第4話 目的が優先
「スズちゃん、魔法はシバラく禁止ね!」
気絶から立ち直り、目を開いて最初に聞いたのがカルミアの言葉だった。
船を襲う巨大
今居る場所は大きな港まちで、東の大陸の中では『東の玄関口』と呼ばれている。まちに入るヒトの数は多く、その多くが行商人なのはよく知られている。まち中に宿屋が建ち数が多いのは必然だった。こうして一行が休む宿が容易くとれたのはそういう訳となる。
そんな宿名の一室でスズランは起きて、カルミアとクレソンから一声掛けられた後直ぐに忠告を受けたのも当然の事だった。立て続けに魔法酔いによって気絶していては、見ている者が心配するのは当然。何より三人は共に旅をしている最中だ。何かある度に旅が中断されては終わるものも終われない。
「こちらに落ち度があって魔法を使う事を強要させているのは悪かった。だから、こちらも出来得る限り俺らで対処していく。だから、スズランも出来れば後方に下がって身の安全を確保していてほしい。」
「ウン!あたしたちで守るから、ヤバイ時はニげていいからね!」
いつになく真剣な表情でスズランに訴えかける二人の姿に、無表情で無口なスズランも頷く位の反応は見せた。その反応に二人の固かった表情が安堵で柔らいだ。
普段から意味不明な言動で周りを驚かせたり不安にさせる事の多い二人だが、こうしてヒトを気遣う言動をとる辺り、根は真面目なのだと思い直される。
「よし…話もついたし、早速まちを散策だ!」
「このアタり初めて来たから、来るのタノしみだったんだぁ!」
そして直ぐに前言撤回となった。目的のある旅の筈が、行き成り寄り道をする事となり、スズランは無表情から不服そうな複雑な表情となり、盛り上がっている二人を見つめた。
暫くの散策の後、集合場所であるまちの陸側の入り口前にて、二人は各々必要となるものを購入し終え満足そうにしていた。
「アレっクレソン、思ったより買ったのスクないね?」
「あー、店行ったんだけど火薬置いてなかったからさ。こりゃ、直接山行って山小人の店に行くしかないな。」
一番に求めていたものを入手出来ず、目的を新たにしてスズランへと向き直った。スズランの方は何も持っておらず、それどころか装備を持っていない事を気にした二人はスズランにあるものを渡した。
「ほらこれ、スズラン用に買ったもの。」
「禁止!っとは言ったけど、いざという時コレがあれば魔法を使う時タスけになると思うから。」
そう言い、スズランに渡したのは片手持ちの
魔法を使う職業者が持つ杖には、魔法を使う際の補助を行う仕掛けが施されている。魔法の威力を底上げする術識と呼ばれる模様なものであったり、最初から特定の魔法の術識が掘られ、その魔法のみを詠唱を省略して発動させたりと、用途は様々だ。
「魔法酔いの原因の一つに魔法の使用者が魔法の力を制御出来ず多量に放出してしまうのがあるって聞いたんだ。スズランの症状がそれだとすれば、これで多少は制御出来る筈だから。」
スズランが渡されたのは所謂『初心者用の杖』というものだと言う。まだ魔法に使用する力を微調整出来ない未熟な魔法使いが最初に使う杖とされている。
他者が使用した魔法からはまだ影響は受けるかもしれないが、自身の魔法による影響はこれで軽減するだろうと二人が調べ、購入したのだとか。あくまで初心者用なので、強い魔法に対しての制御は難しいからあくまで威力の弱い魔法を使う事も約束した。
二人からもらった杖を自信の目の前まで持ち上げ、ジッと杖を見つめるスズランに二人は気恥ずかしさの様な落ち着かない気持ちが込み上げた様に感じていた。
2
港まちを出発し、二人はスズランに次はどこに行きたいを聞いた。現状目的地がどこかは、記憶を失っているとされるスズランのみが知り、スズラン自身が目的補方角を指し示す状態だ。仕方のない事とは言え、スズランを先頭に立たせる事に忍びない事ではあるが、それを堪え二人はスズランの後に続いた。
進む先にあるのは山、それもクレソンが先ほど口にした山小人が住むとされる山脈地帯がある方を進んでいた。まち付近は暫く平地が続くが、山に近づくにつれて岩肌が目につく様になり、上り坂が増え険しい道のりと変化していく。
