第9話 目途が確立
騎士団の詰所にて、スズランを異変の原因かその関係者として軟禁し、カルミアとクレソンと離れてしまった今、騎士団の詰所内でも異常が発生した。
突然の会議室の爆破に何者かによる襲撃は明らかであり、その犯人であろう『存在』を、騎士団の団長であるヒトは、犯人であろう存在との睨み合いをしていた。
その存在は、会議室の現状をそぐわない程の満面の笑顔をしていた。
「ははっ…なんで分かったんですか?今の明らかに不意打ちが成功したと思うんですが、もしかして最初から分かっていたんですか?」
奇襲を仕掛けたであろう相手はは純粋な質問をぶつけてきた。そんな疑問符を浮かばせる相手に団長は顔についた汚れを
「そりゃ一目見りゃ分かるだろ。建物の中は荒れて、中にいた研究員は全員重傷を負っていた。そんな中、傷を負わずほとんど無く無傷と言って良い奴がいたら、そいつは特別運が良い被害者か、研究所を襲った加害者のどちらかと考えるだろ。」
研究所は魔法の研究をする場所だ。そこにいるヒト達は非戦闘員であっても自衛として多少は魔法を使って対抗しようとした筈だ。
だが、そんなヒト達でさえ太刀打ち出来ないとなれば相手は戦闘の
最初から罠に
「あはははっそれでも可笑しいなぁ?気を付けていたと言っても、そちらに今の攻撃が直撃していたと思ったんだけど、思っていたより損傷が無いですねぇ?何をしたんですか?」
まるで笑える日常会話でも繰り広げているかの様に話すその研究員だった『存在』は、再び率直な疑問を団長に向けて言い放った。
そしてその『存在』の言う通り、その台詞の矛先である団長も部屋の惨状とそぐわない、多少なり汚れつつも軽傷の状態で現れ、しゃがみ込んでいた体を立ち上がらせて首を鳴らして向き直った。
「いやぁ、本当に
そう言って、自分の両脇にいるであろう人物に団長は話し掛けた。そしてその声に反応して団長の両脇から、煙を掻き分け出て来たのは、爆発の直前に部屋に入って来た騎士団員だった。
一人は頭から角を生やした頭角人で、もう一人は巨漢で竜の頭を持つ竜人だった。二人とも手に大きな盾を持つ、その為を前に掲げながら団長の直ぐ近くに立った。
研究員だった『存在』は、二人の持つ盾を見て納得した様な声を上げた。その盾には、どちらにも中央に宝石の様な物が埋め込まれていた。
「あぁ、最初っからそれらはそっちを守ってもらう為に呼んだのか。それにその盾、埋め込まれているのは『魔法石』かな。
あぁそっかぁ。もう気付いたのかぁ。」
「あぁ、俺の部下からの情報でな。魔法石には不純物が大半を占めて混じってはいるが、魔法の力の源である『魔素』が含まれている。周囲の魔素を集めて動く魔法具は使えねぇが、魔法石を直接加工して付けられた魔法具であれば、燃料の補給無しに動かす事は出来るってなぁ。」
クレソンから団長に伝わったのは研究所で見たある一室。そこは棚や壁に魔法石を加工して埋め込まれており、それにより防護魔法が発動しているという光景が見られたというものだった。
だからこそ、問題となるのはやはり宙に漂う魔素であり、魔法を発動しようとした魔法使いにも、魔法具自体にも問題は無いと更に確信出来た。
「まぁ魔法石に込められた魔素も無限じゃないからなぁ、ギリギリで防壁張れるだけの力が残ってて助かったぜ。」
「ようそがいな事が言えるね。こちらだって危なかった言うのに、下手をすりゃあ間に合わんかったかもしれんのじゃよ?」
「本当ですにゃ。それにこにょ盾だって安くにゃいんだし、壊れでもしたら団長が責任持って弁償して欲しいにゃ。」
団長に対して苦情を言いつつも、守りの態勢は崩さず目の前に立つ研究員だった『存在』を二人は見据えていた。
「…本当にヒトは魔法をよく使いますよねぇ?飽きもせずあれこれ苦行を晒す様にして、まるでヒトで言う『拷問』だ。
