第2話 門前から挨拶

-誰よりも強くなったカナオニは、いつしかひとりになっていました。

 誰もカナオニに話し掛けず、誰もカナオニに近づこうとしなくなりました。

 誰もが角のヒトを怖がり、恐れ、恐怖しました。

 そして遂に、たくさんのヒトがカナオニを退治しに来ました。

 その中には、カナオニの家族もいました。

 そして遂に、カナオニは捕らえられ、カナオニは種族の象徴であるその大きな二本の角を切られました。

 そうして故郷を追放されたカナオニは、どこか遠いところへと姿を消したのでした。-



 まちで花祭りの準備をしていたはずが、花を盗まれ、その泥棒を追いかけて森の奥まで来てしまった。

 高く伸びた木に周りに覆い茂った草のおかげで辺りは暗く、緊迫した雰囲気と合わさって、立っているだけで気疲れしそうだ。

 しかし、同行しているベリーからは疲れという単語が存在しないのかと思える程、全く疲れている気配が無かった。

 他の妖精共に気付かれない為に、そして出来る限り速く動く為、低空飛行で森の中の木々の間をすり抜ける様飛び、妖精の気配を追った。


「しかし、妖精たちが花を盗むなんて、何故そんな事に。」


 未だ妖精の所業に納得がいかず、飛行中ずっとあれこれと考察していた。俺も妖精の行動が不可解で考えていた。そもそも暗く草を覆い茂る森ではあるが、花が一本も生えていない訳ではない。今は妖精共に根こそぎ摘み取られている為か、一輪も見かけないが、それでも全く花が生えない環境ではないはずだ。それでも妖精共は森の外に出て、わざわざヒトの住むまちから花を盗んだ。

 盗んだ花を何かに使うとしても、調合位しか使い道が思いつかない。それに妖精種にとって花は平和の象徴だ。だから無暗に摘んだりするのも妙な話だ。

 さっき見た妖精共も、回収魔法で傷をつけずに摘みとるという手段もとっているはずだろうが、そこまでして花を集める理由とは?

 そこまで考えていると、ベリーが声を上げた。


「あっ!また花を持った妖精が飛んでます。」


 他の所から来た妖精を目撃した様だが、それなら大声を出すな。気付かれるだろうが。幸いこちらには気付いていないらしく、持った花を運び、俺らが進む方へと同じように向かって飛んで行った。

 今の所進む方向は間違いないらしい。しかし、森の奥にいるという魔法使いとは一体何なのか。実在するのか比喩なのか、まちの住民に聞いても誰も知らないらしく、まちに長く住んでいる奴でも魔法使いという名しか聞いておらず、詳しい事は知らないと言う。謎だ。


「皆花を運んでいますね。これだとこの近辺に花はもう無さそうです。」


 確かに。見たところ結構な数の妖精が抱えられるだけの花を運んでいる様だし、恐らくまちはもちろん、この森の中に自生する植物全て回収されているのだろう。

 そうして奥に進みながら、花を運ぶ妖精共を見送っていると、木々の間から何かが見えてきた。


「わっあれ!壁…へいでしょうか?」


 ベリーが言った通り、見えてきたのはそびえた立つれん造りの塀だった。煉瓦の隙間を埋めているのは漆喰しっくいだったか?見ただけで塀の端がどこか分からず、かなり横のの距離の長い塀だ。

 見上げると、花を運んでいる妖精共は皆この塀の上を超えた先へと飛んでいた。どうやらこの塀の中が俺らの目的地なのだろう。

 俺は飛んで塀を越えようと提案したが、ベリーはこれを当然拒否した。


「塀の中に入る時は、門から入るのが常識です!」


 確かにそうだが、俺としては飛んで塀を越え、サッサと泥棒の元凶を倒すのが手っ取り早いと思う。しかし、ベリー相手にはそんな事は出来ない。と言うかさせてもらえない。結局は身体の持ち主であり、主導権を持つベリー次第だ。

 しかし、行けども行けども門構えらしいものが見えず、長く高い塀が続き、入り口がどこか分からず半分迷った状態だ。もしや、門など存在せず、塀の上を行くのが正規の入場方法なのでは?

