第5話 強敵が現出

 東の大陸、山が連なる地方にある山小人の里の奥地。その更に奥へと進む為にカルミアとクレソン、そしてスズランはその奥地へと進む為の道が続く入り口の前に立っていた。

 カルミアもクレソンも突入前の準備を済ませ、見た目は来る前と変わらない身軽なものだが、持っている荷物に確かな変化がある。カルミアの腕には来る前には着けていなかった籠手を装備している。この籠手は山小人の長からの餞別と言う形で支給してもらった長直々の贈り物だ。

 クレソンの方は欲しかった火薬が購入出来、銃器も手入れされている。それぞれが武器を整え、奥地へと進む状態となっている。

 スズランの方か変わらないが、そこは問題無いだろうと二人は判断した。後はスズランを守りつつ奥地へと向かい、雪山の様な場所を見つけ出すだけだ。


「お前らが行くべき場所は、恐らく魔法の力が強い場所。そこまでは道が入り組んでいるから、この地図を見ながら行け。」


 そう言って山小人の長から、古びた羊皮紙をもらった。中には洞窟内部の地図が描かれており、羊皮紙自体は古いが、描かれている地図の線はくっきりとしており、十分に見られる状態だ。


「アリガトー…って、長さんあたしたちの行く場所ワカるの!?」

「当たり前だろ。魔法関係の異変とくれば、重要なのは魔法の力が充満した、自然が多く残る場所だ。お前らが魔法異変の話をした時点で、大体の目的は読めた。」


 後は本人らが本気で目的を果たそうとしているか、それを確かめる為に話をしてもらい、相手の声色などを量っていたのだと言う。

 二人は感心した様な声を上げた。そんな二人は置いといて、長はスズランを見て言った。


「その子が鍵だって言うなら、気を引き締めな。場所が場所だけに、私以外は近寄る事さえ無い神聖な場所であると同時に、何が起こるか分からない危険な場所だからね。」


 言われた二人はその通り、気を引き締めた表情と姿勢となり返事を揃えて元気良く言った。スズランは結局一言も発さずにいた。


 そして長が手を上げ合図を送り、奥地へと続く扉を開けさせた。長の号令で集められた山小人達が集団となり、両開きの堅い扉を押して、時間を掛けて完全に開き切った。


「スッゴイゲンジューだぁ。」

「使われなくなってから大分経つ坑道だからね。さっき話した事もあって、他の奴らが簡単には行けない仕様にしたのさ。まっ!不用心に道を解放しているよりは良いだろ?」


 言われて納得した二人はスズランと共に開かれた入り口の前に立ち、そしてその奥へと歩き出した。後ろからは扉を開けたヒトの他に集まっていた山小人も一緒になり、声援を送った。


「気ぃつけろやー!」

「足元に気ぃつけて進めや!」


 まるで既に親しい間柄にでもなったかの様な言葉に、二人は歩きながらも振り返って手を振った。

 そんな明るき雰囲気の中三人は洞窟の奥へと進むが、進む先は当然暗く視界が悪い。もらった照明具ランプに火を点け照らすが、それでも視界は狭く歩き辛い。だが、ここに来る前の山道と比べて、三人の足取りはまだ軽いものだった。だが、山道を歩く時よりも軽い筈の道であるにも関わらず、カルミアはスズランの手を握り引いて歩いた。


「何があるかワからないからね!あたしがついててあげるよ!」


 すっかり年上気取りとなり、スズランを子どもか年下のキョウダイか何かと思っている様だった。そんな二人の姿をクレソンは微笑ましく見ていた。

 そんな長閑そうな一向はさて置き、聞いて話によると過去に行動として使われていた事により多少は道として整備された跡があった。その跡を辿る様にして、持たされた地図を見ながら三人は坑道跡地の先を進んで行った。


 坑道跡地は正しく迷路そのものだった。あちこちに穴があり、カルミアが気に成って穴を一つ覗いて見るとそこは行き止まりになっていたり、一つは先が大きな縦穴となっていて先に進めなかったりと、知らずに入れば行き来して歩き回る羽目になり、相当な労力を削る事になっていたと思われる。

