第12話 精霊が相見

 スズランが目を開けて見えたのは、木の枝から覗かせる青空だった。どうやらスズランが倒れた後運ばれ、島の森の外へ出たらしい。

 体に異常が感じられないから、スズランは体を起こし辺りを見渡した。スズランは木陰で横になっていたようで、直ぐ近くは砂浜だった。遠くから話し声が聞こえ、声のする方を見ると鮫の獣人であるスカリーと鼠の獣人であるタイムが何か話していた。


「支払いの請求先は騎士団詰所、団長という事で頼むな。」

「あぁ、水増しして請求してやる。」


 裏の取引の様な会話を聞きつつ、話し終えたらしい二人はスズランが起きて見ていた事に気付き、スカリーは場を離れる様に歩いて行き、タイムはスズランに近寄った。


「起きたようだね。大丈夫かい?大分魔法を使って力を消耗した様だったし。まだ動けそうにないなら」


 最後まで言い終える前にスズランが首を振り、大丈夫であると示すとタイムは納得した様子を見せた。

 聞けばカルミアとクレソンは島を出る準備をしている為、この場にはいないという。スカリーに教えてもらったという飲み水を汲む採る池の場所へ行っていると言うが、まだ戻って来ないとか。


「あの二人の事だから、道草を食っているとは思えんが、ちょっと心配だな。…と、噂をすれば。」


 タイムが見た方向から、カルミアとクレソンが駆け寄って来るのが見えた。


「スズちゃんおまたせー!ショクリョー採ってきたよー!」

「オイ待て!ここの木の実は採る事は許可が無いと」

「許可ならとったぞ。ここの樹花族の子に。」

「病人相手に何聞いてんだお前ら!」


 何やら揉め始めたが、二人が言うに島を出る前に樹花族に簡単に挨拶だけをして立ち去るつもりだったが、樹花族本人が是非持って行ってと言ったのだと言う。

 聞いたスカリーは「またアイツは」と小言を言っていたが、本人が言ったという事で木の実を持って行く事は許すらしい。


「お前ら感謝しろよ。本来この島は城の保護下にあって、許可なしに立ち入れば懲罰ものだぞ?それも島の物を持ち出す事だって下手すれば極刑だ。」

「エッ。」

「えっそこまでやばいのか?この島。」


 タイムが言うに、この島は絶滅危惧種族である樹花族が根を張る土地である事から、先程タイムが言った通り厳重に保護されている手地入りが制限された特別な島とされている。

 立ち入るためにはいくつもの検査を通り、更に唯一外から出入り出来る鮫の獣人であるスカリー自らが面談して許されればやっと浜辺まで足を踏み入れられるのだという。


「今回はそっちの事情が事情だし、こっちも詮索はしねぇが、お前らもここでの事は外に漏らすなよ?消されたくなければな。」


 例え王直属の騎士団であっても、樹花族という希少な存在が絡むと複雑な事情となるらしい。カルミアもクレソンもはいっと真面目な顔つきと口調で返事をした。


「あってか!スズちゃん、ダイジョーブ!?顔のヒビ、イタくない!?」


 スカリーを押しのけてカルミアはスズランに近寄り顔に手を当てて見た。スズランからは鏡でも見ない限り確認出来ないが恐らくカルミアの言うヒビはしっかりとスズランの顔にあるのだろう。

