終話 俺から君へ

-家族を失った事で、赤毛の人間は仇を討つため、マモノを生み出すマオウと戦う事を決意します。

 仲間の知恵と、トモであるカナオニの助力を借り、遂に人間はマオウの下へと辿り着きます。

 そして、自らの全力を持ってマオウを討ち、そしてマオウを倒したのです。

 だがその果てに、赤毛の人間は命を失いました。

 こうしてマオウを倒した赤毛の人間は『ユウシャ』と讃えられ、多くにヒトに感謝されました。

 そして平和になった世界、皆幸せに、永く暮らしたのでした。-


 まだ終わってない。だから終わらせる。



 アルがいなくなり、カナイや他の奴と会わなくなって大分時間が経った。

 俺はあれから森へと通い、崖際のいつもの場所でただ見える景色を眺めるだけの日々を過ごした。

 戦争もいつの間にか終結し、どこかで永続的に停戦するという決まり事が出来たという話が聞こえた。それから各地で謎の集団が各種族の長と話し合い、永続的停戦についての話し合いをする為に集まりを開いたりしたとか。

 その話の中に出て来た謎の集団が、なんとなく誰なのか分かった。でも、分かっただけで他に何もしなかった。

 戦争が終わってからのまちの様子など、気に掛ける気にもならなかった。気にしたところでどうしうようもないから。

 腹が減っているのは、のどが渇いているのかさえ分からない。もうこのまま息絶えても良いと思った。

 今日もまた森へと入った。すると入った時の感じが今までと違った。いや、この感じは以前にも感じた事があるはず。確か、アルが姿を消し、森のあの場所から木へと赴いて行ったあの日。

 それを理解した瞬間俺は走り出していた。向かうのはあの場所。アルと初めて会い、過ごし、そして別れた場所に。


 そこにはあの時、アルが木へと近づける状態となった時と同じ、光と木の陰が差す広場に変わっていた。俺は気には近づけない。故にこの場所に来ても木に近づくどころかこの広場が出現しない。そのはずだったのに、今この場所は崖際から足場がしっかりした広場になっている。

 これはどういう事か。見ていたが分からない。ただ、この場所に近づくに連れて頭から声らしき音が響いて聞こえた。


 …きて…どうか、きて…おねがい。


 誰かが誰かを呼ぶ声に聞き取れた。一体何故聞こえて来た分からない。だが、この広場に足を踏み入れると違和感を覚えた。以前来た時はこの広場に来れても奥には進めなかった。肌に痛みを感じ、奥に近づくにつれて痛みは増し、決して奥には進めなかった。なのに、今その痛みが全く感じなかった。

 奥に進める?何故?何もかも分からないままだ。しかし、確信があった。この場所に近づく時に聞こえた声らしき音。それが聞き覚えあるものだった。

 アルの声か?もう聞こえないし、聞き取りづらかったがそう思えた。ただ動くまま、感じるままに足を動かし先へと進んだ。他に何もする気が起きなかったが、今とにかく進みたかった。


 そこはまるで森の奥深い場所の様だ。太い枝か蔓草が密集し合い、壁というよりも檻の鉄格子に見えて圧迫感を感じる。色も自然にあるものとは思えない毒々しい青色で不気味に感じた。今足を踏みしめているのも地面なのか床なのか触ってみても分からない。

 こんな場所を歩いた先に、アルが見えたという木があるのか?それとも、もう俺はその木の中にでもいるのだろうか。分からない。

 奥へと進むと、ようやく開けた場所に出たがそれでも不気味な木の枝か蔓草は変わらず見える。だが、その場所はどこか最初にこの場所へ行く前に見た広場の様に感じた。

 広場一帯に金色に輝く葉が覆い茂り、奥に何か巨大な物が光っているのも見えた。だが、それよりも目についたものが広場の先に居た。


「アル!」


 目にした瞬間大声で名前を呼んだ。駆け寄り再び呼びかけた。確かにアルだったが、近寄り声を掛けてもこちらを見るどころか全く反応が無い。脱力した様に膝をついてうつむいている。

 何があったのか聞こうと俯いた顔を覗き込んだ瞬間、やっと反応があった。虚ろになった目をこちらに向けて口をぱくぱくする。何かを喋っているらしいが声が小さい為によく聞こえない。


「…シオ…ン。ごめ…ごめ、ん。」


 いきなり謝れて、俺から返事を返そうとしたが腹に衝撃を受けた。一体何が起きたのか理解出来ないまま腹に触ると、ぬめりのある赤黒い液体が付着していた。いや違う。これは俺の体から出て来たものだ。

 そう理解した途端、腹に激痛が走る。何故俺は怪我をしたのかよく見た。それは周囲から生えている蔓草だった。蔓草の先が槍の様に尖り、俺の体を貫いた。何故攻撃された?