 ベリーもそれならば飛んで越えるのは仕方ないかと思い始めた時、やっとそれらしいものの影が見えた。正直門など見つけずに飛んで行きたかったが、見つけてしまったのなら仕方ないか。

 見つけたのは、聳え立つ煉瓦造りの塀と同じ様に、立派な造りの門構えだ。見たところ扉らしいものは無く、常に解放された状態の様だ。これだけ立派で頑丈な塀なのに、入り口らしき場所が逆に無防備な状態なのが怪しい。


「やっと入れる場所がありましたね。すみませーん!」


 そんな如何にも怪しい門の正面から堂々を入り、中に大声で声を掛ける奴なんていないだろうが、ベリーに限ってがそうではなかった。まるで前からここに来る事を伝えており、約束通り訪ねてきた客人かの様に振る舞っている。当然そんな事は無いし、見つかれば侵入者として扱われる。そんな事を気にもせず、ベリーはまだ誰かいないかを探すて辺りを見渡している。こいつは本当に自分に自分の立場が分かってりるのか疑う。

 とは言え、最初からここには侵入者として来るつもりだったし、見つかっても返り討ちにすれば良い。ベリーが許す範囲までな。

 入ってしまったのなら仕方ないと、門を越えて塀の中の光景を見る。一言で表すなら、そこは花畑だ。他にどう形容するか俺には分からない。もっと達者な奴なら色んな言葉で言い表せただろう。

 最初に目につくのは花だ。森の中を飛んで進んでいる最中、大茂る草木ばかりで花らしい花も見つからず、緑色ばかり見ていて飽きていたところだった。明らかにヒトの手が加えられた花々。色も鮮やかで三原色全てが目に入り、眩しいと感じた。 色んな種類の花があるのは、まちの花屋と同じだが、量は圧倒的にこちらが上だ。塀の高さにまで伸びたつる草さえも花を美しく見せる演出に見える。


「これは…庭ですね。しかり手入れもされて、良い場所です。」


 率直な感想を告げ、ベリーはヒトを探すのを忘れて庭を眺めた。真面目な奴さえも魅了し、花に表情があったら、自慢げな笑みを浮かべていたかと思えた。

 そうして庭の奥へと足を進め、広場らしい場所に着き当たると水が噴き出る建造物が目に入る。これは、大きなまちなんかで設置されるという『噴水』と呼ばれるものだろうか。こんなものを庭に置くとは、なんとも豪勢な事だ。

 何より、庭の次に目を引くのは庭の奥に見える建物だ。その建物自体がぼんやりと見える位この庭が広く、歩くと時間が掛かりそうだ。

 そんな豪華な庭の装飾物を眺めつつ歩いていると、気配がした。そりゃあ今ここは敵陣な訳だから当然か。ベリーに声を掛けて止まり、気配がする方へと視線を誘導する。

 誘導した先、その場にはヒトがこちらに向かって歩いていた。容姿を見ると、耳は長くて尖っており、髪は色鮮やかな山吹色で、正しくあれも妖精種だ。こっちは羽は無く他のヒト型種族と同じ背丈で、どちらかと言えば長身な方だろうか。

 恰好は胸から膝にまで届く大きな前掛けをしており、肌を隠す長袖に長く丈夫そうなズボンを履き、手にも丈夫そうな手袋をしている。その手には長い突起の付いた容器を持っているところから、こいつが庭の手入れをしているのだろう。

 そいつは俺らから少し距離を開けて前に立ち、口を開いた。


「…アレ?お客サン?今日来る予定あったッケ?」


 第一声はどこか片言の標準語だ。しかも俺らの事を客と勘違いし、予定を思い出そうと頭をひねっている。これは奇襲の好機かと思っていたら、ベリーが声を掛けた。


「初めまして!私はベリー・ストロといいます!申しわけありませんが、私たちは客ではないのです!ここにはお話があって勝手に入らせてもらいました!」


 自己紹介までして正直に白状しやがった!知ってはいたが言っちまうのかよ!まぁ想定内ではあるから、今はベリーの成り行きを見守る事にした。


「あぁ、これはどうもご丁寧ニ…って、エェ!?お客サンじゃないナラ、ここに入れるワケにはいかないデス!…ってもう入っちゃってるカラ、えぇと…申しわけないですケド、お引き取りを。」

