第7話 形勢が異例

 異変の情報を入手する為に訪れた魔法協会東支部の研究所にて、三人はそこで再び謎の物体に襲われ、しかも研究所も謎の物体の襲撃を受けており、極めて危険な状況となっていた。

 その中、研究員らしき人物を救出したものの、事情によりカルミアとスズランはクレソンと別行動をする事となった。助けた研究員を連れて、クレソンは研究所で分かったという異変の情報を入手すべく移動していた。一方のカルミアとスズランは―


「迷った!」


 スズランが研究所内で気になる事があると率先して研究所内を歩き回っていたが、結果として自分らが今どこにいるかも分からなくなり、研究所内で迷子となってしまった。

 カルミアはスズランに対し怒り事こそしなかったが、その表情には意気消沈した事がみられ、スズランはカルミアに対して何かをしようと慌てふためいた。

 そんな混乱状態の二人の事など顧みないようにして不定形の物体が再び群れを成して襲い掛かる。


「もー!こっちはタイヘンな目にあってるっていうのにー!」


 目的の場所も、クレソンらを見つける事が出来ない鬱憤を晴らす為に、感情を込めた攻撃を不定形の物体達に向けて放つ。一体二体と倒していき、粗方撃破すると開いた場所からスズランの手を引き走ってその場を離れた。

 数を減らしては退散を繰り返し、かなりの距離を歩き回ったと二人は実感していた。


「ウーン…スズちゃん!もっかいユビさして!」


 言われてスズランが指したのは、上のどこか虚空だった。それはさっきもやった同じ方向、同じ動作だった。

 どういう原理かはカルミアには、もしかしたらスズランにも分かっていないかもしれないが、スズランが指差し、目指す場所には何かがあるという理由の無い確信があった。

 スズランは案内役だ。そう言った、別れる直前に言った隊長の言葉を今もカルミアは覚えていた。確かに今までの場所でも、大雑把ではあったが魔法晶の場所を当てた。もしかしたら、スズランには魔法の力が感じる事が出来るのか、もしくは肉眼で見えているのかもしれない。

 今スズランが追っているのが何かはカルミアには分からないが、スズランが自分から動いているのなら、それはスズランにとって大事なものなのだろう。ならば一緒に行くしかないとカルミアはスズランを守りつつ、スズランの差し方へと進んだ。


 一方のクレソン、研究員と共に情報を入手すべく、情報が保管されているとされる部屋を目指している最中であった。研究所内は研究員が『精霊』と称している敵対物体が至る所に徘徊しており、移動が難しい。研究員が非戦闘員である事も移動を難しくしている一因ではあるが、そういった事に文句は言っていられなかった。

 とある一室まで辿り着き、研究員は一足先に中に入り、棚の中の書類を漁った。クレソンは入り口付近に立ち見張りをした。現状精霊は視認出来る場所にいないが、そもそもが生き物とは違う存在だ。油断は出来なかった。


「あっありました!確かこれです!」


 研究員が叫ぶようにして言い、手にしたのは探していた場所から引き出した紙束だった。研究員の声を聞いて、辺りを一度見渡してから部屋へと入って研究員の持つ紙束を一緒に見た。


「これは…魔素の濃度か。思ったよりも減っていないな?」

「はい。今まで魔法が不発してしまうのは、魔素が何やらかの原因で減っていると考えられていました。しかし、実際は魔素は減少していない事が判ったんです。」


 クレソンが考えていた事は、研究員が言った事そのままで、異変は魔素が減少しているせいだと思っていた。今その考えが否定され、クレソンは次にあの『精霊』と称されたもの達についての話をした。


