第11話 其れが決意

 目的となる島へと到達し、池の形をした『現身の鏡』を通し三つ目の魔法晶を発見した。当然ながらスズランらの行く手を阻むように現れるメーデンと、研究員に成りすましていた者が現れた。

 案内人を務めた鮫の水棲獣人が危機に陥ったその時、スズランが良く知る人物らも登場した。


「スカリーちゃん!ダイジョーブ!?いや、おナカにでっかいキズあるからダイジョーブじゃないね、ゴメン!」

「スカリー!俺がこいつ抑えてる間に逃げろ!」

「いや、オレとお前ら初対面だろ!なんでオレの事知ってんだよ!?」


 突如現れたカルミアとクレソンはスカリーの名前を当然のように呼んだ。スカリーからすれば二人とも初対面の筈が何故自分の名前を知っているのか?その答えは二人が直接教えた。


「ここに来る途中で会った樹花族の子が教えてくれた。」

「アイツはぁー!」


 カルミアとクレソンが揃って言った言葉に、スカリーは怒りの様な呆れを含んだ叫び声を上げた。


 カルミアとクレソンがスズランと合流したのは、丁度メーデンと元研究員との戦いの最中だった。クレソンの咄嗟の行動により、スカリーをメーデンの一撃から逃す事が出来たが、結局腕を振りほどかれクレソンの手からメーデンは逃れた。

 逃げたメーデンは元研究員の横へと跳んで着地し、メーデンと元研究員が並んだ体制となった。


「うん、これは態勢の立て直しって言うのかな?仕切り直しの方が良いかな?」


 レザールの茶化す言い方に元研究員は一瞬だけ眉間にシワを小さく寄せた。


「本当に、そっちが運良く、こっちは運の悪い事となった。そちらの二人もまさかこの場所を突き止めるだけでなく、追いつく事が出来た何て、こっちとしては番狂わせですよ。」


 メーデン側にとってはカルミアとクレソンの出現は予想外だったらしく、落ち着いた口調ではあるが、表情や雰囲気からどこか苛立ちを感じた。


「研究員さん、あんたも邪魔する側だとは思わなかったなぁ。」


 クレソンは元研究員に言い、元研究員は改めてクレソンらの方を一瞥いちべつした。


「そう言えば、まだそちらはこちらの事を知らない状態でしたっけ。惜しかったなぁ。事を終えた後、何も知らないそちらとこちらだけで会う事が出来ていたら、何も知らないまま消す事が出来たのですが。」


 本気で惜しむ声を出し、元から元研究員は二人を消す算段を考えていた事が伺えた。それを聞いたクレソンは、カルミアと目を合わると頷き、元研究員の方に向き直った。その表情は真剣そのものだった。


「研究員さん、あんたに聞かなければならない事がある。」


 クレソンの問いかけに元研究員は声には出さなかったが、答える気でいるらしく、クレソンの事を見据えた。


「…結局あなたの名前って何ですか!?」

「アレっ!?クレソンまだジコショーカイできてなかったの!?」


 クレソンの質問に、元研究員は黙ったままだった。メーデンに至っては首を傾げて斬って良いかと元研究員に聞いていた。レザールは腹を抱えて笑い、スカリーは虚無となった。


「…こちらに名前なんてありません。それにあったとして、教えてもどうせ」

「無いなら勝手に呼ぶよ!?ジョンとか!」

「ゴンベェとか!」


 まるで妥協案だとでも言いたげにクレソンは言い、カルミアもクレソンと同様に言った。それによりまた元研究員は黙ってしまい、現状は上記と変わらなかった。


「…アルロイとでも呼べば良いですよ。」


 元研究員、もといアルロイの言葉を聞き、分かった!とまたカルミアとクレソンは揃って元気良く返事をした。


 改めてスズランが『現身の鏡』と傍に立ち、スズランを守る様にしてカルミアとクレソンが立ち、そしてそんな二人を見守るかの様に二人の後ろ斜めに立っていた。

 メーデンとアルロイと向かい合う形となったが、二人は戦うか前にはならなかった。


「正直、なんでここまで執拗しつように俺らを追いかけて来るのか分かんない。折角だし、ここでそっちの事情を話して欲しいんだよなぁ。」

「そうだよ!ワケもワからずタタってばっかじゃツカれちゃよ!」


 好い加減戦う事情を知りたく、二人は武器を手に取る事無く話す姿勢でメーデン達と向き合った。出会えば直ぐに戦闘が始まり、そもそも話す事すら無く終わるのが今までの流れだった。