 俺はアルの方も見た。アルの様子が可笑しい。見つけた時から過った思いが大きくなる。俺の体を貫いた蔓草を辿って見ると、それがアルの体、背から伸びているのが分かった。アルが、俺を攻撃した?


「シ…オン、ごめん。木…の暴走…止めっようとして、核に近…づいてぇ、そし…たら、力っが…逆に私の入っテ来てェ。…もう駄メ、抑エ…ら…れな…イ。このマ…まじゃあ、これガ外に出て、また…みンナ死んジャうよぉ。

 …だから…お…ねが…イ、わたっシ、私をぉおぉ…

 ころす(ころして)。」


 良く見た。影でよく見えなかったアルの半身が木に浸食されたの様になっていて、とても人間だとは思えない姿になっていた。下半身のほとんどは地に根を張る木の様になっていて、その場からは動けそうにない。だが代わりに周囲の蔓草や枝に、アルの体を浸食する植物が動き俺に襲い掛かった。

 本気で俺の命を奪おうと攻撃してきた。頭では理解したが、理解しただけで反撃も防御も出来ない。する訳が無い。何故アルが俺に攻撃する。木の力がアルに浸食した?だからアルは操られていると。ふざけるな!

 だがそんな俺の心情など知らぬと言う様にアルは攻撃を続ける。俺に謝って来た声は、最早意味を含まない呻き声だけを上げるだけになった。

 さっきアルが言った通りなら、このままではまた木が暴走し、異変が世界を襲うという。しかもアルがその根源となって。なんでそんな事になった。アルは世界を助ける為に来たというのに。その為に犠牲に成りに来たと言うのに、何故逆に世界を滅ぼす事になる。

 訳がわからなかったが、俺がすべき事だけはわかってしまった。アルはその為に俺を呼んだのだろう。自分を止めてもらう為に。そしてどうすれば止まるのかも分かってしまった。

 本当はやりたくない。そんな気持ちが一番大きかった。だが、もうやるしかなかった。

 それに丁度良かった。

 俺は刺されるのを覚悟してアルに近づいた。幾つもの鋭い枝や蔓草が俺の体を貫いて行く。気にせず歩み寄る。持っていた剣を構え、アルのすぐ目の前に立つ。そして。

 アルを抱きしめた。

 抱きしめたまま、俺は剣をアルの背中から刺し、俺の体ごと剣でアルの体を貫いた。

 丁度良かった。…もうこの世界にいる意味が無かったから。だから俺と一緒にアルを剣で刺した。

 上手く急所に刺さったのだろう。アルは動かなくなり、周りから感じた俺への殺意も、攻撃も止まった。アルを通して伝わった力が途絶えたのを俺も感じた。それと同時に俺の体が土塊つちくれの様に崩れていく。

 それもそうか。本来俺はここには来れない。それをアルが力を使って初めてこの場にいられる状態だった。だが、その力を持つアルが死に、力を失い俺も限界を迎えた。

 だが気にしていない。元から生きて帰る気など無かったから。このまま崩れても問題無かった。

 だが、アルがちゃんと死に切れたか確認出来そうにない。力は途絶えたが、アル自身解放されたか分からずに消えるのが心残りだ。せめて、あまり痛い思いをさせずに出来たか、ちゃんと死ねたか知りたい。

 最後の瞬間、誰かの声がまた聞こえた。

 何故?