クレソンとしては、行きたいと思っていた場所と本体の目的の場所が重なり丁度良いと感じたらしく、先程から楽しげな表情で道のりを歩いていた。カルミアは元々身体能力が高く運動神経も良いので、道が険しくなろうとも大丈夫そうだ。
一方のスズランは二人よりも一歩先を進んでいるが歩みは遅く、転がる石に
躓いて倒れそうになる度にカルミアが支えて助け、どうしようかとクレソンが一瞬考えたがその答えをカルミアが先に思いついた。
「あっそうだ!手ツナげばイーんだ!」
そう言ってカルミアはスズランの手を握り、二人は横に並び立って歩く事になった。最初からこうすれば良かったとカルミアは思っている様子。
手を繋ぐ行為には年齢によっては羞恥を感じる行為らしいが、スズランとカルミアとだとそういった感情は感じられない。どこか家族の様なものが感じられた。クレソンは二人の姿を見て一安心と息を吐いた。
そんな感じで平穏な空気が流れる道中だが道の険しさは分からず、体力に自信のあるカルミアとクレソンも汗をかいて歩いていた。時折足を休めながら先を進み、周りにあるのが岩肌ばかりになる頃、行き先に立札が立っていうのを発見した。
立札と言えばヒトが立てたもの。つまり立札が立つ場所の近くにはヒトが住むむらかまちがあるという事になる。北の大陸での立札が良い例だ。立札が立つ場所からそう離れていない場所に港まちがあった。
三人は立札まで近寄り、書かれているものを見た。
この先の道、亡者の群れが棲みついています。先に進むのであれば迂回する事を
どうやら注意喚起が書かれていた様だ。しかも自分らの進行先に亡者なるものが居るとの事。読んでいたカルミアは亡者というものがどういうものか分かっているらしく、眉を
「亡者…ユーレイさんかぁ。ユーレイさんってツメのコーゲキがあたんないから、タタカいたくないなぁ。」
亡者、幽霊を相手にするのは厄介らしく、カルミアは戦闘を避けて道を通りぬけたいと口にした。
そんな中、先ほどから声が聞こえないクレソンの姿を見る為に二人は後ろを振り返った。クレソンは確かに後ろに立っていたが、カルミアとスズランから大分距離の離れた木の陰に隠れる様に立っていた。顔面は真っ青になり、目線は下がったまま笑っている様な苦しんでいる様な複雑な表情をして体を震わせていた。
「…あっそうだった!クレソン、ユーレイがダメなんだった。」
「その名を口にするな!お願いします本当に考えたくない見たくない!」
言葉にするだけでクレソンの体の震えは増し、汗の量も尋常ではない量を流し身を隠していた気にしがみ付いた状態となっている。カルミアの言う通り、相当幽霊といった存在に恐怖を抱いているのだろう。今のクレソンの喋り方も巻き舌で早口になっていた。
「ウーンどうしよう。クレソンがこんな状態じゃこの先ススめないよね?カンバンの通り、ちょっと回り道」
「いや、行く。」
返事をしていないがスズランに話し掛ける様にしてカルミアが迂回する事を提案しようとしたが、話の中心となっているクレソン自身がその話題を切った。迂回をせず、道を真っ直ぐ進もうと言う提案までしてきた。
「イーの?ユーレイさんがどんなのかもワカんないし、もしかしたらいっぱい」
「いいいいいい良いから!数まで言わないで!」
いっぱい居るかも、というカルミアの言葉を遮り、クレソンはまだ言いたい事があるかの様に口を開いたり閉じたりした。自分を落ち着かせようと息を整えてからやっと喋り出した。
「雪山では、寒いのが苦手なカルミアに無理をさせてまで同行してもらった。そこへ来て俺が幽霊が苦手だからってだけで俺だけ考慮してもらう訳にはいかない。」
カルミアには無理をさせ、自分に対してだけ安全を考慮されるのは間違っているとクレソンは主張した。確かに傍から見ればクレソンの時だけ気を遣っている様に見える。クレソンは異議を唱え、俺にも無理をさせろと言って来たのだ。
「大丈夫だ。幽霊は物理的接触は出来ない種族だ。なら無視してサッサと通り過ぎれば良いだけだ。無理に戦って力を消耗せず、温存して目的地に向かおう。」
先程の怯えて震えた声はもう聞こえず、はっきりと意見を言い行動方針を決めるクレソンの言葉にカルミアは笑顔でその言葉を了承した。
肝心のクレソンだが、真剣な雰囲気で話しているのは判るが、距離は離れているし喋っている最中も木の陰に隠れていて、顔も何も見えなかったので表情で喋っていたかは二人には判らなかった。