 ようやっと話が出来そうな状況となり、二人はメーデンではなく、比較的理性的に見えるアルロイを見て話した。メーデン相手ではまともに話せないという今までの状況から学んだ故でもあるし、何よりもアルロイがメーデンを指示出ししている様にも見えたからだった。

 アルロイは二人の問いかけを聞くと、今までの穏やかそうな笑みを消し、目を伏せ感情を抜き取った様な表情となり二人をさめきった目で見た。


「…知ってそうするんです?どうせ直ぐに消える様なヒト相手に、言ってこちらに得なんて無いでしょう?」


 言葉を返したが、その言葉は酷く冷めきった呆れともとれたが、仄かに憔悴しょうすいによる諦めとも感じ取れた。


「別に言っても良いんじゃないか?ここまでついて来るヒトなんだし、好い加減暴露なりしてもさ。」


 そこへ水を差す様にレザールが言った。こちらはどうとも取れない、いまいち感情の読めない表情と雰囲気でいた。


「それにもう薄々と気付いているんでしょ?こちらの『正体』。」


 レザールの台詞に、クレソンは黙っていた。それは肯定の意味での沈黙だった。カルミアは断言こそしないが、獣人としての勘で、クレソンと同様に黙っていた。

 沈黙した空間で、暇そうにメーデンは体を揺らし待っていた。先程アルロイがメーデンの隣に来た時に待機する様言われて、素直に大人しくしていた。それが何時まで保つかは分からないが、まだ話を続けられる状況であり、クレソンとカルミアは思い切って口を開いた。


「所であなた誰ですか?」

「あれ?まだ言ってなかったっけ。」


 二人揃って出した質問に、レザールはそう言えばそうかとあっけらかんと返した。

 そんな光景にアルロイとメーデンは何も言わなかった。


     2


「ぶっちゃけて言うと、そちらのお二方は『精霊』ですよね?多分だけど。」


 えも言えぬ空間と化していたその場所に、クレソンは結論を言った。

 クレソンの言葉にカルミアは耳を立てて緊張の面持ちで居た。聞いていたメーデンとアルロイ、そして聞いていたレザールは感情と呼べるもの全て打ち捨てた雰囲気を纏い始めた。


「精霊の可視化。これが今回の異変の一番の変化だ。本来なら肉眼では見る事の出来ない精霊が、魔法の使えない機工人おれにまで見える様になるのは異例中の異例だ。

 そして魔法の不発。これは魔法の要である精霊に異変が起きた事で連鎖的に起こった二次災害の様なものだ。そうなれば、異変の原因は精霊そのものに起きたと考えられる。」


 あくまで仮説だろうその話をクレソンは纏めで話し始めた。


「そんな異変が起きる中、それを解決出来るかもしれないと動いているスズランに対して意図して妨害をするのは、異変の生じた精霊に対して加担し擁護する奴か、もしくは…って所まで考えた。」


 結局の所、妨害してくるメーデンらは異変の生じた精霊そのものだったという結論に至った訳だった。

 カルミアは話の内容は半ば程理解出来ないでいたが、結論はクレソンと同じく、正体も言われた通り分かっていた様子だった。実際に戦い接近していたのはカルミアだから、ヒトとは違う事を戦う最中の感触で感じ取ったのだろう。


「でもなんで!?ジャマしてたら皆困ったままなんだよ!?精霊さんは皆が困ったままでイーの!?」

「良いよォ。」


 カルミアの疑問にメーデンが答えた。返答したメーデンの表情は恍けた様な、カルミアと感情が全く合致しない平常で歪な表情をしていた。


「そもそも邪魔するのはァ、皆困ったままにしたくてしてるんだよォ?聞く必要なくないィ?」


 まるでカルミアの方が異常とでも言いたげなメーデンの台詞に、カルミアも聞いていたクレソンも引き気味になった。理由が分からないが、あまりにも自分らと歓声が違うと突きつけられた感覚だった。


