第6話 進行が不穏

 山小人の集落の更に奥にある坑道跡地でのやる事を終え、三人は山の麓にいた。そこには立派な作りの馬車があった。それは長距離を移動する時に利用される、大きく丈夫なものだ。

 その御者らしい人物がその場所の横で、山小人の長と話をしている姿を見つけ、三人はその話し合う二人へと近寄った。


「あぁ来たか。こいつは武器の配達でよく使ってる運送業でな、荷物のついでにお前らも運んでもらう事にしといた。追加の料金代わりに、この馬車の護衛をしてもらうがな。」


 護衛に関しては、カルミアもクレソンも快く返事して引き受けた。元々こういった形で助けられる際は自分らが仕事を手伝ったりして、代金代わりに労働で支払う形をしていたという。

 長と話していた御者は、その相手を二人へと替えて楽しげに話し始めた。随分と話し好きで陽気なヒトらしい。そんな陽気な雰囲気を置いておき、長はスズランの方へと歩み寄り、スズランが持つワンドを見た。


「…そいつのおかげで、『今回』は倒れずに済んだようだな。だが、後2つだ。後2つを手にした時、あんたがその状態で保つかわからんぞ?」


 言われたスズランは、表情こそ変えなかったが頷いて答えた。それを見た長はそれ以上聞く事はしなかった。スズランの肩に触れ、別れの挨拶はして一行から離れた。


「研究所まではそれ程距離は離れてはいないが、研究所方面の道に厄介なのがナワバリを張っていてねぇ。迂回してけば多少は安全だろうが、ナワバリの近くを通る事には変わりないから、着くまで気を抜くんじゃないよ。」

「はい!かあちゃん!」


 かあちゃんって呼ぶな!と言う長の怒鳴り声に見送られ、場所は出発した。馬車に揺られながら、身を乗り出し見送る長に向かってカルミアとクレソンは手を振った。危ないとまた声を上げようとしたが、スズランも二人の影から少しだけ出て一緒になって小さく手を振っているのを目にして口を閉じた。


「…随分と形を見せ始めたな。」


 場所が見えなくなる前に長はその場を離れ、集落へと戻った。歩いて集落の前に前まで着たところで足を止めた。


「そういやあの御者見かけない顔だったね。新入りなんだろうけど、うっかり道に迷ってナワバリに入っちまいやしないかねぇ。」


 長が吐いたその言葉は、ヒトの世では『予兆フラグ』と言う。


 半刻も経たない内に、場所はナワバリに着ていた。そして皆には聞こえなかった長の台詞は的中した。


「ああぁあぁあああぁ!」


 クレソンとカルミアが揃って声を上げ、その声に押される様にして馬車は走っていた。そしてその場所を追う大量の影が耳心地の悪い音を立てながら接近してきた。

 音の正体は虫の羽音だった。しかも虫の方は細長い体に手合い、そして口であろう箇所は針のようになっており、俗にいう『蚊』と呼ばれるものだ。しもか大きい。恐らくあの虫に血を吸われたら、腕一本分の血を持っていかれるだろう。数が多いから、この場にいる全員の全身の血を失う羽目になる。恐ろしい。


「ねぇ!ナワバリを『ウカイ』するハズだったんだよね!?ねぇ!?『ウカイ』するヨテーだったよね!?ここ、ナワバリのど真ん中じゃないかなぁ!?」

「そうですねぇ!私この辺りにはあまり来ないもので、うっかり道を間違えました!」

「駄目じゃねそれ!?荷物を無事に送り届ける仕事してるのに、するヒトがそれじゃ駄目だよなぁ!?」


 二人の悲鳴と同等の訴えもなんのその。御者は気にせず手綱を持ってまるでなんの問題も起きていないかの様に馬を走らせた。


「うわーん!蚊に血を全部吸われたうえにカユいまま死ぬなんてヤダー!」

「俺もー!死ぬ直前の未練が体かゆいなんて嫌だー!」


 そんな御者に文句を言いつつも、二人は巨大な蚊に刺される前に爪で攻撃したり、銃器で撃ち落としたりと応戦していた。傷も追う事無く、再び半刻後にはナワバリの抜け出ていた。


「いやぁ!お二人は強いですねぇ。あの蚊、そこらの凶暴な動物によりも多く被害を出していて、傭兵さんを雇ってもなかなか退治されないんですよねぇ。」

「…そりゃ…どうも。」


 二人は肉体的疲労と同時に蚊を相手にしたという精神的疲労により意気消沈していた。クレソンはまだ声を出せたが、カルミアの方は一番蚊に接近していた為に横になって動かなくなっていた。

