第2章 ベリーとスパイン

第1話 朝から多忙

-あるところに、大きな二本つの金色の角を生やしたヒトがおりました。

 そのヒトは力も強く、いつも大きく長い剣を持って狩りをしていました。

 ある時は大きな猪を、ある時は力自慢の熊を退治しました。

 色んな動物を狩り、時には決闘を申し込んだ来た他の土地のヒトさえ打ち負かし、最早誰も角のヒトに勝てません。

 そうして、金色のツノを持った者を、ヒトは『カナオニ』と呼び、恐れおののきました。-



 良く晴れた、それ程暖かくも寒くもない日。石畳が続く道に沿って白壁で鮮やかな朱色の屋根が並ぶ、程ほどの広さのまちがある。どの家の壁にも石造りの花壇が並び、家によって咲く花が違い、個性が出て道行く人の目を楽しませる様子が見て取れる。

 そして、最近のヒトを花で楽しませるまちでは、多くの住民が忙しなく動いていた。ある者は大きなテーブルや重たい装飾品を持って運び、ある者は布や紙などで何かを作り、周りの家々の外壁に飾っていく。

 それは正に祭りの準備であり、今から2日後、このまちでは『花祭り』が執り行われ為に準備にまちのヒトが追われていた。

 それは大人も年端もいかぬ子どもも執り行い、まだ本番前であるはずが、まちは祭りの当日並の賑わいとなっていた。

 そして当然ながら、こういう事は真面目な奴程張り切り、しなくても良い仕事まで受け持つ事があり、有り難くも迷惑な様子が見られる訳だ。


「さーさースパイン!まだまだやる事があるんですから、一人ごねてないで気をしっかり持ってください!」


 そう言ってオレを呼び、たんでも言う勢いで発奮はっぷんさせようとしているのは、このまちで一番元気とされる奴。

 月白げっぱく色の白髪は肩に付かない程度に長く、天色あまいろの目が輝いて見える程生き生きとした表情でまち中を闊歩かっぽしていた。その手には他のまちのヒトが作ったであろう質素な装飾品が入った箱が両手で持たれ、それらを運び終わると、相済茶あいすみちゃ色の外套服をひるがえしてまたどこかへと歩いて行く。これはまたどこかで仕事は無いかと尋ね、問答無用で手伝う算段だな。

 好い加減休め。お前一人であれこれやって、他の奴が暇になっちまうんじゃないか?と休む事を促すよう尋ねるが、こいつ、ベリーには意味の無い事だった。


「だったらなおの事です!ひまになるというのは、このまちのヒトが祭りの日までえいをやしなえるという事!まちのヒトには、是非祭りを元気に過ごしてほしいですからね!」


 駄目だこりゃ。自分の事よりも他人の方を優先するこいつにとっては、最早自分が疲れる、自分も祭りを楽しむ、なんて事は端から頭にない。正しく自己中心かつ自己犠牲のかたまり

 おまけに頭も固いとくれば、どんな説得も無碍むげとなる。常日頃そんな様子を見てきた俺だから、これ以上は俺が疲れるだけだと分かり、諦めてこいつの様子を見ている事にする。

 あれこれと仕事をこなし、ある程度飾り付けが終わった所で、ベリーはまちの景観を一望した。表情は相変わらず疲労の欠片も見られず、むしろ達成感で満たされた満足気な表情を浮かべる。

 もう完成と言える、飾り付けされたまちの様子。しかし、実の所これでまだ完成ではないのを俺もよく知っている。だからこし、ベリーはまた働くだろうと予想し、見事に当たってしまう。


「さぁ、残すは祭りの主役である花ですね!確か、花屋の店主が魔法で保存し、用意してくれているはずです。様子を見に行きましょう!」


 まだ動くのかよ!分かってはいたけど。もう休もうぜ、と言っても無駄だと分かっていても思ってしまうし、実際口に出てしまう。そして結局俺の話は聞かれないという事も。


「良いですか!?もし何かのはずみで花が全てだめになっていまう事態になったら、せっかくの祭りの準備がむだになってしまいます!これだけの皆さんのがんばりを無駄になるなんて、あってはいけません!」