「でっ…でも!やっぱりダメだよ!だってスズちゃんワルい事してるワケじゃないのに、コーゲキしちゃ!」

「あぁ、そこなんだよねェ。なんで君らそっちの味方してるのォ?そもそもそっちが原因なのにィ。」


 メーデンの言葉にカルミアはえっ?っと腑抜けた声が出た。クレソンは納得した様な、いかない複雑な表情をした。クレソンにはメーデンの言った言葉が理解出来てしまった。

 そもそもスズランは何者か。こうして一緒に旅してきたが、一体スズラン自身は何も目的に儀式の様な事を行っているのか。

 二人は単純に異変を解決するためにスズランは自分らと行動していると思っていた。だが、それはあくまで自分らの想像であり、スズラン自身からは何も聞いていない。勝手に決めつけて聞かずにいただけだった。

 そして、そんな正体不明なスズランを最初に見たメーデンの発した言葉も、思い返せばスズランの事を前から知っているかの様な口振りだった。

 その時、自分らは確かにそのメーデンの反応を見ていたにもかかわらず、その意味を深く考えずにいた。無意識に考えないようにした。


「まぁ要するに、そちらに言う異変の原因はそちらがスズランと呼んでいる存在が原因です。異変を引き起こし、それをスズランと呼ばれる存在が自分で無かった事にしようとしているだけです。」


 現実をアルロイが叩き付けるように出した。

 つまりはスズランもまたメーデンとアルロイと同じ存在であるという事となる。であれば、異変でヒトが皆魔法を使えない中、一人だけ使えるという事にも納得が言った。

 元凶であるから異変の影響を受けず魔法が使える。考える事が苦手なカルミアでも一度聞くだけで直ぐに理解出来るものだ。

 そこまで考えても尚、二人はまだスズランに対してまだ仲間である意識があった。それが信頼からか、逆に信じたくないからかは分からない。

 すると、二人の背後から地面を踏みしめ歩み寄る音が聞こえた。それがスズランの歩く音だと二人には分かった。そして、スズランの儀式の様なものも無事終わった事を報せた。


「あっ終わったんですね。それで、どうなんですか?まだこのヒト達と一緒に行くんですか?」


 アルロイは今さっきまで話していた二人から目線を外し、スズランに話し掛けた。それはまるで二人の存在を一瞬で忘れ去ったかの様な素振りだった。

 事を終えたスズランを待っていたであろう、もう一人の存在であるメーデンは、今にもスズランに斬りかかりそうに体を震わせ興奮していた。それをアルロイが片手でメーデンの肩に触り抑えていた。


「異変が起きた切っ掛け、そっちも覚えているでしょう?…『ヒトに裏切られた。』たったそれだけの理由だ。それを今まで抑え込んでいた反動で今こうして異変がヒトを襲っている状態だ。

 別にその衝動は間違っていないし、もう抑える必要も無い。だから異変を無くす必要だってない。むしろそのままにしておく方が良い。

 結局この異変はヒトが愚かだから起きた、それだけの事なんだから。」


 異変の詳細をしっているであろうアルロイがスズランにそう語りかけた。カルミアもクレソンも、アルロイの言っている事もスズランの考えている事も分からないし知らない。故に二人はスズランの方は見れど、スズランに何かを言う事はしなかった。

