少女の巡礼

観測外領域(2):シーンプレイヤーⅠ


     ◆


 サゼンからその事実を聞いたとき、私の内心には粘ついた気持ち悪い疑心が波打っていた。

 見た目だけなら私とさほど年齢が変わらない目の前のドリド人形が、つい口走った自分を叱咤するように額に右手を当てながら話したその言葉は、彼女が去った後にも渦を巻き続け、胸の奥でうねりながら水かさを増していくようだった。

 サゼン。本名・ネヒン。魔王を討伐した勇者一行の人形遣いであり、唯一の亜人……それが操る、無線の人形。

 はっきり言って嫌いだ。三日前に出会ったばかりの彼女は、自身を偽り、こちらから首を突っ込んだとはいえ私たちを巻き込んで、父を蔑ろにする正論を捲し立てる。魔王のことも、自分のことを嫌っているわけではないとサゼンは語っていたが、本当にそうなのかと疑問を抱かずにはいられない。

 殺した人間のことを、そこまで淡泊に捉えることが人にはできるのだろうかと考え、私は森で出会った最初の聖騎士の事を思い出してしまう。

 私はあの聖騎士を殺そうとした。憎しみのままに。ローランが止めていなければ、私は家畜を縊り殺すように、目の前の人間を無感情に害していた。私にとっての聖騎士が、彼女にとっての魔王というだけのことだったと考えれば、彼女の言い分に納得せざるをえなかった。今まで見てきた……いや、見ていたつもりでいた現実が、彼女の舌足らずな口から容赦なく溢れ出るのを、私は止めることはできなかった。

 それならば、彼女が最後に語った事実もまた、真実味があって然るべきだし、何より嘘にしては無意味過ぎるものだった。


 だからこそ、私は今、夜の北区を駆けていた。首都の夜は昼間に比べて冷え込み、北部の森に比べて寒暖差が激しい。寒風が頬を切りつけるように撫でつけていくことのも厭わず、西区へと走っていた。

 目的地は亜人居住区。サゼンの話が本当なら、あそこには聖騎士の目を欺いて首都から出ていく手段がある。

 搬入路から、そこに繋がる地下水路を利用して……私は、森に帰ろうと走っていた。帰って、ジルバ本人の口から、真実を問いただす必要があった。

 さもなければ……、と、胸のうねりが止まず落ち着かない胸中を押さえようとして左手を当てる。教団の目を考慮して被ったフードの隙間からは、夜にも関わらず朗らかに歩く人混みが映っている。

 ふと、足が抜けたようにカクンと片膝が落ちた。人通りの中に倒れ込むように転んでしまうと、通行人の数々が目を剥いてこちらに視線を向けているのを感じた。

 この三日間、ほとんど何も口にしていなかった弊害だった。外見こそ変わっていないように見えて、実のところ体にはしっかりと影響がある……そうは言っても自覚していないのだから今までの自分にとってないのも同然だが。念のためフードごと頭を押さえながら、心配する何人かの人間たちに顔を背けながら「大丈夫です」と声を掛けてよろよろと立ち上がり辺りを見渡す。

 そこは小さな円形の公園だった。中央には一際大きな広葉樹が雄大に枝葉を広げており、それを含めた街路樹の枝葉からは光の球が淡いオレンジの光を放っていた。よく見ると枝に紐で括りつてた、小さな発光体を吊しているようだった。

 見回してみて落胆のあまりまた膝が落ちそうになる。しばらく走っていたはずなのに、地理的にここはまだ北区だ。

 三日前の移住区訪問の時を思い出すと、北区から西区の工業地帯まではたしか馬車で移動していた。今の弱った体で、そこまで徒歩で行こうとするならば、少なくとも一晩はかかってしまう。そうして移住区の城門前まで辿り着いたとして跳ね橋が上がっているため夜中に侵入はできないし、日中は門番をどう処理するかという問題がある。よしんば、そこを無理矢理通ったとしても前に利用した搬入路はローランの旧友であるプルトに割れてしまっている以上、同じ道を使えると考えるのは楽観的すぎるだろう。そして運良く使えたとしても、自分一人だけでクリスタロボへ戻ろうとするとどれだけかかるか……。そうしている間にも、ロシュー家の者だって追いかけてくるかも知れないのに。