「あの『精霊』って呼ばれている奴らと、俺が知っている魔法の力の根源である『精霊』は本当に同一なのか?」


 気になる所はまずそこだった。クレソンが知る『精霊』は一目でに見る事の出来ない存在で、魔法の力である魔素を放出するむしろヒトに力を貸す、助ける存在である。

 しかし、今自分らの目の前に現れた『精霊』は一目でも見えるし、更には自分らに害を及ぼす存在だ。あまりにもクレソンが知る『精霊』とはかけ離れた存在だと思われる。

 『精霊』と『魔素』はどちらも目に見えないという共通点があり、どちらも存在自体はの認知されてはいるが詳細が良く知られていないのも同じだ。

 しかし、その見えない存在に関して重要な事があるのだと研究員が告げた。


「あなたは、魔法が使えなくなったのと同時に妖精種が病で倒れたというのは知っていますか?」


 それは以前から聞いていて、ここへ来る途中に御者から話題された事だった。何故妖精種だけが病にかかるのか、医者にも分からず原因究明も治療も進まずにいた。


「魔法不発と同時期に発症が見られた事から、我々は妖精種の特性を調べ、他の種族との違いを模索しました。そして妖精種とそれ以外の種族との一番の違いに、我々は気付きました。

 それが、妖精は精霊を知覚出来る、という能力です。」


 『精霊』を知覚、つまり存在を認知出来る能力があるのはクレソンもある程度知ってはいたが、どれほど知覚出来るのかまでは知らなかった。

 研究員が言うに、妖精種の知覚の程度は近くに居る精霊の存在を察する程度のものらしい。元来生き物とは違う存在『精霊』には実体という概念が無くただ在るだけ存在である精霊を察知出来るのは確かに凄い事だ。

 そもそも妖精種は魔法の設計図とも言える『術識じゅつしき』を視認出来る訳だから、『精霊』の存在を知覚出来るのは納得だとクレソンは後々になって納得した。


「つまり、その『精霊』が今俺らでも見えているのは病気同様異変の一角だと?」

「はい。『精霊』に何らかの異変が生じた事で、『精霊』を唯一知覚出来る妖精種にも連鎖的に異変を傍受してしまっているというのが見解です。」


 妖精種というのは魔法に対して感受性が高く、『精霊』に生じた異変に対して強く影響を受けやすい故に病気と言う形でうつった異変が表面化したのだと研究員は語った。

 そして『精霊』の異変により『精霊』から放出される魔素にも悪い影響が出て、魔法も不発してしまっている事らしい。燃料に不純物が混ざって火が燃えにくくなる、または燃えなくなってしまうのと同一の現象であるとクレソンは知った。


「じゃあ今回の異変は『精霊』をどうにかしないといけない、という事か。でも、見えない触れない『精霊』をどうにかする事なんて」

「する必要あるゥ?」


 クレソンと研究員以外の声が背後から聞こえ、クレソンと研究員は声の方へと勢い良く振り返り見た。そこにはクレソンのは見た事ある、そして見たくなかった存在がまるで随分と長い間暇をしていたかの様に足を降らしながら立つメーデンがいた。


「話は終わったァ?んじゃあ、消えようかぁ。」


 言い終えて直ぐにメーデンは音も無くクレソンの直ぐ傍まで近づき、鎌でクレソンの首を斬ろうとしたが、間一髪でクレソンは持っていた銃器で防いだ。本当にぎりぎりだった為、少しだけ髪が切られた。

 研究員は直後も何が起きたか把握出来ず、大きな鎌が自分の直ぐ近くにあるのを見てやっと襲撃されたと気付き、悲鳴を上げて尻餅をついた。


「いやいや、まさかこんな早く再会するとは、もしかして君俺らの追っかけファンかな?」

「えへへェ、何言ってるか分かんないやァ。」


 会話をするが、実際はクレソンにそんな余裕は無く、何とか隙を見つけようとしていたが見つからない。むしろ相手の方が余裕があり、その分隙が見つけ辛くなっていた。

 その余裕は油断ではない為に、相手は全力でクレソンに攻撃を仕掛けた。今の攻撃もほんの数秒遅れていたら首と胴体が永久的に分かれていたとクレソンは直感した。

 攻撃を防がれ、メーデンの方が下がった。その瞬間銃器でメーデンに向かって撃ったがあたらない。鎌の刃で弾かれ跳弾し、一発が研究員の頬を掠った。研究員は短い悲鳴を上げ、物陰へと非難した。