 ただ二人も、メーデンもアルロイも、皆スズランが口を開き何かを言うのを待っていた。


 『ソレ』はずっと悩んでいた。この旅を始める前から、旅を始めて、カルミアとクレソンに会ってからずっと。考えながら『やるべき事』を成していただけだった。

 それでも分からなかった。何も思いつかなかった。

 最善が何か、『ソレ』には判断出来なかった。

 『判断』はヒトがするものだ。ヒトではない者は最初から決められた事『成す』事だけを考えるものだから、最初から考える事も、判断する必要も無かった。

 『これ』は異変によるものなのだろう。だから決められて答えを成すだけでも良かったが、アルロイが言う事も間違いないのであれば、それを成すのも間違いではない。


 だが『ソレ』は、

 『私』は考えた。そして決めた。


「…確かにヒトのせいで、苦しんだ。だからこの異変を放っておいても良い。」


 スズランの声に、この場にいた全員息を飲んだ。だがまだ反応しなかった。スズランはまだ言葉を続けるつもりなのを、皆分かっていたから。


「異変の原因であるなら、ヒトが全て自分でやれば良い。私達にはもう関わる必要も無い。

 ヒトは馬鹿で、愚かで、考える事はいつも自分の事ばかり、そんなヒトだから、私はヒトを嫌いでいる。

 でも、私は決めた。」


 スズランは目を伏せて、息を吐き、吸い込んで目をしっかりと開けて口を開いた。


「ヒトは馬鹿で、愚かで、考える事はいつも自分の事ばかりだから、私はカルミアとクレソンと一緒に行く。」


 二回も同じ台詞で、何度も悪口を言われた。

 その事にカルミアとクレソンは一瞬首を傾げた。そんな二人よりも早く、スズランの言葉を理解し、反応を見せたのはアルロイだった。

 その表情は、ヒトで言う欝憤うっぷんが漏れ出た様な表情だった。直ぐに穏やかな表情になったが、雰囲気までは戻らず刺々しい圧力を感じる。


「…そうですか。なら、本格的に妨害するとしよう。」


 アルロイの言葉を聞いて、メーデンは嬉しそうに武器である大鎌を構え、今にも駆け出して来そうな気配を漂わせた。

 話す時間が終わった事を肌で感じたカルミアとクレソンも臨戦態勢をとった。その瞬間、周囲から何かが地面から突き出る様な轟音が聞こえた。

 二人は何事か周囲を見渡したが、そんな二人の肩をスズランが触り報せた。


「…結界を張った。これで、この空間から外には害を及ぼさない。」


 スズランは魔法を使い、結界で壁を作り島の自然をがこれ以上荒らされない様にした事を二人に伝えた。聞いた二人は満足気になり、やる気に満ちた表情でメーデンらの方を見た。


「オラァ!どっからでもかかって来いやぁ!」

「こっちにぁスズちゃん先生がついてんだぞぉ!?」


 …すっごい調子乗り出した。


     3


 最初に動いたのは、やはりメーデンだった。鎌を振り上げ、カルミアとクレソン目掛けて振り降ろした。跳んで躱した二人は、クレソンは下がって腰から下ろしていた機械を手に、カルミアはすぐさま爪を生やして反撃を繰り出した。

 スズランも二人に加勢しようと手を上げかけたが、瞬間スズランが立つ地面から剣の様に細長く尖った岩が突き出てきて、スズランの動きを封じる様に岩の先がスズランの喉を先か刺さないかくらいの距離まで詰めて来た。


「さっきは壁を出されたりと不意を突かれたけど、流石に反動でもう魔法は使えないでしょう?まぁ使えなくてもそこでジッとしててもらうけど。」

「スズラン!」


 クレソンはスズランの方へと駆け寄り、スズランを取り囲むように生えている岩を蹴るがビクともしなかった。やはりただの岩ではなく、魔法によって強化されている為か簡単には壊せそうにない。

 壊れないと判断したクレソンは、待ってろと一言声を掛けてから、スズランに背を向けてアルロイらの方に向き直った。

 その一通りの様子を見ていたアルロイは手を前にかざすと、翳した手が淡く光アルロイの周囲の地面が盛り上がり、岩が幾つも出て来て浮かび上がった。

 カルミアがその浮かぶ岩を見て不味いと直感し横へと駆け出した瞬間、浮かぶ岩が次々とものすごい速さでカルミア目掛けて飛んで行った。カルミアが躱すと岩は地面にぶつかりめり込んだ。

 クレソンは飛んできた岩を蹴り返して直撃を防いだが、岩が思っていたよりも固く大きかったせいか、足を押さえていた。

 痛みに悶えしゃがみ込んだクレソンに向かってメーデンは鎌を投げた。クレソンは前へと前転し、掠りはしたが躱した。


「危ねぇし痛ぇ!?」


 変な悲鳴を上げつつも、クレソンは倒れた状態でも機械を構え引き金を引いた。機械から発射された弾がメーデン目掛けて飛んで行くが、それをメーデンはいとも簡単に鎌で弾いた。


