第10話 既視が攻撃

 場所は現在海の上。カルミアとクレソンと分かれたスズランは、レザールという人物と共に移動していた。向かう場所は海の底。ヒトのみでは到底たどり着けない場所を求め、小船に乗ってある場所に向かっていた。

 小船は船首に結ばれた縄に引っ張られて前進していた。その縄は海の中まで伸び、その先には大きな影が海上から見えた。


「そっちの歯、結構鋭い筈なのにくわえてる縄は切れないねぇ、なんでかなぁ?」

「話し掛けんな。黙って船に揺られてろ。」


 レザールの疑問に答えたのは、今縄を咥えて引っ張り船を前進させている、案内役として雇われた灰褐色の長めの髪の人物だった。

 そのヒトは実は鮫の水棲獣人であり、現在そのヒトは鮫の姿へとへんし、小船を文字通り先導していた。


「縄はいざという時に使えるように中に固い素材を仕込んでるんだよ。こっちの姿の方が力入るけど、怪我させちゃ不味いからな。」


 何だかんだ疑問に答えを与え、鮫の獣人は船の先導に戻った。レザールはふぅんと特に喜ぶ素振りもせずに船の上で暇そうに遠くを見始めた。

 スズランも同じく、遠くを眺めて物思いにふけていた。


「何か見えるの?」


 レザールに話し掛けられ、スズランの肩が跳ねた。


「それとも、何かが見えるのを『期待』したのかな?それは考えない方が良いよ。大事な事が進む先にあるんだから、そっちを見た方が良い。」


 レザールに促され、小船の進行方向を見たスズランだが、直ぐに目線だけが来た道を見返していた。

 そんな様子のスズランを置いて行くかのようにして、二人が乗る小船を引っ張る鮫の獣人が声を上げた。


「オイ!見えたきたぞ!」


 そう言い、進行方向に微かに見える陰を見る様に促した。


「へぇ…思ってたより早く着いたね。そんなに距離離れてないのに、誰もあそこには行かないんだね。」

「行くって言ったって、近くに在る島は今さっきいた火山島だけだし、そもそも『あの場所』は一般人の立ち入りは本来は禁止されていて、お前らだって近づく事だって出来ないんだからな?」


 本来であれば、簡単には上陸どころか接近すら出来ないその島に徐々に近づいて行き、島の輪郭がはっきりと見えてきた。

 島は山も無く平坦な土地で、砂浜に囲回る様にして緑が覆い茂る森が島の大半を占めていた。

 浜辺には簡素な桟橋があり、そこから小船を降りた。足を桟橋につけると軋む音がしたが、壊れる事は無さそうだった。見た目よりも丈夫な作りなのだろう。

 桟橋を歩き、砂浜に足を踏み入れた。きめ細かな砂が音を立て、ほんの僅かに体が砂の中に沈み込む。歩き辛く普通に地面を歩くよりも手間だったが、それ程広い砂浜ではなかったから直ぐに固い地面に足を付けた。砂浜を抜けた先は直ぐに草むらや木々の緑が目に入り、生き物の気配はすれど、火山島の時よりは音がせず静かな印象を受ける。

 そんな島の森に入ろうとした二人のすぐ後ろから誰かが歩いて近づいて来る音と気配がした。それが自分らをここまで案内し先導した鮫の獣人であるのは、二人は見ずとも分かった。


「アンタらを目的の場所に行かせる前に、寄りたい所があるから待ってろ。」


 鮫の獣人はスズラン達を案内する前に用事があると要求してきた。本来なら急ぐ場面ではあるが、スズランが頷いて鮫の獣人の要求を呑んだ。そのスズランの様子を見て、レザールも仕方なしと許した。

 スズラン達と分かれ、鮫の獣人が向かった先は森の奥。奥に進む度に花が咲き誇る地面や草むらの中に、木の枝が見られる。そんな花が咲く道なき道を進むと、開けて日の差す場所に出た。