 屋敷から続いていた勢いが途切れると、それに追い付いたかのように冷静な思考がよぎり始める。馬鹿げた話だった。このゴルドバまで来るのに、馬車を使って半月以上を要した旅の軌跡をどこか甘く見積もっていた。

 胸中の淀みが止まないまま、しかしどうして途方に暮れた私は、いったん落ち着こうとベンチに座ってうなだれた。

 旅の軌跡を思い返してみると、一ヶ月程前にクリスタロボを出たのが遠い昔のように感じられた。ローランと一緒に哨戒巡礼に出たのをきっかけに、ローランの計らいでシッドの馬車に乗り込むもすぐさまバレて、山間の村を抜けて広がる碧霧をローランと一緒に歩いて、セターニルの街並みをローランと回って……。

 これまでの旅の記憶には、常にあの死霊術士の面影がちらついていることに、私は苛立ちと恥ずかしさが混ざった感情に、思わず眉が寄った。


「ローラン。ローラン、エル……ネクロ、マンテ」


 あの嘘つきが、私のなんだというんだ。ああ嘘つき、あの嘘つき。あの男の言葉を鵜呑みにして、世界は美しいものだと錯覚した。父の死が、無駄ではないという世界を誤想していた。違う、そう願っていたのは他でもなく私なんだ。そうでなければ、父が必要も無いのに死んだことになってしまうんだから。それならばいっそ、こんな傲慢な人間たちを……亜人たちも含めて、滅ぼしてしまえばよかった。

 それを言い出すと、ローランは私を泣き出しそうな顔で押し倒した。

 胸が痛んだ。

 彼にそんな顔をさせたことに、ではない。その顔を見て、私こそが父の死を誰よりも侮辱したのだと悟ったからだ。

 ローランはそれに気付いて、私を咎めようとしていた。

 彼は嘘つきだ。でも、彼が魔王ロードレクを英雄として敬っていることに、偽りはなかった。気付けば、目の前の石畳が消沈する気分に合わせてどんどん近づいていった。

 サゼンは言っていた。英雄の死で世界は良い方向には変わらない。たとえ変わったとしても、それは曲解され、都合のいいように解釈され、長い時間を掛けてゆっくりと変質するものだと。

 魔王の遺志が、世界を支配することは叶わない。ならばそれを残した魔王は、どうやって報われればいいんだろう。

 監視塔のシーマたちを思い出す。彼らに私は、背負えない遺志を背負う必要はないと言った。今の私は、彼らと同じなんだろう。

 私は、父の残した遺志に今、どう応えればいいんだろう。

 淀みが消えないまま、むしゃくしゃした気分を晴らすために、私は下ろしていた頭を上げる。

 目の前には、オレンジ色を実らせた街路樹で彩られた公園が広がっている。セターニルで見たオレンジ畑を思い出して、自然と肩が軽くなったように思えた。


「今は、今が大事……」


 オレンジ畑の女性が言っていたことを呟く。ほとんど無意識のうちに喋っていたせいで、口に含ませたもごもごとした口調になってしまう。

 今の亜人を傲慢だと憎むプルトと、過去の亜人の行いを許そうとするあの女性と、人間として正しいのはどちらなんだろう。

 そんな疑問を浮かぶと、象徴的な広葉樹を挟んだ向こう側のシーマと目が合った。

 シーマ。そう、そこにいたのはシーマ族の男性だった。北区は宗教区である南区とは正反対の位置にあるため亜人がいること自体は珍しくない。初めてゴルドバへ来たときも、人間たちと一緒に設営を手伝う亜人たちをちょくちょく見かけていた。シーマは私と同じくベンチに座り、こちらと視線を合わせたまま動かなかった。

 彼の瞳が、濁っているように見えた。頬はこけていて、うっすらと隈が浮かべ……両手を合わせて固く握り込んでいるその様は、どこか思い詰めているようだった。

 淀んだ胸中の海が、タプンと波を立てる。嫌な予感がして、声を掛けようとして、私はベンチから腰を上げた。

 腰を上げてから、気付く。何を喋ればいいのかわからなかった。彼がもし、この凶兆のような直感に当てはまったとして、私に何ができるんだろう。聖騎士団からの弾圧から、彼を救うべきなんだろうか。ローランがアリシアに提案したように、軍に保護を要請するべきなんだろうか。


 父の遺志を解さない、亜人たちに? いったい、なんの義理があって?