 一方のスズランは、蚊が接近してきたと感づいた瞬間クレソンから毛布を掛けられ、動かずにいるようカルミアに言われていた為に、蚊に近付かれる事無く無傷だった。


「そういや、そっちの子は全く戦わなかったけど、どっか怪我でもしてるんですか?」


 聞かれて黙っているスズランに代わってクレソンが答えた。


「この子は魔法が使えるんですが、体調が優れなくて今は使わない様にしているんです。」

「あぁそっかぁ。そうだね、最近魔法が使えないって話聞くからねぇ。それに魔法種族って呼ばれる妖精種も奇病か何かで皆倒れてるって言うじゃないですかぁ。」


 妖精種を襲う奇病。これも魔法不発の異変とほぼ同時期に起きたものだとされる。

 ある日、魔法が使えなくなるという出来事が起きてから、まちに住む妖精種の住民が倒れ、病院に運ばれると言う事が多数報告されている。

 症状は皆全身の肌という肌に毒々しい紫色の痣が浮かび、倒れてから皆息苦しさを訴えほとんどが気絶したまま意識が戻らないと言う。

 そしてその奇病は、何故か妖精種のみに感染し、他の種族には全くかからず、原因は現在も調査中で分かっていない。訪れるまちで妖精種のヒトの姿を見かけなかったのは、その奇病によるものだ。


「妖精種にしか罹らない病気とはいえ、こうも異変続きだと、先が恐ろしいよ。妖精しか住んでない里があるって聞くし、そこも今きっと大変なんだろうねぇ。」《


 他人事の様に話す御者に対し、クレソンも横になっても起きているカルミアも何も言わなかった。

 実際至る所で魔法不発の事故、事件が多発し魔法に携わる職業のヒトは大打撃を受けている。一刻も早く異変の原因と解決方法を見つけなくては混乱は広がる一方だ。

 そして今自分らがするべき事が明確である以上、旅行気分でいる訳にはいかない。クレソンもカルミアも絶賛旅行気分でいる様に見えるし、そういう事を実際口にしているが、そのどれも遊ぶどころか準備の為に奔走していた。そんな二人をスズランは確かに見た。

 そんな二人だからこそ、異変で困っているという話は他人事には出来なかった。


「御者さん、俺からいう事は一つ…いや、二つある。」

「…それは?」


 静かに、語り掛ける様にクレソンは口を開き、御者に向かって言った。


「今後とも安全運転かつ、安全な道に迂回する様心がけてください。」

「…はい。」


 何故かその時だけ、馬車の中は穏やかな雰囲気に包まれた。


     2


 場所は湖畔、道は二手に分かれ、片方の道の先には大きな建物が見え、そこが目的である研究所だとカルミアは言った。


「私は荷を運ぶんでこっちです。それじゃあこっからは君らは歩いて行ってくださいね。」


 場所の目的地とは逆に進む事になり、三人は場所を降りて場所と御者へと別れを告げた。そうして馬車から離れようとした時、クレソンは立ち止まり場所の方へと振り返った。


「あっ!それともう一つ、異変は必ず解決します。」


 御者も馬車を止め、クレソンの言葉を受け止める様に振り返って顔を見た。もう距離は離れていたが、何故か互いに互いの顔が良く見えた気がして、御者の口角がほんの少し上がって見えた。


「何せ俺ら!」

「絶対守護の『愛・緑の守護隊』がいるから!ね。」


 合図も打ち合わせも無くカルミアとクレソンは声を揃え、また謎の姿勢ポーズをとって顎をしゃくれさせた。スズランがそんな二人の前へと移動し、しゃくれた二人の顎を手で押さえようとしてきた。

 スズランの突然の行動に二人は狼狽えて、締まらない別れとなったが、御者は最後まで満更でもなさそうな、口角の上がった表情をして馬車を走らせた。


 馬車が行った後、二人はスズランに謝罪をした。二人は自分らの行動で移動が遅れると思い、スズランはそれをいさめたのだと思った。実際の理由は知らないが。

 謝罪を済ませ、三人は改めて進路を遠くに見える建造物に向けて歩き出した。道はしっかりと整えられており歩きやすい。気まぐれに道をはみ出さない限り道に迷う事無く建物に着くだろう。