 そんな声に応える事も無く、俺の意識は途絶えた。


     2


 そして現在、屋敷を出て少し歩いた森の中、俺は樹花族の花を持って悩んでいた。これを使えばアルがいた場所に行ける。それも何反動も障害も無く。だが、本当に行っても良いのだろうか。

 俺は間違っていた。結果としてアルはあの場所に囚われているままだ。あの時、確かに急所を刺して致命傷を負わせた。しかし、木と一体化した状態では、完全には死に切れない。そんな事を後になって気付くなんて、とんだ間抜けだ。

 今直ぐにでも行きたいと思う気持ちはある。だが、後一歩が踏み出せない。

 無意味に痛みを与えてアルを置き去りにした。その事が頭に過り体が動かなくなる。

 俺はアルをどうしたかった?分かっていたはずの答えに雑音が混じり見えなくなる。俺は怖がっているんだ。アルの出会う前はそんな奴が襲い掛かって来ても、誰に何を言われても恐怖なんでものは感じなかった。

 それはそれらに俺が関心を示さなかったから。意識が向けば、共感してしまう。だから俺はヒトに何も意識を示す事が無かった。示せばこうなると分かっていたから。

 俺は、自分が興味を示したものに恐怖したくなかった。両親にも故郷の奴らをどうでもう良いと言っていたのはその為だ。結局俺は最初から臆病者だったんだ。ただ力を持て余した弱者だった。

 そんな自分を放置した結果がこのざまだ。馬鹿らし過ぎて笑えもしない。

 どうしようもない。動く事さえ出来ない奴が今更アルに会ったって、何も変わりはしない。いっそ会わない方が良い。最初からそうすれば良かった。そうすればここまで悩みはしなかったはずなのに。


「何言ってるんですか!それこそ馬鹿じゃないですか!」


 いきなりの大声に驚き前を見た。前を見てから俺は何時の間にか俯いていた事に気付く。前には見知った姿が立っている。だがその姿は鏡を見た時にしか見れない筈の姿だ。

 俺は今ベリーの身体の中にいる筈なのに、何時の間にか俺はベリーと分かれ、ベリーと二人で向き合っていた。これは直ぐに俺に心理描写だと気付くが、だからといって振り払おうとはしなかった。


「スパイン!さっきから何意味のわからない事をなやんでいるのです!あなたは頭がそこまで良いわけではないのですから、直感を信じて動けば良いでしょう!」


 今物凄く馬鹿にされた。少なくとも経験値では俺の方が上だし、知識があって魔法だって強い。

 …いや、確かに俺は馬鹿だ。こうして悩んでいるのが何よりの証拠になる。頭のよくない大馬鹿者。失敗に失敗を重ねてうだうだと悔やんで止まないどうしようもない奴だ。

 だからこそ、今更俺に何が出来る。何かをして悪く変わる位なら、何もせず変わらない方が良いに決まっている。


「…いやぁ、すがすがしいほどに馬鹿ですね!何をそんなに怖がっているんです!今更何に怯えているのです!そんな事、いつも力ずくでどうにかしてきたじゃないですか!

 悪い事を言われたなら、言い返せば良い!暴力を振るわれたなら叱ってあげれば良い!怖くて進めないならいっそ笑って走って突っ切ってしまえば良いです!それだけの事です!」


 簡単に言いやがって。…でも確かにそうだ。何が遭っても俺は今までそうしてきた。だが本当に良いのか?俺が今までしてきたままで、本当に。


「良いに決まってます!だって、スパインは何も悪くありません!

 失敗するのは当たり前です!知らない、わからないのが当然ですから、失敗しても成功するまでやれば良いだけです!

 怖いと思うのも当たり前ですが、自分の身を守るために怖いと感じ、逃げて生きのびる事は大事です!

 痛くて泣くのだって当然です!泣けるのは心が働いているしょうこです!泣いてはだめと怒る方がいけません!心が働く事をとがめる事こそしてはいけません!

 そして今!スパインは何かを想って悲しんでいます!それはスパインが優しいからです!優しいヒトだからこそ、私はあなたをたすけます!背中を押します!動かなくても押します!心配しないでください!