ともかく、迂回せず道を先に進むという事になった。進む先は今までの岩肌が目立つ山道とは裏腹に木が密集して生えており林となっている。
そこまでの広さではない筈だが、進む先が陰って暗く向こう側が見えない。見ていると一瞬白いものが見えた気がした。しかし進むと決めた以上何時までも立ち止まっている訳にはいかない。
そう思っているとスズランがいつもの無表情のまま、二人の先を速足で進んで行った。危なっかしいと二人はスズランの後を追うが、クレソンは逃げ腰でいつもよりも足取りは重く二人と比べて背丈が高いのに、今だけはその背丈が低く見えた。
進んだ先、林の中にも岩が転がっていたり
スズランも気にせず先に進もうと足を動かしている。カルミアはそんなスズランが転ばぬように先程同様に手を繋ぎ、並んで歩いた。移動に関しては二人はこれで問題が無さそうだが、問題はクレソンの方だ。
二人の後を追う様にしてクレソンも歩いて来てはいるが足取りは重く、辺りを見渡してばかりしている。ただ風が吹いて草が揺れただけで肩を
スズランはそんな尋常ではないクレソンの状態が気になるのか、歩いている最中もクレソンの方へと振り返り様子を
「クレソンって、ホント―にいなくてもユーレイこわいってなっちゃうからさ、あんまり口にしないようにしてあげてね?」
クレソンの今の状態についてカルミアがスズランに耳打ちをし、そのまま二人はクレソンを見えない
道と同じく凹凸の激しい一行の進みは遅かったが、着実に林の出口に近付いていた。木々の間へと続く道の先から日の明かりが射し、スズランの表情は相変わらずだが、カルミアとクレソンの表情が安堵の色を見せた。特にクレソンに至っては安堵によるものか、油断したが為に足元が疎かになり
躓き転んでしまったクレソンは、また短く変な悲鳴を上げた。カルミアはその声に笑い、クレソンの姿を見ようと後ろを振り返った。そこには倒れて膝をついたクレソンと、クレソンの傍で屈んで様子を見ているスズランがいた。
二人のその姿を見て、カルミアは考えた。この林に入る前から自分はスズランと手を繋いでいた。そして林の中も手を繋いで歩き、林から出ようとしている今も、自分はスズランと手を繋いでいる状態の筈。だが、今スズランは自分から数歩離れたクレソンの傍にいる。
では、今自分と手を繋いでいるのは誰だ?
先に見て気付いたクレソンは顔面は既に蒼白となり動かなくなってしまっている。スズランも表情こそ変わらないが、自分の手の先をジッと見ていた。
そんな二人の様子を見届けた後、カルミアは意を期して自分が誰かと繋いでいる手の先をゆっくりを目を動かして見た。
カルミアの手の先、そこには全身の血の気が失せた真っ白な腕、足、そして顔があった。何処もかしこも骨を見紛うほど痩せ細り、髪は無造作に伸びて美しいとは程遠い容姿となっている。
何よりも顔は同じヒトとは思えぬ形相となっており、目が見えない。隠れて見えない、では決してない。目があるであろう場所には目の代わりに黒く、深く開いて穴があった。
声が聞こえる。男とも女とも言えない声。掠れて聞き取り辛い筈のその声が何を言っているか聞こえてしまった。
いッしょにいよオ?
顔面が蒼白なってから大分間が空いてからクレソンは声にならない悲鳴を上げた。声を聞いたからか、必死に現実逃避をしていた頭が現状を理解してしまったからか、クレソンは悲鳴以外の言葉を発さなくなった。
カルミアはクレソンの悲鳴を合図に、繋いでいたはずの手が何時の間にか捕まれていた状態になっていた自身の手を振り払い距離を取った。筈だった。
離れた筈なのにそれはカルミアから離れず、カルミアの眼前にまだいた。そして振り払われた手を再び掴もうと両の腕を伸ばしてきた。
その瞬間、スズランが横からそれを思い切り突き飛ばした。それによりそれの態勢が崩れた。その隙を突いてカルミアはクレソンを脇から腕を通して持ち上げ、スズランの手を引っ掴み二人を引っ張って林の外へと走った。
そこを待ち伏せでもしていたかの様に、木々の間や影から手が、顔が悲鳴の様な音と共に現れ出し、外へと向かう三人を追いかけた。
敵に囲まれた状態になったがカルミアは構わず光が射す方へと走った。
なんデおいてクの?
