第3話 傍から接戦

-強い故に故郷を追われ、行く当ても無く彷徨うカナオニは、遠い深い森の地へと行き着いた。

 他にヒトもいないその場所で、一人で佇んでいると、そこに一人のヒトがやってきた。

 目に入るのは、結い上げられた赤毛の髪。そして、その髪を持つそのヒトの涙だった。

 互いにヒトがいると思わなかった為に、驚き動く事も喋る事も出来ず、二人はただ黙って立つだけだった。

 気まずい雰囲気ではあったが、やっとの思いで自分の名を名乗り、互いに自分の事を口にした二人。

 そして二人は、ただそこから見えるあかね色に染まった空を眺めたのだった。-



 屋敷に入ってベリーにまず目にしたのは、どこからともなく現れ、こちらに襲い掛かる妖精共の魔法だった。それもそうだ。ここが花を盗んだ妖精共の拠点なら、侵入者に対して歓迎などするはずがない。いや、ある意味これも歓迎の形か。


「いたぞ!侵入者だ!」

「白い羽を生やした白い人間の子ども、間違いない!」

「絶対に頭領サマの所へは行かせるな!」


 大小様々な姿の妖精の姿が見える。塀の外でも見た虫のはねを生やした小さな奴から、門番二人の様なヒトを同じ背丈で給仕の様に整った服を着た奴までいる。俺らの事を見つけるなり、一斉に襲い掛かり、魔法を飛ばしてくる。恐らく、外のにいた門番妖精が中にいる仲間に報せたのだろう。妥当な行動だが、恨みたくなるな。

 ベリーは妖精共の攻撃魔法や捕縛魔法をかわし、廊下の天井、床や壁へと飛び回り、なんとか妖精共の歓迎をしのいではいた。しかし、それだけではここは切り抜けられない。

 俺が替わると言っても、意地になって自分でこの場をなんとかすると言って未だに飛び回っている最中だ。俺としては、見える妖精共、皆それ程の実力は持っておらず、基本の魔法で簡単に打ちのめしてやれるのだが、ベリーがそれを許さず、俺は少しやきもきしていた。

 サッサと意識を表に出して思い存分暴れたいが、主導権がベリーにある以上、今はただ見守るしか出来ない。最初の時の様に不意打ちを喰らって、ベリーの意識に隙が出来れば簡単に入れ替われるのだが、妖精共の動きが単調で、そんな奴らに不意打ちになんて出来る訳がなさそうだ。

 早く門番をしていた妖精の言っていた『手強い相手』とやらに会ってみたいものだ。だから、こんな妖精共にいつまでも足止めを喰らっている場合じゃねぇ。

 おいベリー、あそこで飛んで魔法を撃ってる奴、あいつ目掛けて思い切り速く飛んでぎりぎりまで止まるな。

 そうベリーに助言をし、動向を見守った。

 ベリーも攻撃とは違う、俺の言った通りに指示された妖精に狙いを定め、思い切り翼を広げて勢いよく飛行した。

 一方、俺が言った妖精は、詠唱する事に集中していた為に動きに隙が出来ていた。そこに勢いよく飛んで来るベリーに驚き、詠唱中だったために反応が遅れて動けず、あわや激突、という所でベリーが言った通りに急停止しぶつからずに済んだ。

 だが、これで陣形が崩れた。一人詠唱出来なかった為に、他の妖精と連動して魔法を放つつもりだっただろう作戦は失敗し、そこに穴が出来て妖精共の包囲を抜け出す事が出来た。

 やはり、こいつらは戦いの訓練は受けていたのだろうが、非常事態、失敗した時の対応が出来ていない。戦闘に関してはこいつらは素人だ。

 一方のベリーは、相手を傷つけない様に臨機応変に立ち回る事に長けていた為、俺が提示した作戦を成功させる事が出来た。そこはさすがと思う。

 しかし、外から見ても相当な規模の屋敷なのは分かっていたが、中も広い分部屋数やら廊下の広さや長さが半端ない。おかげで潜んでいる妖精の数も多く、一々対応していては切りがない。どうせ相手にするなら強い方が良いしな。


 そんなこんなで妖精共との連戦を区切り、妖精共から逃げて遠くに妖精の気配を感じつつ、どこかの部屋に入り込んだ。中を確認する暇なぞ無いからすぐに扉を閉め、ベリーは一息をついた。