 その場所にも花が沢山咲いて花畑となっており、その花畑の真ん中の何かが横たわっていた。

 その横たわる何かは、鮫の獣人が近付くのに気付くと、起き上がろうとして体を浮かすが体が痛むせいか小さく呻き声を上げ、音を立てて再び体を地に付けた。


「オイ、ムリして起き上がるな。」


 鮫の獣人は起き上がろうとしたソレに話し掛けた。その声色はスズランらと話す時とは異なり、静かで穏やかな印象を受けるものだった。


「…はぁ…だい…じょうっぶ、ダヨ。…スカリー、こそ。おしごとは…だいじょー…ぶ?」


 横たわっていたのは、妖精種だった。小柄で肩ほどまで伸びた髪は波打ち、その頭には大きな赤い花の蕾があった。一見すれば美しいであろう花も萎れており、何よりも妖精種の腕や足といった体中には紫色の痣が浮かび上がり、妖精種は意識こそあるが、今妖精種自身の全身に痛みが走り、息も絶え絶えで目を開けるのでさえやっとな状態だった。


「仕事は今してる最中だが、問題無い。お前は寝ていろ。」


 鮫の獣人、スカリーが肩に手をやり落ち着かせようとする。言われた妖精種は一度だけ小さくうなずき、そのまま目を瞑った。


「はぁー樹花族かぁ。この異変の中じゃ、一番影響を受けているだろうに、無茶な振る舞いをするなぁ。」


 妖精種が眠り、一息を着いたスカリーの直ぐ横から声がして、スカリーは肩を跳ね上げ驚く。そこには浜辺で別れた筈のレザールが腕を組み、片手を顎につけて考える素振りでいた。その後ろにはスズランがいつもの無表情で同様に二人を見ていた。


「お前らっ!…待ってろって言っただろ!」

「あぁ、だから待っていたぞ?ここで。」


 小さく怒鳴り声を上げるスカリーに、レザールはさも当然のように答えた。屁理屈を言うレザールと場所を指定しなかった自分自身の過ちなど、色々な事により頭を痛めたかのようにスカリーは頭に手を付けて唸り、直ぐに諦めた様子で溜息を吐いた。


「…コイツはこの島に根を張ってる、知っての通りの樹花族だ。コイツの事を知られたくなくて、アンタらにも見せたくなかったんだよ。」


 何故スズラン達に砂浜で待つように言ったかについて説明したスカリーに、レザールは納得した素振りをして見せた。


「あぁ、その事は気にするな。こちらはどんな種族が、そうしているかなど全く気にしないし、あっちこっちに言いふらす気は無いからな。言ったところでこちらに価値メリットなど無いしな。」


 あっけらかんに答えたレザールにスカリーは疑念の目線を送るも、直ぐに意味が無いと気付き止めて目を逸らした。するとスカリーの近くへとスズランが歩み寄り、気付いたスカリーはスズランの方を見た。

 そんなスカリーにスズランは何かを言おうとするが、スズランは口を開いたり閉じたりしただけで声を出さなかった。スカリーはスズランが何を言おうとしたのかは分からなかったが、何かを察した様にスズランの方へと向き直した。


「アンタが何かはオレも聞かないし知らないでおく。だからそんな表情かおをするな。…コイツに似てて変な気分になる。」


 スズランの申し訳なさそうな、落ち込んだ様な雰囲気を感じたスカリーはそれだけを言って立ち上がった。


「用は済んだ。お前らも急いでるんだろ?コッチで時間とって悪かったな。早く行くぞ。」

「うん、そうだな。時間をとられた分、急いで行くぞ。」


 悪びれる事も無くレザールが言い、案内役である筈のスカリーを置いて行きそうな勢いでレザールは歩いて行き、改めて言われて腹を立てるスカリーは置いて行かれまいとこちらも速く足を動かして行った。

 スズランはそんな二人の後を追いかけつつも、その二人の後姿が『別の人物達』と重なり、目をこすった。


     2


 案内されたのは、樹花族がいた場所とは別の森の奥。樹花族がいた場所と比べると暗く、生き物の気配が全くせず静か、というよりもどこか森の中というよりも洞窟の中を歩いている雰囲気の様だった。

 草むらも長く伸び、草を掻き分けて進む音が辺りを包み、静寂を掻き消す唯一の音となった。調子良く喋るレザールもこの時は何も喋らずにスカリーの後を黙って着いて行き、スズランと同様に無機質な表情をしていた。そんな二人揃った様子にスカリーは少し不気味さを感じたが、こちらも何も言わずに目的の場所まで歩いた。