目的の為に痛みつけながらも生かして、正しい事の為と言っておきながら、何を痛みつけているのか気にしない目にしない。酷い奴らだ。」
研究員だったそれが何を言っているのか、団長らは理解が出来ない。それはどこか頭を可笑しくしてしまったヒトのそれに見えて、恐ろしく感じた。
だが、今目の前にいるヒトの姿をそれを放っておく訳にはいかない事だけは確かだった。何よりも相手が騎士団を放っておくわけがない。こうして直々に騎士団の詰所に来たのも、研究所と同じ様に、敵と認識した者達を消す為だろう。
相手の正体もヒトを襲う理由も分からないが、相手がまともに話しそうにないから、団長らはは臨戦態勢をとった。
その瞬間、研究員だった者の背後から影が立ち襲い掛かった。鋭い爪をそれの脇腹を切り裂き、畳み掛ける様に出て来た影はそれに噛みつこうとするが、寸での所で
影は隊長の一人で巨漢の竜人だった。竜人の隊長は衝撃波による損傷など気にせず鼻を鳴らした。
「おい団長!気を逸らすならもう少し話を続けるなりしろ!」
「無茶言うな!こっちもしっちゃかめっちゃかなんだから!後、俺お前より立場上の筈なんだけど!?」
先程の攻撃など無かったかの様な会話を竜人の隊長と団長を他所に、他の物陰や壊れた卓の陰からヒトが出て来て、襲撃してきた犯人であるそれに攻撃を仕掛けた。
弓矢であったり、片手剣だったりを振るうがどれも寸での所で躱されていき、皆一斉に後方に下がり体勢を立て直した。
「おい諜報、お前も戦闘に加わってください、ってかサボらないでください。」
「無理です。うちは諜報活動が主で、戦闘は出来ません。」
「嘘つけ!お前んとこを部隊の中で一番武闘派なの、皆知ってんだぞ!」
「じゃあ、隊長の命令無しでは動けません。」
「じゃあって言った!?今!」
皆最初の襲撃により怪我を負いつつも各々が反撃を仕掛け、応戦していた。
そんな隊長らの動きを一通り見た研究員だったそれは、溜息を吐くとまた笑った。その笑顔はまるで面に描かれた無機質な作りものの様だった。
「いやはや…ヒトは『上の立場』を叩けば簡単に崩れるって聞いたけど、上に立つだけあって皆手強いですね。結局誰も倒れている様子は無いし、失敗と言うところですか。
はいっ分かりました。今日の所は引き上げます!それでは皆さん、お達者でお過ごしください。」
そう言い、逃がさないと他の隊長は飛びかかるが、結局転送魔法らしい現象により、それの姿は消え失せ、静寂で荒れ果てた部屋の中の風景が出来上がった。
「…なっなんだったんだ、あれは?」
「壊すだけ壊して、何をしたかったのか判らない。」
突然のの嵐の様に訪れ、去っていった存在に隊長らは皆唖然とそれが姿を消した場所を見ていた。そんな中、唯一攻撃を当てる事の出来た竜人だけが、攻撃を仕掛けた自身の手を見ていた。
「どうかしたか?」
「…奴の体を切ったという感触が無い。いや…ヒトの体だという感触も感じなかった。」
攻撃を中てた筈なのに、その感触が薄く、ヒト型の生き物を攻撃したきになれないと竜人の隊長は呟いた。それを聞いた他隊長は相手の正体不明の度数が上がり薄気味悪さを覚えたが、一人団長だけが目を逸らしそっかー、と気の抜けた様な声を出した。
その挙動にいち早く反応したのはやはり竜人の隊長だった。
「団長…あなた、やはりまだ何か知っているのではないですか?」
他の隊長も続いて詰め寄り、団長は冷や汗をかいて溜息を吐いた。
「あー…こうなるから、『あいつら』には来てほしくなかったが、これだけ時間を稼いだんだ。多少なりとも距離は稼いだし、ちゃんと合流出来ただろうな。」
誰に向けられた分からない言葉を呟き、ただ団長はこの場を治める事に
2
場所は東の大陸の南方、緑の色は濃くなり、風からは仄かに潮の香りが漂う。