 地図を見ていたクレソンは坑道だった道を進みながら上をちらりと見て、一度足を止めて方向を変換し右に行ったり左に進んで行く。

 カルミアは地図がどのようにして描かれているのか気になり、クレソンが持つ地図を覗き込んで見た。そこには細い線が網目の様に広がり、それぞれの道に数字が書かれていた。

 クレソンが見ていた上の方を見れば、穴の高い位置に数字の書かれた板が打ち付けられており、これを頼りに進んでいたのがカルミアにも分かった。

 クレソンであれば、数字を見間違える事無く正解の道を進めるだろうとカルミアは思っていた様だが、そう思っていた矢先に突然クレソンの足が止まった。いきなりの停止だった為に歩いていたカルミアはクレソンの背にぶつかり、何があったのか聞こうとクレソンを呼ぶと、クレソンはカルミアたちのいる方へと振り返った。


「…大変だ。道が分からなくなった。」


 突然の宣告にカルミアは唖然とした。直ぐ後に反響して耳を傷める程の大声を上げた。


「ナンでナンでナンで!?だって地図あるじゃん!見れば一発でワかるんでしょ!?」

「まぁ見ろ。」


 クレソンがそう言って指し示したのは地図、ではなく上の方。数字が書かれた板が打ち付けられているであろう場所だった。しかし、確かに板は打ち付けられていたが、板自体がもうボロボロとなっており、何の数字が書かれていたか判別出来なくなっていた。そして進む先にはいくつもある穴という穴。しかも先はどれも真っ暗で、実際に進んで行かないと分からない状況となっていた。


「…ワからんなぁ。」

「分からんだろう?」


 風化した為なのか、実質三人は進む先が分からず坑道跡地で迷子になってしまった。するとカルミアが何かに気付き、スズランの方を見た。スズランはある一点をジッと見て立っていた。


「スズちゃん!あたしたちがどこに行けばイーか指さしてくんない!?」


 今にも掴みかかりそうな形相でスズランに詰め寄った。クレソンはスズランに坑道の道順までは分からないだろうと考えていたが、もしかしたらと思い様子を見た。

 さすがのスズランもカルミアの勢いに圧されてか一瞬だけ表情が強張ったが、少し間をおいてから手をゆっくりと上げ、本当に行き先を指し示した。

 その指した先はある穴と、もう一つの隣合う穴の間だった。しかも少し角度がある事から、上部に目的の場所があると言う事だろう。それを見たカルミアとクレソンは一気に虚無の表情になった。


「…うっうん!でもどこに向かえば良いか一応判ったし、こっち側にある穴を通って行けば良いな!」

「そうだね!あっちにムかって行けばいつかツくね!」


 仕方がないとはいえ、スズランのあまりにも大雑把な指さし案内を前向きに捉え、三人は指差した方をひたすらに進もうとした。が、その時に音がした。

 何か固いものが転がり、ぶつかる事。そしてその音が徐々に自分らの方へと近付いている気配を察した。何の音か確認する為にカルミアとクレソンは一緒に音のする方へと振り返った。

 そこには形容し難い不思議な物体があった。それは岩の様な見た目だが、浮かぶ上がり表面は柔らかくうねり、羽の様な欲しい形状の石が羽ばたく様にして動いている。

 そんな見た事も無く、生き物とも呼べないそれにはカルミアもクレソンも見覚えがあった。


「あれ、船でオソってきた粘体生物スライムもどき、だよね?」

「あぁ。見た目は多少違うが、ほぼ同質の生き物、だなぁ?」


 生き物、という呼称に違和感を感じつつも、互いに以前襲ってきた不定形の物体と同じものと気付いた。そして今目の前にいるそれらも、自分らに襲い掛かろうとしている事にも気付く。よく見れば暗がりで見えなかったが、奥の方からも多くいる事にも気付いてしまった。


「うわーん!また来たー!」

「泣きたいのは分かる!とにかく出来る限り倒そう!倒せない訳ではないし!」


 突然の出現に驚きはしたが、カルミアもクレソンも既に戦闘態勢をとっていた。そして次の瞬間岩の姿をした不定形の物体は滑空する様に三人の方へと飛んできた。クレソンはスズランの両肩を持って支えてながら抱え、スズランと共に横へと動き距離をとった。