 あなたは今一人ではないです!」


 途中無茶苦茶な事言ったが、何故かその無茶苦茶な言葉に酷く安心する。

 ベリーとはこういうヒトだ。俺が見て来た、会って来た中で一番無茶苦茶な奴だ。カナイやセティーだって言葉だけでこんなにヒトを圧してくる事は無かった。

 だからか、俺は今自分の体が動く事に気付く。もう怯えて震える事になくなった。今だったら行けそうな気がする。いや、今行くしかない。


「ベリー、有難う。」

「…どういたしまして!」


 互いに手を差し出し、互いの手を掴むと強く握り返した。

 気付けば、目の前に立っていたベリーの姿は見えなくなり、俺は変わらずベリーの身体の中にいる。

 俺はいつも通りベリーの身体を借りて足を動かす。前へと進み先を見据えた。

 目の前には、さっきまで森の中ではなく、あの時見えた広場と光が見える。あの場所は本当に不思議だ。違う場所からでもあの場所に行け、戻ってくればきっと元の森の中に戻るのだろう。本当に距離感も何も関係ない場所だ。

 そんな不思議な光景はもう慣れていた。俺は花の力を感じつつ前へと進み出る。何も痛みは感じない。何かが俺の体を纏わりつくのが分かるが、害は無い。問題無く行ける。

 まどろっこしい。もう歩いて行くのを止めて翼を広げた。そして宙に浮かび上がり速度を上げて飛んだ。


 進んだ先にあの蔓草や枝が密集した森の様な、檻の様な場所に出たが、不思議と不気味さは感じない。空気もどこか外と変わらない感じで澄んだ空気が肌や鼻孔を触れる。

 何かがここで変化したのか?その訳など知る訳なく、俺は気にせず奥へと飛んだ。

 そして最奥、あの開けた場所に出た。輝く葉が茂っているのは分からず、奥の巨大な光もあるのが見える。だがそこも変わっている。

 あの時、確かに近寄りがたい気配を感じたが、それを感じない。掃除をした後の小部屋の様な雰囲気だ。

 そして、雰囲気などが変わったその場所で唯一変わらずあるものが居た。

 だらりと脱力した様にして腕を垂らし、その場から一歩も動かず顔も俯せていて表情がよく見えない。最後に会った時、背に突き刺した剣が床だか地面だかの上に錆びて落ちている。

 あの時から時間が止まった様に見えるが、所々変わった所もある。本当に少しだけだが良い方に変わってはいた。

 アルもどこか大人しく見えた。…まさか、誰か来たのか?

 だがそうであっても、未だアルの姿は健在だ。正確には既に死んでいる状態ではあるのだろう。あれは『抜け殻』とでも呼ぶべきか。

 中身は既に無く、抜け殻だけが独り歩きしている状態。力はほとんど残っていないから異変を起こす事はもう無いだろうが、あの状態のアルを放っておけないし、もう置いて行かない。

 だがどうすれば良いか。以前は剣を刺しても、そして誰かがアルを倒したであろう事も予測出来るが、それでもアルは変わらずにそこに居続けた。

 やはり今アルはこの場、例の木と一体化してしまっている状態だ。それを解かない限りいつまでも残り続けてしまう。その方法を当時は思いつかなかったが、今俺はその方法、もといその為の『魔法』が分かる。

 ベリーと話し、アルの姿を見た瞬間に頭に浮かんだ言葉の羅列。

 これは魔法の詠唱だ。魔法とは想像だ。既に多くのヒトが使っている既存の魔法だけではない。ある日思い浮かぶ言葉が魔法の力を得る事だってある。

 その時必要なものを想像し、そして願う。魔法は誰かの願いが叶ったものだと例えたが、その通りかもしれない。

 今俺の頭に浮かんだ詠唱も、使える場面はたった一つ。他では使えない魔法だと言うのが直感で分かる。だが、この魔法はある程度接近して声が届く範囲でないと使えない。結局は近づき、戦う事になる。

 力は残っていないとしても、あの時の様に周囲の植物を操る力は残っている様だ。だとしても引き返す選択肢など無い。あいつと戦う事も最早躊躇ちゅうちょしない。


 はい!そのまま突き進みましょう!スパインなら出来ます!