「いえっ!お引き取りは出来ません!どうか、この場所の責任者…で良いんでしょうか。そのヒトと話をさせてください!」

「えっえぇと?ちょっと、そういうワケにはいかナイ、と言うか…うぅン。」


 何やら、真面目なベリーと消極的な発言をする妖精とで、歯切れに悪く会話の進まない雰囲気になって気まずい。相手も相手でこちらが引き下がらない為か、煮え切らない態度で決定打が打てない様子だ。見ていて頭を抱える。

 おい。相手さん、俺らに先に進ませたくないらしいから、もう強行突破で良いだろう。お前だって、このまま引き返す気ないんだろう?俺がそう言うと、ベリーは少し唸り声を出しつつ考えて、意を決して前へと進んだ。


「本当の申しわけありません!このまま先に進ませてもらいます!」


 言って翼を広げ、目の前の庭師妖精の横を通り過ぎる様飛んで行った。当然の事で呆気にとられた庭師妖精は、すぐに気付いて後ろに振り返る。


「わわっ!だっだっ…ダメですヨー!」


 飛んで行った俺らに向けて叫び、庭師妖精はすぐに何かを囁くように言う。それは詠唱だった。


「ちっ地の力を受けし草木よ、わっわっ我…の障害を受け止めてー!」


 庭師妖精が詠唱を唱えると、庭の花や草が動き、突如長く伸びて俺らに向かってきた。ベリーは驚きつつもしっかりと避けて、宙に浮いた状態で様子を見た。

 随分と弱気に聞こえた庭師妖精の詠唱だが、内容や魔法の力の錬りはしっかりしていた為、魔法はちゃんと発動した様だ。今のは植物を操り相手を捕縛するたぐいの魔法だろう。ここは庭で、正しく植物の宝庫だ。そんな所で相手は植物を操る魔法を使うなど、土壇場に立たされたも同じだ。

 再び花壇の植物を操り、飛行中のベリーに襲い掛かる。器用に飛行の軌道を変えつつ、伸びて迫りくる植物の猛攻をかわしていく。ベリーは攻撃力や決定打となる行動を苦手、というか積極的にしたがらないが、障害物を躱して飛ぶ事を得意としており、現状ベリーには攻撃が中るという心配は無さそうだ。

 しかし、このままでは埒が明かない。相手はただ捕縛しようとするだけ。こっちはただ逃げるだけで、決着が着きそうにない。


「なるほど…確かに、それならば今回は私に任せてもらいます!」


 どう決着を着けようかと考えていると、ベリーの方から今回の戦いを担うと言い出した。相手がどんな奴でも怪我を負わせたくないと言うベリーが、この戦いでどう立ち回るのか、一先ずいつでも意識を表に出れる様にはしておいた。


「ううぅ…許可ないヒトを屋敷に入れたりしたラ、わたしが怒られマスぅ。」


 あっちもあっちで事情があり、必死でベリーを捕まえようとするが、思いのほかすばしっこいベリー相手に手こずっている様子だ。さて、問題のベリーの方はどんな方法でこの戦いを終わらせるのか。何かベリーなりに好機をうかがっている様に見えるが、何をする気なのか。

 通常の蔓状の植物がまた伸び、棘がついた花の茎が上に向けて勢いよく伸びたり、経常様々な植物を武器の様にして魔法を使っている庭師妖精もさすがだが、そもそも庭の花をあんな風に戦いで利用して大丈夫なのかと今更思った。まぁそこは庭師権限という奴なのだと考えておこう。

 そうして攻防を繰り返していくと、庭師の方に変化が見られた。結構絶え間なく魔法を発動していたが、その感覚も長くなり、今では息も絶え絶えな状態だ。しかし、絶え間なく魔法と使っていたのであれば、それは当然か。

 魔法を使えが、魔法の力だけでなく自身の気力も消費する。気力は言いかえれば体力と対になり、傷を負ったり運動をすると減るのが体力で、精神的にもうしてまいを引き起こすのが気力の消費によるものだ。

 魔法は頭、想像力を屈指して使うから、先ほどまで庭師の様に魔法を酷使すれば、あんな風にバテるのは目に見えた結果だ。あの庭師、魔法の使い方はなっているが、自身の能力の加減が出来ないらしいな。