 一方のカルミアは飛んできた不定家の物体に逆に向かっていき、自身の腕を振るった。カルミアの腕に着けられて籠手に中り、不定形の物体は削られたかの様に損傷を受けた。攻撃が中ってカルミアは息を吹き、拳を突き出し風を切る音を立てながら次の攻撃に備えた。

 クレソンも銃器から弾を発射し攻撃した。放たれた弾が不定形の物体に着弾すると、砕けて動きが止まり蒸発する様にして消えていった。


「よしっ船で戦った奴と同じだ!」


 攻撃が通り、倒されるのを見て安堵をした。しかしここで長期戦をする気が無い二人はスズランの両脇から腕を通し、持ち上げて先へとその場から逃走した。そんな三人の後を不定形の物体が群れとなって追いかけてきた。


「倒せるって判れば怖くは無いなー!」

「アンシンしてちゃっちゃと行こうねー!」


 不定形の物体の群れから無事逃れる事が出来た、そう思った所で走る先に影が見えた。それが今自分らの背後から追って来る群れと同じものであると気付き、勢い余ってそのまま跳んで群れを越えた。

 群れは跳び越えられることを想定していなかったのか、群れの動きが途端に狼狽えた様なぎこちない、ちぐはぐな動きをし出した。そしてカルミアとクレソンも狼狽えた。


「跳んだー!?」

「トべちゃったー!?」


 スズランを除き、その場に居た全ての生き物、物体は驚きに満たされた。


     2


 再び襲い掛かって来た不定形の物体の猛襲に立ち向かったり逃げたりとくぐって行き、何とか群れから逃れ坑道跡地の奥まで進んだ。

 坑道跡地の奥は環境音が全くしない、無音の空間となっていた。少なくとも誰も居なくなった坑道であっても何かの拍子で転がる石の音や風の音が聞こえて来る筈。それが無い今の現状は違和感しか感じられなかった。


「…シズかすぎて、逆に何かいそう。」

「止めろ。そんな言い方されたら、あの名を口にしなくても想像してしまう。」


 本当に想像してしまったのか、クレソンの顔に冷や汗が流れていた。本当に苦手故に、過剰に反応してしまっているらしい。

 そんなクレソンの事はさて置いて、進んで行くと徐々に空間が広がって行き、遂に天井が見えない程の広い場所に出た。通常であればここは洞窟の中で照明具ランプの火が無ければ自分の位置さえ分からない程の闇に包まれている場所となるが、ここではその照明具ランプさえも必要が無かった。

 空間の恐らく中央であろう、その場所に雪山でも見たあの巨大な結晶の柱が突き出る様にしてそこに鎮座していた。自ら発行し存在感を出しているそれは、雪山のものと同じく強い魔法の力を発しているのが、魔法に詳しくなく探知も出来ないカルミアとクレソンにも肌に、もしくは勘に近いもので感じ取れた。


「これまたでかい魔法晶だなぁ。」

「そうだねぇ。これだけ大きいなら、ここが使われなくなっちゃうのもワかるねぇ。」


 この坑道が使われなくなった理由がこれだった。上質な魔法石が採れたこの場所で、ある日採掘していて辿り着いたこの場所にあったこの魔法晶は、あまりにも危険な存在であった。

 高価な物、希少な物はいつの時代も争いの元となって来た。それを危惧した山小人もとい長であるライラァ・サラは、これを隠蔽いんぺいする為にこの坑道を封鎖した。ヒトがここに入る事を最初断ろうとしたのもその為だと言う。

 しかし事情が事情な故に、今回のみ入る事を許された。もちろんこの魔法晶の事を外に漏らさない事を条件にしての事だ。

 そんな魔法晶に再び見惚れていると、スズランがその魔法晶に近付き、雪山でも行った動きをそのまま繰り返すようにして詠唱らしきものを再び唱え始めた。


「我、四方の央から末へと達する。

 力は空。空間を占め凝固ぎょうこする力を拡散かくさんし変化を求める。」


 雪山の時とは違うものだが、唱えた事で起こる現象は同じもので、魔法晶から発せられる光がスズランが掲げた手に集まっていく。

 その光景を見て、二人は正気付いた様な表情をして警戒し周囲を見渡した。雪山ではスズランが魔法晶な儀式めいたものを行っている最中に熊の様な犬の様な巨大な生き物が襲ってきた。今回も何かしら襲ってくるのではないかと、二人は雪山でのことで警戒する事を覚えてしまった。