 スズランは頬の下辺りを触ったが、確かに細い溝を触ったような感触がある。スズランは二人に痛みは無いし、体も問題無く動くと伝えた。


「…それなら良いんだが、このヒビは一体何なんだ?まさか、スズランが魔法を使うと体調を悪くするのと関係しているのか?」

「うん、察しが良いね。」


 クレソンの言葉にタイムが反応した。タイムの台詞にクレソンもだが、カルミアも驚きタイムの方に振り返った。


「タイム隊長、あなたはスズランに関して何か知っているのですか!?」

「そういえば、ここに来る前からスズちゃんの事知ってるみたいな事言ってたよね!?」


 二人はタイムに切迫した雰囲気でタイムに言い寄った。タイムはそんな二人の雰囲気に臆することなく逆に諭す様にして話を続けた。


「知っていると言うよりも、そもそもの話君らの任務もスズランに頼まれた仕事だからね。」


 タイムの言葉に二人は勢いよくスズランの方を見た。二人の表情は驚きは当然で、タイムの言っている事が未だ頭に中に入らず理解出来ないと言いたげな感情が出ていた。


「さて、詳しい話をしたいが今は急がなくては。」


 そう言いタイムは直ぐにでも島を出る様にカルミアとクレソン、そしてスズランを急かした。二人はタイムの雰囲気に圧されて慌てる様に支度を始めた。

 スズランは支度と言う程の事はせず、二人を待った。その間タイムがスズランに話し掛けてきた。


「もう力は大分戻ったようだね。念の為に『あの場所』と思われる場所に目星をつけていたが、今の君なら自力で場所を見つけられるだろう。」


 スズランは返事として一度だけ頷いた。


 そして準備は直ぐに終わったららしく、皆スズランとレザールが乗って来た船に乗り込んだ。


「ってか、レザール戦ってるサイチューどこ行ってたのさ!」

「えぇ?危ないから離れて見てたけど?」


 いつの間にか自己紹介を済ませ、更に親しげにしているレザールとカルミア。そしてクレソンもレザールの名を既に教えてもらっており、レザールに話し掛けた。


「結局、レザールも精霊…なんだよな?」

「うん、そうだよ。」

「…あの二人と同じ精霊な割に、そっちはこっちの事邪魔して来ないんだな。むしろ協力的?」


 クレソンはレザールの正体がメーデンとアルロイと同じ精霊である事を確認した。返答はあっさりと帰ってきて、精霊である事を認めたレザールはクレソンを見つめた。


「他にも聞きたい事があるんじゃないのかい?」


 レザールはクレソンの心中を読み取った様に質問をした。その質問にクレソンは少し考えた。


「…いや、後で聞く。今はスズランの為に急がなきゃいけないんだろう?」


 言ってクレソンは船の進行方向を見た。カルミアは戦いつかれたのか船の上で横になって眠っていた。全員が船に乗船したのを確認してから、スカリーは鮫の姿へと変わり、船に結びつかられた縄を咥えて船を引っ張り進めた。


「ちゃんとした船を出す最寄りの島まで連れてく。すっげぇ揺れるが落ちるなよ。」


 そうして出航した一同だったが、途中突如として襲い掛かって来た海鳥の大群に襲われ、それによりクレソンが船から落ちるのは後数分の事。


     2


 船に揺られて数時間、漸く一応の目的である島に到着した一同。一名だけずぶ濡れの状態となってしまっているが無事に到着した船着場から更に船で移動する為に散策した。


「失礼、西に向かう船はどちらに?」


 港にいる船員らしき人物に話し掛け、タイムは次の目的地となる場所に向かう船を訪ねた。回答はすぐに返ってきた。


「どうやら今出航するあの船がそうらしい。ちょっと皆走るよ。クレソンは今はちょっと我慢していてくれ。」

「ハイ!」

「…はい。」


 時間がない為に一同は忙しなく移動し、目的の船へと駆けて向かった。仕事を終えたスカリーとはここで別れとなり、忙しない一同と軽く挨拶を交わしていった。


「もう会う事は無いだろうが、…まっ達者でやれよ。後、ついでにお前らの仕事が無事に済む事を祈っとくよ。」


 駆けていく一同に向かって手を振り、スカリーは再び海へと跳び込み潜った。

 そして目的地へと向かう船を見つけ、船員に手早く話を済ませると船へと乗り込み、息を切らしつつ出航を待った。


「お客さん、随分とお急ぎですね?どうかしましたか?後、すっごいずぶ濡れですが、手拭いを持って来ましょうか?」

「ぜぇ…ぜぇ…お構いなく…あっ、手拭いはください。」


 こうしてやっと一息入れて、スズラン達一同は目的である西大陸へと向けて出港する船の上で一時の休息をとった。


「あっはっは!すっごい忙しない旅路だったなぁ。そちら達はこんな旅をしてきたのかい?」


 一人汗もかかずに船の手すりに手を置き楽しげに話すレザールは、漸く得た安息に浸っているカルミアやクレソンを見て更に笑い声を上げた。

 それは二人を馬鹿にするでもなく、ヒトらしかぬ好奇心から出た問いかけだった。そして二人も怒るでも呆れるでもなくただ呆気にとられた表情でレザールの方へと振り返り、すぐに表情を笑顔に変えた。