整えられた街道を馬車が走り、馬車の上から流れる景色を見て、潮の香りを
「…後少しで港に着くって。降りる準備しといて…って言っても持ち物はそれだけか。」
連れ立つ
「…随分と様が変わった。ヒトで言うなら『しおらしい』と表現するところかな?」
スズランの
「…なまえ。」
「うん?名前?…あぁ、こっちを何て呼べば良いかって?そんなの別にこっちには関係…やれやれ。本当に変わったね。」
呆れつつもどこか納得している様な表情をした
「んじゃあレザールって呼んで?気に入らないなら別の考えるし。」
適当に考えたであろう呼び名をスズランに教えると、スズランは首を数回横に振ってから、一度だけ首を縦に振った。それはその呼び名で良い、という意味と捉えて良いのだろう。
そうした会話をしている間に、馬車の目的地である港が見えてきた。潮の香りはより一層強く香り、海上を飛ぶ鳥のグワラグワラやギョーっギョーっと鳴く声も聞こえてきた。
「海の鳥って、森で聞くのとは違う鳴き声を出すんだね。」
聞いたスズランは、何かを言いたげにレザールの肩を叩き、体を小刻みに振るわせながら首を横に何度も振った。
着いた港まちは以前スズランがクレソンとカルミアと一緒に訪れた港とは雰囲気が異なり、船員が行き交う停泊所よりも店が何軒も並ぶ賑やかなまちの通りに重きをおいている様に見えた。
まちの事を聞けばここは東の大陸から南の土地、もとい海に出る場所であり、その事から水棲種族の出入りが多いらしく、海中でしか採れない魚介類の他に鉱石などの特産物が多く店に並び、そういった理由でまちの商店は賑わいを見せているらしい。
確かに南側は東西南北の中で一番土地が少なく、土地の大半が海を占めている。その中で陸と呼べるのは今居る港がある半島と、海に浮かぶ島々だけだ。
そんな唯一の東大陸と地続きしているこの場所で商業が盛んなのは頷ける。
そんなまちの中を進み、停泊場に着いた。まちの壮観さや以前訪れた港と比べると小さく、桟橋につけられている船も小さいものではないが、東の大陸へ向かう時に乗った船と比べると小さかった。
レザールが桟橋の方へと歩いて行くと、その中の一隻の傍に立つ船員に話し掛けた。
「これ、どこまで行くの?」
「んっあぁ。赤花島を経由して第五火山島に行くけど、乗ってくのかい?」
赤花島はともかくとして、スズラン達が向かう方向にある第五火山島に行く事が分かり、レザールは直ぐに乗船に同意の返事を返した。
「あぁ。…あっと、おカネだっけ。おカネは持ってないけど、代わりにコレはどうだろ。」
そう言うとレザールはどこからか取り出した綺麗な石を掌に乗せて船員に見せた。その石を見た船員は何かを考え込み、少しして顔を上げた。
「出航は昼頃だ。それまで待ってな。」
そう言い持ち場へと戻っていった。レザールも話を付けたという事で、スズランの方へと引き返してきた。
「後少しで船を出すってさ。それまで待ってるか。…うん?あぁ、あの石?」
レザールは聞くと、スズランは首を一度だけ傾けて頷いた。
「アレは今即興で作った石っころさ。ヒトはああいう石に価値を見出すんだろ?おかげで先に進めれるから良いけどね。本当にヒトってのは、値打ちだ何だのよく分からないものを考えるよね。」
言いながら、レザールは掌で再び先程の石を出したかと思えば手を回して石を消し、まるで手で遊んでいるかの様な仕草を見せた。レザールが出した石はヒトにとっては貴重なものらしいが、レザール本人には、ヒトが言う程の価値を感じない様子だった。
時間が経ち、出航の時間となり船が動き出した。スズランとレザールは船の上で、次の目的地である第五火山島に向かった。