「あたしケンキュー所初めて来たけど、すっごい自然に囲まれた場所なんだね。キレ―。」

「そりゃあ、そもそも魔法を研究しているんだからなぁ。俺も資料読んだだけの知識だけど。それによると、魔法ってのはそもそも『精霊せいれい』から発せられるを燃料としているんだ。」


 いわく、その精霊は自然が豊かな場所から生まれ存在する。逆に人工物が多く自然の少ないまち中では精霊は存在出来ず、発する魔素も少なくなる為、まち中での魔法の使用は制限されている。だが、魔法使用の制限には他にも理由があった。


「カルミアは魔法を使った後に残るものが何か知ってるか?」

「えーっと…魔法の『ざん』だっけ?」

「そっ。その残滓が多く残っていると魔法を上手く使えなくなるけど、それを除去してくれるのも精霊によるものなんだ。だからまち中の精霊がいない場所で残滓が出さない為ってのも制限の理由の一つなんだ。」


 ここまで話し、感心しているカルミアを横にクレソンは考え込んで足を止めた。カルミアとスズランも釣られて足を止め、クレソンの方を見た。


「船でさ、探知機が動かないって言われて視てみたんだけどさ、どこも異常は無かったんだ。結果として探知の魔法具を動かす為の燃料が不足していたのが不調の原因だったんだ。魔法具の燃料もヒトが魔法を使う時と同じで魔素を消費するんだが、可笑しいだろ。だって、船があるのは海のど真ん中だぜ?」


 海の上はつまりは大自然に囲まれた状態であり、精霊だっている筈だし魔素だって豊富にある状態の筈だった。だが、燃料となる魔素は不足した。いや、無かった。


「いる筈の精霊がおらず、魔法の力である魔素も無い。ここまで考えてさ、今凄く嫌な予感がしてんだよね。」

「…うん、あたしも。特に、あのケンキュージョからそのイヤなヨカンがめっちゃする。」


 言ってカルミアは視線で今目指し歩いている研究所を指した。魔法の研究の為に、自然に囲まれた場所に施設が立つその光景に違和感がひしひしと肌を刺す。それでも行かない訳にはいかず、三人は研究所へと歩みを止めずに歩き続け、とうとう研究所前まで来た。

 呼び鈴を鳴らすがヒトが出てくる様子は無く、建物から感じる気配はヒトと、ひとではない別の何かのものだった。

 カルミアとクレソンは目配せをし、合図も無く扉を思い切り強く蹴飛ばして開けた。その拍子で扉から変な音がしたが気にせず、二人が先行して中に突撃した。

 中は研究施設の入ってすぐの部屋という内装をしており、開けた部屋にいくつもの扉にどこかへと通ずる廊下、そして入り口の横には掲示板らしいものが壁に掛けられていた。

 その掲示板らしきものを見ると、日付が掛けられた報せの紙がいくつか張られており、その日付が全て三日前となっていた。


「…シズかだね。」

「あぁ。これは異常だな。」


 研究施設だからといっても、何を研究対象にしているかで研究所の中の様子は変わるだろうし、ものによってはヒトが少なく静かな場所となる。

 しかし今回訪れた研究所は規模が大きく、研究員も多くいる場所だと事前に聞いている。故に全く音がしない今の状態は正に異常であった。

 そんな中の状態に、二人は再び見合った。


「これは、もしかすると。」

「あぁ、きっとそうだ。」


 緊迫した雰囲気が二人から発せられた。もう二人にはこの状況がどの様なものか理解しているらしい。


「これはきっと…研究員全員で隠れん坊をして、俺らを試しているに違いない!」

「これだけ広そうなケンキュージョだもんね!サガしがいがあるってもんだね!」


 理解するどころか、緊迫感もあったものではない二人の台詞を聞いたスズランは、二人の髪の毛を摘まんで引っ張った。引っ張られ痛がる二人はスズランにふざけた事への謝罪をした。その直後、玄関広場の奥の方から声が聞こえた。声を聞いた三人はその声のする方を凝視した。すると徐々に声の主の影が見えてきて、影はヒトの形へと変わっていき姿を現した。