 巨体の動物事自体が偶然の出来事だと思えるものだが、今考えるとあんな巨大な図体の動物だあんな雪山に何故棲んでいたのか、そもそもあんな巨大動物は本当にあの雪山に棲んでいた生き物なのか調べる事が難しい現状謎のままだ。

 ともかく警戒するに越した事は無いだろうと二人は身構えた。


「あっやっと見つけたァ!もーこんな所まで来てたなんてェ。」


 本当に当然のヒトの声に二人は声を出す暇さえ無かった。警戒していた筈があまりに突飛で意外なものであった為に反応が遅れてしまった。

 直ぐに声はした方へ振り返ったが、そこには何も無かった。確かに背後、直ぐ傍から声がしたからヒトが直ぐ傍に立っている筈だった為に更に二人は声を出す程に困惑した。


「一体どこで何してるのかと思ったけどォ、そんな状態だったなんてビックリだよォ。」


 周囲を見渡し探そうとすると、今度は声がスズランが立っている方からしてまた勢い良く振り返った。そこにいたのはスズランだけでなく、全く見た事の無い人物の後姿だった。

 結い上げた青白せいはくの髪は膝まで長く、一瞬羽織った外衣マント見紛みまがった。服の柄は艶やかでどこかの民族衣装にも見えるが、服装自体がはあまりにも軽装でとても坑道内を歩き回れそうな恰好には見えない。

 何よりも、その突然現れた人物はまるでスズランを見知っているかの様に話し掛けている事から、もしかしたらスズランの身内か、親しい事柄の人物なのかと思ったが、その考えは次の瞬間に吹き飛んだ。


「んー今動けないのかァ。まっそれは仕方ないよねェ。とりあえず、やっちゃうかァ!」


 明るく、陽気に言った後にその人物がした事は、どこからか取り出した巨大な2枚刃の鎌を振り上げ、それをスズランに向けて振り降ろそうとする事だった。

 そんなものを見たカルミアとクレソンは咄嗟にその人物に汲み付き動きを止めた。


「あっぶねぇ!」

「ちょっちょっ…!何してんのキミ!?」

「えェ?誰あんたたちィ。邪魔しないでほしいんだけどォ。」


 動きを止められて苛立ちを見せたそのヒトは、片手で鎌を振り回しカルミアとクレソンを振り払った。振り払われ倒れた二人は直ぐに立ち上がりそのヒトを見た。

 そんな二人を見るそのヒトの真っ赤な目に睨まれ、二人は尻込みしてしまった。


「はぁ…何なのさァ?こっちは用事があって来たってのにさァ。関係ないヒト共は割り込んでこないでくれるゥ?」


 そのヒトはまるで自身が無機質な人形が動いているかの様に首を傾け、目を見開き二人を睨みつけた。

 睨みつける、と言うよりもただただ見ているだけだった。それはまるで道に落ちてた虫の死骸を目にしたかの様な、泥の中にごみが浮いているのを目にしたような、見るに堪えないそんなものを見る様にそのヒトはただただ二人を見た。

 瞬間、何かが二人の間を通り過ぎた。それは目の前に立つそのヒトが片手に持った鎌の刃だった。二人は唖然とした表情で鎌を振るったそのヒトを見ているだけだった。

 何の脈絡も無く、ヒトに向かって大きな刃が二つも付いた鎌を躊躇無く振るってきたそのヒトにただただ恐ろしさを感じた。


「…あれェ?どっちか片っぽは斬れるかと思ったんだけど、君ら今躱したァ?思っていたよりも勘良いし速いねェ。」


 確かに、もしも本当に棒立ちのままでいたら、間違いなく二人のどちらかは鎌の餌食になっていただろう。二人が揃って相手が動く事に気付き、そして咄嗟に横に動いて躱して難を逃れた。逃れたとは言え、やはり相手の言動は異様だった。


「あーわかったァ、君らで時間つぶしするよォ。ヒトで言う所の前菜って奴ゥ?」


 本当に脈絡が無くて混乱するが、スズランだったであろう標的がカルミアとクレソンの二人に替わったらしい。それは二人にとって安心出来るものであり、同時に二人にとって恐怖の時間の始まりであった。