 卑しい疑念が、彼に近づくことを躊躇わせた。

 少し離れた先のシーマは、立ち上がった私に何を感じたのか目を見開いて中の瞳を揺らしている。握り合わせた手が、ブルブルと震え上がっていた。後ろめたそうに視線を逸らしたシーマは、その震える手を祈るように胸の前へと持ち上げた。

 しまった、と最初は思った。私を見て何かを警戒した気がしたからだ。もしかしたら、セターニルで出会ったウォルフたちのように、私の正体を知り得ている王の葉が、感づいたのだと。しかし男は、私に近づくわけでもなく、ただ目を逸らして両手を合わせ続け、さらにはブツブツと呟いているのが見える。見開いた目が魚眼を想起させて、不気味さが背筋を走ると思わず肩が縮んだ。公園を通る通行人の数々は、そんな彼を気に掛けずに木々の装飾に目を輝かせていた。

 なんなんだ。私は彼に近づこうと回り込んでゆっくり歩を進ませる。彼を救おうなどとは考えていない。そもそも私の勘違いなのかも知れないし、それなら彼は病気か何かで調子が悪いんだろう。ならば診療所に連れて行くくらいの親切心は持ち合わせているつもりだった。


「……らは、…………きの、い……」


 一歩近づくごとに、耳に入るボソボソとした独り言が、私にはローランを思い出させてさらに苛立ちが募った。


「あの……、どうかしましたか? 調子でも悪いんですか?」


 尋ねた私は自分でもどこか事務的で、淡泊さが明け透けだった。ローランは、こういった言い方を咎めるだろうけど、今ここに死霊術士はいない。

 労りたかったわけじゃない。無計画に飛び出した自分のふがいなさを、ただ誤魔化すだけの気遣い。広義に見れば、これもただの八つ当たりだ。

 だからこそ――、


「我らは、百年先の……」


 私は直前までその男の感情を読み取ることができなかった。

 明らかに彼は、恐怖していたというのに。


「我らは、百年先の礎となる……!!」


 それは、言葉だけなら決意の表明であるはずなのに、口走る彼からは陰気さがにじみ出ていた。

 男は頭上に両手を掲げ、花を開くように拳を解いた。

 花弁を象徴する両手の中心には、紫の光を放つ結晶があった。

 男の両手ですっぽり嵌まるその結晶を、凝視する。私には、その紫色が、彼の命を吸っているようにも思えた。


「我らはっ! 正当なる後継者なりぃ――!!」


 私の感情に答え合わせと言わんばかりに、男は喉の奥から絞り出すような雄叫びを上げた。紫光はそんな彼を哄笑するように、輝きを増して――、

 衝撃が、光を伴って私に襲いかかった。


 何かが来る。そんな漠然とした予感に、私は光に目を潰されながらも腕を交差して顔を覆う。水の入った重たい革袋を、思い切り叩きつけられたような衝撃が体を襲い、私は浮遊感に苛まれる。

 その瞬間、光熱を被ったであろう全身の毛穴に、針を刺されたような痛みが走った。


「――ぁあああぅあっ!」


 予期しない痛みに声が漏れる。今までにない感覚だった。体を侵食するような、這いずり回るような痛みに私は地面に転がったままうずくまる。倒れたときの衝撃はなく、未だ無責任さを伴った不安感が体を支配している。