 狭い室内に居るとは思わせない鎌捌きに、クレソンは銃器を構えながらも次の攻撃の機会を掴めずにいた。だが銃器を下ろす事はしなかった。


「ところで、何しにここに来たのかな?俺に用事があるのかな?」

「あァ、ここには待ち伏せで来たんだよォ。ついでにここで色々と消せば『こっち』の都合が良いからねェ。」


 案外簡単に口を開いたが、話を聞きメーデンの目的がこちらの妨害なのを確信した。理由は分からないが相手を無力化しなくてはいかないという明確な目標が出来た。

 クレソンは落ちていた書類束をメーデンに向かって投げた。自分に向かって投げられた紙にメーデンは驚く事も無く紙を鎌で一振りで細切れにした。

 そんなメーデンの動きは分かっていたクレソンは、持っていた点火具で火を点け、それをメーデンの方へと投げた。細切れにされた紙に火が点こうとした時、メーデンは躱すどころか飛んできた火をその手で掴み取った。


「うわすごっ!火直接触って大丈夫なの?」


 驚くクレソンにメーデンは自慢げに笑った。


「うんそうだよォ!こんくらいの火じャ、怖くも何ともないよォ。」

「そっかぁ…じゃあ、もう少し大きめの火はどうかな?」


 言った直後、クレソンは研究員の方へと駆け寄り直ぐに伏せた。次の瞬間、部屋の中で大きな火花が散った。

 火花が収まった後、部屋の中は火花が散った事により発生した煙が充満し、クレソンと研究員は煙で咽て咳き込んだ。


「げほっげほっ!今…ぐっ、紙に何か点けてから投げてましたね?」

「へっふ!…そう、ちょっと持ってた火薬を、けふっ!紙に擦り付けたものでね。山小人の所で買った奴だから、結構良い感じに弾けたな。」


 自分が投げた火薬の威力に感心しつつ部屋を見渡した。部屋は紙など火が点けば大惨事になるであろう状態だったにも関わらず、火花が収まり煙が少し晴れてきてから見ても無傷だった。それは自分らの状態も変わらなかった。


「さすが魔法を取り扱う建物の一室だ。これくらいの火じゃ、簡単に資料に使われている紙には燃え移らかったか。」

「当たり前です!今でこそ魔法陣による魔法の展開も難しくなっていますが、ここの部屋に施された術識は簡単にはなくなりません!…多少動作に不備が見られますから、正直今のもひやひやしましたが。」


 自分らも伏せて躱しはしつつも、多少火傷をして体の所々が痛みはするが、どれも掠り傷程度で済んでいた。しかし魂台となる部屋の方は、さっき研究員が言った通り、魔法不発による魔法具の不備も見られるが、資料を守る部屋に彫られた術識そのものは健在だった。

 もちろんクレソンはその事を事前に知っていて、だからこそこんな無茶な行動をとれた。しかし、相手はどこかヒト離れした動きをし、言動にもヒトならざる箇所が見られた。だからクレソンは、部屋を見渡している最中もメーデンが立っている場所への注意を怠らなかった。

 そして煙が晴れていき、メーデンが立つ場所を注視した。

 そんなクレソンに肩に、鎌の一撃が加えられた。


     2


 クレソンは決して油断していなかった。部屋を見渡している最中も相手の気配を探り、全く動きが無いのを感じて先程の火薬攻撃に多少が損傷を受けたと考えてはいた。

 だが、受けた鎌の攻撃からクレソンは判った。相手は損傷を受けていない。

 案の定、メーデンは晴れた煙の中からふらつく事無く出て来た。体に多少の焦げ跡が見られたが、それをメーデンは気にする事無く動いていた。まるで服に泥でも付いたかの様な素振りだった。