 他の誰に聞かせる訳でもない、俺に向けての力の入った説教を言い放ち、そのままベリーは花屋のある通りの方へと音を立てて突き進んだ。


「ベリーちゃん、相変わらず大きな声ねぇ。それに、また『独り言』を言ってる。」

「いやいや、あの子はあれで自分に発破はっぱをかけているんだよ。」


 まちのヒトが、ベリーに向かってそんな事を言っているのは、本人には聞こえておらず、俺の耳にはしっかりと届いており、俺は心の中で大きく溜息を吐いた。


 花屋の前、普段なら店先に商品である花が色とりどりと並び、ベリー曰く、芸術品であるかの様に見えるとの事だ。

 だが、今はその商品である花は見えない。祭りが近づき、店は祭りが開催されている間は休業となる為、花は片付けられている、という事ではないらしい。何やら店の中で外の飾り付けの時の慌ただしさとは違う、嘆く様な悲痛な声が微かに聞こえた。


「あぁ、どうしよう。まさか…こんな。」


 それを聞いて俺が真っ先に思った事は、あぁ…またお節介が始まるな。だった。

 案の定、声を聞いたであろうベリーの表情は強張り、俺が一声掛ける前に店の扉をこれでもかと言う位大きな音を立てて開けた。今での扉の金具がいかれたのではないか?と思う俺を置いて、ベリーは店の奥へと行き、声の主の姿を探した。

 声の主である店の店主は簡単に見つかり、ベリーは店主を見て話しかけた。


「店主さん、どうしたのですか!」


 声は大きいが、あまり圧しつけがましさは無く、相手の反応を待つ落ち着いた様子ベリーに見られた。ベリーは普段から大きな声で自己主張が強いが、案外他者への配慮をよく考えている。要は愚直とも言える。

 さて、店主の方はベリーがいきなり入って来て驚いた事もあり、話しかけられて返事をするのに間が開いたが、直ぐに持ち直し、話を始めた。


「じっ…実は、花が…ここに置いておいたはずなのに、どこにも、なんで。」


 話は出来たが、まだ混乱状態でたどたどしい話し方をして、状況を必死に伝えた。そして、花という単語を聞いて俺は察した。

 実はこの店の中に入ってから違和感があった。花屋と称しているのだから、休業中とはいえ当然花が置いてあっても可笑しくはないはずだ。だが、店の中には花が一輪も見当たらず、恐らく花が植えてあっただろう植木鉢には、土が入っているが、不自然に何も生えておらず、まさにあったはずのものが無くなった様に見られた。


「落ちついてください!花が?花が、誰かにぬすまれた、という事ですか?」

「分からないんです。確かに昨日の内にも装飾用の花を増やして、ちゃんと保存の魔法も掛けてこの部屋に置いといたはずなんです。それが、朝起きて見に来たら一輪も無くて。家の鍵だってちゃんと掛けておいたはずなんです!」


 さっきベリーが力一杯に扉を開けていたが、どうやらいつの間にか鍵は開いていたらしい。商売をする奴であるなら、確かに鍵を掛けないなんて不用心な事は無いはずだ。

 鍵を開ける方法は鍵を差し込んで回す以外にもある。細長い先の曲がった道具で錠を回すというものもあるが、魔法を使うという手段もある。だが、そこまでして花を大量に盗むなんて事を誰がするのか。

 まちの住民がしても意味が無い事から、部外者による者だと考えられる。動機に関してはいまいち分からないが、そうとしか考えられない。


「…ゆるせませんね。」


 思考していると、ベリーがうつむき静かに言った。次の瞬間、勢いよく顔を上げ、怒りを露わにした表情で声を張った。


「みなが楽しみにしていた祭り、花祭りの花を盗むというのは、それ正にまちのヒト達へと侮辱です!何より盗みは犯罪です!このまま花を盗まれたまま、盗人を逃すわけにはいきません!」


 真っ直ぐにただ花を盗んだ者への怒りを露わに、そして犯罪を犯した者への懸念も見られる。ベリーは悪人に怒りはするが、同時にその行為を止めようとする慈悲がある。そういう性格を俺は好きではないが、嫌いでもなかった。

 それよりも、花を盗んだのが誰か分からないこの状況で、犯人が誰か、犯人がどこへ行ったかをどう調べる気なのか、それが気になりベリーに聞いた。


「当然しらみつぶしに探します!…と言いたいところですが、花泥棒さんは、たくさんここの花を盗んでいます。もしかしたら、まだ花を集めているかもしれません。」


 確かに、そもそも花を大量に盗むなんて、滅多な事じゃない。何に使うか分からず、使うとすれば部屋に飾る位しか思いつかない。そんな花を一度に大量に盗むとなれば、それほど相手は花を欲している可能性があるのは確かだ。もう既に犯人は十分な量を手にして、もう遠くへ逃げてしまった後かもしれないが。