「ふぅ…なんとか妖精さんたちを振り切れました。」


 さすがのベリーでも、疲れが溜まっていた様だ。だが、ここが妖精共の拠点である以上。入った部屋に誰もいないとは限らない。ベリーに代わって部屋の中を探った。

 部屋の中には棚に寝台と、一見すると個室といった感じだ。もしかしたら、ここを訪れた客の為に用意された客室だろうか。いや、ここに客が来る事なんてあるかは知らないが。

 一瞥いちべつしてから、気配がした。さっきまで確かに気配がしなかったのに、そこから湧いた!?っと焦る気持ちにはなったが、気配とともに現れた姿を見て、焦る気持ちは薄らいだ。

 そいつは妖精ではない、傍から見れば確かに人間だった。仙斎茶せんさいちゃ色の髪は肩まで長く、後ろで縛っている。髪には色とりどりの装飾品やら紐で飾られ、動く度にちゃらちゃらと音がしそうだ。膝下まである外套を纏い、外套から出る腕は細く色も白い。


「おっ?誰か来たと思ったら君、妖精達が言ってた侵入者さんでしょ?」


 部屋に突然入って来たというのに、人間は怪しむどころか嬉しそうというか、楽しげな声色で話しかけてきた。こっちが侵入者と分かっていながら、こちらに対して友好的に接して来て、俺としては怪しい以外に何も感じない。

 こいつ、妖精と共謀して俺らの足止めでもしているんじゃないか?相手を完全に怪しんでいる俺の仮説を聞いてかいないのか、ベリーは前に歩み出て人間に話し掛けた。


「初めまして!私はベリー・ストロと言います!あなたはここに住んでいる方なのですか?」

「そうそう。あっ私はルコウって言うんだけど、正真正銘の人間ね!ほら、耳の丸くて羽とかないし、髪の色も地味でしょ?」


 普通の会話は始めた。何やってんだこいつらは。ここがさっきまで襲い掛かってきた妖精共の拠点内部である事を忘れそうな雰囲気だ。

 そんなさっきまでの雰囲気を忘れ、ベリーは目の前にいるルコウと名乗る人間とお喋りを続けた。


「あぁ、花を盗まれてそれを追っかけてここまで来たの。そりゃあごうだなぁ。ここの妖精って執拗しつようだからさ、なかなかここまで来るの大変だったでしょ。」

「はい!しかし、一体何があって花を盗むなんて事を働いたのか、あなたは知っていますか?」


 妖精共の拠点にいるのだから、確かに妖精共の事情は知っていそうだが、出てきた答えは期待出来るものでは無かった。


「いやぁごめんね!私は妖精達の事情とかまったく知らないんだよね。」


 聞けばそもそもこの人間、居候と称しているが実態はこの屋敷に閉じ込められ監視されている立場なのだとか。そりゃあ簡単には妖精共の話し合いとやらには参加出来ない訳だ。しかし、一体何をしてそんな状態になっているのか。


「いや何、この屋敷に無断で入ったって事でとっ捕まったんだよねぇ。」


 駄目だそりゃ。あの妖精共の様子からして、部外者に対してかなり厳しいのは分かっていたが、何も知らない旅人だったであろうこの人間さえもこういう処遇をとる羽目になったのか。ただ、この屋敷の頭領とやらの温情なのかは不明だが、屋敷の中だけでも自由にさせてもらっているのという。妙な温情だな。

 しかし、今は屋敷に監禁状態の相手と悠長に話している時か?俺に聞かれてベリーは気付き、急いで屋敷の頭領なる人物に会わねばと意識を向き直して部屋から出ようとして、再び人間から声を掛けられた。


「君、トウリョーさんに会いたいの?なら、そこまで案内しようか?」

「良いんですか!?」

「うん。そもそも妖精達が何してるか分かんないし、君は話をしに来ただけなんだろ?悪い事をしているのがこっちなら、そっちを手伝うのが良いかなって。」


 ルコウって奴がいきなり案内するとか言い出した。如何にも怪しい言動だが、ベリーはルコウの言葉を聞くや否や即答でお願いします!とか言い出した。

 こんな監視されて屋敷に閉じ込められている奴が、素直に敵地の案内をするとは思えない。絶対裏があるだろうと俺が言っても、ベリーは完全に人間の言葉を信じていた。

 確かに、この屋敷に入ってからは誰に会っても戦い、戦いと絶える事が無かった。そんな中で会っても初めて攻撃をされる事無くまともに対話出来た相手だ。ベリーの様な奴なら信用するだろう。


