いた。ある者は何かに押し潰されてある者は何かに体を吹き飛ばされて地の落ちて。その光景は何とも悲惨だっただろう。

 中には何かに操られる様にして、近くにいつヒト同時で殺し合う、なんて惨い事件が起きた。

 そんな場面には出くわしたくないし、そんな目にも遭いたくない。自分の命が結局は大事だから。だから大勢が安全な血を求めて逃げ惑っている。本当に安全な地があるかなど分かりはしないのに。


 森の奥、そこで俺はアルと出会い多くの時間を過ごした。集まるヒトが増えてからは最初の場所に行く事は無くなったが、今久しぶりにその場所に来ていた。

 そこは高い位置、崖際で眼前に森や山が遠目に見える景色にはずだった。今では陰際の光景は無くなり、代わりに開けた広場の様な草原が広がり、見た事無い白い花が咲いていた。

 そして更にその奥、何かが光って見えた。よく目を凝らすと木の陰の様な物が見えた。だが見えるだけで本当に木があるのかは近づいて見なければ分からない。

 白い花が咲き乱れる広場、その中央にアルが立っていた。俺の事を待っていたのだろう、俺の姿を見とめる柔らかく、小さく笑った。見た事無い静かな笑みだった。


「見て、すごいね。本当にあの木がこんなに近くにある。このまま進めばあの木の傍まで行ける。木に大きな穴が開いて見えるから、もしかしたら木の中にまで進めるかもしれない。」


 嬉しそうに光っている方を指してアルははしゃぐようにして言う。俺には影に見えているが、アルには完全な気の姿が見えているらしい。それも穴が開いているという。


「敵討ちか?」


 俺が言うと、アルは困った様に眉をひそめた。


「…そう思うよね。私もね、最初は自分の手でそう出来たらって思ったよ。でも、時間が経つにつれてそういう気持ちが薄れていったの。薄情かなぁ。」


 言うアルの表情は困った様に眉を顰めたまま笑っていた。どうやら家族を失った悲しみは薄れているらしい。しかしそれは可笑しなことでも薄情な感情でもない。

 どんなに深い悲しみに暮れたとしても、時間が経てば自然と心に整理がついて悲しむ気持ちも落ち着いていくものだ。それがアルであっても他と変わらない。

 そしてアルが言うに、今ここにいるのは敵討ちではないという事だ。なら何故来たんだ。


「何故って、だってこのままじゃ皆危ないんでしょう?なら、なんとか出来る私が行くしかないじゃないか?」


 あぁそうだ。きっとこの先に進めるのはアルだけだ。現に俺はこの場に立っているだけで肌にじりじりする痛みを感じている。恐らくあの光る方向に進めば、もっと痛みを感じるか何かして進む事が出来なくなる。そう直感した。

 アルをこのまま行かせたら、もう追いかける事も二度と会う事も無くなる。そんな予感が頭をよぎる。


「行けるのは確かにアルだけだが、行って何をする?クロッカスの奴が言ってたろ。あれだけの力を持った存在に何かを施せば反動もでかくなる。下手をすればお前が死ぬかもしれないんだぞ?」


 これはあくまで仮説だ。だがありえない事とは言えない。力の強いものに近づく、触れるだけで影響を受けるのは当然の事。それが破壊行為となればしっぺ返しが来るかもしれない。

 それに、アルの言う木に接触するのは最終手段だと決めたはずだ。アルもそれに同意していた。だがアルは来た。嘘をついてまでここに来るという事は、皆に言えば確実にとめられるとアルにも分かって来たという事だ。


「…もう良いんじゃないか?こんな世の中。」

「えっ。」


 気でも抜けた様な返事を返されたが、俺は気にせず話し続けた。


「他所の連中は戦争を続けて、それがなくてもまちの至る所で貧困で彷徨う奴らが溢れてる。

 俺らだってそうだ。実の親にさえ見放されて生きて来た。それも俺らだけじゃない。そんな奴らがそこかしこにいる。

 なんで助ける必要がある?嫌な事ばかり続けて、最後には自滅して荒れた土地だけ残して、迷惑極まりないだけだ。いっそ放って置いたって良いだろ。」


 今まで考えた事を全てぶちまけた。本当に生きて来て嫌な物ばかり目にしてきた。余所者だからとヒトをいぶかしんだり、血が繋がっているだけで他に何もしれやらない家族。そして戦争ばかりの昨今。