 そんな森の中を進むと、到着したらしくスカリーは足を止めた。そこは樹花族がいた開けた場所と似ていたが、そこは中央に樹花族や花畑ではなく、代わりに小さな池があった。

 池の水は晴れているのに陰って日が射さず、覗き込めば池の表面に覗き込んだヒトの姿がはっきりと映り込んだ。


「ホラ、コイツだろ?アンタらの目的っつう『現身の鏡』。」


 スカリーは池を指して池の名を呼んだ。『現身の鏡』は一見すればただの水が貯まった地面のくぼみだ。しかし、名前がついているという事は、それはただの池ではないという意味していた。

 『現身の鏡』と呼ばれる場所はこの池だけではない。例えば東の大陸の奥地にある湖であったり、とある島の山奥にある湧水場であったり、至る所であった。そして水場だけでなく、名前の通り『鏡』という物として実在するものもあった。

 そしてそれが鏡と称されるのは、ただ姿を映すからだけではなく、姿を映した者の望む光景を映す力を宿しているからだ。『鏡』そのものに魔法の力が宿り、強く念じると想像した場所の光景が幻影として『鏡』に映るという効果を持ち、過去に『鏡』を用いて連絡を取り合うという使用法がされていた。

 そして現在、島の奥地にあった池がその『現身の鏡』の一つであり、スズラン達はこれを使い目的を果たそうとしていた。


「確かにコレを使えば、アンタらの本来の目的地である海の底も見れるだろうが、見れただけで本当に行けた事になるのか?」


 当然の疑問を口にしたスカリーに対し、ほぼ無関心だったレザールはスカリーの方は見ずに池の方に手を伸ばした。


「確かに、ヒトにとってはこれはただの姿映しだ。ヒトには離れた場所に居るヒト同士が会話する事位しか使い道が無いだろう。

 でも、『こちら』はヒトとは違う。こちらにとっては場所も距離も関係内。今の『状態』だと出来る事が限られて難しいが、鏡を使って場所さえ目にしていれば、後は接触するだけだ。」


 何を言っているのか、疑問を口にしたスカリーには理解出来なかった。ただ、スズランとレザールが『ヒト』ではない何かであり、それ故に鏡を使って、ヒトでは出来ない事をしようとしている事だけは理解出来た。

 スズランが鏡の近くまで歩み寄って池のふちに立った。そして池に向かって手をかざし、口を開いてた。


「…天を映す恵みよ、我は求める。求めしは地に満たし日から遠い場所。望みを眼前に晒せ。」


 スズランが詠唱らしいものを声に乗せて辺りに響かせると、スズランが手を翳した先にある池に変化が見られた。風も無く、池の中に何かがいる訳でもなく、物を投げ入れた訳でもないのに池の中心から端にかけて波が立った。

 波は大きくなることは無かったが、徐々に池の水面にスズランらの姿や空以外の何かがい映り込んで来た。それは波が治まる頃にははっきりと見える様になっていた。

 水面に見えるのは、暗くぼんやりと地面や岩があるのが分かる程の闇だった。更に目を凝らして観ると、奥の方でぼんやりと何かが光っているのが分かった。それはスズランが今まで旅して来て見てきたものと同じものだった。

 地面から突き出たかの様にそびえ立つ巨大な光り輝く魔法晶は、周囲の風景と相まって一層幻想的に見えた。そんな水面に映る、確かに実在するがそこには実際に無い魔法晶にスズランは手を伸ばした。


「我、四方の央から末へと達する。力は地。全てを支え根付き熱をめぐらせ不滅の不変を求める。」


 北と東の大陸にある魔法晶の前でも唱えた詠唱を唱えた。最初こそ反応が見られなかったが、時間が経つにつれて水面の光景にも変化が起こった。

 水面に映る魔法晶が徐々にではあるが光を放ち、他二つの魔法晶と同様に光がスズランのかざした掌に集束していった。

 スズランから見れば、これは毎度の光景だった。だがスカリーにとっては異様な光景だった。

 遠く、深い海の底にある筈の魔法晶からこの島まで距離が離れているなんてものではない。だが、遠くにある筈のものが今、目の前にあるかの様に錯覚するその光景にスカリーは声が出なかった。


「我々にはヒトの『距離』など関係無い。そこに『在る』と思えば、我々はそこに『在る』し『行く』事も出来る。」


 困惑していたスカリーの横でレザールが説明するかの様に言った。だがその声色は先程までの軽い調子のものでなく、雰囲気も同一人物とは思えない、不思議な雰囲気を纏っていた。