 ベリーはそこを狙ったのだろう。へばって片膝つきそうな体勢になっている庭師に向かって今度は一直線に飛んだ。庭師の気付くが動けない。詠唱も気の疲れか口が回らない。


「疲れた相手に攻撃するのは気が引けますが、今は私も心に決めました。あなたにこの一撃を喰らわします!」


 そう言って、ベリーは詠唱を唱えた。詠唱の内容は俺もよく知るものだ。ベリーは両手の平を庭師妖精に向けた。


「空想よあらに成れ!」


 唱えると、庭師妖精の頭上に魔法の力が集まり、徐々にそれは形を変えて実体に成った。それは庭師妖精の頭上を落ち、軽い金属音を響かせて庭師妖精の頭に激突した。頭から地面へと落ち、それは再び軽い金属音を何度も響かせた後に霧散した。消える現象自体は、魔法の効果が消えたという証であるから問題無いが、問題なのは魔法で出た物体と、それに当たった庭師妖精の状態だが?


「はっへ…目がくらっ。」


 妙な台詞を口にしてから、庭師妖精は目を回してそのまま気絶、倒れて動かなくなった。

 なんともベリーらしい、無血の勝利だった。相手を気絶させるのは確かに戦いを終わらせる手っ取り早い方法ではあるが、その方法に少しこちらも複雑な心境だ。

 ベリーが唱えたのは、想像したものを物体として実体化させる、魔法を使う上で基本とも言えるものだ。あくまで実体化させられるのは物体に限り、生き物や規定外のものは実体化が出来ないとされる。

 その魔法でベリーが出したのは、どこの家にも置いてあるであろう『金だらい』だった。確かにこんなのが高い所から落下して頭に直撃したら、痛いじゃ済まされないかもしれないが、なんでこれを魔法で出そうと考えたんだ?


「まちに訪れた旅のご老人に、これが最も平和的に『オチ』を着けられる方法だと教わりました!」


 いや、誰だよその老人。しかも妙な事を吹き込まれているし。こいつの変にヒトを信用し過ぎな所は長短な所だ。しかし、その吹き込まれた妙な事で今回は助けられた訳だが、余計複雑な心境になる。

 とは言え、一応戦いには勝ったという事で、このまま先に進む事にしよう。庭師にはすまないが、ちょっとそこらの芝生で寝ていてもらう事にしよう。


「申しわけありません。後で毛布を持ってきて、かけてあげますから。」


 いやそこまでしなくても良いだろう。むしろ、侵入者にそこまでされたら、こいつが気の毒だ。


     2


 庭を進んだ先、さっき庭師妖精が言っていた『屋敷』とやらの入り口前まで来た。が、これは果たして屋敷と呼称すべきものだろうか?実物を見る経験は無かったが、この規模の建物は『城』と呼ぶ方が合っているのではないだろうか。

 壁は赤色の煉瓦で青碧せいへき色の屋根、外壁の縁には丸まった草模様が施されている。屋敷と呼ぶには豪華な雰囲気を醸し出しており、さすがの俺でも入るのを躊躇ためらう。


「これだけ立派なお家に住んでいる方が、本当に花泥棒と関わっているのでしょうか?」


 確かに、まさか花泥棒を追ってこんな場所に行き着くとは思わなかった。一体どんな人物が花を盗む事を指揮したのか。ちょっと想像が出来ない。

 そんな風に考察に頭を巡らせていると、入り口らしき大きな扉が音を立てて開いた。ベリーは棒立ちの状態だったが、俺は身構えているつもりで見守った。

 開いた扉から出ていたのは、庭師妖精と同じ背丈、同じ髪色をした妖精だ。ただ装いや持っている物は違い、どこかまちの衛兵を思わせる整った服装を着て、片手には逆三角型の対称刃が付いた槍を持っている為、庭師よりも固い印象を受けた。