 もしそれらが原因で異変が起きたというなら、それこそ自業自得だ。俺らが関係無い奴に対して助けてやる義理は無い。しかもそれをアルがやるなんて、一番あってはならない。


「…うん、本当に嫌な事ばかりだったね。私も一人の時はいつもこの場所で隠れて泣いて、誰もいないし誰も来ない。そんな日々が続くのが辛かった。

 …それでもね、シオン。私、生きて来たんだよ?心が痛むばかりだったけど、それでもこうして生きて、そしたら皆に会えたんだよ?

 きっと皆そうだった。生きて行く中でも、辛い事だらけでも良い事があったから、生きて私達は出会えたんだよ。だから私ね、皆に会えたこの世界が無くなってほしくない。」


 泣きながら、鼻声になりながらアルは言った。それは間違いなく、建前なんて含まれないアルの本心だ。なんとも胸焼けしそうな程甘い考えだ。でも、アルの言葉だからこそ、嫌悪感も何も悪く感じない、綺麗な音だった。

 それでも、俺はアルのやる事を考え、その背を押す事はしない。腰に差していた剣を鞘から抜いた。アルもそれを見て、同じように持っていた訓練にいつも使っていた剣を鞘から抜いた。

 何度も言葉を交わし、それでも話が通らなかった時のたった一つの手段だ。お互いそうしてきた。だから今回もそうだ。


 剣の指南、そう言うが正直俺から指南する事はほとんど無かった。一度教えればアルはどんどんと吸収していき、直ぐに自分の力へと変えていった。正にいつか訓練中にも言った才能なのだろう。それに気付かない身内はどいつも目が節穴だったんだろうな。

 いや、もしかしたらアルのその力を恐れていたのかもしれない。

 訓練を続けていく内に、徐々に片鱗が確実のものへと成っていった。力こそ弱いがアルとの剣戟で俺が押された事は一度や二度ではない。一度咄嗟の判断で懐に忍ばせていた短剣を握ってしまったのは悔しい思い出だ。

 とにかく、アルの剣術の腕は確かだ。戦い慣れた俺と対等に渡り合えると言って良い。しかし、本人はそれを自信に繋げるどころか自分の卑下してばかりだった。その理由を知ったのはあの時、初めてアルの家族の話をした時だ。

 あまりの自己を否定してばかりだっただけに、自分の実力を自分自身が認めて来なかった。その為にその実力を発揮する日は終ぞ無かった。そう思っていたが、その日がこの時披露されるとは思っていなかった。

 撃ち合う音が随分長く続いた。俺が強さを重視した攻撃態勢なら、アルは速さに特化した戦い方をする。俺の振るった剣があたったかと思えばそこにおらず、いつの間にか横か背後に回っている。

 しかし、速くともアルは相変わらず体力が無いから、直ぐに息を切らす筈。だから俺は粘った。アルの剣が掠りはしたが中ってはいない。

 そうして決着がなかなかつかぬまま、互いに息を切らしてきた頃、アルは意を決したかのように頷くと一気に距離を詰め、剣を大きく振るって来た。俺は直ぐに自分の剣で受け止め、そのままつばり合いになった。

 金属がこすり合う音だけが響き、二人睨み合った状態が続いた。俺は直ぐに離れた瞬間、一瞬の隙を突いて攻撃しようと考えたが、その前に動きを見せたのはアルの方だった。正確にはアルの剣を持った手とは逆の手だ。

 今剣術で戦ってはいるが、俺はそこでアルは魔法の手解きをクロッカスから受けていた事を思い出す。今の今まで忘れていた自分を恨みつつ、俺はアルが自身の手の平に仕込んだ魔法陣を発動した。