「そうだよ!スズちゃんも一緒に色んなところを歩いてね、スッゴイ大変だった!」

「まぁ大変な分、楽しかったってのはあるな。こういうのは本当は駄目なんだろうけど。」


 二人の言葉を聞き、レザールは少し間を開けてから聞いた。


「でもソレって、仕事だからでしょ?」


 一瞬だけ時間が止まった感触がした。スズランは二人の背後に立って聞いていた為に、二人の表情は見えなかった。二人は黙ってレザールの声を聞いていた。


「ヒトにとって仕事は大変なものなんだよね?そんな仕事でも楽しく感じるのは良い事だよね。でも、そんな命懸けでやる必要あるの?」


 レザールの問いかけに、二人は直ぐには答えなかった。スズランは答えよりも、今二人がどんな表情をしているのか見たかった。その為に歩いて二人の表情が見える位置に行こうとした。

 だが、突如襲う揺れによりソレは妨害された。


「ナニナニっ!?またタコパーティ!?」


 カルミアは船の上から上半身を出して船の上下を確認した。その時には何の姿を確認出来ずにいたが、徐々に聞こえてきた音と船を覆い隠すほどの影の出現に揺れの正体を知る事になった。

 皆の目線の先には正に空を覆い隠すほどの大きさの鳥が飛んでいた。


「でっかい!」


 カルミアとクレソンが揃って大きな声で叫んだ。それ程に大きく、船員は巨大な鳥の出現に慌てて逃げ出す者、恐怖により腰を抜かす者など正気でいられる者はいなかった。


「ナニアレ!?あんなの海の上に出るナンて聞いてないよ!?」


 見た事の無い種類の鳥で、カルミアは慌てだすが、まるで来ることを予期していた様に考え込んだクレソン、そして知っていたと言わんばかりのタイムとレザールは平然と鳥の様子を伺っていた。


「あれは多分、メーデンかアルロイ辺りが使役しているな。」

「だよね。スズランの魔法で動きを封じられたまま飛ばされたが、やっこさんは諦めていない様子だったしねぇ。」

「って二人とも落ち着いてるけどどーすんの!?アタシあんな高く飛ばれると攻撃届かないよ!」

「更に不味い事がある。」


 二人に対してあれこれ不安をぶつけるカルミアにクレソンが更に不安げな表情を見せた。それを見てカルミアは予感がした。

 自分らは急いでいた。故に休む事無く進み、当然店にも寄る事が無かった。そしてクレソンは一度船から落ちてずぶ濡れになった。


「俺の銃器と火薬、湿気って使えない、つまり俺実質何も出来ない。了解?」

「リョーカイ。」


 先程まで焦っていた様子はどこに行ったのか、何も出来なくなったクレソンに対してカルミアは無感情な表情で了解し、意を決して巨大鳥の方へと向き直った。

 しかし、やはり相手の大きさに圧されて攻撃を仕掛ける事に躊躇していた。鳥の方もこちらの様子を伺っているのか攻撃を仕掛けてくる気配が感じられない。しかし、ここから飛んで離れる事もしない。

 鳥の出現により船は海の真ん中で停止し、互いに牽制し合う様な状態となりどちらに動きが見られなかった。

 カルミアも足を鳥の方へと向けてから、一歩も動けずにいた。最初は出方を伺っている為かと思ったが、どうにもそういう雰囲気では無いように感じた。


「…どうやってタタカうか考えてた。でも、アタシ考えるのトクイじゃないからナンも思いツかなくて、どんなに考えてもどうしてもアタシ『一人』じゃ勝てないと思っちゃう。

 …だからさ、魔法使うのタイヘンなのワかってる。でも、手伝ってほしい。」


 カルミアはスズランに向かって言った。それは、鳥に向かう時と同様、決意を決めた表情をしていた。

 スズランはそんなカルミアに、一度だけ頷いた。


「…うん、おネガいね。」


 カルミアも頷き、前へと向き直すとその隣にスズランに立ってカルミアと同じく前へと向いた。

 その瞬間を待っていたかのように、巨大な鳥が突如待つ事を止めて動き出した。大きな翼を羽ばたかせて風を起こし、船を大きく傾かせた。流石のタイムやレザールもよろめいた。