 そう言い終えるはずだったが、外から聞こえる騒ぎの声が耳に入り、話を中断せざるおえなかった。

 外で何があったのか、確認の為にベリーは入って来た時と同様に扉を力一杯込めて開き、金具の心配を余所に外を出て見た光景は、慌てふためくまちの住民達の姿。今度は何があったか確認しようと辺りを見渡す。すると、ここにも不可解なものがあった。それは、確かに朝見た時にはあったものだ。

 このまちの象徴、シンボルとも言える家々の壁に接する様に設置された花壇、そこに植えられていたはずの花が一輪残らず無くなっていたのだ。


「おい!うちの花壇の花、どこにもねぇぞ!?誰だ勝手に抜いたのは!」

「ちょっと!?私の花も無いじゃない!」

「確かにさっきまで生えてたのに!何時の間にか無くなっちまった!」


 皆、自分の家の花壇から花が消え失せ、それが原因で隣家と喧嘩したり、しゃがみ込み嘆く者など様子は様々だ。そんな住民らの共通と言えば、花が無くなった。それだけだが、それが今俺達、もといベリーが欲する情報でもあった。

 花が無くなった、という事は何者かが何か手段を使い、花を盗んでいるという事だろう。植物が自然消滅する現象など今まで見た事無いからな。

 この状況から察するに、花屋から花を盗んだ奴と、今町中の花壇から花が消えた、もしく盗んだ奴は同一犯だろう。ほぼ予想の域だが、この予想は当たっているだろう。そう確信した。主にベリー自身が。


「これはいけません!まちでこれ以上混乱を起こすわけにはいきません!何ともしても犯人を見つけなくては!」


 そうは言うが、その犯人はどこ行ったんだ?こんだけヒトがいる中、気付かれずに花だけを盗んで立ち去るなんて、そこまで考えて、ある可能性が頭をよぎる。

 魔法、先ほども魔法を使って鍵を開けた可能性を話したが、まさか他の花もそうなのか?気になり、ベリーに店の扉を見てもらう様に言った。

 素直に扉の方を見たベリー、俺は一緒に見て鍵を注視した。そしてそこに、確かに魔法が使われた痕跡があった。魔法を使うと、火が点いた後の焦げ跡や、水が触れて濡れた跡が付く様に、魔法も接触したりするとただ見ただけでは気付かない『ほうこん』が残る。

 こうして、魔法が使われた事が確定し、更に誰かが意図して魔法で盗みを働いたという可能性が濃くなった。


「なんて事!魔法を使ってこんな悪事を!しかし、犯人はどこに?」


 落ち着けとベリーに言い、俺は魔法痕をよく見た。すると、魔法痕は他の花壇や石畳の道にも見られた。どうやら魔法の使い手は魔法を使ったら、常に魔法の力を垂れ流している状態らしい。要は水が入った入れ物を傾けたまま持って歩き回り、水を零して回っている状態の様なものだ。

 魔法の扱いに関しては独学か何かで学び、正しい魔法の力の留め方を分かっていないというのが察する事が出来た。


「それで!その魔法痕はどこに続いているのですか!?」


 いちいち声が大きい。跡を辿ると、それはもちに隣接するようにある森の方へと続いていた。犯人は森の中に逃げ込んだという訳か。


「分かったとなれば急がねば!これ以上皆を悲しませたままには出来ません!」


 そう言うと、ベリーは自身の背から大きな羽ばたく音を響かせ、真白な翼を広げた。ヒトの姿で鳥の翼を持つ有翼人であるベリーは、普段は翼を使わず足で歩き移動するが、いざという時には翼を出して飛んで行く。基準は知らないが、今回は相当急ぎ解決したいと思い選んだ移動手段らしい。


 「さぁ行きましょう!もたもたしていたら、泥棒さんがどこか遠くへ行ってしまいますよ!」


 そう言い、前を見据えたまま姿勢を低くし、勢いよく飛び出し、羽ばたく音で周りを驚かせつつ、森へと向かった。

 ベリーは俺にも行くと促すが、俺はベリーが動けば『勝手について行く』身だから、と言う暇も無くベリーは速度を上げて飛んだ。

 そんなベリーの姿に、またベリーが何かを始めたぞと、慣れて恒例と化したベリーの突飛な行動を遠くから見つめつつ、祭りはどうするかと住民達集まり、話し合いが始まっていた。


     2


 向かった先である森の入り口には直ぐの到着した。そもそも隣接しているのだから、わざわざ急ぎ飛んで来る必要も無い気がする。もういちいち指摘する気も起きないが。

 この森は、このまちがある土地、大きく言えば西の大陸の中でもかなりの広さがあり、まちはその森を背にしている状態だ。この森には強い魔法使いが住んでおり、その魔法使いの恩恵を受けてこのまちは生活しておる、例の花祭りは、その恩恵へと感謝の印として始まったとされる。