 痛い。痛い。胸の奥がが波立つ。冷静さを取り返そうとする私の意識は、蠕動するような全身の感覚によって真っ白に発火する。

 それでも、痺れる頭を振りきって念じた。這い回る不愉快な虫を洗い流すよう、イメージする。

 消えろ、消えてしまえと念じると、周囲の大気が震え始めるのを肌で感じた。私の命令通りに、私を構成する魔力は一度紐解かれた後に再構成される。

 目にかかる刺激が無くなり、目を開く頃には、全身に浴びた不快な痛みが和らいでいく。

 私は奥歯を噛んで、しかしその場からしばらく動けなかった。自身を構成する魔力のほぼ全てを改変して、光に立ち向かったものの、その改変は消耗した体には酷だった。だらしなく息は上がり、貧血を起こしたように思考が霞がかる。

 横倒しになった視界の先には、もう既に彼はいなかった。いいや、彼だけではない。いままで人々を楽しませていたオレンジの発光体は枯れ果てて、代わりに枝葉にはたいまつのように燃え上がる炎が夜の空を衝いている。それを眺めていた通行人は、私と同じように倒れ伏していた。

 しかし私と同じように、少しでも動くことはなかった。


「どうして……」


 霞の奥に、ボウと火が点る。

 どうして、どうしてこんなことをするのか。この街の人々は、お前たちから何を奪ったというんだ。これが父の遺志の体現だとでもいうのか。何もわかっていなくせに、父を言い訳にこんな暴虐を何故行えるんだ。そんな回答者のいない疑問ばかりが、心の海を荒れさせる。そのおかげで腕に力が入るようになると、私はなんとか上体を起こして、こんな事態を起こしたシーマを糾弾しようと辺りを緩慢に見渡した。

 静かに燃え上がる公園には、破滅の象徴だと言わんばかりに、石畳に根を張った結晶の柱があった。柱の中心にはなだらかに膨らんでおり、依然肌を刺すような光を放ち続けている。端から葉脈のように枝分かれした結晶は、私に結晶樹を思い起こさせる。

 その光が、この場の全てを奪っていった。

 他の光も、人間も、シーマでさえも。悟るのに、時間はかからなかった。

 我らは、百年先の礎となる。シーマの言葉と最後の表情を思い出す。彼はどうしようもなく怯えていた。これから自分がどうなるかも、わかりきっていたはずなのに、彼は命を投げ出してまでこの惨状を作り上げた。

 

「どうして……」


 同じ言葉を、もう一度呟く。

 シーマは短命の一族だ。文献によれば、どんなに長くても五十年ほどしか生きられない。本来はこの短い人生を、浮雨湖に浮かぶ集落で過ごし、死後は湖底の大結晶で永遠に一族の支えとなるのが本望のはずなんだ。彼の最後の態度は、不安と葛藤の現れだったと、遅まきに気付いた。自分が見ることのできない未来に、どういうわけか目の前の結晶樹もどきを残すことで、今犠牲になるこの魂が何かの礎になるかを延々と問い続け、最後に彼は選択した。

 父と同じように、未来への犠牲になることを選んだんだ。

 ここで死んだ彼の魂は、どこへ行くのか。いいや、どこにも行かない。なぜなら今見ているこの紫光の柱が、彼の魂の輝きなんだから。

 ふと、頬に手を当ててみる。濡れた感触が、指先に宿る。

 何故泣いているのか、自分でもわからなかった。一度は見捨てようとした命で、他人事のように見下した亜人なのに、そんな自分の感情を、偽善的だと嫌悪してしまうそうになった。

 救われるべき命だったのかはわからない。報われるべき魂だったのかさえ。

 それでも私は、今この瞬間にも、父の遺志をまた反故にしたんだと、額を石畳に擦りつけた。

 

「アル」


 聞き慣れた声が、私を呼んだ。穏やかさを喉元で擦ったような、いつまで経っても話慣れしないその声。

 振り返ると、そこには緑のローブとグリモアを身につけた死霊術士が、変わらない愛想笑いを浮かべていた。


「……ロー、ラン」


 三日ぶりのローランの顔は、疲れを色濃く残しているのがわかった。さっきのシーマのように隈を浮かべて、この惨状に青ざめている。いつものように眉をハの字に曲げた笑みでなんとか誤魔化そうとしているが、小さく浮き沈みを繰り返す胸が上がった息を曝いていた。