痛イ、やだ…怖イよ
ひとり…シないで
聞こえてくる声も無視して、カルミアは力を振り絞り、林の外へと出た。
出た後も距離をとる為に走り、林から離れた場所で漸く止まり、カルミアは後ろへ振り返って林の方を見た。林の方からは走っている最中に聞こえた声が遠くから聞こえたが、こちらを追って来る気配はもうなかった。そう判るとへたり込み、大きな溜息を吐いて安堵を見せた。
「あーコワかったぁ!しかも手ツナいじゃったよー!クレソンがコワがるの、ワカるなぁ。」
ねぇクレソンと話しかける様に振り返ったが、クレソンはその場にへたり込んだまま、力無く顔を伏せていて返事どころか何も喋らない。心配したカルミアはクレソンの肩を揺すったが、それでも返事が無い。
どうしようかとカルミアが悩んでいると、横からスズランがクレソンの傍へと歩み寄った。そんなスズランにどうしたのかカルミアが聞こうとした瞬間、スズランがクレソンの頭を叩いた。スズランがクレソンを叩いた事にカルミアは驚くが、それが切っ掛けか漸くクレソンが反応を見せた。
「いっつ…えっスズラン?…えっあっ!」
顔を上げ、やっと自分らの今の現状を理解したかの様に驚き、くびを振り回す様にして渡りを見渡した。その様子を見て、カルミアはある予想を立てた。
「クレソン!まさか…ずっと気絶してた?」
言われたクレソンは、一瞬肩を跳ね上げて顔を強張らせた後カルミア達の方へと向き直り、強張った顔から余裕のある笑顔を見せた。
「いやぁ!カルミアが幽霊と手繋いでる姿を見た瞬間、もう意識が飛んでさ!何があったかもう全然分かんなかったぜ!」
舌を出して片目を瞑る仕草をし、陽気に喋って見せた。クレソンのその姿をみてカルミアは手を顔に当てて溜息を吐いた。
「まーったく!ゼンゼン返事しないから心配したってのに!心配してソンしたよ!…でも、そんなクレソンもキライじゃないよ?」
「カルミア!」
本気なのかワザとなのか分からない会話劇を繰り広げる二人の背景に、花が咲いて見える幻覚が見えた。スズランはそんな二人をただジッと見ているだけだった。
林を抜け、林に入る前の岩肌が再び姿を見せ、道なりに進む作業に戻った。だがその前に、カルミアは気になる事があり、スズランの方を見た。その時のカルミアの表情は、先程までの明るいものではなく、固く真剣なものだった。
「スズちゃんさぁ、さっきあたしがユーレイにオソわれた時、どうやってユーレイにサワったの?」
そう言われ、スズランは変わらない表情のままでカルミアを見つめた。クレソンはどういう意味かをカルミアに確認した。
「えっスズラン、幽霊…っに触ったのか?確か物理的な接触は出来ない筈だが。」
「うん。だからスズちゃんが何かしたのかなぁっておもったんだけど。…もしかしてスズちゃん、魔法つかった?」
カルミアが魔法と口にした瞬間、クレソンは驚きの表情をした後直ぐにカルミアと同様の固い表情となった。
「確かに資料とかで幽霊の体、『幽体』は魔法の力が接触可能とは知っていたが、もしかしてスズランは手に魔法の力を纏って、幽霊…っと接触したって事か!?」
多分、とカルミアがスズランの代わりに答えた。スズランの反応はほとんど無かったが、自身の手を見つめだした所を見て、予想は確信となった。
スズランはカルミアが幽霊に掴まれそうになった時、咄嗟に自身の手に魔法の力を膜の様にして覆わせ、そして幽霊を突き飛ばしたのだ。
二人は揃って溜息を吐いた後、スズランに詰め寄った。理由はもちろん、スズランが魔法を使った事についでだ。
二人はまちを出る前にスズランに魔法を使う事を禁止にした。相次ぐ魔法酔いによる気絶を心配しての配慮だったが、スズランはそれを無視するかの様に魔法を使った。厳密には要領が異なるが、魔法の力には違いなかった。
「ダメって言ったのに!…でも、それであたしタスかったんだよね。」
「あぁ。俺らが自分でどうにかするって言ったのに、結局助けられたしな。情けねぇな。」
スズランだけでなく、自分らにも落ち度があるという事で今回は不問という事になった。それでもまだ二人は懸念があった。