「確かに私はここでは異質だけど、君に悪い事をしようとは思ってないからさ。」


 そうベリーの方を向いて言ったが、今のはどうもベリー相手ではなく、中の『俺』の方に向けて言った様に感じた。もしかして、俺の存在に気付いている?まさか。

 結局の所はベリーの出方次第だ。俺はただ成り行きを見守る他無い。


 部屋の扉前、廊下に妖精がいないのを確認し、部屋を出てルコウという人間が歩く後ろをベリーはただついて行った。こっちは屋敷の間取りなんぞ知らないから、確かに知っている奴任せになる。しかし、案内する奴が本当に場所を覚えているとは限らないから、そこが不安だ。

 ベリーにそれとなく聞いて欲しいと頼み、ベリーの口で人間に聞いた。


「大丈夫だって。私も屋敷に住みついて長くはないけど、トウリョーさんの部屋くらいは覚えてるからさ。」


 いまいち信用出来ない。とは言え、迷いなく廊下を進む足取りを見ると確かに覚えている感じだ。

 そうして進んでいる内に、どこかの広間に出た。どこか入って来た玄関の広間にも見える広い場所だ。上を見れば上階の通路が見え、どういった用途でこんな部屋があるのか俺には分からない。こんな広い家、住んだ事無いからな。

 そして、広間に入ってからある違和感が感じた。さっきまで襲い掛かってきた妖精の気配が突如しなくなったからだ。


「この場所、普段を使われる事無くて、宴とか大事に催しがある時くらいしか使われないんだ。妖精達も普段からこの部屋には近づかない様にしているしね。」


 人間の説明を聞いて、途端にベリーが慌てだした。そんな大事な場所に無断で入ってしまった事に憤っている様だ。それもそうか。そんなベリーに対して、人間は口の前に人差し指を立てて笑った。


「内緒内緒!ここ通るのが近道だからさ。ほらっ!あそこの扉の先。」


 そう言って右腕を前に伸ばし、前に見える扉を指さした。ベリーは素直に指を刺された方を見た。

 その時に、微かに空気を斬る音が聞こえた。ベリーの視界に入っていない為よく見えないが、人間が指差している方とは逆の腕、それが動いている事から察するにそっちの手で何かを持っている状態なのだろう。

 ベリーは完全に気の抜けた状態だった。だからすぐさま入れ替わり、俺が表に出てぎりぎり身をよじってかわして人間からの何かしらの行動を防いだ。

 かわす時、服を掠ったのは細い木の棒の様な物だった。その棒を人間は剣を持つのと同じ握り方をしていたから、その棒も武器として扱われるものだろう。俺がその棒による攻撃を躱した事に気付くと、人間は棒を瞬時に構え直し、更に棒を振るってきた。

 見えている以上、中る訳にはいかず、後ろに跳んでそれも躱す事が出来た。


「ありゃっ、躱されちゃった。上手くあごか脳天にでも中てようかと思ったのに。君、すごい反射神経だねぇ。」


 人間はへらりとさっきと変わらず気の抜ける様な笑みを浮かべ、攻撃を躱した俺の事を賞賛してきた。しかしその間も、手に持った棒は構えたまま、一向に攻撃を止めるという素振りを見せずにいた。気を抜けばすぐにでも棒で突かれるか叩かれでもしそうな雰囲気だ。表情が会った時、案内している最中と変わらない笑みなのが、一層その異様な雰囲気を引き立てた。


「…なぁにが悪い事をしようと思ってないだ。思いっきりこっちに喧嘩売る事じゃねぇかよ。」


 怒り半分、警戒していた事が当たって逆に呆れた事半分と、俺は未だ呆けた状態でいるベリーを置いて人間に問いつけた。そんな俺に様子を見て、人間は棒を持った手とは逆の手で困ったと言いた気に頭をかいた。


「あれっ雰囲気変わったね。まぁそこは良いとして、別に悪い事しないってのは本心なんだよ?出来れば気付かないまま気絶させれば、これ以上痛い思いをさせずにいたってだけなんだけど。」


 さもありなんといった返事で、悪びれずに計画していた事を吐いた。つまり、俺らの事を屋敷から追い出す気ではあるという事か。やはり、この人間も妖精共と同じ立場という事か。


「まぁね。こっちに非があってここに閉じ込められてる状態ではあるけど、それなりに暮らしていけてるからね。感謝というか、恩返しって感じかな。それなりにこっちも返さなきゃいけないと思ってね。」