 言わばこの森はこのまちの守護者とも言える場所なのだ。どこかでは『かみ』と呼ばれる者が各地の森や川といった自然やヒトの住む場所を守っていると言われるが、このまちではその魔法使いが土地守の様なものか。

 魔法使いに関しては、まちの住民皆は知っている話だ。ベリーの当然知っている。そんなまちの住民にとって大事な森に件の花泥棒が逃げ込んだとなれば、ベリーが取る反応は決まっていた。


「花を盗むだけでなく、この森に足をふみ入れるなんて、とんでもない事が続いて腹が立つ以上に悲しみが湧きます!早くここから連れ出さなくては!」


 悲しんでいるにしては、とてもはきはきしていて活発的に見えるが、まぁ良いか。それよりも確かこの森は立ち入り禁止のはずだ。中に泥棒が入ったとなれば、その辺りはどうするのか。


「確かに、勝手に入るなどとても褒められる事ではないです!しかし、だからと言って泥棒をほっておく理由にはなりません!入ったら早く先に進んで、早く出て来ましょう!」


 まるで暗示でも掛ける様に自分に言い聞かせて、ベリーは立ち入り禁止の森に自ら足を踏み入れた。当然俺も一緒だ。

 森の中は、外感じた長閑のどかで穏やかな、どこにでもある森の雰囲気とは異なり、何かに見られている様な、緊迫した雰囲気がある。

 まるで森そのものから歓迎されていない気がする。そんな敵対心がどこからか漂っていて、あまり長居したい気分にはならない。

 しかし、ベリーはそんな雰囲気を察していないのか、さっきまでの申し訳なさはどこへやら、翼を閉じて地面に降りたつと、ずかずかと奥へと足を進めていた。


「ここのどこかに泥棒が潜んでいるのですね!一体どこにいったのか。」


 おい、あまり大声を出すなよ。っと言っても、その返事で既に大きい声量に呆れつつ、俺も辺りを見渡し警戒した。雰囲気は悪くとも、何かが今襲ってくる気配も無い。じれったい気持ちになる。

 良いから、不審者が来たと思ったら遠慮なく襲って来いって。そう思いつつ、目的が泥棒探しである事を忘れず、気配を探る。かすかにだが、俺ら以外の何かが森の奥へと進む気配を感じた。

 それをそれとなく伝えた。泥棒かもしてない、なんて言えば大騒ぎしてぶっ飛んで行きそうだと思ったからだ。


「なるほど、もう少し奥ですね!行ってみましょう。」


 なるべく音を立てるなよ、と言っておいたおかげか、ベリーは翼を折りたためた状態のまま、徒歩で森の奥へとすすんだ。ヒトの手が全く入っておらず、道らしい道も無く、長く伸びた草むらが行く道先をほとんど隠していて進みづらい。

 草をかき分ける音や草を踏みしめる音、小枝を折る音が空間に響き、無音になる難しさを物語る。何よりもこんな森の中で鳥や他の動物の鳴き声が近くから聞こえないのが、他に誰も居ない気がして警戒心や恐怖心を煽る。

 本当にここに泥棒が入ったのか?と疑問に思ったところで、やっと気配を感じた。ベリーに止まる様に言い、気配を目で追う。そこにいたのは光る玉だった。

 それは魔法の力で発行しているものなのは見て分かった。どうやらその光の玉は俺らに気付いておらず、どこかへと向かって揺らぎながら飛んでいた。


「あれは、この森に住んでいるのでしょうか?」


 その光の玉の正体を察したベリーは、光の玉の後を追いつつ聞いて来た。俺も既に正体を知っており、既に俺もそこについて考えていた。予想が当たっていれば当たっていれば、あの光の玉は今回まちで起きた花泥棒に関係しているだろう。

 とにかく、今は光の玉を見失わず追う事が優先だ。まだ気付かれずにいるらしく、有り難く音を出来るだけ立てずに後を追う。

 少し先に進んだところで、光の玉が止まったのでこちらも止まる。すると、少し経ってからまたどこからか光の玉が来た。更に他にも光る玉が寄って来て、光る玉の群れが出来た。そんな光景をベリーと一緒に茂みの中から覗き見る。

 見ていると、光の玉は次第に形を変えて、光が弾けるとそこには小さなヒトの形をしたものがいた。


「おい!お前の方はどれだけ集まったんだ?」

「ざっとこんだけだよ。今森の外のまちにたくさん集めてあったのがあってさ。簡単に集まったよ。」

「そこの花畑の花も全て回収したよ。早く運んでしまおう。」


 光の玉の正体は、虫の羽を背に生やした小さな背丈をした妖精種だ。羽の形や姿はそれぞれ異なるが、共通の特徴である長く尖った耳に色鮮やかな髪色は遠目でも分かった。こいつらは森の奥深くに住んでいると聞くが、何やら森の外にまで出て何かをしている様だ。