 そして合図の無い戦いが始まった。二人はただ危険な予感がした、という自分の気持ちにのみ従い今自分が立つ場所から跳んだ。次の瞬間、鎌による攻撃が始まっていた。

 そのヒトが片手で持った鎌が地面に刺さり、地面に大きな亀裂を作り、破片が辺りに散った。まるで爆発が起きて地面が削り取られた様に穴が開いた様だ。もしも躱せず中っていたら、自分らは木っ端みじんになっていたのではないかと想像し、大量の冷や汗をかく二人だったが、汗をかく暇さえ今の二人には無い。

 次の攻撃は、鎌を投擲とうてきするというものだった。投げた鎌はまるで直角に曲がった投具ブーメランの様に旋回し、後ろから再び二人の方へと飛んできた。


「うおぁ!?っぶなぁ!」


 変な悲鳴を上げつつ二人はギリギリで躱す事が出来たが、攻撃は止まない。再び鎌が旋回しながら飛んできて、二人は仰け反ったり前に転ぶようにして低いし姿勢になったりして躱していく。


「動くねェ!じゃあ今度はァ。」


 次にそのヒトは飛んで戻ってきた鎌を片手で受け止め、それを持ち演舞する様に振り回して攻撃を繰り出してきた。応戦したのはカルミアだった。

 自信の手の指先から爪を伸ばし、繰り出される連続攻撃をいなしつつ、反撃を狙うが難しいらしく、防ぐのが精一杯の様に見えた。

 クレソンも隙を狙い離れた場所から銃器で射撃をしたが、まるで体の至る所に目が点いているのかの様にクレソンの奇襲を気付きあっさりと鎌でカルミアに攻撃しつつ弾を防いでしまった。

 それはまるで、目だけでなく腕も二本以上生やしているかの様な瞬発力だった。それはヒトからかけ離れた身体能力だ。そこでクレソンは、そのヒトに対して初めてヒト以外の生き物に向ける恐怖を感じた。

 クレソンのそんな心情を置いて行くかのように、カルミアは未だ応戦を続けていた。だが疲労で限界が近づいているのは確かだった。


「あれェ?もう限界かなァ。こっちはまだまだまだやれるんだけどなァ。」


 言い終えた瞬間、思い切り振り被りカルミアを薙ぎ払って飛ばした。飛ばされたカルミアは自身の体を捻り、何とか着地出来たが、疲労により膝を付いた態勢のまま荒い呼吸をした。立ち上がるのも難しいそうだ。

 クレソンは何とか隙を作ろうとするが、相手がヒトとは違うのが徐々に察してきて、冷や汗を沢山流していた。手も震えてきたが、それでもクレソンには聞かなければならない事があった。震える口を無理矢理こじ開ける様にして声を振り絞った。


「…なっ…なぁ?一つだけでも、聞いて良いか?」


 クレソンのか細い声による質問に、そのヒトは反応しクレソンの方へと振り返り見た。目は変わらずヒトを見るものではない、見ていて体の芯が冷えてくる様な冷たさを感じた。それでもクレソンは、思い切って声を再び出した。


「…名前何ていうか教えて!」


 間が開いた。ほんの一瞬ではなく数秒程、本当にその場の空気、ものの動きが止まった。そんな状況を作り出したクレソンは続けた。


「さっきから君の事、『そのヒト』って表記になってて分かりづらいの!せめて呼び名でも良いから教えて!それで助かる人もいるから、絶対に!」


 その言葉にカルミアは大きく首を縦に何度も振った。クレソンの発言には何か次元の違うものが含まれていたが、そこは無視して良いだろう。

 聞かれたそのヒトは、少し考える素振りを見せてからまた目をクレソンに向けた。


「じゃあァ、呼び名はメーデンで良いよォ?名前何てほんとはないけどぉ。」


 そのヒト、メーデンがした自己紹介はあっさりとしたものだった。まるで本当に何に感情も無い、思い入れもが含まれない口調で言った。

 しかし、呼び名が分かって安堵の表情をしたクレソンとカルミア。疲労が溜まっているいる体を痛みつけるかの様に立ち上がり、再びメーデンと向き合った。

 諦めていない表情を見た。そしてメーデンは眉を顰めた。


「…あァそうか、これがそういう『気持ち』って奴かァ…むかついてきた。」


 メーデンがそう呟いたのを二人が聞いたと思った時には、メーデンの大鎌は既に振られていた。カルミアは間一髪で鎌を防げたが、それでも掠り出血してしまった。クレソンは刃が直撃しなかったにも関わらず吹き飛ばされていた。鎌を振るって発生した風圧だけで全身を持っていかれる程の力を受けてしまった。