 相変わらず意識を引っ込めた状態でも主張の激しい奴だ。お前はそこで声援を送って待っていろ。翼を広げ、目の前のアルに向かって低空で飛んだ。

 俺が接近した事に反応して以前と同様、先の鋭い蔓草や枝を操り攻撃を繰り出した。こっちも相変わらず容赦の無い攻撃だ。アルの方は動きこそぎこちなく、今にも崩れ落ちそうな様子が伺える。

 あれでは、俺が攻撃しなくても本当に簡単に崩れ落ちるだろう。だが、それでもあいつは完全に朽ちる事は無い。崩れて足が折れて粉々になっても、それでも生きている様に動き出すだろう。

 それだけは駄目だ!そうなる前に、解放させなくてはいけない!

 俺に向かって来た植物の槍を全て回避し、時に魔法で火の盾を作り攻撃を防ぐ。攻撃する度にあいつが苦痛の声を上げている様な気がして、傷を負っていないのに痛みを感じる。速く、もっと速く動け!


 行ってください!いっそ骨を折ってもかまいません!はやくあのヒトの下へと行ってください!


 分かっている、あまり急かすな。それ程離れている訳ではないが、妨害もあり遠くに対岸にあいつがいる様だ。なんとも渡りづらい河だ。だが、もう直ぐ辿り着く。

 着いた瞬間、俺は口を開き、頭に浮かんだ言葉を吐き出す。


 我が声を聞け、地深く沈むものよ、天を仰ぎ見るものよ。これは『ひと』が『ひと』に願う言葉。

 『一』を見つめ、届かぬ一天へ成就させよ。目にする大地のただ一つの在処ありかを手にせよ。

 繋がれた『人』と『人』のみちが二度と断たれる事無く。

 ただ一人の『とも』の為、世界と、永久に『とも』と在る為に


 口にした言葉を最後まで言い終えた瞬間、確かに何かが断たれた。そしてそれが決して悪いものではないという確信を持てた。

 思えば、俺らは本当に互いの事を話す事が無かった。アルだって、俺が聞かなければ自分の家の事話す事は無かっただろうし、結局俺は自分の故郷の事を他人ヒトに話す事が無かった。

 カナイは俺らの事を人見知りだの、口下手だとよく言った。全くその通りだな。カナイはいつもどこか抜けていて墓穴を掘る事があるが、ヒトの事を一番見ていたヤツだ。

 あの時あんな事を言ったが、あいつだってアルの事を一番に考えている事は良く知っていた。あんな八つ当たりを食らわされて悪い事をした。

 クロッカスの事も、話はしていただろうに、興味が無いと言ってろくに聞いてやれなくて悪かった。多分俺よりも魔法を上手く使えて嫉妬していたんだろうな。本当に俺はヒト付き合いが下手だ。

 セティー、セヴァティアはよく戦いを申し出て来て、しつこいと言って断る事の方が多かったが、実は対等に戦えるのが嬉しかった。言えば調子に乗ると思い言わなかったが、それで正解だったかもしれない。本当に。

 他の奴だって俺がちゃんと見ていなかっただけで、世話になった奴がいた。なのに、勝手な意地で返事も何もせず、無碍にしてしまった。本当に今更だが、感謝してる。

 そして、アル。

 御免、お前の話を聞いた時もっと何か言ってやれば良かったのに何も言ってやれなくて。

 御免、俺も一緒に行ってやれば、こんな姿になる事も無かったのに。

 御免。本当は別の事を言ってやるべきだった。心中なんて、そんな事する必要無かった。しかもそれでお前を一人置き去りにしてしまった。

 誰も彼にも置き去りにされたお前にあんな仕打ちをして、本当に御免。

 もう謝るのはこれで最後だ。これ以上言ったらお前だって困るだろう。だから、あの時言うべきだった事を今言う。遅くなったな。


 一緒に帰ろう。


 ベリーの身体だったが、確かに俺は俺の身体で、あいつに手を差し伸べた。

 最後にやっと見えたアルの表情は、俺の幻かもしれないが、笑っていた様に見えた。


 おわりましたか?

 あぁ、終わった。

 ちゃんと話す事話せましたか?

 ちゃんと話したよ。

 そうですか。…よかったですね。

 …あぁ。

 じゃあ、私達も帰りましょう!