 ここで私は、手の甲を押しつけて涙を拭った。ふがいない自分を表した涙を、彼には見られたくはなかった。

 この死霊術士の前では、私は英雄の娘アルなのだから。


「どうやって、ここが……?」

「それは、まぁいろいろとね」


 頬を掻いてはぐらかすローラン。彼はそのまま私と目線を合わせるように膝立ちになると、そっと腕を回して私を抱き寄せた。


「……っ!」

「アル。本当に、無事でよかった……」


 安堵するローランとは裏腹に、私は緊張で体が強ばる。細身の胸板に顔を埋めると、魔術触媒特有の、鼻を透き通るツンとした匂いが頭に充満する。

 この二十年間、ローランは私に対しての距離感を、どこかは測り損ねているような印象があった。急によそよそしくなったり、そう思うと今度は親代わりのように宥めたり……。

 だが、こうしてきつく抱きしめられたことは、そういえば一度も無かった。ローランは自信の腕の中で、まるで私の存在を確かめるように後ろ髪を撫でている。それがくすぐったくなって、私はローランのお腹に手を割り込ませた。


「ろ、ローラン……」

「あ、ああ……。ごめん、ごめんよ、アル」


 それだけで、ローランは私の意図を察して離れた。立てるかい? と手を差し伸べられるのを拒否して、フラフラと立ち上がると、ローランはいつもの調子で顎に指を当て、ブツブツと考察を始めた。


「本当に、いた。やっぱり、この世界は観測で成り立っているんだ。こうして世界が回っているのなら……」


 ローランの余韻が鼻腔に残る今の頭では、ローランがいったいどんな思考を巡らせているのは理解できなかった。しかし自分を心配したのをすぐに、自身の世界へと入り浸ろうとするローランが、これもまたいつものように気に入らなくなって、私の声に苛立ちが乗った。


「……これは、なんなんですか」


 目線でローランを促す。ローランは考察を中断すると、その先にある紫の柱を見つめた。


「魔力結晶の一種……だと、思う。おそらくは魔素灯の要領で、高濃度の魔素を光子化して周囲にばらまいて、その衝撃と熱で……」


 ここで言葉を句切って、ローランは沈んだ面持ちで周囲を見回す。私もつられて、周囲の死体たちを見つめる。

 死体は熱によって焼け焦げ、真っ黒に炭化していた。それを認識すると、途端に炭の煙たい匂いが鼻につく。私の脳裏に崩れ落ちたセターニルの町並みが浮かび上がる。


「これも、王の葉がやったことですか?」

「……わからない。でも、今までの王の葉とは、どこかやり方が違う気がする」

「百年先の礎となる。と言っていました」


 こうして話している間にも、離れた場所で爆音が響いている。今もまた、熱と衝撃で、何かを炭にしている亜人が――自らを結晶にしながら――いると思うと、一度奥に潜めた胸中の黒い波が、再び湧き上がってきた。


「そういえば、どうしてアルはここに? 急に外に飛び出したって聞いたけど」


 そうローランに尋ねられ、私は当初の目的を思い出した。

 ジルバ。

 ジルバは私の母であり、姉のようであったり、しかし彼女にとって私は敬うべき客人であったり……それでも、他人と呼ぶには縁故に寄った関係だった。それはローランも例外ではないはずだ。

 こちらを真っ直ぐと見るローランの視線を、しかし私は受け止めるとこができず脇目を振る。


「……サゼンから、聞いたんです」

「何を?」


 話すべきなのか。というとりとめの無い疑念に一度言葉を詰まらせるも、私一人ではどうしようもない問題なのは確かだった。それが二人になったからどうだという話ではないし、私はまだ彼のことを前のように信頼したいわけでもない。

 嘘つき。嘘つきのローラン。サゼンから何を言われようが、私は彼の嘘を許したくはなかった。

 それでも、私にはこの死霊術士以外に、縋る人間はいなかった。それもまたふがいないと歯噛みして、私は告白した。


「ジルバが、王の葉の頭領だと……。私はそれを確かめたくて、首都を出ようとしたんです」


 私の再びの巡礼は、そんな些細な疑念と嫌悪から始まった。

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