「ん?何か飛んできたァ?」

「あっはい。」


 難なく攻撃を弾かれ、クレソンは思わず反応するが直ぐに立ち上がる。足の痛みは治まったが今度は鎌で斬られた背が痛み、痛がりながらも態勢の立て直しを図った。

 カルミアもメーデンに対して爪攻撃を繰り出すが、どれも鎌の刃や柄でいなされ、クレソンへの攻撃を許してしまう程メーデンは余裕でカルミアを相手していた。


「マジ速っ!クレソン、ゴメン!」

「構わん!そのまま攻め続けろ!」


 カルミアはクレソンに任されメーデンへの攻撃を続けた。クレソンは標的をアルロイに変え、機械を向けて弾を放つが浮かぶ岩に阻まれ弾はアルロイには届かなかった。


「あれっ何かしましたか?ははははっ。」

「わっすごい哀しい。全然中んねぇ。」


 攻めても防がれ、しかも反撃まで手痛く、二人は苦戦していた。スズランは魔法で強化されていると知っているのに自分スズランを囲む岩を壊そうと両手で岩を叩いた。対して力も出ず、当然岩もヒビすら入らず変化が見られない。

 そんなスズランの様子に気付いてか、二人がスズランに向かって声を上げた。


「ウンっダイジョーブだよ!アタシらで何とかして見せるから、スズちゃんは待ってて!」

「壁作ってこの島の自然守ってくれてる訳だし、これ以上負担持たせるわけにはいかないな!」


 二人は苦戦している筈なのに、そんな表情を見せようとせずにスズランに笑って見せた。そんな様子を見ていて、スズランは何かをしたくなった。何をしたいのか分からない。でも動きたいと言う気持ちがスズランの中にあった。

 あれもそうだったのかな。


「カルミア。任せたぞ。」

「おう!」


 スズランが思考している間に二人が目配せで何かをやるつもりらしい。クレソンへの返事を言ったカルミアは、直後に駆け出し再びメーデンに対して爪攻撃を繰り出した。その攻撃は全て鎌の柄に妨げられているが、それでもカルミアは止める事無く爪を振るい続けた。

 クレソンも再びアルロイに機械による攻撃を仕掛けた。弾を放つ機械だけでなく、火薬の詰まった筒を投げてアルロイの近くで筒を爆発させた。

 アルロイは爆発に対して苦々しい表情を見せるが、苦痛によるものではなく、機械や火薬に対する嫌悪による表情なのを知っている。

 成る程、速さで今の所メーデンと対抗出来るのはカルミア。そしてアルロイに対して何かしら反応を見せるだろう行動を起こせる人物がクレソンという事らしい。

 僅かな変化や反応からクレソンは自身の攻撃手段をアルロイは嫌がっている事に気付き、クレソンがアルロイの相手を名乗り出た。現にクレソンの攻撃一つ一つにアルロイは損傷こそ受けていないが、動きが若干鈍くなっていた。