 その何かは、話の内容や妖精共の姿を見て一目瞭然だった。妖精共は皆両手で抱える程の量の花を抱えていた。更にまちに沢山集められた花という話は、間違いなく花屋にあったはずの花の事だ。そしてまちの花壇の花の事でもあるだろう。その花をこいつら妖精が盗っていったという事だ。

 まさか森の妖精がヒトのまちから花を盗んでいたとは、正直驚いた。小さな羽族の妖精は悪戯好きで有名ではあるが、ヒトの多く住むまちで盗みを働くなど、そんな大それた事をするのは滅多にないはず。

 一体花を集めて何をするのか?どうやら花は森の更に奥の方へと運ぶようだが、この森の奥と言えば例の『魔法使い』が住んでいるという奥地を指すのか?


「待ちなさい!そこの妖精たち!」


 思考している最中、突然聞こえてきたベリーの怒号に正気づけられ、見たらベリーが茂みから姿を現し、妖精共の前に堂々と立っていた。

 何をしているんだこいつは!?ベリーの行動に俺は吹き出し、一瞬混乱に陥ったが直ぐに立て直し、ベリーに一喝した。何姿見せてんだ!折角気付かれずに奇襲なり後をつけるなり出来ただろうが!

 言いはしたが、こうなる事は予想出来ていた。何せこのベリー、今までの言動を見て分かるが曲がった事が大嫌い。そして正々堂々と立ち向かう事を当然とし、自分が信じた事を貫き動く、そういう奴だ。だから、妖精共の話を聞いたらどう動くは予想出来ていた。だが、考え事に集中していたが為に止め損ねた。失態だ。


「なっ!なんでここにヒトの子が!?」

「やべぇ!話聞かれたか!?」


 どこからか飛び出してきたベリーに妖精共は驚き、動きを止めていたが、話を聞かれたという可能性に気付いた妖精の一人が声を上げると、他の妖精も狼狽うろたえ出した。

 すると妖精共は一目散に森の奥へと飛んで行った。


「あっ、逃げました!」


 三人程いるだろう妖精共が飛んで行ったのを見て好機と思った。妖精は悪知恵は働くが、戦闘には慣れていない為に、自分より大きく手強そうな相手からは逃げる事がほとんどだ。だからこうして自分の住処へと逃げ帰って行く。

 ご丁寧に三人共一緒の方向へと飛んで行ってくれるから、間違いなさそうだ。知恵も働かせる場所でちゃんと働かさねば無いのと一緒だ。


「なるほど、あの妖精たちを追えば花を集めている場所がわかるんですね!」


 そういう事だ。速さはそれ程速くもなさそうなので、ベリーの飛行速度でも追いつけるだろう。ベリーは翼を広げ、大きく空を切る音を立てて飛び出した。

 案の定、妖精共にはすぐに追いついた。妖精共の背を見つつベリーに拘束こうそく魔法を使う様うながした。


「しかし、今使えば妖精たちに怪我をさせてしまうのでは!」


 言っている場合か!ベリーの他人を優先する性格は優しさではあるが、時と場合によっては短所だ。


「おい!何同じ方に逃げてんだよ!アイツ追っかけて来るじゃんか!」

「どうしよう!」

「しかたない!こうなったら魔法で一斉攻撃だ!」


 こちらの追う姿に気付いた妖精共は、止まったと思うとこちらに狙いを定めて魔法の詠唱を同時に始めた。これは不味いと思った。

 ベリーは魔法の心得はあるが、まだ自分から放つ事しかまだ使え熟せておらず、相手から使われた時の対処にまだ慣れていない。それも多数から同時に魔法を喰らうとなればただでは済まない。


「烈々なる熱、矢の如き速さでもって放ちて穿うがて!」


 三人同時に詠唱を唱え、同時に火が燃え、真っ直ぐに飛ぶ矢の様な赤い三つの光がこちらに向かって放たれた。ベリーも飛行中だったが為に速度のある魔法に対応出来ず、動けず棒立ち状態だった。