 そんな場に、刃が落ちた。

 獣人としての直感か、鮫特有の優れた感覚能力故か、いち早く動いたのはスカリーだった。

 何かがスズランに接近するのを察したスカリーは接近してくるものとスズランの間に立ち構えた。瞬間前に構えたスカリーの腕に何かが中った。

 その中ったものが大きな刃だと分かったのは、刃を防がれて相手が距離をとった姿を確認してからだった。そしてその相手がスズランにとってはもう見慣れた人物であるメーデンだった。

 メーデンは言葉こそ口にはしなかったが、その表情は毎度通りの笑顔で楽しげだった。


「うん、やっぱりここだよね。ちょっと時間が掛かって間に合わなかったけど、今やっても問題無いね。」


 メーデン以外の声が聞こえた。声のする方を見ると、メーデンの背後から別のヒトが姿を見せた。その人物もスズランにとっては知っている存在だった。


「どうも、お久しぶりです。やっと追い着く事が出来ましたよ。あの騎士団のヒト達がいた場所からここまで結構距離がある筈ですが、思っていたよりも足が速かったですね。」


 研究所でカルミアとクレソンと共に助けた研究員が会った時と変わらない姿で現れたが、スズランは驚く事無くその研究員を見つめた。


「やっぱり来たかぁ。まぁ来るのは当たり前だよね。こちらの邪魔が目的な訳だからねぇ。」


 レザールは会ってから島に来るまでの雰囲気に戻り、研究員に話し掛けた。


「あっやっぱりそっちに付いてたんだ。全然姿を見せないからどこかで消えちゃってたかと思ったよ。」


 研究員は軽い調子のレザールに当然と様に話し掛けた。それはヒトで言う知り合う同士の世間話の様だった。


「なんだお前ら、知り合いかよ。」

「まぁね。んで、どうするのかなぁ?」


 スカリーは知り合い同士だという自身が案内した相手と当然現れた相手を見比べ、そして嫌な予感が走り再び前へと踏み出した。途端黙ったままのメーデンが再び攻撃を加えだした。


「ねぇねェ、攻撃していいよねぇ?もう一回斬りに行ってもいいよねェ?」

「あぁ良いよ。むしろその為に来たんだから。」


 レザール方の問いかけの返事かの様に斬りかかって来たメーデンと、それに同意する研究員だったヒトがまた楽しそうに会話をした。その内容はとても好戦的なものだ。


「…つまりお前らはここで暴れるつもりって事だな?」

「まぁそういう事だね。あれらはヒトで言う敵となる訳だから。」


 レザールの言葉を聞いたスカリーは、改めてメーデンらの方へと向き直り構えた。


「だったらお前らはオレにとっても敵だな。ここを荒らされる前に追い出してやる。」


 どうやらスカリーはスズラン側に付いてメーデンらと戦う気でいるらしい。レザールの方はてっきり向こうが攻撃してきた時点で自身らも含めて島から追い出されることを想定していたが、思っていたよりもこの鮫の獣人がこちらに何らかの情を持っていた事に驚いていた。

 それはともかく、スズランは今大事な場面で忙しい故に動けない。現状レザールとスカリー対メーデンと元研究員との戦いになった。レザールとしても、相手の方が一人分戦力があって厄介と思っていたらしくスカリーの加入は丁度良いと思ったようだった。


「だったら、鮫の獣人くんには前の方に出てもらおうか。こっちは後ろから補助してやるから。」

「おう。むしろそうしてくれ。邪魔になるから。」


 特に互いに自身の能力を示し合わせたわけでも無く、二人はほぼ自分勝手に自分の立ち位置に立って身構えた。メーデンはスカリーらの様子を見てから、まるで相手が準備し終わるのを待ってから一気に距離を詰めて攻めてきた。


     3


 一気に距離を詰めてきたメーデンにスカリーは先程と同様に攻撃を防ぐつもりでいた。しかしメーデンはスカリーの眼前まで近付いたと思うと、急に方向転換しスズランの方へと向かう先を変えた。

 メーデンの急な動きの変化にスカリーは驚いたが、直ぐにスカリーもメーデンの後を追った。そのスカリーが目線をメーデンに集中した瞬間、元研究員がスカリーに向けて手をかざしていた。