 だから攻撃あたって欲しいな、とこれまた笑顔で言ってきやがった。上等だ。何をしてこんな所にいるのかという事情はこの際どうでも良い。今はこの奇襲野郎をとっちめる事にしよう。

 ベリーの意識がはっきりしてきたら絶対止めるだろうが、聞いてやらない。俺は奇襲を掛けるのは好きだが、奇襲を掛けられるのは読書の次に嫌いだ。


「そっちから仕掛けてきたんだ。遠慮なんぞしらないよなぁ?」

「うわぁすごいやる気だぁ。こりゃ、こっちも遠慮したら失礼だなぁ。」


     2


 互いにたんを切りはしたが、言ってからは俺も人間も、どちらも動かずにいた。正確には動けない。どちらかが動いたその時、動いた方が攻撃される、という予測がついたからだ。相手もそれを察してか、動く気配が今の所無かった。だが時間の問題だ。

 しかし、人間の持つあの棒、一体どこに仕込んでいたのか。あの大きな外套の裏にしても、外套がなびけば少しは分かるものだが、そういった動きは全く見られなかった。本当に丸腰で服以外に何も体に着けていないと思えた。

 一瞬収納魔法を使ったとも考えたが、魔法を使った痕跡が無い為それはない。武器を持っていると悟らせない、訓練された動き、というものだろうか。

 などと考えていると、相手側が先に動いた。先に動いた方が負け、では無いが少なくとも動けば隙を作る事になる。その状況下で先手を撃たれた。であればこちらは防御を選ぶ。


「撃をはばめ!」


 唱えたのは防御魔法。かなり短く詠唱を唱えたから、発動時間も短い。だが、一瞬でくるこの一撃を抑えるのはこれで十分だと思った。しかし、実際受けた一撃はかなりの重さだ。あんな細腕でこれだけの一撃を出せるとは、随分と引き締まった筋力を持っている様だ。

 更にこの人間、本当に速い。一撃を受けたと思ったらもう次の一撃が来た。こっちは魔法の効果が切れたからって棒の先が鼻先を掠った。

 これは、相手に先手を撃たれたのは不味かったか。こうも素早く動かれるとこっちから攻められない。次から次へと重たく速い、斬れないはずの木の棒から来る斬撃が襲い掛かる。それを小柄なベリーの身体で躱し、時に防御魔法で防ぎいなしていった。

 そんな最中、俺は恐らく必死な表情で動いているだろう一方で、人間の表情はおどけているかの様に笑い、楽しげに棒を振るって跳び回っていた。一撃防ぐ度に驚いた様な、意外そうな表情を浮かべ、再び戦闘に集中する。正直見ていて腹立ってきた。

 しかしこの人間、最初会って話していた時から怪しいと思っていたが、動きが護身術を備えた旅人って動きとは思えない。あれだけ動いて息切れしている様子も無いし、これは戦闘訓練を受けた職業なのは間違い無いが、ただの戦闘員とは思えない。

 とは言え、今は相手の正体を気にしている場合じゃない。このままでは防戦一方だ。いっそ大きく距離をとるか?そう思い人間の方を見たまま、壁に向かって翼を広げ飛んだ。これで相手がどう動くかは様子見として、こちらからも攻撃手段をとらなくては。

 こっちが離れて距離を取ったのを見た人間は、手に持った棒を背の方にまで回して構えだし、明らかに何かをする態勢になった。やばい!と思い、いつでもどこでも動ける様こちらも構えた、直後に人間は構えから一気に持った棒を勢いよく振るった。俺は嫌な予感から、直ぐに防御魔法を発動した。すると俺の、ベリーの身体に強い衝撃が加わった。

 襲撃の正体は、人間の攻撃だ。それも、先ほどの動きがその攻撃なのだと、受けてから気付いた。離れた場所から棒を振るっただけでこんなに強い衝撃を喰らわせてくるとは、やはり相当な訓練を受けた奴だ。