 その姿は厚手の衣を羽織った露出の全くない衣装で、室内で作業をする為の衣装だと一目で分かり、そのヒトは研究員の一人だと分かった。

 その研究員らしきヒトは、遠目だからよく確認出来ないが、何やら慌てた様子でこちらに走ってきている様に見える。その様子は、近付くにつれて確かなものだと分かってきた。


「はぁ…はぁ…だっ誰か、たっ助けてくだ…さい!」


 その研究員らしきヒトは、研究所に来たばかりの三人の元へと駆け寄ると、息を切らして膝を付いてしまった。相当体力を削り走って来た事が一目見ただけで判る程だった。


「ドーシタの!?今ここ、どうなってるの!?」


 さすがに相手の状態が状況だけにふざけた態度はとらずに状況を聞こうとそのヒトの目線を合わせる為にしゃがんだ。そのヒトは息を切らしつつも、何かを三人に伝えたくて声を出そうとする度に喉を傷めたの様にして声が掠れ上手く話せずにいる。

 そんなヒトを落ちつけさせるためにクレソンはそのヒトの横に移動してそのヒトの背中をさすってやった。

 漸く落ち着いてきたのか、そのヒトは場所を変えようと言い、聞いたカルミアとクレソンは同意し、ゆっくり歩いてとある一室へと入った。中に異常が無いのを確認した後、扉を閉めると中から鍵を掛けて皆座り込んで一休みする姿勢となった。そのヒトも大きく息を吐き出した。


「はぁ…申し訳ありません。あなた達は異変の調査を依頼した―」

「うん!セーカクにはその部下って事で!」


 そのヒトの確認する言葉を聞いて、真っ先にカルミアが答えた。聞いたそのヒトは安心したかの様に再び息を吐いた。一安心してから、今研究所内で何が遭ったかを説明し始めた。


「本当に突然で、どこからともなく現れた生き物の様な物体に我々は襲われたんです。私以外のヒトがどうなったか、逃げるのが精一杯で分からないんです。申し訳ないです!」


 まだ不安や恐怖が残っている中で他のヒトの安否を心配してか、研究員は頭を抱え泣き出してしまった。カルミアは研究員をなだめようと頭を撫でつつ声を掛けた。クレソンは少し考えてから、研究員に質問をした。


「ちょっと思い出すのは怖いかもしれないですが、その襲ってきた奴らはどんな見た目ですか?」


 相手を気遣いながら、襲ってきた相手の情報を手に入れる為に唯一無事だった研究員に問いかけた。研究員は聞かれてから少し悩む仕草を見せたが、直ぐに顔を上げて口を開いた。


「今さっき生き物の様、と言いましたが、正直言ってあれは生き物ではないですね。動きそのものは粘液生物スライムの固形版の様な感じで。」


 そこまで聞いたカルミアとクレソンは、どこからともなく現れ、ヒトを襲うという所と見た目が類似している事から、研究員が言っている相手と自分らが今まで戦った謎の物体が同一の存在であると察した。

 まさかここにも現れるとは。しかも建物の中とは二人は予想していなかった。確かに船というヒトが多く乗る乗り物でありヒトが多くいると言う箇所は共通するが、坑道跡地はヒトが使わなくなって月日が経った古い土地であり、船と今の建物と共通するものがない。

 一体あの生き物は、一体何なのか?ただ襲うのが目的だとしても、正体が分からない以上それが動物的な本能と同じとは言い難く、ただ退治して本当にそれで解決するのか、二人は悩んだ。


「…いや、しかしまさか『アレ』が実体化して襲うなんて、この世界はどうなるのか。」

「そーだねぇ…ん?」


 嘆くように呟く研究員の言葉に二人は違和感を覚えた。今研究員が言った事は、まるであの不定形の物体の正体が何なのか知っていて発言したものの様に聞こえた。


「ちょっと!詳しくその話してくれませんかね!?」

「聞かせてください!」


 まさかと思いつつ、二人は研究員に詰め寄り、襲ってきた相手の詳細を聞いた。


「えっえっと…これは今日判明したばかりで、私もあくまで下請けで全容を知っている訳ではないのですが、あの粘液生物スライムの様な物体は、我々が今まで認知出来ていなかっただけで、実はあれらは既に存在して」

「回りくどいセツメ―は後!答えを先に言って!」


 答えを急いてカルミアは研究員に更に詰め寄ったが、クレソンは何かに気付いたかの様に再び考え込んだ。

 奴らは既に存在していて、ただ認知出来ていなかった、つまり見えていなかっただけ。という情報に、クレソンは既視感を抱いた。


「まさか…あいつらは」


 言っている最中、扉の方から大きな音と衝撃が扉を揺らした。


「ひぃいぃ!来たぁ!」


 研究員は扉の変化に酷く怯え、今にも飛び出しそうになっていた。落ち着かせようとするが、再び音と衝撃が扉に響き、遂にその衝撃で扉が壊されてしまった。

 壊れた扉の向こうから現れたのは、船や坑道跡地で見たのとほぼ同位体の物体だった。見た目の性質は確かに粘液生物スライムだが、形は鳥であったり四足歩行の動物の様であったり、生き物の様に見えてそうとは思えない容姿をしていた。