「まぁ待て。」


 そうレザールは言うと、光線らしきものを手の指先から出して元研究員の翳していた手に光線を中てた。元研究員の手は光が中った箇所が焼け焦げ、煙を立てたが元研究員は何食わぬ顔で焦げた自身の手をジッと見た。


「折角同数で相手しているんだ。あっちはあっちでやらせて、こっちはこっちでやろうじゃないか?」


 挑発する様にレザールは光線を出した時の翳した手のまま元研究員に向かって言った。元研究員は未だ焦げている手など気にせずにレザールの言葉を聞いて思考している様子だった。

 一方メーデンを追いかけたスカリーは、メーデンが大鎌を振りかぶったのを目にした瞬間。反射的にメーデンの腕に向かって手を伸ばし掴んだ。

 突然腕を掴まれ、動きを止められて体勢を崩したメーデンは尻餅をついた。その隙にスカリーはメーデンの両脇に両腕を差し込みそのままメーデンの体を持ち上げた。

 その拍子にメーデンは持っていた鎌を地面に落とし、茫然とした表情になった。


「アンタらがこいつらにどういう恨みか何かあるかは知らねぇが、悪いがこの島で血を流すワケにはいかねぇ。大人しくしてもらうぞ。」

「…何それェ。そっちが何を言ってるのかわかんないなァ。それよりもォ、邪魔。」


 掴まれた腕ごとメーデンは鎌と一緒に振り回し、スカリーの手を振り払った。振り回いた勢いのままに手を振り払われ姿勢を崩したスカリー目掛けて鎌を降り下ろし攻撃した。

 スカリーは半身を動かし鎌を躱し、直ぐ横に来た鎌の刃を蹴り飛ばした。鎌を蹴り飛ばされ今度はメーデンが姿勢を崩されたが、直ぐに持ち直し攻撃を繰り出した。鎌を振るい、それを躱すか腕か刃を蹴り攻撃を逸らしたりと攻防を繰り返していく。

 だがスカリー自身がまだ決定的な攻撃を出せずにいて焦りを見せた。それに反して大きな鎌を振り回して続け、全く疲れを見せないメーデンにスカリーは恐ろしさすら感じていた。


「あははァ!すごいねぇ!そっち、なんだかこっちがどう動くか先読みしてるって感じィ!はやいしますます中てたくなっちゃうなァ!」


 攻撃を防がれている事が楽しいとでも言いたいのかとスカリーは思ったらしく、スカリーの方もますます相手の事が分からなく、そして恐ろしい存在に思えた。それは実際にその存在から攻撃を受けているからか、それとも獣人特有の勘だろうか。

 そんな一方的な攻防が近くで繰り広げられている中、スズランは鏡に映された魔法晶からの光をまだ収集していた。そんな最中でも、スズランの意識がほんの少しだけ、戦っているスカリーらの方に向いていた。


 そんな意識したり恐れたりをしている中、残りの一組もまた攻防をしていた。しかしそれは常人が行える動きでは無かった。

 レザールが手を翳すと元研究員の周囲が焼け焦げた。先程レザールが出した光線の攻撃を元研究員が全て弾いている為だった。

 普通ヒトは魔法を使わぬ限り光線を出すなどの芸当は出来ない筈。ましてやその光線を手で弾くなど魔法無しでは不可能だった。だが常人が見れば違和感を感じるだろう。何せ二人は一度も詠唱を唱えず、魔法を出すのに必要な素振りを一つもせずに全て行っていた。


「うーん…やっぱ中りはするけど効かないかぁ。さすが頑丈さと防御に関しては強いなぁ。」

「いやいや、そっちが攻め方が単純過ぎて見切りやすいだけですよ。本当に策略も何もありゃしませんね。」


 どこか浮世離れした当人二人は何の変哲もない会話をしていた。会話自体はただの世間話だが、そんな会話をしながら行っているのが詠唱無に魔法を発動し、それをこれも詠唱も無いも無く素手で防ぐという異様な光景に、もしスカリーがこの光景を見ていれば、更に恐ろしさに鳥肌とやらを立てていただろう。