 強風と大波による強襲を受けて、船員らも何とか耐えようと波に向けて船首を動かそうと舵を切っているところだろう。だがこのままでは間に合わずに船を転覆してしまう。その前に討つ。


「…吹き荒れ、盾となり、牙を遮り断つ!」


 スズランが詠唱を唱えると、スズランの周囲に風が渦巻き、そのまま膨れ上がる様にして風の渦巻き範囲が広がり、魔法の風は巨大な要塞の壁へと変わった。

 風の壁が巨大鳥の羽ばたきを遮ったが、あくまで防御しただけ。まだ何も相手に与えてはいない。そして今与えるべきは戦う相手ではなく味方にだ。


「…力よ、我が同朋どうぼうに宿り得物と成れ!」


 スズランはカルミアに向かって詠唱を唱えた。途端カルミアの体、特に両手が光り熱が灯った。


「…風を操る。だから、乗って、行って。」

「…ウン、ワかった!」


 スズランの拙い言葉にカルミアは元気に返事をした。そして目を細め、鳥の方へと向き直すとそのまま踏み出し跳んだ。帆の張る柱を蹴り、縄に乗り、上へと上がって行く。クレソンはその姿を見て明らかにカルミアの身体能力が向上していると判る筈だ。

 一瞬だけカルミアは足を踏み外し落ちかけたが、足のある場所が空中で見えない地面に触れた様に止まった。それもスズランの魔法による現象だと気付き、カルミアは空中を踏み台にし高く跳び、既に巨大鳥の眼前まで来た。

 鳥はカルミアの接近を妨害しようと翼を薙ぐが、鳥とカルミアの間を風が遮り、鳥の翼による攻撃を防いだ。その瞬間をスズランが手を動かしていた事から、その風も魔法によるものだとカルミアは気付いた。


「アリガトー…スズちゃん!」


 言いながらカルミアは鳥に爪の攻撃を喰らわせる。一撃は中ったが少し仰け反らせるだけだった。鳥は反撃でくちばしを勢いよく突き出してきた。それをカルミアは空中で後転する事で躱しつつ距離をとってからまた突撃し攻撃した。

 そうして攻撃と回避を繰り返していくと、損傷が積み重なり鳥も羽ばたく力も、浮き上がる体力も少なっていくのが目に見えた。

 その瞬間を狙って、スズランはまた詠唱を唱える。


「灼熱の焔、その寛容で非情なる力を持って、我の害を…う…つ」


 詠唱を唱える途中で、スズランの視界が揺れてぼやけた。とても不味い状態だ。やはり魔法を常時発動していたのが原因だろうか。

 思考する最中にスズランの体に振動が襲う。どうやら弱り切った鳥がスズランを標的に替えたらしい。魔法を使っていた為にその力を感知されてしまった様だ。

 そうだった。巨大な動物程、魔法の力に敏感である事を忘れていた。

 クレソンも、カルミアも鳥の標的が何かに気付き慌ててスズランの元に行こうとしているが、間に合うか分からない。

 カルミアもクレソンもいて、スズランは安心しきっていたらしい。成る程、コレが『油断』という事か。あの時、メーデンが状態と一緒だ。

 そんな風に悠長に考えながら、スズランは鳥の攻撃を防ぐ手立てを考えるがどうあっても間に合わない。これは駄目だ。


 そして次に見たのは、鳥が攻撃しようとした瞬間、海から突如として大きな水柱が上がる光景だった。


     3


 水の柱に驚いたのは、その場に居たクレソンにカルミア、そしてタイムに他の船員くらいだろう。決して驚く事無く平常を保てていたのはレザール一人だけだった。


「顔だ。どんな強固な生き物も、目と目の間を撃たれてば致命傷になる。」


 どこからか聞こえてきた声に、待機していたクレソンは素早く辺りを見渡すが声の主は見つからない。何よりも今は水柱により動きを止められた鳥が今復帰しようとしている場面をどうにかしなければいけなかった。