 現れた衛兵風の妖精は、ベリーの姿を一瞥いちべつして口を開いた。


「アレ、なんですか?ヴィッケってば、侵入者にやられたんですか?」


 開口一番で、俺らが侵入者であるのはもちろん、お仲間であろう庭師妖精の名前だろうか?その人物がやられたという事を理解した事を口にした。状況理解は早いな。

 そんな妖精の言葉に反応し、ベリーは素早く謝罪の体勢になった。


「申しわけありません!私、ベリー・ストロといいますが、ごキョウダイさまは私が手に掛けて、今気絶しております!」


 正直に自分が何をしたのかを白状し、その後も思いつく限り丁寧に謝罪の言葉を述べた。本当に一々律儀な奴だ。


「…フーン。ボクはアコニだよ。」


 ベリーの自己紹介を聞き、相手も大人しげに名乗ったが、さっきベリーがお仲間であろう妖精の事を『兄弟』と言った事に、俺もだが何よりも相手の妖精の方が反応を示した。それもかなり悪い方に反応したらしい。眉間にしわを寄せてあからさまに不機嫌になった。


「ところで?ボクとアイツをキョウダイって、カン違いしないでくれる?髪の色とか背の大きさで判断したってなら、ソレは大間違いだからね。」


 ベリーのキョウダイ発言に反論し、ベリーは再び謝罪の言葉を言った。確かに似ている所はあるが、それだけでキョウダイかどうかの判断材料にはならないだろう。特に妖精種相手なら尚更だ。


「妖精種だと、キョウダイと言うのはおかしい事なのですか?」


 今度は俺の言葉にベリーが反応した。なので軽く説明した。

 そもそも長命の種族である妖精種は出世率が他種族と比べて断トツで低い。子どもが一人生まれれば既に立派だし、次また子どもが生まれる確率がかなり低い為、妖精種でキョウダイがいるのは稀な事だ。


「そうでしたか!不勉強で本当に失礼しました。」

「イヤイヤ、分かったのなら良いよ?所で、君達はここに何しに来たのかな?」


 話が脱線し、当初の目的からずれた会話を続けていたが、妖精の言葉で思い出したかの様な表情を見せたベリーは妖精に向き直り、三度妖精に対して言葉を発した。

 話を待つ妖精の表情は、俺らがどういった存在かを分かって返事を待っている様子だ。


「ここには盗まれた花を取り返しに来ました!この屋敷の主さまに会わせてください!」

「ダメ。」


 ベリーの申し出に即答で却下を出され、かなりのショックを受けてベリーは絶句した。いや、当然だろ。見るからにここの警備に携わっているであろう相手に、責任者に会わせろって聞くのは断わってくれと言ってる様なもんだ。

 俺は次に何が起こるかを予測し、断られても聞かないつもりでベリーに言った。

 俺に替われ。こういった奴とは、戦う以外に話を通す手段は無い。こっちから攻めなくても、どうせあっちから仕掛けてくる。

 本来なら戦いを避けたがるベリーだが、相手の雰囲気を感じてか、俺の言った事に渋い表情をしたが、仕方ないという溜息を吐きベリーは承諾した。

 そんなベリーの様子を見ていた相手の妖精は、俺の存在に気付いていない為に首を傾げつつ、着実に今目の前にいる侵入者の排除をするために態勢を整えた。


「何か独り言でも言ってるみたいですが、ソンナ余裕がそちらにあるのでしょうか?」


 言いながら持っていた槍を構え、こちらに向けて攻撃直線まで至る。そして問答無用で攻撃。槍の先端をこちらに向けて突撃して来た。

 ベリーの身体で意識は俺に替わった瞬間、瞬時に翼を広げて飛びあがり突撃を躱した。躱した瞬間、妖精は地面を蹴って直ぐに方向を変えて再びこちらに向いた。今度は妖精が跳び、槍攻撃を仕掛けた。

 正直跳んで来るとは思わなかったので、躱すのがギリギリになり、槍の刃が肩をかすった。体は傷付いておらず、服が少し破けて程度で済んだが、ちょっと俺も油断してしまった。ベリーの身体に傷を付けた事に謝罪しつつ、次の攻撃に備えた。


「オヤ、先ほどと顔つきが変わりましたね。…マァ良いですか。」


 俺らの変化に気付きつつも、気にせず休む事無く攻撃を繰り出した。素早く、それでいて重量を感じる攻撃に、躱すのが精一杯で反撃がなかなか出せずにいる。やはり妖精種故に機敏な動きが目立つ。攻撃自体も中っても大した損傷にはならないだろうが、あれだけの手数で来られると防がざるおえない。