海上は穏やかに波打ち、今世界各地で異変が起きているとは思えない程だった。だが、やはり異変の影響はあり、この船でも異変による影響を受けている話が聞こえた。
「探知機が動かないってのに、出航なんてして大丈夫なのか?」
「船長が言うに、道具に頼らず自分の目で見張れば良いってよ。まっ言われたらそうするけど、魔法具に慣れた身じゃちっと無茶だよなぁ。」
今の所何かが船を襲って来る気配は無いが、やはり船員達は不安に感じているらしく、乗客には当然見せないが、陰では愚痴を吐いて不安を払拭しようとしていた。
「…ヒトは随分と弱気になったものだ。自分らの生活をあくまで手助けする程度に作った道具が、何時の間にか大きな力となり、そして遂には道具が無い生活さえ想像出来なくなっている。
ヒトの力ってのは、道具は増える度に弱くなっていくねぇ。」
呆れの様な憂いともとれる言葉を吐き、船上の様子を眺めるレザールをスズランは見つめた。
「そっちも思う事があるのかな?思うのは勝手だけど、その先を考えるのはこっちじゃない。更に増やすか減らすかして変化させるのはあれらの勝手であり、都合さ。
あれらの先を考える必要はこちらには無い。思い詰めてもこっちじゃ何も出来ないし、意味は無い。」
言われてスズランは目を伏せた。そしてレザールに言われた事について思い
「…ところで、アレってやっぱりこの船襲ってるのかなぁ?」
そう言ってレザールが指差す方向には、槍か
「うわぁ!?魚人の海賊だー!」
船員が気付くと周囲は慌ただしくなり、応戦しようと武器を取り出し構える者や乗客の避難を誘導したりと、とても運航している場合ではない状況なのに、それを見ているレザールは愉快そうに声を上げて笑っていた。
そんなレザールや慌ただしい船の上の状況、どちらをどうするかを表情に出さず悩み慌てるスズランがいた。
3
一方、クレソンとカルミアはスズランの後を追う様にして移動していた。その移動する前の二人の状況の場面へと戻る。
二人が騎士団の詰所を出て、カルミアが隊長呼ぶ人物から渡された共鳴石をクレソンが受け取り、その石を使って早速反応を示した位置へと着くと、そこにいたのは―
「見つけ…って、えぇぇえぇ!?
…どこ?」
見つけた…と思っていたが、見つけられずにいた。
確かに共鳴石は反応を示し、もう一つの共鳴石がある事を表していたが、捜せど捜せどそこにいるという反応ばかりがあるだけで、肝心の反応元が見つけれずにいた。
カルミアが辺りを何度も見渡していると、クレソンはカルミアの肩を軽く叩いた。
「カルミア、上じゃない。下だ。」
「…シタ?」
クレソンに言われ下へと目線を下げると、そこには一匹の
「やぁ!やっと目はこっちに向いたね。このまま見つけられずに日が沈むかと心配したよ。」
カルミアと目が合った鼠は口を開くとそう言い、カルミアの足元へと駆け寄った。
「きゃあぁあしゃべったぁー!って別にフシギじゃないか。獣人さんだったのかぁ。」
叫び声を上げたかと思った瞬間にはカルミアは平静に戻り相手が何者かを察した。確かによく見れば、その鼠は従来のものと比べて一回り大きかった。
すると鼠は話しやすくする為に失礼と一声かけてからカルミアの腕から肩へと駆け上り、二人と目線が合うであろうカルミアの肩で立ち止まり背筋を伸ばした。
「そう、私が他所で噂の『お喋りな鼠』とも呼ばれる、タイム・オルドナーツ。君ら騎士団の中では、諜報部隊隊長を務めているよ。
そちらの
自己紹介を聞いたカルミアは、再び声を上げた。
少し間をおいて、諜報部隊隊長こと、タイムと状況の整理を始めた。
「君ら団長直属の部下である君らは団長と共に任務にあたり例のスズランなる人物と合流。その移動の最中に奇襲に遭いその場からの脱出の為に君らだけで脱出、そうして旅をしていた。