 先に動いたのはカルミアだった。僅かな音を立てて駆け出し、そのまま勢いで突撃し爪で目の前の物体達を切り裂いた。数を減らせたが、音が遠くから聞こえるから直ぐに相手側の増援が来るだろう。

 その隙を突いてか、研究員が恐ろしさに耐え切れず、部屋を飛び出してしまった。その後クレソンが追った。


「カルミアはスズランについてろ!」


 カルミアも続けて着いて来そうだったのを制止させ、スズランと一緒にいる様叫んで伝えた。カルミアは走る出す姿勢で停止し、クレソンの姿が扉があった場所を通って見えなくなるまでその姿勢のまま止まった。

 クレソンが行った後にすれ違う様にして不定形の物体が再び群れを成して現れた。一瞬たじろぎはしたが、直ぐに持ち直しカルミアは攻撃の態勢をとった。


     3


 一方逃げた研究員を追いかけたクレソンは、跳び蹴りの要領で研究員に向かって跳び、思い切り体当たりをぶつけた。床を滑り、摩擦で止まり研究員を下にしてクレソンは起き上がった。


「いきなり飛び出して危ないですよ!怪我じゃ済まなくなります!」

「今あんたに怪我させられたよ!」


 クレソンの言葉に反応して起き上がり、研究員は反論をした。それを見たクレソンは元気そうで安心したと言う。額を掠り痛めた研究員はクレソンの反応に呆れ、そのおかげか先程の恐怖心が薄らいだ様子だった。


「それで、さっきの話の続きなんですけど。」

「この状況下でその話ですか!?」


 恐怖心が薄らいだ直後に話を続行し出し、更に呆れの表情をした研究員だが、気にせずクレソンは本当に話を続けた。


「あの不定形の物体、と俺らは呼称していますが、その正体は『精霊』で合ってますか?」


 言われ、研究員はクレソンが決してふざけていない事を察した。そして研究員が黙った事で、クレソンは自分が言った事が当たっていると確信した。


「やっぱりな。既に存在するものが見える様になった。つまり見えない存在ってのは、通常ヒトには知覚出来ない存在、そんなものはこの世界じゃ数える程しかない。

 そして今現在魔法が使えない、正確には不発してしまい、魔法に関係した異常が起きているこの状況下で、関係する見えない存在と言えば、それしかない。」

「…さすが、他部隊とは一線をかくす集まりの一人という事ですか。」


 クレソンの推理を聞いて、それに納得の表情を浮かべ感心した研究員は、周りを見渡して例の『精霊』が居ない事を確認した。


「先程は取り乱して申し訳ありません。今回の件で判った事をお伝えする為に、どうか着いて来てもらえませんか?お仲間の事は気になる所ですが、今は時間がありません。」


 この状況下では、何時までこの場所が保つ分からない。それまでにどうにか情報を伝える為にその情報が整理された部屋へと行かなくてはいけないと研究員は説明した。

 それにはクレソンは同意し、カルミアとスズランに関して聞かれ、あっけらかんと答えた。


「カルミアは大丈夫だ。もしかしたら何かの拍子に合流するかもしれないし、その時の為に情報を確保しておきたいです。どうか案内をお願いします。」


 クレソンの表情を見て、研究員も意を決して、こちらですと先導し始めた。途中物音が聞こえて跳ね上がり、クレソンに先頭を任せるのはその数秒後の事だった。


 一方のカルミアとスズラン。何とかカルミア目線で不定形の物体を撃破し、先に進めれるようになった。しかし、どこへ行けば良いか分からず、クレソン達もどこへ行ってしまったか分からず立ち往生していた。


「ウーン、ドーシヨー。案内板か何かあればイーんだけど、それっぽいのコワされちゃってんだよねぇ。」


 カルミアが求めた案内板であっただろう残骸を前にして、カルミアは頭を悩ませうなるばかりだった。スズランは黙ってカルミアが悩む姿を見ていたが、何かに気付きどこかへと歩いて行ってしまった。


「ウーン…って、スズちゃん!?まってまってアブないよ!?」


 スズランがどこかへ行ってしまうのに気付いたカルミアはすぐさまスズランを追った。追った先には、物陰をジッと見ているスズランと、その物陰に隠れる様にして倒れるヒトがいた。