「ウーン、なかなか攻撃が通りませんね。さすがに兼任でも門番しているヴィッケ倒しただけはありますね。」


 相手側も攻撃が通らない事にしびれを切らしてきた様子だ。わざわざ通らない事を口にし、溜まった苛立ちを発散しているという感じか。こちらとしても早く攻撃に移りたいが、相手がそれを許さない為にこっちも同じように苛立ちが募る。

 ならばと思い切り距離を取ろうと、躱す瞬間を狙い大きく動いた。おかげで妖精の攻撃は大きく空振り、妖精の方も相手と大分距離を離れた為に態勢が崩れた。

 やっときた好機を逃さぬ様、詠唱を唱えて対抗しようと思う。


「その牙を折る!」


 短く端的に詠唱を唱え、発生した魔法の力を今見ている妖精に向けた。すると妖精の体が紫色の光に包まれ、次の瞬間妖精はフラつき、先ほどまでの今にも刺しに来そうな程の威勢が無くなった。

 ちゃんと効いたな。今のは単純に相手の身体能力を低下させる魔法だ。俺はどちらかと言えば能力向上の方が得意だから、それも相手に対しての能力変化は不得意な部類だ。それでも成功した様で良かった。

 魔法を受けた相手の妖精としては当然面白くない。侵入者の手によって自身を弱体化させられたなど、屈辱以外の何でもないからな。


「モウ!大人しくやられて下さいよ!ヤリづらいったらないね!」


 俺の行動に苛立ち、文句を言ってきたが関係無い。こちらが手こずる程の速さが鈍くなったのなら好都合だ。魔法で前回出した魔法の剣よりは小さく、振るいやすい大きさの剣を形成し、今度はこちらが攻撃の側になった。

 もちろんベリーの要求は忘れていない。傷付ける為でなく、体力を少しでも減らす為だ。いくら敏捷性や機敏さに長けた妖精でも、弱点となる打たれ弱さと体力の無さはこいつも変わらない様だ。悪いが存分に撃たせてもらう。


「空想よ放て!」


 唱えたのは攻撃の魔法。属性を含まず、純粋な魔法の力のみで放たれた魔法の弾。遠く離れた相手に向かって空気の塊をぶつける様な簡単なものだ。だが単純な魔法でも、魔法の力の錬り方で威力は変わる。刃も研げば切れ味が変わるのと一緒だ。

 俺の放った魔法を魔法で相殺しようと妖精も魔法を使い、防ごうとする。だが、咄嗟とっさだった故に魔法の錬りが足りず、魔法を発動出来たが、俺の魔法の方が威力が勝り、妖精の魔法を貫いてそのまま妖精の腹にオレの魔法が中った。

 魔法が命ちゅうして、傷は付かなかったが多少よろめきつつ、まだ立っていた。だが攻撃が中り、戦いの最初の内にかなりの猛攻を仕掛けた為か体力も大分減ったのだろう。疲れが見えた。


「もう止めとけ。急所には中てなかったが、もうそっちも限界だろう?」


 言えば、俺を一度睨みつけ、その後直ぐに降参の意で手を上げた。表情は遣り切れないと口に出さなくても丸分かりだ。


「ハァ…もう、だから交替で見張りしようって決めたのに。ヴィッケのヤツ、思ったよりも早くヤラレてんだから。」


 自分が負けて、その原因が相方であろう庭師のせいだと愚痴を零し、不貞腐れた様子だ。それを見ていたベリーが、何か思う事があるのか、俺と替われと言ってきた。

 一瞬途切れる意識、そして表に出たベリーの意識は口を開いた。


「アコニさん!ヴィッケさんの魔法はとても手強く、もしヴィッケさんの魔法に捕まっていれば、私はとても太刀うち出来ませんでした!