「あっはははは…今のはびっくりしたァ。うははは…痛みが体に…頭の先に伝わる…すごいやァ。」


 無傷だが痛みは感じているとメーデンは言うが、その表情には笑みが狂った様にこぼれ、目の焦点がどこを見ているか分からない。最早言っている意味を察することも出来なかった。

 クレソンは次の攻撃に備えようとするが、肩を深く斬られたせいで銃器を握る事さえ難しくなっていた。

 そんなほぼ重傷と言って良いクレソンなど気に留めず、メーデンは鎌を振り回し攻撃を仕掛けた。反撃こそ出来ないが、銃器で鎌の刃を防ぎ応戦するが、傷の痛みで動きが鈍ってしまい小さくも傷を幾つも負ってしまった。


「あははァ…痛いのかなァ?痛いよねェ?こっちもね、傷が痛むのォ。こんな感じをずっと持って、ヒトは動き回るんだねェ?すごいね、すごいねェ!」


 相手の事を褒めているのか、何かのか分からないし意図さえ読めないメーデンの表情に困惑し、傷を押さえつつ何とか手に持った銃器を手放さない様に力を込めた。

 それでもメーデンは変わらず鎌を一振りした。力を込めていた筈の手から銃器が手放され高く放られてしまった。痛みにより、飛んで行った銃器を目で追えず見失い、ただメーデンを睨みつけるしか出来なかった。


「…本当、容赦ないね。まるでヒトの痛みが分からない様だよ。」


 ヒト、という言葉に反応したのをクレソンは見逃さなかった。その反応の時メーデンが何を思ったかはクレソンには分からないが、その瞬間からメーデンの表情がほんの少しだけ変わった。


「…分からないよォ?だって『ヒト』じゃないから。分からないのは当たり前。むしろ教えてほしいなァ?ねェ、今そっちはどんな気持ちでこっちを見ていたのォ?どうして諦めずにこっちを睨んでたのォ?ねェ?」


 挑発でワザと言ってるのではない、本当に疑問に思って聞いて来ているのがクレソンには分かった。何よりも先ほどの『ヒトではない』という台詞。それを聞いたクレソンは確信した。そして返事を返した。


「今何を思っているか、かぁ。…その台詞、いつか俺が誰かに言ってみたかった台詞なんだよなぁ。

 …あぁ、因みに今どんな気持ちか、だっけ?そうだなぁ…今、かな。」


 クレソンが何を言っているのか、メーデンには最初分からなかった。だが直ぐに分かった。自分の背後から痛みが加わり、それが背後からの奇襲によるものだとやっと気付けた。

 それは知らない内にメーデンが油断した為か、メーデン自身にも分からなかった。今分かるのは、自分が消そうとしていた相手が今合流してしまったという事だけだった。


「あぁー!カスッたー!ギリギリで気ヅかれたー!」


 悔しそうにするカルミアに反して、自身が気付かず傷を負わされた事に、明らかにメーデンは表情を歪ませ変化させた。そんなメーデンの事はさて置き、カルミアはやっとクレソンらを見つけてメーデンの横を走りぬけて駆け寄った。


「わーんクレソン!やっといたー…ってうわぁ!めっちゃ見てて痛いぃい!?」


 近寄ってからクレソンが満身創痍なのに気付き、思わず悲鳴を上げてしまった。そんなカルミアの状態に逆に安堵の表情を浮かべ、痛むのを我慢して大丈夫という意味でカルミアに向かって小さく手を振った。

 クレソンはカルミアが来るのは分かっていた。だからこそ今までの行動は時間稼ぎでもあった。その間多少でも相手の体力を減らせる事が出来れば上々だとクレソンは思っていた。