 見て気付き、カルミアはその倒れたヒトの元へと駆け寄った。


「ダイジョーブですか!?どっかケガ…してるね!えーっとホータイはっと。」


 カルミアが治療に使えるものを探している間、スズランはカルミアの動きにならい、倒れたヒトに寄り添った。そして傷口に手を当て始めた。


「スズちゃん、何してんの?キズに触ったらそのヒトイタいと思うから、あんま触んない方がイーよ?」


 カルミアが言っている事を聞いているのかいないのか、スズランは傷に当てた手を動かさず、何かを考えている様子となってカルミアは思わず黙って見守った。

 少ししてからスズランは手を離し、そしてカルミアの方を見た。


「…スズちゃん?」


 カルミアはスズランが何かを伝えようとしている事に気付くが、言葉を発しないスズランの心中まで量る事が出来ず悩んだ。すると、スズランは立ち上がり、再びどこかへと向かおうとした。


「あーまってまって!せめてこのヒト、どっか安全な場所で休ませたげよ!?」


 言われてスズランは立ち止まってカルミアの方へと振り返った。そして倒れたヒトを支えながら移動し、比較的安全そうな一室に隠す様にして休ませた。


「とりあえず少しは保つかもだけど、もうちょっと何とかしてあげたかったなぁ。クレソンならイー案出せそうだけど。」


 今は離れてしまったクレソンを思いつつ、カルミアはスズランが今にもどこかへ行きそうにしているのを思い出し、スズランを見て聞いた。


「スズちゃん、どうかした?どっか気になる事でもあんの?」


 聞くと、スズランはどこか虚空を見て、ゆっくりと上げた手の人差し指をその見ている方向へと指した。


「…うん、もしかしてそっちに何かあり?そっち行きたいのね?」


 返事をする事も、頷く事もしなかったが、スズランの目はカルミアから目線を逸らす事無く見ていた。その目線をカルミアはスズランなりの同意を捉え、カルミアが代わりの様に頷いた。


「よし!行くべきとこはワかった!じゃあいざ、シュツジン!」


 意気揚々に言い、スズランの手を握って引っ張る様な形で二人は研究所内を歩き始めた。

 進んで行く度に倒れたヒトを見つけ、そして安全だと思える場所へと匿いつつ先を進んだ。途中不定形の物体との戦闘が何度かあったが、カルミアが応戦し善戦していった。


「それにしても、このぶにょぶにょなの、一体何なんだろうね?…そういえば、さっきその話をしてるトチューだったんだよね。ちゃんと聞いとけばよかったよ。」


 話を聞けなかった事に後悔しているカルミアの横で、スズランが口を小さく動かし何かを呟いた。スズランの呟きを耳にし、カルミアはスズランの口元に耳を当てて聞いた。


「…あれは、みな、やどしたばかりで、こんらん、している、だけ。」


 か細いスズランの声を聞いたカルミアは後退り、大きな衝撃を受けた表情を見せた。


「すっスズちゃんがしゃべったぁー!…てぇ、もうしゃべってたっけか!?」


 驚きで大声をあげ、その声に反応して再び不定形の物体との戦闘となり、その拍子にカルミアはスズランが言った言葉を忘れてしまった。


 『ソレ』はもう気付いていた、知っていた。だけど、『ソレ』自身も自覚する事無く、ただ目的の為だけに進む事しか考えずに動いた。

 傷に触って感じたものが、とても懐かしく、胸の内が痛むものだと知っていても―



 余談


「ところで、あなたに確認しなければいけない事があります。」

「なっなんですか?この状況でまだ何か?」


 クレソンは酷く真剣な表情で、冷や汗まで流しそのヒトに詰め寄った。


「良いですか?とても大事な事なんです!もしかしたらこれからの進行に関わる事でもあるんです!」


 その真剣な表情と声色に、本当に大事な事なんだと思ったそのヒトは、観念し同意の意味で頷いた。


「それで、一体何ですか?」

「それは―

 あなたの名前、今知っておかないと説明とか何とか表記が大変になるので直ぐに教えてください!」

「表記って何ですか!?そして本当に今聞く程大事な事ですか!?」


 一方その頃


「ハッ!あのヒトの名前聞くのワスれてた!このままじゃシンコーに関わる!」


 謎の発言をするカルミアに、スズランは冷めた目で見つけた。


 確定していなかった研究員さんの表記が研究員で固定された理由。

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