 あぁ…帰ろう。


     3


 意識が定まらない。熱が出て何も考えらなくなった時の様に虚空を眺め、在りもしないものを見続けている様だ。

 辺りは濃い霧に包まれている様で、視界がはっきりしない。足取りも重い。

 次第に意識が浮上してきた。そしてだんだんと俺が何をしていたのか思い出してきた。

 故郷で家族を含めた大勢から疎まれた事、故郷を出て旅に出た事、旅した先で大勢と会った事、そしてサイゴ、俺がどうなったのかを。

 あぁ…俺は死んだんだ。正確に言えば肉体を失い、中身だけの状態になったんだ。

 これは俗にいう『幽霊』になったという事か。幽霊になると記憶を失うと聞いたが、俺はそんな事にはなっていない。何もかも覚えている。良かった事も、嫌な事も全て。

 思う出して、胸の辺りが重くなる。締め付けられてその場にうずくまる。

 なんであんな事になったんだろう。俺はただ、自分が楽しいと思える生活を送りたかっただけなのに、気付けばそんなものとは無縁な人生になってしまった。

 それでも確かに充実したものだったと言えるし、それも全て自分自身で台無しにしたとも言えて、何ともふり幅の大きい生き方をしたと思う。

 これからどうなるんだろう。アルがいなくなった後、俺は何せずにいた。これからも実体を持たず、ふらふらと彷徨う存在として残り続けるのだろうか。


 随分と落ち込んでますね。大丈夫?


 いきなり俺とは違う、聞いた事の無い声が聞こえて思わず仰け反った。周りを見れば、霧に包まれた場所から、どこかの森の開けた日の差す場所に立っていた。

 ここはどこか分からず、こちらに話し掛けたであろう人物を見た。

 最初に目に映ったのは、月白げっぱく色の長い白髪だった。葡萄えびぞめの色をした目が確かに此方を捉えられて背筋を伸ばされる気になる。


 君は『不死族』かな?こんな場所にいて、何か探しているのかな?


 不死族、幽霊の他に腐食した屍体したいの体を持つ種族を含んだ総称だ。合っていると言えば確かにそうだ。そして探している、という言葉に俺は言葉を詰まらせた。

 探している物は確かにあった。でももうなくなった。それも自分の手で消してしまった。だからもう何もする事が無いと、俺は呟く様にして言った。

 その言葉を聞いた相手は、少し考える素振りを見せた後、俺の方へと向き直った。


 なら、君は今自由なんだね。体だって透けているし、どこも透り抜けて行けるんだね。


 自由…か。それは以前の時も言えた事だ。そこへ行くのも、勝手に決めて行ったり行かなかったりしても、誰にも咎められない、そんな生活だった筈だった。

 でもその時も、今も自由だからと良かったと言えるのか?以前の生活だって結局どこにも行けた筈なのに、どこにも行く事が出来なかった。

 アルを見捨てた罪悪感に縛られ、きっと今もその罪悪感に縛られて幽霊になったんだろう。そんな自分が本当に自由と言えるのか?


 うん、言えないね。


 言っておきながらあっさりと否定しやがった。何が言いたいんだこいつは。


 うん、確かに君は自由ではないね。だって、自分で勝手に自分を縛って苦しんでいるんだもん。本当はそんな事をする必要なんて無いのにさ。


 何を言っている。俺が罪悪感を持つ事が間違っていると言いたいのか?


 君のそれは罪悪感じゃないよ。それはただ諦められなくて足掻いているだけだよ。

 本当はやりたい事があって、それを今は忘れていて、それで手探りで探し回っているだけ。

 手段なんて、なんでも良いけど最初はやっぱり皆探すんだよ。君もまだ見つけられなくて、だから君は歩いているんだよ。


 何を言っているのか分からないが、なんとなく俺の事を励ましたくて言っているという事は分かった気がする。

 探している、という言葉もそうかも、と思えた。俺は何かを探している。それをまだ見つけられていない。アルやカナイ達に出会えても、俺はまだ手に入れられていない。

 しかし、何故俺に対してそんな事を言うんだろうか。まるで俺の事を知っているかのような口振りだったと感じた。


 何、私も『ヒトの親』だからね。君を見ていてそんな風に感じただけさ。まっ親『未満』ではあるけどね。


 言ったそいつの腹をよく見れば大きく膨らんでいた。そうか、こいつはもう直ぐ親になるのか。俺が出会って来た、見て来た親と比べたら随分と調子の軽い奴だ。だが、悪い感じが全く感じられない。不思議な奴だ。