道中も巨大な生物に襲われたりしたが応戦し、雪山や坑道跡地で目的を果たしていき任務が順調に進んでいる中、訪れた研究所で謎の存在と戦闘となり、辛くも相手を退かせる事が出来たが、君らの案内役である人物と現在離れた状態となってしまったと。」
タイムはクレソンとカルミアの現状を言葉にするが、それを聞いた二人は目を見開いて驚いていた。何せ二人はまだ詳細を何も話していたのに、タイムは最初から見ていたかのように話したからだった。
「これ位は諜報部隊としては当然の事さ。君ら自体騎士団内じゃあ有名だからね。情報も簡単に集まったよ。」
そうタイムは言うが、実際の所集まった情報と言うのは言う程多くは無い。北から東に掛けてはかなりの距離があり、その間の目撃情報と合わせても薄っすらと覚えている程度の情報しか聞く事が出来なかった筈。
確かに二人の言動は目立つものが多いが、三人で移動した場所がまちを除けば
そんな中でも、三人の情報を的確に集めて現状と照らし合わせたのが今の状況説明となるのなら、確かに諜報部隊の隊長たりえる技量を二人は垣間見た。
「それに僕は隊長だからね。他の部隊の事であっても、団員の状態は把握しておくに越したことは無いからね。」
簡単に言うが、それだって容易い事では無い。騎士団は各地に支部を置き、二人一組で東西南北と動き回っている。それぞれが今どんな動きをしているのかを把握するなど、言って出来るものではない。
「さすがの情報収集能力ですね。タイム隊長。」
「スゲー!とにかくスゲーってしか言えない!」
諜報部隊としての手腕を見せつけられ、二人は感動すらしていた。本来ならここまで自分らの行動を把握されていると気持ち悪さを感じるのがほとんどだが、そう思わせないのはタイムと言う獣人の見た目から判別出来る程の
「それで、今は君らは目的の場所に先に向かったスズランを追っている最中だね?っでそれがどこかは分かっているかな?」
二人の行動方針も知っていたタイムは二人に目的地の確認をしたが、聞かれた二人は芳しくない表情を浮かべた。
「わかりません。」
ほど即答かつ、二人揃っての答えだった。
「あぁ無理も無いね。今詰所内でも結構バタついた状態になっているみたいだし。でも急いだ方が良さそうだ。思っていたよりもあちらの移動速度が速いみたいだからね。やはり一緒にいるのが…うん。」
タイムが語尾で何かを呟くがそれは二人には聞こえず、少し考えてから思い付いたかの様に顔を上げて二人と向き合った。
「よしっではここからは僕が案内をしよう。そのスズランという子がどこへ向かっているのか、大体見当はついているから途中まで同行するよ。」
「えぇ?トチューまでなの?」
タイムが二人と同行すると言った事に表情から安心感が漏れ出ていたが、あくまで目的地の途中までの同行と言われ、カルミアから不満の声が思わず出て来た。
やはり相手が隊長格であるという事実が二人にとって精神的な支えとなっていたらしく、ほんの少しではあるが同行してくれる事を期待していたところが心のどこかに在ったらしい。
「生憎と、僕にもやらなければいけない仕事があるからね。それに、今は君らにこれ以上の情報を提供する事が出来ないんだ。後の事は自分らで解決していくんだ。」
タイムの言う事に何故と二人は思ったが、口には出さなかった。よく分かってはいないが、二人にはタイムがとても重要な事があり、それ故に口に出さないでいるのだと感覚で思えたからだった。
クレソンはカルミアより先に諜報部隊隊長であるタイムの事を情報だけ知っており、団長である隊長からもタイムの事は聞いており、その隊長からもタイムに対して強く信頼しているという気を感じていた。
カルミアもタイムという騎士団隊長の事も、直接姿を見るのも初めてではあったが、どこか気兼ねなく頼れそうなものを本能で感じ取っていた。それが声の雰囲気であったり話し方から感じたりと、不思議な魅力を感じた。