以前にも考えた事だが、スズラン自身も魔法を使う事へと欠点があるのは分かっている筈。それでもスズランは微量ではあるが魔法の力を使った。今回こそ気絶まではいかなかったが、今回のようなことが続けば積み重ねで不調をきたすかもしれない。
せめて、言葉を交わす事が出来れば良いが、結局今も会話と呼べるものが出来なかった。何よりもスズラン自身が言葉を発さない為にスズランの心情が量れない。それこそが二人が今一番懸念している点でもある。
やはりそれは記憶が喪失している為か、と二人は思考しこれからの行動を考えた。道中必ずしも戦闘は起こる。そうなった時、スズランは自分らに指示は聞くだろう。だが咄嗟の時、特に自分の身を守る時、そして自分ら二人に危険が迫った時にどういった行動を起こすか気を配らねばならない。
雪山の時よりも一層に警戒し、スズランを囲う様にして二人はにじる様にして歩いた。それにより一層移動に時間が掛かり、ほんの少しスズランの表情が渋いものになって見えた。気がした。
3
山道を歩いて暫くして、開けた場所に出た。岩をくりぬいた様なその場所の岩壁に大きな穴が開いており、スズランはその前に立って穴の上の方を指さした。
「…この上、みたいだね。次のモクテキ地。」
「うん。…っとなると、やっぱり話して許可をもらわないと。」
二人はスズランが指した目的の場所の覚えがあるらしく、その事で一瞬だが出し渋る表情を見せた。そして目的の場所へ向かう為に、二人は目の前にある大穴に向かって歩いた。
歩いた大穴、洞窟の入り口に入ろうとする所で声を掛けられた。
「誰やお前ら!」
「この先に通りたけたら、身分証を見せんかい!」
声を掛けたのは入り口の横に立っていたヒト二人だ。そのヒトは三人と比べても小柄で、必ず目に入るであろう特徴的な長い髭を生やしている。その二人、山小人が洞窟に入ろうとする不届き者に警戒するのは、二人が門番という位置づけだからだろう。
クレソンは船に乗った時船員に見せたのと同じものを山小人に見せた。それを見た山小人に二人は納得した様で、渋々と三人が洞窟に入るのを許して道を譲った。
「なんや、堅物共の仲間か。そうは見えへんが。」
言われてカルミアとクレソンは納得しなかったのか、前に出てきた。
「いえいえ!俺らは立派な『堅物』の仲間で御座います!」
「ハイ!見ての通りシセーもマッスぐで服もキッチリ着てます!」
さっきまで着崩していた筈の衣装は留め具が上まで全て止められて、
そんな二人の姿を見た山小人の二人は、カルミアとクレソンの素性など全て分かり切っているかの様に溜息を吐いて、二人が今言った事を全て素通りして洞窟の先へと誘導した。
洞窟の中は窮屈、という言葉が思いつかない程の広さだ。岩壁の高さはヒトの大人が十人縦に並んでも届かない程で、山の外程転がる岩も無く、ヒトが住んでいる為に整頓されていた。
山に住む山小人は洞窟の中で鉱石を採掘して暮らしている。掘った石を更に掘って、打って物に変えてそれを売る。山小人はそういう種族だ。
そんな山小人の集落であるこの場所に来たのは、
洞窟内の集落を進み、枝別れたした様な道を進むとそこは山小人の住居する空間となっている。洞窟の部屋一つ一つが山小人それぞれの住む家であり、同時に作業場でもある。
山小人の仕事は採掘や鍛冶の他には機械部品の細工作りだったり、細かい作業も沢山する。手先の器用さでは様々な職に就く人間と比べ、金属細工に特に特化していると言える。
そして洞窟のある一画、そこは山小人という種族の長が住んでいるとされる場所だ。目的の場所へ入る許可を長から直々にもらえば簡単であると考えた故だ。そして、山小人の長は山の『
山小人の長が住む一画の前、洞窟の通路に扉を直接設置したその場所の前まで来て三人は立ち止まり、クレソンが扉を叩いて挨拶をした。
「失礼します。こちら、山小人の長様の住居と聞いて来ました。長様と是非お話をさせて下さい。」