「…今のは、剣技か?」

「そうだよぉ。ほら、素早さに特化した『風』の名を冠した剣の技術さ。小さいころから修行したんだよ。」


 よく知っている。確か四つある剣技の内の一つで、さっき人間が言った通り、剣戟の速さを重点とし、先手必勝を目的としている戦闘方だ。

 使いこなせれば剣を風に変える事が出来るなんて話を聞いた。冗談かと思ったが、先ほどの遠距離の相手に斬撃を中てる技から、冗談ではないかもしれない。

 他の剣技についてははぶくが、少なくともその剣技を使えるというのは相当の腕前の証でもある。それならそれで、相手にとって不足はないな。

 そこまで考えていると、ベリーの方から停止が掛かった。これ以上戦ってはお互いそうするで得る物はないのだと。

 だが今は断わる。こっちが仕掛けなくとも相手の方が仕掛けて来る満々だし、何よりあれだけ手強い相手だと、ベリーでは相手に出来ない。


「安心しろ。俺のやり方が戦うが、お前が心配する程痛めつけはしないから。」


 言えば、俺のその言葉を信じてベリーは見守る事にした様だ。

 とは言え、相手が手強く簡単に膝を付ける相手とも思っていない。近づけば棒ではあるが速く強い剣戟で痛みつけられ、離れればさっきの衝撃波を飛ばして攻撃してくる。厄介だ。

 とにかく、こちらも速く動く必要がある。ベリーの身体でどれだけ動けるか、今までベリーに考慮して試した事がなかったが、ベリーにあぁ言った以上やるだけやる。


「剣戟と成れ!」


 今早く詠唱出来る武器生成の魔法はこれ位か。状況が状況だけに、少し錬りが足りなかったかもしれないは、なんとか武器として、ベリーの体格でも扱えそうな片手剣の形に成る事が出来、これでやっとこちらも攻めやすくなった。


「おっうち合い?良いねぇ。こっちも攻撃ばっかじゃ攻めがいがないからなぁ。」


 なんとも相手の余裕そうな台詞が聞こえ、その瞬間人間が瞬時にこちらに近づき、棒を振るうのが視界に入った。直ぐにこちらも応戦。鉄の木製がぶつかり合う音が響いた。

 しかしあの棒、見るからに木製なのに魔法製の武器とうち合っても切れたり折れる気配が無い。ただの棒と思ったが、棒に硬化の術識でも掘られているのか。

 術識は文字や絵という形で表現される魔法の力。術識は物や生き物に条件が合えば直接付与が出来、生き物の中には生まれながら術式を身体に刻まれた状態の者もいる。

 鳥の翼の持って生まれ生きてきたベリーも、ある意味生まれつき飛ぶ機能としての術識を持った人物とも言える。


「いや、なんでわざわざ剣の形に掘られた棒で戦ってんだ、あんた。」


 思わず人間に向けて直接疑問を投げた。その人間の戦い方が異様であり、いまだ勝ち筋が見えずに苛立った為か。声に出して、聞いた人間は一瞬だけ呆けた表情をして返答した。


「あぁ、これもトウリョーさんの温情さ。本当はちゃんとした武器を持ってたんだけど、そっちを没収されて、代わりにこの木の剣を持たされたのさ。」


 なるほど、つまり本体なら牢屋行きであろう所を、屋敷の中限定で自由にさせてもらう代わりに用心棒としての役割を担う事になった訳だ。この人間が木製とはいえ武器を持っている時点で妖精側だったのは確定だったか。

 そんな思考をしながらも、手に持った武器同士の打ち合いは続く。ベリーの身体である手が攻撃の衝撃で痺れて来るのを感じた。やはりベリーの身体では長い時間打ち合うのは不向きだ。多少は躱したりしつつ身体への負担を減らそうとするが、相手は許さないどころか容赦が無い。

 一か八かやってみるか。俺も剣技を知識として知っているが、実戦で扱えている人間にそれが相手に通じるか当然分からないし、何よりもベリーの身体で扱えるか分からない。ぶっつけ本番だ。

 うち合っている最中、人間の、特に足元に注視し剣を振るった。そしてここだと思った瞬間、思いっきり人間の足に蹴りを入れた。人間は少しふらついたがすぐに態勢を立て直した。だが、一瞬だけでも時間が出来た。その一瞬人間から離れ、詠唱を唱えながら剣を構え直し再び突撃した。斬撃と突き攻撃を交互に繰り出し、相手に攻撃をする隙を与えない。まるで床に円を描く様に人間の周囲を回りつつ攻撃を加えっていった。


「うっわ!魔法付きとは言えなかなかやるねぇ。急に隙が無くなったねぇ。」


 言いながら、人間は未だに疲れを見せず俺の攻撃を防いでいた。躱したり棒でいなしたり、決定的な攻撃を加えられず、こっちも少し焦りが出た。その焦りのせいか、足がもつれ態勢を崩し目は人間から離しはしなかったが、片手が床に付き攻撃を止めてしまった。

