第13話 全てが到達

 船は港に到着し、カルミアもクレソンも颯爽と船を降りて行った。スズランは二人に手を引かれる様にして船を降り、後に続く様にしてタイムや正体が精霊であるレザールとシエーテらが船から足を降ろしていく。

 西の大陸の南部。立ち寄った他の港と比べると規模は小さいが、長閑な雰囲気が感じられたが、住民の俯き憔悴している様な表情を見るとやはり異変は続いていると実感する。

 港の住民は背が低く、耳や手足は大きく子どもの様で顔立ちは大人のものだった。大陸の南側は『平原小人』の領土であり、土地のほとんどが小人達の畑となっている。

 今でこそ『平原小人』は『平原』と名に付いているが、昔は森に住んでおり、畑を作り生活して行く為に森を出たと言われているが、今は気にする必要の無い情報だとスズランは一旦頭の中の情報を整理した。

 スズランが悶々としている間に、タイム達は船員に話を付けて、港から次の目的地へと向かう為の馬車が出る停車場へと向かう所だった。


「君、仲間さんに置いてかれるよ?」


 平原小人の中年らしいヒトに話し掛けられ、顔を上げてスズランは皆の後を追い駆け出した。途端に足がグラつき転びかけた。その寸前に一番近くにいたカルミアが駆け寄りスズランの体を支えられた。


「スズちゃん、ダイジョーブ!?どっかイタいの?」


 先を歩いていたクレソンもカルミアと同様にスズランの近くへと駆けて戻って来た。


「スズラン、島を出てから体調が悪いな。どこか悪くしたか?」


 クレソンはスズランに質問をするが、スズランは何も答えなかった。その事に二人は困惑したが、その話にタイムが割って入った。


「酷かもしれないがスズランがそうなるのは『仕方がない』事だ。今は急いでいるから、動けないなら背負って行くしかないな。」


 聞いたクレソンは背負うかとスズランに聞いてきたが、スズランは首を横に振り断る。そしてゆっくりと立ち上がり足を進めた。

 二人は不安げな表情でスズランを見るが、スズランはそんな二人を無視する様にして足を動かした。


 停車場で馬車に乗り込み、皆で同じ目的地へと向かう最中、カルミアとクレソンは周りの風景を眺めた。

 辺り一面が平原小人の畑であり、小麦の他に赤や緑に紫など鮮やかな色の野菜や果物が土地を彩っている。そんな広大な畑が馬車の通る道を間に挟むようにして両側に広がり、まるで地平線まで農地が続いている様だ。


「平原小人のヒトたちって、コガラなのにスゴい力モちだよね。」

「それだけ筋肉が引き締まってるんだろうな。小柄なのは『森小人』の時の名残で、穴倉や木のうろに身を隠す為に体が子どもの頃から成長が止まると言うからな。」


 そんな風にして小人に関するちょっとした知識を口にしている間、スズランは改めて景色を見た。自然豊かな畑の中、農具を担ぐ者に土を耕す者、どれも普通に暮らしていたは体力が持たない仕事だ。そして、そんな仕事をするのに小人種は誰も魔法を使わない。

 小人種は元来身体能力が優れた種族では無く、だからこそ持っている能力を最大限に活かし、工夫して生きてきた。つまりは自分の力を信頼し努力を積み重ねて今の種族体系が出来上がった。そこに魔法と言う小人種から見れば外的要因は、小人種からすれば頼る必要無いものなのだろう。

 小人の住むむらやまちでも魔法不発の異変は知らされているだろうが、然程住民に困窮こんきゅうした様子が見られないのはそうした種族性だからだろう。


「確かにこの場所では異変の影響は少なく見える。だが異変が進行すれば、次第にこの風景そのものにも影響が見えてくるだろう。

 精霊は自然そのもの、象徴でもある。その精霊が悪い方に変化すれば、自然にも悪い変化が見えて来る筈だ。そうなる前に異変を終わらせなければ。」


 タイムが先を急ぐ訳を淡々と語った。カルミアもクレソンもそれは承知の上だろう。そんな中、二人はスズランを見た。

 二人が何を思ってスズランを見たのかは知らないが、その表情は泣きそうな、会ってから一緒に過ごした二人と比べると暗く元気の無いように見えた。

 それから小人達の土地を出たのか、広大な畑を背にし周囲に雑木林が広がってきた。木の枝が覆い茂ってはいるが、暗い雰囲気は無く、花も咲き乱れておりヒトが散歩するのに視覚にも嗅覚にも楽しませる光景を作り上げていた。