旅の道中では見た事の無い真面目な口調で話すクレソンをスズランは見つめ、カルミアは体を揺らしつつもクレソンの隣に立ち、クレソンの声の答えを一緒に待った。
答え、と言うよりも代わりの者が扉を開けた。出て来たのは若者だ。肌の色が悪いと見えたのは種族故だと認めで判った。髪は
「…ラサさんに何の用?」
初対面である筈だが、タメ口で扉を叩いたクレソンに質問をした。声も低くさっきまで眠っていたかのように気だるげでやる気が元気の無い雰囲気のする喋りに聞こえた。
どこかヒトを拒絶している感じにも取られるその人物の態度を気にせず、カルミアとクレソンは扉から出て来た人物に詰め寄った。
「あっどうも初めまして!クレソンっていうんですが、長様は今ご在宅ですか?大事な用事があるので御目通しをお願いっしたいのですが!」
「キミ、もしかして守仕さんですか?初めまして!あたしカルミアって言うの!キミは竜人だよね!あたし竜人初めて見たよ!」
クレソンの方は敬語を使っているが、まくし立てる様に話し、カルミアは完全に相手がタメ口で話した為につられて自身もタメ口を言い世間話をしてしまっていた。
言葉の乱打を受け、相手の方は完全に参った状態になっていた。話をしてはいけない相手に声を掛けてしまった、という心境がありありと見て取れた。
「誰や?客でも来たのか?」
そんな混乱状態の中、相手の背後から話し掛ける人物が出て来た。今一方的にだが話し掛けている相手の背後から声が聞こえた事に二人は驚き、相手の背後を不躾ながらも気になった為覗き込んだ。
そこには明らかに二人よりも背丈が低く、見た目は今この場にいる中で一番若いと思える。
衣装は動きやすそうな
その勝気そうな人物が
「クラスペディア!自分、客が来たなら来たって先に言わんかい!後何ぼさっと突っ立ってるんや!早うお通しして茶の用意くらいせんかい!」
怒鳴り散らし、クラスペディアなる人物を急き立たせた。そうして叱った後、勝気そうな人物が今度はクレソンとカルミアの方へと歩み寄った。思わず身構えた二人だったが、二人に向けて発せられたのは先程とは打って変わって穏やかなものだった。
「どうもすまなかったね、客なのに何時までも立たせたままで。早く何かに入りな。」
そう言い、部屋の中に向けて誘導する様にして三人を歓迎した。先程のやり取りを見た後だったので、三人は拍子抜けして顔から表情が抜けた様な腑抜けた状態となってしまった。
そうして中に通され、大きな卓と向き合う形で椅子に座り勝気な人物、もとい山小人の長であり土地守であるそのヒトと話し合う事となった。
先程のやり取りを見た影響がまだ残っているのか、カルミアとクレソンはまだ呆けた表情のまま椅子に座っている。スズランは相変わらずの無表情で考えが読めない状態で二人に挟まれる様にして座っていた。
言われた茶を入れて持って来たクラスペディアなる人物は、その場を怱々に離れた。その姿を見て長は呟く様に愚痴を言い、三人の方へと向き直った。
話をする前に、目の前に座る山小人の長はクレソンから受け取った、自称『愛・緑の守護隊』の印であろうものを見てからクレソンに返却し、改めて挨拶を交わした。
「知っているだろうが改めて、私が山小人共とその里を治める長、ライラァ・サラだよ。これも知っているだろうが、この山の土地守でもある。そこの所、宜しくね。」
言われてカルミアとクレソンも自己紹介をした。スズランはカルミアが代わりに紹介した。全く喋らないスズランに長は不信そうな表情をしたが、今は置いておく事にしららしく何も聞く事はしなかった。
「さて、あんたらはあの『堅物』の仲間って事で
本題を出され、二人も互いに頷いて返事を出した。
「この里、山の上の方に続く道を通させて下さい!」
言われ、長の表情が変わった。
「駄目だ。」
眉を顰めたまま、長は即答をした。その反応に二人は分かっていたという感情と悔しさ、残念だと思う気持ちが表情に出て項垂れた。だが、次に長が口にした言葉に二人は顔を上げる事となる。