そして二人はタイムが言っている事が、自分らの実力を認めた上での発言であると読み取った。
「分かりました。途中までの案内、宜しくお願いします!」
「します!」
流れか場の雰囲気のせいか、二人はタイムの前で姿勢を正し、背筋を伸ばして声を這って声を出した。その二人の姿を見てタイムは頷いた。
「ところで、二人は本当にスズランって子から目的地がどこかとか、先に聞いてなかったのかな?」
再度確認する様で悪いけど、とタイムが言うと、二人は再び気まずい表情となって目線が逸れた。
「スズちゃん、キオクソーシツっぽかったから、あんまシゲキ与えちゃダメかな?ってなって。」
「本当はもっと話すのが良いとは思ってたけど、元々口数が少ないから何を話すか迷ってて。」
どうやら、二人なりにスズランを気遣いつつも、気遣いを過ぎてスズランに関してあまり話す事が出来なかったらしい。それがスズランを思ってなのか、他に理由があるかは定かではないが、言っている事は嘘ではないとタイムは思った。
「ふむ…なら仕方ないね。とにかく急ごう。気になる事はまだあるだろうけど、話し込んでるとどんどん距離が離されちゃうからね。」
はい!と二人がまた揃って返事を返し、駆けだしたタイムの後に続いてクレソンとカルミアも走り出した。
「…記憶は失ってはいないけどね。」
走っている最中のタイムの呟きは、スズランがどこにいるかを考えていたカルミアにも、獣人であるタイムとカルミアの二人に負けじと在りを動かすクレソンにも聞こえてはいなかった。
4
南との土地、もとい海に浮かぶ島々には火山がそびえる島がいくつかある。レザールとスズランが向かうのは、そんないくつもある火山島の一つで、数えて五番目という名前通りの島となる。
そこへ向かう最中、これも名前通りとなる赤い花が溢れんばかりに咲き誇る赤花島で一時的な休憩をしていた。魚人の海賊に襲われ、死人こそ出なかったが怪我人が多数発生した為、治療も兼ねて船をつかせて陸地を降りていた。
「お客さん達、大丈夫だったかい!?魚人共が襲って来た時から姿を見なかったから、襲われて海にでも落ちてしまったんじゃないかって心配したよ!」
「いやいや、襲って来るものが目に留まったから、隠れてただけですよ。」
心配してきた船員に対しレザールは言ったが、実際は高みの見物化の様に離れた場所から魚人と対抗するヒト達を眺めていただけであった。
あまりの乱戦であった為に、どの船員もレザールが余裕を持って見学している姿を見る事は無かった。
スズランも戦いに参加しようとしたが、出来なかった。片手に
そうして戦いに疲弊した船員らが陸地に足を付け休息している間、レザールとスズランも陸に降りて辺りを散策していた。そうして二人は、島の名前の由来となる花畑に辿り着いた。船を付けた場所からそれ程離れた場所でもなく、潮風の当たる範囲に花は咲いていた。それでも花は萎れる気配も無く、正に満開と言った状態だった。
「久々に来たが、花は相変わらず咲いているな。土地の関係か、枯れる事無く咲いていて花を強さを感じるよ。」
レザールと共に名前も知られていない花畑を眺め、スズランは再び思考した。
目の前に映る花畑とは違う、白い花が一面に咲き誇る光景。それが
「ねぇ。」
呼びかけられ、スズランは伸ばす手を止めた。そして見えていた光景は掻き消え、自分らが今居る島の赤い色の花だけが広がり咲いている光景が目に映った。
「…船を出すってさ。ヒトってのはせっかちだね。もう少し休まないと癒えない傷だったろうに。まぁ、こっちとしてはそうしてくれると助かるけどね。」
スズランの変化に気付いていたのか、気付かずにいたか
スズランも急ぎレザールの後を追って船へと向かった。ヒトで言う『後ろ髪を引かれる思い』で走って行った。