 クレソンは声を頼りに、非常用として隠し持っていた一発だけの弾を取り出し、それを機械に装填して撃ち出した。狙った場所は声の言った通りの眉間だった。

 結果として、巨大な鳥はクレソンの持つ機械から放たれた一撃により海へと沈んでいった。


「スズちゃん!ダイジョーブ!?」


 カルミアとクレソンはスズランに元へと一目散に掛駆けて近寄りスズランが傷を負っていないかを確認した。そして無事である事に溜息を吐きつつ、巨大な鳥が落ちたであろう海の方を見た。


「イマサラだけど、あの鳥ってトーバツしちゃってもダイジョーブなヤツだったかなぁ。」

「どうだろう?見た事無い鳥だったから、正直判断出来ん。」


 二人は船から身を乗り出し、波打つ海を眺めながら撃破した巨大鳥に関して話をし始めた。


「あぁ、あれは」

「巨大獣は休めば再生するから、あれだけの傷なら放って置けば勝手に治すでしょ。」


 非戦闘員であるタイムがどこからか姿を現し、説明しようとする前に誰かがタイムの言葉を遮って巨大獣に分類される鳥の話をした。その声はクレソンに助言をした時に聞こえた声だった。

 二人は声の方へと振り返り見た。そこに立っていたのは、この船の案内をしていた船員だった。


「いやぁ。本当は見守る態勢でいようと思っていたんですけど、つい手が出てしまった。まぁそっちもよく言う事信じて攻撃しましたよねぇ。」


 船員はたわいない話でもするようにカルミアやクレソンに話し掛けた。主にクレソンの行動に対して話をしている。話しかけたタイムに対してもそうでしょ?と話し掛け、同意を得ようとしている。


「今の魔法、あなただったんですか。一体何故?」

「おや?それを聞きますか?そちら方は判ると思いますが。後、『覚えていませんか』?」


 カルミアが突然問い出した言葉を聞いて、二人は首を傾げた。きっと二人は思う出そうとしていた。何せ二人は、この声を以前聞いたはずだから。


「…アレ?御者さん?なんでココに?」


 思い出したカルミアは相手の以前の職業を言い当てた。クレソンも思い出し、そして相手の職業以外の何かも察したらしく、表情が強張った。

 二人が以前会った御者が突如船員として姿を見せた事に驚いている中、声を出す者がいた。


「本当に珍しいねぇ。最初そっちは傍観するって言ってたじゃないか。」


 ただ一人、水柱が立ったことにも驚かず静観していたレザールが知り合いに向ける様に船員に話し掛けた。


「まぁまぁ。このまま何事も無く儀式を進めていけば本当にこっちは何もするつもりは無かったよ?でも流石にあの様子を見たら、儀式どころじゃなくなると思ってね。」

「うん…確かにそうだ。あれは危なかった。」


 主語の無い会話をレザールと船員が進めて、誰にも理解される事を拒むようにしている雰囲気を纏ったいた。そんな雰囲気でも、カルミアもクレソンも壊す様に踏み出した。


「まさか、御者さん…いや船員さん?…も。」

「あっうん、そうだね。あぁ、ヒトというのは『名前』が無いと話がし辛いんだっけか?それじゃあ、そちらに習って紹介するとしよう。」


 船員が話し終えた瞬間、船員の姿が揺らいだ。それはまるで水面に映った姿が波によって水面の姿が揺れて掻き消えたかの様な光景だった。

 そして、それは頭から被った大量の水が流れる様にして船員の姿が変わった。

 出て来て最初に目にしたのは正に字の如く流れる様にして伸びた長い髪だった。金青こんじょう色をした癖も乱れも一つも無い髪の毛はけば一度も引っかからずに髪を解く事が出来そうな程だ。

 身に纏う衣は絹の様な、透き通って見えそうな質感の布生地で出来ていてとてもヒトが日常では着そうにない、装飾はほとんどないのにきらびやかさが感じられる。

 開かれた目は先程のどこにでも見る黒目では無く、逆の真白いなり色の目をしている。


「こっちはシエーテと呼ぶと良い。そして、こっちもレザール、だっけ?そっちと同じ精霊だから、宜しく。」


 聞こえる声はとても中性的で、ヒトで言う性別という物が判別出来ない程の声色をしている。二人も一瞬困惑したが、『精霊』という単語を聞いて気を引き締め、シエーテと名乗った精霊に向き直った。