「…っと言いたいところだが、『あんたら』が来たって事は、いつもの不躾な調査とは違うんだろう?何が目的でこの上に行きたいのか聞こうか。返事次第では通行許可を出そう。」
聞いた二人は一瞬だけ安堵の笑みを浮かべたが、次には顔を引き締めて事情の説明を始めた。
「昨今、魔法が発動しないという現象が続いていると言う話は知っていますよね?」
「あぁ、人間のまちの方でそんな事が起きてるって話は聞いてるよ。日常的に魔法を使って仕事をしている奴らにとっては厄介な異変だよね。まっ魔法も何も関係の無い
確かに山小人は鉱石の採掘に加工、武器生成の仕事が主な生業で魔法関係の職業や生業をする山小人は少ない。今回の魔法に関した異変とは関わりが薄いだろう。
だがやはり魔法を日常的に使う者は多く、山小人の中にも多少は魔法を使う者もいるだろうから、長を始め異変に気付かない者はいないだろう。
「で?その異変とあんたらが山の方に行くのには関係があるって言うのかい?」
「はい。実はその異変を解決するかもしれないものがこの里、集落の先にある筈なんです。そしてこちらにいるスズランが、異変解決の鍵となる人物となります。」
言ってスズランの手で指し示した。聞いていた長は訝しげな表情でスズランを見た。スズランは表情こそ変わらなかったが、見られている事に何かを感じたのか、体を少しだけ仰け反らせていた。
「異変を解決するかも、か。随分と曖昧だが、確かにその子には何か異様なものを感じる。」
「土地守さんもそうオモうんだぁ!やっぱ魔法がツカえる事とカンケーしてるのかなぁ?」
「…魔法?」
カルミアの発言に反応を示し、クレソンも同調する様に口を開いた。
「そうだ、実はスズランは魔法が発動しないという異変の中で魔法を問題無く使う事が出来るんです。本人は魔法酔いで体調悪くしちゃうけど。」
スズランが魔法を使える、という言葉を聞いて、長は口に手を当て考え込んだ。少し時間を掛けて答えを出した。
「分かった、進む事を許可しよう。」
許可と言われカルミアとクレソンは見合って喜び合った。ただし、という言葉が続いたのを聞くと長の方へと向き直り、二田に表情を引き締めた。
「進んだ先でやるべき事を終えたら、私の所にまた来る事。そしてその成果を私に見せろ。」
まるで親が子どもに言いつける様な、厳しい雰囲気が漂うのは変わらないが、声がどこか優しいものに感じた。それは種族を束ねる長故か、理由はさて置き言われた事を守るために二人はすぐさま立ち上がり礼をして準備に取り掛かった。
スズランは一人、する事も無く二人を待つ事となった。そんなスズランに長が話し掛けた。
「…まさかヒトを連れて来るとは思わなかった。良いのか?このまま巻き込んだりして。」
長の言葉にスズランは返事は返さない。だが言われ、何か思う事があるかの様に目を伏せて
「まぁあの堅物共はそれが仕事だろうし、私からはこれ以上口出しはしないさ。あんたがこの先どうするかは、あんた自身が決める事だろうし。」
言いたいことを言い終えて、長はスズランから離れた。長自身も仕事があるという事で、二人が準備を済ます間にそちらも色々とやってしまおうと自信の作業場へと戻った。
スズランは結局長に何も言わず、ただ俯いたまま二人を持った。
言われて『ソレ』は初めて考えた。考える事など、『ソレ』にとっては未知であった。確実に何かが変わりつつも、流れは未だ穏やかであった。まるで嵐の前の静けさと言う様に―
余談
「あの守仕の竜人さん、サイショに会ってから姿を見なくなっちゃった。」
「そういやそうだな。ってか、あれって竜人か?それにしちゃあヒトの要素が多い様な?」
「あぁ、あいつは竜人と人間の
「…思ってたよりも複雑な家庭事情だった。」
「まさか、そのフクザツなジジョーからあんな暗いカンジに?」
「いや、あれはただの面倒くさがりの根暗ってだけだ。ってかあいつ、挨拶もせえへんで何してんだ馬鹿仕が!」
「こっちはある意味タンジュンだった。」
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