 そんな平和にもとれる光景を過ぎて行き、船と同様に数日かけて目的地に近付いて行った。道中、やはり暴走した精霊達が襲ってきたが、カルミアとクレソンの応戦により被害はほとんど無かった。更に同じ精霊であり、一応正気であるレザールとシエーテも同行している為、最早一行に近寄れる障害は無かった。


「いやぁ!ヒトの旅ってのは大変だと聞いたが、それ程苦労とやらも感じられないものなんだな!」

「そりゃあ、そもそもそちらは疲れも何も感じない存在では無かったかね?」


 そうだった!とまるで見当違いな話をしているシエーテにタイムが真っ当な意見を言い、興奮している様子のシエーテを宥めようとしていた。

 そんな会話が続く馬車の中、クレソンは横になり昼寝をしており、カルミアは何やら荷物を漁ってした。取り出してきたのは小さな紙で出来た袋だった。


「あっスズちゃん、おナカすいてない?コレ食べようよ!」


 そう言って袋の中から小さなものを摘まんでそれをスズランに差し出してきた。見ればそれは丸く平たい焼き菓子と呼ばれるものだろうか。菓子の中に更に小さく黒いものが練り込まれている様に見える。

 どうやらどこかのまちの宿屋で休んでいる最中、宿の厨房を借りてカルミア自身が作ったものらしく、自信満々という表情でスズランに見せてきた。

 最初、スズランは断ろうと思ったが、不思議と断る事を口が拒んだ様に感じ、つい差し出された焼き菓子に向けて掌を見せて、カルミアがその掌に菓子を乗せた。

 受け取った菓子を一瞬どうしようか悩むと、カルミアがジッとスズラン見てきたので、思い切り口を開いて菓子を頬張り食んだ。

 正直に言えば、スズランには食べ物を口に入れて感じる『味』が分からない。『甘い』や『苦い』がどれで、どんなものかを知らずにいたから、今口の中に感じる味が何かを言葉にする事が出来ない。

 でも、それを正直に言葉にするのが何故か食べ物を口にする前に一瞬だけ感じた拒絶よりも強く拒否し、ただ何かを言いたい衝動に駆られた。


「…あたたかい。」


 やっと出た言葉がそれ一つだけだった。口にしてから激しい動揺がスズランの中を占めて、カルミアの顔を見る事が出来なかった。


「…あははっ!あったかいって、また言われた!」


 聞こえてきたカルミアの声は、呆れた様な笑い声になっていた。ゆっくり視線を動かして表情を見ると、カルミアの表情は今まで見たこと無い、何故か泣いている様にも見える満面の笑みを浮かべていた。


「アタシ、トモダチとテヅクりのお菓子を食べ合うのがシュミなんだよ!」


 今度は一片の曇りも無い笑みを浮かべてスズランに言った。


     2


 馬車は更に進み、森の木々と花々に囲まれたまちを通り過ぎ、その北側へと進んで行くと大きなまちに着いた。そこは西の大陸の主に北側を治める領主である竜が住むまちだと言う。

 旅人や行商人という名の余所者が目的地である森に行くには、領主から許可をもらわなくてはいけないのだと聞いた。本来ならそう言った許可を取りにも時間が掛かるものだが、ここの領主はとても寛大である故に、短くても挨拶をすれば直ぐに許可が下りるらしい。


「『寛大』とヒトは言うが、私からすれば少し…いや、かなり警戒心が薄く見えるね。まぁそれがあの方の良いところではあるんだけどね。」


 タイムが浅く溜息を吐きつつも、領主の屋敷へと入って行き、領主である竜との対面を果たす。

 カルミアもクレソンも、あの『奇妙な挨拶』をして見せる事もせずに、ただ黙って膝を付いて頭を下げた。その二人の姿にスズランは戸惑いつつ、どういった態勢をとろうか悩んだ。