 隙が出来た。そしてその隙を当然戦っている相手である人間は逃す訳も無く、態勢を崩した俺に向かって棒の先を突き出して攻撃をして来た。

 傍から見れば、まさに絶体絶命だろう。しかし、俺は心の底から安堵していた。やっと終わるかもしれない。上手くいった。この人間は気付く事無くこちらに向かって来ている。

 そして人間が一歩こちらに向かって足を進めたところで、床に付いた片手の先に力を込め、『それ』を発動した。

 俺が力を込めた瞬間、人間の足元、床が発光し始めた。

 発光する床の上に立つ人間は、光には気付けたが咄嗟には動けず、その発光を見てただ驚く事しか出来ない。そして発光は強くなった瞬間、上に立つ人間にも異変が起きた。


「うっあ…なるほど、こりゃやられたなぁ。」


 俺の意図に気付き、うなれつつ力が抜けた様に膝を付き、床に座り込んだ。ちゃんと掛けた魔法が効いているのを確認して、こちらも身構えていたのを解いて大きく溜息を吐いた。

 何が起きたのか、ベリーは分かっていないらしく俺に聞いてきた。俺は『魔法陣』を張っただけだと簡潔に説明した。そこだけを聞いて、ベリーは今までの俺の行動を思い返してやっと気付いた。

 俺が人間の周囲を回りながら戦うという行動、それこそが魔法陣を張った瞬間だ。魔法陣とはさっき言った術識の円形の状態を指す。

 魔法陣は発動する魔法を想像しながら円を描けば良い。後は円に触れ、魔法の力を注げば詠唱無しでも発動する。大事なのは発動する適切な瞬間だ。

 最初は剣技を使う事も考えたが、ベリーの身体への負担を考え、この方法に切り替えた。さすがの剣術使いも、魔法陣の対抗手段を持っておらず、魔法陣によって発動した拘束魔法に掛かってくれた。


「いやぁ、こっちが使う剣技って早い内にケリをつける事を前提にしているからねぇ。継続して戦えはするけど、長引いた時の対処とか、あんま考えてなかったわぁ。」


 どうやら相手はもう降参のつもりらしく、聞いてもいないのに自身の戦況をべらべらと喋り、武器である棒も手放して床に落ちていた。

 完全な無防備となり、俺は一瞬だけ止めを刺す事を考えたが止めた。ベリーがいる以上、そんな野暮な事はしない。なにより肝心なのは戦いを終わらせて、先に進む事だ。

 考えていると、廊下側から妖精共の声が聞こえてきた。いくらここが大事な部屋であっても、侵入者がいるとなれば探しに来ない訳にはいかないらしく、この部屋に入って来るのは時間の問題か。


「俺は先に進ませてもらうぞ。あんたはどうするんだ…って聞かなくても分かるか。」

「あははぁ。見ての通り君の魔法で身動き取れなくなったので、ここで大人しく他の妖精たちが来るのを待ちまぁす。」


 決着はついたが、相手の態度を見て気が抜ける為にすっきりとはいかなかったな。まぁこれ以上ここに留まっていられないし、早く先に進む事にしよう。ベリーも急かしてくるからな。

 ベリーに言われ、一度休む為に俺は意識を引っ込めて、ベリーに替わった。


「ではルコウさん!ここでお別れですか、縁があればまたお会いしましょう!」


 ベリーが余計な事を言った気がしたが、聞き逃した事にして、挨拶を済ましてそのまま入って来た扉とは違う反対の扉を開けて廊下に出た。


「あーあ、やっぱ魔法使い相手って難しいなぁ。純粋な剣術勝負だけならもうちょい続けれたかもしれないのに。」


 すっかり力が抜けて、愚痴を言いながら体を揺らして遊ぶように座ったままの人間の下に、侵入者を追いかけて来た妖精が集まって来た。


「ここから侵入者の気配が…って、人間!こんな所で何をしている!」

「今大事な時だから部屋で大人しくしていろと頭領サマに言われているだろう!」


 部屋から勝手に抜け出し、近づいてはいけない区画に入り込んだ人間に妖精共は怒りを見せるが、人間は妖精の言葉を気にする素振りも見せず、変わらずふざけた様な表情で喋り続けた。


「この森に仕事で来て、トウリョーさんに捕まった時はどうしようかと思ったけど、またあんな手強いヒト戦えるとはねぇ。人生何が起きるか分からないものだねぇ。」


 誰に向けた訳でもなくへらへらと笑って話す人間に、妖精共は呆れてそのまま人間をほっておく事にしたとか。

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