 結果、三つの魔法は一点、ベリーの下であたり延焼して煙が立ち上り、魔法が中ったであろうベリーの姿は隠れてしまった。


「よしっ!あたったぞ!」


 三人の妖精が魔法が中ったと勝った気でいた。当然こちらの様子など見えていないのに、短絡的な奴らだ。


「…まっ、そもそも『俺』が最初から出ていれば良かった訳だがな。」


 突然聞こえた声に、妖精共は驚いているだろう。それもそうだ。魔法が中り気絶でもしているだろう相手がそこにいるはずなのに、まるで魔法になんぞ中らなかったとでの言う様に無傷で立って喋っているのだから。それも先ほど茂みから出て来た時とは打って変わって、目つきや雰囲気が変わって見えるだろう。

 俺はベリーの『身体』を動かしつつ、妖精共の様子を伺う。当然、相手の様子が変わって混乱しているのだろうが、互いに見知らぬ者同時である妖精共の事はどうでも良い。あちらが先に攻撃してきたのであれば、もうこちらから攻撃をしても問題無いという事なのだから。

 スパイン!怪我をさせず、ちゃんと手加減してやるのですよ!

 聞こえてきたベリーの声に、無駄に耳を塞ぎつつもへいへいと軽く返事を返し、お前はヒトの心配よりももう少し魔法の訓練を積めと言っておいた。


「なっ!あいつ、あたる寸前に防御魔法を張ったの!?」

「あんな一瞬でおれらの合体魔法を防ぐ程の魔法なんて!」


 分かりやすい状況説明を有難う。お礼代わりにこちらも魔法をきちんと説明する必要がある。


「防御魔法ってのは、相手の魔法の力を利用して、受け流す形で使用出来るんだよ。そうすれば、詠唱も短く済むんだ。」


 言いながら次の魔法の準備をする。ベリーの注文通り、攻撃系ではなくただ相手の動きを制限する拘束魔法の詠唱を早口で唱えた。


「兇暴な獣の尾を掴め。」


 妖精共に向けて片腕を伸ばし、何かを掴む様にして拳を握る。瞬間、三人の妖精の周りに光の帯が現れ、意表を突かれた妖精共は一足逃げ遅れ、そのまま素早く光の帯に締められ、宙に飛んでいた為にまとめて縄に縛られたようになって地に落ちた。


「いってぇ!何するんだよ!」

「そりゃあ、さっきやられたお返しだ。それよりも。」


 魔法で一緒に拘束されて身動きとれず、もぞもぞと身を捩じらる三人の妖精共に、花を盗んだ事に関して聞き出そうと近寄ると、別の気配と魔法の力を察して咄嗟に後ろへと跳んで下がった。

 下がった直後に俺が立っていた場所に魔法の矢が刺さった。魔法の矢が飛んできたであろう方を見上げると、そこには大きな蝶の羽を背から生やした妖精が浮いていた。

 さっき拘束した奴らの仲間だろうか。装飾品を身に着け、他の妖精よりも着飾った印象を受ける。


「お前たち、早く逃げて邪魔者が出たと『あのお方』に報告するんだ!」


 言って再び矢を放ち、妖精共を拘束している魔法に矢が中ると、拘束が弾ける様にして消え、妖精共は自由の身となってしまった。


「ありがとーザクロ!」

「こいつらなんて、ちゃちゃっとのしちゃえ!」


 拘束が無くなり、妖精共は各々こちらに散々言ってから森の奥へと飛んで行ってしまった。まあ逃げてしまった奴は仕方ない。それよりももっと大物らしい奴が来たから、そちらに集中する事にした。

 この方は、あの妖精たちの主導者りーだーでしょうか?ベリーの疑問に、俺は多分なと返事をしておいた。確かにさっきの妖精共よりは強い魔法の力を感じるが、まだそれ程でもない。妖精共を纏める奴らの一角といったところか。


「さて、私の仲間に危害を加え様とするお前には、ここで退場してもらう。」


 見事に型にはまった台詞を吐き、俺らに向けて魔法を放つ素振りを見せる蝶羽の妖精を前に身構えた。仲間を怒らせてしまったと嘆くベリーに遠慮せず戦う事を伝え、それを聞いて止めようとするベリーの声を聞かずに飛んだ。


     3


 先に仕掛けたのは蝶羽の妖精だった。弓で矢を放つ構えで魔法を放ち、魔法で形成された一本の矢は何本にも増えて飛んできた。だが見えているならかわすのは造作もない。

 妖精に向かって羽ばたき、左右に動いて飛んで来る矢を難なく躱した。やはり妖精は戦闘に不向きな種族なのだろう。挙動で狙いが丸わかりだ。

 矢が中らないと分かり、蝶羽の妖精は俺の接近から逃げる為飛んで後退した。そして次に別の魔法の詠唱を唱え始めた。


「渦巻く流体よ。我を妨げる者の水鏡となり枷と成れ。」


 妨害系の魔法か。詠唱を聞いてどんな魔法か察した。そして相手の魔法が形になった。

 俺が飛ぶ前方、その空中に幾つもの水の球が形成され、それは俺の姿を映す程大きくなり、正しく飛行を遮る壁になった。

 沢山の大きな水の球の出現にベリーも驚き、どうするかを俺に聞いてきた。こんなものは躱して飛べば問題無いと言い返し、宣言通り水の球同士の間に出来た隙間をくぐり抜けて行く。