「せっ精霊って事は、最初アタシらと会った時のは、もしかしてジャマするタメだったの!?」


 最初にシエーテが御者として姿を現した時、確かに御者であるシエーテによってスズラン達は巨大な蚊の群れに襲われる事となった。その事をカルミアは妨害行動と見たが、シエーテの反応は違った。


「あぁ違う違う。アレは邪魔する目的じゃなくて逆、試す為にやったんだ。」


 曰く、スズランと同行するカルミアとクレソンの腕がそんなものか。そして二人がスズランに対してどんな行動をするかを見る為に、あえて危険な状況に招いたと言う。


「そちらの反応も挙動も良かった。だからこの二人のヒトなら大丈夫だと感じたワケだよ。実際ここまで来れたワケだからね。」


 二人はシエーテからの勝手な審査の話を聞いて、複雑な表情になった。まさか自分らの行動が精霊によって視られていたとは、予想もしていなかったのだろう。


「ってか、ここ船の上だよな?良いのか?そんな堂々と。」

「アッハッハ!よく見ろヒト!あの使役された鳥との一悶着でまともに船の上に誰が何をしているか何てちゃんと把握しているヒトなどいないさ。

 っとは言え、鳥が倒されたばかりだからなぁ。さすがに落ち着いてきただろうから、念の為に魔法でこちらの姿を見えなくしておいた。」


 シエーテに言われてよく周囲を見れば、視界が水の中の様に揺らめいて、通り過ぎる船員はこちらに気付いていない様に走り過ぎていくのが見えた。


「でも、結局タスけてくれるなら、最初からタスけてほしかったなぁ。」


 思ったことをそのままシエーテやレザールに受けてぶつけたカルミアに対し、二体の精霊は少し悩むような表情を見せた。


「うーん…それも含めて全部まとめて説明したいから、とりあえずそちらが向かってる場所に着いてからで良い?」


 どこか緊張感の無い説明にカルミアもクレソンも納得がいかない様子だったが、今はシエーテの言う通りにするらしい。


「とは言っても、アタシらって今どこに向かってるの?西の大陸のどこに行くの?」


 詳しい行き先を知らないカルミアは疑問を素直に口にして聞いた。


「あっそこもまだ言ってなかったんだ。」

「言ってないよ。着いてからのお楽しみってヤツだったからね。」


 精霊組だけが何かが通じているかのように会話して、カルミアもクレソンも気になって仕方ないらしく、精霊の二体に再度聞いた。


「二人とも落ち着いて。それに西の大陸と言えば、二人とも知っている筈だよ。」


 二人をなだめる様にタイムが助言をする様に口にした。それを聞き、二人は思い出したかのように目を見開き、そして漸く船内の船員達も落ち着いてきた為に船の進行して、大陸の影が見えてきた。


「西の大陸には、我ら騎士団とも協力関係にある存在が少なくとも三人いる。内一人に今回は会う事になるだろう。

 騎士団がヒトを守る組織なら、相手は土地を守る守護者だ。」


 無礼が無いようにとタイムは二人に言い聞かせ、船は徐々に西に大陸の港に近付きつつあった。

 その時、スズランはカルミアとクレソンがレザールに受けた質問にまだ答えていない事を思い出した。


 『ソレ』は自分の変化に気付きつつも、見て見ぬふりして他者の表情を伺うばかりとなった。

 ソレは良いものか、悪いものは誰にも分からない―



 一方


「はぁ…どうにか落ち着いてきたと思えば、今度はとんでもない上客が来るとは。こっちは守仕が倒れて一人であれこれ走り回っている最中だったというのに。まぁ仕方ない。これも『世界平和』の為だ。

 …どうにも、あの『存在』とは切っても切れない縁があるのだな。まっ『土地守』なんてやってれば当然か。

 …あぁ何、心配するなアサガオ。アイツは今病気で大変ではあるが、きっと治るし何とかなるさ。だから泣きそうな表情かおをするんじゃない。

 きっと大丈夫だ。」

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