 結果として、相手を油断させた状態で合流し、カルミアに任せた形ではあるが此方に流れを作る事が出来た。


「うん、結構痛い。まじで痛い。来てくれて嬉しい。でもちょっと今は抱き着くの勘弁ね。」


 嬉しさから抱き着きたいカルミアと、肩の痛みが酷くて抱き着かれたくないクレソンの攻防が始まったが、その後ろでメーデンが俯いたまま棒立ちしているのを二人は思い出した。


「きられた…切られた斬られた。しかも見られてる時に…あはは…あはははは。」


 思い出してメーデンが居る方へと振り返ると、メーデンの様子が明らかに可笑しかった。目の焦点がまた合わず、まるで歯車が一つ欠けて狂ってしまった機械カラクリの様だった。

 今メーデンに近づけば、何が起こるか分からない。だがそんな二人の不安を他所に、メーデンは手に握った鎌を大きく振るった。その動作があまりにも大きく、そして速く誰の目にも止まらなかった。故に二人は斬られたと瞬間的に思った。だが目を瞑り、時間が経ってから目をゆっくり開けて分かった。

 自分らは斬られていない。何故だ?そんな疑問を浮かべながら周囲を見た。そして何故自分らが無事だったのかを二人は気付いた。

 スズランがいた。

 よく見れば、部屋の廊下からこちらに向かってスズランが手を伸ばし、その伸ばされた手が光っていた。それは二人には何の光か知っていた。

 それは魔法を使った時に発せられる魔法の力の反応によるものだった。つまり二人、更に隠れていた研究員を含めた全員がスズランの魔法によって守られた結果だった。

 その事実は、メーデンにも知られる事となり、メーデンは狂った笑いを止め、消沈した表情をしてスズランの方を見た。それがどこか、信じていた相手に裏切られたともとれる表情で、二人は見ていて何とも言えなくなった。


「…なんでェ?ねぇ、なんで守ってるの?なんで?なんで?なんでェ?

 こっちは、ただ斬りたかっただけなのにさァ。なんでェ?なんでさァ!?」


 子どもの駄々の様だ。誰もが見てそう思う姿だった。だがやはり、そんな姿を見ても二人はメーデンの言っている事が全く理解出来ない。メーデンが何をしたいのか理解が出来ずにいた。


「だったらさァ、もっともっともっと斬らなきゃねェ!斬って斬ってきっちゃわないとねェ!」


 狂った調子のまま、鎌をスズランに向けて今にも斬りかかろうとするメーデンを見て、二人はスズランを守ろうと駆けだそうとした。

 しかし、駆け寄りメーデンの方へと向き直すと何故かメーデンは構えたまま動かなくなっていた。何かを貯めているのか?っと二人は思ったが、少し経つとメーデンは腕を下ろして顔をうつむかせて考え込み始めた。そして顔を上げたかと思うと、さっきまでの狂った調子は消え失せていた。


「…うん、やめたァ。もう帰るから、次また見つけたらもう一回斬るからァ。」


 物騒な事を言い残し、メーデンは以前と同じように姿を消した。

 あまりに突然の展開にカルミアもクレソンも、半身を物陰から出して見ていた研究員さえも口を開けて立ち尽くしていた。


「…いなくなった、か?」

「…うん。前もだけど、変な時にいなくなっちゃうね、あの子。」


 結局謎を残して消えたメーデンを思いつつも、脅威が去った事に安堵し、二人は腰を下ろして溜息を吐いた。クレソンは肩の傷が痛み、肩を押さえ苦痛には顔を歪めた。


「大丈夫!?めっちゃ痛い!?痛い!?」

「うん、めっちゃ痛い。早く治療したい。」


 呑気そうな会話だが、クレソンが少し危ない状況なのは確からしい。早く治療を受けないと血が足りなくなってしまう。慌ただしいカルミアと血の気が失せてきた表情のクレソンの耳に、遠くから音と声が聞こえてきた。


     3


 負傷したクレソンを置いて音と声のする方へと走って向かったカルミアが辿り着いたのは研究所の入り口だった。着いた先でカルミアが見たのは、カルミアにとって覚えのあり、クレソンにも覚えがあるであろう姿のヒト達だった。