 精霊であるレザールとシエーテは部屋には入らず、部屋に入るカルミアとクレソン、タイムに許可をとるのを任せると言っていた。そもそも許可をとるという事自体、どちらにとっても意味の無い事を捉えているし、実際そうだろうとは思う。

 しかしスズランはどうするべきか。部屋に入る前に二人に聞くべきだったと思っていると、その二人が口を開く前に領主が口を開いた。


「そう固くならなくても良いです。こちらとしても、『あなた』に頭を下げさせる訳にはいきません。」


 領主はカダフスという自身の名を言うと、スズランに向かってうやうやしい態度を見せた。カルミアとクレソンは口を大きく開き茫然とその様子を見たまま固まり、タイムは少し驚きつつも毅然とした態度のままでいた。


「珍しいですね。失礼ですが竜であるあなたは相手が、そこまでの態度になる事は無いと思ってました。」


 次にタイムは竜である領主に向ける印象の変化に対して感じた事を正直に口にした。最初に失礼とは言っているが、親しい事柄である相手に言う事にしては棘を感じる。

 カルミアはまだ茫然とし、クレソンはタイムに更に驚きの表情を向けていた。


「いや…タイム殿の言う通り、私は永く生きている故にどうにも相手が皆子どもの様に思えてしまう。だが、其方の方は違う。何よりも、こうして顔を見る事が出来た事さえ奇跡と思える。とてもいつも通りになんて出来ません。」


 ヒトにとって竜は強く、畏怖する対象と言える。そんな竜の印象があるにもかかわらず、このまちの住民はこの竜の領主に親しみを持ち、敬愛しているのだと二人から聞いた。

 それでも竜の持つ絶対的な存在感は変わらず、ヒトが竜に対し畏敬の態度で接する様に、言い方は悪いが竜は他種族に対して見下す傾向があるのは変わらない。

 だからこそ、カダフスという竜がスズランに対する態度は他の人が見れば、正に驚きの光景となる。


「ともかく、関所の通過を許可いたします。…どうか、世界の平和を取り戻してください。」


 領主はスズランに深々と礼を示し、皆は挨拶をして領主の屋敷を後にした。


「…あーこえぇ!竜初めて見たぁ!」

「アタシも!リョーシュさんヤサしいって知ってるけど、チョクシ出来ないよー!」

「でもカッコ良かった!」

「ソレ!」


 屋敷から出た途端、竜である領主に対する印象を正直に口にする二人に、タイムが注意をする。こういう光景も道中何度も見て慣れた。


「ってか、竜ってホント―に初めて見たからわかんないけど、スズちゃんにあんな態度とるってなんで?リョーシュさんもスズちゃんの事知ってるの?」


 カルミアの疑問にスズランは首を横に振った。そんなスズランの様子を見て二人は首を傾げる。


「竜は自然に棲む存在だからねぇ。ここの領主は自然から離れて長いみたいだけど、本能で感じ取ったんだろうねぇ。」

「…本能で、って?」


 クレソンはレザールの台詞を聞き返した。


「知っている、じゃなくて気付いたって事。」


 レザールの代わりにシエーテが答えを言った。だがその答えも意味が分からないもので、更に二人は首を傾げる結果になった。


「さっ、通行の許可で下りたんだ。やっと団長と合流出来るぞ。」

「えっ隊長、この先にいるの!?」


 先を急ぐ故に説明を省いていた為に、この先にいるであろう人物の事を聞いて二人は驚愕した。


「先に伝えておけば良かったけどね。前にいた通り急がなきゃいけない状況だからねぇ。

 君らは今話を聞きたいだろうけど、合流するまで我慢してくれ。」


 タイムからの頼みに二人は大人しく頷いた。これが他に人物であったらきっと二人は文句を言って相手を困らせていただろう。そんな光景が頭に浮かんだ。


 そして一行はまちを出て、直ぐそこにある関所の橋を渡り抜けた。関所である小さな建物を出て最初に目にした光景は、一際青々と茂る木々の葉。至る所に花が咲き、風が吹く度に花が香った。