 たった一回の鎌の攻撃で、再び満身創痍になってしまった。あまりにも圧倒的だった。何が起きたかを理解したのが吹き飛ばされ、傷を負って地に手を着いた瞬間で、更に声が出なかった。


「はァ…そっちがあれこれ言って来るおかげで力使い過ぎちゃったじゃんかァ。…おかげで」


 大きな溜息を吐いたメーデンが振り返った先、そこには魔法晶が輝く空間、その魔法晶の前に立つ影がこちらを見ていた。影はスズランだ。そのスズランがクレソンとカルミア、そして二人を倒したメーデンに向かって手を翳していた。それは明らかに魔法を使う構えだった。

 スズランは魔法をメーデンに向かって放つ構えのまま、メーデンを見ていた。無機質で無感情なスズランの表情には、ほんの一欠けら程の感情が感じられた。

 それはその感情を向けられたメーデンにしか感じ取れなかった。感じ取ったメーデンは、呆けた表情をした後、直ぐに口が裂けそうな程口角を上げた。


「…あっは…あはは…あはははッ。そっかァ。そういう『気持ち』なのは、一緒だったんだァ、そっかァ。

 うん、わかったァ。今回はここまでしてあげるゥ。…次はちゃんとやってあげる。」


 そう言い残し、メーデンは影も形も底す事無く消えた。魔法による移動なのかは二人には分からなかったが、スズランのおかげで相手は退散し、助かったという事だけは分かった。


     3


「うわーんスズちゃーん!コワかったよー!」


 謎の人物が姿を消し、安堵からカルミアはスズランに勢いよく抱き着いた。抱き着かれた勢いでスズランは少しよろめいたがなんとか持ちこたえて二人一緒に倒れる事は無かった。


「いやぁ、俺もヤバかったぞ。見ろ、手だけじゃなく足もまだこんなに震えてる。」


 言って指したクレソンの足は、確かに尋常ではない程震えていた。まるで産まれたての小鹿が恐怖で更に震えあがっている様だった。それでは最早ヒトが直立しているのも困難となるかもしれない。


「…しかしあのメーデンって奴、結局何しに来たんだ?」

「最初スズちゃんにコーゲキしようとしてたけど、スズちゃんの知ってるヒト?」


 聞かれたスズランは黙って俯いていた。その表情はまるで落ち込んだような、口にする事を怖がっている様に二人には見えた。


「…うん!どっちにしろ、こっちをコーゲキしてきたんだから、悪いヤツなんだろうね!だってこっち悪い事してないし!」

「そうだな!後言ってる事大半意味分かんなかったし、今は…あっそうだ。」


 言っている最中に、ここに来た目的を思い出し、スズランに確認をとろうとクレソンは近寄った。


「儀式…みたいなのはもう終わったのか?ちゃんと出来たか?」

「そうだった!そういえば動けてるのってあのギシキ…ぽいのやったからか!」


 未だにスズランが何をしているのか把握出来ていないが、少なくとも害を及ぼす者ではないと分かる二人はスズランに聞いた。すると結果を見せる様にして二人の見ている前でスズランは手を翳した。


「…風よ舞い踊れ。」


 スズランが詠唱を唱えると、スズランが翳した手を中心に風が巻き起こった。あくまで髪や服の裾がたなびく程度の強さだが、今まで風が吹きこむ事の無かったこの空間では、それは奇跡に近い事だった。


「雪山は火で、こんどは風なんだね。」

「正確には空属性だな。風の他に雷の力も操れる筈だ。って事は、他の二か所は残りの属性って事か。」


 残り二か所という言葉に反応して、スズランは首を傾げた。それを見て何となくではあるが、クレソンは何故あの二か所回る事を知っているのか、とスズランは聞きたいのだろうと思った。