 つまりクレソンがアルロイの足止めをし、その間にカルミアがメーデンを討つという事だ。

 だが、カルミアは未だ決定的な一打を繰り出せずにいた。その事にカルミアは既に焦りを見せており、大袈裟に叫んだり手足を滅茶苦茶に動かし回し自棄やけになっていた。


「もう!キミ、なんでそんなにハヤいの!?そんなに大きいカマなのに!」

「アハハハッ!大きさなんて関係ないよォ。ただ必要な部位を相手に向けて振り回す、簡単な事だよォ?」


 相手はヒトではない、だからカルミアは疲労が蓄積していき息を切らしているが、メーデンは息を切らさず姿を見せた時と変わらない状態のままカルミアの相手をしている。

 クレソンは動きはいていないが、神経を尖らせアルロイの動きを追いながら機械を使っているせいか、汗をかいていた。二人ともヒトではない者の相手に疲労が見せてきていた。


「一体何をそんなに頑張っているのか分からない。もうそちらには勝てる見込みは無いと分かっている筈なのに、まだ続けるんですか?」


 あれだけ怪訝な表情で相手していたにも関わらず、まるでクレソンの事など気にしていないかと言う様にアルロイはクレソンだけでなくカルミアにも聞いてきた。

 でも、アルロイのいう事は合っていた。二人にもアルロイの言う事は理解していた。でも二人は動きを止めなかった。


「うーん…リユーを聞かれても、答える事はデキないなぁ。」

「確かになぁ。」


 二人は質問への答えをにごすかのように返答した。二人の言葉を聞いたアルロイは、一瞬だけ先程見せた怪訝で嫌悪感を感じている表情を見せた。


「あぁでも、一つだけ言える事はある。」

「ダネっ!」


 メーデンやアルロイが何かを言ってくる前に、カルミアとクレソンの二人は声をそろえる様に合図を送りながら、見合って口を開いた。


「スズランと一緒にいたいから。」


 二人から出て来た言葉は、たったそれだけの言葉だった。

 たったそれだけなのに、何故か不思議なものを感じた。

 二人が言った言葉が頭の中に響き、ずっと頭の中で繰り返しその言葉が聞こえてくるような感覚だった。

 そして、アルロイが何かを言おうとした瞬間、先にメーデンが動いた。


「斬る。」


 今までにあまり見ない、何時か一瞬だけ見た雰囲気の変わったメーデンは鎌を大きく振りかぶり、カルミアに向かって鎌を下ろそうと構えた。

 そして、『その事』に気付いたのはアルロイだった。


「待てっ!」


 アルロイの声が届く前にメーデンは大鎌を振るい断ち切った。その断ち切った場所にカルミアも誰も居ない。居たのは魔法による岩の槍に突き立てられ身動き一つ取れなくなっていたスズランだった。

 結果として、スズランを縛る様に突き出ていた岩はメーデンの鎌により切り裂かれ、スズランは自由の身となった。

 カルミア、もといクレソンの狙いはこれだった。

 メーデンもアルロイもヒトではない。精霊であり、ヒトとしての感覚を持ち得ない。故に、事ある毎にカルミアやクレソンに疑問を投げかけてきた。それは挑発や嫌味ではなく、本当に分からないから聞いてきたのだ。

 分からないとなれば、理解が出来ない。ヒトだから当然行ってしまう『反射行動』も理解出来ない。


「でも、今の君らは『ヒト』だ。音に反応してそちらを見るし耳を立てる。何より体がヒトの形をしている。精霊だった時がそんな感じなのかは知らないが、怒りに身を任せて当り散らした先に何があるか分からなくなる感覚は初めてだろう?」


 確かに、精霊はそもそも『感情』を持たない。生き物でもないし知識はあれどそれを働かせる知恵は無い。そんな存在だ。でも今、メーデンもアルロイも『感情』を持って動いている。

 きっと初めての感覚だろう。ヒトに疑問を投げかけるのは当然だ。そんな疑問の答えを今意趣返しされる様に知る事となった。


「こんくらいで足止めになると!」


 だがすぐさまメーデンが鎌を振るい次の攻撃体勢をとっていた。その直後に何かがメーデンの死角から現れ、メーデンに体当たりをした。


「んがァ!?」


 出てきたのは鮫の獣人であるスカリーだった。カルミアやクレソンも戦いに集中していた為に見失っていたらしく、スカリーがメーデンの近くにいた事に驚いていた。だが、スカリーの奇襲によりメーデンはまた態勢を崩された。

 その動きを見ていたアルロイは再び魔法でスズランを拘束しようとしたが、そこにクレソンが機械で弾を何発も放ち、アルロイの動きを一瞬だけ止めた。


「スズちゃん!」

「今だ!」


 自由の身となったスズランに向かってカルミアとクレソンは声を掛けた。

 あぁ、そうか。二人は信じていたのだ。スズランが魔法をいつでも放てる状態でいる事を、そして、アルロイの魔法から解放されればスズランは魔法を使うのだと。

 魔法から解放されたとしても、もしかしたら躊躇して動けなくなっていたかもしれないのに、スズランはすぐに出来るのだと知っているかの様に信頼している。

 ヒトは愚かだ。自分にとって都合の良い事だけに甘く、逆に都合が悪ければ簡単に手を切る。そんな単純で馬鹿な事ばかりするヒトであるのに、それを知っている筈なのに。

 今回はそれが『うれしい』。


「…下れ。」


 スズランのたった一言にメーデンもアルロイも上から重い物を乗せられたように地面に伏せられ、今度はあちらが身動き一つ取れなくなった。


     4


 スズランの魔法を受け、メーデンもアルロイも地面に四肢を付けて倒れた。動こうとメーデンは小さく唸り声を上げながら微かに体を震わせるが体は起き上がる事は出来なかった。アルロイは全く動かずにジッとしていた。