 だが、途中一つの水の球に翼が掠り、その瞬間水が爆発でもしたかの様に弾け飛び、弾け飛んだ水が針のようになり飛行する俺らに襲い掛かった。

 咄嗟に魔法を使い、水の針にぶつけ相殺して防いだが、少し触れただけで弾けて攻撃してくるとは、妨害としてだけでなく厄介な罠まで含んでいたとは、あの妖精はなかなか考えている。

 水の針を躱す最中もベリーは危ない!だのなんだの言って騒いでいたが、気にしてはいられない。何せまだこちらは相手に何も仕掛けていないからだ。

 蝶羽の妖精は更に魔法で水の球を生成し、罠の設置していった。躱すのも防ぐのも可能だが、そんな事をいちいちしていたらこっちの体力が持たない。やるなら速攻だ。


陽炎かげろう昇る灼熱、焔を握りて鋼の強固を凌駕する。」


 詠唱を唱え、右掌を上に向けその上に火を出現させた。その火は大きく、徐々に形を変えて、片手で持つには少し大き過ぎる位の大きさの大剣になった。剣は両刃で、赤く光まるで炎その物だ。まぁ火をそのまんま剣の形に変えたのだから、その通りなのだが。


「火の剣?まさか、こっちが冷属性の魔法で、しかも水を操っているのにか?」


 蝶羽の妖精は、俺が火属性の魔法で武器を生成した事に驚く。それもそうだ。火属性と冷属性、相性で言えば圧倒的に水や冷気を操る冷属性に分がある。魔法使いとしては基本中の基本の知識だ。

 魔法を使う者として、属性の相性はしっかり把握していなくてはいけない。何よりその目で魔法をみているのならばだ。

 だが、今回俺は先ほどの事で反省しなくてはいけない。妖精は戦闘に不向きな種族だの、相手は妨害魔法一つしか発現していないだの、偏った知識のせいで不利な状況になってしまうという失敗をした。

 そして今、冷属性に対し火属性は不利だと決めつける事。それもまた偏った知識による偏見だ。今俺が反省を込めて体現しなくてはいけない。

 顕現した火の剣を両手に持ち替え、まるで剣を引き摺る様な構えで急速で飛んだ。いきなりの事で蝶羽の妖精は一瞬驚きはしたが、すぐに正気付き魔法で水の球を操り、俺の飛行の進路へと水の球が置かれ、妨害になった。

 すぐ目の前まで水の球が迫ると、俺は急停止し、火の剣を振るい、水の球を斬った。水に触れて火の剣は大きな蒸発音を立てて、そのまま消えた、と相手は思ったのだろう。だが、剣の火は消えず、それどころか水の球が剣の斬られた跡を残し真っ二つに斬られていた。


「なぁっ!?なんで!?水で火が消えないんだよ!」


 水の球で火の剣を打ち消す算段だった様だが、生憎とそう易々と事を運ばせない。水をかけると火は消える。確かに生き物の世界では常識だ。だが、火を消す水が少なければ、逆に火が大きければ水は火を消す前に蒸発する。簡単な事だ。


「火の火力、熱量を操作するなんぞ、魔法を使いこなしていれば造作も無いだろう。」


 一つ斬った勢いのまま、そのまま別の水に球にも斬りかかり、再び真っ二つに切断。同時に蒸発する音が続き、次第に最初と二回目の斬った水の球は真っ二つされた状態のまま蒸発し消えた。

 自身の魔法が打ち負かされ、焦りを見せた蝶羽の妖精は更に詠唱を重ね、俺に近づくと両腕を伸ばし、両の手を俺に向けて翳し魔法を発動した。

 瞬間、水が俺の周りに集まり出し、気付けば俺は更に巨大な水の球の中に閉じ込められていた。手に持った火の剣は焼ける様な音を立てながら尚も水を蒸発し続けていたが、水の量が先ほどまで斬った水の球の比ではない為か簡単には水は蒸発していかなかった。