 そんな豊かな自然の中、道中にも出くわした暴走する精霊が群れを成して他の場所と同じようにこちらに襲い掛かって来た。


「うひゃあ!数多くない!?」

「確かに、今までと比べてちょっと…いやかなり多いな。」


 その数にカルミアもクレソンもたじろいでしまった。だが直ぐに立ち直り応戦した。不定形な相手にはまちで仕入れた火薬を燃やして散らし、浮遊する水晶の様な相手にはカルミアが立ち回り、蹴って叩いて攻撃していった。カルミアは縦横無尽に動き死角などない様な動きをした。

 そんな二人の援護の為にレザールとシエーテは魔法で補助をし、二人が動きやすくして、それ以上の事はしなかった。

 クレソンは戦闘に機械を使い、狙いを定める為に動きが遅れた。タイムは戦いに参加こそしなかったが、クレソンの方に乗り坑道が遅れるクレソンへの助言をして動きを補助した。

 そうして暴走する精霊達を撃破していき、目的地である森の手前にあるむらまで辿り着いた。むらの中は静まり返っており、ヒトが住んでいる気配が感じられなかった。所々むらの建物に破損が見られた。


「コレ、もしかしてオソわれた?」

「だろうな。他の場所は騎士団やら傭兵とか雇って守ってもらったと思うが、。」

「住民を避難させた後と考えたいね。土地守がいる森が近くにあるから、最悪な事態にはなっていない筈だが。」

「あぁ。むらの郊外にある学校に避難させている。結界魔法で防御しているから、今の所大丈夫だ。」


 そうか、と聞こえてきた声を聞いて納得して直ぐに一同は最後に聞こえてきた声がスズランのものではなく、カルミアでもクレソンでも、タイムでも同行する精霊達でも無い事に気付き一斉に声のした方を見た。

 そこにいたのは狐だった。ヒトの声を発していたところから、直ぐにその狐が獣人の類だと察した。振り返りざまに構えたカルミアとクレソンを他所にタイムが前に出て狐に近付いた。


「お久しぶりです、カナイ殿。」


 タイムが狐に対して礼をしている姿を見て、直ぐに味方である事を二人も気付き、構えを解いた。タイムに対して挨拶を返したカナイという名の狐は、精霊の方を一瞥した。


「…そちらが、『あれ』か。」

「はい。しかし今は一応の味方です。こちらの危害を加えては来ません。」

「だろうな。でなきゃ一緒にここには来ないし、お前らも無事でなかったろう。」


 タイムとカナイが話をし終えると、後ろのむらの奥にある川の方に向いてから再び一同を見た。


「着いて来い。最後の儀式の場所まで案内する。」


 儀式、と言う言葉を聞き、何を意味する言葉か理解出来ない者はこの場に一人もいない。全員がカナイについて歩き出し、カナイも戦闘に立って川向こうの森へと歩き出した。


     3


 川を渡り少し歩いた先の森の入り口前で、騎士団の団員であるヒトであれば見覚えある人物が切株に座っていた。その人物はヒトが来た事に気付くと立ち上がり、軽く手を上げて挨拶する様にした。

 そのヒトは、タイムは団長と呼び、カルミアとクレソンは隊長と呼ぶヒトだった。


「たっ!」

「隊長ーっ!」


 カルミアとクレソンはそのヒトの姿を目に捉えるとすぐさま駆け出し、そのヒトへと向かって行った。そしてカルミアは腕を突き出し、クレソンは跳んでそのヒトの腹に目掛けて蹴り上げた。


「げほぁ!?」


 そのヒトはカルミアに頬を拳で突かれ、クレソンに蹴り飛ばされ後ろの方へと吹き飛ばされた。精霊の二体は二人の攻撃に拍手を送り、カナイとタイムはあーあーと声を呟き目を伏せた。