「隊長が最初言ってたんだ。俺らはそれぞれの方角、東西南北それぞれ一か所ずつあるものを探すって。そういえば、そこまで詳しく話してなかったっけ。」


 言われてスズランは納得した様にクレソンを見て、それから傾げた首を元に戻した。他に聞きたい事はスズランには無いらしい。


「そういえば、隊長そんな事言ってたっけ!」

「お前は忘れてたんかーい!」


 明らかにワザとらしく振る舞う二人のやり取りをスズランは見て、少しだけ口元が緩んだ気がした。そして二人に向かって両手の拳を二人の頬に押しつけた。全く力は入っておらず、痛くも痒くもなかったが、二人はスズランが初めて自分から起こした行為に目を丸くした。


「ぐっぐあぁー!」

「かっ顔がぁあぁ!」


 次の瞬間、二人は思い切り殴られたかのように倒れたり悶えたりし、演技している事が丸わかりな動きをし始め、それを見たスズランは再び無表情へと戻り、棒立ち状態となって奇妙な雰囲気な空間が出来上がってしまった。


 やる事を終え、三人は坑道跡地を引き返し山小人の集落に戻って来た。長の家へと向かい、そして待ち構えていた長と対面した。

 長は作業をしていたのか、汚れが付いた前掛けをして、手にも汚れが付いた大きな皮の手袋をして顔には煤が付いていた。


「なんだ!意気揚々と行ったから早く帰って来るかと待っていたら、思ったよりも遅くていくつか仕事を済ませてしまったぞ?」


 皮肉を言いつつ、顔に着けていた防護具を外して帰って来た三人の様子を一瞥した。クレソンとカルミアは言われた事に苦笑いで返し勧められた席に座った。長も椅子に座り向かい合う形になった。


「さて…やる事は無事に終えた様子だが、何があった?…いや、何に会った?」


 クレソンとカルミアの顔が一瞬強張り、まるで悪戯した事がバレた子どもの様な心境となった。スズランは表情こそ変わらないが、目を伏せて目線を長と合わせようとしなかった。そんなスズランの変化を一瞥した後、問い詰める様にクレソンとカルミアの方に目を移した。


「土地守である私の前で隠し事をするなよ?それにそれは隠し事をしている場合でもない情報だろう?」


 言われて白状すると思ったのか、元々言うつもりではあったが言う機会を図っている最中に相手から言う機会を与えられて驚いていただけかは分からないが、とにかく言う事を決めた二人は意を決した表情へと変え、口を開いた。


 坑道跡地の奥に会った魔法晶の事、そして奥で出会ったメーデンという人物の事を包み隠す事無く伝えた。聞いた長であり土地守でもあるライラァ・サラは、深刻な表情をして考え込み出した。


「…そいつは魔法を使ったか?」


 聞かれて二人はメーデンが魔法を使ったかどうかを思い出した。しかし、魔法らしいものを使った場面を思い出せず、頭を捻り唸った。


「…思い出すと、魔法使ってないか?まぁ異変の事もあるし、使えなかったってのが正解か?」

「あれ?でも最後の瞬間イドーって魔法じゃない?…あれ、じゃあ使えないワケじゃない?あれぇ?」


 メーデンの行動を思い出すと、不可解なものが多い。それに考えてみれば、単独で跡地とは言え坑道の中を進むのは明らかに危険で無謀だ。実際三人は例の不定形の物体に多数襲われ、応戦出来たとは言え、数で押されて危険な状況だった。

 一体メーデンはどうやって、何を目的に坑道跡地に?そして何故スズランを攻撃しようとしたのか?思い出すと謎が多過ぎて、あの時メーデンに睨まれた時の感覚が呼び起されて二人は体が震わせた。


「私にもそいつの目的も正体も分からない。だが、今度そいつがお前たちの行く先に現れる事は分かる。しかも相手はなかなか好戦的ときた。これからはもう旅行気分で歩いて行かない様にしな。まっお前らも分かってるだろう。」