そして船は再び出航し、目的地である第五火山島に向かって船は動き出した。
先程と違い、今度は何事も無く船は進み、島へと到着した。船員は全員緊張した空気から解放された様に息を吐いたり汗を拭ったりして、疲れを露わにしていた。
そんな船員らの様子を顧みる事無くレザールは颯爽と船を降りて行ってしまった。後を追おうとしたスズランは船員達の方へと振り返り、一度だけ大きく頭を下げてから船を降りて行った。
そんな風が通り過ぎたかのような二人に船員らは茫然と見るだけだった。
「…変わったヒト達だったなぁ。」
そんな船員の声は届く事無く、二人は火山島の奥地へと向かって歩いた。
火山と言っても、噴火したのは知っている人がいるか分からない位の大昔の一度だけとしか記録が残っておらず、それからは目立った災害らしい災害は起こらず、至って平穏で自然豊かな島として知られていた。
緑が覆い茂り、北や東では見られない木や植物が自生し遠くからは不思議な生き物の鳴き声らしい音も聞こえた。
そんな深碧の森を進んで行き、虫や爬虫類生物からの歓迎を物ともせず奥地を目指すと光が眩しくなってきた。休む事無く光る先を歩くと森を出た、船が停泊した島の反対側と思われる場所に出た。そこは浜辺となっており、白い砂浜が日に当たって光って見えた。
少し虫に食われた場所をスズランは指で掻いていると、先を進んでいたレザールが何かを見つけてその方向へと歩いて行った。
そこには波打ち際に立つ人影が見え、レザールはその人影に向かっていた。どうやらその人影の主と会う約束をしていたらしく、その人物に向かって手を上げ話し掛けた。
「やぁやぁ!そこの、見つけたよ。」
どこかワザとらしい朗らかな雰囲気で話し掛けたレザールを横目に、話し掛けられた人物はつり上げた目を伏せたまま口を開いた。
「…アンタが妙な伝言えを送りつけてきた相手か。一体オレに何の様だよ。」
灰褐色の少し長い髪をなびかせ、高い背丈により眼光には圧力を感じさせる。だがレザールはそんな圧力さえも物ともせずに話を続けた。
「何、そちらが目的地に行く為に手段となる場所を知っていると情報があるからね。こちらの目的の為にそこまで案内して欲しいのさ。」
レザールからすれば、これは大事な話である筈だが、話す雰囲気がそうは感じさせず、どこか軽薄な判事がした。それ故に相手は明らかにスズラン達に対して疑っているかの様に目を細め睨みつけていた。
だが、それと同時に断る言葉さえも聞き入れない相手だと察したのか、暫く後に溜息を吐いて話を聞きいれた様子が見れた。
「んで?詳しい話をオレは知らないんだが、一体どこに行きたいって?」
「海の底。」
まるでなんて事も無いという感じで言ったレザールの言葉に、相手は再びレザールの方を睨みつけた。それは苦いものを噛んだ時の表情にも見えた。
スズランの方にも目線を送ったが、見られている事に気付いたスズランはレザールが言った事に同意するかの様に一度頷いた。
「…ふざけているのか?」
「ふざけてないさ。そちらなら簡単な事だろう?」
さも当たり前だと言いたげなレザールの言葉に相手はかなり悩み、頭を掻きまわした。
「海の底って、そこまで案内ってお前ら相手じゃ出来な…まさか、『鏡』か?」
無理だと答えそうになった時、何かを察したのかその言葉を出した。そしてその言葉にレザールは口の端を上げてにやついて見せた。
「だったらダメだ!どういうつもりで、しかもどこでその事を知ったかは知らんが、あそこに部外者を入れるワケにはいかない!」
余程の理由があってか、相手は強い拒絶を見せて話を断ろうした。しかしこちら、特にレザールは引き下がろうとしなかった。断りの言葉を聞くと、表情が話している最中の笑った表情のまま固まり、そのままレザールは相手の方へと詰め寄った。