 瞬間、俺は受け身も取らずに倒れた。叩きつけられたようにして顔を地面にぶつけ、動こうとくも動けない。これは拘束か麻痺の魔法だと身を持って察した。

 決着が着いた。それもアルの事実上の勝利だ。俺は当然納得がいかずずっと藻掻いている。でも動けない。


「この魔法、しばらく体が麻痺して立てないだろうけど、時間が経てば直ぐに効果が消えるって。だから体そのものには害が無いはずだから安心して。」


 アル直々の説明を聞いても、俺はまだ藻掻いていた。可能性が無くても動きたかった。動かねばいけなかった。


「…この奥に、大きな力の源があるはず。だから、そこを叩けば異変も治まると思うの。大丈夫。終わったら直ぐに戻って来るから。きっと…多分平気…だよ?」


 かろうじて動いた首を思い切り動かして見上げた先に、アルの姿を捉えた。かろうじて見えた表情は、視界が霞んで見えなかったが、笑っている様なそうでない表情に見えた。


「反動は…うん、あると思う。でも、もう時間が無いから、行くね?」


 踵を返し、アルは光の方へと足を進めた。れつも回らず、何か言いたいのに言葉にならない。変な呻き声しか出せず、アルに何も言えない。

 行くな、待て、そんな言葉で止まるはずがないと分かっていても言いたいと願った。しかし、結局俺はアイツの名前さえ呟くことも出来ずにただ見ていた。


「…ごめんね、シオン。バイバイ。」


 最後に聞こえた声は、いつか聞いた鳴き声そのままで、こっちまで泣きたくなった。


 そして少し経ち、辺りが光に包まれた。そしてその光は、望んだものとは違うのだと後になって知り、ただただ叫び声を上げた。


 アルが光の奥、木の下へと赴いてから暫くしてカナイが走って来た。


「あっシオン!アルはどこに!?」


 分かり切った事を聞いてきたカナイに腹を立てつつ、俺は正直に起きた事、アルがどこに行ったかを話した。

 カナイは茫然とした後、膝をついて泣き出した。魔法の効果が切れ、ようやく立ち上がれた俺は、そんなカナイを見下ろしながら聞いた。


「なぁカナイ。…なんであの時、木の話をしたんだ?」

「えっ。」


 突然の俺からの質問に、カナイは反応が遅れて何を聞かれたか理解出来ないと言いたげな表情をしたが、気にせず再度聞いた。


「あの時、アルが気に近づく事が出来ればって言い出したの、お前だよな。なんでわざわざそんな話を皆が集まった中で聞いてきた。

「そ…れは、可能性があれば…と。」

「結果、アルがその話を聞いて『木が見れる自分なら木に近づける』可能性に気付いたんだよね。」


 小さいが確実に大きな感情を孕んだ台詞をカナイに向けてぶつけていく。カナイは俺の台詞の真意に気付き、言葉がしどろもどろとなっていき冷や汗をかく。


「私は!…アルがまさか、本当に実行するとは」

「思っていなかった?幼馴染のお前が、アルの行動原理を考えず?お前、アルが家族の事で悩んでいる事、聞いていなくても薄々気付いていたんだろう?勘が良いんだからな!それで、家族を亡くしたばかりのあいつの前でそんな話をすれば、あいつがどう考えるか想像出来なかったって言うのか?」


 もう小さくない声を張り上げてカナイに問い詰めた。


「お前は、アルに行動を起こさせようと『わざと』話を振ったんだろう?そしたら結果こうなった!アルは行動したよ!お前が『言った通り』にな!」


 カナイは何も言わず、何も言えなくなりうつむいた。そんなカナイに対して俺は言う事を止めなかった。


「幼馴染と言っておきながら、その幼馴染相手に犠牲になる様に頼むとはとんだ信頼関係だな!…もうお前にも、他の奴とも会わないから、早く皆の所へ行け。もうこの森には来るな。」


 カナイに言い放ち、俺は背を向けた。その背後、カナイがどんな表情をしてどんな思いでいるかなど、どうでも良かった。見送る事をせず、ただカナイが俺から離れる音を耳にしながら遠くを見た。


 とんだ八つ当たりだった。それにこの森だって、別に俺の所有地という訳でもないのに、偉そうな事を言った。でももう本当にどうでも良い。


 あいつが、アルがいなくなったから、もう他の事などどうでも良い。

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