「こちら、騎士団です!負傷した方は他にいますか?」


 カルミアの姿を見て駆け寄ってきたのは駆け付けた騎士団の団員で、カルミアに負傷者の確認をしてきた。聞いてきた団員の後ろの方へ見れば、既に何人ものヒトが騎士団に救出され、運び出されている光景が見えた。

 その様子から、既に戦う相手はいない事も承知の様だった。騎士団の印である紅色の外衣と剣と盾の絵が掘られた記章バッヂのヒト達が慌ただしく駆け回っている。

 カルミアは自分に確認をしてきた団員に向かって、胸の拳を当てて敬礼をして見せた。


「カルミア団員です!一人フショーした仲間がおります!あと、一人ブジなケンキュー員がいます!」


 聞いた団員は、他の団員を何人か引きつれて、カルミアの案内の元奥へと急ぎ向かった。そして負傷し座り込むクレソンを発見し、団員達はクレソンを抱え運び出した。

 クレソンもカルミアもやっと一息つけたところ、後から来た団員達がカルミア達を通り過ぎてスズランの方へと向かい、そしてスズランに向かって一人の団員が口を開く。


「そちらの方、今回の異変の関係者として貴方の身柄を拘束させてもらいます。」


 それを聞いてカルミアは振り返り、クレソンも大人しく連れて行かれていたが、聞こえた瞬間無理矢理動こうとしたが肩の痛みでうずくまってしまった。


「ちょっと!?その子はあたし達のナカマです!ツカまえるなんてなんで!」

「俺の指示だよ。」


 カルミアの声を遮り、喋るながら出て来たのはまた二人が良く知るすず色の髪のヒトだった。そのヒトは二人といた時とは打って変わって厳かな雰囲気の衣装を着て、他の団員がその人物に対して礼をして道を開けた。


「隊長!どういう事なの!?あの子をツカまえるって、だって隊長が」

「事情が変わってな、こちらの預かりになった。お前らの任務は中断、共に拠点に戻って休んでろ。クレソンには俺が伝えておく。」


 言われ肩を軽く叩かれ、団員を引き連れて行ってしまった。スズランも両側から騎士団の団員に抑えられ、大人しく連れて行かれた。

 クレソンの傷に触るな!もっと優しくして!などと言う文句の声を背景に、カルミアは茫然としてそれらを見送った。


 隊長と呼ばれたそのヒトは、側から団員の一人が近づいて来て話し掛けられ振り返った。


「団長、場所の用意が出来ております。いつでも出立出来ます。」

「おう、分かった。」


 団長と呼ばれている割には軽い調子で話すそのヒトに、団員は呆れを見せつつも話を続けた。


「しかし、私も気になります。あの人間は普通のヒトに見えますが、一体どのように異変と関係しているのでしょうか。」


 一介の騎士団団員にも、スズランという一人の存在が今回の異変との関連性があるのか疑っていた。しかし、そんな団員の疑問に隊長は変わらぬ様子で団員と向き合った。


「今回の件は特殊な事だ。今はこいつらをまとめて本部に連れて行き、事の状況を他の隊長らに口頭で話さなきゃらならんからな。

 好い加減説明しねぇと、隊長の何人か文句と一緒に物騒なのが飛んで来そうだしな。」


 やはりどこか軽い調子の団長なる人物の口調と態度に、団員は不安を抱きつつも今は団長の指示に従い、他の団員と一緒に研究所を後にした。

 クレソンもカルミアも、どちらも隊長もとい団長の決定に何も言う事無く他の団員に連れられ、共にスズランの顔を見れぬままに離れていった。


 団長は団員が負傷者などを連れて出て行き、最後となる団員が他にヒトが居ない事を伝え聞くと全団員の進行を告げた。ッ負傷者は全て最寄りの医療所へと運ばれる予定で、クレソンも重傷である為一緒に医療所へと運ばれる予定だったところを急遽変更し、騎士団の拠点である騎士団つめしょの休養室へ運ばれることになった。