 それから、俺は歩く事を一旦止めて、その親になる予定の奴を眺めた。こいつは出会った奴とも違い、大人しくもどこか芯のしっかりした奴だ。いや、そもそも俺が出会った奴らはどいつも極端なだけかもしれないが。

 たまに奴と話して、それとなく相談めいた事もした。そうすると、そいつはまるで本当に見て来たかの様にピタリと俺の心情を読み当て、納得の出来る答えを返してきた。


 君の親だって、きっと君と話したかったはずなんだ。でも、君は見なかった。見なかったから話せなかった。それだけだったんだよ。きっとお互い、目を見れば話を出来たはずだと思うよ。


 確かに俺は親を見て来なかった。俺に怯える素振りを見て、その時点で俺は親を見なくなった。多分、俺は親を俺を見て怯える姿を見たくなかったんだ。それがすれ違う切っ掛けだったんだろう。

 分かって見れば、随分と後悔の残る人生だった。あれから幾つ時間が流れたか分からないが、感覚でもう随分と長い時間が経った気がする。だから俺の親も、故郷で俺を覚えている奴もいないだろう。

 本当に後悔ばかり出て来る。でも不思議と嫌な感じがしない。それは聞いてくれるヒトがいるからだろう。ヒトと話すのは億劫だと、俺が拒絶した為なんだろう。こんな風に話して、気持ちが楽になるなんて知らなかった。

 まぁ、一部を除けばどいつもこいつも落ち着きの無い奴らばかりで、碌に話を聞かない奴だったのもあるかもしれない。

 そんな風に思い出すと、自然と笑えた。ふっと息を吹き出し、口角が上がっているのが自分でも分かった。そんな姿を見て、奴も笑っていた。

 そうか、あんな目に遭っても俺もちゃんと笑えたんだな。


 そんな時間が流れ、もう直ぐ奴が出産するであろう日が近づいたある日、俺だけがその異変に気付いた。

 奴の腹から、何の生気も感じられない。

 幽霊の状態だからか、ヒト一倍に生き物の気配に敏感になった為に気付いた事だった。何故だ?腹は順調にでかくなっているし、奴の方も健康そのものなのに、何故腹の中にヒトがいる気配が無い?

 どこかで聞いた事のある、嫌な言葉。ヒトの体の事には詳しくないが、何らかの原因で腹の中の胎児が息をしない状態。まさか、出産の日が近づいた今になって!?

 奴は今眠っていて気付いていない。だが、目覚めて医者が診れば、もしくは親になる自分がいち早く気付くかもしれない。

 駄目だ、駄目だ、駄目だ!そんな事になっては駄目だ!何故いつもこうなる。アルの時だって、何も悪い事をしていないのに周りから無視され、最後まで報われなかった。

 こいつだって、悪い事などしていない。むしろ俺に言葉を送り救ってくれた。そんな奴らばかり、何故こんな目に遭う。不公平だ!

 …何かの間違いだと思いたくてもう一度腹の中の気配を探った。そして気付いた。本当に小さくはあるが気配を感じた。良かった、まだ生きている。しかし、その気配が徐々に薄く、消えかかっているのも分かった。

 まだ生きているのに、もう直ぐこいつは死んでしまう。どうにか出来ないのか?実体を持たず、何も出来ない俺に、何か出来ないか?

 そう思っていて、ふと思う着いた。実体を持たない、そしていつか言われた透り抜けられるという言葉。

 そうだ、こいつの命が今半分足りない状態なら、俺が足りない分を補えば良い。

 出来るかどうかなんて分かる筈が無い。だが、やらなければいけないし、出来るのは俺だけだ。…あぁ、あの時のあいつはこういう気持ちだったんだなぁ。今になって気付くなんて、本当に俺は鈍い奴だ。


 結果を考えれば、俺の存在は消えて、奴とは別れる事になるだろう。だが、元々芯の強い奴だし、俺がいないからと悲嘆に暮れる様な奴じゃない。そう信じている。

 こいつには色んな意味で助けられた。だからこれはその恩返しだ。精々しっかり、元気な子を産んでやれよ。


「俺は今ここにいるからこそ、自分でやると決めた以上、絶対にやり遂げてみせる。」

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