 何より!必死に屋敷を守ろうとする姿勢は、まさに門番といての務めを果たさんとする立派な姿だった!」


 突如ベリーは相手の魔法を賞賛し、庭師妖精の事を持ち上げる様な発言し出した。今姿が見えない庭師妖精の事を励ますかの様な言動に、聞いているアコニと名乗った妖精はどこか困惑して見えた。


「だからこそ!あなたがヴィッケさんの仇を討とうとするのもうなずけますし、あなたが必至に戦うのもわかります!だからアコニさん!わざとヴィッケさんの事を悪く言って、自分を痛みつける事はしないでください!」


 言われた事を耳から入れて頭で理解するのに時間が掛かり、反応を示しすのに間が開いた。聞いた妖精は、数秒掛けて理解し、途端に顔を赤らめて焦りを見せた。まさかと思ったが、図星だったのか。

 妖精は言い返そうとしたが、口ごもったり舌が回らなかったりで何を言っているのか分からない状態だ。何より顔の赤さはそのままで、その状態で何を言っても説得力が無いのは一目瞭然だった。

 一方ベリーは、やり切ったといった表情をして誇らしげだ。俺からしたら、突然爆弾を放り投げて場を混乱させただけに見える。

 さて、結局の所俺らの勝ちという事で、屋敷に入って良いのだろうか。そもそも勝ったら屋敷に入って良いという約束をした訳では無いから難しいか。そのなったら、俺がまた気絶でもさせるのだが、ベリーが表に出ている以上、ソレは難しいか。


「アー、もう良いよ。戦ってて分かったけど、君まだ本気出してないんでしょ?ソンナの相手にしてたらこっちが持たないから、モウ止めやしないよ。」


 など思っていたら、相手の方から降参の意が出た。さっきの庭師との戦闘と比べてあっさりと終わる現状に少し物足りなさを感じつつも、何故潔いのかベリーは気になり確認した。


「確かにボクとヴィッケは門番だからね、仕事をしないと怒られるだろうね。デモ、相手が君みたいな強敵なら、そこまで咎められる事はないだろうし、頭領サマも多分納得してくれるさ。」


 相手が自分らより強かったから負けた、と言い訳出来るから降参したとは、なんとも忠誠心の低い事か。俺が言える事ではないが。


「しかし、マサか正面から入ろうとするヤツがいるなんて、君はある意味運が良いね。」


 何やら気になる事を言ったので詳細を聞くと、どうやら例の妖精達が飛んで越えていた塀の上。そこには限られた認められた妖精しか通れず、部外者が塀を越えようとすると結界の力が働き、簡単には塀の中には入れない様になっていたとか。

 塀の上に結界が仕掛けてあるのは、考えれば当然ではあるが、ベリーの愚直な行動に助けられたという訳か。俺も少し熱くなってしまっていたらしい。そこは反省だな。


「…ヴィッケはウチらの中でも相当な魔法使いだから、君に相当な実力があるのは確かだろうね。でも、中に入ったからにはもう引き返せないよ。中にだって結構手強いおヒトが待ち構えているんだからね。」

「では行きましょう!」


 妖精の忠告も聞いているのかいないのか、ベリーは言葉に何も反応を示さず、早速屋敷に入ろうとしていた。そんなベリーの態度に異議を唱えつつ、妖精は自分の話が無視されたと思いベリーに怒りを向けた。

 しかし、そんな妖精に対して振り返り、ベリーは改めて言った。


「私は花を盗んだことの真意を知るために来ました!忠告は感謝します!しかし、だからこそ私は立ち止まらずに進むつもりです!どんな相手が来ても、私は負けませんし、頼りになる味方もいますので大丈夫です!」


 そう断言し、ベリーはきびすを返さず屋敷の中へと進んだ。俺もベリーの考えに同意だ。相手が強いなら俺としてはむしろ歓迎だ。ベリーもなんだかんだ、戦闘に関しては俺の事を信頼しているのがさっきの台詞で分かる。なら、その時になったらその言葉に応えなくてはいかないな。


「ハァ…まぁ、ソノ様子から見て予想は出来たけど、行くならもう止めないよ?忠告はしたからね。」


 最後の忠告を受け、ベリーは屋敷の中へと姿を消し、妖精によって扉は閉ざされた。


「まっ!手強いおヒトってのが、ボクやヴィッケと同じ妖精とは限らないけどね。」


 扉を閉ざした妖精が、そんな事を口にした事なんぞ、俺らが知る由が無い。

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