「てめぇらは!いちいちヒトを吹き飛ばさないといけない病気にでも罹ってんのか!?」

「…生きてる。」

「…ユメじゃない?」

「んな、頬をつねる奴じゃねぇだろ今のは!つか、自分にやるものであってヒトにやるもんじゃねぇ!」


 二人の突飛な行動に怒りつつも、再び立ち上がり一同に向き直ってそのヒトは口を開いた。


「あー…んじゃあ改めて、漸くここまで来たか。精霊さんよ。」


 そのヒトが精霊と呼んだのは、レザールでもシエーテでもなく、カルミアとクレソンの後ろの方に立っているスズランだった。


「…えっ?」

「えっ精霊…まじか?」

「なんだ?気付いてもいないし、教えてもなかったか。まっそれも仕方ねぇか。こんな異変が起きた最中じゃなぁ。」


 スズランの事を知るそのヒトは、事情を話すと良いながら移動を再開したカナイと共に歩き出した。それにつられ、皆も歩き出し森の奥へと向かった。


「さて、まずこの異変何だが、お前らはそもそも何が発端か知らないよな。」

「シらない!」

「だから、もったいぶらず話して下さいよ!余興苦手なクセして無駄に張り切って滑るヒトじゃあるまいし!」

「その例え、止めてくんない?」


 多少の小さな事故はあるものの、二人が隊長と呼ぶそのヒトは話を始めた。

 異変の始まりは、精霊そのものに『変化』が生じた事だった。その『変化』により精霊は混乱状態に陥り、そして暴走状態となった。これは既に何人ものヒトが知っている事だった。


「その『変化』ってのは、ヒトにはどうしようも出来ない事でな、精霊自身が問題を解決しなけりゃならないってのに、その精霊そのものがこうやって攻撃したりして生き物を襲うもんだから、治るものも治らねぇ。

 しかも、精霊ってのは魔法の力の源を生み出す存在だ。その精霊に異常が起きれば、当然魔法の力だってまともに生み出される訳がねぇ。これは魔法不発の原因。

 も一つの妖精の病気は、謂わば妖精種の体質のせいだな。」


 隊長の話を聞き、クレソンは代わりに答えた。


「妖精は、確か唯一精霊を知覚出来る、んだっけか?」

「そう!つまり精霊に一番近い種族でもある。結局は魔法不発の件と一緒だ。」


 一つずつ、問題を確認する様にして隊長は説明していく。そんな中、カルミアは隊長に質問をした。


「隊長!なんでスズちゃんの事知ってるカンジだったの?スズちゃんと隊長、ゼンゼン話した事ないのに。」

「いや、あるぞ。」


 当然のように隊長は答え、二人は再び驚愕した。

 そもそも隊長が異変を知ったのは突然の事だった。何時もの書類仕事をしている最中に誰かに声を掛けられた。その声の正体は


「お前らがスズランって呼んでる奴だ。」

「えぇ!?」

「スズちゃん、そんなハヤくから隊長に会ってたんだ!」


 話を続け、スズランは隊長に声を掛けると


 異変が起こった。どうか助けてほしい。


 そう直接助けを求めてきたのだと言う。


「話を聞くと、どうも暴走した精霊に襲われたせいで異変解決のための儀式が行えなくなったから、手伝ってほしいって事らしくてな、そこでお前らにスズランを託したって訳だ。」

「いやいや!なんでそんな大事な話、船に乗った時もだけど、してくれなかったんですか!」


 隊長の言葉にクレソンが反論をした。クレソンだけでなくカルミアも怒り、隊長にぶつかる。

 どうやら二人は、隊長から本当に何も聞かされないままスズランと同行していたらしい。その事は一緒に旅をしてわかってはいたが、あまりにも知らない体だったのを覚えている。


「…精霊ってのは、ヒトでも生き物でもねぇ。ただそこにある存在で、概念だ。生き物の道理は通じねぇし、距離も関係無く声を出せば、どこにいてもその声を聞く事だって出来る。って知り合いから聞いた。」


 隊長の説明を掻い摘めば、どこで何かを喋れば、すぐさまに精霊が聞きつけて来る恐れがあった。特に精霊は魔法の力の根源を生み出すと言うだけあって、魔法の力の発動に得に敏感だった。

 現に精霊であるメーデンもアルロイも、魔法晶のある場所に先回りはしていたものの、道中に襲って来る事は無かった。


「異変のおかげでその察知能力とやらは多少は弱まっていたらしいが、念の為だったからな。あまり情報を外に漏らす事が出来なくて、お前らに負担を掛けたのは悪いと思っている。すまなかったな。」