 水の中、泡を口から零しつつ、周囲を少し見渡す。なるほど、俺自身を水の中に閉じ込めたか。考えている様だが、まぁ無駄だろう。

 俺は水の中、魔法で作られた火の剣を上へと掲げて、俺は想像する。火の熱さ、燃える様を頭の中に浮かべ、集中し剣に魔法の力を注いだ。徐々に剣の赤い光は光度を増し、それと同時に剣を纏う熱も増して蒸発する音が激しくなる。そして遂に熱が限界に達し、そのまま剣を水中でゆっくりと大きく振るい、一気に巨大な水の球を蒸発させた。


「ちょっ…!?そんなのあり!?」


 そんな展開について行けずに蝶羽の妖精は驚愕の表情のまま硬直してしまい、俺の接近を許した。


「…あっしまっ!」


 妖精は狼狽え、詠唱を唱えようとするが、残念ながらもう魔法を使おうとしても時間が足りない。俺は剣を大きく振りかぶった。

 だめです!

 下ろそうとしたが、ベリーの制止の声が俺の頭に中に響き、意識が一瞬途切れると、次に気付いた時にはベリーの『身体』の主導権は元に戻っていた。

 手に持っていた魔法で生成した火の剣も、もろく崩れる様にして消えた。


「たとえ相手が犯罪を犯したものであっても、そのヒトに手を下す事が正しいとは限りません!それも一方的に攻撃するなんて、そんな不平等は許されません!」


 俺が妖精に手を掛けると思い、ベリーは見えない俺に向けて怒鳴った。俺は心で中で降参の意として手を上げた気になる。

 俺が今まで動かしていた身体の元の持ち主がベリーであり、俺が強く意識を持っても元の持ち主の意思に勝る事など出来る訳も無く、俺はまた元の身体の無いまま喋る意思になった。

 ったく、いきなり変わらなくたって、ちゃんと寸止めしたって言うのに。っという言い訳も意味を成さず、ベリーはさっきと変わらず憤慨ふんがいしっぱなしだ。

 一方、俺らの様子に困惑し、自分の現状を忘れてしまっているのではないかと思える程呆然としていた。そんな妖精にベリーは近づき、話し掛けた。


「うわっ!なんだ!?」

「驚かせて申しわけありません!話を聞かせてほしく、話しかけた次第ですが。」


 ベリーは丁寧に話をするが、話し掛けられたことで正気付き、羽を広げ勢い良く飛びあがり、そのまま森の奥へと飛んで逃げて行ってしまった。


「あぁ!まだ何も聞けてなかったのに。」


 やはり、もう少し落ち着くのを待ってから話しかけるべきだったか。と反省しているベリーを横目に、俺は妖精共の行動について考えた。羽を生やした妖精は集団で暮らす。元々戦いを好まず、自分らが襲われた時にさっきの様に集団で魔法を使って対処する為だ。

 どこかで魚が群れで動き、消費する能力を節約する為だと聞いたが、それと似たものだろうな。

 つまり、妖精が集団、群れで動くとなれば、それを指揮する立場の妖精もいるはず。さっきの蝶羽の妖精はあくまで一集団を見張る、或いは護衛する立場なのだろう。

 結局の所、奴らが向かった先に行けば、今回の花泥棒の指揮した奴がいるはずだ。この森にはまちに恩恵をもたらすとされる魔法使いがいるとされるが、実在するとなればその魔法使いも今回の事に関与しているかもしれない。


「よし…ならば、今すぐに追いかけましょう!」


 目的を決めると、ベリーが自身をすいする様に元気良く言う。この森の妖精が盗みを働き、更に森の魔法使いが盗みに加担した可能性もあり、その事で落ち込んでいるのかと思ったが、そんな様子は見られなかった。


「だからこそです!もしも魔法使いさまが盗みを働いた妖精たちの仲間であるなら、きっと何か考えがあっての事!それをこの目で確認するまで、引き返すわけにはいきません!」


 そうは言っても、こういう時は専門家に頼んで捜査してもらうのが良いはずではないか?っと言っても、これもベリーには聞かない様だ。


「今!ここにいる私たちがやるべきなのです!そして、自分がやると決めた以上、絶対にやり遂げるのが私の道理です!」


 どうやら逆にやる気になった様だ。俺としてはそれならそれで良い。

 今戦った妖精、確かに個人で見れば強さはそこまでではなかったが、厄介な相手だったには確かだ。だとすれば、もしかしたら他にも厄介で手強い相手がいるという事だ。それは是非とも手合わせしなくては。


 こうして、目的は不一致ではあるが、やる事が決まり目的の場所も定まった俺とバリーは、花を盗んだ妖精共を追いかけて、森の奥へと進む。

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