「悪いんだけど、そちらの我が儘に付き合う気は無い。こちらは今大事な用があって言っているんだ。そしてこれは決定事項だ。そちらが拒んでも意味は無い。そして断れば困るのはこちらではなくそちらだ。良いかい?もう一度言うよ?案内をしろ。」
詰め寄って言葉をありったけ詰め込んだ声を相手に遠慮無く吐きだす。その様に圧されてか、表情を見て怖気づいたか相手は冷や汗を掻いてかなり不本意な表情で漸く返事をした。
「ハァ…分かったよ。だが、案内する前に聞かせろ。お前らは一体何の為に海の底になんて行きたいんだ?」
言われてレザールとスズランは互いに目線を合わせ、聞かれた質問の答えを出した。答えたのはレザールだった。
「そりゃあもちろん、世界の平和の為だよ。」
共に進んだ者達と分かれた『ソレ』は、最初に動き出した時と変わらずただ目的の為に歩む。
だが、その表情は最初の時とは確実に違うものである事にはまだ気付いていない―
別の場所にて
破壊された会議室を片付ける騎士団一行。
「あーもう!修復魔法も使えないから瓦礫やら退かすのも一苦労だ!サッサと異変解決してくれ!」
「片付けが面倒って理由で異変解決を催促されるのは、相手も思ってもみないだろうねぇ。」
大きな体格の頭角人が愚痴る中、小柄で眼鏡を掛けた赤毛の人間が話しながら片付け作業におわれていた。こういった破壊された場所や物の修復作業も魔法で行われることがほとんどで、特に細かな作業を得意とする妖精種がそういった魔法による作業を担う事が多かった。
そうした事情により、異変と奇病の発生によってこうした場でも魔法が使えない事での負担が見られた。
「あっそういやお前の相方、大丈夫か?妖精種全員が病気に罹ってんだろ?」
「…うん。今は横になって寝てるよ。起きてても辛いだけだからって。」
赤毛の人間は妖精種の団員と組んでおり、現在はその相方は奇病によって他と同様に療養している最中だった。一緒に組んでいるという事もあり、仲が良く今回の異変も気にはなるが、それよりも病気と相方の事が気掛かりとなっていた。
「へぇ…あの子も病気で倒れるんだね。あの子の事だから、病気にも罹らず今回の事も高みの見物でもしているかと思ったよ。」
落ち込む赤毛の人間の横から妖精種の事を知っているもう一人の騎士団員が話に入って来た。しかし、出てくた言葉は皮肉めいた冗談だった。
「おいレン!不謹慎だろ。病気で苦しんでる奴が大勢いるし、現にこいつだって仲間が大勢倒れて気が気じゃねぇんだから、言葉を選べよ。」
赤毛の人間を気遣って、頭角人の騎士は自身の相方でもあるその人物に注意を促した。だが、言われたその人物は反省しているのかいないのか分からない表情で話をした。
「…どんな妖精種も、結局は一緒って事か。魔法の力が高く、耐性があっても等しく異変に巻き込まれる。結局ヒトは皆平等に不幸に見舞われる。今は妖精種だけに異変が見られるけど、この先もしかしたら、俺らにも異変が生じるかもしれないな。」
「…こえー事言うなよ。っつか反省しろよ。」
異変に恐怖するのは一般市民も騎士団も変わらない。皆が皆今日か明日の異変に怯えて暮らしていく。その事に、騎士は一人物思いにふけた。
「そういや、暫くあの森に行ってないけど、『アイツ』も罹ってるのかな。そうなれば、『あの子』もひどく哀しんでるだろうなぁ。」
独り言を呟き、その騎士は他の騎士と共に部屋や壊れた椅子や卓の片付けをした。
「…心配なのは分かるが、もう少し言い方気を付けろよ?」
「ははっお前まで落ち込んでるからな。精々、異変解決が一秒でも早まるのを願ってるよ。」
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