「スズちゃーん!よかったーケガなかったー!?」


 カルミアはスズランの方へと駆け寄り、力の限りスズランに抱き着いて来た。ちょっと背中辺りが痛んだが、問題は無い。何よりカルミアが嬉しそうにしているから何も言わずにいた。


「正直掛けではあったが、相手がヒトで熟練の戦士だったら負けてたな。」

「ショージキ、アタシらって戦闘向けじゃないからね。刃物相手はホント―のコワかった。」


 戦いを終えた事で二人は今回の戦闘について話し始めた。確かにカルミアは動ける方だが止めを刺すまでには至っていなかった。クレソンの攻撃も中れば致命的だが、それでも魔法を使う相手では勝手が違う。どちらも実力と言うよりも作戦を屈指して戦うやり方を今まで見てきた。


「スカリーちゃんもアリガトーね!」

「いやー君の事はすっかり頭から抜けてたが、それも幸いしたと言うか!」

「言われると腹立つな、その言い方。」


 自分の事を忘れられたことに腹を立てるスカリーだったが、怪我をしたり一応戦いを終えられて事が重なり、音が成る程地面に座り込み息を吐いた。

 だが、肝心な事はまだ終わっていない。スズランは魔法により動けなくなったアルロイに近寄った。二人は警戒してスズランのすぐ後ろで構えたまま見守った。


「…なんで戦うんですか?こうなる事は、元々はそちらが願った事でしょう?」


 アルロイは顔を伏せてスズランに話し掛けた。表情は見えず、声色からもどんな表情で居るのか聞いただけでは判らない。でもスズランには今アルロイがどんな『気持ち』でいるのか知っている。


「今更やり直し出来ると?それでヒトは改心すると?まだ希望を持っているんですか?そのせいで『また』壊れる事になると知っているのに?何故ですか?」


 アルロイの問いかけにスズランは何も言わない。言わない代わりにメーデンとアルロイに向かって両手を伸ばし、再び魔法を掛けた。瞬間、メーデンもアルロイも姿を消した。その事に二人は驚いたが、後ろから声が掛かり足を止めた。


「今のは転送魔法だね。もうここは大丈夫だと思うよ。」


 この場に残っている全員が声のする方を見ると、そこには大きなねずみが一匹いた。スカリーは驚き警戒をしていたが、カルミアとクレソンにはその鼠に見覚えがある様で、嬉しそうに鼠の方へと駆け寄った。


「タイム隊長!何時の間に来てたんですか!?」

「ナニかやる事があってアタシらと別れてたよね?」

「あぁ、それなら終わった。だから君らを迎えに来たんだ。」


 言うとタイムと呼ばれた鼠はスズランの方を見た。途端、スズランの視界が歪んだ。体を支えて立つ事も出来なくなり、そのままスズランは倒れた。音を聞いて、二人は振り返り倒れるスズランを見た。


「スズちゃん!?」

「スズラン!」


 二人はスズランの下に駆け寄り抱き起すが、スズラン自身意識が保てず目を閉じた。

 そんなスズランの顔には、一本のヒビが入っていた。


「…もう限界か。急がないとね。」


 タイムがそう言ったのを、きっと誰の耳にも届いていないだろう。


 漸く『ソレスズラン』はヒトに思いを伝えた。でも、もう時間は無かった。

 後一つの儀式を終えれば、もう直ぐ終わる―



 気になった事


「そういえば、サメって『動物』なの?『魚』なの?」

「あれ、俺は哺乳類だって聞いたけど?」

「あぁ、動物だったりそうじゃないヤツはいる。だからオレみたいな獣人だったり、サメの人魚もどっちもいるぞ。」


 それだけ。


 気になった事2


「つーかお前ら、どうやってこの島に来たんだよ。」

「あぁ実は、知り合いの上司の伝手で片道だけ大きな鳥に運んでもらったんだ。」

「おかげでエモノにされた気分をアジわえたよ!」

「…そーかい。」


 知り合いの上司はタイムの事であり、タイムがクレソンの言う『鳥』と出会った切っ掛けは実際に獲物として捕らえられた経験から。

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