 忠告を聞き、互いに見合わせて互いの心境を表情に乗せて伝えた。自分らの速さで、だが出来る限り速く進んで行く筈だった旅に暗雲が立ち込め、不安が表情の外へと漏れ出ていた。スズランはいつも通り、二人を見ているだけだった。

 そんな二人ともう一人の様子を伺い、溜息を吐いた長は、フとある事を思い出した。


「あぁそうだった。あんたら堅物共のお仲間さんからこっちに連絡来てたよ。急ぎの様だってさ。」


 不安を変な姿勢で誤魔化そうとして立ち上がっていたクレソンとカルミアは長の言葉を聞いて動きを中断し、席に座り直し改めて話を聞こうと姿勢を正して前屈みになった。


「何て来ましたか?」

「至急、『魔法協会東支部の研究所へ赴き、『結果』を確認しに行ってほしい』との事だとよ。あんたらが私の所に来るって分かってる辺り、さすがだよ思うよ本当に。」


 確かに自称『愛・緑の守護隊』であるカルミアとクレソンの行き先を把握しての連絡を寄越すのは相当の手練れであると分かる。そして、何やらスズランには分からず、クレソンとカルミアには分かっているであろう名前が出て来た。

 研究施設へ行き、結果を聞くという事だが、二人にどんな関係があるかはスズランには見当がつかなく見える。


「そこまで行く為の手段は用意してやる。それまでちゃんと体を休めて、準備しときな。」


 長の気遣いに、二人はかあちゃん!と長に向かって拝む様にして言い、それを聞いた長は誰がかあちゃんだ!と怒鳴り散らした。スズランには分かっていないが、言われて怒られる事だったらしい。

 怒りつつ話を終えた長は席を立ったが、そこでまた何かを思い出したかの様に声を上げて、三人の方へと向き直った。


「今回は運が良かったが、次はどうなるか分からない。次までに良く考えときな。」


 長が言ったその台詞に、クレソンとカルミアは確かに、と納得し頷いた。だが、その台詞を言った瞬間、長は二人にではなくスズランを見ていた事には、二人は気付かなかった。そして当のスズランがどう受け取ったかも、スズランが反応を見せない為に誰にも分からなかった。

 話は終わったという事で二人は切り替え、集落にある店を一通り見に行こうとスズランを連れて行ってしまった。そんな一行の後姿を見送り、姿が見えなくなったのを確認してまた長は溜息を吐いた。《


「やれやれ。結局あいつらには他に何も言えなかったが、仕方ないな。全ては『精霊さま』のお導きってね。全てを教えるかは当人次第さ。…いや、この場合何て呼べな良いのかね。」


 誰も居ない部屋の中、独り言を言う長に問いかける者はいなかった。


「…ひとりごと言って何気どってんだラサさん。」


 話し掛けていないだけで、隣の部屋から覗く様にして見ている者はいたが。


 静かに、徐々に変化していく『ソレ』は黙ったままだった。でも、確かにその内に何かを秘めて、何かを吐き出せずもどかしい気持ちを確かに持って、先に進んで行く―



 別の場所にて


 山小人の里や坑道跡地からも離れたどこか。

 そこでメーデンは一人、誰かに向かって話をしていた。正確には、話す先には人影は一つも無く、交信魔法とたぐいによる会話をしていた。


「だーってェ!やーっと見つけれたと思った矢先にだよォ?つい『うれしくて』手が出たってやつゥ?それでやろうとしたらあっちが邪魔して来て、興が削がれたって言うかさァ。」


 だらだらと言い訳を漏らし、反応からして話し相手から説教されている事が分かった。それでも気にする事無く、メーデンは聞かれてもいない事を延々と話し続けた。


「それにしてもさァ、さっすがだよねェ。あそこまで近づくまでこっちも気が付かなかったんだもんなァ。やっぱ、あれくらいの気配でなきゃ、こっちのやる気も出ないよねェ。次会ったら声も出さず、出させる事も無く首を」


 言いかけて話を止めた。話し相手に何かを提案されたらしく、聞いていたレーゼンは、徐々に話し相手の提案に乗り気になっていった。


「んー分かったァ。次は『魔法協会東支部の研究所』だねェ?んじゃあちゃちゃっと行ってきまーすゥ!」


 言った瞬間、スズラン達の時と同じように姿を消した。

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