 謝る隊長に対して、二人は少し考えてから隊長に向かった。


「まぁそれなら仕方ないな。」

「そーだね!つまりは、隊長はアタシらを守ってくれてたって事なワケだしね!」


 うんうんと頷きカルミアに、同意し納得する素振りを見せるクレソンに、隊長は呆れた様な、安堵の様な笑みを浮かべた。


「…つかお前ら、今更だが結局詰所から抜け出してきたんだな。ったく…下手に動くなっつったのに。」


 隊長は先程の表情から一変して、疲労したように顔を歪ませ頭を抱えた。どうやら二人は隊長に騎士団の詰所から出るなと言われながら、外に出てしまっていたらしい。


「えー?だって隊長がそう言うのって、『上手く動け』って意味なんでしょ?」

「ちゃんとアタシ達、ウマく動いてスズちゃんとゴーリューできたよ!」


 自慢げに二人は胸を張り言った。その姿に隊長は更に頭を抱え、大きな溜息を吐きだす。


ちげぇよ!スズランの事は後で出てくるだろうそいつらがどうにかするだろうから、後はそいつらに任せておくつもりだったの!」


 隊長はそいつと指差したのは、スズランを詰所から連れ出したレザールだった。


「うん。順調に動いていた筈のそちらは突然動かなくなったから、こちらが引き継いで儀式を続けるつもりだったんだ。でも結局そちらのヒトらはついて来たんだよね。」


 驚いたよ!とレザールが言い、スズランは二人の方を見た。

 二人は、仕事でスズランの所に来たのではなかった?


「だって、一緒に行くってキめてたのに、いきなりハナれバナれってイヤじゃん!」

「それに、俺らが来なきゃそっちも危なかったっぽかったしな。」


 二人の台詞にレザールは確かにと同意した。


「本当に、ヒトって先が読めないね!まっだからこそ最初はヒトに儀式を任せた訳だしね。おかげで半分まで進めて、メーデンやアルロイも退けられたし。」


 まるで精霊二体はカルミアとクレソンの肩を持つように言い、そんな様子に隊長は更に溜息を吐いていた。


「…やれやれ。随分と賑やかな一同だな。こんな異変の最中だと言うのに。」


 先程から先導して歩いているカナイは、一同のやり取りを耳にして呆れた声を出した。しかし、その声に怒りは含まれていなかった。


「さて、おしゃべりしてる間に着いたぞ。…最後の儀式の場だ。」


 言って指した場所は、滝の流れる岩壁で、気付けば周囲は滝から流れた水が溜息に貯まり、川に流れて行って涼しくなっていた。


「成り程、あの奥か。」


 シエーテが言うと手を翳し、空中で何かを払う様にして手を動かした。すると滝が割れて滝の裏側の岩壁が露わになった。その岩壁には大きな洞窟の入り口があるのが見えた。

 シエーテの一連の動作と光景を見て、カルミアとクレソンは歓声を上げつつ拍手を送った。


「あの奥に、儀式をする為の精霊晶がある。入り口はここだけだから、中には一人だけ入り、他は念の為の外で見張りをしよう。」


 一人、と指されたスズラン一度頷き、洞窟のある滝の方へと歩き出した。他もカナイの提案に乗り、スズランの歩みを止める事無く見送った。

 滝之浦の洞窟の中に入れば、確かにカナイの言った通りに巨大な魔法晶が柱に様にして立っていた。

 光り輝くその魔法晶に近寄り、手を掲げる。


「我、四方の央から末へと達する。力は冷。流れ押し流し、あらがたかぶる全ての鎮静を求める。」


 いよいよ『ソレ』は辿り着く。後はただ、役目のままに動くのみとなった。

 後少しで全て終わる。後少しで、全ては『元』に戻る―



 『ソレ』は、ただ存在するだけでした。

 いつしか、『ソレ』は一人ではなくなっていました。

 『ソレ』ともう一人は、楽しく過ごしました。

 でも、もう一人は何時しか成長し、そして変化していきました。


 私達は生きなければならない。これは、その為に犠牲だ。


 もう一人は大勢を引き連れ、そして沢山のものを壊しました。

 それは、『ソレ』が大事に大事に育てたものたちでした。

 そして、多くのものを失った『ソレ』は―

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