「全く、一体何を思ってこんな事を続けるんですか?こんな事をしたって、『世界』は変わりはしないのに。」


 それはどちらが言った言葉なのか、だがどちらが言っても可笑しくない言葉だった。

 互いにその言葉の言葉を他者に言われた時の答えを持っていなかった。だがそれは迷っているからではなかった。どちらも互いに決心し、何を言われようと揺らぐことが無い故だった。


「でも、本当に良いのですか?」


 今度の言葉は確実に元研究員の口から出たものだった。そして、その言葉を向けられたのは目の前にいるレザールではなく、離れた場所に立つスズランに対してだった。


「そもそも『こうなった』のは、そちらに『迷い』があったからでは?今更尻拭いをして、本当にそれで世界が救われると思いますか?」


 元研究員が吐く声には嫌味が感じられず、ただ疑問に感じた事へと問いかける声色が感じ取れた。それは悪い事をしようとするヒトを止めようとする純粋な心配にもとれた。


「オイっ!お前らは世界を救う為に来たんだろ!?それをただこんな奴らに言われた位で止めるなんて無いよなぁ!?」


 メーデンの相手をしつつも、スズランの様子が気になったスカリーは元研究員の誘惑の様な言葉を遮りスズランに大声でかつを飛ばした。

 スズランが具体的に何をしているかなど、スカリーには相変わらず知る由も無い。だがそこも獣人としての本能か、スズランやレザールの行いが悪行には感じられず、逆に何か良い方向で重大な事であると察していた。だからスズランの気持ちが揺らぎ、今行っている儀式の様な物を中断してしまわぬ様引き留めた。

 だが、気が逸れた事により隙を作ってしまった。何よりも戦っている相手がメーデンなのが災いした。メーデンにはヒトらしい感性が無く、当然遠慮や配慮などする訳がなかった。

 隙が生じたスカリーの脇腹を思い切り大鎌で切り裂いた。斬った勢いのままスカリーを突き飛ばし、更に鎌の刃先を突き刺そうと鎌を大きく振り上げた。

 レザールは元研究員を止めるのがやっとで動けない。スズランも尚更動けなかった。

 やられる。スカリーは思った。


 目の前が赤くなった。

 スカリーが刺された?…いや、まだ刺されていない。

 なら、何故赤い?コレは何の赤色?

 …これは記憶だ。

 遠い記憶、暖かく眩しかった光景が、ある日突如赤く染まった。

 その光景に、とても、深く、絶望した。


「あっぶな!ってか力強っ!」


 声がした。今この場で聞く筈の無い声だった。でも聞き覚えがある。よく聞いた声だった。

 見ればメーデンの背後から誰かが腕を前へと回してメーデンの体に組みついていた。メーデンは組みつかれてからずっと腕や足を動かし回し暴れていた。メーデンの背後のヒトはメーデンを離すまいと必死に抑え込んでいた。

 次の瞬間、レザールと元研究員が対峙している方にも変化があった。何者かが元研究員の背後から跳びかかり、元研究員を地面に倒した。


「よし!…えーっと、タシかこっちをタオしてよかったんだよね!?」

「そこはよく確認してから攻撃しようね?後やっぱこのヒト力強い。ちょっと離しちゃいそうやばい。」


 緊張感に包まれていた筈の空間に、緊張感の無い会話が繰り広げられた。スズランにはそんな会話に既視感を感じた。何せスズランはここに来るまで、ずっとそんな会話を聞いて旅をしていたから。


「イヤ誰だよ!?」


 脇腹を斬られたスカリーは、突然登場した二人の人物に対して思わず叫んだ。叫んだせいで傷口から血が噴き出た。


「おや?意外と早く追いついたな。もう数日追いつくのにかかると思ったが。」


 レザールは二人に向かってまた軽い調子で話し掛けた。


「いや誰だよ!?」


 今さっき聞いた台詞そのままに、突如この場に現れたカルミアとクレソンは声を揃えて叫んだ。


 『ソレ』は思い出した。遠い昔自分が何を思ったかを。何を願って何に絶望したかを。

 そして『ソレ』は切っ掛けとなった者達と再会した―



 カルミアとクレソンがスズランと合流する数時間前。


「船どうしよう?」

「盗むか?」

「真っ先に思いつく方法がそれとは、団長は君らにどんな訓練を施したのやら。」


 若い二人が非道に走りそうになるのを憂い、止める鼠の獣人の図。

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