 詰所へと向かう集団の中、不貞腐れた表情で団員と一緒に歩くカルミアの姿も見えた。他の団員がカルミアに話し掛け、不機嫌ではあるが返事を返し場の雰囲気が和らいでいた。むしろ不機嫌なカルミアを皆でからかっている状態の様だ。

 そんな声を耳にしながら、負傷者を運ぶ馬車の中で横になるクレソンは少しの間眠ってから覚めたばかりだった。


「…今、どの辺り?」


 近くにいるであろう治療部隊の団員に話し掛け、自分らがどこまで進んだかを確認した。


「今山を越えたところです。後少しで拠点があるまちに着きます。」


 詰所のあるまちは、王城のある城下まちからそれ程離れていない距離にあり、その城下まちを背景にまちの外壁が遠くに見えた。とは言え、怪我をして動けず、場所から自力で降りられないクレソンには確認のしようの無い事だった。

 しかし話を聞いてその内容を信用し、クレソンは息を吐いて再び目を閉じた。


「はぁ…このタイミングに召集か。遠目だったが、隊長の方も何か切羽詰ってる感じだったな。状況がどう変わって俺らを止めたんだ?」


 クレソンは隊長の言動に思う所があり、独り言を呟いていた。そんなクレソンを、治療を担当していた団員から安静を強要する手刀が飛んで来るきたのはその数秒後の事だった。


 クレソンが手刀を喰らい、うめき声と共に気絶する馬車の外、団員の隊列の中に団長がいた。本来であれば、隊長格であれば乗馬での移動が定石だが、団長はそうしなかった。その理由は本人が言うには


「馬に乗ると、ケツ痛くなるから。後この前あいつ俺の髪、干し草みてぇに噛みつきてきたから。」


 との事だった。その発言に何人もの団員の目が団長を突き刺すが、本人は素知らぬ素振りをした。

 団長は詰所への移動の最中、近くを歩く団員を呼び掛けた。その団員は盾を持つ防衛部隊の団員だ。その団員に何かを話し、また別の団員を呼んでは何かを話した。


 そうして進み続け、遂に拠点である騎士団詰所のあるまちに着いた。

 まちは騎士団の詰所がある為か、物々しさを含むがまちの風景は平和と言えた。やはり妖精種の姿は見えず、魔法が使えない事で作業が滞っている仕事風景も見られた。重いものを運んだりするのに魔法はやはり重宝されるらしい。

 いつもと変わらない、でも確かに変わっているまちの光景を流し見して、騎士団は詰所へと到着した。


 確実に異変をきたしたヒトの風景。『ソレ』はただ見つめるしか出来ず、流されるままに歩いて行った。

 でも…分からない―



 余談


 あなた達から見て、隊長はどんなヒトですか?第2弾。

「えっこれまたやるの?俺の許可無く?」


 とある草食系(自称)頭角人の発言

「あのヒト、ちいと馴れ馴れしいんじゃのぉ。もうちいと威厳のある感じやら、ヒトとの距離の取り方に気ぃ遣うてほしい。

 後口が臭い。」


 とある雑食系(確定)竜人の発言

「もう少し鍛えた方が良いと思いますにゃ。ただでさえ、細い体つきをしているんですから、体に気を遣った物を食べてほしいと思っていますにゃ。

 後口が臭いにゃ。ちゃんと歯を磨いていますにょかにゃ?」


「何なのお前らさっきから!ヒトの口臭ばっか気にしてさ!後お前、語尾一体何!?」

「あぁ、こいつ猫獣人の島育ちらしゅうて、語尾がうつったんじゃげな。」

「お前も何て言ってるの?」


 思っていたよりも個性が濃かった団員一部。

※頭角人のヒトの喋りは、広島弁を参考にしました。意見は聞きますが変更はしません。

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